『デジャヴ』
フランス語で「既に見た」と言う意味の単語。
『倉持技術研究所』、通称『倉持技研』。
日本純国産にして航空自衛隊正式配備にもなっている第二世代型量産IS『打鉄』を設計開発をした日本を代表する世界有数のIS関連企業だ。
更に世界で初めて発見された男性IS適正者『織斑 一夏』の為に設計開発した第三世代型IS『白式』を作成した事は日に新しい。
・・・しかし、そんな企業始まって以来の栄光の日々を送っている倉持技研にも落日の日が訪れようとしている事もまた確かであった。
実際、倉持技研が自社開発設計したと云う此の白式なる機体は、当初、技術面による問題の為に開発が頓挫し、欠陥機として凍結されていた機体であった。
其れを何処からともなく嗅ぎ付けて来たISの発明者である『篠ノ之 束』が勝手に貰い受けて完成させた機体なのである。
加えて、此の白式の作成の為に推し進めていた『打鉄弐式』の開発作成を放棄してしまっていた。
御蔭で其の事に目を付けた目ざとい”大酒飲みの蟒蛇”によってパイロットごと機体を技術提供の面目でかすめ取られてしまう始末。
更に更に―――――
「おいッ、あのニュース見たか?」
「あ、あぁ。防衛省の顧問が逮捕された件だろ?」
此処数日間、国会議員や議員秘書にIS企業の上層部役員が連日連夜で逮捕や議員辞職すると言う事が報道されていた。
其の逮捕内容としては”政治とカネ”にまつわる事が多かったが、中には反社会的勢力に支援助力していたと言う連中もいたのである。
其の御蔭で痛くもない腹を探られ、尚且つ関連企業の株価の落ち込みが止まらない。
しかも黒い影が差し込んでいる彼等の中でも過激的な思想を有する女権団体は、アメリカのIS企業との癒着が問題視されている。
そんな売国奴連中と同じ様に倉持技研にも痛くもない腹を探られる事案が発生したのだ。
事案内容としては、倉持技研製の傑作量産型IS打鉄を自衛隊へ推薦した防衛省関係者がIS企業から賄賂を貰っていた疑いがあると言う事であった。
無論、倉持技研が其の人物へ収賄した事実はない。だが、世間様の疑いの目はとても辛いものがある。
「どうなっちまうんだろうな。やっとの思いでココに入ったのに・・・入った途端にコレはねぇーだろ」
「・・・あの”噂”、本当なのかもな」
「噂って?」
「知らんのか? 『芹沢の呪い』だよ」
「芹沢・・・って、誰だ?」
「先輩が言ってたんだよ。昔、ここに居た技術者らしいんだけどな。機体の設計開発で上層部の人達と対立して左遷されて、それで・・・」
「うそくせー」
「俺もそう思うけどさ・・・先輩たちがやべー顔して話してたらそりゃ気になんだろ」
「それよりも俺はアレだね。あの”顔だけが取り柄のパイロット”のせいだろ」
「そうそう。隣に美少女侍らせてるだけのな」
「ッ、おいおい!」
昼休みの倉持技研の食堂。昼食をとりながら談話を交わす新米技術者達の一人の発言に皆はギョッとしてしまう。
「めったな事言うなや! そんな事聞かれたらどやされちまうで!」
「だけど本当の事だろ。大した操縦技術もねーくせに専用機はピーキーなんだぜ? お前らはIS学園でアレの乱暴っぷりを見た事がねーから、そんな事が言えんだよ! あいつが馬鹿なことしてくれた御蔭でIS統合部の連中に機体とパイロットはぶん盗られたしさ」
「・・・先輩らぁはIS学園であった襲撃事件に関してはタブーやって言うとったけど、ホンマに一人目くんは手に負えんアホやったんか?」
「あぁ、ホントだ。ゴーレムだか何だか知らねーが、ひっちゃかめっちゃかやってる最中に何を思ったのか、二人目へ目掛けてブスリよ。アレは狙ってやったんだろうさ。そのあとがモー大変。ブチ切れた二人目が―――――」
「なーにを話してるのかなー?」
話に割り込んで来た女の声。
其の声に吃驚して振り返ってみれば、其処には切れ長の瞳と巨乳を持ったとびっきりの美女がスクール水着に白衣を羽織っていると謂う珍妙な恰好で佇んで居るではないか。
『『『ッ!? お、お疲れ様です!!』』』
自分達と変わらない年頃の彼女の登場に技術者達全員が立ち上がって頭を垂れた。
此の人物こそ若いながらも倉持技研第二研究所は所長を任された傑物、『篝火 ヒカルノ』だ。
「なにかオモシロい話が聞こえて来たんだけど・・・私も混ぜてくれない?」
朗らかに微笑む篝火だが、技術者達は真っ青な顔をすると「いえいえいえッ、滅相もない」と言いながらさっさと席を立って逃げる様に食堂から出て行ってしまった。
「まったく・・・マズいわね。いやな噂が蔓延してる。早く”あの計画”を実行に移さないと・・・でも、それにはまだまだデータが足りない。やっぱり、”彼”ではダメかな? ダメだね! 対象を変えよう、そうしよう」
話の輪に入る事を拒まれた彼女はブツブツぶつぶつと呟きつつ食堂を後にするのであった。
因みにIS統合部に奪われたと言う機体だが、正確にはトレード交換である。
倉持技研から目的の機体とパイロットを譲渡させる代わり、IS統合部は最早”用済み”となった第四世代型ISとパイロットを移籍させている。
・・・さて。
そんな皆の人気者である”一人目”はと云うと―――――
◆◆◆
「なんで・・・なんでだよッ!!」
世界で初めて存在が観測確認された男性IS適正者。其の最初の一人である『織斑 一夏』は憤っていた。
ワールドパージ事件直後は頬がこけた酷くやつれた表情をしていたが、其の後の食事療法と精神治療で元のイケメンフェイスに元通り。
そんな彼が放課後の寮長室で其の美少年フェイスに青筋浮かべて彼は何を怒っているのか?
「なんで千冬姉が謹慎処分なんて受けるんだよッ?!」
其れは他ならぬ自身の姉にして世界最強のIS操縦者、ブリュンヒルデの名を持つ『織斑 千冬』に下った厳正なる処分勧告に対してだ。
「はぁ・・・落ち着かんか、バカモノ。それに今は織斑先生だ」
「落ち着いてられるかよ! 千冬姉が危ねぇ目にあったって言うのに・・・なんで!」
「・・・それは私がヘマをしたからだ。捕まえたテロリストを逃すと言うヘマをな」
「ッ・・・で、でもそれは、相手が姑息な手を使って来たからだろ?」
「なら殊の外尚更だ。警備の指揮を預かる者が、涙一つで絆されたんだからな」
激昂する一夏とは反比例する様に千冬は淡々と事情を話す。
其のらしくない彼女の様子に一夏は下唇を噛み締めて「く・・・悔しくないのかよ!」と眉間に皺を寄せた。
「感情論で語るな。お前の悪い癖だぞ、一夏」
「ッ、で・・・でも!」
「ものは考えようだ。ちょっとした長い休みをもらったと思うさ」
一夏は知らんが、千冬だけが厳正な処分を受ける訳ではない。奪取されたISを警備していた教員達も冬のボーナス減額などの処分が下されている。
本当ならば懲戒免職処分になったとしても不思議ではないのだが・・・まぁ、此れにも”裏”があったりなんかする。
「さぁ、そうと分かれば、とっとと出て行け。私が居なくてもちゃんと授業を受けるんだぞ」
「ちょッ!? 千冬姉!!」
話は其処までだと言わんばかりに千冬の寮長室から追い出される一夏だったが、未だ納得がいかずに悶々とした感情を持ったままだ。
結局、彼は一体何に怒っているのか自分でも解らなくなっていたのかもしれない。
千冬が処分勧告を受けた話を聞いたのは今日の放課後で、しかも本人からではなく副担任の山田教諭からなのだ。
自分の知らない所で自分の姉が危険な目に遭い、理不尽(?)な処分を受けた事のいづれかに憤っていた。
・・・しかし、其の様な処分を受けたのは千冬自身の自業自得であり、元はと言えばワールドパージ事件時に襲撃して来た米国特殊部隊アンネイムドを可哀想だからとアライグマの様に逃してしまった事が原因だ。
以下の通りに対して怒りの感情を起こすと言うのは筋違いと云うものだが、一夏が其れへ気付くには彼の精神は幼過ぎた。良く言えば、純粋過ぎたのだ。
そんな行き場のない憤怒を抱えた一夏が外廊下を歩いていると”ある人物”が率いる集団を瞳に収めた。
其の人物は、最近IS学園生徒達に自主的に創設された防衛部隊ワルキューレを率いる白髪金眼の奇天烈な笑い声を発する”男”であった。
彼の名は『清瀬 春樹』。
世界初の男性IS適正者、一夏が発見された後に同じ様な男性IS適正者がいないかと全国各地で行われた適正試験で見事ISを起動させてしまった哀れな男である。
しかし最初はオマケ等と称され、IS学園の上級生や同級生からヤッカミ者であった彼だったが、今や学園の守護者と敬服される傑物へと成り上がった。
最初はブリュンヒルデを姉に持ち尚且つ美少年である一夏に群がっていたミーハー連中は熱狂的な織斑信者を除いて春樹の方へ熱烈な視線を向けたのである。だが、其の様な取って付けた掌返しの思いを古参の春樹一派が許す訳がなかった。
けれども、そんな春樹を慕って御味方している彼女等の気持ちが一夏には理解できなかった。
一夏から見て、清瀬 春樹と云う御人は最低の人間である。
どれぐらい最低かというと・・・最低に糞尿吐瀉物をぶっかけて、額縁をはめ込んでルーブル美術館へ飾って展覧料をとる程に最低だ。
こんな人を欺き、弱者を助けるどころか逆に虐めて甚振り、権力に媚びる様なサディスティックな男のどこが良いのか。
「破ッ破ッ破ッ!!」
・・・こんな気色の悪い奇妙な笑い声を発する男のどこが。
「―――――おいッ、清瀬!」
「阿ん?」
『『『ッ、織斑くん!?』』』
思わず一夏はケタケタと笑う此の普段から正気の沙汰ではない男へ苛立ちをぶつける。
まさか学園の王子様が犬猿の仲である学園の狂戦士に声を掛けて来るなどとは微塵も思っていなかった為、春樹と一緒に居たワルキューレ部隊の面々は思わずギョッとしてしまった。
「ッ・・・!」
此れへ反応したワルキューレ部隊一番隊隊長である四十院 神楽は、咄嗟に春樹を守る様に此方へ近づいて来る一夏の前へ出る。
今、春樹の周りに居たのは、ワルキューレ部隊の一般構成員と彼女等を取り纏める隊長各クラスの四十院だけだ。
引っ付き餅の様にいつも春樹の側に居るワルキューレ部隊総隊長補佐のラウラや一夏の側に金魚の糞の様に居る箒や鈴もいない。要は止める間に入って止める相手がいないのだ。
そうなると・・・・・
「おうおうおう。誰かと思やぁ大運動会で花形を務めた織斑ん所の一夏くんじゃありゃせんか!」
「ちょ、ちょっと総隊長?!」
敵対心剥き出しで春樹は自分を守る様に立つ四十院を押しのけて一夏へ近づいて行き、雑魚チンピラの様に彼へ下から上にメンチを切った。
すると口をへの字に曲げてメンチを切られた一夏は彼の胸倉を掴んだのだ。
「ッ、やめて下さい織斑さん!」
どう見てもマジで喧嘩する五秒前の臨戦態勢を構える二人を止めようと四十院は非力ながらも割って入るが、「構わんでエエよ、四十院さん」と何処か余裕綽々な春樹が彼女へ掌を見せた。
「おいおい。随分と気が立っておられるが・・・どうかされたんか、織斑どん? あぁ、もしかしてテメェの姉御が真っ当な処分を受けた事に腹立っとるんか?」
「清瀬、お前ぇ・・・なにが真っ当な処分だ! 千冬姉が危ない目にあったって言うのにどうして!!」
「阿呆かオメェ。当然の報いじゃ。俺らぁが必死になって苦労して捕まえたテロリストをまんまと目の前で逃がしやがったけんな。其の態度じゃと・・・姉の非礼を代わりに詫びに来た訳じゃないな」
「ッ、お前!!」
胸倉掴んだ腕とは違う拳を振り上げる一夏。
其のまま振り下ろされた拳はバキッと春樹の左頬へ炸裂するのだが・・・・・
「ッ、え・・・? あれ、オメェ・・・弱くなってね?」
「な!?」
殴られた方の春樹が随分とケロッとしており、殴った方の一夏が随分と痛そうな表情を晒したのだ。
此れには両者とも吃驚仰天。
「踏み込みが足らんのんじゃね? 拳骨の打ち方ってのは、こうするんじゃろうがなッ」
「ッ!」
左頬へ拳を打ち込まれたまま固く握った拳骨を振り上げる春樹。
其の明らかに殺気立った念の籠る拳に一夏は本能的な恐怖を感じて回避行動をとろうとしたのだが、グッと胸倉を掴んだ腕を逆に掴まれてしまい、逃れる術を断たれてしまっていたのである。
「ほら・・・よ!!」
「ぐっッギィい!!?」
其処から放たれた拳骨はドガンッと云った衝撃音と共に踏ん付けられた蛙の様な断末魔が轟き、一夏は崩れ落ちてしまう。
「おい、おいおいおい・・・おいおいおいおいおい! ちょっと待てよ、待ちんさいや。軽く小突いたくらいで倒れるなよ。先に殴って来たんはオメェの方じゃろうがな。ツー訳でもう一発殴らせろ」
「ッ、お・・・おい、待・・・待て・・・!」
渾沌して悶絶する一夏の手を掴んで、またしても固く握った拳骨を大きく振り上げて叩き付けようとする春樹だったが、其の振り上げた腕を部分展開したIS訓練機で掴む者が一人居た。
「―――――いい加減にしてくださいッ、清瀬くん!!」
「ッ、四十院さん?」
訓練の為に予め待機状態の打鉄を所持していた四十院が目を三角にし、春樹へと怒鳴ったのである。
まさか彼女に怒られるとは思っても見なかった春樹は口をへの字に曲げて眉を挙げた。
「ちょ、ちょっと四十院さん。先に手を出して来たんはコイツなんじゃけど?」
「だとしてもこれ以上はやり過ぎです。これでは弱い者イジメではないですか!!」
「ッ、よ・・・弱い? 俺が、弱いってのか?!」
四十院の諌言が何故か一夏の琴線に触れてしまい、彼は殴られた頭を抑えながらも立ち上がると三角に釣上げた目を今度は彼女へと向けて詰め寄ったのだ。
同い年の同級生とは言えども青筋浮かべて怒る男が迫って来れば、異性との経験が薄い少女なら思わず身を引いてしまうだろう。
しかし、流石はワルキューレ部隊一番隊隊長である。
「そうです! 織斑くん、あなたは弱いです!!」
「ッ!?」
四十院は上目遣いで下から上へと怒鳴り返したのだ。
此の彼女の態度に彼女等の背後に居た隊員達は「あ~ぁ、怒らしちゃった」と言わんばかりに苦笑した。
「ご自身の力量を理解できない人が、いちいち格上の相手に突っかかって喧嘩を売らないでください! あまりにも不様です!!」
「ぶ、ぶざま・・・?! ふ、ふざけんな!! 俺は弱くなんてない!!」
「だったら、なぜ清瀬くんが頭を”撫でた”程度で膝をついたのですか?! 彼と互角と云うのなら尚の事!!」
「えッ、いや四十院さん? 俺、コイツの頭を撫でた訳じゃ―――――」
「清瀬くんは黙ってて下さいッ!!」
春樹の台詞に被せて四十院が起こった為、彼は「えーん??」と疑問符を並べてしょもーんと縮こまってしまう。
彼女としても一部隊を預かる責任者としての使命感で此の場を治め様としたのだろうが、やはり未熟な部分もある為か。ブレーキのかけ処が解らなくなってしまっている状態であった。
そんな四十院に激昂されるとは思っても見なかった一夏は思わず身を引いて口籠ってしまったが、すぐさま体勢を取り直す。
「俺は弱くない! 俺だって学園に入ってから大分強くなったんだ!! 白式だって第二次移行したし―――――」
「それはあなたではなく、あなたの専用機が強くなっただけでしょう?! 鎧の下のあなたは非力ではないですか!! 実際、あなた渾身のパンチは清瀬くんにはまったくもって効いていませんでしたし!」
けれども感情の波に乗ってしまった四十院に圧し勝つ事は敵わず、いつか春樹から言われた図星の言葉に「ぐぬぬッ・・・!」と一夏は行き場のない拳を脇腹横で震わせた。
これが同性相手であれば、彼は間違いなく手を出していただろう。されど相手は女子なのだ。其れは一夏の己の中にある騎士道精神が許さない。
・・・春樹なら同性異性関わらず殴っているだろうが。
「―――――だったら、オリムーときよせんでISなしの試合をしたら~?」
『『『ッ!?』』』
ふとそんな言葉が聞こえて来たので振り返ってみれば、其処にはダボダボの改造制服に身を包んだワルキューレ部隊一番隊副長の本音がいつものぼんやりした様子で佇んで居るではないか。
「布仏さん・・・いつの間に?」
「みんなが来るの遅かったから呼びに来たんだよ~。きよせん、ラウラウが親指の爪を噛んで虚ろな目してたよ~?」
「あ、やべ・・・!」
恋人を待たせてしまっていた事にバツが悪い顔をする春樹の隣で、顔を伏した一夏が両肩をワナワナ震わせている。
「上等だ! やってやろうじゃねぇか!! 清瀬ッ! この前みたいに行くと思うなよな!!」
自分に指を差してギラつかせた瞳を向ける一夏に「・・・うわお。またしてもデジャヴュウじゃがなん」と春樹は呆れた表情を晒し、いつかの彼とのIS試合を思い出すのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆