「シ・・・・・シャル、ロット・・・ッ?」
自分の目の前へ立つ生後間もない乳飲み子を其の手に抱くシャルロットに春樹は呆然としてしまい、思わず構えた得物の切先が地を向く。
「ん? どうしたの、”あなた”?」
「ッ・・・あ、あなた・・・って・・・!」
「ぱぱね、さっきからおかしいの」
「ほら、シャルルが怖がってるよ。も~、困ったパパだね~」
「ねー」
仲良さそうに顔を見合わせる二人に春樹は益々困惑した。
・・・だが、此処は現実世界でない事を彼は知っている。此の”甘い悪夢”から抜け出すには、其の原因となっている―――――
カチッ
春樹は固唾を飲みつつリボルバーカノンの撃鉄を起こし、静かなれども確実に銃口を自分の足に掴まる幼子の眉間へ当てた。
後は簡単。いつもの様に引き金を引き、傀儡の頭を吹き飛ばすだけ。
・・・吹き飛ばすだけなのだが・・・
「ぱぱぁ?」
「ッ・・・!」
果たして彼に其れ程の度量があるだろうか。
今、自分が”壊そうとしている”相手は、傀儡として自らに刃を向けるどころか。自分を”父”と慕い、屈託のない笑顔を向けているのだ。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!!」
其れでも春樹は成さねばならぬ。
此の電脳世界に引きずり込まれてしまった仲間を助ける為、彼は心を鬼にして引き金へ指を―――――
「―――――春樹」
「ッ!?」
顔を上げれば、其処には静かな笑みを浮かべるシャルロットが居た。
「大丈夫・・・大丈夫だよ、春樹。ここは安全だから・・・ね?」
彼女はそう呟きながら春樹の頬を撫でる。
優しく、慈しみを込めて愛おしそうに撫でる。
其の肌触りが心地良かったのか。一撫で、また一撫でされる度に意識が刈り取られてゆく。
「ここは誰も苦しまない・・・みんなが幸せな世界なんだよ、春樹?」
「あ・・・ッ、あぁ・・・・・!!」
そして、最後の一撫でによって春樹の意識は完全に刈り取られ、彼の視界は一気に暗転してしまうのであった。
◆
「か、簪御嬢様! 清瀬君の身体が!!」
「は・・・春樹・・・ッ!!」
春樹が米国軍特殊部隊アンネイムドとの戦闘を終え、間髪入れずに電脳世界へ突貫して幾分か経った頃。突如として彼の身体全体が大きく震え出した。
「ちょッ・・・ちょっと大丈夫なの、これ?!」
「春樹さんッ・・・春樹さん!!」
釣上げられた魚の様にのた打ち回る様に対し、彼の御蔭で電脳世界から脱出できた鈴とセシリアにも動揺が走る。
まるで其れを具体的に表す様にバイタル測定も異常値を叩き出す。
「虚さん・・・春樹との通信はッ?」
「ッ、ダメです。やはり扉の先とは通信が断裂されています」
「どうすんのよ?! これって結構ヤバい状況なんじゃないの?!!」
「簪さんッ! 私がもう一度電脳世界へ行って、春樹さんを!!」
「だめッ・・・また、電脳世界へ誰かを送ったら帰って来られない可能性がある」
「ッ・・・じゃあ何? 私達はただ黙って見てろっていうの?!」
鈴の言葉に簪は下唇を噛んで押し黙ってしまう。
目の前で泡を吹いてのた打ち回る春樹に対し、何も出来ない自分が彼女にはとても恨めしい事この上なかった。
「ッ・・・こうなったら・・・!」
「か、簪さん?」
そんな思い悩む簪は何を思ったのか。ベッドチェアに身体だけを預ける春樹をまさぐり、「あった・・・!」と”ある物”を取り出す。
其の”ある物”とは、『命の水』が入っている銃弾の突き刺さった銀色のボトルであった。
◆
「・・・ッ、あ・・・あれ?」
一軒家の玄関前で気を失った春樹が今一度重い瞼を開けた時、彼は白いソファへゆったりと腰を据えていた。
辺りを見回せば、洗練されたデザインの家具が並び、自分の着ている衣服は白を基調としたIS学園制服からワイシャツにスラックスパンツに代わっているではないか。
「だいじょーぶ、ぱぱぁ? だいじょうぶだったら、ぼくとあそぼー」
横へ振り返ると金髪の幼子が自分の肩へ頭を乗せて此方を見ていた。
シャルロットの眼の色と似た瞳が実に印象的だ。
「こーら、シャルル。パパ、お仕事から帰って来たばかりで疲れてるんだからね」
「やだぁー! ぱぱとあそぶんだもん!」
「それはご飯を食べた後でもいいんじゃないかな~?」
シャルロットの諌言に「ぶー!」と幼子はブウを垂れる。
「・・・あぁ。俺ぁ大丈夫じゃで、シャル・・・”ママ”。一緒にテレビで映画でも見よーか、シャルル?」
「え・・・」
春樹は可愛らしい我儘を云う幼子の頭を撫でてあやすと「わーい! じゃあさじゃあさ、ぼくこれがいい!!」なんて屈託のない笑顔で自分の見たい作品を彼に指差した。
「え・・・あ・・・じゃ、じゃあパパ。マリーのことも頼めるかな?」
「応」
そんな静かに微笑む春樹へシャルロットは何故だか少しばかり戸惑いつつも自分が抱き抱えた乳飲み子を渡す。
彼女の腕から春樹の腕の中に移った赤ん坊は彼の顔を見るなり、「あー、あー」とニッコリ笑顔を浮かべる。
「おー、可愛えのぉ。ママに似て美人じゃわぁ」
春樹は朗らかな笑みを浮かべながら赤ん坊をあやし、幼子が見たいと言っていた『借りぐらし』を一緒に見た。
「ふふ・・・ッ」
其の微笑ましい様子をシャルロットは何処か幸せそうな面持ちで見つつ自分の得意料理を作ってゆく。
そして、豪勢な料理が出来上がると其れを皆で仲良くテーブルを囲んで食べた。
笑い合いながら美味しい食事を楽しむ・・・在り来たりだけれども確かな幸せと云うものが其処にはある様に感じられた。
「ふぁあ・・・・・」
「ん? 何じゃあな、シャルル。お腹一杯になって眠うなったんか?」
「ねむ、くないもん・・・・・ぱぱともっと・・・あそぶ、もん」
そうは言うが、幼子は眠たそうに瞼を擦っている為に説得力が微塵もない。
春樹はそんな愛し子の背中をぽんぽん優しく一定のリズムで叩いてやると、幼子は愚図りながら必死の抵抗を見せるも結局はくぅくぅ寝息を点てた。
「シャルル、寝ちゃった?」
調度其の時、同じくくぅくぅ寝息を点てる赤ん坊を抱いたシャルロットが小声で声を掛けて来る。
春樹と彼女は眠る二人の子供を別室に運び、身体が冷えない様に布団をかけてあげた。
「二人とも・・・気持ち良さそうだったね」
「あぁ、ぐっすりじゃ。ああなったら、当分は起きんじゃろうな」
「ふふッ・・・パパに似てるからね。寝つきの良さもそっくり」
子供達を寝かせた二人は、リビングでシャルロットの淹れてくれた紅茶で食後の一服をゆったりとソファに腰掛けながら楽しむ。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐり、適度に力が抜けてリラックスできた。
其の内、眼を細めて深く息を吸い込む春樹をシャルロットは自分の方へ引き寄せる。そうする事で彼の頭はすっぽりと彼女の母性の象徴へ収まる。
彼は訳も分からず目だけを向ければ、シャルロットの慈しむ顔が大写しになった。
「パパ・・・ううん、春樹。ボク、今とっても幸せだよ」
「・・・そうか?」
「うん。君と出会ってもう”十年”も経つけど・・・出会ったばかりのあの頃は、こんな事になるなんて想像もできなかったよ」
「十・・・年・・・?」
春樹はシャルロットの放った言葉に疑問符を抱く。
しかし、優しくゆっくり自分の頭を撫でてくれる彼女の掌によって思考力が徐々に機能しなくなる。
「でも・・・今の春樹はお父さんの会社でボクや子供たちの為に働いてくれてる。だけど、僕の傍に居る時は無理しないでいいんだよ? ボクは君のことが好きになって、ずっと君を傍で支え続けたかったから”結婚”したんだ。だから、ボクにだけは・・・全てを晒してくれていいんだよ?」
成すがまま、されるがままシャルロットに愛撫される春樹は再びゆっくりと意識を手放して―――――
「―――――なら、もうエエじゃろう?」
「・・・・・・・・え?」
―――――しまう事はなく、彼はギョロリと金色の焔が零れる眼を彼女へ差し向けた。
突然の事にシャルロットは困惑してしまう。
「此処ぁ本当の世界じゃない。現実の世界に帰らんと」
「か、帰る? 何を言ってるのかな? 帰るも何も、ここがボクたちの家じゃないか」
「違う。此処ぁ甘ったるい悪夢の世界じゃ。所詮はまやかしの世界なんじゃ」
春樹は身体を起こして立ち上がると左腕へ自身のISである琥珀を部分展開し、簪達のいる本部へ通信をかける。
だが、返って来るのは砂を巻き上げた様な音ばかり。
「悪夢? まやかし? さっきから何を言ってるのさ。それに、誰に電話してるかな?」
「やっぱし、外の扉を通っていかんと帰れんか。なら、行くぞ」
「ちょ、ちょっと春樹?!」
「そうと分かれば話は早い」とばかりに彼はシャルロットの手を引っ張り、家の前に佇む電脳世界の出入り口となっている扉へと急いだ。
しかし・・・
「ちょっと待ってよッ。離してよ、春樹!」
キッチンの所でシャルロットは春樹の手を振り解いた。
「悪い。じゃけど、早うせんと思考汚染が進んで帰れんようになる」
「帰れないって・・・だから、ボク達の家はここでしょ! それに思考汚染ってなにさッ? 帰って来てから何だかおかしいよ。会社で何かいやな事でもあったの?」
「じゃ~か~ら~! 此処は現実世界じゃないんじゃっちゃ!!」
完全に電脳世界に囚われているシャルロットへどういった説明が適切なのかどうか。春樹は思い悩む。
けれども、どう説明したところで彼女を傷付けるしかないのである。
「阿ー・・・なぁ、シャルロット」
「どうしたの? 何か悩んでいるならボクが聞いてあげるから、そんな悲しい顔―――――
「俺はお前と結婚なんてしてない」
―――――・・・へ?」
シャルロットの目が四白眼となり、表情が大きく歪む。
「な・・・に・・・言ってる、のさ? 悪い冗談にも、ほどがあるよ・・・! 現にボクは君からもらった結婚指輪をこうしてはめてる! それにシャルルやマリーだっているんだよッ! それなのに、どうして・・・・・ひどい・・・ひどいよ、春樹!!」
「じゃあ聞くがッ、俺ぁお前になんて言ってプロポーズしたんじゃ? あの子達は一体いつ生まれたんじゃッ?」
「それは―――――」
彼女は春樹の言葉に怒りを含ませて反論しようとした。
されど・・・・・
「そ、それは・・・えッ・・・・・あ、あれ・・・?」
其の行為が薄っぺらい”偽装”を剥がすには十分だった。
目に付く場所へ飾ってあるウェディングドレスとタキシード姿の二人の写真が酷い張りぼての様に感じられる。
「ち・・・違うよ・・・ボ、ボクは、春樹と結婚して・・・シャルルとマリーを・・・!!」
「違う。シャルロット、お前はまだ十五だし、子供も産んどらん」
「やだッ、やめてよ・・・そんなこと・・・・・やだぁ!!」
真実と偽装の記憶が入り乱れてしまい、シャルロットはパニックに陥ってしまう。
するとどうだろうか。周りの壁がパキパキと音を点ててパズルピースの形に浮き出て来た。
電脳世界の崩壊に巻き込まれれば堪った事ではない事を確信している春樹はさっさと脱出したいが為、”ある事”を口走る。
「其れに俺は・・・シャルロット、お前の事は好きじゃけど・・・・・”愛してる”って気持ちじゃないんじゃ」
「ッ・・・!」
「もっと・・・もっと早う云うべきじゃった。いつまでもまごまごしとったけん、お前にいらん期待を抱かせてしもうたんじゃ。はっきりと云うべきじゃった!」
「・・・・・めて・・・ッ」
「俺が愛しとるんは―――――」
「やめてッ!!」
拒絶の言葉と共にシャルロットは自身のISを展開し、近接格闘武器であるブレードを構えた。
「ッ、シャルロット・・・」
「わかってた・・・わかってたんだよ。こんなこと夢なんだってわかってた。でも、でもね・・・・・!」
震えて掠れた声と熱の籠った潤んだ瞳。
其れを武器に彼女は想い人へ迫る。
「ボクは君が好きなんだよ、春樹。君の為ならお金だって、お酒だって・・・なんだってあげられるよ! それに、赤ちゃんだって・・・・・ボク、春樹との赤ちゃんなら何人だって産んであげるッ! だから・・・だから、ボクを愛してよ!! 何番目でもいいから、ボクも愛してッ!!」
「・・・・・」
熱烈で情熱的なシャルロットの告白に春樹は一度口結んだ後、意を決して自分の内にしまい込んでいた言葉を連ねた。
「・・・ありがとうな、シャルロット。俺みてーな飲んだくれゴミ屑なんかを好きになってくれて」
「な、なら―――――」
「じゃけど、じゃけどなシャルロット。俺は、あの娘を考えたり思ったりするとな・・・心が綻ぶんじゃ」
「ほこ、ろぶ・・・?」
「応。まるで華が開いた様に心がほわほわするんじゃ」
そう言いながら照れ臭そうに頬を掻く春樹。
其の姿を、其の表情を彼女は知っている。
「ベルギーん時、気恥ずかしゅうて言えれんかったが・・・今は胸張って云える。俺はあの娘に・・・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ云う
シャルロットはギリッと下唇を噛む。そして、納得してしまう。
此の男の心が決して自分の手に入るものではない事を。
「・・・・・どうしても・・・どうしても、だめなの? ボクじゃ、だめ?」
「・・・キスをする相手は、一人でエエ」
春樹の答えに彼女は「・・・・・そう」と悲しそうに呟き、構えたブレードの刃を床へ向ける。
そんな落ち込む様子のシャルロットに対し、彼は親しい者に対する人の甘さからか思わず手を伸ばしてしまう。
・・・・・・・・其の時だった。
チャキッ
「ッ、シャルロット!!」
あろう事か、彼女は床へ伏した筈の刃を自らの首へ向けたのである。
「やめろ・・・ナイフ捨てろや・・・!!」
「いやだ・・・やだやだ、やだ! 春樹がボクを・・・ボクを愛してくれないなんてッ、そんなの耐えられないよ!! それならいっそ・・・ボクの命をかけて、君の記憶に一生残ってやる!!」
「傍迷惑じゃ! やめろッ、ボケェ!!」
助けに来た筈が、惚れた腫れたの振った振られたの話で自決されたら元も子もない。
春樹はシャルロットの手へ握られたブレードを奪わんと咄嗟に彼女に飛び掛かる。
無論、シャルロットとて容易に刃を奪われる訳にはいかない。纏ったISのフルパワーを絞って必死に抵抗した。
「やめてッ、離してよ!!」
「阿呆か!!」
揉みくちゃになる両者。
ISの全展開と部分展開による密接格闘はどちらも決定打に欠け、春樹の方はガンダールヴを発動しようにも隙が見出せない。
・・・・・・・・・・・・余談だが・・・こういう場合、手に握られた刃物の切先の行方は大抵決まっているのだ。
―――――ザクリ!
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆