第186話
秋の暮れが訪れようとする紅葉真っ盛りの京の都。
其処へ巣食うは、異国より来訪した天魔外道のテロリスト。
其の悪鬼共を退治せんと都へ乗り込むは、『毒を以て毒を攻める』と云わんばかりの大酒飲みの鬼武者に率いられたIS学園専用機所有者一派。
さて・・・大蟒蛇の鬼武者に率いられた此の一派、モノレールで暴れる性悪絡新婦をギッタギタのメッタメタにした後、新型EOSを身に纏った護国の防人達と合流するとテロリスト本隊を駆逐せんと動いた。
IS学園軍は戦力を二つに別け、ソソクサと都落ちを画策するテロリスト共へ襲い掛かる。
しかし、流石は国際過激派テロリストか。最近は戦上手と巷で噂の鬼武者が仕掛けた奇襲強襲に苦戦しつつも一瞬の隙を突いて脱兎の如く逃げ去った。
卑怯者の煽り文句も何の其、恥も外聞もなく逃げ去る敵方に鬼武者ギリリッと歯噛みをす。
けれども鬼武者、歯噛みをしている場合ではなかった。
別け隔てた軍の一方。
大した軍功を上げる事が出来ず、焦りを募らす若輩者の騎士へ相対するは、意思もなければ魂もない鉄人形の戦乙女達。
此の無表情を以てして得物を手に迫り来る此の鋼鉄の乙女達を若騎士はバッタバッタと薙ぎ倒す。
けれども、いつまでも調子づくなと彼の前へ現れ出でたったのは、闇夜の深き黒と青の戦装束を身に纏った戦姫であった。
戦姫は身の丈を優に越える大剣と二本の槍をもちいて群がる防人達をバッタバッタと薙ぎ払うや否や、若騎士の首を刎ねんと襲い掛かる。
勿論、負けじと若騎士も応戦するが、実力差は明らか。
若騎士あっと言う間に組み敷かれ、後は戦姫によって首を絶ち切られるあわや此れ迄と云った・・・・・其の時!
若騎士の身体が白き光に包まれて輝いたと思うや否や、若き騎士は白き騎士と成りて苦戦必至を強いられていた戦姫を何とも容易に打ちのめしたのだ。
やったやった、勝った勝ったと勝鬨上げる防人達。
―――――ところがどっこい。そうは問屋が卸さない。
戦姫を地へ叩き落した白き騎士は何を血迷ったか、自軍である筈の防人達へ刃を向けたのだ。
呆気に取られる御味方達だったが、目の前で同胞共が焼達磨火達磨になった事で一気に全体へ動揺が奔り戦線士気は大崩れ。
其れに漬け込むは鋼の乙女。
背を見せて逃げ惑う防人共へ彼女等は容赦なく火を放って刃を振るう。
しかし!
よもやよもやの敗走必死の御味方を鶴の一声で立て直すは、銀の鎧兜を身に纏い、金眼四ツ目の瞳を光らせる戦鬼。
彼の者の登場に軍の士気は種火にガソリンをぶちまけるが如く急上昇。
防人達は古の狂戦士と成りて、鋼の戦乙女達の喉笛を抉り取って行く。
一方、軍の士気を立て直した戦鬼は正気を失った白騎士と火花を散らせながら鎬を削る。
其の幾つかの刃を合わせた後、戦鬼は一気に雌雄を決しようと必滅の技にて白騎士を焼き焦がさんと両腕を十字に組んだ。
だが、流石は腐っても・・・いや、正気を失っても白騎士か。
なんとなんと迫り来る必殺の焔を斬り裂き、逆に一気に勝負をかけたのだ。
よもやよもやの展開に戦鬼は咄嗟の反応をとって会心の一撃を刹那で躱す。
しかし、躱したと言っても全てではない。
片腕をミディアムレアに焼かれ、しかも必殺の奥義を刎ね返された。
されど此れで終わる金眼四ツ目の戦鬼ではない。
奥の手の奥の手と云わんばかりに戦鬼は、銀の戦装束から一転して軍勝色に身体を染め上げると無銘の宝刀を取り出す。
紅葉に燃ゆる鞘から刃を引き抜けば、鉄の刀身は退魔の焔を纏うが如く赤く紅く朱く赫い刃となったのである。
戦鬼は其の刃を以て白騎士を一太刀二太刀三太刀と斬り裂いた。
けれども此の白騎士なる者、実に手強くしつこくしぶとい。
地に伏せられ、やられたフリをした後に背後から自らの得物たる大太刀を振り下ろしたのである。
されども戦鬼、此れを読んでいた。
正気を失って暴れる白騎士と云えども彼は一応の御味方。其のまま倒れたままであれば見逃すつもりであった。
だが、白騎士は其の戦鬼の手心を逆手にとって彼の首を討ち取ろうとしたのだ。
戦鬼は鞘に納めた刃を抜刀するや否や、白騎士の片腕を刎ねると其のまま顔面へ氷の弾丸を喰らわせたのであった。
かくして夜の京都を舞台とした後に『新・百鬼夜行の乱』と揶揄される悪玉退治は、こうして幕を閉じるのである。
・・・・・・・・しかし、戦いは終われども物語は続く。次の戦いの為に。
◆◆◆
―――――『「悪いが、俺ぁ善い人間なんかじゃないでよ」』
「・・・・・」
事件から三日後。
上記の言葉を思い出しながらセシリア・オルコットは随分と思い詰めた表情と憂う瞳と共に自室のベッドの上で臥せっていた。
◆
京都の大捕り物からすぐに専用IS所有者一行は、古都を満喫できぬまま其の日の公共交通機関でIS学園へ帰還を余儀なくされた。
しかし、其の学園へ戻った後に面倒事が彼等を待って居たのである。警察からの事情聴取と云う面倒事が。
テロリストであるファントム・タスクの討伐作戦へ参加していたとは云え、IS専用機所有者の一人が、其れも暴走したとは云えどもあのブリュンヒルデの弟たる世界初の男性IS適正者が、多くの警察関係者へ対して凶行に及んだ事は大変な問題であった。
其のせいで、作戦に尽力した筈の他のIS専用機所有者達まで痛くもない腹を探られる事になってしまったのである。
エリートたるIS専用機所有者と言っても構成メンバーは大半が全員が十代の少女。
更に家が対暗部の家柄や軍属を除けば、昨年まで一般市民だった少女には警察司法の取り調べは精神的負担があったろう。
だが、そんな精神的負担を強いられる専用機所有者達へ手を差し伸ばしたのは、意外にも討伐作戦に参加した警察関係者であった。
戦場で皆を率いて先導した戦鬼のカリスマが冷や酒の様に後から効いたのか。彼等の反発もあり、すぐに彼女等は解放されたのである。
・・・ところがどっこい。そんな警察からの取り調べよりも彼女等の心を歪に震わせる事があった。
其れは―――――
≪グッGYIaAAaaaaAaaッ!!?≫
「な・・・・・な、なによコレ・・・ッ?」
C級新作映画の体でプロジェクターへ映し出されたのは、酷く画面が暗いスプラッター映画の場面であった。
ストーリーは、『主人公』の主観的な一人称視点で進んでいく。
ある鉛色のパワードスーツを着用した主人公は、敵対組織が侵入した建物内部へ文字通りの壁やぶりを行って突入。そして、内部で悪行を働いていた武装集団をけちょんけちょんのギッタギタにしたのである。
そう、其処までは・・・其処までは良かったのだが―――――
≪N,NOOOOOOooOOO!!≫
「う、うわぁ・・・ッ」
問題は其の後。
主人公は敵勢力に捕らえられていた手傷を負ったヒロインを救出した後、まだ息の合った敵構成員に対して残虐行為を及んだのだ。
本当に其の行為は目を覆うような凄惨なもので、目を覆うような冷酷残虐非道であった。
例えると、包装紙を取り外した色艶の良い果物の薄皮をナイフで丁寧に丁寧に剥いた後、胡麻を擦る様なすりこ木で力の限り殴り潰すが如くである。
≪GUgYUッBbeEEEEEEEEEEEE!!≫
「ッ、お・・・おぇ・・・!!」
視聴者達は生々し音と断末魔に思わず視線を伏せて眉間へシワを寄せ、カメラや辺りへ飛び散り滴り落ちる”汁”に思わず口元を抑える。
だが、此れが此のドキュメンタリー映画の見所ではない。
≪いやぁあああああああああああああああッ!!≫
敵軍の大将たる女戦士を誘き出した主人公は、残酷な方法によって無力化した敵兵の目の前で彼女の鎧を剥ぎ取ると共に其の柔肌をナイフで―――――――
「あ、あんた・・・アンタ、一体何やってんのよ?!!」
上映会終了後、酷く引き攣った表情で叫ぶ様に怒鳴ったのは、チャキチャキの中国娘こと凰 鈴音。
其の彼女のまるで悍ましい化け物でも見るかの様な視線を浴びるのは、上映されたノンフィクションドキュメンタリー映画の監督兼脚本家兼編集者兼主演兼カメラマンであった。
「何がぁ? 知りたい云うたんは、君らの方じゃろうが」
鈴の震える声に映画の主演はケロッとした表情でプロジェクターからDVDを引き抜くや否や、証拠隠滅の為に其れを圧し折ったうえで燃やす。
事の発端は、討伐作戦終了翌日に突如として襲来したIS発明者、篠ノ之 束へ対する発言であった。
内容としては、今回の一件であるファントム・タスク討伐作戦の発端は、世界最強のIS使いにしてIS学園一年一組の担任教諭である織斑 千冬にあると云うのだ。
思いもよらぬ此の発言を専用機所有者達は信じる事が出来なかったが、其の事を裏付ける証拠があると云う。
其の証拠と云うのが、上映されたノンフィクションスプラッタードキュメンタリーであったのだ。
「さて・・・見ての様に連中を文字通りズタボロにしてやった。皮は余す所なく剥いたし、肉は潰したし、逃げられん様に骨も砕いた。自力で逃げられる訳がないんじゃ。どう? 納得してくれた?」
「な、納得って・・・な、なんで・・・なんでこんな事が出来るの?」
「阿? 何がぁ?」
「べ、別にあんな事までしなくたって・・・あそこまでしなくたって良かったんじゃないかな?」
脅えた様に身体を振るわせるシャルロット・デュノアの言葉へ対し、主演俳優は「・・・阿破破」と何処か寂しそうに笑った後に疑問符を投げ掛けた。「どうして?」と。
「どうしてって・・・ッ」
「アイツらは・・・あの糞野郎共は・・・俺達の学び舎で、俺達の仲間を、俺の目の前で傷付けて辱めようとしやがった。挽肉にするんには、八つ裂きにするには、十分過ぎる理由じゃろう?」
金色の焔を右眼から零す彼に皆は思わず生唾を飲む。
「じゃけど・・・俺じゃって悪鬼羅刹じゃない。ちゃんと命は助けてやったで?」
劇中で敵兵が主人公に向けて≪こ・・・殺してくれ・・・ッ!!≫と呟いていたが、此の際其れは置いておく。
残酷残虐非道なる行いはしていても越えてはならぬ一線を越えていないとの主張に益々一行の剣幕は酷くなるが、更に続けて主演俳優はのたまった。
「おいおいおいおいおい・・・大丈夫? 今回は俺じゃったが、次は君等の内の誰かがそういう状況に陥るかもしれんのんじゃで?」
「そ・・・そんな事―――――!」
「絶対にないと言い切れる? 自分の大切な人を守る為に敵を完全に痛め付けて屠る事が出来る?」
『『『・・・ッ・・・』』』
彼の言葉に誰もが言葉を噤む。
今まで彼女等が相手にして来た多くが、無人機であった。されど此れから先、討伐作戦の様な有人機体の敵が相手となるだろう。其れもISを纏わぬ生身の敵が相手になるやもしれぬ。
其の際、彼女等はどう対処すれば良いだろうか?
「悪いが、俺ぁ善い人間なんかじゃないでよ。敵に容赦は此れポッチも考えん。確実に再起不能にしちゃる。じゃけん・・・考えとった方がエエよ。此れから先、俺以外の誰かが命の遣り取りをする機会があるかもしれんけんな」
◆
「命の遣り取り・・・か」
セシリア・オルコットは改めて考える。
そう言えば、事ある毎に自分達へ襲い掛かって来た厄介事においてほぼ100%の確率で負傷していたのは、”二人目”であった。
しかも一歩間違えば命を失ってしまうかの様な重傷を負うなどザラのザラである。
セシリアは、そんな男の裸を見た事がある。
・・・別に決してやましい事があって見た訳ではない。もしそんな事があれば、”銀の黒兎”が黙っちゃいない。
今や剣道部を呑み込んだワルキューレ部隊の訓練において、お着替えの最中の彼をセシリアは見た事があった。
・・・別に覗きではない。偶々である。偶々のラッキースケベである。もし邪な気持ちで見ていたのであれば、銀の黒兎が黙っちゃいない。
其の際、彼の身体を見た時、セシリアは戦慄した。
鍛え抜かれた上腕二頭筋と胸板及び割れた腹筋が・・・・・いや、身体中に刻み付けられた”戦傷”に目を奪われたのである。
其れは、銃傷であった。
其れは、刀傷であった。
其れは、火傷であった。
幾つもの大きな傷が身体中を這いずり、幾つもの幾つもの小さな傷が上から下まで付けられていた。
”一人目”が負う筈だった、彼女等が負う筈だった多くの苦痛を受けていた。
「・・・・・はぁー・・・ッ」
溜息を漏らす様に息を吐きつつ、今まで蹲っていたセシリアはゆっくり其の身を起き上がらせると思い詰めた表情で部屋の外へ赴き、ツカツカ踵を鳴らしてある場所へと向かう。
「あの・・・失礼ですが、おられませんか? 私です、セシリアですわ」
ある一室の扉をコンコンッとノックすれば、ガチャリと鍵の施錠が解かれて内から扉を開ける者が顔を覗かせる。
「おぉ、セシリア。どうかしたのか?」
彼女を出迎えたのは、割烹着姿に身を包んだドイツの国家代表候補生にして独軍IS部隊、黒兎部隊を率いるラウラ・ボーデヴィッヒであった。
「・・・なにをされていましたの?」
「ん? あぁ、ちょっと気分転換をかねて料理のレパートリーを増やす為に試作をしていたのだ」
「は、はぁ・・・」
「ふんす!」と鼻息を吹かす様が、同性から見ても大変愛らしい彼女だが、何の因果か、あの大蟒蛇戦鬼と恋仲関係にあるのだ。
「ラウラー、誰が来たのー?」
「ちょっとちょっとッ、二人ともお鍋から目を離さないのー!」
「・・・お姉ちゃん、うるさい」
「なんで!?」
「あッ、誰かと思えばセシリーだぁ」
「こら本音、はしたないからつまみ食いしながらしゃべらないの!」
ラウラの背後からゾロゾロ現れたるは、あの戦鬼を慕う傍から見ればトチ狂ったと言われても仕方のないいつもの面々であった。
「ッ、み・・・みなさん、来ていたのですね」
「まぁ・・・最初は自主的なかん口令で部屋に閉じこもっていたんだけどね。ちょっと息苦しくなっちゃったから、ラウラに相談しようと思ったんだ」
「セシリアちゃんも私達と同じクチなんじゃない?」
図星を突かれたのか、セシリアは少々苦しそうな笑みを溢す。所謂、苦笑いである。
だが、何故に皆は此のラウラ・ボーデヴィッヒを頼りにしたのか。
其れは単衣に彼女が彼の戦鬼と相思相愛の恋人である点も大いにあるが、あの残虐行為が記録されたドキュメンタリー映画を視聴しても尚、ラウラが現在進行形で彼を愛慕う事に対して皆は内心興味津々であったのだ。
そんな事もあってか。悩める乙女達は此の銀髪黒兎を訪ねて、皆仲良く試作料理の製作に付き合う事となったのである。
「どうかな?」
「少し塩気が濃いな。意外とアイツはうす味が好みなのだ」
「へぇ、本当に意外ね。お酒が好きだから味が濃いものがいいと思ってた」
「なら、砂糖を入れて中和しませんと。あと隠し味でお酒も入れましょう」
『『『待って』』』
砂糖一袋と一升瓶を持ったセシリアを何とか抑えつつ、なんとか料理を完成させての試食会が行われた。
試作品は改善点も見られたが、概ね大いに好評であり、にこやかな雰囲気が場を包む。
・・・しかし。
「ねぇ、ラウラちゃんはどう思っているの?」
試食会後、例の件について口火を切ったのは楯無だった。
彼女の発言にセシリアの淹れた食後の紅茶を楽しんでいた面々の表情が硬直する。
「・・・どう、とは?」
「ワールドパージ事件で、彼が行った事よ。助けられた私が言うのもどうかと思うけれど・・・・・ッ」
「『やりすぎた』、か? 皆もそう思っているのか?」
口が重くなる。口元が鉛の様に重くなり、明るかった雰囲気が一気に暗くなってしまう。
「そうか・・・・・確かにアイツがやった事はやり過ぎだろうな。私とて、あの様な残虐行為はとても看過できるものではない。お前たちがヤツを危惧する気持ちもわかる」
「ッ、だったらなんで?!」
「まぁ、聞け。そうだな・・・例えばの話をしよう。生徒会長、貴様は妹である簪が大切か?」
「ッ、ラウラさん・・・?!」
「愚問ね。もちろんよ」
「お姉ちゃん!!」
突然、自分が名指しされて姉からの肯定文に動揺する簪に対し、皆は思わず吹き出してしまう。
其れを余所にラウラは楯無へ疑問符を投げ掛けた。
「なら、更識 楯無。もし簪が、多勢に無勢で悪漢共に襲われていたらどうする? それも自分の目の前でだ」
「生まれてきた事を後悔させてやるわ」
「お・・・お姉ちゃん・・・!」
恥ずかしさで真っ赤な簪の隣で曇りなき澄んだ眼で即答する楯無に対し、ラウラは更にこう問いかける。「だから、そうしたのではないか?」と。
「どういう事?」
「会長、貴様が簪を思う様に、アイツも貴様を思って激昂したのだ。そして、生まれて来たことを後悔させてやろうとした結果がアレだ。貴様を大切に思うからこそ、アイツはあんな暴挙に及んだのだ」
「ものすごく、でーれー癪だがな」と面白くなさそうに眉間へシワを寄せるラウラに対して楯無の表情はキョトン顔から一転し、一気に頬を朱鷺色に染め上げた。
「あの男は、自分から進んで自己顕示欲を満たす為に力を振るった事はない。アイツが牙をむく時は、必ず誰かを守る時だ。それはお前達もよく知っている事だろう?」
『『『・・・ッ・・・!』』』
「御嬢様・・・ッ」
「かんちゃん・・・」
彼女の言葉に乙女達は目を伏せて下唇を噛む。
其の場に居る布仏姉妹を除く全員が、あのアルコール依存症の激情型鬱病を患っている戦鬼に助けられた過去があったからだ。
「私が思うに・・・私達の誰かがまた危険な目に遭えば、アイツはまた残虐非道な怪物になってしまうだろうな」
「そんな・・・!」
「ど、どうすれば良いのかな?」
「だからこそ、私は・・・私達は強くならなければならぬのだ。伴侶として、アイツを心配させない為にも・・・アイツを”止める”為にもだ!」
ラウラは椅子から立ち上がって宣誓する。「私は強くなる!」と。
其れを誓う為に彼女は空になったティーカップへ紅茶を再び注ぐと高くカップを掲げた。
其の行為に賛同する様に「ボクだって、もう恐れない!」とシャルロットが、「私も同じですわ!」とセシリアが、「お姉さんも負けてられないわ!」と楯無が、「ヒーローには・・・サイドキックが必要」と簪が、ティーカップを掲げて輪の様に並び立つ。
そして、乾杯と共に一気に中身を呷ったのであった。
「おーッ、すごい。私知ってるよ~。『桃園の誓い』だね~」
「本音、それは違うわ」
―――――さて、こんな小粋な乙女達に慕われている大酒飲みの戦鬼はと云うと・・・・・
◆◆◆
百鬼夜行が集う夜の京都で防人達と共に妖怪退治を行った大酒飲みの鬼武者・・・もとい、二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹はと云うと―――――
「阿”ーッ、大儀ぃいい・・・!」
右眼の黒眼帯にブラックスーツと云うどう見てもカタギには見えない恰好で、真っ黒なハイヤーに乗って移動していた。
「そんなにブゥを垂れないでくれ。これが最後だからね」
彼の正面には、IS統合対策部副本部長である長谷川 博文が鎮座している。
京都での一件後の三日間、春樹は戦いによって負ったダメージを回復させる為に検査入院する事となったのだ。
しかし、検査入院と言っても其れは表向きの理由だ。
今や新人類と揶揄される春樹は、事件で負った傷など翌日には綺麗サッパリ完治する程の異常回復力を有している。
其れ故に彼を待って居たのは、春樹の担当医師である芹沢博士からの精密検と事情聴取であった。
特に事件翌日に襲来したあの天災博士との遭遇の件についてしつこく聞かれたが、話す事もないので適当な事を言って其の場をしのいだ。
そんな面倒事が終わり、やっと愛しの兎に会えると思いきやの長谷川からの招集である。
「ちゃんと事件解決の報酬は出すから」
「当り前だのクラッカーですわ。誰が好き好んで『スーサイド・スクワット』擬きなんてやりますか! つーか、此れって業務時間外でしょ? サービス残業なんて俺ぁやりませんでよ!」
春樹は気が立って居た。
折角の恋人との修学旅行を潰されるわ、頭のおかしいキチガイ兎には絡まれるわの踏んだり蹴ったり。特に事はもう終わったのに恋人と一緒に入れない事が一番癪に触っていた。
「すまない、わかっているとも。君の希望する銘柄を用意しているから」
「フンだフンだ、ダッフンだ! あぁ・・・本当なら、俺ぁ今頃ラウラちゃんを布団の中で抱いとったのになぁ・・・」
面倒臭い拗ね方をする春樹に長谷川は困った表情をするが、不思議と不快感はない。其れ処か、彼に対する申し訳なさで一杯だった。
幾度も戦場で手柄を挙げて来た春樹だが、其の身は未だ齢十五の少年。事がある度にズタボロになる彼が不憫だった。
本当なら此の最後の一件も任せたくはなかったのだが・・・・・
「そう言えば、長谷川さん。俺は此れから一体誰に会うんです?」
「あ、あぁ・・・その・・・・・ついてからのお楽しみって事で」
「・・・・・・・・畜生、騙された。ろくでもねぇヤツじゃがんコレッ!!」
勘の良い春樹に長谷川は苦笑してしまうのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆