「・・・あ・・・あれ・・・ここってッ?」
机と椅子が整然と並べられた真っ赤な夕焼けが差し込む教室で、凰 鈴音はふとして疑問符を浮かべた。
「確か・・・私・・・・・」
身に纏った”中学”のセーラー服に何処か違和感を感じつつも彼女は無意識に手元を見てみる。だが、其処にはいつもならあるべき筈の物がない。
「なにか大事な事を忘れてるような・・・というか私、さっきまで何やってたんだっけ?」
鈴は自分が先程まで何をやっていたのかを思い出そうと腕を組んで首を傾げるが、記憶へ靄がかかった様に不透明なものしか思い浮かばない。
其れでもどうにか此の現状を打破しようと彼女は教室の扉へ手を掛ける。
「えッ・・・!?」
しかし、そんな鈴よりも一瞬早く反対側からドアが開け放たれる。
其のガラリと開け放たれた扉の先に居た人物に彼女は吃驚マークを頭上へ浮かべて固まってしまう。
「おう。待ったか、鈴?」
何故ならば、其処に立って居たのは同じ中学の学ランへ身を包んだ一夏だったからである。
「い、い、一夏ぁ!? あんたがどうしてここにいんのよ?!」
「どうしてって・・・一緒に帰るって約束してただろ?」
「一緒に帰るって・・・な、なんでよ?」
「なんでって・・・だって俺達付き合ってるんだし、当然だろ?」
「・・・え?(つ、付き合っている? 一夏が? 誰・・・と?)」
其の瞬間、鈴の脳内へ高いような低いような無音のノイズが響き渡った。
「おい、どうかしたのか?」
「(いっけない! 私ってば何、当たり前な事忘れてんのよ!)な・・・なんでもないッ、なんでもない! ちょ、ちょっとボーッとしちゃって!」
「何だよ、おかしな鈴だな」
そう言って一夏は彼女に「ほら」と手を差し出す。
其の差し出された手に鈴は再び疑問符を浮かべるのだが―――――
「手・・・繋がないのかよ?」
「ッ・・・も、もちろんつなぐわよ!」
母性本能をくすぐられる様な彼の表情に頬を紅潮させながら其の手を取る鈴。
そんな自分よりも大きく温かな一夏の掌に引かれながら彼女は彼と共に帰路を歩んで行く。
「(はわッ・・・はわわ・・・!)」
帰路の最中、鈴の心臓は甲高く鳴り響いていた。
所謂”恋人繋ぎ”と言われる形で掌と掌が結ばれ、時折ギュッと一夏の方から自分の手を力強くも愛おしそうに握って来てくれる事が彼女にはとても嬉しくて嬉しくて堪らない。
「(・・・ずっと・・・・・ずっとこうしてたいなぁ~)」
高鳴る心臓の鼓動を抑えるので精一杯な鈴だったが、漸く想い人と”相思相愛の仲になった”のだ。少しばかり浮かれていた。
「・・・なぁ・・・鈴?」
そんな浮ついた彼女へ一夏が声を掛ける。けれども、唯単に声を掛けた訳ではない。
鈴の耳元へ顔をやり、そっと囁いたのである。
其の何処か甘い声色に彼女は思わず「ひゃ、ひゃい!?」と声を上ずらせてしまうが、すぐさま気を取り直しての咳払いをした。
「今から鈴の家に行っても良いか?」
「へッ・・・?」
一夏の投げかけられた疑問符に鈴の身体は一瞬だけではあるもののフリーズしてしまう。
そして今日の朝、「今日からウチの親、旅行に行っててさー。家に私一人なのよねぇ」なんて事を彼へ話をした事を”思い出す”。
恋人同士の男女が、両親の居ない家で二人っきり・・・という事はつまり―――――
「そ・・・そ、そ、それってつまり・・・ッ!!」
顔を真っ赤にしつつ慌てた様子で一夏の表情を見る鈴。すると、彼の顔もまた何処か赤みを帯びた照れくさそうな表情であったのだ。
「いい、よな・・・鈴?」
「(~~~~~ッ!!)う・・・うん・・・ッ」
鈴は此れから恋人と行う情事を想像し、耳まで真っ赤にした顔を俯かせながら一夏の声に小さくコクリと頷いた・・・・・其の時。
―――――《ワールド・パージ、完了》
・・・と、そんな無機質な言葉の羅列が鈴の頭の何処かで木霊する。
だが、今の彼女は其れ処ではない。
「(か・・・可愛い下着に履き替えなきゃ・・・ッ! い、いや、まずはシャワーを浴びる方が良いのかしら?!)」
鈴の脳内は、ピンク色の悶々とした事で既にいっぱいであった。
しかし、そんな劣情を洗い流す様に夕陽の光に照らされる二人へ突如としてザァ―――ッとゲリラ豪雨が襲い掛かる。
「ちょっと!? さっきまであんなに晴れてたじゃない!!」
「とてもじゃないが、すぐに止みそうにないぞ!」
突如としてザァザァ切れ目なく降って来た雨の中、鈴と一夏は持っていたカバンで頭をガードしながら走る。
途中、雨宿りをしようと辺りを見回すが、とても二人が入れるような場所もない。
「あーッもう! このまま私ン家まで走るわよ!!」
半ば吐き捨てる様に鈴はそう叫ぶ。
あまりの土砂降りの雨にセーラー服や学ランもぐっしょりと濡れ鼠となり、もはや雨宿りの意味が無い。
ならば、此処は少しでも早く冷えた体を温める為、一刻も早く家でシャワーを浴びる方が良い。
其れに急げば急ぐ程、家で早く二人っきりになれる。
「おう、分かった! なら急ごうぜ!」
「ッ・・・!?」
そんな彼女の声に呼応するかの様に一夏は先程よりも強く鈴の手を握る。其れに鈴も力強く握り返し、二人は目的地を目指して走った。
「もーッ、最悪!」
「はー、やっと着いたな」
漸く目的地である鈴の家、中華料理屋『鈴音』へ到着した二人は店から母屋に入り、リビングまでやって来た。
「こうもびしょ濡れだと服が肌に張り付いて気持ち悪ぃな」
激しい雨に打たれた学ランを一夏は鬱陶しい脱ぐと、其の下にはこれまたぐっしょりと濡れたワイシャツが彼の身体に張り付いている。
白地の生地が一夏の肌色を透かし、服の上からでも解る程の肉体美が露わになった。
「こ・・・こ、このままじゃ風邪引いちゃうわね。い、一夏シャワー貸してあげるわ」
「え? でも、お前だってビショビショじゃないか。先に入れよ」
「あ、私は乾いた服あるから! ほ、ほらッ、アンタは濡れた服のままじゃダメでしょ!!」
「そうか?」
「そうなの!」
そんな彼の身体にドキドキしながらも鈴は一夏にシャワーを進める。
其れに対し、一夏は彼女に「じゃあ・・・一緒に入るか?」と悪戯っ子が浮かべる様な微笑で投げ掛けた。
すると「ボン!」と擬音語が付けられる程に一瞬で鈴の顔は真っ赤に染まり上がってしまう。
「なッ、何考えてんのよ!!? バカバカッ! 一夏のスケベ!!」
「痛ッ!?」
そう言ってからかう一夏の足を鈴は思いっ切り踏んづけると、さっさと自分の部屋へ入って行く。
「もうッ・・・一夏ってば大胆なんだから! ちょっとスケベだけどそんな処も、あ・・・アリよね?・・・・・って、あれ?」
其の逃げる様に入った自分の部屋に対し、彼女は実に妙な違和感にかられる。『懐かしい』等と云う不思議な感覚が心に浮かんだのだ。
「(私、なんで懐かしいなんて・・・私は小学生の時からずっと日本に・・・だけど今は中国に家が・・・・・あ、あれッ? そう言えば、なんで私・・・ッ・・・)」
鈴は此のモヤモヤとする違和感の正体を探ろうとするが、煙を掴むばかりでスッキリとしない。
「ッ・・・あぁ~も~~! なんかスッキリしないわねぇ!! ”前にも”こんな事あったけ? 確かその時は”春樹”が・・・・・・・・あれ?」
”前にも”? 前にもとはどういう事だろうか?
其の時、何故か彼女の脳内にとても奇天烈な笑い声が響いた。
―――――・・・阿破破破ッ!」
「え・・・ッ?」
其の笑い声を鈴は良く知っていた。そして、其の声の主も彼女は良く知っていた。
”あの夜”、酒を飲んで顔を真っ赤にしてヘラヘラ自分に語り掛ける白髪金眼の男の事を鈴は思い出す。
「は・・・るき・・・って、誰だっけ? あれ・・・学校にそんな人・・・・・あれッ?」
闇夜に浮かぶ月の様な目が、どうしても彼女には忘れたくとも忘れる事が出来なかった。
しかし、其の男を何とか思い出そうと幾ら首を傾げてもどうしても出来ない。
「―――――おい、鈴。大丈夫か?」
「えッ・・・えぇ、大丈夫よ」
だからシャワーを浴び終え、後から部屋へ入って来た一夏に気付くのが一拍遅れてしまう。
鈴はそんな自分をすぐさま取り繕って彼のいる方へ振り返るのだが―――――
「ッ、ちょ、ちょっと一夏!? あんたなんで服着てないのよ?!!」
振り返った先に居たバスタオルを腰に巻いただけの一夏に彼女は動揺を隠せずにいた。
「え? だって俺の服、びしょびしょになっちまったし・・・着るものないじゃんか」
「だからってそんな恰好で家の中うろうろしないでよ! ちょっと待ってて、お父さんの服があったはず―――――
「・・・鈴ッ」
―――――ッ、きゃ!?」
そう言って部屋から出て行こうとする鈴だったが、一夏はそんな彼女の腕を掴むと一気に自分の方へと抱き寄せる。
「ちょ・・・ちょ、ちょ、ちょちょちょ、ちょっとッ、い、いい、い、一夏!!?」
無論、余りにも大胆な彼の行動に鈴は吃驚仰天してしまうが、顔を真っ赤な茹蛸にする彼女の耳元で一夏はゆっくりと囁く。
「・・・いいか?」
其の甘い言葉に加え、雨で濡れて冷えた鈴の身体へシャワーから上がったばかりで表皮の熱い一夏のぬくもりが直に伝わる。
此れに対して彼女は「あ・・・うぅッ・・・」と思考能力がショートしてしまい、近くへあったベッドにトサッと押し倒される事を許してしまう。
「鈴・・・」
「い・・・いちかぁ・・・」
熱い涙で濡れた瞳を除きながら自分の髪を掻き揚げる彼へ覚悟を決めた様にゆっくりと鈴は目を閉じる。
其れを合図に一夏は彼女の着ている服のボタンを一つずつゆっくりと外していき・・・・・
「―――――おどりゃ、オメェ・・・何やりょーるんなッ?」
「―――――え?」
「―――・・・へ?」
さて此れからお楽しみタイムという調度其の時。一夏が閉めた筈のドアから酷いしかめっ面を晒した白髪金眼の男が現れ出でたのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆