『草木も眠る丑三つ時』という言葉があるように、消灯時間などとっくの昔に過ぎた午前二時過ぎ。
そんな真夜中に未だ薄らボンヤリと明かりが灯っている施設があった。
IS学園に併設されているIS格納庫兼整備室だ。
「・・・ッ・・・」
その場所をほとんど毎日利用している生徒が一人いた。
彼女はそれこそ授業と食事以外の時間をその場所で過ごし、その日も仮眠をとった後、作業を進めようと整備室に戻ったのだが・・・・・
「かァー・・・くかーッ・・・」
戻ってみると、製作途中のISに抱き着いたまま眠りこける鼻頭の赤い男がいびきをかいていたのだった。
生徒はその男を知っていた。いや、知らぬと言う方が無理だったろう。
世界で二番目に見つかった男性IS適正者『清瀬 春樹』。
勝手に耳に入って来たクラスメイトの話だと、”酷く凶暴”・”捻くれた癇癪持ち”・”気持ちの悪い笑い方をする”・”すぐに逆切れする”等と言った良い噂よりも悪い噂が多い人物だ。
「あの、ちょっと・・・ぅッ!?」
「ぐぅうー・・・ッ」
そんな悪評塗れので作業に邪魔な男を起こそうとしたのだが、如何せん起きようとしない。加えて、彼からは強いアルコールの臭いが漂った。
「ねぇッ・・・ねぇってば・・・!」
「くぅうー・・・んぁッー・・・なんなんな・・・?」
漸く起きた春樹はゆっくり身体を起こし、垂れた涎を裾で拭う。
それから辺りをキョロキョロと見回し、目の前にいる生徒に向かって言い放った。
「どこなんなここは? つーか、お前だれじゃー?!」
「ここは、整備室・・・関係者以外立ち入り禁止の場所。私は―――」
「んな事どーでもえーんじゃ! 俺のウィスキーちゃんはどこなんならッ!!」
「・・・・・」
聞いておいて、最後まで喋らせない事にカチンと来たのか。彼女は足元に転がっていた茶色のボトル瓶を春樹に投げつける。
「わっと!? ぬふ~ん、ありあとーメガネちゃん! ングッ、ング・・・ぷヒャーッ! 口が焼けるでよー!!」
投げつけられたボトルを真っ逆さまに呷り、再び口を雑に拭う春樹。その様はもう唯の酔っ払いそのままであった。
「・・・用が済んだのなら、もう帰って」
「あぁ、何じゃと? 俺がどこで飲もうと、寝ようと勝手じゃろうがなぁ。オメェが帰れやぁあッ」
「・・・はぁ・・・ッ。邪魔」
「おわ・・・ッ!?」
絡み酒の酔っ払いにこれ以上関わるつもりはないとばかり、彼女は溜息を一つ吐くと製作途中のISに寄り掛かる春樹を押しのける。
酔っている為か。春樹はすぐにバランスを崩し、そのまま脇に転がった。
「ふぅーんじゃ。どーせ俺は邪魔ものですよーだ、おまけですよーだ。ふんだ、ふんだ、だっふんだ! 阿破破破破破ッ」
情緒不安定に笑い転げながら、ウィスキーを飲む春樹。
シャルル・・・いや、シャルロットとの相部屋の件で千冬に言われた事がまだショックなのか、彼は再び最後のスコッチウィスキーに溺れる。
「・・・・・」
「・・・ふ~ん」
しかし、目の前で熱心に作業に打ち込む生徒に興味が湧いたのか。ゆっくりと起き上がると先程まで自分が寄り掛かっていたISへ千鳥足で近寄っていった。
「これ、君が作りょうるISなんか?」
「・・・・・」
「無視かい。・・・あぁッ、すまんかったすまんかった。謝るのが先じゃったのぉ。ごめんなさいですだ」
「・・・・・」
だが、謝っている春樹の言葉を完全に無視し、彼女はカタカタと作業に没頭する。
その反応に「クゥ~ン」と春樹は表情を渋く歪ませた。
「・・・ん? なぁ、メガネちゃん」
「・・・・・」
「ついに無視いうより、無反応になったのぉ。まぁ、ええわ。ここのスラスターの出力、低いすぎるんじゃねぇんか? これだと飛びょうる時に直ぐバランスを崩すで」
「えッ・・・?」
モニターを覗き見ていた春樹の言葉に生徒は一瞬呆け、すぐに容量を再計算し直す。すると、彼の言うようにスラスターの出力精度が基準値よりも若干低くなっていた。
「これだとブースターの補助動力を回して、補った方がええな」
「・・・どうして」
「あ?」
「どうして・・・わかったの?」
疑問を投げ掛ける彼女に春樹は少し考え込むと、左手の甲を指差した。
「いやぁ、実を言うとな・・・俺、ガンダールヴなんよ」
「・・・は?」
春樹の言葉に生徒は呆然とする。
彼が指を差した部分には”何もなかった”からだ。
「こいつのおかげで、こねーな場所に押し込まれたが・・・ISの基礎授業とか実践じゃあ役立つんじゃ。凄かろうが」
「へ・・・へぇ・・・」と彼女は恐る恐る返事をした。
どうやら、クラスメイト達が言っていた事はあながち間違いではなく、この男はある意味ヤバいカテゴリーに入るのではないかと彼女は危惧した。
「しっかし、なんでこねーな時間にISを作りょうるんな。まさか、一人で作りょうる訳じゃなかろう」
「・・・・・」
「・・・えッ、マジで? ホントに一人で作りょうるんかい」
彼女の沈黙の肯定に「スゲー!」とどこかのミーハーのように賞賛をおくる春樹。
けれど、その彼女の表情はあまり思わしくはなかった。
「別に・・・全然すごくない」
「なんでーな。こねーな精密機械の塊を一人で組み上げようなんて・・・正気の沙汰とは思えんで」
「・・・それ、褒めてる?」
「褒めとるで、勿論」とケラケラ不気味に笑う春樹。
彼女は、ますます関わってはいけない人間ではないかと思案を深めた。
「でも、なんで一人で作りょうるん? 大変じゃろうが」
「・・・・・お姉ちゃんが、一人で完成させたから・・・」
「あ? ”お姉ちゃん”?」
「ッ!」
「しまった」とばかりに口を抑える生徒。だが、『覆水盆に返らず』と言葉にあるように一度吐いてしまった言葉は、相手が難聴系主人公でもない限りは取り消せない。
「・・・あぁ、やっぱり君はあの生徒会長の身内か。まぁ、その水色髪で赤の他人な訳ないか」
「・・・・・」
春樹の言葉に彼女は顔を俯かせる。
「この人もか・・・」かと頭に悲嘆の言葉がよぎった。
「・・・君も大変じゃのォ」
「・・・え?」
だが、彼から返って来た言葉に彼女は戸惑う。
「君のお姉さんが、たかが学校の生徒会長をしょーるぐらいで・・・やれ『お姉さんは優秀なのに』だの、やれ『お姉さんはあんなに素晴らしい方なのに』だのと比べられてるんじゃろう。それで君自身が良え事やっても・・・『流石は会長閣下の妹君』だのと言われる・・・君は付属品じゃねぇんじゃぞ、ボケッ!」
「・・・ッ・・・!」
「・・・あッ・・・悪い。変なこと言うたな。気に障ったんなら、謝るわ」
「・・・ううん。そんな事言われたの、初めてだったから・・・驚いてる」
「そ・・・そうなんか」
まさかの反応に酔いが醒めて来た春樹。
バツが悪いのか、ボトルを呷る。が、既に中身は空っぽ。最後の一滴が舌に転がるだけだった。
「・・・あっと・・・えと・・・・・”自分を見失うなよ”!」
「え?」
変な空気に際悩まれ、場を繋げようと焦った春樹がそう言葉を紡いだ。
そしてそのまま、半ばヤケクソ気味に言葉を繋いでいく。
「どんだけ君のお姉さんが偉かろうが優秀じゃろうが、君は君じゃ! 君自身を知らん他人の評価に惑わされんなッ! 君は現に凄い事をやりょうるんじゃッ、胸を張って前を向くんじゃッ!!」
言い終えた後、春樹は酷く後悔した。
御大層に並べた言葉が自分でも引くくらいに安すぎたからだ。
「あッ・・・えっと・・・じゃあの、おやすみッ!!」
「あッ・・・!」
きっと彼女も「何言ってんだ、コイツ」とドン引きしているに違いないと、急に恥ずかしくなった春樹は出口に向かって走る。
途中、足がもつれて転倒するが、振り返る事なく整備室から出て行くのだった。
「・・・変な人。・・・でも・・・・・ありがとう」
彼を見送った生徒、『更識 簪』はボソリとそう呟く。
この時、久方ぶりに笑顔を浮かべていた事を彼女自身気づいてはいなかった。
・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆