「―――――♪」
草臥れたデニム生地の身の丈の合わぬ作務衣を着たラウラ・ボーデヴィッヒは、予め炊いておいた御飯を三角に握りながら上機嫌に歌を謡う。
曲名は『創聖のアクエリオン』。愛しい想い人が日頃から良く口遊んでいる歌であった。
「ふうむ、こんなものだろう」
二日前に起こったゴーレムⅢ事件の後片付け作業から帰還したラウラは想い人のリクエストに応えようと、師と仰ぐ食堂のおばちゃん達から教授されたレシピでコトコト芋を煮込む。
加えて、流石に芋煮だけでは寂しかろうと炊飯器一杯に炊いた御飯で焼き鮭入りのおにぎりを握り、秋の味覚である茸を盛り沢山入れた味噌汁を温める。
「作り過ぎ・・・たか? いや、アイツならこれぐらいペロリだな。もし残ったとしても、焼きおにぎりにしてくれるだろう。それはそれで楽しみだな!」
「あぁ、早く帰って来ないだろうか」と口元を綻ばせ乍ら、ラウラは愛しい人の帰りを待つ。
すると部屋の外から甲高い金属音がキィイーッンと聞こえて来たではないか。
此の音は、地上戦闘に特化した高速移動用ホイールが嘶く音だ。其の音が徐々に徐々に近づいて来る。
今日は調度良い所で二人の仲へ割り込む邪魔者も居なければ、興味津々で二人の様子を窺う白髪金眼のISっ娘もいない。
今朝方、親友にして恋敵であるフランス娘からは「抜け駆け禁止!」と釘を刺されたが、知った事ではない。
ラウラとしては此のまま一気に彼との仲を次のステージへと移したい。
自然と彼女の鼻息は荒くなる。
「むっふー!」
遂に居た堪れなくなったラウラは料理と酒をテーブルに並べるや否や、玄関先へと急ぐと今か今かと扉が開け放たれるのを待った。
そして、金属同士が擦れるブレーキ音の後にガチャリとドアノブがゆっくりと回される。
居ても立ってもいられなくなった彼女は「おかえり、春樹!!」と自分から部屋の扉を開け放った。
・・・・・・・・開け放ったのだが。
「「「うわぁああ!!?」」」
「なッ!?」
突然、扉を開け放って現れたラウラに”三人”は吃驚仰天して声を上げる。
此れには彼女も声を上げてしまうが、其の次にラウラの頭の上へ浮かんだのは疑問符であった。
何故ならば、愛しい想い人である春樹の両隣りには、見知らぬ髭面の年配の男と中年配の女が居たのだから。
「は、春樹? その二人は―――」
「―――一体誰だ?」と彼女が言葉を紡ぐ前に中年の女が先に言葉を述べる。
「春樹ッ、この子ぁ誰なんな?!」
随分と親しそうに中年の女が春樹の名を呼んだ後、髭面の男が口をへの字の曲げて言葉を紡ぐ。
「おい、春樹。部屋ぁ間違えたんじゃあねぇーんか?」
やんややんやとピーチクパーチク疑問符を並べる二人にラウラは更に混乱してオドオドと動揺する中、正体不明の二人に挟まれた春樹は「しもうた・・・忘れとったぁ・・・ッ」と自分の手で顔を叩いた後、言い聞かせる様にこう叫ぶ。
「取り敢えずは部屋ん中に入ってくれやッ、”父ちゃん”に”母ちゃん”!!」
◆◆◆
「えーと・・・な、なんて言やぁエエんじゃろうか? 取り敢えずは紹介じゃよな。ラウラちゃん。こっちが俺の父ちゃんで、こっちが俺の母ちゃんじゃ」
「なんじゃー春樹ぃ、其のおざなりな紹介はッ? どうもぉ、春樹の母の『清瀬 澄子』ですぅ。ほれ、お父ちゃんも」
「わかっとらぁッ。・・・どうも、春樹の父の『清瀬 康史』です」
「ど・・・どうもッ」
料理が並べられたテーブルに向かい合わせで行われる突然の顔合わせにラウラは得も言われぬ緊張感と奔らせ、ダラリと玉の様な冷や汗をかく。
「そんで、こっちが・・・えーっと、い・・・今・・・お、おお、御付き合いをさせてもろうとる・・・・・こ、恋人のら、ラウラ・ボーデヴィッヒさんじゃ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・阿”ぁ”ッ!!?」」
柄にもなく顔を赤らめる春樹に彼の両親は顎を外して驚嘆する前で「ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐であります!!」とラウラはスクッと立ち上がって軍人敬礼をする。
着ている草臥れた作務衣が実にミスマッチだ。
「お、オメェ恋人って・・・冗談じゃろう?!!」
「アンタぁ、こねーに綺麗な娘と付き合うとるんかな?!」
「ッ、そうじゃ! 何度も言わせんなや、阿呆!!」
唖然とする両親に春樹は真っ赤な顔で喚き散らす。
ラウラはそんないつもとは違う表情を晒す彼に興味津々な視線を送っていると、清瀬夫婦は互いの顔を見合わせた後・・・・・
「「・・・破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」」
「ッ!」
大いに大いに”あの”いつも春樹が発する奇妙奇天烈な笑い声を部屋一杯に響き渡らせたではないか。
「破破破ッ。そーかそーか、オメェもそねーな年ごろじゃもんなぁ!」
「ほいじゃけど、まさかこねーな綺麗な人と付き合う事になるたぁ思わんだわぁ! 二人はいつから付き合よーるんなん? 春樹、アンタぁ夏休みの時は何も言わんかったろうがぁッ!」
「ほうじゃ、ほうじゃ。”ショウサ”さんはこねーなトッパーのどこが良うて付きあよーるんじゃ?」
「喧しい! 一遍に喋るんじゃねぇわッ! 其れに父ちゃん、ショウサは名前じゃねぇわな。ショウサは軍隊階級の少佐じゃ!」
「なんじゃと!? じゃったら、この子ぁ軍人さんなんか?!」
「前に学園にゃあ軍属の子も居るって言うたろうがなッ、覚えとらんのかぁ? じゃけぇ父ちゃんは阿呆なんじゃッ、流石はトッパーの親じゃわぁ!!」
「なんじゃと、こん餓鬼ぁ!」と声を張る父・康史に「やめんさいやぁ、二人とも! みっともないわぁ!!」と母・澄子が声を荒らげて諫める。
一方、余りのキャラの濃さと結構キツい方言の入り混じった言い争いの様な言葉の応酬にラウラは「お・・・おう・・・ッ」と圧倒されていた。
流石は”あの春樹”の親か。彼女は一人、納得してしまう。
「そんで・・・二人は何しに来たんな一体ッ?」
「なんじゃー息子が無事に学校生活を送れとるんか、心配で様子見に来たんじゃ」
「ほうじゃほうじゃ。じゃけど・・・そねーな心配はいらんかったようじゃのぉ!」
「じゃからって事前通達もなしに来るなや!!」
「それならSMSでしたろうがな。「あと十分でIS学園に着くよー」って」
「そりゃあ事前通達じゃあのーて、事後報告じゃろうがな!! つーか、其のメッセージ見てねーしッ! 意味なかろうがなッ!!」
あっけらかんと笑う二人に春樹は「あ~~~ッ、もう!!」と頭を抱えた。
ゴーレムⅢ事件が終結したとは云えども、まだあの惨状と重たい空気が生々しく至る所に残っている。
そんな未だ危険が香る場所に超超超一般人の両親が訪れる事などあってはならない。二人目とは言え、世界でも貴重な男性IS適正者の肉親だ。下手をすれば誘拐されても不思議ではない。
偶々、清瀬夫婦が最初に声を掛けたIS学園関係者が用務員に扮して学園前を掃除していた轡木だった事が唯一の救いである。
轡木は二人を他のIS学園関係者や監視カメラに合わせない様に取り計らってくれたのだ。
「あのなぁッ、俺ぁ一応は世界に二人しかおらん男性IS適正者なんよ。そんで二人はそんな男の親なんよ! 解っとるんか?!!」
「解らん!」
「此ォの糞爺!!」
「ぎゃーッ!!」
「お、おい春樹!?」
父・康史の揶揄いにキレた春樹が飛び掛かるや否や、其の肩に彼は思いっ切り齧り付いた。
思わず止めに入ろうとするラウラだが、そんな彼女を母・澄子が「別に止めんでもえーんで、ボーデヴィッヒさん。いつものやり取りじゃけん」と呆れ顔を晒す。
「つーかオメェ、なんじゃー其ん頭ぁッ? ブリーチにも程があるじゃろうが!! あと、右眼が何で金色になっとるんじゃ?!」
「髪ん毛はストレスで白うなってしもうたんじゃ! 右眼は階段でけっぱんずいてコケてしもうたせいで色が変わった!!」
「階段でけっぱんずいたじゃとぉ? ちょろ~ッ!」
「喧しいッ、この糞爺!!」
「ぎゃーッ!? 春樹ぃ酷い事するなやッ、五十肩なんじゃけん!!」
「五月蠅ぇッ! 人の気も知らんで、何を呑気な事をよーるんで!!」
早口と怒鳴り声のキツい方言にもう何を言ってるのかラウラには解読不可能であった。
僅かに聞き取れるのは「~じゃ」と「~で」。其れ以外はドイツ人の彼女には他の言語に聴こえる。
「アンタらもうええ加減にしんさいよ!! ボーデヴィッヒさんがきょーとがっとろうがなッ!!」
「・・・ッチ。此の糞爺・・・!」
「やーいやーい、ガキんちょが怒られてやんの!」
「何じゃとぉ~、そりゃあ父ちゃんもじゃろうがな!」
尚も取っ組もうとする二人に「やめぇってよーろがな、二人とも!」と母・澄子の怒号が降り注ぐ。
其れに漸く二人は「ブーブー」言いながらも矛を収めた。
「んで、ホントに何しに来たんよ?」
「じゃけぇ、言うたろうが。様子見じゃ」
矛を収めたと同時に春樹はまるで何事もなかったかの様に二人へ語り掛け、其れに父・康史は平然と答える。
此の親子の尋常ならざる余りに早い切り替えの早さに「えッ・・・?」とラウラは更なる置いてけぼりを喰らってしまうが、此の際其れは置いておこう。
「様子見て・・・なしてぇ?」
「知らん。かかぁが言い出したんじゃ」
「母ちゃんが?」
春樹が不思議そうに母・澄子の方を見ると彼女は自身のスマホであるサイトを開いて見せた。
然らば、其処には『IS学園、またしてもテロの標的に!』と云った内容のネットニュースが開かれていたのである。
「昨日、ネットで此れを見てなぁ。そしたら私ゃ心配で心配で堪らん様になってなぁ」
「其れで来たってか・・・其れについては大丈夫じゃあって電話で云うたろうがぁ」
「そうじゃあ。別に心配いらんて儂も言うたんでぇ、其れなんにウチのかかぁが―――」
「よー言うんじゃわぁッ、アンタじゃって「大変じゃッ、春樹が心配じゃ!!」って言うとったろうが!!」
親子喧嘩の次に今度は夫婦喧嘩へヒートアップする事を防ごうと春樹は「まぁ、ええわ。そんで、どうやって此処迄来たんなん?」と話をすり替えた。
「汽車乗ってから新幹線じゃ。云十年ぶりに乗ったわぁ」
「じゃーじゃー。行きの窓から富士山が見えたで」
「はぁ~・・・ッ!」
遠足気分の両親に息子は肝を潰して溜息を漏らす。
其れと同時に春樹は稲妻が如く策謀を張り巡らせる。あまりに予想外で想定外の此の局面を引っ繰り返す算段を考える。
けれども・・・・・
「あ~・・・なんか腹減ったわぁ」
下手に策を模索するにも彼にはMPもHPもない、カラータイマーが赤くピコピコ点滅している状態だった。
「私も~」
「儂も~」
「喧しい」
息子の呟きに両親も燕の雛の様に呼応し、其の声に「な、ならどうぞ召し上がってください!」と今まで置いてけぼりを喰らって黙りこくっていたラウラが声を挙げる。
其処で漸くテーブルに並べられた料理に手がつけられた。
「美味い美味いッ!」
「ッ、美味しいわぁ」
「ちと芋が辛いんじゃねーか?」
「「黙って食え、爺」」
「ふふッ・・・ふふふ♪」
炊飯器一杯に炊いて握った大皿山盛りのおにぎりはあっという間になくなり、味噌汁や芋煮が入った鍋は空っぽに。
料理のなくなる余りの速さに再び唖然とするラウラだったが、もう一周回って何だか其れが可笑しくなってしまった。
其の一輪の華の様に笑う彼女に釣られ、清瀬親子もケラケラ笑いだす。「阿破破破ッ♪」とあの奇天烈な笑い声で。
途中、テーブルの下に隠された酒の事を母・澄子に追及されたが、IS学園に入学してから身に付けて来た要らぬ知恵で此れを何とか回避する。
「あぁ、喰うた食うた。それじゃあ、そろそろ帰ろうかなぁ」
「春樹も元気そうじゃしなぁ。付き合っとる彼女がおったんは予想外じゃったけど」
「そりゃコッチの台詞じゃ。今度からは事前通達しんさいよ」
「次ぁいつ帰って来るんならな?」
「冬休みじゃあって前にも言うたろうがな」
他愛もない会話をした後、春樹は両親を無事に郷里へ送り届ける為に自分のボスである長谷川に連絡を入れんと席を外す。其れと同時に父・康史も尿意を催したと言ってトイレへ入った。
「・・・ねぇ、ボーデヴィッヒさん?」
「は、はい?」
自然と母・澄子と二人っきりになった事に緊張していたラウラは思わず声が上ずってしまうが、そんな彼女に母・澄子は優しく「別に取って食おうなんて思っとりゃあせんけん、そんな緊張せんでもええよ」と声を掛ける。
「あの子は・・・春樹は無理しとりゃあせんか?」
「え・・・?」
「春樹は小さい頃から私らぁに気付かれん様に影の方で泣く癖があるけんなぁ。酒の味を覚えてからは、隠れて飲む様になっとる。心当たり・・・あるんと違う?」
其の言葉にラウラは思い当たる節が多くあった。
彼は事ある毎に襲来して来る厄介事を撥ね退けては、其の度に大酒を喰らっていた。
『酒は百薬の長』とは云うが、過ぎたる薬は毒になる。其れが彼女には心配で他ならぬ事で有り、何とか其の酒の量を減らそうと日頃より努めていた。
「そ・・・それは・・・ッ」
「・・・まぁ、エエわ。なぁ、ボーデヴィッヒさん。勝手な随分と勝手な”お願い”・・・してもええ?」
「え?」
言い淀むラウラに母・澄子は「破破破ッ」と朗らかな笑顔を浮かべた後、彼女はラウラに―――――
◆
「―――じゃあ、家ぇ着いたら電話するんよぉ」
「解った解った。にしてもオメェ、こねーな車どうしたんならぁ?」
長谷川に手配してもらった黒塗りのハイヤーに年甲斐もなく興奮する父・康史。
其れに「俺の御蔭でこねーなエエ車に乗れるんじゃけんな。崇めて奉って平伏せぇ!」と鼻息荒く春樹は踏ん反り返る。
「お父ちゃん、阿呆な事言わんと大人しゅうしんさいや。じゃあ春樹、身体に気をつけるんよ。ラウラちゃんに迷惑かけるんじゃあないで」
「解っとらぁ。二人も気をつけるんよ。じゃあ、お願いしまさぁ」
「了解です、我らがや・・・・・清瀬候補性」
IS統合対策部所属の運転手に両親を頼み、ブロロ~ッと走り去っていく車を見えなくなるまで見送った。
「・・・ゲッはぁ―――――ッ!!」
「だ、大丈夫か春樹?」
車の見送りを終えた春樹は、大きな溜息と共に糸の切れた操り人形の様に其の場へへたり込むや否や「疲れたぁアア!!」と喚いた。
何故なら、此処に来るまで他のIS学園関係者や監視カメラに映らない様に、映ったとしても顔バレがない様に超慎重な行動を謹んだのだから。
「あぁ、昼飯も食った感じせんし。父ちゃん母ちゃんを無事に帰らせる事だけ考えとったわぁ。御免なぁラウラちゃん、変な事に巻き込んでしもうて」
「気にすることはないぞ、春樹。まさか今日、お前の御母上や御父上に会うとは思わなかったが・・・私には実に有意義な時間であったぞ!」
「・・・なんか、えろう上機嫌じゃなぁ?」
「そうだな。世界最強の名を冠する織斑教官にさえ食って掛かる春樹が、御母上の前ではタジタジな姿を見る事が出来たのでな」
爛々とそう語るラウラに春樹は眉をひそめて口をへの字に曲げる。
「男って輩は、『母親』には滅法弱いもんなんじゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃよ」
肯定する春樹に「ほう・・・」と興味深そうに頷くと部屋で食事をしながら母・澄子と談笑する春樹のシーンを思い出す。
「・・・・・羨ましいものだな」
其の言葉は一体どういう意味だったであろうか。
愛しい想い人が自分の知らない素顔を見せる事に対する羨望か。其れとも―――――
「なぁ・・・春樹?」
「阿? 何じゃあ?」
「私は・・・お前との―――――」
ラウラが言葉を紡ごうとした其の時。春樹の携帯電話が「出ろ出ろ」と喚き散らす。
もしや両親に何かあったのではないかと焦って画面を見てみれば、其処に表示されていた名前は、今朝方ラウラに釘を刺したフランス娘であった。
やはり結局は良い所で邪魔が入った事に落胆する「はぁ~・・・」と頭を抱えるラウラの隣で春樹は「どしたんなら?」と通話する。
通話の大方の内容としては、近々行われる技術共有についてのものだ。
「・・・ふふッ、まぁいい。楽しみは後の方が良いと言うしな」
電話をする彼を見据えながら、ラウラはゆっくりと口端を綻ばせるのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆