「・・・ぅう・・・くァ~~~ッ・・・ねむ・・・」
時刻は早朝の午前五時を過ぎる頃。タッグマッチ戦の出場者である凰 鈴音は自分のベッドの上でまだ眠気を感じる目を擦りながら、猫がする様なアクビを晒す。
部屋の中は薄暗いが、閉じられたカーテンの隙間からは白んだ光が漏れている。
そのまま鈴は寝間着から運動のしやすいジャージへ着替えると、ルームメイトで未だ夢の中に居るティナ・ハミルトンを起こさぬ様に部屋から寮の外へと駆け出した。
「すぅー・・・はぁーッ・・・」
外は秋の訪れを感じさせる空気が辺り一面を支配しており、涼しさを通り越して若干の寒さが感じられる。
「・・・よし!」
そんな中で、軽い準備運動を終えた鈴は日課であるランニングでアップを始めた。
其の内、身体を動かした事によってポカポカと彼女の体が熱を帯びる様になる。
「はぁ、はぁッ・・・ふぅ~・・・!」
しかし、今日の鈴はいつものハツラツとした姿とは少し違う雰囲気を其の身に纏う。
眼を幾何かの殺気で脂ぎらせ、何処か緊張感のある強張った表情をしていたのである。
其れも其の筈。今日は待ちに待った全学年による専用機所有者だけのタッグマッチ戦が行われるのだ。
「(やるだけ、やれるだけの事はやって来た。あとは・・・ただ勝つだけよ!)」
「よし!」と其の身に気合を入れた鈴は再び走り出す。
今日此の日の為、パートナーであるセシリアと共に訓練で切磋琢磨し、出来るだけの対策を練って来た。試合で戦う相手に対する不安は一切ない。
・・・ただ、少しばかり体に力が入り過ぎていた。
其れ故なのであろうか。彼女はいつもとは違うランニングコースを進んで行く。
「・・・ん?」
調度其の時、彼女の視界に見知った人物の姿が映る。
「・・・・・・・・」
其の人物はまるで其の場所に何十年も立っている樹木の様に佇んでおり、手には自分の身長よりも長い棒を握り緊めている。
傍から見れば、其の姿は異様な事この上ない見ての通りの不審人物。
此の不審者こそ、良くも悪くも学園一有名な男性IS適正者である清瀬 春樹その人であった。
「・・・なにやってるのかしら?」
そんな相も変わらず変人独特の雰囲気を漂わせる春樹に鈴は興味を引かれたのか。ランニング中にも関わらず立ち止まると、恐る恐る木の物陰から観察する事にした。
「・・・すぅ・・・・・はぁ・・・ッ」
「!」
興味をくすぐられた彼女がおもむろに春樹を見ていると、彼は小口に息を吸い込んで其のままゆっくりと閉じられていた目を開く。すると、瞼より現れたのは琥珀色の”両眼”であった。
普段の春樹ならば、珀色の瞳は右眼だけ。だが、両眼から琥珀色の炎が漏れ出していると云う事になると其れは鈴の経験上、『戦闘モード』と云う事を示す。
「あぁ・・・阿”ア”ぁ”・・・ッ!!」
其のまま春樹は短くも低い唸り声をあげ、自らの専用機である琥珀を起動。鱗の様な銀の装甲版を体表へと纏い、背中からは眩いばかりの蒼い六枚羽を拡げる。
そして、再びゆっくり胸の赤いクリスタルと同じくらいに映える金色の四ツ目を開けた。
其の姿は、以前にも増して色濃く竜の姿を形どっていた。まるで眠りから目覚めたばかりの様な飛竜が其処に居たのである。
「・・・綺麗・・・」
”あの夜”と同じ炎を灯している金眼四ツ目に鈴は思わず息を呑む。
けれど・・・其の姿に目を奪われたのも束の間。
「ッ、あ・・・あれ!?」
彼女が瞬きをした瞬間、さっきまで其処に佇んで居た筈の春樹が消えたのである。あまりの突然の事に鈴は辺りを見回すが、彼の姿を見つける事は出来なかった。
其れ故、彼女はまだ寝惚けているのだと思って自分の頬を抓ってみるが、痛いばかりで更に眼が冴えてしまう。
「・・・おはよーさん!」
「ッ、うひゃぁあ―――――ッ!!?」
そんな中、鈴は突然背後から聞こえて来た声に吃驚し、思わず振り向き様に自身のISを部分展開した拳を振るってしまう。
「おわぁあッ!? 凰さん?!!」
其の拳を寸での所で受け止めたのは、先程まで彼女の目の前に居た筈の春樹であった。
「び、ビックリさせないでよ! 心臓が止まるかと思ったじゃないの!!」
「ご・・・御免なさい。でも、そねーに怒らんでもエエじゃ―――――」
「何ですって?!!」
弁解を返しようとした春樹をキッと睨み付ける鈴。
其の涙目に悪い事をしてしまったと春樹は沈黙し、再度謝罪文を述べたのだった。
「それで・・・あんた、この時間にこんな場所でなにやってるのよ?」
「阿? 俺ぁタッグマッチ前に肩を慣らしとこぉ思うてな。そー言う凰さんは?」
「私? 私はランニングよ、いつものルーティーンってやつ」
「ルーティーンでランニングなぁ・・・元気なもんじゃのぉ。其れに気合十分って感じじゃし」
「あったり前よ! セシリアとこの日の為に頑張って来たんだから!!」
「破破破ッ、其りゃあ頼もしい限りじゃ。じゃけど、凰さんとセシリアさんが戦う二人・・・サファイア先輩とケイシー先輩は強いで?」
「ふんッ。アメリカだかギリシャだか知らないけど、負けるつもりなんてみじんもないわよ!」
鼻息荒い彼女の言葉に「そうか、そうか」と春樹はケラケラ笑っていたのだが、何故か鈴の眉間にしわが寄る。
「でも、清瀬・・・あんた、どうなのよ?」
「どう・・・って?」
「だってあんたの相手って、その・・・ラウラ達じゃない」
「阿? 其れが何よ?」
「それが、って・・・その、ためらったりしない訳?」
「・・・ッは?」と思いもよらぬ鈴の言葉に春樹は大きく表情を歪めた。
「は、えッ? 何よーるんな、凰さんや? 君だってクラス対抗戦の時に織斑の野郎とバトったじゃろーが」
「それはそうだけど・・・あの時は私、あいつに対して頭に血が上ってたから。でも、清瀬とラウラは違うじゃない。その・・・仲がいいみたいだし」
鈴が心配しているのは、普段から仲の良い春樹とラウラ達が戦う事で、二人の間に溝が出来るのではないかと云う事である。
「そうじゃなぁ。確かにラウラちゃんらぁと戦うのは偲びねぇけど・・・手加減して戦うたら彼女、きっと怒るじゃろうし。手加減して勝てるとも俺ぁ思うとらん。其れに・・・・・」
「それに?」
「打ち負かしてやって、ものにした方が・・・なんかエエじゃろう? 好きな子なら特になぁ」
「ッ!」
口角を吊り上げて紡いだ春樹の言葉に何故か鈴は『ゾッ』としてしまった。愛する人を想う優しい感情と獲物を狙う獣の様な表情に。
「清瀬・・・前から思ってたけど、あんたってドSのロリコンね」
「阿”ッ? 急に何なんな? ドSじゃーなんじゃーは置いといて、ロリコンって何なら? 喧嘩売ってる? 売ってるよね?? 言い値で買っちゃうよ???」
またしても思わぬ鈴からの発言に表情が明るいが背後からは『ドドド』と云った言葉が浮かび上がる。
「だってそうじゃない! ほら、ラウラって私と同じで、よ・・・幼児、幼児体け―――――」
「其れ以上はおえん、おえんで凰さん! 無意識じゃろうと思うけど、穴が開きそうな程に唇を噛み締めとるでよ!!」
自分が認めたくはない自滅ワードを口から出そうとする鈴を何とか抑えた春樹は「別に俺ぁロリコンじゃねーわ」と念を押す。
「でも・・・」
「でも、とかじゃねーわ。つまりはあれじゃ、えーと・・・『余はロリコンではない。好きになった女がロリだっただけ』じゃ!!」
「え~~~・・・・・」
春樹は納得のいっていない彼女の表情に「えーと、えーと・・・じゃけんなぁッ・・・!」とダラダラ額から変な汗を出し始める。其の表情が面白かったのか、疑心暗鬼を晒していた鈴の表情が急にほころんだ。
「・・・っぷ! あはははははッ!」
「なっ・・・何が可笑しいんじゃ、凰さん?!」
「ごめんごめん。あんたの顔がおもしろかったから、ついね。ふふふ、あはははははッ」
「ッ、な・・・なんかムカつくわぁ!」
八重歯を見せつつケラケラ笑う鈴に対し、春樹はムッと眉間にしわを寄せた。
「あはははッ・・・はぁ~、笑った笑った。なんか、あんたの御蔭でリラックスできたわ。ありがとね」
「いや、御礼言われてもなぁ。こっちは凰さんのせいで謎の疲労が―――――
「”鈴”よ」
―――――ッ阿?」
「”鈴”で良いわよ。いつまでも名字で呼ばれるのも何だか嫌だし。だから、鈴で良いわよ。私もあんたの事、”春樹”って呼ぶから」
「お・・・おう、解ったでよ。り、鈴さん?」
自分の名を呼ばれ、何処か満足げな表情を浮かべた鈴は「よーし! やってやるわッ!!」と叫ぶや否や、「それじゃあね! あんたも頑張りなさいよ!!」と春樹に言って其の場を跡にする。
「な・・・何じゃったんじゃ、一体?」
後に残されたのは、疑問符を浮かべたままの春樹と・・・・・
〈へぇ~・・・・・〉
サーモカメラで彼女の表情を読み取り、どこか面白そうな表情で彼の肩に手を回している琥珀だけであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆