謹賀新年。
あけおめ。
ことよろ。
―――――スプリンクラーの雨をかき分けて駆け寄った時、私の眉間は酷くひそまった事だろう。
「コひゅー・・・かヒュー・・・ッ・・・・・」
瓦礫があちこちに散漫し、未だ消えぬ赤い炎がメラメラ燃えている中、彼・・・清瀬 春樹君は、今にも息絶えそうな浅い呼吸をしていた。
あんなにも光の中で輝いていた美しい銀の鱗は真っ黒に焼け焦げ、特徴的とも謂える金色の目が四つある仮面は割れて血だらけの顔が半分見えている。
「清瀬ッ、清瀬君! 春樹君!!」
「・・・ッ・・・ぁ・・・・・あぁ、は・・・・・はせが、はさがわさん・・・かぁ。だ、だいじょうぶ・・・でし、たぁ?」
それは此方の台詞だった。
割れた仮面の下から覗く金色の右瞳が、あまりにも虚ろで仕方がない。ISの絶対防御で命に別状はないように見えるが、重症を負っている事も確実に見える。
私と高良に隠れて下さいと指示して乗り込んで来たテロリストに挑みかかった時、私は『安心』にも似た感情を抱いた。『高揚感』を抱いてしまった。
笑顔と共に敵へ挑む彼の姿を私は『英雄』だと思ってしまったのだ。
・・・その時の自分を殴ってやりたい。
「あ・・・あの野郎ッ・・・野郎が、まだいるかもしれないんで・・・・・危ないんで・・・逃げとって、避難して下さいよ」
守られる筈の十代半ばの少年が、口から血を垂らしながらよろよろと立ち上がる。
『英雄』等と云う名ばかりの称号を我々の様な大人達から押し付けられたが為に血を吐いても彼は立ち上がる。
「ここはもう崩れるし危険だ! 早く君も逃げるんだ!」
「御冗談ッ・・・野郎は、まだ生きてやがる・・・俺には、解る。野郎の胴体から頭を切り離すか、野郎の手首にワッパをかけるまで安心は出来んのんですよ・・・ッ!」
そう言って黒く焼け焦げた手で刀を握る春樹君を私は引き留められずにはいられなかった。
「ッ、ダメだ!! そんな状態で戦えばどうなるか・・・君の命が危険だ!!」
「じゃけども、野郎を逃がす訳にゃあおえんのんです。あの野郎ッ・・・野郎は、必ずまた俺達に刃を向けて来る。今・・・・・今、やっとかんとおえんのんです。じゃけぇ・・・邪魔すんじゃねぇ!!」
「ッ!?」
苛立った彼が明らかな睨み眼を此方へ向けた時、私は思わず一歩引きそうになる。
何とも言えぬ恐ろしい視線。蛇に睨まれた蛙の様な感覚が自分の身体を奔るのが手に取る様に理解できた。
だけど・・・だけど、”僕”は―――――!!
「清瀬 春樹! ここが退き際だと知れッ!!」
「!!」
思わず出てしまった大声に春樹君が目をクワッとさせた時、僕は「あッ・・・殴られる」と目をつぶってしまった。
でも、いつまでたっても彼の鉄拳が来る事はなく。その代わりに「・・・解りました。ごめんなさい」と云う弱々しい声と共に重い物体がのしかかる感覚が来たんだ。
「・・・くー・・・くー・・・」
「は、春樹君・・・?」
どうやら気絶してしまったようだ。
意識を失うと同時に黒く焦げた彼のISが、僕のスーツに煤を付けた。
「―――――って、重ッ!!?」
「長谷川先生!!」
「高良か! 早く手伝ってくれ!! 腰が折れるッ!!」
「は、はい!!」
ISを解除してないから装甲の重みが直に圧し掛かって来る。其の時、春樹君が心配で飛び出した私を追って高良が来てくれた。
それでも大の大人二人がかりでもISを纏ったままの彼を運ぶのは一苦労だ。
こんな重い物を着込んで彼は今まで闘って来たのか!
「―――――・・・おい、貴様ら何をやっている?」
「「!?」」
激重の春樹君に悪戦苦闘していると我々に対して酷く尖った文言が来た。
声のする方を見れば、そこには逮捕されたファントム・タスク構成員のコードネーム『M』が居たんだ。
・・・おかしいな。手錠が掛けられていた筈なんだけどな。
「―――――って、やらせはせんぞ!」
「ん? 何がだ?」
「春樹君が弱っている隙を突こうなんて言語道断! 高良ッ、ここは私に任せて春樹君を外に!!」
「長谷川先生・・・ッ!」
「・・・・・何を勘違いしている。とっととここから逃げるぞ」
「「え・・・?」」
「走るぞ、ついて来い!」
「「は、はい!!」」
キョトンとする我々を余所に彼女はあんなにも重い春樹君を担ぎ上げ、何とも軽い足取りで走って行った。
僕達二人は、そんな彼女に追い付くのが精一杯。
いや、本当。あのブリュンヒルデのクローンだって聞かされた時は眉唾だったけど・・・いやー本当、スゴいね。
「くー・・・くカー・・・ッ・・・」
「ふふッ、中々に・・・そうか、これが『愛くるしい』という事か。『可愛らしい』という事か。キヨセ・ハルキ・・・お前という男は、実に『愛らしい』な」
・・・・・・・・・・・・・・・何だか彼女はとっても上機嫌に見えるのは、気のせいかな?
―――◆◆◆◆◆―――
『警視庁襲撃爆破テロ事件』
白昼堂々、其れも真正面からによる襲撃は日本に・・・いや、全世界に大きな衝撃を与えた。
しかも襲撃者が犯行に使用したのは、十年前に世界のパワーバランスをひっくり返してしまった世紀の大発明たる『IS』。
無論、そんなチート兵器で押し入ったものだから現場は大混乱のるつぼと化した。
其れでも襲撃者を取り押さえようと警察官達は、其れはもう酷い有様。幸いにも命を取られなかっただけありがたかったろうが、骨の何本かは持っていかれた。
被害は其れだけに留まらない。
警視庁の正面玄関及び庁内の至る所を破壊し、地下へ爆弾を設置して爆破。
御蔭であの刑事ドラマでよく使われる警視庁の建造物が倒壊はしなかったものの、爆発の影響によって地盤沈下を起こして横へ何度か傾いてしまったのである。
・・・さて、そんな大事件を引き起こした被疑者と云うのが―――――
≪速報です。警視庁は先日未明、警視庁内で発生しました爆破事件の実行犯を第二回モンドグロッソ大会優勝者である『アリーシャ・ジョセスターフ』と発表≫
≪警視庁は、イタリア国家代表である『アリーシャ・ジョセスターフ』を警視庁爆破事件の被疑者として全国に指名手配しました≫
≪繰り返します。警視庁は、イタリア国籍のISパイロット『アリーシャ・ジョセスターフ』を爆破事件の被疑者として全国指名手配にしました≫
≪容疑者である『アリーシャ・ジョセスターフ』は、専用ISによる武装をしています。目撃した方は決して近寄らず、警察へ通報してください≫
一国の国家代表が、其れも第二回モンドグロッソ大会前回覇者が国家司法機関を襲撃する等と云う重大事件を発生させて緊急指名手配されたのだ。其の衝撃のたるや惨憺たるものである。
容疑者であるアリーシャは専用IS機体を犯行に使用した後に逃走している為、イタリア政府は大慌てのてんやわんや。しかも其の国家の面目に泥を塗った人物が、国際的過激派組織であるファントム・タスクに合流したともなれば、恥の上塗りも甚だしい。
だが、そんな超凶悪な犯人が襲撃テロを起こしたと言うのにも関わらず、死者が出なかったのは、全くもって不幸中の幸いだ。
あれもこれも庁内に居たお巡りさん達の奮闘の御蔭であるのだが・・・・・
どうやら今回の一件・・・またしても『あの男』が絡んでいる事は、ニュースを見た関係者一同には明白であった。
さて、そんな風を纏う戦乙女へ身の程知らずにも挑んだ大酒飲みの大蟒蛇はとは云うと―――――
「ほら、あーんだぞ春樹」
「アーんッ・・・まむまむまむ・・・・・阿ーッ、美味い! またまた腕を上げたね、ラウラちゃん?」
「喜んでもらえて何よりだ。まだまだお代わりはあるからな」
―――――銀髪黒兎の手からお手製の御粥を何とも美味そうにほうばっていた。
―――◆―――
当初、警視庁襲撃事件の戦闘によって負傷した春樹は、都内にある最寄りの警察病院へ運ばれる予定だった。
だが、春樹の固有スキルの一つである異常高速回復治癒能力により、外から歯茎が垣間見える程に抉られた頬のみならず、爆裂弾の連射によって銃本体が爆発した事で吹っ飛んだ手指も再生治癒。
此れでは病院へ搬送しても治療する意味がなくなってしまった為、混乱を避ける名目で更識家別邸へと搬送されたのである。
しかし、負傷箇所が完全治癒したと言ってもほんの小一時間前に大怪我をした事に変わりはない。其処で春樹は急遽運ばれた更識家別邸で療養する事となった。
其の際、彼に付き添っていた長谷川が気を利かせてIS学園へいるラウラへ連絡をし、駆け付けて貰った次第である。
御蔭でアリーシャとの戦闘によって疲弊していた春樹の精神状態は良好なものへと変化したのだった。
「ラウラちゃんラウラちゃん、もう一回あーんしてや」
「いいぞ。ほら、あーん」
「あー・・・まむまむ・・・うん、おいピー!」
「・・・・・いいなー」
「っていうか、春樹くん! 君、利き手が使えるでしょ! 甘えないの!!」
そんな仲睦まじい二人を何処か羨ましそうに見つめているのは、長谷川からの連絡を受けてラウラと共に駆け付けた更識家の嫡子にして現当主の楯無とシャルロット並びにいつもの面々であった。
「うるへー! 恋人からの看病シチュじゃぞ! 甘えてもえかろうがな!!」
「「うッ・・・」」
「春樹・・・痛いとこをついてあげないで」
「ほらほら、御嬢様にしゃるるん。元気だして~」
「うわーんッ、本音ー!」
「か、簪ちゃ―――
「お姉ちゃん、ウザい」
―――なんでぇー??」
「カオスですわね・・・」
本音の豊満な胸の中で顔を埋めるシャルロットに習って簪の胸元へ飛び込んで拒否られる楯無。
楯無は悲しくなった。
「コラコラ、そうイジメてやるな春樹。仕方ない・・・シャルロットや会長にもこの『春樹にあーん権』を後で譲渡してやろう」
「「ラウラ(ちゃん)大好き!!」」
「おい!?・・・まぁ、エエわ。其れよりも楯無、あの裏切りモン・・・もとい、イタ公はどねーなった?」
「い、イタ公って・・・口が悪いですわね」
春樹の言う『イタ公』とは、無論、ISによる警視庁襲撃事件を行って全国指名手配犯となったアリーシャの事に他ならない。
其の彼女と交戦して撃退した春樹の証言によって犯人を特定する事が出来たのだが、異例の速さで手配をかけたにも関わらずどうにも其の行方が掴めないのである。
「包囲網をかけて、検問をやってもサッパリ。まるで煙になったみたい」
「んな阿呆な。あの地下の瓦礫ん中から骸は見つかってないんじゃろうが。しかも俺ぁヤツの横っ腹にぶち込んでやったんじゃ。いくらISの絶対防御があろうと無事じゃ済まんじゃろう」
「それでも見つからないの! 本当にどこに行ってくれちゃったのやら・・・・・ねぇ、やっぱり誰かが匿ってる?」
「確実にな。ファントム・タスクの支部潰して、残党狩りやってもどうしても残りッカス云うんは出る。其れに・・・ヤツは曲がりなりにもあの『ヴァルキリー』。匿うファンはいくらでもおろうが」
「そうですわね。あの二代目ブリュンヒルデ、アリーシャ・ジョセスターフなんですもの」
「匿いたくなる人も多そうだもんね~」
「テレビの中で活躍するヒロインが、弱ってて自分に助けを求めて来る・・・アニメならアツい展開」
「じゃよなぁ・・・面倒臭ぇえ」
眉をひそめてボヤキを入れる春樹は、ラウラの膝の上へ頭をグリグリ預ける。するとラウラは「よしよし」と彼をあやしてやる。
京都の一件から恋人らしい触れ合いがなかった為、ラウラはとっても嬉しそうに春樹の頭を撫でた。遂に完全な白髪となってしまった彼の髪の毛を撫でた。
「じゃけど、まぁ是非もなしじゃ。もう追っても無駄じゃろうな」
「ッ、どうしてよ?」
「んなもん、あれらぁが目的を果たしたからじゃよ」
「目的・・・? でも春樹、あの人たちは織斑先生のそっくりさんを奪取できてないよ?」
「いんや、達成しとるよ。ファントム・タスク・・・いや、スコールの姐御の目的は警察病院の方じゃ」
春樹の言葉に皆はハッと息を飲む。
実は、警視庁が襲撃されると云う前代未聞の大事件の裏で奇怪な出来事が起こっていたのである。
其の事柄とは、警察病院に収容されていた患者がいつの間にやら跡形もなく消え去っていたと云う事だ。
さて、其の消え去った収容者と云うのが、ファントム・タスクの構成メンバーであり、先の京都の一件で春樹達に拿捕されたオータムであったのである。
無論、国際過激派テロリストのオータムには護衛や監視が付いていたのだが、警視庁襲撃事件の動揺によって目を離した一瞬の内に姿を消してしまったのだ。
「・・・春樹さん、どうしてそう思うのですか?」
「計画的にしてはずさんな所が目立つでよ。イタ公は、目的要人の場所と侵入ルートだけしか知らされておらんかったと俺ぁ思う。アレは、まんまと陽動・・・囮にされた訳じゃろうな」
「だが、春樹。オータムという輩は春樹の攻撃で、確か・・・幼児退行したと聞いたが? そんな役に立たん者を取り戻してどうする?」
「役に立つ立たんの問題じゃないでよ。大切な人が・・・恋人が、敵の手に陥っとったら是が非でも取り戻したいじゃろう。かく言う俺もそーするでよ」
「まさか・・・!?」
「どんな手を使ってでもな」と語る春樹にあの恐ろしいテロ集団である筈のファントム・タスクに意外な一面がある事へ皆は大きく驚いた。
「ほいじゃけどな。ラウラちゃんの云う通り、オータムのタコは役に立たん。Mの奪取を防いだぶんだけ御の字じゃ。後は、国連の連中に任せて・・・・・俺は万全を期すまで酒池肉林を決め込むでよ!!」
「ッ、お、おい、春樹!? みんながいるまえで、そんな―――――ひァッ!!?」
「エエじゃろう! エエじゃろう!! 此処がエエんか?!!」と春樹は酷く下卑た表情で膝枕をしてくれているラウラの股座へ自身の顔をぐりぐり押し込む。
そんな思わぬ彼の行動にラウラは思わず艶やかな喘ぎを漏らし、其れを合図としたか、夢中で足元や下腹部をまさぐる春樹の後頭部へセシリアがライフルビットの銃口を押し当てた。
「・・・春樹さん? 時と場所を選んでくださいませんこと? ここは生徒会長の別宅の床の間で、私達がまだいますわ」
「うわーお・・・セシリアさんや、ISの展開速度が一段と早くなったんでねーの?」
振り返らずとも、見ずとも解る氷の微笑を漏らすセシリアに春樹は「ごめん、ごめん」と両手を上げてラウラから離れようとする。
しかし、そんな彼の頭をラウラはガッチリと掴むと自分の下腹部へ引き寄せた。
「ふーゥッ・・・フぅーッ・・・は、はるきぃ・・・・・春樹ィ・・・ッ♥♥」
「あッ・・・・・ヤッべ」
ふざけてやったつもりの行動が予想以上にラウラを刺激してしまった様で、彼女は熱の籠った濡れた灼眼と妖しげな微笑を春樹へ向けている。
「お・・・お~・・・! らうらうって、あんな顔するんだぁ~・・・」
「・・・本音、向こうで格闘ゲームしよ・・・・・大音量で」
「だ、ダメだよ!! 二人とも人さまの家でナニやろうとしているのかな?!!」
「そうよそうよ! お姉さんの、私の別荘でエッチな事は禁止よ!! す、するんだったら・・・私も混ぜなさい!!?」
「ずるいよ! ボクも一緒にしたい!!」
「本音さんのお姉様ー! 生徒会長とシャルロットさんが御乱心ですわー!! であえッ、であえですわー!!」
春樹の軽薄な行動により、一瞬にして修羅場と化す床の間。
もし別室で生徒会の仕事を行っていた虚が来るのが少し遅ければ、床の間は銃撃と剣戟によって破壊されていた事だろう。
「どうして・・・どうしていつもあなた達は大人しくしていられないのですか?!! と・く・に! 清瀬くんッ、まったくあなたは!!」
「い・・・いや先輩、確かに今回のは俺が―――――
「今回”も”です! 言い訳無用です!!」
―――――・・・・・はい、すんません」
「フフッ、春樹くん虚ちゃんに怒られてしょげてる」
「なんだかちょっとかわいいかも・・・なんて」
「ふむ・・・・・あとで、たっぷり甘やかしてやらねばな」
「「ッ、ラウラ(ちゃん)?!!」」
「やかましい! そこお黙りなさい!!」
「・・・流石は、布仏先輩です。頼りになりますわ」
「セシリー、御煎餅たべよ~」
「・・・・・やれやれ」
烈火の如き虚から説教を喰らって「ひッ、ひぇえ~~~!」と萎縮する面々を背後に簪と本音はオヤツの煎餅を食べ、セシリアは優雅に紅茶を飲んだのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆