『篠ノ之 束』。
彼女は何の為に『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』を発明したのだろうか?
それを知る者は篠ノ之博士当人しかいないだろうが、間違いなく解っている事が確実に一つある。
それはISの登場によって既存の兵器がガラクタ同然となってしまった事だ。
十年前、ISの発明者たる博士は日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータを一斉にハッキングし、二千発以上のミサイルを日本へ向けて発射。しかし、あわや大惨事となる寸前に其の約半数を搭乗者不明のIS『白騎士』がこれを迎撃。
更に白騎士を鹵獲or撃破せんと各国が送り込んだ大量の戦闘機や戦闘艦などの軍事兵器の大半を無力化してしまった。
御蔭でこの事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まる事となる。
まぁ、そうだな。理論上、ISを纏った状態から超至近距離で核爆発に巻き込まれても五体満足が約束されるんだからな。
だが・・・この完璧な兵器と名高いISにも少ないながらも大きな欠点があった。その中でも特出すべきは、ISが”女性にしか動かせない”と言う点だ。
原因は全くの不明。そもそもISの心臓部たるISコアは自己進化の設定以外は一切開示されていない完全なブラックボックスなのだから、しょうがないと言えばしょうがない。
まぁ、その欠点の御蔭で女性の地位向上が国際的に注目される様になった。
低年齢の児童婚、貧困層を狙った売買春を目的とした人身売買、途上国での女性の社会進出に教育と云った事の取締りや改善が強化された。
助けられたり、助かった女の子達は全世界に数多くいるだろう。そんな彼女等が、自分達の尊厳や未来を救ってくれた篠ノ之博士に対して敬意を表するのは当然だ。
・・・問題なのは、その恩恵を勘違いした人間達だ。
ISの登場により、男よりも女の方が”強い”・”優れている”と言った間違った世相が蔓延してしまった。
ある国では男だから教育は必要ない、産まれて来たのは男の子だから家には必要ないと云った極端な思想を持つ人間も出て来たらしい。
男女同権が叫ばれていた時代が懐かしいよ。今や世間では男尊女卑ならぬ『女尊男卑』が蔓延している始末だ。まったく嘆かわしい。
だいたい篠ノ之博士はいつからかISコアの製造をやめてしまっているし、謎の多いISコアを量産製造出来る事にも至っていないんだ。
人類の進歩に障害は付き物だと云うが・・・この障害はあまりにも醜悪だ。
・・・けれどもだ。喜べ、全世界の虐げられている男性諸君。そんな男にとって生きにくい世界を創ったISを纏う事の出来る男が現れたぞ。しかも二人、日本人だ。
「日本はズルい」と言った声が聞こえてきそうだな。
しかしだ。この二人の男性IS適正者には色々と問題があった。
世界初の男性IS適正者である一人目の方は、姉が世界的に有名なIS操縦者でありながら自分の立場をあまり良く理解しておらず、この少年の専用機開発によって私の”弟”が酷い迷惑を被った。実に嘆かわしい。
ところがだ。二人目の男性IS適正者、オマケだの付属品だのと呼ばれていた方の少年は実に興味深い存在だった。
まず、『彼』は未成年でありながらアルコール依存症だった。しかも鬱病の初期症状も患っていた。
このご時世、彼の様な男は例え十代であっても珍しくはなかった。だが、彼には時代に大きくそぐわない”才能”があった。全くもって生まれて来る時代を間違えた才能を持っていたんだ。
もし、彼が安土桃山時代に生まれていたのならば、その槍働きで一国一城の主に・・・いや、百万石の大大名でさえ成り上がっていた事だろうな。
「いんや・・・博士ぇ、そんな事ぁ・・・ない、でよ」
だけど本人は否定する。
前に彼の人間性を知る為にマジックマッシュルームを無断で処方した時、彼は呂律の回らない口を一生懸命動かして私にある”秘密”を教えてくれた。
「は、かせぇん? 俺、が・・・アイSを動かせるんはねぇ、此れのオカゲなんですぜぇん?」
そう言って彼が私に見せたのは、自分の”左手の甲”だった。
キノコのせいで若干の支離滅裂はあるが、彼の話を要約すると自分には『ガンダールヴ』と言うルーン文字が刻まれている御蔭でISを使役する事が出来るのだと。だけど・・・そう言って私に見せて来た彼の左手の甲には、”何もなかった”。何も刻まれても描かれてもなかったんだ。
多分だけど、彼は自身に対して何かしらの強い”暗示”や”催眠”を自分でかけているのだろう。「ISを使えるのは俺のせいじゃない。これのせいだ」と謂う一種の自己暗示を。
まぁ、彼には”サイコパス”と”多重人格障害”の疑いも見受けられたからこれ以上の詮索はしなかった。
それよりも私は彼のDNAが男性IS適正者の秘密だと思っている。何故なら彼の自然治癒速度は常軌を逸脱していたのだから。
医者も匙を投げるに及ぶ大怪我が、たったの数時間で完治。今では斬られ、穿ち抜かれた目も当てられぬ戦傷が一時間とせぬ内に再生する始末。
アメリカンコミックに出て来るスーパーヒーロー並みに異常な再生復元能力。私の仮説が正しければ、彼はその手足を切り落とされたとしてもドラゴンボールの登場人物であるピッコロの様に手足を生やす事が出来るだろう。
「まるでプラナリアの様だ」・・・と、こんな事を言ったら彼は間違いなく気分を害し、私に対して実力行使をやって来るだろうな。
だから私はそんな事は絶対に言わない。彼との関係を悪化させて研究材料の提供を差し止められでもしたら堪ったものじゃないからな。
因みに・・・男性IS適正者の体液は例え1㎎でも出すところに出せば、300万$以上の値打ちがあるそうだ。
「つまり・・・定期健診の度に体液を採っている私は、その気になればいつでも億万長者になる事が出来るんだなぁ」
「・・・(まーた変な事を言よーるでよ、この人は)」
◆◆◆◆◆
幾度の火の粉を被り、其の身に幾つもの余りにも不相応な戦傷を負った二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹は定期検診を受ける為にIS統合対策部本部を訪れていた。
「ふーむ・・・血中アルコール濃度も及第点、バイタルも安定。薬の量も減っているし、ストレスチェックも問題は見受けられない・・・うん、良い傾向。顔色も良さそうだ」
「そりゃ、どーもありがとうございますだ」
「しっかし・・・いつ見ても荘厳で生々しい傷跡だね。まるでタイムスリップした戦乱の猛者みたいだ。皮膚移植はしないのかい? 良い整形外科医を知っているよ、私」
「構んですよ。此の傷は俺の不甲斐なさで受けたモンです。戒めとして憶えとかんと」
「だけど・・・ご両親にはどうやって説明する気だい? 幸い顔には傷はないが、上半身と足の傷は大いに目立つ。半袖短パン着た時にスゴく露出するよ?」
「帰省するんは、冬休みの時じゃし・・・見られても、ちょっとした事故に遭うた云うて誤魔化しまさぁ」
「誤魔化しが効くかなぁ? 絶対に責められると思うよ?」
担当医である芹沢 大助の疑問符に春樹は「阿破破ノ破!」とあの奇天烈な笑い声を上げて誤魔化す。
其れに対して芹沢は「時々、君がニュータイプなのか疑わしくなる。いや、そうやってオールドタイプを装っているだけなのか?」と『考察・仮説』と表紙にマジックで書かれたノートへ文字を起こした。
「・・・あんねぇ博士。俺は博士の言うようなニュータイプじゃねぇし、イノベイターでもないんじゃけども。ISが使えるだけの唯の田舎ガキでよ」
「いや・・・そもそもの話、男でありながらISが使える時点でただの人間ではない。それにその異常な治癒能力。君を新人類と仮定しても・・・いや、君が私の提唱する新人類じゃないにしても、今度は君が『異能生存体』である可能性が出て来るぞ?」
「俺が遺伝確率二百五十億分の一? 其れこそ眉唾モンよ。俺ぁ運がエエだけじゃ」
「謙虚だ。本当に君は謙虚だよ、清瀬 春樹君。流石は『我らが刃』だ。実るほど頭が下がる稲穂かな、だね。旧人類とは違う余裕だね」
相変わらず自分を『進化した次世代新人類』呼ばわりする芹沢に「・・・ヤレヤレ」と春樹は溜息を漏らす。
「ところで・・・我らが刃殿? 『銀の君』殿との関係は良好で?」
「銀の君・・・誰が付けたんですか、其の愛称? ラウラちゃんも何か気に入ってるし」
「まぁ、大方はあの騒がしいお嬢さん達が付けたんじゃないかな。打ち解けている証拠だよ。喜ばしい事だろう。それとも何かい? ちょっとした嫉妬心かな?」
「・・・かもしれません。俺は器の小さい男ですけん。何か・・・ラウラちゃんが俺以外の人間と仲良うしょーたら、ちぃとばっかしイラつきます」
「・・・同性異性に関わらず?」
「関わらず」
研究ノートに「新人類は嫉妬深い」の一文が明記された。
「ふむう。フッフッフ・・・仲が良い事は結構な事だ。これなら”夜の方”も激しいんじゃないかい? 大丈夫? 依存症になってないかい?」
「ううわッ、下世話じゃわぁ。じゃけど・・・依存症云々に関しては心当たりがありますでよ」
「ほう! ニュータイプと云えども十代の男子と謂う訳だ。可憐な乙女を目の前にして、溢れる獣性が抑えきれないのだね?」
「うわおッ。否定し辛いが俺じゃのーて、其の・・・ラウラちゃんの方なんじゃ。今日は一緒に此処へ来とるし、博士に診断してもらおうと思うて」
「ほうほうッ! それは益々興味深いじゃないか!! 素晴らしいッ、是非とも診断を請け負おうではないか!!」
「目を爛々とさせんでくれや。博士じゃなかったらブチ回しとるでよ」
「すまない。今どうも精神科医としてではなく、研究者としての知識欲が奮い立ってしまった。それに・・・”家内”も来ているから、これは丁度良い」
「ハァ~・・・喜んでもらえて何より。・・・・・・・・って、ちょい待ち」
「ん? どうかしたのかい?」
「え、いや・・・今、変な単語が聞こえたんですけど・・・・・え、博士、今さっき”家内”って言いました?」
「あぁ、言ったよ。ついでに言うと”息子”も来てる」
「・・・・・・・・はぁッ???」
◆◆◆
「え・・・えーと・・・」
IS統合対策部の連中に銀の君と愛称で呼ばれているドイツの国家代表候補生『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は現在進行形で困惑していた。
今日、彼女は溺愛する恋人の春樹と共に定期検診へ訪れていた。
そして、検診内容を一足先に終えた彼女は想い人を待って居たのであるが・・・・・
「あぁう?」
「おッ、おう」
現在、ラウラは頭部へ特殊な電極が施されたヘッドギアを装着して、生後幾何か経った赤ん坊を慣れぬ力加減で抱っこしている。
しかも抱っこしている赤ん坊が覚えたての喃語を口遊みながらヘッドギアから漏れた銀髪を物珍しさからか引っ張って来るものだから地味に痛い。
「ボーデヴィッヒさん、ごめんなさいねー。もうちょっとで終わるから。『春雄』くんもそのままイイ子でねー」
「は、はい!」
「ぶぶぅ」
硝子窓の向こうから聞こえて来た声に二人で一緒に答えた様に感じたのか。ラウラは自分の手指を咀嚼する赤ん坊の顔を覗く。
「・・・美味いか?」
「だぁあ」
「そ、そうか」
初めて接する未知の存在にアタフタしながらもラウラは何処か心地の良い気分に浸っていた。
温かくも程良い重さの赤ん坊に彼女は無意識の内に自然と微笑んでいたのである。
「はーい、これで終わりよ。ありがとうね、ボーデヴィッヒさん。御蔭で良い測定結果が確認できたわ。春雄くんもイイ子だったわねー」
「あー」
ガチャリと入室して来たのは、深い青のボブショートの髪の毛を揺らす切れ長の細目をした白衣姿の女性であった。
其の女性にラウラは「ど、どうぞ!」と壊れ物を扱うかの様に赤ん坊を引き渡す。
「うーあー!」
「この子ったら、ボーデヴィッヒさんに抱っこされてとってもご機嫌さんねー。ママの私よりもイイのかなー?」
「そ、そんな事はありません。私が抱っこしている時よりも穏やかな表情をしております!」
「あらあら、嬉しいわねー。ありがとうね、ボーデヴィッヒさん」
柔らかな笑みを浮かべる彼女にラウラは思わず見惚れてしまう。なんて優しい顔が出来るのだろうか、と。
「ところで・・・貴女は一体?」
「ん?」
此処に来てラウラは漸く真っ当で当然の疑問符を投げ掛ける。しかし、其れと同時に部屋の扉がガチャリと開いたのであった。
「やっほー。どうだい、”ミッちゃん”? 調子はどうだい?」
「あらあら、”大助さん”。思ったよりも早かったわねー。調子はグーよ、春雄くんもグーよねー?」
「おー!」
「おー! かなしやかなし、”我がお子”や。もっとそのお顔を見せておくれ、春雄くんや」
入って来るなり女性から赤ん坊を受け取り、うりうりと頬擦りする男をラウラは知っている。
恋人の担当医をやっている芹沢博士だ。
「・・・ん? 我がお子・・・だと?」
「どうやら其の様ですぜ、ラウラちゃんや?」
「おおッ、春樹!!」
そんな芹沢博士の背後からひょっこり白髪と琥珀と鳶色のオッドアイを覗かせるのは、噂の男性IS適正者にしてラウラの恋人である清瀬 春樹其の人である。
「あらあら。あなたが大助さんがいつも言ってるボーデヴィッヒさんの旦那さまねー? 大助さんの奥さんをやっている『芹沢 美位子』ですー。そして、こっちは私達の息子くんの『芹沢 春雄』くんですよー」
「これはどうもご丁寧に。俺ぁラウラちゃんの旦那の清瀬 春樹です。博士、俺も抱っこしてみてエエですかい?」
「勿論だとも。さぁ、春雄くん。これが我らが新人類の清瀬くんだ」
「初めまして、息子さんや」と春樹が抱っこすると、赤ん坊・・・春雄は「ぶぅう?」とキラキラ光りを溢す物珍しい琥珀色の右瞳に手を伸ばし、誤って彼の鼻を其の小さな手で掴んだ。
「破破破ッ、くすぐったいのぉ。博士、何か月なんで?」
「もう三か月になる。それにしても我らが刃殿よ、何だか抱っこに慣れてるようだけれど・・・?」
「あぁ、いとこの姉ちゃん所にも乳飲み子がおりましてね。前は、じーちゃんばーちゃん家で会う度ぃ抱っこしょーるんです」
「ほうほう! ニュータイプ殿は意外と子煩悩の子供好きなのだね!」
「まさか。『子供嫌うな来た道じゃ』と言うじゃないですか? 俺ぁ其れに習っとるだけです」
「あらあら。これは将来は一緒に子育てに取り組んでくれるイイパパさんになりそうで良かったわね、ボーデヴィッヒさん」
「ッ、はい!!」
頬を朱鷺色に染めて大きく返事をするラウラに吃驚仰天してしまったのか。春樹の腕に抱かれた春雄が命一杯の力で「ッ、ふんぎゃあああ!!」と泣き出してしまった。
「あッ、あわわわ!? す、すまない春雄!! 別に泣かせたかった訳ではッ!!」
「阿ー破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ! 流石のドイツ軍人も泣く赤ん坊には勝てぬか! 此れは愉快じゃ!!」
「笑うな!! あぁッ、もうどうすれば?!!」
何だか春雄に釣られてラウラまで泣きべそをかいて来た為、芹沢夫人がヘルプに入る。するとどうだろう。あんなに泣き喚いた春雄の表情が見る見る内に柔らかなものへと変貌していくではないか。
「春雄ちゃんは、びっくりしちゃっただけだもんねー」
「どーれ、ほらべろべろばー!」
「うーばーだぶぅう」
「・・・・・」
「おろ? ラウラちゃん?」
そんな赤ん坊をあやす芹沢夫婦をラウラは何処か其れを物憂げで羨ましそうな眼差しで見ていたのである。
「可愛かったのぉ、春雄ちゃん」
「・・・そうだな」
帰りの道すがら春樹の言葉にラウラは何処かボンヤリした感じで素気なく返答した。
「まっさか、博士が所帯持ちじゃったとは思わんかった。俺に「君は肝心な事は伏せてるねぇ」って言う癖して、あの人も自分の事を話しとらんじゃねぇか」
「・・・そうだな」
「今度、ちゃんとした土産持って伺いたいのぉ」
「・・・そうだな」
「・・・・・チェーンジ、ゲッター1!!」
「・・・そうだな・・・・・って、へ?」
ボーッと伏せていた灼眼の右眼が漸く春樹の方を向く。
「やーっとコッチ向きよった。まだ怒っとる? 御免って、笑うてしもうてよ~」
「いや、それはもういいのだ」
「じゃったら何でよ?」
「それは・・・・・わからん。ちょっと言葉にできんのだ・・・すまん」
またしても目を伏せて謝罪の言葉を述べるラウラに対し、春樹は「・・・ほうか」と共に彼女の肩を抱き寄せる。
「ゆっくり・・・ゆっくりとでエエよ。傍に居っちゃるけんな」
「ッ、春樹・・・・・ありがとう」
するとラウラは安らかな笑みを浮かべ、瞳を閉じて春樹の胸へ頭を傾けるのであった。
「・・・・・なぁ、春樹?」
「おん?」
「帰ったら・・・抱いてくれ。朝までたっぷりとお前の腕の中にいたいのだ」
「・・・うわお。でぇれー殺し文句じゃわぁ」
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
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