―――――シャルロット・デュノアは、”面白くなかった”。
理由を挙げるとするのならば、今や恐ろしい傑物と成り果ててしまった二人目の男性IS適正者にして想い人でもある『清瀬 春樹』についてだ。
此の清瀬 春樹と云ふ男、シャルロット・デュノアにとって・・・いや、彼女の実家でもあるデュノア家にとっても大恩人なのである。
深い溝が刻まれていた父娘の関係を良好に導いただけでなく、傾きかけていた会社の経営状況さえも建て直した程だ。
シャルロットにとっても彼女の父アルベール・デュノアにとっても彼は白馬に乗った王子様と言っても過言ではない。(※実際は赤兎馬に乗った荒武者だが・・・)
さて、そんな勇者に彼女が惚れ込まない訳がなかった。
恋する乙女となったシャルロットからのアプローチはそりゃあもう凄まじく、父アルベールに至っては会社経営に必要な手腕とカリスマを春樹に見出して次代の後継者に選ぶ程であった。
・・・・・しかし・・・
「見ろ、春樹! 実に可憐でキューティフルだろうッ?」
「応、かわええかわええ。東京銘菓もかわええが、ラウラちゃんも可愛えのぉ」
「・・・・・むぅッ」
彼が恋人として選んだのは、シャルロットと同じタイミングでIS学園へ編入して来たドイツの国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒであったのである。
彼女もまたシャルロットと同じ様にどん底の窮地から春樹に救い上げられた一人であったのだが・・・幸運か不運か、彼はラウラにあるシンパシーを感じた事と共通の話題によって急激に仲を深め、今や二人は学園の誰しもが知る仲睦まじいカップルとなってしまったのだ。
其れでもシャルロットは諦める事はなかった。
隙を見ては彼女は春樹に迫った。だが・・・高い実力と傷だらけのワイルドな鋼の肉体に魅せられたミーハー共が二人の間に分け入って来たのだ。
其のせいでシャルロットは中々想い人に接近できなくなり、そうしてモタモタしている内に春樹とラウラの仲は更に深く爛れた関係へとなったのである。
最早此れ迄・・・か、と思われた調度其の頃。専用機所有者達に京都への出張命令が下ったのだ。
此の出張命令、表向きは修学旅行なのだが、真の目的は京都へ潜伏している国際過激派テロリストのファントム・タスク殲滅のバックアップだ。
けれども、出動要請がかからなければ、ただただ京都観光を楽しめば良いだけの楽そうな仕事なのである。
シャルロットは此れを千載一遇の好機と捉えた。
風情漂う古都京都で気になる彼との距離を一気に縮ませる算段を計画するのだが―――――
「じゃけどもラウラちゃんや。早う喰わんとダメになるで?」
「む、むぅ。し・・・しかしだな、あんまりも愛いから実に食べにくいぞ!」
「しっかし、こー云うモンは足が速いけんなぁ。いつまでも食べんと置いとったらカビが生えてきてしまうわね。青いフワフワしたのがよ~」
「う、うぅ・・・青カビに晒すくらいならば、一思いに・・・・・あぐっ!!」
「おぉッ。よーし、よしよしよしよしよし! よーやったでラウラちゃん。えーこえーこしてやるけんなぁ」
「うぅ、はるきぃ・・・」
「ぐぎぎぎ・・・!」
其の京都行の新幹線の中、東京駅で買ったひよこを話題に背後の座席でイチャイチャ乳繰り合う春樹とラウラにシャルロットは精一杯の力を込めて奥歯を鳴らす。
「だ・・・大丈夫ぅ~、しゃるるん?」
そんなとても花も恥じらう十代の少女がすべきではない苦虫を嚙み潰したかの様な表情を晒す彼女へ京都行の選抜メンバーに組み込まれる事となった一年生のマスコットキャラクターである本音が心配そうに声をかけた。
「だ・・・だ、大丈夫だよ。ちょっと朝が早かったからね。べ・・・別にう、羨ましいとか・・・思ってないんだから、ね!」
「いや、明らかにダウトですわ。変な顔になってますわよ」
「でも、すごいよねぇ~。あみだくじで席決めしたのに・・・きよせんとらうらう一緒の席になっちゃたぁ。愛の力ぁ~?」
「ぐッフェ・・・!?」
流石にあの特徴的で独特で目立ち過ぎるIS学園の制服を着用し、新幹線を貸し切りにしてしまうと狙ってくれと言わんばかりに襲撃されるリスクが高まる為、今回の京都旅行は全員私服での参加だ。
其の際、シャルロットは春樹に自分の私服を褒められた事で有頂天になっていたのだが、目立たない様にグリーン車ではなく自由席での移動が求められた事で発生した籤引きは彼女のテンションを崖から突き落とした。
「本音さん、なんでも口に出しても良い訳ではありませんわ。だけど、モノは考えようですわ。シャルロットさん、あちらをご覧になってくださいまし」
「右手をご覧ください」と添乗員の様にセシリアがシャルロットの視線をある二人へと誘導する。
「「・・・・・・」」
さすれば其処には無言を貫いてピコピコ携帯ゲーム機でゲームをする簪と虚無の表情で窓の外を眺める一夏が居るではないか。
二人とも無言であるが、席決めの時に「・・・うェッ」と簪が渋柿を食べた科の様な表情を晒した為、何処か険悪な雰囲気が流れている。
「あんな風にならなくてよかったですわ」
「まぁ、でも仕方ないよ~。おりむーとかんちゃんには専用機の事で因縁があるからね~。でもぉ・・・なんであっちも険悪なのぉ~?」
「「え?」」
本音の言う事に疑問符を浮かべて彼女の指さす方を見れば、其処にはブスッとした表情でソッポを向き合う箒と鈴が居た。
「くじ引きでおりむーと一緒になれなかったから、不機嫌さんなの~?」
「いいえ、本音さん。どうやら二人は喧嘩をなされたようですわ。ほら、この前の春樹さんと一夏さんとの一件で・・・」
「あー・・・ボクも聞いたよ。でも、なんでそれで箒と鈴が喧嘩しちゃうの?」
「春樹さんにこっぴどく倒されてしまった一夏さんの仇討ちを箒さんがしようとしたのですが、四十院さん達がそれをお止めになって、鈴さんが箒さんを叱ったそうですの」
「でも、箒は逆に反発しちゃったって感じかな?・・・大丈夫? 有事の際に連携できるの?」
「一応、春樹さんは箒さんと鈴さんには今回の旅の真の目的は伝えてないとの事ですわ。その方が二人にはもしもの時に連携が取れると」
「とーぜん、おりむーにも秘密なんだよね~・・・・・なんにも起きなきゃいいね~」
「だ、大丈夫だよ・・・・・たぶん」
「・・・なんだか途端に不安になって来ましたわ」
今までイベント事がある度、とんでもない横槍を入れられて来た経験があるセシリア達は本能的に察していたのだろう。今回の旅でもまた一波乱あるのだろうと。
そんな何処かモヤッとした気分を心の隅に抱えながらIS学園専用機所有者達、通称ファントム・タスク討伐後衛隊は≪―――――まもなく京都駅≫のアナウンスが聞こえるまでの三時間弱の新幹線の旅を費やしていった。
◆◆◆◆◆
俺は祈っていた。
どうか・・・どうか、どうかどうか、どうかどうかどうか何も起こらんでくれよと祈っていた。
頼むから、お願いだからやっちゅもねーテロリスト共をブチ回す役回りが廻って来んと楽しく京都観光が出来ますようにと心ン中で五体投地しとった。
〈・・・無理だろうな〉
〈とっても癪だけど・・・今回ばかりはこの男と同じ意見よ〉
喧しい!!
俺ぁ今回の旅でラウラちゃんに対してやらにゃあおえん事があるんじゃけんな!
つーかさぁ! もう普通にデートしたいんじゃ俺ぁ!! 恋人とのステップAやらBやらすっ飛ばしていきなりSまで行ったんじゃけんな俺らぁは!!
〈そう興奮するな。頭の血管が切れてしまうぞ?〉
興奮させたんはオメェじゃろうがなハンニバル・レクター!!
あぁ、もう・・・心労で倒れそう。減った酒の量がまた増えそうじゃわぁ。
〈しっかりなさい、春樹。今日の為に色々プランを考えたんでしょう? モノは考えようよ。面倒事が起こるまでは楽しめるってね〉
気休めでもありがとうな、琥珀ちゃん。
そうじゃよな。俺がしっかりせんとおえんよな。引率の山田先生は何処か抜けとるけん心配じゃし、織斑のボケ共とDVエセサムライガールが獅子身中の虫にならんと気ぃ使わんとおえんのんじゃしな。
まぁ、大丈夫じゃろう。学園の方は信頼できる四十院さんらぁに任せとるし、もしダメでも楯無や布仏先輩が居るし・・・大丈夫じゃろう。
・・・・・なーんて思ってた時が俺にもありました。
「皆さま、本日は遠路はるばる当旅館までお越しいただきありがとうございます。私、当旅館の若女将でーす♪」
・・・はぁ~~~~~・・・・・はい、面倒事が起こる事が確定しました。もう最高じゃわ、ド畜生め。
◆◆◆◆◆
新幹線で京都駅へ到着した一行は、名物の長い階段を通った後、観光の前に宿泊する旅館へと向かう。
其の旅館は対暗部組織である更識家の息のかかった場所だと知らされていた春樹は、此処ならば安全だろうと思っていた。
ところがどっこい。
「な!?」
「なんでここに生徒会長がいるんですの?!」
周囲を囲む様に萌える紅葉と壮観な外観に思わず息を吐いた彼等を迎え入れたのは、上品な薄桃色の着物を纏った水色髪の美しい若女将・・・いや、IS学園生徒会長である更識 楯無であったのだ。
学園で留守番をしている筈の彼女の登場に一行の大半は驚きを隠せずに眼を四白眼するが、ただ一人だけ顔を両掌で覆い隠して項垂れたのである。
「はぁッ・・・・・布仏先輩、話が違うじゃありませんか」
「申し訳ありません」
「あ。お姉ちゃんだぁ~」
「確定フラグやんけ」と口をへの字に曲げる春樹の呟きに答えたのは、楯無の後ろに控えていた彼女の右腕的存在である虚であった。
「病み上がりで作戦には参加できないって言ってたじゃないですか! 其れに机から零れるくらいに仕事も山積みじゃった筈ッ!」
「それが・・・あのあと、御嬢様は尋常ならざる人知を超えたと言っても良いスピードで溜まっていた仕事をすべて片付けたんです。よほど皆さんの京都旅行に付いて来たかったのだと・・・」
「どーだ! スゴイでしょ、春樹くん!! ほめてほめてー!」
「てんめッ・・・このヤロ・・・!!」
「よーしよし、落ち着け春樹」
キャピキャピ年相応にはしゃぐ楯無の顔面に春樹はグーパンを叩き込んでやりたかったが、旅館に迷惑はかけられないとグッと堪えて大きな溜息を吐き漏らす。
そんな心労を抱える春樹の頭をラウラは優しく撫でてやった。
「お前達、何を玄関先で騒いでいる? 旅館の人達に迷惑だろう」
「ッ、え!?」
「ち、千冬さん?!」
そうこうしている内に現れたのは、旅館の浴衣を身に纏った世界最強のIS操縦者、織斑 千冬だ。
彼女の登場に謹慎処分が下された日から会ってなかった一夏や箒達は驚愕の表情を晒す。
ところが事前に千冬の参加を聞いていた春樹は一瞬だけ奥歯を軋ませた後、忌々しそうに口端を吊り上げた。
「破ッ・・・酒の臭いが微かにじゃ。お先に待っとるとは聞いとったが、酒盛りして待っとるたぁ聞いとらんかったわ(・・・・・俺の分の酒ぁ残っとるんじゃろうかなぁ?)」
「酒は旅館の方たちからのご厚意だ。無下に断る訳にもいかんだろう。それに心配するな。身体から酒は抜けきっている」
「ッケ。あぁ、そうかい」
「あぁ、そうだ」
二人は互いに互いを睨んで火花を散らせた。
其の様が恋人が見つめ合っている様に見えたのか。ラウラやシャルロットは「・・・むぅッ」と頬袋を膨らませる。
其れだけならまだ良かった。其れだけならまだ良かったのだ。
「ッ・・・」
「ん? どうかしたのか、一夏?」
「なんだか顔色が悪いわよ?」
「・・・・・なんでもねぇよ」
さて、一夏には傍から見た二人の関係がどう映った事だろう。
最愛の姉が、ケダモノの如き卑怯卑劣な男と見つめ合っているのだ。弟としては堪ったものじゃないだろう。
しかし、実際は御互いを御互いに目の敵にしている同士だ。主にラウラの事で。
けれども、何処かの蟒蛇のせいで鈍感を拗らせている一夏には考えものっだったろう。
「(千冬姉ぇ・・・なんでソイツなんだよ・・・ッ)」
・・・・・まだまだ春樹の心労は始まったばかり。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆