第170話
―――――世界で二人目の症例となる男性IS適正者。彼の名を『清瀬 春樹』と云ふ。
そんな彼にとって、ドイツの国家代表候補生にしてドイツ国防軍少佐でもある『ラウラ・ボーデヴィッヒ』と云ふ人物は一体どういった存在であろうか?
此の問いに答えを当てはめるとするならば、其れは彼にとって正に”運命”を運んで来た戦乙女、”運命のヴァルキュリア”と言っても差し支えなかろう。
もしあの日、此の流る銀髪を有した妖精が貴公子に扮した金髪の男装の麗人と共に一年一組の扉をくぐらなければ一体どうなっていただろうか。
彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも自分を哀れんでいただろう。
彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも慰めの酒を呷っていただろう。
彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも塞ぎ込んで腐っていただろう。
其れでももしそうはならなかったとしても・・・彼が国家代表候補生になる事はなかったろう。つまりIS専用機も与えられる事もなかった。
其れにフランスにある名家の歪んだ家族の溝を埋める事もだいぶ先送りになっていた事だろう。
他にも色々と弊害も出たろうし、もしくは二人が出会わなかった事の方が都合の良い人間も居ただろう。
しかし・・・されども二人は出会ってしまった。
あの日、あの時、あの瞬間、此のオマケや付属品と呼ばれるだけのどうしようもない飲んだくれ男の人生はガラリと変わってしまったのだ。
後は御存じの通り。暴走事件に巻き込まれた御蔭で身体的に人間を超越し、十五の未成年でありながら軍用機との戦闘を強要され、降りかかって来る火の粉と言う名のテロリスト共と激闘を繰り広げた。
しかもただ使われるだけではなく、事ある毎に起こる厄介事に巻き込まれては人脈を構成し、手に入れた情報で策略をたて、増える痛々しい生傷と共に強くなった。
最近になっては、取っ捕まえたスパイから抜き出した情報を元に始めた投資で結構洒落にならないくらいに儲ける程だ。
だが・・・そんなイケイケドンドンな春樹であるが、彼もまた悩みを持つ一人の男だ。
「ラウラちゃんからの”おねだり”が洒落にならん」
〈・・・・・はぁ・・・ッ〉
此処は清瀬 春樹の心の内にある宮殿、所謂マインド・パレスにある一室。
部屋は一階から二階までの吹き抜けとなっており、壁には無数の本が理路整然と並んでいる。
其の空間の中央で一局のチェスを行う向かい合わせの二人の人物。
一人は深刻そうな表情で祈る様に手を組む少年、清瀬 春樹。
一人は呆れた様に溜息を漏らす此の部屋の壮年な主、ハンニバル・レクター。
「おい、レクター博士。ハンニバル・レクター博士よ。俺が真剣に悩み事を話していると謂うに・・・なして溜息を吐くか?」
〈いや、なに。思ったよりもくだらない・・・いや、しょうもない低俗な事だと思ってね〉
「おいコラ此の野郎、悪く言い直すとは何事か。診断してやる言うたんは其方じゃろうがな」
〈・・・一昔に流行ったな。『リア充爆発しろ』と謂う低俗な言葉が〉
春樹の悩みと言うのは、ラウラとの交際関係・・・いや、と云うよりは二人の男女の”夜の営み”についてだ。
あの嵐の日、初めて肌を重ね合わせたあの夜から今日に至るまで、彼女が彼を求めなかった時は片手で数える程度しかなかった。
其の数える程度も春樹の方からラウラを求めたものだから救いようがない。
〈何を悩む必要がある? 二人とも特殊な部類に入るとは言え、恋人が情事を交わす事が多いなど珍しくもない。特に春樹、君に至っては彼女が二回許しを請うまで貪る事もザラではないだろう。其れに・・・此処へ来る前にラウラへ何回ほど”注ぎ込んだ”?〉
「・・・・・七回から数えんのヤメタ」
〈・・・愚か者め。紳士としての淑女への”配慮”は弁えているのか?〉
「当り前じゃろうがな!・・・と言いたいが、俺の悩み処云うんは其処なんじゃ」
〈何だと?〉
ハンニバルの言った配慮とは『避妊具』の事を指す。其の配慮が春樹にとっての悩みの種であったのだ。
彼の話によれば、ラウラは其の配慮を途轍もなく嫌がるのだと云う。
最初の頃、行為の時に用いる春樹の”ゴム”を受け入れていたラウラだったが、何故に彼がゴムをするのかという事を理解した途端、春樹が行為の際に使うゴムへ多大な拒絶の意を表す様になったのだ。
「其れでゴムに穴開けたり、時には隠したり捨てたりするんじゃ。何つーか、其の・・・ラウラちゃんは、どうしても・・・・・其のな! 破破破ッ・・・何でじゃと思う?」
〈・・・・・はぁ・・・ッ〉
何処か照れ臭そうに笑って誤魔化す春樹に再びハンニバルの溜息が部屋へ木魂した後、自分から質問して置いて面倒臭くなったハンニバルはある答えを導き出す。
〈簡単な話だ。ラウラは春樹、君との子供が欲しいんだ。だから避妊具を拒絶する。私に聞かなくとも理解できると思うがな。ん? という事は、今の配慮はどうしている?〉
「あぁ。芹沢博士からアフターピル貰って、其れを気取られん様に口移しでな。じゃけども・・・やっぱりそうじゃよなぁ。最初はリップサービスかぁ思うたけど、あねーな事をされたらなぁ・・・・・そっかぁ、俺の子供が欲しいんかぁ・・・ッ!!」
淡い疑惑が確信に変わった瞬間、春樹はどうも複雑な表情を晒した。困惑と喜びが入り混じった何とも言えぬ表情を浮かべたのである。
〈しかし・・・何故、其れを悩む? 子供が出来たら都合の悪い事でもあるのか?〉
「おいおいおいおいおい・・・忘れちゃ困るでよ、ハンニバル・レクター。俺は兎も角としても、ラウラちゃんはまだまだ成長著しい心身共に十五の乙女じゃろうがな。未成年の妊娠出産がどれ程までに危険か・・・知らんとは言わせんぞ。しかも、あの子はドイツ軍の少佐じゃ。そんなエリート経歴に傷は付けられん」
〈・・・其れは大きな間違いだと思うぞ、春樹〉
「阿ん?」
〈彼女は、賢いラウラはそんな事など百も承知の筈だ。そんな輝かしい自分の積み重ねて来た経歴よりも・・・彼女は春樹との子供を望んでいるんだ〉
「・・・・・なして、なしてそうまでして・・・?」
〈春樹、彼女の半生を知っている君なら理解できる筈だ。ラウラは、”繋がり”を求めているのだ。確かな形ある”絆”が欲しいのだよ〉
ハンニバルの言葉に対し、春樹は沈黙で返答した。
彼は知っていたからだ。此れ迄のラウラ・ボーデヴィッヒと謂う造られた人型生体兵器の半生を。
彼女は軍上層部の思惑によって誕生した遺伝子強化素体のデザインベイビーだ。
当初は戦う為の”道具”としてありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略などを体得し、好成績を収めて来た。
しかし、ISの登場後、ISとの適合性向上のために行われた『越界の瞳』ことヴォーダン・オージェの不適合により左目が金色に変色。能力を制御し切れずに以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまう。此の事から彼女は『出来損ない』の烙印押されてしまい、ラウラも自身の存在意義を見失ってしまう。
此処で彼女は、生みの親とも云える存在から見放されてしまった。
けれども其の後、ISの教官として赴任した世界最強のIS操縦者であるブリュンヒルデの名を冠する織斑 千冬の特訓により部隊最強の座に再度上り詰めた。
此の経緯からラウラは千冬を尊敬して『教官』と呼んでいるのだが、結局自分は彼女の”弟”の代わりであった事が発覚した後、千冬が日本へ帰国してしまう。
此れをラウラは見放されたと感じ、千冬の弟である一夏へ逆怨みを抱いてしまった。
・・・逆に言えば、此の逆怨みが共通の話題となって春樹との交際に繋がるのだが、今は其処は置いておく。
さて・・・話を戻すと、ラウラ・ボーデヴィッヒと云う少女は二度も大きな存在から見放されているのだ。
一度目は、生みの親的な存在に。二度目は、恩人に。其れも大きな期待を持たされた後で、崖から奈落へ突き落とされる様にだ。
「・・・俺って、そねーに信用ないんか?」
〈其れも違う。ラウラは春樹の事を心の底から愛し、信頼している。だが、内面にある本能が勘繰ってしまうのだ。「自分は、”また”見放されてしまうじゃないか」・・・とね〉
「・・・・・」
春樹は再び沈黙する。
しかし、先程までとは違い、苦虫を嚙み潰した様な忌々しい表情で奥歯をギリッギリッと鳴らしたのだ。
「・・・ハンニバル、俺ぁ思うんじゃ。ラウラちゃんは幸せになるべきじゃって、今まで酷う虐げられて来たんじゃけん、幸福になるべきなんじゃって。じゃけど、なぁ・・・」
〈春樹、そう結論を急いで出そうとしなくても良い。今でも十分にラウラは幸せを感じているよ。其れも今まで感じた事もない多幸感をね。心配しなくとも君の”毒牙”は、確実に彼女の心を”蝕んでいる”さ。其れとも・・・ラウラの心の中に織斑 千冬が居る事にまだ”嫉妬”しているのか?〉
「俺ぁ器の大きい寛容な男じゃねーけんな。どーも其れを考えると歯が痒うなる」
「まったく・・・あぁ、そうそう。あと、チェックメイトだ」
「ッ、阿ぇ!? 畜生!! また負けた!!」
悔しがる春樹へハンニバルは少しばかり口端を歪めた。
一方の春樹も気の置けない相手に相談する事が出来た御蔭か。心の奥底につっかえていたモノが取れ、今まで浮ついていた気持ちへ少しばかりのケジメを着けようと覚悟が宿る。
・・・其処までは良かった。其処までは良かったのだ。
しかし、ままならぬモノよ。どうやら厄介事は未だ此の男に心底惚れているようでして・・・・・
◆◆◆
「―――――というわけで、春樹君。生徒会から選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね」
「何を言よーるんなら此のボケ」
後日、書類の修羅場と化した生徒会へ呼ばれた春樹にそう言い放った楯無。
だが、彼は口をへの字に曲げて辛辣を呟いた。
「もうおえんな。遂に頭が狂うたか」
「確かにブラック企業並みに仕事が多すぎて狂いそうだけど、私はまだ正気よ」
「いや、じゃったら正気のまんま狂うとらぁ。おい、つい此ン前じゃぞ。ワールドパージ事件で学園が襲われーの、スパイ取っ捕まえーの逃がしーのしたんわ」
「清瀬君、申し訳ありませんが御嬢様は・・・いえ、会長は正気です。しかもあなたの言うように正気のまま狂っているわけでもありません」
渋い顔を晒す彼に諭す様な口調で語り掛けるのは、若干表情に疲労感が漂う布仏 虚である。
「大丈夫っすか、布仏先輩? 目の下にクマが居りますでよ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、大丈夫です。山場はなんとか越えましたので。あぁ、紅茶をお淹れします」
「せんでエエです。俺が代わりに淹れますわ。布仏先輩は座って休んどいて下せぇ」
「あの・・・春樹くん? お姉さんもボロボロなんだけど? なんで私には優しくしてくれないの?」
「・・・紅茶は引き出しに?」
「ッ・・・無視しないでよぉおお! 私にも優しくしてよぉおお!!」
「あッ、やべ」
春樹としてはいつもの様に軽くあしらった程度だったろうが、思った以上に追い込まれていた楯無にはトドメとなってしまった。
書類仕事のストレスに堪え兼ねて「うわーんッ!!」と演技でも上っ面でもないマジ泣きを晒す楯無。
此れには流石の春樹も罪悪感を感じた。
「解った解った。優しゅうしちゃるけん」
「ぐすッ・・・ほんとぉ? だったら・・・いーこいーこしてぇ」
「あぁ、しちゃるしちゃる。エエ子じゃなぁ、刀奈はなぁ」
「えへへッ・・・♥」
「(よかったですね、御嬢様)」
水色の髪の毛を撫でられ、先程まで涙でグシャグシャになっていた顔をほころばせている楯無を余所に虚は自慢の紅茶を淹れるのだった。
「―――――んで、何で俺が京都に? 渡されたメンバーリストも・・・”いつものメンバー”じゃし」
京都へ行く者は、選抜と云えどもどうやらメンバーは事前に決められているらしく。渡されたリストには、いつも厄介事に巻き込まれている専用機所有者全員の名前が書き記されていたのだ。
「あと・・・どーせ裏が、いや裏の方が真の目的があるじゃろう。専用機持ち集めて今度は何する気じゃ? 此の京都への旅路の本来の目的は?・・・まぁ、大方は”あの連中”関係でしょうがね」
「流石は清瀬君ですね。そこまで理解されているんですね」
「伊達に鉄火場はくぐってませんよ。そんで、やっぱりで?」
春樹の疑問符に虚は申し訳なさそうに「・・・えぇ、残念ながら」と呟いた。
彼の言った『あの連中』とは、IS学園サイドの最早宿敵と言っても過言ではない国際過激派テロ組織、ファントム・タスクの事である。
「春樹くんがダリル・ケイシー・・・ううん、レイン・ミューゼルの機体から抜き出してくれた情報によると京都に連中の一大拠点があるみたいでね。小さな拠点はすべて潰したから、あとはここだけなの。ここは激しいISによる抵抗が予想されているから、もしもの為に戦闘経験豊富なIS乗りが控えてると安心ってわけ」
「ほんじゃあアレか。京都旅行は、日本からヤツらを完全に追い出す為の掃討作戦云う事か・・・・・うわおッ、凄まじく厄介じゃがん。つーか、ガキが・・・専用機持ちじゃあ云うても学生が参加してもエエんか?」
「なに言ってるのよ。世界中の軍や司法機関が手も足も出なかった組織を何度も打ち負かすどころか、今まで謎だった組織概要まですっぱ抜いたのは私達・・・いえ、あなただけなのよ春樹くん?」
「はぁ~~~~~ッ・・・俺ぁ降りかかる火の粉を振り払って来ただけなんじゃけども? あと、そろそろ太腿から降りぃや」
「いーやーよー! もうちょっと膝枕してー!!」
とても長い長い溜息と共に春樹は京都旅行の裏で行われようとしているテロ掃討作戦の理由に納得した。
けれども、招集リストに関しては眉間へしわを寄せたままだ。何故かと言えば―――――
「なして、リストにダメバナ野郎とDV武士モドキ娘が入っとるんじゃ?」
―――そう。招集リストの名簿欄に一夏と箒の名前が記されていたからだ。
「鈴さんは兎も角としても・・・此の二人はおえまーな。チェンジじゃ、チェンジ。チェンジ、チェンジ、チェンジ、No.39!」
「しょうがないじゃない。一夏くんと箒ちゃんは傍から見れば、一応清瀬軍団の一員なのよ」
「一応でもアイツ等いらんわ。留守番でエエじゃろうが。代わりに楯無が来てや。織斑の野郎に書類仕事は任せてよぉ」
「えッ!!? しょ、しょうがないわねぇ。春樹くんがそこまで言うなら、お姉さんが代わりに―――――」
「いけませんよ、清瀬君。御嬢様は病み上がりなんです。大規模作戦の参加はまだ許可されていません。それに・・・この量を織斑君が出来るとでも?」
そう言って虚は机の上へ置かれた大量の書類を指し示す。山場は越えたと言っても流石にまだまだ書類仕事が続きそうだ。
「・・・デスヨネー。じゃけど、布仏先輩? 冗談抜きで此の二人は獅子身中の虫になる可能性が大なんじゃけど?」
「それに関して気を付けて下さいとしか言えませんが・・・あくまでも清瀬君達専用機所有者は、もしもの為に保険である事をお忘れなく。逆説的に言えば、その『もしも』がなければただの旅行です。少しでも観光を楽しめるのでは?」
「いやじゃー、そんな気の休まらない観光。其れに布仏先輩の言う『もしも』がありそうなんじゃよなー。当たらなくてもエエ時に当たる俺の勘がそう言よーるんじゃよなぁー」
「そんなに気負わなくても大丈夫です。それに現地には先に織斑先生が行っているので」
「・・・・・・・・はいぃい???」
其の彼女の言葉に春樹はギョッとした。
何故ならば、彼の知る所では千冬はスパイの取り逃した罰で謹慎処分を受けていた筈だからだ。
「・・・成程、大人しく処分に従った理由が他にもあった云う訳か」
「物分かりが早くて助かります」
「じゃけどぉお・・・・・多分、あの人戦力になんねーと思うんじゃけどなぁー?」
「・・・・・」
「目を逸らさんと何か言って下さいよ、布仏先輩ぃ~! つーか楯無、オメェ人の太腿ん上で寝るな! 起きろやッ!!」
「いやぁああッ、もうちょっとだけぇええ!!」
・・・・・またしても春樹の気苦労は絶えない様である。
折角減った酒の量がまたしても増えそうだ。
※尚、帰室時に春樹は身体へ楯無の残り香が付いていた為、嫉妬心を煽られたラウラにタップリ搾られた模様。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆