「ねぇ、やっぱり知ってたの?」
唐突な鈴の問いかけに春樹は「阿? 何がじゃ?」と表情を歪める。
彼女の頭に思い浮かべた理想の幻想世界でニセ一夏を倒し、パズルをひっくり返した様に崩れる世界から何とか脱出した鈴と春樹の二人は”五つの扉”が立ち並ぶ星空の世界へと佇んで居た。
「なにがって・・・そりゃ、あの一夏がニセモノだってことによ。でなきゃ、あんたが最初っからアイツをあんなにもブチのめさなかったでしょ?」
自分が想像した理想像丸出しのニセ一夏の正体を見破る処か、デレデレに籠絡されていた事に対し、鈴は若干の恥を感じていた。
其のニセ一夏を一目で見抜いた鋭い観察眼の秘密を探る様に彼女は春樹を見る。
・・・しかし。
「いや、知らんよ。」
「・・・へッ?」
彼からの返答に鈴は目を丸くするが、春樹は更にこう続けた。『別に”アレ”が本物でも偽物でも”どっちでもええ”』と。
「ど、どっちでも・・・って、あんた・・・ッ」
彼の言葉を聞き、鈴はちょっと身を引いた。
何故ならば、春樹のニセ一夏への対応は確実に息の根を止める様な攻撃であった為だ。
先にニセ一夏が彼の胸倉を掴んだとは云えども、其の応酬に頭蓋骨を砕いて脳を揺らす鋭くも重い掌底と右膝を圧し折る足蹴では『目には目を、歯には歯を』では当然釣り合わない。
其れに電脳世界でのダメージが現実世界でのダメージへ反映されるかもしれないので、余計に彼女は動揺した。
「ッ・・・ほんっと、あんたって一夏の事が嫌いよね」
「応ッ!」
口端を引き攣らせる鈴に春樹は両目と口を綺麗なアーチに曲げて微笑む。
其の表情と薄目の間から垣間見える金色の焔に何故だか思わずドキッとしてしまった。
だから、鈴は興味本位で彼に聞いた。「どうして其処まで一夏の事が嫌いなのか?」と。
そうしたら・・・・・
「まず、野郎のしみったれたイケメン顔が嫌いじゃろう。声は、まぁ中の人がエエとしても、独りよがりの正義感振りかざす口だけの性格が嫌いじゃろう。其れに―――――」
出るわ出るわ、多いに出るわ一夏に対する恨み節に罵詈雑言の数々が。
其れに対して鈴は「お・・・おう」と当初は身を引いて聞いていたのだが、「鈍感な所がホントに屑過ぎて笑えない」と云う点については、打って変わって大いに賛同した。
「そうなのよ! アイツってば、私が一生懸命に勇気を振り絞った言葉を「ん? なにか言ったか?」で済ませるのよ!! ホンット、肝心な所で聞こえないって何なの?!」
「じゃーじゃー! どんな突発性難聴なんじゃ?! 馬鹿じゃねーの? いや、馬”夏”じゃねぇーの?!!」
其の一点で大いに盛り上がる二人だったが、此処でふと春樹は彼女に前から思っていたであろう疑問符を投げ掛ける。
「じゃけど、鈴さんや。なして、そねーな鈍感屑肝心要の時に難聴野郎へ恋心抱いとるん?」
「ッ、そ・・・それは・・・・・」
少しの間、頬を赤らめて口籠った後、大きく深呼吸をして言葉を紡いだ。
「私ね・・・小学生の時、日本へ家庭の事情で移住したのよ」
「阿? あぁ、確か篠ノ之のヤツと入れ代わり立ち代わりで転校したじゃー何じゃーかんじゃーって言よーたなぁ」
「うん。その時、私、日本語もあんまりできなくって・・・それに私の名前って「鈴音」でしょ。それをバカな男子共が「リンリン、リンリン! パンダのリンリン!」って言って茶化して来たのよ。それを―――――」
「あぁ、なるほどな。其処に颯爽と織斑の野郎が現れて君を助けてやったと・・・・・何だか、分かり易いやっすい恋愛フラグじゃの」
「い・・・言わないでよ、私だって気にしてるんだから。自分でも思うわよ、「ちょろい女だな~」ってさ」
そんな俯く鈴に対して春樹は「ホンマじゃ。チョロいヒロイン・・・”チョロイン”じゃわぁ」と揶揄うが、静かに「・・・殴るわよ」と握拳へISを部分展開して見せつける彼女に「悪ぃ悪ぃ」と苦笑い気味の平謝りをする。
「だから・・・だから、ちょっとアンタ達が羨ましいわ」
「阿? どういうこっちゃ?」
「だって、二人は互いに素直に伝え合って思い合ってるじゃない。それが、私にはとっても羨ましい事よ・・・」
「・・・・・」
溜息と共にそう吐き連ねる鈴に春樹は何とも微妙な表情で視線を逸らす。
確かに彼女の言う通り春樹は”彼女”と思いと想いを積み重ねて来た。されど其れに思わぬ茶々が入った為、彼は思い悩む事となったのだから。
「・・・鈴さん、俺はね―――――」
《―――――春樹、聞こえる?》
彼が何かを呟こうとした其の時、通信障害が回復し、本部に居る簪からの応答が入って来た。
其れに春樹は気を取り直して返答をする。
「あぁ、聞こえるでよ。こっちで鈴さんを確保したけんな。ほれ、鈴さん」
「えッ。あ、あぁ、もしもし簪?」
《無事で良かった。とりあえず・・・鈴さんはこっちに戻って来て。電脳世界のハッキングによるバイタルチェックをしたいから》
「わかったわ」
「簪さん、俺はどうするでよ?」
《春樹には、そのままみんなの救出をお願いしたい。でも、身体・・・意識の方は大丈夫?》
「応ッ。パチモンとは言え、糞野郎の顎を砕いて足を圧し折ってやったけんな。清々しい気分じゃでよ」
《・・・どういうこと?》と首を捻る簪に春樹は「帰ったら詳しく話さぁ」と悪戯っ子の様な笑みを浮かべていると、二人の目の前に木目調の扉が現れる。
「じゃあ私は行くけど・・・みんなの事、頼んだわよ」
「ん、頼まれた。織斑の事は気が向いたら助けてやらぁ」
「全員ちゃんと助けなさいよ。あ・・・あとね・・・ッ。あんたが来なきゃ私、あの世界に囚われたままだったわ。ありがとうね、春樹」
「阿?」
照れ臭そうに頬を紅潮させて感謝を述べる鈴に春樹は驚きつつも「阿破破ッ」とケラケラ笑いながら扉の向こう側で光の粒子となって消える笑顔の彼女を見送った。
「はぁ~・・・危ねぇ危ねぇ、健全なDKだったら危うく惚れる所じゃったでよ。ホントになしてあねーなエエ女があねーなボケカス屑鈍感男にホノ字なんじゃろうか?・・・・・畜生、なんかムカついて来たわぁ。今度は野郎にゲロ吐かせてやろ。・・・まぁ、其の前に。あの娘に謝らんとな。其れにちゃんと”ケジメ”も着けんと」
そんな事をブツクサ云いながら春樹は五つ並んだ扉の前へ立つと、あの選ぶ歌を口遊んだ後でドアノブに手を掛けたのであった。
◆◆◆◆◆
―――――扉を開けると其処は・・・・・
「ほへ~、何じゃーこりゃあ・・・ッ」
三百六十度何処を見ても見回しても綺麗な花々が咲く実に洗練された庭園が広がっとった。
「しっかし、何処じゃあ此処ぁ? 見た感じで言うと間違いなく此処は日本じゃねー事は解る」
庭園の感じからしてヨーロッパのどっかじゃろうな。
ヨーロッパ云う事は、メンバー的に言うとイギリスかフランスかドイツのどれか何じゃろーが・・・
「屋敷を見る感じとしては、イギリスか? という事は、セシリアさんか?」
庭園の細工垣根の背後にそびえる屋敷・・・いや、此の場合は”城”と言うた方がエエんか?
『ダウントンアビー』とかに出てきそうな建物じゃもん。見る感じに年代物・・・という事で導き出された答えがリアル英国貴族のセシリアさんじゃ。
「でも、とても電脳世界とは思えんな。花のエエ臭いがすらぁ。何だか久々に花の香りを嗅いだわぁ。・・・母ちゃんもガーデニングしょーたしなぁ」
此処にある赤や白の薔薇じゃー何じゃーかんじゃーみたいな花じゃあなかったが、実家の庭を綺麗に飾っとったなぁ。
・・・・・母ちゃぁん・・・
「ッ、おえんおえん。今はホームシックに浸っとる場合じゃないでよ。此の世界のキーキャラを探さにゃあな。何処に居るんじゃあ?」
◆◆◆
青々と茂った緑と其れに彩を添える花達が並ぶ庭をとりあえず彼は赤い薔薇達が絡む鉄柵を伝って城の入口へと向かって突き進む。
「・・・のどかじゃわぁ。ポカポカ陽気で気持ちエエわぁ~」
途中、任務を忘れて道沿いに咲き誇る花に目を奪われて彼女達を愛でる。
此の世界に来るまでテンションのアップダウンが激しい場所でドンパチやっていた為、和やかな雰囲気に充てられてしまって表情がツイツイ綻んでしまう。
だが、其の度にすぐに我に返って任務遂行の為に探索を再開する春樹。
「阿? ありゃあ・・・」
そんな彼の遠くの視界に見慣れた縦巻きロールの金髪と青いカチューシャが映る。
琥珀を常時部分展開している為、遠目からでもヴォーダン・オージェの機能で正確に確認する事が出来た。
「声は聞こえんが、随分と楽しそうじゃのぉ。つーか、誰じゃああの人らぁは?」
よくよく見れば、白いワンピース姿のセシリアと共に丸テーブルを囲む金髪の紳士と茶髪の淑女の二人の人間がティーカップを片手に談笑しているではないか。
どうやら三人でお茶会をしているようだ。
「鈴さんの世界のボケをぶっ壊したみてぇにあの二人をデリートすりゃあエエ感じじゃろうか? あ~、でも鉈持ってあの輪の中に入ってから二人の頭をかち割るのは気が引けるなぁ」
「しょうがねぇなぁ」と春樹は左手へコンバットリボルバーを展開し、シリンダーに弾丸を装填する。
弾の種類としては、いつも使っている非殺傷の氷結弾ではなく、鋼鉄の装甲版も撃ち抜く徹甲弾だ。
「現実世界だとこねーな事は絶対にやらんが、此処は電脳世界で幻想に囚われているセシリアさんを助ける為じゃ。全くもって気が引けるが、やるしかないけんなぁ」
・・・等と云いながらも春樹は口端を引き攣らせながら近くにあった枝を台座にし、銃口をを標的の頭に差し向ける。
「すぅーはぁーッ(拳銃で狙撃なんて久々じゃわぁ。一気に間髪入れず仕留めるか)」
深呼吸しながら春樹はゆっくりと撃鉄を引き起こすと、金色の焔が零れる眼を細めて暗夜の霜の如くこれまたゆっくりと引き金を絞ってゆく。
此の何処かのほほんとした雰囲気の世界に充てられて表情は和らいでいるが、彼の根底にある異常性は未だ牙を剥き出しにしていたのだ。
―――――しかし、撃鉄が弾薬莢の雷管を叩く其の刹那であった。
「・・・・・阿ッ?」
しゅるりッと布擦りの音が彼の耳に入る。
何だと思って見てみると自分の首に鉛色のワイヤーの輪っかがかかっているではないか。
「ッ、うギげぇぁ嗚呼あああッ!!?」
無論、「ヤバい!!?」と春樹はワイヤーを切ろうとしたのだが、既に時遅し。無情にもワイヤーは首骨を圧し折る勢いで締め上げ、彼を一気に垣根を中へと引きずり込んで行った。
「あら・・・?」
「ん? どうかしたのかい、セシリア?」
「今、何か聞こえませんでしたか?」
「いや、別に何も聞こえなかったが・・・君は聞こえたかい?」
「いいえ、私も聞こえませんでしたわ。それよりもセシリア? 御紅茶が冷めてしまいますわよ」
「スコーンもまだあるからね」
「はい、ありがとうございますわ。”お母様”、”お父様”」
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆