・・・俺は、日々を平穏無事に生きたかった筈じゃ・・・
何事もない退屈な日常に一喜一憂し、平々凡々な毎日をのんべんだらりと過ごす事が幸いな事じゃなかったんか?
・・・じゃけど・・・今の状況を見てみぃ。
何じゃーな、此の様は?
此の世の兵器全てをガラクタにした鎧を身に纏い、嘲笑や侮蔑の言葉に苛まれながら、左手の甲の紋様と共に迫り来る厄介事を打ちのめして来た。
其の度に血反吐を吐き、骨を折り、肉を裂き、心を潰して来た。
阿ぁッ・・・いっその事、狂う事が出来たらどれ程までに楽じゃろうか。
じゃけども楽にはさせてくれん。狂う事もままならぬ。
生殺しとは正に之也。
何故・・・・・・・・
何故に・・・・・
どうして・・・
なして、俺がこねーな目に合わねばならんのじゃ?
・・・嗚呼・・・やめじゃ、やめじゃ。
堂々巡りも良い所。
何度も何度も考えた所で結局は何も変わらん。
此の世界にとって俺は”異物”じゃ。
”正史”を搔き乱すだけの”奸悪”じゃ。
どうせ俺は無責任で能無しの阿呆じゃ。
箸にも棒にも掛からぬトッパーじゃ。
・・・・・破破ッ。
・・・破破破ッ!
阿破破破破破ッ!!
阿ぁッ、嗚呼・・・可哀想に可愛そうに。
「俺みたいな野郎に救われて、”君”は本当に可哀想じゃのぉ」
◆◆◆◆◆
ドイツ国家代表候補性兼ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒにとって織斑 千冬という存在は特別なものであった。
其れも其の筈。
遺伝子強化素体のデザインベビーとして生まれながらもISとの適合性向上の為に行われたヴォーダン・オージェに適合する事が出来ず、軍上層部から『出来損ない』と見なされていた自分を再び部隊最強の座に座らせてくれた大恩人であるからだ。
だから彼女は千冬の事を絶対的に敬愛している。
しかして、ラウラは其の価値観を”永遠”に変える人物と学園で出会う事となる。
其の人物は未成年でありながら日頃より大酒を喰らうロクでなしで、共に学園へ通う学友である筈の生徒達からは、男だからという事で高貴なるISを汚す存在として煙たがられていた。
だが、此の大凡褒める所がないろくでなしは、捻くれてはいるものの情け深く心優しい性根と其のまた奥にある”狂気”を持っていた。
そんな清瀬 春樹と云う男へひょんな事からラウラは好意を持ってしまう。
其れは『VTS事件』と呼ばれるISの暴走事件より前から彼女が男の強靭なれど脆弱な、正気なれど狂気染みた心に魅かれてしまった事が原因だろう。
此のラウラが生まれて初めて持ってしまった感情は、一個の生体兵器として存在していた彼女を一人の人間、想い人を一途に想う恋する乙女へ生まれ変わらせるには余りにも十分過ぎた。
まったく『愛』とは偉大なものである。
・・・しかし、上記の此れに苦言を呈す者が居た。
「ボーデヴィッヒ・・・あの男に深入りはするな。アイツは危険だ」
身体測定が行われる事と相成った放課後の事。
順番を待つラウラを彼女の恩師である千冬は人気少ない中庭へと呼び出し、唐突に上記の一言を言い放った。
其処はいつかラウラが千冬にドイツへ戻る様に説得しようとした場所であった。
無論、千冬の言葉に彼女は「えッ・・・」と困惑する。
けれどもラウラがIS学園へ転入する前から、千冬は春樹へ目を付けていた。
目を付けていたと言っても其れは危険視と云う意味で、其れがハッキリと明確なものとなったのは、皮肉にもVTS事件以降であった。
彼はかの事件で遺伝子強化素体であるラウラでさえも適応する事が出来なかったヴォ―ダン・オージェに完全適応するだけでなく、一気に決して日常生活では開花されないであろう”闘争の才能”や”策謀の知略”を花開かせた。
そして、更に彼の中にある狂気は大きく膨れ上がり、狂奔となって周囲を染め上げていくではないか。
其のある種の疫の様な雰囲気で周囲を引っ掻き回して伝染させる春樹へのめり込んでいく純真な心を持つラウラが千冬にはとても心配であった。
されど・・・・・
「ッ・・・織斑教官・・・なぜ、そのような戯言を仰られるのですか?」
「何ッ、戯言だと?」
「だってそうではありませんか。ヤツが、春樹が危険? 何を戯けた事を仰られるか」
目の前に居る黒兎は、もう昔の様に自分を何の疑いもなく信ずるだけの狂信者ではなかった。
ラウラはキリリッと灼眼を三角にし、千冬を睨む。
「ッ、ボーデヴィッヒ・・・いや、”ラウラ”。あの男、清瀬は狂気に囚われている。あれではいつか人の道に背くことになるだろう」
「それこそ妄言です、織斑教官! それに春樹が狂気に囚われている? 春樹を狂気に追い込んだのは、あなたの弟である織斑 一夏のせいではありませんか!!」
「ラウラ・・・」
「既に時遅し」と悔やむ千冬を余所にラウラは「話はそれだけですか?」と迫り、「それでは、私はこれで」と其の場を跡にする。
そんなズカズカと自分から離れる彼女へ千冬は寂しそうな目を向けて見送るしかなかった。
「はぁッ・・・はぁッ・・・!」
一方で其の場から立ち去ったラウラは、千冬の視界から外れた所で急に息を荒立たせる。
少し前なら千冬に口答えするなど考えられない事であったが、想い人である春樹を批判された事にラウラは憤って思わず声を荒らげたのだ。
けれども、今まで敬愛していた人物に異を唱えてしまった事に彼女の心は萎縮してしまう。
「春樹・・・春樹・・・ッ!」
其の縮んだ心を膨らませる為、ラウラは心の拠り所である想い人に電話を掛ける。
呼びかけ音が耳元で鳴り、相手の電話には多分ラウラが独逸語で歌った彼の好きな歌の一節が着信音として鳴っている事だろう。
だが・・・・・
《ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!!》
「は、春樹?」
電話口から聞こえて来た愛し人の声は、酷く荒れた絶え絶えな息遣い。しかも此方が幾ら呼び掛けても苦しそうな吐息しか帰って来なかった。
此れは只事ではないと察したラウラは、すぐさま彼が居るであろう場所へと急いだ。
「ァッ・・・ッ・・・は・・・ッ!」
「ッ、春樹!!」
すると廊下の途中で人目から隠れる様に蹲る春樹が居るではないか。
そんな表情は青く息苦しそうに喉元を抑えて痙攣していた彼をラウラはISを纏った状態で担ぎ上げるや否や、自室へと急いで帰還した。
「春樹、ゆっくり息を吸え!」
部屋へ入るとラウラは空の紙袋を春樹の口に当てて呼吸する様に促す。過呼吸発作の対処法だ。
「はァ”・・・ッハァ”・・・はあ”・・・!」
「・・・大丈夫か? 落ち着いたか?」
背中を擦りながら語り掛けるラウラに春樹は「・・・あぁ」と薄らボンヤリ濁った眼を向けた。
彼女は此の目を知っている。酷く彼が弱っている時に見られる兆候だ。
「春樹・・・すまない」
「阿・・・?」
ラウラは彼が弱っている原因は、身体測定の測定係を行った事が原因だろうと勘繰る。
其の測定係を許可してしまったのは自分であり、彼女は責任を感じた。
「皆の為になると思って許可してしまったが、お前に不快な思いを与えてしまったようだ。夫を支える妻として私は―――――
「・・・やめーや」
―――――えッ?」
深々と頭を下げる自分に春樹は随分と冷たく切り込む。
其の突き放す様な物言いの彼にラウラは少々戸惑った。
「どうせ・・・どうせ君も・・・・・破破破ッ・・・」
「は・・・春樹?」
「俺みたいな野郎に救われて、君は本当に可哀想じゃのぉ」
顔を覆った手の指の隙間から垣間見える濁った眼で睨むようにラウラへ語り掛けた。
なんだかいつもとは様子の違う春樹に彼女は更に戸惑い、其れを収めようと彼の肩へ手を伸ばす。
「やめろッ、触るんじゃねぇ!」
「ッ・・・春樹・・・」
けれど、春樹は其の手を拒絶した。其れも随分と怯えた様子で。
「俺みたいなろくでなしの役立たずに救われんと、織斑のヤツに救われた方が幸いじゃったろうなぁ! そうじゃッ、絶対にそうじゃ!! 俺みたいなおえんヤツにどうして君みたいな人が惚れにゃあおえんのじゃ!!」
頭をガリガリガリガリ掻き毟りながら体を震わせて泣いた。
今の彼の状態は鬱状態であった。
PTSDにアルコール依存症、加えての激情型鬱病である春樹は時として酷い自己嫌悪に陥る事があった。
「どうせ、どうせ君も俺に対する恩情で俺に・・・そうじゃ、其の筈じゃ! どうせ、どうせどうせどうせどうせ・・・ッ! いやじゃいやじゃいやじゃ、やじゃやじゃやじゃッ!!」
話が通じない支離滅裂な言葉を吐き捨てる彼にラウラは如何すれば良いか解らず、バイブレーションの様に震える春樹の肩へ再び手を伸ばして添える。
今度は拒まれる事はなかったが、何もできないでいる無力感だけが彼女を包む。
「うッ・・・うぅ・・・うわぁあ・・・あ・・・!!」
「春樹・・・大丈夫、大丈夫だ。ここには私しかいないぞ。お前を傷付ける人間はいないぞ。大丈夫だ、大丈夫」
唯只咽び泣く春樹にラウラは寄り添って言葉を掛ける。
其れは彼の目から涙が枯れ果てるまで続いた。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆