―――『血』は『魂』を具現化した所謂『貨幣』。
―――其れ故、流した血が多い”彼”が得るモノは『必然』。
―――なれば、『対価』を支払った事のない”彼”が得たモノとは?
「ふぅー・・・ッ」
古めいた、されども高貴な光を放つシャンデリアの下。落ち着いた雰囲気に包まれた一室にて、少年・・・織斑 一夏は満足そうな息を一服吐く。
「フフッ・・・満足そうで何よりだ」
そんな一夏の様子に対し、彼の腹へ納まった日常生活では決して味わう事は出来ないであろう洗練された料理を作り上げた料理人・・・ハンニバル・レクターもこれまた満足そうに口端を吊り上げる。
「いやー、美味かった! ホルモン料理なんて食べる事なんてあんまりないからな!!」
「フフフ・・・お世辞でも嬉しいよ、一夏」
「世辞なんて言わねぇよ! マジで美味かったんだからな!!」
「ありがとう。それならデザートも喜んでもらえると嬉しいよ」
ハンニバルの言葉に「勿論だ!」と快活な言葉を返す一夏。
其れに応えるかの様にハンニバルは彼の前へコースの締めとなる一品を置いた。
「ッ・・・え、えーと・・・これは?」
一夏は自分の目の前へ置かれた其の一品に思わず眉をひそめる。
何故ならば、其の料理は一見するとドス黒く焦げたベーコンの様な見た目をしていたからだ。
実に・・・怪しい。悪く言えば、不味そうである。
「そんな警戒しないでくれ。此れはブロードプディング・・・簡単に言えば、『血のプリン』。北欧の伝統料理だよ」
「血の、プリン?・・・・・美味いのか?」
「さて、どうだろう? 日本人の君に合うようには作った。それに・・・私の作った料理に不味いモノはあったか?」
其のハンニバルの言葉に一夏は恐る恐るナイフとフォークを差し向けた。
心の中では「本当に食べ物なのか、コレ?」と思いつつ、とにかく彼は其れを口の中へ入れる。
そして、目をつぶって一回二回と噛んでみた。
「・・・あれ?」
すると、血のプリンは思っていた程に変な味でも食感でもなかったのである。
予想していた血特有の味も生臭さもない。言ってみれば、レバー・ペーストよりも食べやすい。
加えて、シナモンの香りと甘すぎない優しい口当たりが実に良い。
「美味い・・・!」
「それは良かった」
驚きを含んだ感嘆詞にハンニバルは再び頬を緩ませた。
そんな彼の目の前で、一夏はパクパク料理へ手を伸ばし、あっと言う間に皿の中を空にする。
「あぁ~・・・初めての料理だったけど美味かった!!」
「良かった。君は本当に料理の作りがいのある人物だね」
ハンニバルからのお褒めの言葉に一夏は何だか気恥ずかしくなってしまった。
そんな戸惑う彼にハンニバルはある提案を持ち掛ける。
「ふむ・・・そうだ。此の料理の対価と言ってはなんだが・・・一夏、君の事を教えてもらえないか?」
「え、俺の事を?」
「あぁ。私は、君の事が知りたい」
「ッ!」
・・・・・其の言葉が一夏には嬉しかった。
手放しの”賛美”でも”媚び”でなければ、”落胆”でもない。純粋な同性との”友情”を深める行為に彼の瞳は明るくなる。
だから、思わず一夏は彼に気を許した・・・”許してしまった”。
此の紳士の皮を被った”怪物”に。
「・・・ハンニバル・・・・・俺は―――――!」
一夏は話した。自分の事を。
其れは自分の好きな事だったろうし、嫌いな事でもあったろう。理想や憧れを父親に夢を語る幼子の様に彼は語りつくす。
「ふむ・・・・・なるほど・・・」
其れをハンニバルは、ただ黙って聞いた。何とも絶妙な相槌で、彼の口から連なる言葉を引き出し・・・・・ある言葉を投げ掛けた。
「一夏、君は・・・”ヒーロー”になりたいのか?」
「・・・・・え・・・?」
其の言葉に一夏の表情は、鳩が豆鉄砲を食った様なあっけらかんとした表情に一変してしまう。
「な・・・なに言ってんだよ、ハンニバル。俺は・・・ッ!」
『ヒーロー』とは、何だろうか?
人によっては、其れは『バイクに乗ったバッタ男』。其れは『銀色と赤色の宇宙人』。其れは『二人組の女戦士』。
例題を上げれば、キリがない。人一人の胸の内に様々な”ヒーロー”がいるだろう。
けれども・・・織斑 一夏にとって、”ヒーロー”とは嫌悪する存在。
『完全無欠のヒーローなんていない。ヤツらは泣きもしなけりゃ、笑いもしない』・・・其れが彼の言葉だ。
「すまない。気分を害したのなら謝る。だが、君の話を・・・・・いや、君の”これまでの行動”を見る限りでは・・・君は、誰かのヒーローに”なりたがっている”」
「ッ!!」
一夏は勢い良くガタッと立ち上がり、「ふざけるな!!」と叫びたかった事だろう。
だが、寸前にハンニバルはスッと制止の掌を見せる事で、其の機会を永遠に奪い去った。
「だってそうじゃないか。否定はしていても、君は無意識化でテレビに出て来るヒーローの様に誰かを救いたいと、”守りたい”と願っている。・・・違うか?」
『誰かを救いたい』・・・言い換えれば、『誰かを守りたい』と一夏は思っていた。
其れは幼い頃から彼の姉である千冬に守られて生きて来た事からの思いでもあったし、彼の根底にある”願望”と言っても差し支えない。
其れ故に其の思いから、彼はIS学園へスパイとしてやって来た何時かのシャルロットを救おうとした。
銀の福音との戦いの最中、戦場へ迷い込んでた密猟者を自らの身を犠牲にしてまで助けようとした。
そう。全ては自らが尊敬し、憧れの対象である世界最強のIS搭乗者にして姉である織斑 千冬の様に”皆を守る”為だ。
「・・・そう・・・・・かもしれねぇ・・・ッ」
不思議と一夏はハンニバルの言葉を肯定した。
何故に彼の言葉を肯定してしまったのか。其れは一夏自身にも解らなかった。
解っている事と言えば、此の目の前の紳士が自分の苦悩を理解しようとしている事だけだ。
「だから・・・だからこそ、自分の前を行く彼に・・・『清瀬 春樹』という男に君は認められたいんじゃないのか? 『勝つ』のではなく、一人の人間として認められたいじゃないか?」
「ッ・・・」
言葉が痛かった。心の奥から「違う!!」と言い放つ事が出来なかった。確かにハンニバルの言う其の通りであったからなのだ。
世界で二番目の男性IS適正者、清瀬 春樹。彼は身内にIS関係者が居る一夏とは違い、完全無欠のTHE一般人。
其れも昨年まで地方田舎の公立中学に通っていたISが動かせる”だけ”の唯の少年・・・の筈だった。
此の”おまけ”や保険等と周囲から冷たくあしらわていた男が、『VTS事件』を境に頭角を現す等とはゆめゆめ思わなかった事だろう。
しかも此の男、性格にかなりの難があった。
入学当初から完全一方的に一夏の事を逆恨みし、自己中心的な考えと共にISを纏う責任感のない男だ。
其れ故に最初は同性のIS適正者として彼を許容していた一夏も、月日が経つにつれて春樹を嫌悪する様になった。(具体的に言えば、シャルロットの男装発覚してから以降)
しかし、傍から見れば一見どうしようもない此の男・・・何処か人を惹きつける不思議な魅力を持っていた。
加えて、一夏以上のISへの才能も持ち合わせていたものだから尚のこと質が悪い。
其の魅力と才能で、彼は一夏が解決できなかった難事件を次々と解決して来たのである。
デュノア家の家庭問題を解決し、銀の福音を討伐し、学園へ襲い掛かる魔の手を払い除けて来た。
「・・・そう、だな。俺は・・・俺はあいつに・・・・・清瀬に認められたいんだ!」
最初は春樹を自分勝手な卑怯者と嫌っていた。けれども・・・これまでの事を鑑みても、彼を認めない事には至らなかった。
一夏には悔しかった事だろう。自分が卑怯者と揶揄していた男が、自分の何倍もの才能と強さを持っていたのだから。
其れ故、其の悔しさと嫉妬から春樹の背後を必殺の一撃で襲う等と云う事もあった。
「でも、俺は・・・俺は・・・・・ッ」
一夏は俯き、ガックリと肩を落とす。
自分の弱さを認められず、他人の強さも認められない自分が、酷く惨めに思えて仕方がないのである。
そんな彼にハンニバルはただ一言言い放つ。
「―――――大丈夫」
「え・・・ッ」
其のシンプルなたった一言が、無防備な弱った彼の心へ突き刺さるには容易かった。
思わず顔を上げた一夏にハンニバルは更にこう続ける。
「君は、自分の想いを形に出来る人間だ。今は無理でも、いつか必ず・・・きっと。それに君は、諦めない人間なんだろう? 一夏?」
「は、ハンニバル・・・・・あぁッ、そうだ! 俺は諦めない人間だ!!」
瞳に光を取り戻した一夏にハンニバルは「その意気だ」と微笑むと、ある提案を彼に出した。
「そうだ。一夏、彼・・・春樹に君を認めさせる為に”練習”をしてみないか?」
「練習?」
「そう、練習だ。彼に自分を認めさせる為には、春樹を理解する事が近道だ。しかし、そんなすぐには出来ない。なら、先ずは新しく友人となった手近な私の事を”理解”する事から始めてみたらどうだ?」
「理解・・・か。でも、どうやってやるんだよ?」
「そうだな・・・」と自分の顎へ人差し指と中指を添えて一拍置いた後、ハンニバルはクスリと静かに微笑んだ。
「それなら私が、一夏へ”ある秘密”を打ち明けよう。それを君は理解しようとしてくれれば良い」
「秘密って・・・何だよ、ハンニバル?」
「ふむ。その料理の美味さの秘密を君に打ち明けよう」
そう言うとハンニバルは席を立ち、調理場の方へ足を向けた。
「料理の秘密・・・か。隠し味に何を使ってるんだ?」
『料理の美味さの秘密』と聞き、一夏は浮足立つ。
一見完璧超人に見えがちでも家事全般がからっきしな姉である千冬に代わり、家の事はいつも一夏が行っていた。
其れは義務感からではなく、好きで行っていた家事の中でも彼が好んでいたのが炊事である。
「(ハンニバルの料理は全部美味かったからな。その秘密で今度、千冬姉や皆に何か作ってやろう)」
最近はISの戦闘訓練ばかりで味気ない日常が続いていた。
気分転換にいつもお世話になっている皆へ料理を振る舞い、其れを機会に春樹に自分を認めさせてやろうと画策する一夏。
「お待たせ、一夏。これが、私の料理の秘密だ」
そうしていると調理場からハンニバルがあるものを持って戻って来る。
「・・・・・・・・え・・・ッ?」
其のハンニバルが持って来た”秘密”に一夏は目を真ん丸にして驚いた。
・・・・・いや、上記の表現は優しすぎる。実際は四白眼と共にゾッと表情が引き攣ったのだ。
・・・何故に彼の表情が引き攣ったのか。
「さて、一夏。これが、君が美味しいと言ってくれた料理の秘密・・・”食材”だ」
勿論、其れはハンニバルが持って来た料理の秘密・・・”食材”が原因である。
何故なら、彼が食材と称する”其れ”は―――――
―――――はだけた患者衣を身に纏い、車椅子に乗った黒の目と金の瞳で虚空を見詰める銀髪の少女であったからだ。
何処か其の容姿は、あの春樹と相思相愛の仲であるドイツ軍人と酷似していた。
「あー・・・あー・・・・・あー・・・ッ・・・」
だが目の前に居る彼女は、其の特徴的な目と酸素吸入器が取り付けられた薄い唇から体液を流しては、赤子の様な呻き声を呟いている。とてもアルビノ黒兎の彼女とは似つかない。
「な・・・なんだよ・・・こ、これ・・・・・!!?」
けれども其の少女に一夏の目は釘付けとなった。
はだけた患者衣から垣間見えた透明感のある絹肌に思わずドキッと男心が弾んだのか?
いや、違う。
彼が凝視したのは、其の柔肌を痛々しく”ワザと”乱雑に縫い合わせた胸部並びに右脇腹の手術痕と膝から下がない左足であった。
「本当は、肉の鮮度を保つ為に頸動脈を切り裂いて、肉が生臭くならない様に血抜きを徹底するが・・・今回は日本古来からある”踊り食い”を参考にして―――――」
車椅子のへ手を掛けているハンニバルが何やら説明しているが、そんな事など一夏の耳には一字一句も入っては来ない。
其れほどまでに衝撃的な光景である。
・・・・・おや?
そう言えば、ハンニバルは彼女の事を”食材”と言っていた。其れも”先程”の、一夏が美味しいと絶賛していた料理に使った食材だと。
「は・・・ハンニバル、こ・・・これは何かの冗談か? 冗談だよなッ? 冗談にしては、あんまりにも・・・グロすぎる、だろ・・・ッ」
「冗談? まさか! 私は食材の偽装などしない。彼女はデータのプログラムでもなければ、ゲームのCPUでもない。君と同じ、現実世界から来た”肉体を持つ人間”だ。えーと、名前は確か・・・・・あぁ、そうそう。『クロエ・クロニクル』だったかな? そして、今回のIS学園ハッキング事件の実行犯だよ」
「じ、実行・・・犯?」
「そう。美味しかっただろう、彼女の”肉”・・・正確な部位を言えば、肺・肝臓・腎臓・血液は。あぁ、そうそう。特に君は、彼女の脛肉が好物だったね。鋸で骨ごと肉を斬るのに難儀したが、喜んでもらえて何よりだった」
一流のレストランでは、シェフが客に対して実物の食材を前にして説明をする事がある。
正にハンニバルは、其れを行っていた。何とも得意げな表情で、”食材”と其れを使った料理の説明をだ。
「え・・・あ・・・・・え・・・ッ・・・?」
其の説明を前に茫然としていた一夏だったが、ガーゼへ水が浸透する様に脳へ理解が浸み込む。
其の瞬間―――――
「―――――ッおッ、おぇええぇぇえええええッ!!」
―――――彼は、空になった皿の中へと胃の内容物を吐き戻したのである。
「おっと。大丈夫か、一夏?」
そんな一夏の様子に対し、ハンニバルは心配そうに身を乗り出すが、相変わらず彼は「おえおえッ!!」と吐瀉物を皿へ盛り付けてゆく。
其の様は必死に自分の胃を絞り出す様で、其の内に一夏はバランスを崩して椅子から崩れ落ちた。
「ハァッ、ハァッ・・・! お、おぇええ!!」
彼は更に自分の口の中へ指を突っ込んで吐こうとするが、もう出るのは嗚咽と胃液ぐらいだ。
「諦めろ、一夏。もう既に大部分は栄養となって君の血肉となった。・・・いや、此の電脳空間では君の意識の一部となったと言った方が正確か」
「うッ、うぅ・・・ッ! ど・・・どうして・・・・・ッ?」
「ん?」
「どうしてこんな事をするんだよ?!!」
一夏は吠えた。胃液と唾液が付いた手を床へ置き、ライオンが吠える科の様に絶叫した。
・・・けれども、其れに対してハンニバルはさも当然の様に冷めた面持ちでこう答える。
「どうしてって・・・当然の”罰”じゃないか」
「ば・・・罰だって・・・ッ?」
「あぁ、そうだ。彼女が此の学園へサイバー攻撃など加えなければ、皆を危険にさらす事も彼が手を血に濡らす事もなかった。正に彼女は咎人、罪人だ。ならば、罪人には刑罰を課さなければならないのは当然の事だ。だが、ただ単純に刑罰を執行するのも味気ない。ならばと、有効活用した訳だ」
笑みを浮かべながら紡がれる其のハンニバルの言葉に一夏の表情は一気に青くなった。
彼は恐怖したのだ。其れも唯の恐怖ではない。今まで生きて来た中で、決して出会う事はなかったであろうおぞましい恐怖。所謂、『吐き気を催す邪悪』に恐れ慄いたのだ。
「ハンニバルッ、俺は・・・俺は、あんたが良い人間だと思っていた。それなのにッ・・・それなのに!!」
「勝手に私を善人だと誤解したのは君だ。それに・・・そう、被害者面をするな。君も彼女の肉を”食べた”。君も「美味しい」と、言ってくれたじゃないか!」
「ッ、わぁあぁああああああ!!」
彼の言葉に思わず一夏は自身のISである白式を展開し、専用武装である雪片を構えた。
後はいつものように刃を振るい、此の人の皮を被った怪物を斬り付けるのみ。
・・・しかし、一夏は知らない。彼が立って居る此の場所は、ハンニバルの空間だという事を。
「大人しくしていなさい」
「な!!?」
幼子をあやす様に手を向ける。
すると、辺りの重厚感のある家具や装飾品が柔らかくしなやか触手の様に一夏の四肢へ絡み付き、其の動きを止めた。
無論、「は、離せ!!」と彼は暴れ回るが、逆に余計に動きが封じ込められてしまう。
「一夏・・・そう言う所だぞ。直情型は動きが読みやすい。ところで・・・どうだい?」
「ッ、何がだよ?!!」
「何がって・・・さっきの話だ。私の事を理解してくれるかい、一夏?」
朗らかな笑みと共にハンニバルは問いかける。
此の男の言葉に一夏はどう答えたのか。
「・・・・・けるな・・・!」
「ん?」
「ふざけるんじゃねぇッ! 誰がお前の事なんて理解できるか!! このッ、”バケモノ”ッ!!」
勿論、彼が此の怪物の事など理解できる事できる筈がない。
苦虫でも噛み潰した科の様な渋い表情と共に一夏はハンニバルへ怒号を轟かせる。
「・・・・・そうか、それは残念だ。君には期待していたのだが・・・致し方あるまい。」
其れに対し、ハンニバルは目に見えて落胆した。
自分を理解してくれると思っていた人物が一転して自分の事を非難して来たのだから当然と言えば当然。
だが・・・果たして此の男が、最初から其れを目的にしていたのだろうか。
「いや・・・逆に此の方が”食べやすい”のか」
「ッ・・・なに、言ってんだよッ?」
否、断じて否である。
此の男は最初から―――――
「一夏、私は最初から君を食べるつもりでいた。”獲物”と一度顔を合わせてから、それらを食すのが私の流儀だ」
「た、食べる・・・って・・・!!?」
「前々から君の事は知っていた。後はどうやって君と会い、どの部分を食べるかが問題だった。前者はクリアした。残る後者だが・・・今決めた。やはり、その脳を食べる事にしたよ」
そう言ってハンニバルは手慣れた手付きで懐から、あるものを取り出す。
其れはバッテリー式の電動丸鋸だった。
「さて、どうやって食べよう。脳という部分は濃厚な味だ。コロッケにしてもいいな・・・シンプルにそのままステーキも良い」
調理方法を口遊みながら、ハンニバルは電動丸鋸のスイッチを入れる。
キィイ―――――ンッと、甲高い音が辺りに響く。
「ふむ・・・よし、決めた。先ずは一夏、君の頭を切り開く。そして、そのままプリンの様にアイススプーンで穿りながら・・・食べよう」
「ぃッ!!?」
そして、薄い微笑と共に一夏へ足を向けたのだが・・・ハンニバルは何故か途中で「おっと」と歩みを止めて元居た場所へ戻った。
「一夏、君を食べる前に・・・君はある事を知っておかなければならない事がある」
「知っておく、事?」
「あぁ。さぁ、起きろ」
そう言うとハンニバルは車椅子に固定された食材・・・クロエの耳を掴んで引き上げる。
其の彼の行動にクロエは「あぁ・・・ッ!!」と呻き声を上げながら虚ろな黒と金の眼を開けた。
「さて、クロエ・・・聞きたい事があるんだが、いいかな?」
「こ・・・・・して・・・ッ」
「ん?」
「ころ・・・してッ・・・・・殺して、くださ・・・い・・・・・ッ」
生きたまま喰われる・・・そんな世にも恐ろしい所業を味わったクロエの心は既に風前の灯火となっていた。
そんな彼女に対し、ハンニバルは「・・・はぁ」と溜息を吐くと―――――
「まだ質問をしていないのに答えるな」
「ぁッ!!?」
シャッ・・・」と、丸鋸で其の耳を切り取った。・・・にも拘らず、クロエは大したリアクションもないまま元の位置へと着地する。
其の余りにも非道な扱いに一夏は精一杯喚くが、そんな事など御構い無し。
「美味い。いや、不味い。もう少し、気力を残すべきだった。しっかりしてくれ、クロエ」
切り取ったクロエの耳片をスナック菓子の様に食しながら、もう痛みも感じなくなった彼女の頬を叩くハンニバル。
「答えてくれれば、ちゃんと君の要望は聞く」
「ッ、ほ・・・んと、うですか・・・?」
「本当だ。じゃあ聞くよ・・・クロエ? 誰が、君を此処に送ったんだ?」
此の質問を普段の彼女ならば答える筈がない。
だが、此処に居るクロエ・クロニクルは違う。此処に居る彼女は凄惨な拷問、尋問、薬物投与がなされていた為に人格は崩壊してしまっていたのである。
そんな鈍い苦しみと鋭い痛みに苛まされる彼女は、おもむろに力なく「あうあう」と黒幕の名を並べた。
「た・・・ばね・・・たばね、さま・・・・・しののの、たば、ね・・・さまです」
「え・・・ッ?」
『しののの たばね』とは誰か。
無論、其れはまごう事なきISと云う代物を発明した大天才『篠ノ之 束』の事に相違なかった。
其の名を聞き、一夏はあっと驚いた。そして、「なぜ、どうして?」と言った疑問符が思考を支配する。
「ありがとう、クロエ。助かったよ」
「な、なら・・・は、やく・・・!!」
「あぁ、また後でね」
「そ・・・そ、んな・・・ッ!!」と呻くクロエを余所にハンニバルは一夏へと近寄り、「だ、そうだ」と耳打ちした。
「う・・・うそだッ・・・うそに決まってる!!」
「疑うのか? 私がクロエに言わせたと? 確かにそう考えてしまうな。君は篠ノ之博士とは懇意にしてるようだしな。だが・・・事実だ。加えて言うと、今まであったゴーレム事件も銀の福音事件や他の数多の事件も彼女が裏で糸を引いていたんだ」
ハンニバルの言葉に一夏は「そんなッ・・・!!」と動揺した後、「うそだ!!」と「でまかせだッ!」と喚き散らす。
しかし、そんな彼にハンニバルはこう続けた。
「本当に・・・何も知らなかったのか。この分だと、君の”妹”の事も知らないんだろう」
「い、妹? な、なんだよそれ!!?」
動揺する一夏にハンニバルは口端を吊り上げた。
「見た筈だ。サイレント・ゼフィルスの素顔をね」
「!」
一夏は思い出す。
キャノンボール・ファスト襲撃事件で遭遇したファントムタスクの構成員、サイレント・ゼフィルス。其の素顔を彼は一瞬だが目視していた。
確かに其の顔立ちは、自身の姉である千冬に酷似していたのである。
「思い出したか。あれは見間違いではない。サイレント・ゼフィルス・・・彼女は君の妹だ」
「なんで・・・千冬姉は、そんな事一度だって俺に!!」
「君の家庭事情は知らないが・・・一夏、君は本当に姉君から愛されているのか疑問に思えて来たよ。だって、家族は包み隠さないものじゃないのかい?」
「ッ・・・うるせぇッ・・・うるせぇッ!! お前に、お前なんかに俺達の何が解る?!!」
「さぁな。だが・・・一夏、君の脳を食べれば解るかもしれないな」
「ッ!! や、やめろッ。やめろッ! やめろ!! やめろッ!! 俺の側に近寄るなぁああ―――――ッ!!」
動く事も出来ず、絶叫するばかりの一夏のこめかみへハンニバルは丸鋸の刃を近づけてゆく。
「あぁ、楽しみだ。君はどんな味がするだろうね、一夏?」
甲高いモーター音と共にハンニバルの冷酷にして冷血な笑みが部屋へと木霊する。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆