「うッ、うわぁああ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!」
・・・・・織斑 一夏は絶叫する。
其れは、彼自身が今まで上げた事も聞いた事もない程に大きく響き渡る怯えた恐怖の猿叫であった。
其の断末魔に到るには、大きく別けて三つのステップに分けられる。
先ず一つ目は頭蓋骨をハンマーで殴られた科の様な衝撃の事実。
第二に其の事実を理解した事で胃の奥から止め処なく溢れ出てる余りにもおぞましい嫌悪。
そして―――――
「フフフ・・・ッ」
全ての”元凶”である男、ハンニバルが浮かべる笑顔に対する絶大なる恐怖。
「や、やめろ!! 俺に近付くんじゃねぇえッ!!」
一夏は自らへ迫り来る圧倒的な”死の恐怖”に萎縮し、声を震わせて喚く。
当然と言えば当然なのだが、そんな事をしているものだから「ふむ、中々と煩い口だ。そんな口には蓋をしよう」とハンニバルは彼の口へ紳士のマナーであるハンカチを無理矢理ねじ込んだ。
「んぐぅううッ! むぐぅうう”う”う”ッ!!」
「何で俺がこんな目に!!?」・・・と、一夏は現在進行形で降り掛かって来ている余りにも悍ましく醜悪で原始的な理不尽に対し、悔しさの涙を流す。
「どうして、こんなバケモノに心を許してしまったのだろう」と激しい後悔の念に苛まされる。
けれども・・・此れから彼を生きたまま喰らおうとする怪物には、其の涙は同情を誘うどころか逆にハンニバルの”食欲”を掻き立てた。
其れは、腹ペコの食いしん坊がステーキ肉が鉄板の上で焼ける音を聞いて舌舐めずりをする様にだ。
「さぁて・・・どんな味がするのだろうね、一夏?」
そう言いながらハンニバルは毟る様に一夏の黒髪を掴むと、其の側頭部へ向かって甲高く唸る電動丸鋸の刃を差し向けてゆく。
「・・・・・おや?」
するとどうだろう。あんなにも五月蠅かった籠り声の絶叫が途端に掻き消えたのである。
遂に一夏は此の絶望に観念し、彼に喰われる事を受け入れたのだろうか?
「ッ・・・ッ・・・」
そんな訳がない。
今まで生きて来た人生の中で味わった事のない余りの恐怖に一夏の頭脳はオーバーヒート引き起こし、思考を放棄したのだ。
痙攣する瞼から垣間見える涙に濡れた白目。ズルズル垂れ流しの鼻水。口へ押し込まれ、ぐしゃぐしゃに涎で濡れたハンカチ。傍から見れば酷く不様でみすぼらしい姿だ。
しかし・・・
「あぁ・・・素晴らしいよ、一夏」
其の様をハンニバルは楽しむ。
食事とは、人間の持つ五感をフル動員して行う尊い行為と彼は考えている。
だから一夏の恐怖に脅える声を『聴き』、怯えて震える身体を『触り』、香しく薫る匂いを『嗅ぎ』、不様な姿を『見て』楽しんだ。
此処までにハンニバルは四つの感覚を満たしている。
「やはり、君は最高の”食材”だ!」
なら後は、目の前へある”ごちそう”を『味わう』だけだ。
ハンニバルは此れ以上ない程に口端を吊り上げると、遂に其の頭を切り開かんと刃を近づけて行った。
チュインチュインと高速回転する丸鋸の刃が一夏の黒髪を散髪してゆく。
そして、焦らして焦らして漸くやっと其の頭皮を削り取ろうと―――――
―――――した、其の瞬間だった。
「させない」
「ッ!? くぅ・・・!」
眩い真っ白な光が気絶した一夏の身体を包み込んだと思うや否や、彼を脳味噌を喰らおうとしていたハンニバルを後方へと吹き飛ばした。
「ほう・・・」
吹き飛ばされても見事に受け身を取り、何事もなかったかの様に佇んだハンニバルだったが、ほんの一瞬だけ興味深そうに眼を見開く。
「・・・・・」
其れも其の筈。
何故なら捉えた筈の獲物の前には、汚れを知らぬ真っ新な白いワンピースを身に纏った少女が此方を睨んでいたのだから。
「これはこれは。やはり、春樹と”同じ様に”一夏のものにも”宿っていた”か。初めまして、
「・・・ッ・・・」
其の少女に対し、ハンニバルはあくまでも丁寧に自己紹介を介す。
しかし、そんな彼の行為にワンピースの少女は言葉やお辞儀ではなく刃を差し向けたのである。
此れに対し、ハンニバルは黙った。表情は薄く笑みを浮かべてはいるものの、其の雰囲気は怒気を含んでいる事が明白に解る。
当たり前と言えば当たり前だ。
『食事』を、其れも自分の”大好物”を食べようとしていたのに横槍を入れられたのだ。誰だって怒る事柄だろう。
彼は彼女を『無礼者』と、『無礼な”豚”』と判断するには十分過ぎた。
「・・・前置きは此れぐらいにして、要件を云おう。そこを退きたまえ。私は、食事を邪魔する事がこの世で最も唾棄すべき事だと考えている。解るかね?」
「・・・・・」
返答の代わりに無言を貫き、ただじっと雪片の刃を向けて此方を睨んで来るワンピースの少女にハンニバルは「・・・はぁッ」と一つ溜息を吐いた。
「本当に・・・本当に君達ISは、融通が利かないなぁ・・・!」
「!」
そんなとても面倒臭そうでとても忌々しそうな溜息を吐いた後、ハンニバルはギョロリと鋭い視線を彼女へ突き刺す。
其れはまるで喉元へナイフを突き立てられているような感覚で、少女は咄嗟に意識を消失している一夏を抱え込んで後方へ退く。
人間の脳味噌を、其れも生きたまま喰おうとする輩が常軌を逸脱していない訳がない。
じっとりぬるりとした殺気が身体中を這えずり回り、気持ちの悪い感覚が悶々と部屋中へ漂っている。
《―――――レクター》
「!」
けれども、一触即発かと思われた其の時。どこからともなくハンニバルとは違った男の声が聞こえて来た。
其れはまるで校内放送のアナウンスの様に部屋へ響き渡り、「新たな敵か?!」とワンピースの少女は身構える。
「はぁ・・・もうそんな時間か」
「・・・?」
だが、一方で其の男の声を聞いたハンニバルは落胆を露わにした。
そして、何が何だか状況が理解できない彼女へ今度は落ち込んだ瞳を向け、諭す様な声色を発する。
「残念な事に・・・時間切れだ。再起動を掛けていた学園のシステムがもうそろそろ復旧する。彼を食べたかったのだが・・・本当に残念だ、本当にね。そうだろう、クロエ?」
「あッ、あー・・・あー・・・ッ」
ハンニバルは「ヤレヤレ」と落ち込んだ声を出しながら近くにあった椅子へと腰掛けると、踊り食いとして内臓の一部や左足膝下を切除した満身創痍のクロエの頭を撫でた。
しかし、クロエは苦しそうな呻き声を上げるばかり。
「でも、君の”肉”の味をみる事が出来たのはよかったよ。次は・・・心臓がいいね」
「ッ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
「!」
恐怖に歪んで怨嗟の声を上げるクロエにワンピースの少女は構えるが、ハンニバルは彼女へ自分の掌を見せる事で争う気がない事を表す。
「今回は残念だが・・・次は今度こそ君の主を、一夏を食べる」
「・・・そんなことさせない」
「フフッ。なら精々そうならない事を祈っておく事だ、”白い騎士”よ。其れに”本来の目的”は完遂している」
「?・・・それはどういう・・・?」
「フフフッ、さてね?」
そう言ってパチンッとハンニバルが指を弾けば、彼とクロエが居る場所が舞台装置の様に上へ上へと上昇して部屋の外部へと退場していく。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くす白の少女と其の傍らで電脳世界にも拘らず未だ意識を失っている一夏だけであった。
◆◆◆◆◆
・・・・・・・・さて、此の章も始まってもう二十一話目。
起承転結の『結』の期間に入っている訳ですが・・・皆さまは、まだ”ある人物”が取り上げられていない事にお気づきでしょうか?
「てやぁあああああッ!!」
《ぐげぃヤァあああああッ!!?》
温かな木漏れ日が格子窓から入る武道場の中。
彼女、『篠ノ之 箒』は自らの得物である二振りの日本刀で、想い人の一夏の姿に化けた真っ黒な瞳のアンチシステムを斬り刻む。
《ホ・・・ほホ、ほうキ・・・箒ィイイッ!!》
「軽々しく・・・其の声と姿で、私の名を呼ぶなぁああ!!」
此処に来るまで、箒も他の専用機所有者と同じ様にハッキングシステムからの甘い幻想を見せられていた。
しかし、其処は武闘派系大和撫子。持ち前の器量でニセ一夏の正体を見抜くや否や、すぐさま紅椿を展開して交戦を図ったのである。
後は簡単。第四世代の機体性能と持ち前のぼうりょ・・・戦闘能力で此の憐れなニセ一夏を斬り、穿ち、撃った。
「これで・・・終わりだッ!!」
《ッぐわぁああああああ!!?》
そして、会心の一撃が芯へと直撃し、憐れなニセ一夏は遂に其の身体を床へと打ち付けたのだ。
其の床に倒れ伏したニセ一夏は、空気の抜けたタイヤの様にプシューと音を点てながら萎んで細かなジグソーパズルの如くバラバラになってしまった。
「ふん! 一夏の姿で私をだまそうなどと・・・浅はかだったな!」
そう言って箒は止めと言わんばかりにブスリッと崩れた其の胴体へ二振りの片割れである日本刀型武装『雨月』を突き刺す。
こうして大和撫子兼女傑の箒は見事に自らの姉が放った刺客を討ったのであった。
さて、ニセモノを倒したのも束の間。彼女はある事に気付く。「はッ! まさか、皆もニセモノに惑わされているのではないか?」・・・と。
正にその通りなのだが、「特にラウラなどは惑わされているだろうな」といらん事を思案する。
失敬な。彼女は”本当に自力”でニセ春樹を打ちのめしたのだからな。
・・・まぁ、そんな事は置いておいてだ。
敵を倒して意気揚々と鬨の声を一人で挙げる箒は、幻惑に囚われているであろう皆を救うべく此の空間から出る為の出口を探した。
けれども、敵を倒したにも関わらず其の空間がジグソーパズルの様に壊れる事はない。・・・というか、そんな事など彼女が知る訳がないが。
「・・・ねぇ?」
「ッ、誰だ?!!」
調度そんな時、彼女へ声を掛ける声が一つあった。
其の声に驚いた箒は、思わず振り向き様に刀を振り上げる。
「ッひ!? ご、ごめんなさい!!」
「ん? お前は・・・誰だッ?」
しかし、其処には、出会った事も見た事もない栗毛色のロングヘアーに翡翠の眼を持った美しい少女が怯えた様子で佇んで居たのだ。
「わ、私・・・私はアビゲイル、『アビゲイル・ホッブス』よ」
突如として現れた此の美少女。
果たして彼女は敵か味方か?
けれども、今言える事は一つだけ。
『疑似餌に魚は食いつくか?』。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆