IS/Drinker   作:rainバレルーk

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※10000字越え。
※前半は茶番に近い。
※久々の投稿に打ち震えている作者。



第185話

 

 

 

「あ・・・貴女は・・・ッ!!」

 

セシリア・オルコットは驚いた。

何故ならば、美しかった日本庭園を散々に滅茶苦茶にした人参のオブジェから現れ出でたウサ耳カチューシャを付けた紫髪の美女を知っていたからである。

 

「どう? はーくんってば、驚いてくれたかな~?」

 

「ぶいぶいッ☆」とピースサインを晒しているのは、世界のパワーバランスをひっくり返してしまったISを発明した天才科学者『篠ノ之 束』其の人。

そんな彼女が何とも朗らかでニコやかな表情を見せる一方で、セシリア達は眉間へシワを寄せて疑問符を浮かべた。

 

此の篠ノ之 束なる御人は、絶大なる力を有しながらも心臓部にして核心となるISコアの構造が完全なるブラックボックスな故に世界中から指名手配を受けている賞金首である。しかも移動手段は不明だが、世界各国に突如として現れる神出鬼没さを有しており、世界各国の捜査局が血眼になっても捕まえる事の出来ぬ煙の様な存在だ。

其の様な存在が、”再び”自分達の前に現れたのである。

 

一度目は、IS学園の学校行事であった臨海学校に突如として出現し、実妹である篠ノ之 箒へ第四世代型と云う各国政府が喉から手が出る程の機体をお小遣いでもやるかの様にポンっと渡してサッサと消えた。

其の姿を消した途端に太平洋上で試験運用が行われていた軍用IS機体『銀の福音』が暴走したのは記憶に新しい。

 

「・・・・・此の・・・ッ」

 

「春樹・・・?」

「ん? どしたの、はーくん?」

 

「どのツラ提げて俺の前に現れやがったッ、此の糞アバズレがァア!!」

『『『ッ!!?』』』

 

そんな天才科学者へ向け、春樹は鋼鉄をも斬り裂く丸鋸状の光線を渾身の力を込めて投擲したではないか。

まさか、先程までチベットスナギツネの様な冷めた目をしていた彼が突然この様な蛮行を行う等とは露にも思ってもみなかった為、皆は酷くギョッと表情を引き攣らせた。

 

「うわー!!? ちょ・・・ちょっとちょっと!! はーくんってば、いきなりなにすんのさッ?! さすがの束さんでも真っ二つになっちゃうのよさ!!」

 

春樹の突拍子もない行動に吃驚仰天しつつも軽々と容易に八つ裂き光輪を回避する束。

其の様に彼はギリリッと歯を喰いしばった。

 

「喧しい! ”今回の一件も”テメェが関わってんのは解っとるんじゃ!! 其の下手人がいけしゃあしゃあと現れやがって・・・・・其れなんにどうゆうつもりじゃ、此の畜生が?!」

 

「お、おい春樹!?」

「ちょっと落ち着いて下さいまし!」

 

歯を見せて怒り狂う春樹を抑えるラウラとセシリアだが、彼の発した言葉が引っ掛かったのか。疑問符を浮かべる者がいた。

 

「ちょ・・・ちょっと待ちなさいよ、春樹。『今回の一件も』って・・・『今回”も”』って、どういう事よ?」

 

「そ、そうよ。まるで篠ノ之博士が事件に関わって・・・」

 

「ッ・・・・・まさか?」

 

春樹の言葉に対し、頭脳明晰で察しの良い面々は顔を見合わせた後、先程とは違う動揺の表情で束を見たのである。

 

「で・・・でもでも、きよせん? 博士が事件に関わってるなんていう証拠があるの~?」

 

「疑問符を疑問符で返すようで悪いが布仏 本音さんよ。製造方法が完全なるブラックボックスなISコアを此の世の中で唯一作れる人って誰じゃあ思う? あねーによーけーの無人IS機体をよぉ?」

 

「そんなの・・・・・ッ、え・・・えぇ!?」

 

世界のパワーバランスを変貌させてしまったIS。其のISには謎が多く、全容は明らかにされていない。

特に心臓部であるコアの情報は自己進化の設定以外は一切開示されておらず、完全なブラックボックスとなっている。

其れ故にISコアは467機と数に限りがある為、新型機体を建造する場合は既存のISを解体し、コアを初期化しなくてはいけない。

しかし、『ゴーレム事件』を皮切りとした多くの無人IS機体のISコアは、どの国にも登録がなされていない所謂『野良IS』だったのである。

無論、ISが自然発生で現れ出でる訳もない。

―――――と、云う事はつまり・・・・・?

 

「クラス対抗戦の時も、キャノンボール・ファストの時も、タッグマッチの時もオメェは俺達に無人機をけしかけて来やがった。しかも其れだけじゃねぇぞ! 臨海学校の時に銀の福音を暴走させたのもオメェの仕業じゃし、此ん前のワールドパージ事件もオメェのせいじゃろうが!!」

 

銀の福音事件時に福音を通して彼女に酷く弄られた事を思い出したのか。激昂する春樹の怒号に「う、ウソでしょ・・・!?」と目をパチクリさせる専用機所有者達。

だが、「犯人はお前だァッ!」と指差されている筈の束は「ばッ、バカな事を言うな!」と動揺するどころか、何処か誇らしげに口端を吊り上げたのである。

 

「ふっふーん♪ さすがは、はーくん! この天災科学者の束さんが認めるだけのことはあるね☆」

 

「ッ・・・認めますのね? 篠ノ之博士?」

 

「もっちろーん☆ だってホントのことなんだもーん☆」

 

悪びれもせず、其れ処か「どんなもんだい!」と踏ん反り返る彼女の姿に一同啞然としてしまう。

そんなあっけらかんとした自白に驚くのも束の間、「ま、待って・・・!」と呟いたのは深く眉間に皺を刻んだ簪であった。

 

「ど・・・どうして・・・どうしてそんな事をしたの、ですか?」

 

彼女は奥歯を噛み締めて言葉を紡いだ。

今まで束が関わったとされる事件は、一歩間違えば死傷者が出ていたかもしれない重大性が高いものばかりであった。

 

「いや、簪・・・問答は無用だ。この女は敵だ。今、この女は自らが敵だと正体を現したのだからな!!」

 

ラウラはキッと憎悪を込めた三角眼で束を睨み抜く。

何故ならば、束が関わったとされる事件・・・特に銀の福音事件は、彼女の愛する人である春樹が手酷く傷つけられたからである。

 

「まーまー、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

 

「いや、怒る事柄じゃろがい!!」

 

「ふざけるんじゃねぇ!!」と、春樹は撃鉄を起こしたコンバットリボルバーを構えて引き金に指を掛けた。

 

「いつも・・・いつもいつも、いつもいつもいつも邪魔ばーしくさりおって! なして俺らーがオメェらの尻拭いばぁせにゃあおえんのんじゃ?!! ええ加減にしろやッ、ボケェ!!」

 

あまりにも感情が高ぶり過ぎたのか。しまいに春樹の両眼からはポロポロと涙が零れ出し、ブルブルブルブルとマグナムを握る腕が振るえた。

激情型鬱の症状の一つである情緒不安定の発作が起きたのだ。

 

「でも・・・はーくんだって、いっくんの右手を切り落としちゃったじゃんか」

 

「え・・・!?」

 

束の発言にアッと誰よりも驚いたのは鈴である。

想い人である一夏が昨夜のテロリスト討伐作戦内において暴走し、其れを春樹によって鎮圧させられたという事は理解していたが、初めて聞く彼女の言葉に鈴は「どういう事よ?」と春樹に視線を移す。

すると彼は更に眉間へ深くシワを刻んで叫んだ。

 

「当り前じゃろうがな! やらんかったら、俺の頭が地面に落ちとったわッ! 其れこそ椿の花みてぇにボトリとな!!」

 

当時、春樹は暴走状態の白式を一時は再起不能状態まで追い込んだ。

しかし、其れでも諦めの悪い白騎士は、春樹を背後から奇襲して彼の首を切り落とさんとしたのである。

そんな状況故に春樹はやむおえず振るった刀で白騎士の腕を斬ったのだ。

 

「つーか・・・つーか大体なぁッ! あの女が・・・ブリュンヒルデが、織斑 千冬がワールドパージ事件の時に襲撃者共を逃がさんかったらこねーな事にはならんかったじゃろがい!!」

 

『『『・・・・・え!?』』』

 

またしても発せられた爆弾発言に一同は再び唖然とする。

だが、呆然とする皆を余所に癇癪を起した春樹の口は大いにまわった。

 

「俺がテロリスト共を折角けちょんけちょんの一網打尽にしておいたのに逃がしよって・・・フザけんじゃねぇ!!」

 

「それは束さんも知らないよ。だけど、そのテロリストさんたちにちーちゃんはシンパシーを感じたんじゃない?」

 

「ッ、何が・・・何がシンパシーじゃ!!」

 

「テメェ此の糞野郎!」とばかりに春樹は躊躇いもなくズドンッ!と史上最高の頭脳と呼ばれる束の眉間目掛けて発砲する。

しかも発射された弾丸は氷結榴弾ではなく、戦車の装甲すら貫く徹甲弾だ。

けれども流石は天災科学者か。自分に向かって飛んで来る弾丸をヒラリと躱せば、お道化た表情を見せる。

 

「おっとっと! もうッ、危ないなぁ! 束さんじゃなかったらあっと言う間にザクロになっちゃってたよ?」

 

「なっとけや、此のカスが!!」

 

其の顔が気に入らなかったのか。春樹は再び銃口を束へ向けるが、そんな両者の間へ割って入る者が居た。

 

「ちょっと落ち着きなさい春樹くん!」

 

表面が揺れ動く水の槍を彼へ向けたのは、キッと真剣な表情をしている楯無である。

無論、春樹は「邪魔すんじゃねぇでよ!!」と牙を剥き出しにするが、楯無は此れを怯まず視線で諫めた。

 

「ふぅ・・・お初にお目にかかります、篠ノ之博士。私はIS学園で生徒会長を務めさせている更識 楯無と云う者です」

 

「知ってる。お前の仲間でしょ? ちーちゃん達の周りでうろついているやつらって。おかげで近寄りがたくて束さん困っちゃってんだよね」

 

「うろついているなんて人聞きの悪い。護衛と云って頂きたいですね。しかし、それよりも・・・篠ノ之博士、ご質問よろしいですか?」

 

「なんだよ? 今、束さんははーくんとの会話を邪魔されてちょっと不機嫌さんなんだけど?」

 

「テメェ、どの口が・・・!」とまたしても銃を構えようとする春樹を治めつつ楯無は「それは失礼いたしました」と平謝りで取り繕うが、一切退くつもりはない。

 

「先程の春樹くんの発言・・・本当なのですか?」

 

「あれ? もしかして言っちゃダメだった?」

 

疑問符を疑問符で返した様子に楯無は訝し気ながらも確信をした。

協力者として接触したアンネイムドの隊長が、自分の目の前でIS統合対策部の金城と其の部下達に捕縛された事がどうも気にかかっていた為、尚余計に納得がいった。

子供の自分達が蚊帳の外である理由がある事にだ。

 

「それで・・・博士は一体どうしてここに来たのですか?」

 

「なに?」

 

「貴女なら例え重警備が敷かれている場所であっても潜入する事が出来る筈です。普通なら妹さんである箒さんのいる病院へ向かう筈でしょう? 心配ではないのですか、箒さんが?」

 

セシリアの疑問符に束は少し考えた後、「まぁ、大丈夫でしょ」とあっけらかんとした文言を述べたのである。

其の発言に眉間を寄せる皆を余所に彼女は理由を更に述べた。

 

「だって箒ちゃんが病院いるのは、自業自得じゃん」

 

「自業自得って・・・あんたそれでも箒のお姉ちゃんなのッ? っていうか・・・その口ぶりからだと私達の事、どこかで見張ってたんでしょ? 見てたんなら、助けたらどうなのよ! 一歩間違えたらどんな事になったのか、あんた解ってんの?!」

 

「うるさいなぁ。別になんだっていいじゃん。いっくんの白式が良い意味で束さんの予想を裏切ったし、プラマイゼロじゃない?」

 

「何処がじゃボケ!」

 

どうやら束はテロリスト討伐作戦の実行中に出た負傷者を勘定にいれていないらしい。

身内や興味のある人間以外は、道端の石ころと認識している彼女らしい発言だが、一般的な倫理観を持っている春樹達からすれば、彼等の神経を逆撫でるには充分であった。

 

そんな世俗から離れた感性を持つ束へ「それで・・・何しに来たのですか?」と簪が再び疑問符を投げ掛ける。

さすれば、彼女はこう答えた。

 

「はーくんをね、誘いに来たの。束さんの所に来ないかなって☆」

 

『『『・・・は?』』』

 

突拍子もない束からの発言に対し、時が止まってしまったかの様な状況になってしまう。

 

「どいつもこいつもツマんないやつばっか。そんなやつらがウジャウジャいる場所は、はーくんにはふさわしくないよ。束さんのところに来れば、ぜったい楽しいし・・・そ・れ・に今よりももっともっともーっと強くなれるんだからね☆」

 

満面の笑みで語る束だが、そんな言葉を掻き消す様にズドンッ!と再び炸裂した発砲音。

・・・だが、雷管を撃ち鳴らしたのは春樹ではない。

 

「ッ・・・ら、ラウラさん・・・?」

 

射線上を目で追えば、其処にはとてもじゃないが人へ向ける様な物では決してないレールガンを構えた銀髪の君が目を三角にし、牙を剥き出しているではないか。

 

「ふざけるなッ・・・ふざけるなよ、貴様・・・! いつか春樹を殺そうとしたヤツの台詞ではないぞ。頭に脳が詰まっていないのかッ?」

 

ISの発明者である篠ノ之 束がテロリストに加担していた事や親愛なる教官、織斑 千冬が今回の事件発端の片棒を担いでいた事は、大いに彼女を動揺させるのは十分過ぎた。

・・・だが、其れよりもそんな事よりも自身の目の前で、”自分の男”を口説く事が何よりも心の底から癪に障ったのである。

最早、其れは自分のテリトリーに入って来た敵を排除する生物的本能に近い。

 

「へぇ・・・?」

 

レールガンの弾丸をまたしても容易に避けた束は、見るからに敵意剥き出しのラウラへ興味を示したのか、少し口端を吊り上げる。

けれどもすぐに其の視線は、勧誘先である春樹に向けられた。

 

「いや、無理に決まっとろうが」

 

しかし、勧誘相手である春樹さえも否定を即答したから取り付く島もない。

・・・と云うか、そもそも何の勝算があって此の男を自陣営に引き込もうとしたのだろうか。

 

「どうしてかな、はーくん?」

 

「テメェ、やっぱし頭に糞でも詰まっとるじゃろ」

「わッ、ちょっとはーくん待っ―――――」

 

理由を述べる事さえも鬱陶しい春樹はそう言うと銃を構える処か、背中へ蒼穹の六枚羽を拡げる。そして、羽より生成された幾つものエネルギー刃の切先を束に向けて一気に発射したのだ。

其のままズドドドドドドドッ!と青いナイフがゲリラ豪雨の様に降り続けて周囲に粉塵を撒き散らしいき、其の攻撃に堪え兼ねたのか、発色の良いオレンジの巨大人参が空高く打ち上がったのである。

 

「セシリアさん、ライフル貸せ。あの距離なら当てられるでよ」

 

「いいですけど・・・・・春樹さん? 説明、してくれますわよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ッ・・・・・ぁ・・・ぁア・・・・・?」

 

沈んでいた意識が浮かび上がり、織斑 一夏は不思議な感覚の中に身をゆだねていた。

まるで無重力や水中に浮かんでいるかの様な不可思議な感覚。

目を開けて見れば、彼の前へあったのは何処までも広がる『闇』。

 

「(な・・・にが・・・・・?)」

 

状況が読み込めない一夏は疑問符の後に身体を動かそうとするが、思う様に身体が動かない。

其れ処か、熱に浮かされた様に身体が熱く怠い。

 

「(く・・・・・苦し、い・・・な、んで・・・ッ・・・いったい、どう・・・して・・・?)」

 

酷い倦怠感の中、彼はどうして自分がこんな状況に陥っているのかを思い出そうと思考を巡らす。

 

「(俺、は・・・確か、みんなと一緒に京都に来て・・・・・でも、モノレールでファントムタスクのやつらが・・・それで、俺は・・・俺は・・・・・俺は・・・?)」

 

織斑 一夏は思い出す。

修学旅行の下見と云う名目で訪れた京都。

朝早くから新幹線で京都駅へと降り立った後、宿泊する旅館へ行けば、其の場に居る筈のない生徒会長達と親友・五反田 弾が居る事に驚きつつも皆で京都市内を散策。

本当は金閣寺に行きたかったが、鈴たっての希望で鴨川を訪れて其の後に着物の無料レンタルをしている御茶屋を訪れた。

其の茶屋で謎の美女と出会った後、昼食をとる為に巷で話題の飲食店へ赴く為にモノレールに乗ってみれば、怨敵であるファントム・タスクの構成員であるオータムが銃火器片手に暴れているではないか。

皆で此れを鎮圧した後、今回の京都旅行が市内に潜むファント・ムタスクの討伐だと云う事を聞かされ、憎き悪を討つ為に皆で討伐作戦へ参加。

此の討伐作戦に難色を示し、当初は作戦の不参加を表明していたクラスメイトが現場指揮を執ったのは実に癪に障ったが、此れも世に蔓延る悪を倒す為だと我慢した。

 

「(倉庫街に隠れてたやつらを見つけて・・・EOSを装備した警察の人達と一緒にヤツらを・・・・・・・・あれ・・・ッ?)」

 

思い出せない。

「皆を守るんだ!」と勇猛果敢に飛び出して行ったは良いものの・・・其処からの記憶が朧気で曖昧なのだ。

 

「(俺は・・・俺はッ、みんなを守れたのか? ファントム・タスクのヤツらからみんなを・・・!)」

 

彼は何とか思い出そうとする。

自分は皆を守れたのだろうかと。

”あんな男”よりも皆を守れたのだろうかと。

 

「(ッ、痛・・・!?)」

 

しかし、思い出そうとすればする程に何故か右腕が鈍く響く様な激痛が襲ったのだ。

 

「(何でこんなにも右腕が痛ぇんだよッ? ヤツらとの戦いで腕をケガしちまったか?)」

 

身体全体から来る慢性的な鈍い痛みとは格も質も違う激痛に対し、一夏は恐る恐る痛みの元となっている右腕を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・はッ??」

 

其の瞬間、全身から一気に血の気が引く感覚が一夏には手に取る様に理解できた。理解してしまった。

何故ならば―――――

 

「お・・・お、俺の、俺のッ・・・み、みみ・・・右、右腕・・・!!?」

 

『なかった』

右腕が、大根を輪切りにでもしたかの様にバッサリと肘の先から『なくなっていた』のである。

 

「あ・・・あぁ・・・あ”ぁあ・・・ッ!」

 

其の時、一夏の脳内にある映像がフラッシュバックした。

炎炎と燃え盛る周囲の真ん中へ佇む一人の人物。

其の人物は自らの瞳から金色の焔が零し、赫灼に燃ゆる刃を振り上げて―――――

 

「ウぁア”アああ”アあ”ぁああ!!!??」

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

「ウぁア”アああ”アあ”ぁああ!!!??」

 

「うわお!?」

「ッ!」

 

悲痛な絶叫を病室内へ命一杯響き渡らせると同時に一夏は勢いよく上半身を起き上がらせる。そして、半狂乱状態で自分の右腕をまさぐった。

 

「俺ッ、俺の! 俺の右腕!!?」

 

四白眼であんまりにも必死になるもんだから腕へ付いた点滴チューブがガチャガチャと音を発てる。

 

「おいッ志摩、まずいんじゃねーか?」

 

「もうナースコール押してる! 看護師さん達が来るまで抑えるから手を貸せ、伊吹!」

 

其の状況に病室の来訪者達は危機感を感じ取ったのか、手早くナースコールを押した後に暴れる一夏を取り押さえた。

其れからナースコールで呼び出された看護師達は、慣れた手付きと共に一夏の腕へ鎮静剤を打込む。

二人の来訪者が彼を抑え込んでいた為、処置がしやすかったのだろう。

 

「さてと・・・もう大丈夫かな、織斑 一夏君?」

 

「は・・・はい・・・・・お騒がせして、すいません」

 

鎮静剤によって落ち着きを取り戻しつつも一夏は、薄っすらと肘から先に”繋ぎ目”のある右腕を何度も何度も触る。

 

どうやら春樹の斬撃によって断ち切られた一夏の右腕は、あまりにも断面が綺麗に切断されていた為に筋肉や骨、神経の縫合手術が難なく行えた様子だ。

しかし、斬撃の衝撃と斬腕の感覚を引きずっている一夏は、すぐに違和感を拭う事には至らない。

 

「え、えと・・・それで二人は一体・・・?」

 

「ん? あぁ、俺達は警視庁公安部から来たお巡りさんだよ。よろしくー」

 

「え!? 警察の・・・しかも公安って・・・」

 

「ッ、おい伊吹!」

 

『伊吹』と呼ばれた青年は、もう一人の来訪者に首根っこを掴まれると其のまま一歩身体を引かれた。

 

「この馬鹿ッ、あんな軽いノリがあるか!」

「何言ってんの、志摩ちゃん。コミュニケーションよ、Communication。現役DKには、あれぐらいのノリが調度良いぐらいなの。まぁ、任せなさいって」

 

伊吹は同僚の手を振り払うと張り付けたニッコニコの笑顔を一夏へ向ける。

 

「改めて・・・どうも初めまして、俺は『伊吹 悟』。んで、こっちの頭のカタそうな・・・いや、実際にカタいのは『シマ・ミソジ・スグル』ちゃん」

 

「変なミドルネームを付けるな! と云うか、お前も三十路だろうが!!・・・コホンッ、『志摩 傑』だ。よろしくお願いするよ、織斑 一夏君」

 

「ヨロピコ、織斑君」

 

「は、はぁ・・・」とキャラの濃い二人(特に伊吹)に生返事を呟く一夏だが、そんな彼を余所に伊吹はグイグイと距離を詰めてゆく。

 

「それで、起き抜けに悪いんだけど・・・織斑君、”どこまで憶えてる”?」

 

「・・・はい?」

 

「どこまで憶えている」とはどういう意味なのか。言っている意味の解らない一夏は思わず目をパチクリ。

ところが、伊吹の方は間髪入れずにどんどん話を勧める。

 

「実は君が起きるまでに三日もかかってね。今日は四日目の朝って訳」

 

「えッ、えぇ!? み、三日って・・・み、みんなは・・・みんなは大丈夫なんですか?!!」

 

自分が三日も意識を失っていた事にも驚いた一夏だが、其れよりも彼はあの夜の戦いに参加した人間の安否を心配した。

其れは本心からの事であったろう。本心から一夏は皆の安否を心配したのだ。

 

「大丈夫、ねぇ・・・・・どの口が言ってんだか」

 

「え?」

 

「うん。大丈夫、大丈夫。みんな、命『は』助かったよ。これも君達のおかげさ!」

 

伊吹の言葉に「よ、よかった・・・ッ」と一夏は胸を撫で下ろすが、彼は肝心な事に気付いていなかった。

伊吹と志摩が自分へ向ける目が、とても冷ややかな事を。

 

「じゃあ、さっきの続きだ。どこまで君は憶えてる?」

 

「憶えてるって・・・何をですか?」

 

「あの時の夜だよ。聞く所によれば織斑君、君はあの作戦に参加したそうだね。その時の事を聞いているんだ」

 

伊吹の問い掛けに一夏は言い淀む。何故なら其の疑問符と共に彼はあの斬撃と光景を思い出してしまったからだ。

思わず右腕を握る左手に力が入る。

 

「え、えと・・・お、俺、俺は・・・・・!」

 

「無理しなくても良い。伊吹、やはりやめよう。彼はまだ起き抜けの病み上がりだ」

 

「いや、ダメだ。こういう事は徐々に徐々に記憶へ改竄が入る。自分の都合の良い様にね」

 

「さぁッ・・・さぁ・・・!」と志摩の忠告を余所に先程よりも強い口調と眼差しを一夏へ向けた伊吹。

其のある意味『敵意』ともとれる視線に一夏の呼吸は格段に荒く浅くなった。

 

「あの場所で、君は何をした? なにと戦った? 誰を傷付けた?」

 

「き・・・傷、つけた? ち、違う・・・違う! 俺は誰も傷付けてなんかないッ! 俺はッ、俺はみんなを守る為に・・・守る為に・・・・・ッ?」

 

「・・・・・あれ・・・?」と疑問符と共に一夏の脳内へ思い出したくもない場面と覚えのない光景が思い浮かぶ。

 

―――――「さぁッ・・・これで、終わりだ・・・・・!」

 

氷の如き冷血な声色と共に冷たい瓦礫を枕に差し迫る断頭台の刃。

其の直後に視界を覆った眩いばかりの白い閃光と身体の内から燃え上がる様な熱と興奮が全身を駆け巡り、これまで味わった事のない高揚感に支配された。

 

『楽しい』。其れが第一声の感情であった。

其の感情と共に振るう剣のなんと心地の良い快い事。

・・・・・・・・しかし。

 

―――――「ぎぃいイやぁアアッ!!?」

 

其の剣を振るった相手は一体誰であったろう?

其の剣で傷を負わせたのは一体誰であったろう?

 

―――――「熱ぃいッ、熱いィイイいい!!」

―――――「うぎげぇええええええ!!」

―――――「痛ぇッ! 痛ぇよぉおオオオッ!!」

―――――「助け・・・ダす”け”てぇくぇええ」

 

記憶にない記憶。・・・いや、”封じ込めていた”記憶。

硝煙と閃光。炎によって鉄の焼け付く臭い。そして・・・鼓膜を震わす酷く汚い断末魔。

 

「ッひ・・・!!?」

 

「・・・思い出したようだね」

 

四白眼で両耳を覆う一夏へ伊吹は口端を吊り上げた。

 

「そう。君が傷付けた人達だ」

 

「ち、違う・・・違う! 俺はッ・・・俺はみんなを守ろうと!!」

 

反論する一夏へ伊吹はある物を見せる。

其れは写真だった。其れも酷く悍ましいものが映し出された写真。

 

「君が・・・・・いや、織斑 一夏。お前が誰を、何を守りたかったのかは知らない。だが、お前が傷付けた人達の事を俺は知っているぞ」

 

――――――――

『佐々木 歩』巡査。

肋骨の複雑骨折並びに半身火傷。

 

『内田 健人』巡査。

大腿骨頸部骨折並びに全身火傷。

 

『竹内 廉也』巡査長。

頭部頭蓋骨骨折並びに右上腕部圧迫骨折と全身火傷。

 

『杉本 薫』巡査部長。

肋骨並びに胸骨の粉砕骨折と半身火傷。

 

『藤倉 日々人』警部補。

肩甲骨と胸骨の複雑骨折並びに全身火傷。

――――――――

 

「命は助かった。命は助かったけど・・・皆、すぐには現場へ復帰する事は不可能だろうね。いや・・・それどころか、日常生活に戻れるかどうかだって解らない。ひどいよね。皆、家庭を持ってるってのに。家族が待ってるってのに。酷い悲劇だよね」

 

「違っ、違う! 俺じゃないッ! 俺はやってない!! 俺はみんなを守る為にッ!! 俺のせいじゃ・・・俺のせいじゃないッ!!」

 

目を潤ませて喚き散らす一夏。

だが、そんな彼に向けて伊吹は自らの指を差してこう言い放った。

 

「いいや、お前のせいだ。お前のせいで人が傷付いた」

「―――――――ッ・・・!!」

 

冷たい声で、冷淡に冷徹に冷血な眼差しで言い放った。

其の言葉に一夏は息を詰まらせた。

喉奥がキュッと引き攣り、一呼吸する事も出来ない。

 

「―――――一夏!!」

 

そんな時であった。バン!と勢いよく病室の扉が開け放たれたのは。

視線を向けば、其処には鴉の濡れ羽色の黒髪を振り乱した少しやつれた表情の美女が立っているではないか。

其の鬼気迫る表情をする彼女の登場に伊吹は「ヒュー♪ すっげぇ本物だ」と見当違いの感想を述べる。

 

「一夏ッ、一夏! 大丈夫か一夏?! 貴様ら・・・一夏に何をした?!!」

 

「おっと、落ち着いて下さいブリュンヒルデ。いや、織斑 千冬さん。別に僕達は事情を聞いていただけですよ」

 

「貴様・・・ッ!!」

 

飄々と答える伊吹に癪が触ったのか。其れとも大事な大事な弟を精神的に追い詰められた事に腹が立ったのか。思わず千冬は彼の胸倉を掴む。

其れに対し、伊吹は「きゃー、怖ーい。志摩ちゃん助けてー!」とお道化た仕草をする。

其の彼の様子に「ヤレヤレ」と首を振った後に志摩は伊吹の胸倉を掴む千冬の手を抑えた。

 

「織斑さん。うちの伊吹が大変失礼な致してすみません。ですが、ここは抑えて頂く事はできますでしょうか? 一応、こんなのでもこいつは警察官なので」

 

「ふざけるなよ・・・ッ! 警察だからと言って何をしてもいいとは限らん。この件は重々抗議するぞ!」

 

「あれ? 一応、あなたには外患誘致罪の被疑者隠避の容疑がかかってるんだけどなぁ?」

「え・・・ッ?」

 

「伊吹!!」

「痛い痛い!? 耳を引っ張るなよッ、志摩!!」

 

深々とお辞儀をした後、志摩は伊吹を引っ張って病室から出る。

 

「千冬、姉・・・今の、どういう事だよ? 被疑者隠避の容疑・・・って、何だよ?」

 

「ッ、一夏・・・・・」

 

一夏の疑問符に千冬は答える事なく目を伏せた。

其の一瞬の行動が癪に障ったのか、彼は奥歯を軋ませる。

 

「何で黙るんだよ・・・ッ。なんで教えてくれねぇんだよ!!」

 

「お前には・・・関係ない事だ」

 

「ッ、関係ない事ないだろ! 千冬姉はいつもそうだ! 肝心な事は何も話しちゃくれねぇ!! 俺達、家族じゃねぇのかよ?!!」

 

「これはお前を守るためだ。私はお前の為を思って―――――」

 

千冬が言葉を紡ぎ出して言い掛けた所で、一夏から返って来たのは言葉ではなく”枕”であった。

 

「出てけよ・・・出てけ!」

 

「一夏、お前・・・!」

 

「出てけって言ってんだろ! もう訳わかんねーよ!! 何が・・・一体何がどーなってんだよ!!?」

 

悲痛な泣き声と共に一夏は布団を被って丸くなった。

一方、弟からの明らかな拒絶の声に取り付く島もない千冬は、悲しそうな表情を晒しながら病室から出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
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