木枯らしが吹き、秋の季節を感じさせるうだつの上がらぬ月曜日。IS専用機所有者だけによるタッグマッチ対戦表が公表された。
其の日の放課後の事。
前々日に一夏からの誘いを沈黙のままに受け入れた簪は、彼との本格的な戦闘戦略を練り上げる前に自身の専用機である打鉄弐式の調整を行っていた。
「・・・ふぅ・・・」
時刻は十九時を回る頃。
小休憩の夕食を食堂で取り終えた彼女は、機体の調整を行っている格納庫兼整備室へと足を運ぶ。
ほんの少し前ならば寝る間も食べる間も惜しんで機体に張り付いていた簪であるが、”ある男”との出会いによって彼女なりに自らの健康面を考える様になり、体調面は随分と改善された事だろう。
しかし、皮肉な事か。
其の男のせいで、簪の精神面はこれまで無い程にひっ迫している。
理由としては、IS量産機体開発計画で崖っぷちに追いやられている打鉄弐式の所有権を有す倉持技研から此度のタッグマッチ戦において同じく表面上は倉持技研に所属している一夏とペアを組んで出場する事を要請されたからだ。
簪としては一夏の専用機である白式せいで自身の専用機開発が放棄されてしまったのだから、此の半ば強制的な要請には大きな不満を抱く。だが、要請を断った場合は『厳正な処分を下す』と聞かされた為に彼女は此れを渋々受け入れる事と相成った。
『厳正な処分』とは何か?
様々な処分内容が挙げられるが、猪の一番に頭へ思い浮かんだのは『専用機の没収』である。
折角、開発放棄された打鉄弐式を完成させたと云うのに、其れを良いトコ取りで奪われるなんて堪ったものではない。
「守らなければ・・・自身の尊厳をかけて作った”あの子”を奪われて堪るものか」と歯を軋ませて彼女は決心を固めた。
・・・因みに其の後、そんな事情を露とも知らない一夏がタッグマッチ戦へのペア組を申し込んで来た時、簪は彼の顔面へグーパンを叩き込んでやりたかったが、「・・・疲れるからやらない」と自身を抑えた。
「・・・・・え・・・ッ?」
そんなひっ迫した彼女の事情を知ってか知らずか、簪にとって色々と思い入れのある格納庫兼整備室に其の男がいるではないか。
男は一人でハンガーに無人展開状態でかけられた打鉄弐式の機体表面を撫でながらケラケラ奇天烈な笑みを浮かべてクダを巻く。そして、彼女の気配に気づいたのか。男は振り返ると「よぉ、こんばんわ」・・・と酒の入ったスキットルを掲げて会釈をする。・・・初めて出会った時と同じように鼻頭を赤く染めて。
「・・・なんで、春樹がここにいるの?」
「阿? あぁ、そりゃなぁ~・・・・・」
暗いジト目で疑問符を投げ掛けて来た簪に二人目の男性IS適正者である春樹は少し眉をひそめてしまう。
何故、春樹が此処に居るのか。其れは少し前に遡る。
◆
「阿ぁ? 簪さんの様子がおかしいじゃとぉ?」
「うん。そうなんだよ~、きよせん!」
放課後の生徒会室で今度行われるタッグマッチ戦へ意見具申をした後、自室へ戻ろうとした春樹を引き留めた本音。其の彼女の口から紡がれた言葉に春樹は歪んだ表情を晒した。
「おかしい・・・言われてもなぁ。キャノボのアレから俺ぁ彼女に避けられとるし・・・どう、簪さんがおかしいんじゃ?」
「なんか、かんちゃん最近どんより~って感じで・・・かんちゃん一人だけで専用機を作ってた時よりも暗いんだよ~!」
「暗い・・・って、言われてもなぁ」
キャノンボール・ファスト襲撃事件以降、第二次形態移行に達した春樹を恐れてか。今まで交友を深めていたラウラを除いた専用機持ち達は彼と距離を置いていた。
其れは春樹にとっては少々侘しいものだったが、先の襲撃事件で見せた自身の途轍もない圧倒的な力を前に萎縮してしまうのは至極当然の事だろうと飲み込んでいた。
「・・・そりゃあ・・・やっぱり、俺の事が原因なんじゃねぇか。其の・・・キャノボの時の俺がトラウマになって―――――」
「それはちがうよッ、きよせん!!」
視線を落としながら呟いた春樹の言葉を本音はキッパリと否定した。
あんまりにも強く否定されたものだから、彼は「お、おう」と思わず唖然としてしまう。
「かんちゃんにとって、きよせんはヒーローなんだよ! 自分を救ってくれたヒーローを怖がるわけないもんッ!」
「ッ、そ・・・そうかぁ?」
彼女の力説に何とも複雑な気持ちが湧き上がる春樹だったが、其れならば何故に簪が暗い表情を晒しているのであろうかと疑問を抱いた。
「それをきよせんに探ってもらいたいんだよ~!」
「はぁッ? なして俺が?!」
春樹が表情をひしゃげるにも無理はなかった。
自分を恐れて避けているものだと思っていた簪が、自身に身の内の気持ちを話してくれるかどうか甚だ疑問であったし、何よりも彼女には本音という親友の存在と家族間のわだかまりを解消した姉である楯無がいるのだ。
「俺が態々出刃亀する必要ねぇじゃろうが。簪さんには頼りになる人らぁがよーけー居るんじゃけん、別に俺じゃのーても・・・」
「も~ッ・・・鈍ちぃだなぁ、きよせんは!」
「阿? 鈍ちん? 俺がかッ?」
「やれやれ」と溜息と共に首を横に振る本音にムッとする春樹。
反論せんと思考を巡らせた其の時、彼女は思わず”ある事”を口にしてしまう。
「そうだよ~。その分だと”おりむー”の方が勘がいいんじゃないのかなぁ~?」
「・・・・・・・・阿”ッ?」
発せられた本音の言葉に春樹の表情が豹変し、琥珀色の右眼と鳶色の左眼がギョロギョロと動いた。
彼女の口から出た『おりむー』とは、一夏を示すニックネームであった。
元々春樹は一夏の持っているスキル『鈍感:A』をこれでもかと毛嫌いしていた為、彼と比較された事が如何にもこうにも癪に障ってしまったのだ。
「・・・そうか、解った、上等じゃ。布仏さんが何を企んどるんか知らんが、其の口車に乗ってやろうじゃねぇか!」
眉をひそめて口端を吊り上げて笑った後、春樹はズカズカ歩いて其の場を去って行った。
「・・・こ、怖かった~!」
跡に残された本音は少しギョッとしつつ彼の背を見送った。
◆
「阿ぁ~・・・ちょっと、此ん場所が懐かしゅうなってな。ふら~・・・っとな」
本音の口車に意気揚々と乗ってはみたものの、結局考えなしであった為に随分と苦しい方便を並べてしまった。
そんな春樹の言葉に「・・・ふ~ん」と簪のジト目が突き刺さる。
其れが痛くて痛くて堪らなかった彼はすぐさま視線を打鉄弐式へ移してスキットルの飲み口を傾ける。
「んグッ・・・ぷはぁ。其れにしても・・・改めてこーして見てみると立派になったもんじゃのぉ、弐式ちゃんは」
「・・・無理しなくていい」
「阿? 何が?」
「そんな・・・無駄に取り繕わなくてもいい。おおかた・・・本音に言われて、私の様子を見に来たんでしょ?」
「・・・・・はぁ~・・・ッ」
さっさと本題を切り出された事で、身構えていた春樹の肩から要らぬ荷が漸く降りた。
其れによってどっと要らぬ疲れが出たか。ドサッと其の場に腰を据える彼を余所に簪は何事もなかったかのように打鉄弐式の調整へと移った。
「阿~ぁ・・・んで、何を悩んどるんよ?」
「・・・・・何が?」
「「何が?」じゃなかろうがな。鏡見てみんさいや。君、えろう酷い顔しとるで?」
「・・・・・春樹には関係ない」
投げ掛けられる疑問符にキッパリと言葉を返す簪に春樹は「あぁ、そう。それもそうか、俺にゃあ関係ないか」と乾いた声を発した後―――――
「・・・と俺が言うと思ったか、このおわんごがッ!!」
「ッ!?」
荒い声と共に詰め寄る春樹。
其の勢いに押され、簪の目は思わず丸くなってしまう。
「ネタは上がっとるんでぇ? 倉持技研から圧をかけられとるんじゃねぇか?」
「ッ・・・そ、そんな事・・・な、ない!」
「はい、ダウト。流石は簪さん、俺と一緒で正直者じゃわぁ」
「ッ・・・!」
「いや・・・春樹は違う」と普段なら静かなツッコミを入れる簪だが、自分の動揺を知られてしまい、表情が強張ってしまう。
「変じゃあ思うたんじゃ、君が織斑のダメバナ野郎からの誘いを弐つ返事で受けるなんてよぉ。大方、技研のヤツらから弐式ちゃんを没収されるかなんかと言われたんじゃね-んか?」
「ッ!?」
「な、何故其れを?!」とでも言いたげな表情を晒す簪に対し、春樹は嫌に鼻につく笑みを浮かべた。
実に嫌な男であるが、何故に彼が此れ程まで彼女が巧く隠していた事情を知っているのか。
何故ならば―――――
「さぁ、もうゲロっちまえよ。正直に身の内を曝け出しちまえよぉ!」
「・・・・・・・・ぅッ・・・!」
「阿?」
「う・・・うぁああ・・・・・うああぁああぁあん・・・ッ!」
「あッ、ヤバ!?」
酷く下卑た表情で尋問・・・もとい問い質した為、一杯一杯だった簪の心から色々な思いが遂に溢れ出てしまった。
苦悩から救い出す為とは言え、対象者を必要以上に追い詰めてしまうのが、此の男の悪い癖である。
「わぁあああああッん!」
「ご・・・御免ッ、簪さん! そねーに泣かせるつもりはなかったんじゃ!!」
ポロポロポロポロ止め処なく涙を流す簪をあやそうと慌てる春樹の側で、〈あ~ぁ、春樹が泣かしたー!〉と捲し立てる金髪金眼の美少女が一人。
先の襲撃事件で第二次形態移行へと至り、何故か人間態となる事が可能となった琥珀である。
実は簪が格納庫兼整備室に来る前、春樹がガンダールヴと琥珀を通して打鉄弐式から情報を抜き出していたのである。要するにハッキングをしたのだ。
しかし、情報を抜き出したとしても其の後の遣り方が悪かった。
座り込んだ簪が泣き止む迄の幾分間、春樹はオロオロ戸惑うばかりで、彼女が泣き止む頃には春樹の方がベソをかく始末である。
「ぐすッ・・・うぅ・・・」
「ずッ・・・あぁ? もう大丈夫?」
〈どっちも涙目って・・・カオスねぇ〉
涙を拭う簪と鼻水をすする春樹。
もうどっちが泣かされたんだか解らない状況になってしまったが、とりあえず状況は落ち着いた。
「其れで・・・何があったんじゃ?」
「う・・・うん・・・あ、あのね―――――」
目を真っ赤に腫らした状態で、簪は自分の置かれた状況をツラツラと述べる。
其れは倉持技研から持ち掛けられた要請の事や断ればどういった処分が下されるかもあったが、以下の内容を受け入れるしかない不甲斐ない自分に対する不満も吐露していった。
「わた、私が・・・私が強かったらッ、私にもっと力があれば・・・! こ、こんなことに・・・こんなことにならな・・・かったのに・・・ッ!!」
時に言葉を詰まらせつつも、内に溜まった膿を押し出すように恐怖に慄くか細い悲鳴をを上げる。
其れを只静かに、静かに頷きながら春樹は隣で黙っていた。
「強く・・・強くなりたい・・・ッ! お、おね、お姉ちゃんのように優しくて・・・は、春樹のように強い・・・完全無欠のヒーローみたいにッ・・・!!」
頬を紅に染め、掠れた声で言葉をつづる簪の頭にポンッと軽い感触が伝わる。
「え・・・?」と彼女が顔を上げてみれば、目の前にはニコリと朗らかに優しく笑う春樹が自分の頭に手を乗せていた。
其の春樹の右眼からは、暖かな琥珀色の炎が漏れ出す。
「なぁ、簪さんや。俺って強いんかなぁ?」
「・・・え?」
簪には春樹の問いの意味が解らなかった。「自分は強いのか?」と疑問符を抱く彼の心が解らなくなった。
「簪さん、俺が酒を飲むんはな・・・きょーてぇーからじゃ、怖いからじゃよ」
「こわい?」
「あぁそうじゃ、怖いからじゃ。怖くて怖くて堪らんから手が震える。じゃけど酒を飲めば、其ん怖さが一時的じゃけど和らぐんじゃ。手の震えも止まる。じゃけん、俺ぁ酒に溺れる・・・・・こねーな人間が強いって云えるかなぁ?」
「それは・・・・・ッ」
寂しそうに呟く春樹の姿に簪は息を詰まらせた。
弱々しい男の姿に息を呑んだ。
「前にあるヤツに言われたよ・・・『弱さは悪だ』ってな。どう思う?」
「ッ、わ・・・解らない」
「ほうか。実を言うと俺にも解らん。じゃけど・・・”弱いから強うなれる”んじゃないんか?」
「弱いから・・・強くなれる?」
「あぁ、そうじゃ」と首を傾げて疑問符を浮かべる簪の両肩へ春樹は手を添える。
「人間がゼロから下へ落ちる事はない。じゃけん、簪さん。君が今、ゼロ地点に居ると思うなら後は這い上がるだけじゃ。強うなるだけじゃ。其の為に泣いてもエエ。声を上げて大泣きして、泣き喚いたってエエ。じゃけど・・・気が済む迄泣いたら其の涙が拭って前を見ろ、地に足を付けて立ち上がれ。其れでも立ち上がれんかったら思い出せ、今の自分に対する許せない気持ちを、他人に対する激情を」
「許せない気持ち・・・」
「あぁ。許せん云う純粋な怒りは、手足を動かす揺るぎ無い原動力になる。実際、俺がそうじゃったけんな」
春樹は思い出す。
理不尽に家族と引き離され、好き勝手に言われ続けられた胸糞の悪い日々を思い出して歯を軋ませる。
「さて・・・君はどうするんじゃ、簪さん? 足掻いてみるか? 覚悟を決めてみるか?」
しかし、其の表情は酷く晴れやか。耳まで裂けるくらいに口角が吊り上がり、琥珀色の炎が両眼から漏れ出していた。
・・・話は変わるが、”狂気”と云うものは伝染しやすい。殊更、其れが慕っている相手からだと尚の事だ。
「春樹・・・私・・・私はッ!!」
「言うな云うな、みな迄謂うな。エエ眼になったのぉ、簪さん。阿破破破ッ!」
光の灯った簪の眼に満足したように頷いた春樹は、ケラケラ笑いながら立ち上がると其の場を跡にする。
もう此処には、自分の弱さに嘆く人間はいない。此処に居るのは、自身の眼に覚悟の炎を宿す一人の戦乙女だ。
〈春樹・・・?〉
しかし、琥珀はそんな覚悟の炎を簪に灯した春樹に違和感を持った。
彼女の目に映った今の彼はまるで、あの―――――
「ん? どうした、琥珀ちゃん?」
〈・・・・・ううん、なんでもないわ〉
「なら、エエわ。さてと・・・しかし、よくもウチの妹分を苦しませてくれたのぉ。どう落とし前を付けてくれようか?・・・・・あぁ、そうじゃ・・・ッ」
口を三日月に歪ませる春樹がこの後、どうしたか。
詳しい内容は省くが、彼の携帯の通話履歴に親しい二名のIS統合部関係者の電話番号が表示された。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆