IS/Drinker   作:rainバレルーk

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第112話

 

 

 

「・・・・・・・・」

 

大いに盛り上がった開会式終了後。簪は機体準備と精神統一も兼ねて出場選手の控室となったピットに居た。

外では開会式のステージの撤去や用具準備に警備の再確認等が行われており、選手にとっては最後の調整となる貴重な時間である。

しかしながら、刻々と試合開始の迫る中で簪の心は未だ何処か不安定であった。

 

理由を挙げるならば其れは勿論の事、試合に対する緊張もあろう。だが、其れだけが彼女の心を乱す要因に足り得はしない。

簪の内を乱す気掛かり・・・其れはピットの隣に併設された倉持技研特設会場であろう。

其処には今回のタッグマッチトーナメントの噂を聞き付け、簪と一夏がペアを組む様に画策した倉持技研の上層部が送り込んだチームが控えている。

勿論の事、自身の専用機を製作放棄し、今更になってゴマを擦りに来た連中からの手など借りたくはないのだが・・・彼女の性格上、初対面に近い相手に強く踏み込む事が出来なかった為に済し崩しに彼らを迎え入れる結果となってしまった。

そんな簪の心中と理由を露とも知れない一夏は、半ば押し掛けて来た倉持技研のバックアップチームに自身の専用機である白式の調整を任せて彼らと談笑に浸っていた。

・・・まぁ、談笑と言っても倉持技研から一夏に対する一方的な賛美やIS論ばかりであったが。

 

「・・・ッ・・・」

 

此度の大会で戦果を挙げ、倉持技研の上層部に自分の存在意義を認めさせなければ、最悪の結果になる事を危惧している事を簪は表面には出さずとも気が気ではない。

思わず親指の爪を噛み締めて何とか落ち着きを取り戻そうとするのだが、其れが尚に焦燥感とイラつきを積もらせる。

もし、彼女が汚い言葉を平然と口にする様な人間であったのならば、散々に喚き散らしていた方が幾分か自身の心に負担をかけなかった事だろう。

 

「・・・ノックしてもしもーし?」

 

「え・・・?」

 

だから、そんな追い詰められた状況の中で自分が心を許した人物の声が扉の向こうから聞こえた時には、遂に幻聴が聞こえて来たのではないかと別の意味で焦った。

 

「よぉ、簪さん。気張るなぁ言うたのに・・・相変わらずじゃのぉ」

 

「は・・・春樹には、関係ない・・・というか、どうやって・・・ここに?」

 

「阿? いや、普通に正面から。どうやら倉持のお堅い技術屋さん達は、やっぱりおまけの俺よりも本命の織斑の方が気掛かりで仕方ないらしいけんな。其れに織斑の野郎の方も自分が開会式で啖呵を切った相手が自陣に来るとは思うまいて」

 

「・・・そう。それで・・・私に何の、用?」

 

いくら心を許していてもトーナメントを勝ち抜けば、いづれは戦う羽目となる両者。

簪は、なぁなぁの関係を嫌うかの如く精一杯の睨み眼を差し向けるが、流石は数多の修羅場をくぐって来た春樹には其れは効果がなく、彼は彼女の問いかけにあっけらかんとした表情で「ただの様子見じゃけど?」と返す。

 

「様子見・・・?」

 

「応。ほら、俺は今回単独でトーナメントに出にゃあおえんじゃろう? じゃけぇ、他の組と違うて、ちぃとばっかし暇なんじゃ。じゃけん、ちょいと偵察がてらの様子見じゃな。此処に来る前にラウラちゃんらの方にも顔を出して来たし」

 

「へぇ・・・随分と余裕。それでラウラさん達に足元掬われても・・・知らないよ?」

 

「確かにそりゃあ御尤もじゃのぉ。じゃけど・・・俺がこうして様子見に来た御蔭で、幾分か肩の力が適度に抜けたんじゃねーんか?」

 

「・・・え?」

 

言われてみれば、先程まで落ち着こう落ち着こうと焦ってガチガチになっていた身体が、幾分かほぐれている様に感じる。

 

「さっきも言うたと思うが・・・ラウラちゃん所に行ったら、ペア相手のシャルロットが腐った魚みたいな酷い目をしとってな。大方ラウラちゃんの新兵訓練でも受けたんじゃろうけん、労いも兼ねて頭を撫でてやったら、元に戻ったけんな。そうじゃ、簪さん。ついでじゃけん、俺が頭を撫でてやろうか?」

 

「べ、別にいい。でも、あ・・・・・ありがとう、春樹」

 

「構ん構ん。簪さんには頑張って貰いたいけんな」

 

ケラケラとそんな事を言った春樹に簪は「ど・・・どうして?」と半ば期待感の様なものを言葉に乗せて問いかけた。

自分が憧れている人物からの「頑張れ」で有る為、尚余計な期待感がある。

 

「あぁ、そりゃあ・・・・・おっと、此れは失礼じゃけん言わん方がエエな」

 

「ッ? なにそれ・・・気になる。私に失礼な事なら、なおさら」

 

「破ッ破ッ破! なら、俺を打ち負かして聞くんじゃのぉ」

 

「だったら・・・絶対に勝ち残って。私も勝つから」

 

「おや、実に強気じゃな。初戦の相手は、君の姉じゃと云うに」

 

「お姉ちゃんなんて・・・恐るるに足らず・・・!」

 

簪の此の強気発言に春樹は再びケラケラと奇天烈な笑い声をあげていると、〈春樹、そろそろ〉と耳元で琥珀が囁いた。

どうやら、一夏が倉持技研のゴマすり賛美に飽き飽きしたようだ。

 

「それじゃあな、簪さん。・・・勝てよ」

 

春樹は呟くよう紡がれた応援の言葉に簪は「ッ・・・うん!」と背一杯の笑顔を浮かべ、再び眼に覚悟の火を灯した。

 

〈春樹・・・どうして?〉

 

お忍びの会合後、人目を忍んで簪のいるピットから出て行った春樹に琥珀が問う。

 

「琥珀ちゃん、せめて主語を付けてくれ。其れじゃあ解らんて」

 

〈じゃあ・・・なんで、簪を元気づける様な事をしたの? オッズの予想で最下位の大穴になった簪たちにジャイアントキリングさせる為?〉

 

「まぁ、其れもあるが・・・そりゃあ無理じゃろうな」

 

〈・・・・・なんで?〉

 

「そねーな事は簡単じゃ。今日は”招かれざる客”が来るかもしれんからなぁ。じゃけぇ、襲撃があった時に簪さんの身体がガチガチじゃったらすぐに撃墜されてしまうかもしれんがな」

 

そう言葉を漏らす春樹に琥珀は〈・・・・・そう・・・ッ〉と何処か悲し気で寂し気な表情を晒す。

 

〈本当に・・・”来る”かしら?〉

 

「俺は来ると思うとる。こー云うちゃあ悪いが、あの頭がワンダーランドの”アリス”は、君から俺の情報を引き出す事を拒否られたんじゃけんな。実力行使に打って出る・・・と、俺ぁ思うとる。じゃけど、結局は俺の勝手な予想じゃ。来んかったら来んかったで、俺の被害妄想が過ぎるって理由で笑い話になるだけじゃ。じゃけん・・・そねーな悲しそうな顔をせんでくれよ」

 

悲しそうな表情を晒す琥珀の頭を春樹は無言のままに左手で撫でてやる。すると彼の左手の甲のガンダールヴが輝き、琥珀は気持ち良さそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らした。

しかし、琥珀は慰めの言葉と愛撫の手を受けつつも、自分の持つ思考回路の何処かでは彼の予言が的中するだろうと確信していた。

そして・・・そんな心中を裏付ける様に・・・・・

 

〈ッ、春樹・・・!〉

 

「・・・破破ッ! あぁ、ホントに・・・当たって欲しくない時に限って、良ー当たるもんじゃわぁ!!」

 

春樹は呆れた笑い声を吐くと共にギョロリと両目へ琥珀色の炎を灯して奔る。

予め仕掛けて備えて置いた策を披露する為に。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ドッグォオオオオオ―――――ッン!!

 

「ッ!?」

「きゃぁあああああッ!!?」

 

タッグマッチトーナメント第一試合開始十分前。

今か今かと胸を膨らませる皆の期待を切り裂く様な爆発音と共に地震の様な激しい地響きが突如として巻き起こり、室内へ備え付けられた電灯が赤い非常灯へと変わる。

其の突発的衝撃にアリーナ管制室に居た教員達も動揺の余り絹を裂く声を上げてしまう。

 

「・・・ッチ・・・」

 

唯一人、周囲の騒めきに物怖じもせずに酷く眉をひそめる千冬へ「お、織斑先生!!」と通常の三倍以上に慌てふためく山田教諭がモニター画面を指さして声を上げる。

見れば、第一アリーナのピットからモクモクと上がる煙と共に無機質で無愛想な”顔のない顔”が此方を見ているではないか。

 

「あ・・・あれは・・・ッ!」

 

其の顔を見て、一人の教員が見覚えのある様な声を上げる。

何故ならば、彼女は其の顔をついこの間に見たばかりであったのだ。

 

「『ゴーレム』か・・・ッ」

 

所々に小さな違いはあれど、其の場に居た全員が其れを見間違う筈がなかった。

先のキャノンボール・ファスト襲撃事件において、過激派ISテロ組織ファントム・タスクと共に学園を襲った機体が又しても現れたのである。

 

「織斑先生ッ! 他にも多数の熱源を確認!」

「加えて、各アリーナのセッションが最高レベルでロックされています!!」

 

緊張感漂う甲高い声と困惑の雰囲気に流されまいと千冬が皆に活を入れようとした・・・其の時であった。

 

「失礼します」

 

「えッ? き、清瀬くん?!」

 

突如として現れたゴーレムと同じ様に管制室へと入って来た春樹に山田教諭の上ずった声が周囲へ響き渡る。

勿論の事、何故か現れた此の男の登場に千冬は「一体何をしに来たッ?」と鋭い視線を突き刺す。

だが、此の彼女の弟ならば縮み上がりそうな睨みにも臆せず、随分と落ち着いた様子で春樹はツカツカ歩みを進めて「山田先生。其処、よろしいですか?」と彼女へ微笑む。其の何とも自然な笑顔に山田教諭は思わず自分の目の前にあったマイクを譲った。

そして、春樹は彼女に礼を述べながらマイクへこう語りかける。

 

「業務連絡、業務連絡。各戦闘教員は氷結弾の使用を許可、使用を許可する。尚、”ワルキューレ部隊”は教師部隊に随行し、一般生徒の避難を開始せよ! 繰り返す。状況を開始せよ、ワルキューレ部隊!」

 

「清瀬ッ、貴様!?」

 

千冬は緊急時の指揮権を持つ自分の目の前で、聞き覚えのない言葉と勝手な緊急連絡内容を話す春樹の胸倉を掴む。

しかし、一方の彼はそんな事にも悪びれた様子を晒す事もせず、今度は右耳に備えられたインカムで何処かへ連絡を取っているではないか。

 

「織斑先生ぇ、今は詳しい話は後じゃ。今、壬生さんらぁがシェルターへの避難経路を抉じ開けてくれよーります。其れに教師部隊の方は榊原先生が率いてゴーレム共の対処に向かっております。まぁ、邪魔な防護壁が木っ端微塵になっちまう事は御愛嬌云う事で」

 

「ッ・・・お前は、一体何を・・・!」

 

千冬は勝手な行動をする春樹を咎める筈が、逆にまるで養豚場の豚を見る様な彼の冷たい眼を見てしまった事で、彼女は一瞬だけ怯んでしまった。

其の隙を巧みに利用し、自分の胸倉から千冬の手を振り解くと彼女に向って頭を下げる。

 

「あとで如何様な処分は受けます。ですので、今の指示を決して撤回しないで頂きたい。これも全ては学園に居る生徒を守る為です」

 

其れだけ言うと春樹は千冬の返答を待つことなく、さっさと管制室から出て行ってしまう。

其の一陣の風の様な彼の行動に一時は呆気にとられる千冬に山田教諭が恐る恐る尋ねる。「お・・・織斑先生? 清瀬君は、一体何を・・・・・?」と。

其れに彼女は「そんな事・・・私が知りたい!」と言いたそうな殺気立った眼を突き刺す。

後に響いたのは、「ご、ごめんなさいぃ~~~!!」と悲鳴にも似た山田教諭の叫びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
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