―――――初代ブリュンヒルデにして世界最強のISパイロットの名を欲しいままにした『織斑 千冬』。
彼女が、世界史上二人目の男性IS適正者である『清瀬 春樹』の『才能』に誰よりも早く気づいていた。
「いつ?」だと問われれば、千冬が担任として受け持っている一年一組のクラス代表を決める模擬戦が行われた直後の授業の時である。
其の際、彼女の弟にして史上初の男性IS適正者である『織斑 一夏』がトチッた事により、春樹とISを纏った状態で衝突事故が発生してしまう。
・・・其の時、千冬は目を見張った。
「テンメェ、ふざけるんじゃねぇ馬鹿野郎ッ!!!」
酷く荒げた怒号と共に春樹は一夏へ向けてライフルを向けたのである。
傍から見れば、不慮の事故に憤った彼が腹を立てて逆上し、一夏へ銃を向けた様に見えた。
実際、此の事故が切欠により、春樹は周囲から『逆ギレ男』の不名誉なるレッテルを張られてしまう。しかし、そんな周囲の感想とは違い、千冬は全く別の事を思ったのだ。
其れは、春樹のISによる武装展開に”一秒も要していない”と云う事である。
当初、彼の所作は偶然だと千冬は思った・・・いや、思いたかった。
昨年まで地方の其れも田舎の中坊だった筈のただの一般人に戦闘に対する圧倒的センスがあるとは思いたくなかったのだ。
しかし、其の後に巻き起こった『ゴーレム事件』によって春樹の眠っている才能が確実なものである事をまざまざと見せつけられたのである。
千冬の弟である一夏は、春樹と同じ様に昨年まで一般中学に通っていた。
其れが何の因果か、男性にも関わらずISを動かしてしまったある意味で不運とも云える立場である。
運動神経抜群で家事全般の能力も高い音に聞こえる天下のブリュンヒルデの弟と云えども彼はただISを動かせるだけで、特に此れと云った闘争に対する才能を持っている訳ではない。其れ処か、戦闘にとっては致命傷になりかねない感情が表情や行動に現れやすいと言った欠点を有していた。
其れ故、ブリュンヒルデの弟と云う事もあってIS委員会と国連によって自由国籍と云う形で保護された”か弱い”存在なのである。
そんな一夏を脅かす存在が春樹であった。
一夏と同じ立場でありながら彼にはない『才』を有している春樹を千冬は畏れた。清瀬 春樹が持っているであろう『容易に人を抹殺できる』と云う『才能』を恐れた。
本来ならば、春樹の様な世界レベルの生まれながらの最上センスを保持する生徒を教員は更に成長させようとするだろう。
だが、千冬の内心は恐々としていたのである。
此の清瀬 春樹と云う男は、育て上げれば世界レベルのトップISパイロットになる事は確実だ。
確かに其れは後進、人を育てる”教師”と云う職業に携わる者にとっては喜ばしい事なのだろうが・・・如何せん、春樹の性別は”男”。一夏と同じ”男性IS適正者”なのだ。
そんな男が世間の、世界の注目を集めればどうなるか。
世間に蔓延る有象無象の愚物共は、ただの好奇心と興味によって此の二人の男を比較対象として見るだろう。そして、生憎と一夏に春樹の様な『才能』を持っていない事など千冬は承知の上。
必ず世間の心にもない誹謗中傷が一夏にかけられ、彼を私利私欲の為に利用しようとする輩が出て来るだろう。
大切な家族が、愛する弟が傷付く事が千冬には許す事が出来なかった。
・・・・・其れ故に彼女は春樹を排除しようと考えた調度そんな時、フランスとドイツから”転校生”が来る話が舞い込んで来たのだ。
一人は、フランスの大会社から来た疑惑の社長子息。一人は、千冬に対して狂信とも云える感情を抱いている愛弟子とも云えるドイツ軍将校。
・・・此れを利用する手はなかった。
フランスからの転校生は、三人目の男性IS適正者だと紹介されたが、勘の良くない人間でも少しぐらい頭を働かせれば、其の者が”男装の麗人”である事は目に見えていた。
其れ故に彼女がフランスからのスパイだと云う事は明白であり、無論こんな人間を可愛い可愛い弟と同室にするなど以ての外。
だからこそ彼女には春樹が宛がわれ、問題でも起こそうものなら彼と一緒に二人纏めて共々”処分”しようと考えていた。
ドイツからの転校生は、千冬がドイツ軍に指導教官として招かれていた際の愛弟子とも云える人物であり、ある意味で信仰に近い感情を向けられていた。
此の絶対的なる忠節を千冬は少々厄介で煙たがっていたが、利用できるに越したことはない。
弱みを握る為、春樹を監視する命令が下され、彼女は其れを実行に移した。
ある意味で遅効性の『毒』とも云える二人を送り込んだ事で、千冬の心に少々の余裕が出来た。
・・・・・だが、此れは相手が悪かったと云える。
何故ならば、此の清瀬 春樹と云う男は大酒飲みの大蟒蛇。毒を以て毒を制す系男子であったのだから。
フランスからの男装転校生、『シャルロット・デュノア』の正体を転校初日に見破った春樹は、彼女の裏事情に深く関わらない様にし、ある事件を切欠に裏事情たるシャルロットの実家や家族が抱える問題を解決してしまった。
更にもう一方のドイツからの軍人将校転校生、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とは共通の話題を以て仲を深め、前記のある事件『VTS事件』から其の後に起きた『銀の福音事件』で彼女の心を完全に射止めてしまった。
更に言えば、VTS事件の影響により、ドイツ軍の秘術中の秘術である『
全くもって想定外の予想外である。
まさか、皮肉にも自分が送り込んだ毒を栄養にして大きく強くなってしまった事を思ってもみなかった千冬は、迂闊に春樹へ圧力をかける事が出来なくなってしまった。
そして・・・千冬の所業を知ってか知らずか、此処から翼を得た蟒蛇の如き春樹の反撃が始まったのである。
国家代表候補生の地位と日本政府の直属組織であるIS統合対策部がパトロンに付いた御蔭もあり、其れ迄抑圧されていた春樹は少々の勝手が許される様になった。
更に次々と舞い込んで来る数多のトラブルを解決に導き、大手柄を立てる事で彼の名は広まる事になる。
特に『キャノンボール・ファスト襲撃事件』で自らの専用機たる『琥珀』を
けれども、そんな有名人と成りながらも春樹はメディアの露出を嫌い、どうしても何らかの形でメディアに出る場合はあの仮面に身を包んだ。
其の秘匿性が、余計に彼へ神秘性を加えて人気を上げた。
しかし、千冬は知っている。此の清瀬 春樹と云う男の残虐非道にして冷酷無比なるまるで悪魔の様な本性を。
其の所以は、『ワールドパージ事件』で彼が行った所業による所が大きい。
先の事件において春樹はIS学園へ不法侵入して来た米国特殊部隊アンネイムドと遭遇し、此れを撃破。
其処までは良かったのだが、なんと春樹は打ち負かした彼等に対してあまりにも非道な拷問を行ったのである。
其の拷問とは、部隊員全員の顔面や上半身の表皮を剥ぎ、耳や鼻を削ぎ落すという残酷なもので、部隊を率いていた部隊長に至っては、背中の皮膚を剥がされて天井から吊り上げられた。
其の様は、まるで肉屋の冷凍庫に吊るされている肉塊の如きおぞましさだ。
・・・・・だが、春樹が此の様な凶行に及んだのには訳がある。
其れは目の前で、IS学園生徒会長である更識 楯無がアンネイムドの部隊員共から暴行を受けていたからだ。
自分よりも上級生にも関わらずいつも彼女に対して舐めた態度と軽口を発している春樹だが、結局の所、彼は楯無を大切な”群れ”の一人だと認識していた。
自身のテリトリーで群れの一人が敵に襲われているのを直視して平気でいられる程、春樹は人間が出来ていない。
だから其れ故に彼は群れに手を出した外敵に対し、”正しき怒り”を胸に裁きを下した次第である。
と云うかそもそも、特殊な家柄出身のロシア国家代表と言えど、十代の少女たった一人にプロの特殊部隊一個小隊を任せる事自体がおかしいのだ。
さて、そんな無茶な命令を楯無に下したのは、何を隠そう天下のブリュンヒルデ様たる千冬である。
いくら命令を実行する実力と自身が楯無にあったにせよ、ハッキリ言って人様の子供である生徒を預かる教員の風上にも置けぬ所業だ。
普通は、生徒に防御を任せて教員が打って出る訳にはいかないのか?
しかもそんな残虐な拷問を受けた下手人を千冬は同情からか秘密裏に無断で逃がしてしまうと云う失態をやらかしている。
言語道断である。
無論、春樹は此の件に関してブチ切れ、職員室で暴れて麻酔弾を撃たれると云う事態に陥った。
さて、そんなやらかしが冷や酒の様にたたったのか。春樹の策略によって後々に逃走したアンネイムドの部隊長は拿捕。其れが切欠で色々と其の他のやらかしの裏取りが取れてしまった。
しかも其の裏取りが取れた日の近日に彼女の弟である一夏が京都のファントム・タスク討伐作戦において、暴走状態であったと言っても味方陣営である警察特殊機動隊隊員達へ必殺の剣を振る等と云う暴挙をやらかしていた。
更に更に言えば、千冬の親友にしてISを発明した大天才科学者である『篠ノ之 束』がテロ組織であるファントム・タスクに加担している事が判明。
おまけにダメ押しとばかりに千冬と懇意にしていた二代目ブリュンヒルデたる『アリーシャ・ジョセスターフ』もファントムタスクに寝返ってしまい、警視庁を襲撃すると云う暴挙を行い、官民関わらず負傷者を出した。
以上の事を踏まえ、警察の事情聴取が千冬達へ行われていた。
勿論、身内をやられた事を根に持つ警察官達の事情聴取は激しさと厳しさの熱を持っていた。
因みに・・・事情聴取が行わる前に病み上がりの一夏へ対し、彼が行った愚行を教え込んで責め立てた警察公安部所属の警察官が居た為、一夏は精神的に参ってしまい、一時的な情緒不安定に陥ってしまう。
そんなか弱い弟を守らんが為、当初は黙秘権を行使していた千冬は、ある司法取引を持ち掛けられ、此れを引き受けた。
元々、証拠不十分で解放される予定だったのだが、一夏の事をネタに此の様な意地の悪い取引を持ち掛けたのである。
さて・・・・・其の意地の悪い司法取引と云うのが―――――
「あッ・・・あぁ・・・! やっと・・・やっとッ、会えた・・・・・”姉さん”・・・!!」
骨を砕かれ、血を吐きながらもテロリストの魔の手から奪還を防いだ人物が何とも嬉しそうに千冬へ向けて微笑を向けている。
其の瞳は若干潤んでおり、生き別れた肉親に会えた事を心底喜んでいる事が傍の目から見ても明らかであった。
「・・・ッ・・・」
だが、一方の千冬の表情は向けられている表情とは正反対に酷く歪んでいた。
まるで生理的に無理なものを見るかの様に眉がひそみ、目を細めていたのである。
其れもそうだろう。
何故ならば、強化ガラスを隔てた向こう側には、自分を十歳程に若返らせた”自分”が座っていたのだから。
彼女の名は『M』。
・・・・・いや、彼女が自分自身で名を語るとするならば、彼女の名は『織斑 マドカ』。
自分を織斑 千冬の”実妹”だと称するファントム・タスク構成メンバーである。
けれども、どうして国連へ護送される筈だったMもといマドカが未だ日本に居るのだろうか。
実は、警視庁襲撃事件が起きる以前に国連へマドカを護送する日時を把握していたのは、日本政府並びに警察庁と警視庁の極々一部。其れと国連並びにIS委員会の僅かな上層部メンバーだけであった。
京都テロリスト討伐作戦前に日本政府並びに司法機関に蔓延っていたファントム・タスクへ情報を漏らしていた売国連中は排除している。
・・・と、なるとマドカの護送情報を流出させていたのは、国連かIS委員会に所属する誰かとなるのは必然的となった。
此れに被害を被った日本政府並びに日本司法機関は猛反発。政府は国連とIS委員会とで大揉めを起こし、マドカの引き渡しを拒否してしまったのである。
そして、継続拘留場所として選考されたのが、最新鋭の警備設備と最強のテロリストと揶揄されて来た組織の襲撃を何度も何度も退けて来た男が所属する世界一安全な場所と云われる・・・・・IS学園へ拘留される事と相成ったのだった。
無論、事情を知らぬ一般生徒もいる為、拘留先はIS学園の地下室だ。
「こうして会う事になるなんて思ってもみなかった! 会いたかったッ、会いたかったんだ千冬姉さ―――――」
「黙れ・・・!!」
何とも嬉々とした表情で声を弾ませるマドカに千冬はピシャリと静かに一喝。しかし、マドカの表情は変わる事はない。
「私を気安く姉さんなどと呼ぶな・・・! 私の家族は・・・一夏だけだ・・・・・!! 貴様は、私のまがい物に過ぎん」
「一夏・・・一夏、一夏、一夏! 姉さんはいつもあの男ばかり・・・どうして私の事を認めようとしてくれない? やはり、あの男は目障りだ。どこにいる? あの男はこの学園の何どこにいる? ここから抜け出して殺してやる。そうすれば姉さんは私を、私だけを見てくれるか?」
「黙れと言っているのが、解らんか!!」
隠すことなく声を荒らげる千冬に対し、マドカは上機嫌に口端を吊り上げる。まるで彼女の反応を楽しむ様に。
「織斑先生、落ち着いて下さい。お気持ちは察しますが、これでは尋問になりません」
此れでは平行線のままだと判断して助け舟を出したのは、千冬と共に同席していた老紳士・・・IS学園学園長、轡木 十蔵である。
「初めまして、M。私は貴女の身柄を預かるこの学園で、学園長をしている轡木というものです」
「そうか。いつも姉が世話になっている」
「貴様・・・ッ!!」
丁寧に礼をするマドカに千冬は青筋を浮かべるが、無法者のテロリストにしては礼がなっている事に轡木は感心する。
だが、当のマドカ本人はそんなダンディな彼よりも自分の”想い人”が此処に居ない事の方が気掛かりな様だ。
「ヤツは、あの男は・・・・・清瀬 春樹はいないのか?」
「残念ですが、彼は先の事件の影響で体調を崩してしまいましてね。今回の所は欠席しています」
轡木の発言、実は裏がある。
本当は、もう織斑一族と関わり合いたくない為に仮病を使って部屋に籠っているのだ。無論、彼の”つがい”である銀髪兎も一緒に。
其れを察したかどうかは知らぬが、マドカは眉をひそめた。
そんな彼女に対し、轡木は春樹からの伝言を伝える。
「ですが、彼から貴女への伝言を預かっています」
「なに?」
「「一応の礼節は弁える。運んでくれてありがとう。助かった」との事です。」
「ッ・・・そ・・・そうか」
伝言の「ありがとう」とは何か。
其れは警視庁襲撃事件時に崩れる地下階層から疲労による気絶をしてしまった自分を背負ってくれた事に対する感謝の言葉であった。
本当ならば、敵であるマドカにかける言葉ではないが、此れは春樹なりのケジメである。
伝言を聞いた彼女は、何処か照れ臭そうに頬を緩めた。人間臭い年相応な少女の表情をしたのだ。
「それでは、本題に入らせて頂きます。M・・・いえ、織斑 マドカさん。貴女の所属している。いや、所属していた組織・・・ファントム・タスクについてお聞きしたい」
そんな異様な雰囲気の中、今まで謎に包まれていた過激派テロ組織の構成員への尋問が行われるのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
:次回:
燃える紅葉の戦場越えて、次へ向かうは冬の星空。
火酒を片手に蟒蛇は蛟へ至れるか。