※初の二万字越え。
※後半にちょっとした残忍描写あり。
・・・悪しからず。
―――――時を少し巻き戻そう。
「・・・・・銀の君は、皆さんについて行かなくても良かったのですか?」
IS統合対策部に所属する浅沼 みどりは、恐る恐るおっかなびっくりで銀の君・・・ラウラ・ボーデヴィッヒへ疑問符を投げ掛ける。
「ッ、おい小心狸!」
「ひぃ!? す、すんませーん!! で、でも・・・あのブリュンヒルデが、招集をかけたのに断ったから・・・気になって、気になって」
そんな彼女の其の疑問符が癪に障ったのか。
浅沼と同じIS統合対策部所属である金城 沙也加が口をへの字に曲げて怒鳴り上げたのだが、其れに対してラウラは何処か困った様なぎこちない笑顔を浮かべた。
「いえ・・・大丈夫です。浅沼さんが、疑問に思うのも当然の事。己惚れではありませんが・・・ついて行かない事で、戦力が下がるでしょう。それでも・・・・・それでも私は、春樹の側に居たかったのです」
発する言葉と共にラウラはベッドの上で静かに眠り続ける愛おしい想い人、清瀬 春樹の頬を撫でる。
「・・・織斑先生には、私が「
「銀の君・・・ッ」
哀しそうに、悔しそうに視線を落とし口を喰いしばるラウラ。
其の憂う表情に対し、浅沼はこんな話を振ってしまった事を酷く悔やんでしまい、罪悪感で泣きそうになってしまう。
「随分と的外れな事をおっしゃる。阿呆ですか、あなたは」
「・・・え?」
「ッ、この冷血動物! どうしてそんな冷たい事が云えるのだ、貴様は!!」
しかし、浅沼の瞳が濡れるのと同時だったか、ピシャリと金城が一言物申す。
其れに対し、先程まで涙目だった浅沼が目を三角に「うがーッ!」と唸ってポカスカ金城を殴る。
「だってそうでしょう。最愛の恋人を傷付けられた事に怒りと悲しみを覚え、守れなかった事に悔しさを滲ませる・・・それはボーデヴィッヒ女史、あなたがこの大酒飲みの大馬鹿野郎を本気で”愛している”からですよ。不甲斐ない訳がない」
「!」
「軍人であろうがなんだろうが、人間としてそれは当たり前の感情です。愛と云う不明慮な感情を弱さ等と云うのならば、これほど野暮な人間はいないでしょう。ブリュンヒルデという御人は、随分と野暮天な情緒もヘッタくれもない人間なんですね。あと・・・いい加減に痛いわッ、この狸!!」
「ぎゃぼん!?」
堂々と天下に名高きあのブリュンヒルデ、織斑 千冬を批判した金城にラウラは驚いて目を見開いてしまう。
「大丈夫ですよ、ボーデヴィッヒ女史。あなたに非はない。だから・・・シャンとしてろ。でなきゃ、この飲んだくれが気に病んじまう」
「そうです! 若は、意外とナイーブなんですから!」
「はッ、はい・・・あり、ありがとうございます」
ラウラは眼元を拭い、グッと息を飲むと共に微笑む。
其れは、一年前まで不愛想な表情ばかりしていた軍人とは思えぬ程に愛らしい笑顔であった。
「さて・・・それじゃあ起こすとするか、このボンクラを」
「だが・・・本当にこれで起きるのかい、金城氏?」
「知るか。だが、溺れる者は藁をも掴むだ。同僚の兄を悪くは言いたくないが、頭がかなり
「溺れる・・・春樹が起きて居れば、狂喜乱舞で飛び込んで
「確かに」と頷く三人の前には、水を抜いた大浴場の浴槽。其処へドボドボドボりと注がれるのは、赤に白に透明に琥珀の液体達。
そんなアルコールの臭いドドメ色の水面へ、眠る
◆◆◆
「早太・・・私はきっと地獄に堕ちるだろうな」
「は? 何だよ・・・・・突然?」
兄・芹沢 大助の独白に弟・芹沢 早太は、素っ頓狂な顔と共に自販機で買った缶コーヒーのプルタブをプシュリと開ける。
此の芹沢 大助と云う男は時折り意味深な事を呟いては、ニタリとしたり顔で笑う。
芹沢 早太が幼い頃は、兄の此の表情をカッコいいと思っていた。だが、歳を重ねる毎に其の表情が痛々しくなり、見て居られなかった。
よく結婚して、子供を儲けたと思える程だ。
・・・しかし、今回は違った。
此の中二病を拗らせたかの様な兄は意味深な事を呟いた後、苦虫を食い潰した様に顔を歪めたのである。
其の兄らしからぬ表情に弟は思わず疑問符を浮かべてしまう。
「知っているか、早太? 鯉は、滝を登りきると『竜』になると云う。水中に棲む蛇が五百年で『蛟』となり、千年で『龍』、五百年で『角龍』となり、更に千年を経て『応龍』となるとも云うんだ」
「・・・だから何だよ?」
「早太、私のやろうとしている事は・・・人の手によって無理矢理、清瀬 春樹と云う蛇を龍にしようと云う禁断の蛮行なのだ! わかるか?!」
「わからん」
兄の力説を一蹴する弟だったが、兄の力説は止まる事はない。
手元のアルミ缶を勢いよく潰し、芹沢博士は目をカッと見開いて其れをゴミ箱へ投げ込む。
「人間の手によって、人知の及ばぬ存在を造り上げようと云う身の程知らずな行為・・・地上の存在を天上の存在へと押し上げる行為。正に『フランケンシュタインの怪物』!!」
「確か、あれって怪物の方じゃなくて、それを造った人間の名前がフランケンシュタインだったよな?」
「そうだ! 正に私は現代版ヴィクター・フランケンシュタインなんだ!!」
何処か嬉しそうにそう叫ぶ芹沢兄。
彼は、自らが蛮行と呼ぶ行為によって春樹が人間を逸脱する存在になるだろうと確信していた。
もし、芹沢兄の云う様に春樹が上位存在になれば、此れ程までにマッドサイエンティスト冥利に尽きる事はない筈だ。
「それで・・・兄貴の最後は、その自ら生み出した
「はっはっは、まさか! ヴィクター博士は、怪物に
「・・・ボーデヴィッヒか?」
「その通り!!」と芹沢兄は口角を吊り上げる。
此処で、著者メアリー=シェリーの『フランケンシュタインの怪物、あるいは現代のプロメテウス』と云う小説作品の内容にざっくりふれておこう。
スイスからドイツへ留学に来た医学生ヴィクター・フランケンシュタインは、生命の謎と命を解き明かして操ろうと云う歪んだ欲望にとり憑かれてしまい、遂に自ら人間の設計を制作して新しい生物、怪物を作り出してしまう。
そんなマッドサイエンティストに生み出された怪物にはある望みがあった。其れは自分の伴侶を得る事。
其の望みが生まれながらに孤独であった怪物が創造主たるヴィクター・フランケンシュタインへ訴えて望んだ唯一の願いであった。
しかし、ヴィクター・フランケンシュタインは此の怪物が地球に繁殖する未来に恐怖し、其の願いを拒絶してしまう。
其の拒絶によって、二百年以上も読まれ続けられる悲劇が起こってしまうのだ。
・・・だがしかし、現代のヴィクター・フランケンシュタインを名乗る芹沢 大助は違う。
此の男は、怪物が伴侶とも云える存在と愛を語り合い、愛を育み、子孫を儲ける事を切に願っていた。
そして現状、伴侶と云えるべき
「他にも伴侶
「ぶん殴られとけ、くそ兄貴」
「それに・・・・・
「供物?」
供物と聞き、芹沢弟は其れが復活の為に用意された酒類だと思った。
春樹の大好物であるスコッチウイスキーは勿論の事。ビールにワイン、ウォッカ、ジン、テキーラ、焼酎、日本酒、梅酒、紹興酒、高梁酒、エトセトラetc.と各国の酒が並ぶ。
瓶を並べれば、街にある酒屋よりも種類が豊富だ。
無論、酒代は長谷川代議士持ちである。
「なるほどな。『御神酒あがらぬ』なんとやらか・・・」
「いやはや弟よ。酒には・・・・・・・・酒には
「肴? 肴って―――――――――」
兄の言葉に対して弟が疑問符を呟いた途端、ドンッ!と云った衝撃と共に辺り一帯が停電。
そして、大きな機械音と共に重々しい防壁シャッターが建物の外を覆っていくではないか。
其の光景は、IS学園を過去に襲った事件、『ワールドパージ事件』の再来とも云える状況であった。
「ほら来たぞ、さぁ来たぞ・・・『贄』が向こうからやって来た」
◆◆◆
先の事件、『初デート襲撃事件』の実行犯であるクロエ・クロニクルの身体は震えていた。
何故ならば、本来の目的であった二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹の抹殺に失敗しただけでなく、”トラウマ”となった男と再会してしまったからである。
男は自分を『ハンニバル』と名乗った。
あのトマス・ハリスが描いた『人喰いハンニバル』として有名な『ハンニバル・レクター』だと名乗ったのだ。
そして、此の人の皮を被った『怪物』にクロエは身体を
だが、別に実際に身体を食べられた訳ではない。
IS学園のシステムを乗っ取る際に展開したワールドパージで形成された精神世界。
其の世界において、クロエ・クロニクルは突如として現れたハンニバル・レクターにワールドパージを乗っ取られ、其の精神体を捕縛されてしまった。
・・・其れが悪夢の始まりであった。
「君は、とても・・・・・
ハンニバルは、椅子に雁字搦めに固定されたクロエの髪を指で梳きながら其れを嗅いだ。
布一枚を纏う拘束された美少女の髪を嗅ぐ中年の男。・・・まるで下手なポルノ映画の導入部分だ。
だがしかし、其処から展開は、ポルノではなく・・・血しぶきと悲鳴あがるスプラッターのグロ展開。
「むグぅううううううううッ!!」
一つの白熱電球だけが灯る薄暗い一室に響き渡る少女の断末魔。
其の絶叫のに共鳴する様にガリガリガリガリと真っ赤な血が滴る”鋸”が上下に動く。
そして、歪な切断音はボとッ・・・と云う物が落ちた効果音で落ちるピリオドを着けた。
ハンニバルは其れへ丁寧に下味を付けて焼いて焦げ目をつけると、赤ワインで満たされた鍋でコトコトと煮込む。
「・・・うむ、中々に良い味だ。折角だ、君も食べ給え」
「い、いやッ・・・いやぁ――――――ムごぉッ!!?」
ナイフで切り取り、フォークで取り分けた肉をハンニバルは無理矢理クロエの口の中へ押し込む。
拒絶の声を発する間もなく舌の上へ乗った味にクロエは「うゲぇえ!!」と嘔吐した。
・・・・・此処で誤解しないで欲しいのは、ハンニバル・レクターと云う人物の料理の腕は一級品である。
三ツ星レストランのシェフにも引けを取らない卓越した技術と才能を持っている。そんな彼が味付けした料理が不味い訳がない。
其れを証拠に此のすね肉の赤ワイン煮込みを食べた
・・・けれども、何故にクロエは此の絶品料理を食べた瞬間に吐いたのか?
まぁ、其れも其の筈だ。
いくら精神世界とは云え・・・いや、精神世界だからこそ、クロエの心身を抉るには十二分過ぎる出来事であった。
「ッ・・・う、うェエえッ!」
時折りフラッシュバックする残虐にして凄惨な光景にクロエは身体を震わせて口を覆う。
其れでも胃から飛び出した黄色い液体は、彼女の手をベッチョリ濡らした。
「ハァ・・・ハァッ・・・ハァ・・・ッ! ま、抹殺・・・抹殺しなければ・・・そうしないと私は・・・・・!!」
あと一歩の所まで春樹を追い詰めたのにも関わらず、彼を殺す事が出来なかったのは、春樹にあの男・・・ハンニバル・レクターの気配を感じ取ったからだ。
どうして春樹にあの男の面影を思ったのか、其れは全く分らない。
だが、どうしても彼を此の世から
突然の恐怖によって硬直してしまった身体を漸う引き摺り起こした彼女は、抹殺目標がいるIS学園へと進撃を開始。
其の傍らには、無機質な仮面を被った鋼鉄の乙女達・・・無人IS機体、ゴーレムⅢ改が八体随伴していた。
其れでも念には念を入れ、クロエは前回のワールドパージ事件の様にIS学園のシステムを一時的にシャットダウンさせ、学園側の行動を制限する。
しかし、其れでも心配事があるとすれば、上記の通り、学園に残っている専用機体所有者・・・
彼女は、きっと想い人の仇を討ち取る為に躍起になる筈だ。
其れに行動制限があると言っても学園側戦力の、特に独立防衛部隊ワルキューレの抵抗が予想される。
だが、其れで良い。
別に春樹を殺害するのは、クロエでなくとも良い。いや、クロエ
彼女がもう一度春樹と対峙した時、もしかしたら再び恐怖に襲われて動けなくなってしまうやもしれない。
なれば、彼女が引き攣れたゴーレムの内の誰かが春樹へ刃を突き刺すか、撃ち穿てば良いのだ。
「作戦、開始・・・!」
小刻みに震える手で得物を掴んだクロエは、光学迷彩を纏った状態でIS学園の高い外壁を越える。
目指すは、春樹が眠っているであろうIS学園医療棟。
―――――「ようこそ、お嬢さん達!」
「ッ・・・!?」
けれども壁を飛び越えた先に居たのは、此方へニヤリと笑みを浮かべるブラックコートに身を包んだ中年男性。
見覚えのない、データにも載っていない男が待ち構えていた為、クロエ達は思わず臨戦態勢をとる。
「いやー、随分と君達が来るのを待たせてもらった。この年になると冬の寒さが堪えるよ。使い捨てカイロを持っていてよかった」
「・・・何者ですか、あなたは?」
「おっと失礼。私は、彼・・・清瀬氏の担当医をしている者だ」
飄々とした態度で、口から白い息を吐きつらねる男。
不気味と云う言葉が実に似合う不敵な笑み見せる男。
「君の目的は解っている。彼を、清瀬氏を殺害しに来た・・・だろう? だとするならば、お引き取り願いたい。彼は今、意識不明の重体でね。とても人に会わせる状態ではない」
「・・・それは、無理な願いです。私は、清瀬様を殺めなければなりません」
「それは、どうして?」
「彼が、
「・・・それは、君の主の意志なのかい? 言葉尻から感じ取れるに、私には君の
「・・・・・あなたには関係ない事です」
「無駄話はしまい」とばかりにクロエは男へ飛び道具の口を向け、其れに倣う様にゴーレム達も彼へ得物を向けた。
「おー、おー、怖や怖や。別に私は、君の邪魔をしようとは思わんよ。行きたまえ」
「え・・・?」
「どうぞ」と道を開ける男にクロエは一瞬呆けてしまうが、其の一瞬の後に男はこう続ける。
「だが、ここは
「―――――撃ち方、はじめぇええ!!」
「な!!?」
号令と共に暗闇の中へ潜んでいたワルキューレ部隊隊員達が、光学迷彩を脱ぎ去ってクロエ達へ自らの得物をぶっ放す。
無論、発射された弾頭は、今までの戦いで対IS戦に効果があると証明されている氷結弾である。
まさか、ステルス使用の光学迷彩装備で待ち構えて居るとは思ってもみなかったクロエ一行は、対処に遅れてしまう。
≪!!≫
≪―――――!?≫
ゴーレム達はシールドを展開するが、的確な精密射撃によって、彼女達の身体がドンドン凍って行く。
クロエは選択を迫られた。待ち伏せに対する一時撤退か、其れともごり押しか。
・・・だが、其の選択肢も
「おんどれぇええ―――――ッ!!」
「!!」
青白い弾幕と共に現れたのは、黒漆の鎧を纏った流る銀髪をたなびかせる一人の戦乙女。
クロエと同じ顔を持つドイツ国家代表候補生――――――
「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』・・・!!」
「『クロエ・クロニクル』ッ!!」
ラウラが手首へプラズマを展開させた手刀を振るえば、ガキン!と、クロエは此れを近接格闘武器であるブレードで受け止めた。
しかし、格闘適性はクロエの纏うIS『黒鍵』よりもラウラの纏う『シュヴァルツェア・レーゲン』の方が高い。
「ッ、ぐゥ・・・!」
ミシミシ軋む音と共に吹き飛ばされるクロエ。手元のブレードは、粉々に砕け散ってしまった。
其れでも彼女は態勢を立て直そうとしたのだが、そんなクロエの首に真っ黒な鋼糸が巻き付く。
「逃ィがァアすかぁああ!!」
「ッ、うわぁあああああ!!?」
ラウラは鵜飼の様にクロエの首に巻き付いたワイヤーブレードを振り回し、其のまま彼女をドカァ―――――ン!と近辺の校舎へ叩き付けた。
「ボーデヴィッヒ教官!」
「四十院、本音! お前達はゴーレム共をやれ!! 私はコイツをッ!!」
「あッ、ちょっと!? らうらう!!」
≪―――――ッ!!≫
「本音さん!!」
「あぁッ、もう!」
本音の声も届かず、ラウラは土煙の中へ突入する。
彼女を追いかけて行きたかった本音達だったが、クロエが連れて来たゴーレム排除を優先する事にしたのだった。
◆
「はぁ・・・はぁ・・・!」
真っ暗闇が支配する校舎内部。
そんな中をクロエは灯りもなしに彷徨う様に移動している。
「(どうして・・・どうして、一体どうして突入ルートが把握されていたのでしょうッ? それに私が襲撃を計画していたのを事前に知っていたかのような・・・・・一体どうして?)」
先制攻撃を受け、更にゴーレム達と分断されてしまった事を考慮したクロエは、態勢を立て直そうと暗闇の中へ潜む。
彼女の纏うIS、黒鍵は其の特性状近接格闘戦には向いていない隠密型。
其の為に影へ潜まざるを得なかった。
けれども・・・・・
――――――「そこだッ、
「なッ!?」
ガシャーン!と窓ガラスを突き破って現れる灼眼の眼。
其の表情は鬼気迫るものであり、歯を剥き出しにしている様子は、何処かの大酒飲みの蟒蛇である。
「おんどりゃあー!」
「ッ、がぁああ!?」
プラズマを纏った鋭い手刀がズガン!とクロエを襲い、其の身体を大きくくの字に曲げたかと思えば、其のままラウラの蹴りが斧の様に振り回された。
ドギャァアアン!
「ッぐふぅう!!?」
壁面を突き破り、教室内の机や椅子を蹴散らして倒れ伏すクロエ。
其れでも危機を脱する為に立ち上がろうとするのだが、其処へ撃ち込まれるのは、シュヴァルツェア・レーゲンの方へ装備されている大型レールカノンの大口径。
ドゴォオオ―――――ン!!
「ふぅー・・・ふぅー・・・ッ!」
着弾による衝撃で粉々に砕け散る机椅子と窓ガラス。更には床が破壊された影響からか、パラパラと粉が舞う。
だが、ラウラは手応えを感じていなかった。
相手は否が応でもあの春樹へ致命傷を負わせた相手である。こんな攻撃ごときで再起不能になる訳がない。
「ッ、ふん・・・!」
「ぐぅッ!?」
暗闇から現れる銀の刃。
振り下ろされた其の切先がラウラの背後を襲い、ザクリッ!と彼女の肩へ突き刺さった。
黒鍵に内蔵されたジャミング機能が、レーゲンの絶対防御を無効化した事で、物理攻撃が通ってしまったのである。
「ッ・・・でやぁああ!!」
「な!?」
肩から奔って来る激痛に負けじとラウラはナイフを握るクロエの手を掴めば、其のまま一気に彼女を床へ叩き付けんと振り回す。
けれどもクロエ、ひらり身を捩らせて着地するとお返しとばかりにラウラの腹部へ蹴りをドゴッ!と喰い込ませた。
「ぐっふ・・・ッ!」
蹴り飛ばされて後方へ倒れ込むラウラ。
其れでも余りある気力に満ちた彼女は、すぐさま反転攻勢に移ろうとするのだが―――――
「おっと、そこまでです」
上体起こしをしようとするラウラの胸を足で抑え込むクロエ。
其の手にはサブマシンガンが握られており、トリガーにはしっかりと指がかけられている。
「流石は月の落とし子、ローレライ。力押しで、ここまで苦戦させられるとは思いませんでした」
「黙れッ! 今すぐにでもその身体を引き裂いてやる!!」
銃口を向けられても尚、噛み付きそうな勢いで牙を剥くラウラ。
其の改めぬ態度に対し、クロエは被っていたバイザーを脱ぎ捨てると彼女の顔をじっと見る。真っ黒な白目と金色の瞳で、自分と同じ顔をしているラウラへ視線を落とす。
「・・・・・私とあなたとでは、一体何が違ったのでしょうか?」
「なに?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ・・・私は、あなたに
「は?」とラウラは眉をひそめた。
クロエの何処か悲し気で寂しそうな表情が、余計に彼女を困惑させる。
「ドイツで行われた遺伝子強化素体兵士生産計画、通称『ヴァルプルギス計画』・・・私もそこで
衝撃の事実。
ダース・ベイダーがルーク・スカイウォーカーへ対し、「自分はお前の父親だ」と打ち明けた時の様な衝撃的事実。
そんな衝撃的告白を耳にしたラウラは、次の様に発言した。
―――――「そんなこと
「ッ、ぐぁ!?」
上半身を踏まれて起き上がれないラウラは、ブースターを一気に吹かして急回転。
バランスを崩したクロエの踏み付けから逃れると同時に其の顔面へ固く握り込んだ自分の拳をバゴンッ!と叩き込む。
「貴様が私の姉? あぁ、そうか、そうなんだろう・・・なら私と貴様の顔がそっくりなのも頷ける。だが・・・
「なんですって・・・?」
「確かに私には、私が
ラウラは肩に突き刺さったナイフを抜き取ると、其の切先をクロエへ向けて構えた。
いつの間にかとれた左眼から金色の焔が零れて落ちる。
「・・・・・フフ・・・フフフッ・・・フハハハ!」
そんなヤル気満々のラウラに対し、突如としてクロエは両肩を震わせた。
張り付けた表情ばかりしていたクロエの表情が満面の笑みで彩られる。
「・・・何がおかしい?」
「わかったのですよ。生物上のつながりがあったとしても、
口角を緩ませ、クロエは自分の右掌をラウラへ向ける。
其れは奇しくもラウラが相手に向けてAICを向ける様子に酷似していた。
「
「!?」
構えたクロエから放たれる漆黒の
「マズい!」とばかりに両腕で顔を覆うラウラであるが、もう
「ッ、な・・・なんだ?」
ブワーッと辺り一面が真っ暗闇に覆い尽くされてしまい、「な、なにが起こった?」と首を傾げるラウラ。
窓ガラスから射す僅かな月明かりもないない完全な漆黒の闇。レーダーを確認しても反応はない。
ラウラは「なにが起こった!?」と辺りを見渡す。自分の手も見えぬ暗闇の中で左右に視線を移す。
―――――「・・・・・え?」
すると、どうだろう。真っ暗闇の中で、視界の先に突然現れる一つの人影。
其の人影が振り向いた時、ラウラは「ッ・・・!?」と息を飲んで一歩後ろへ足を引いた。
「ラウ、ら・・・ちゃぁ、あん・・・・・ッ!」
振り向いた人影の正体。
其れは、苦悶の表情で目と口から血を吹き出しす愛おしい恋人・・・清瀬 春樹であったのである。
「どうしてッ・・・どうして、助けてくれなかったの? ラウラちゃぁ、あん!!」
血みどろのズタボロで、ラウラにすがり付く春樹。
手に付いた血がべっとりと彼女の体を濡らす。
「ち、違う・・・違う! お前は、貴様は春樹ではない!!」
「ぎゃッ!?」
自分の肩を掴むゾンビの如き春樹をドガ!と蹴り飛ばせば、彼は断末魔と共に身体が瓦解して木っ端微塵となる。
しかし―――――!
「痛いよぉッ・・・痛いよぉ、ラウラちゃぁあん!」
「ラウラちゃあん、たすけて・・・助けてくれよぉ!!」
「ラウラ、ちゃん・・・らうらちゃぁ、あん・・・・・ッ!」
「ひッ・・・!?」
暗闇の中から次々と現れ出でるゾンビ春樹達。
彼等は次々と己の手をラウラへ向かって伸ばし、萬力の力で彼女を掴む。
髪を掴み、首を掴み、腕を掴み、胸を掴み、腰を掴み、尻を掴み、足を掴み、揉みしだき、握り潰す。
「お前の・・・お前のせいだ!」
「お前が
「お前が弱いばっかりに・・・・・おれはこんなにも痛い思いをッ、つらい思いを 強いられるんだ!」
「や、やめろ・・・やめてくれ・・・!」
『『『お前のせいだ、お前のせいだッ!・・・お前が
「やめてくれぇえええええッ!!」
呪詛の言葉と共にとてつもない不快感と苦痛が身体中を駆け巡り、あの時に春樹を助けられなかった深い罪悪感がラウラの表情を歪ませる。
其の内、更に増殖していくゾンビ春樹達は彼女を覆う様に積み重なって行くのであった。
「ごめ、んなさい・・・ごめんなさいッ・・・! 春樹、助けてあげられなくて・・・ごめんなさいぃ・・・ッ!!」
月明かり射す散々と教室中央。ラウラ・ボーデヴィッヒは、涙ながらの嗚咽混じりで謝罪の言葉をうずくまった状態で呟く。
黒鍵の能力であるワールドパージは、現実世界では大気成分を変質させることで相手に幻覚を見せる事が出来る。
其れを超至近距離で真面に受けてしまったラウラは、自身の内に秘めていた罪悪感が作り出した幻覚で圧し潰されそうになっていた。
其の内、ドロドロと彼女の纏うレーゲンの装甲からコールタールの様な粘着質な液体が溢れ出す。
・・・其の様子は、いつかの『VTS事件』を彷彿とさせる。
「・・・終わりです」
そんな静かに咽び泣く幼女の様なラウラへクロエは、床に転がったナイフを拾い上げると其れを逆さまに握った。
「大丈夫・・・大丈夫です、ラウラ・ボーデヴィッヒ。あとで、清瀬様もあなたの元へ送ってあげます」
うずくまるラウラの首筋へ狙いを定めたクロエは、月明かりで光る血に濡れた其のナイフを振り上げ・・・・・そして――――――
―――――〈やめておいた方がいい〉
「!?」
身体が硬直し、ガチガチと下顎が震え、嫌な不快感が堪らない汗が全身から噴き出す。
そして・・・・・あの日、
〈あぁ・・・
「ひッ・・・!!?」
一瞬で耳元まで迫った
心身ともに抉られたトラウマが疼き、彼女の体を小刻みに震わせる。
〈久方ぶりの再会だと云うのに腰を抜かしてしまうとは・・・なんとももどかしい気持ちだ〉
「こ・・・来ないで! 来ないでください!!」
微笑む表情と共に見下ろす
其の表情は怯え切っており、目からは自然と涙が零れる。恐怖に染まった涙が流れる。
〈・・・大丈夫。今回、私が君に危害を加える事はない〉
「そ・・・そんな事、し・・・信じられると・・・・・!!」
〈約束しよう。私が君に手を出す事はしない。何故ならば、君は・・・・・『彼』への大切な『
「・・・・・え?」
◆◆◆◆◆
赤曇った空の下。其の下には、淀みに澱んだ真っ赤な海が広がっている。
そんな異様な大海に波を打っている者がいた。
「はぁ! はぁッ! はぁ!!」
バシャバシャと溺れる様にまるで凝り固まっていないゼリーの様な赤い水を掴む白髪の少年。
・・・彼は、後ろから迫る
「いだぁあお”お”お”ぉおお!!」
「ぐびにいいぉおおッ!」
「か”ぁあちゃぁあ”あ”ああ!!」
彼を追うのは、ぐちゃぐちゃに焼け爛れて腐ったかの様な亡者達。其れが、我先に我先に怨嗟の声をあげながら団子状態となって集り寄って来る。
其の内、少年は足を亡者達に掴まれてしまい、一気に揉みくちゃとなってしまう。
「ぎぇええやえぇええ!!」
「いたいぃいッ、いたいぃいいい!!」
「おギャぁアアアアアア!」
「じゃ・・・邪魔じゃッ・・・! 纏わりつくんじゃ、ねぇ!!」
少年を食い千切らんと歯を突き立てる亡者達。
其れ等を煩わしいと振り払う少年だったが、いくら振り払おうとも亡者共は、腐肉を貪る蛆蝿の様に群がる。
「(何じゃッ・・・此処ぁ、地獄か?)」
何度も亡者達に自分の肉を喰われる度、少年の気力は失われていく。
其れでも彼は、何度も亡者達を振り払い、掌で水を掴む。
「
―――――〈どこにね?〉
ぶつくさと呟く少年へ不意に語り掛けられる尊大な男の声。
声のする方を見れば、其処にはモダンスーツを身に纏う人の形をした
〈君は、どこに帰ろうと云うんだ?〉
「そねーなもん決まっとろーが! 俺はッ・・・俺ぁ・・・・・俺は?」
「・・・あれ??」と少年は首を傾げた。
自分は、一体何処に
「ギャヒィイいいい!!」
「ッ、畜生め!!」
疑問符に戸惑ってしまった為に再び足をとられ、手をとられ、首をとられる少年。
再び肉を貪られる少年。そんな彼を怪物はジットリと眺めている。
〈・・・教えてあげよう、愚かな者よ。その亡者共達は、君が殺して来た
白い御人の云う様に少年は亡者達の嘆きに耳を傾けた。
「おがぁあぢゃァアアアアんン!!」
「くるじいッ、ぐるじいぃいいいい!!」
「イ”だぁいヨォおおおおおおおお!」
・・・するとどうだろうか。
彼等は叫んでいたのである。
「お母ちゃん」と。
「苦しい」と。
「痛い」と。
其のどれもが、少年が今まで抑え込んで来た感情であった。
「どうせぇと・・・・・どうせぇ云うんじゃ? 俺にどうせぇいうんじゃ?! そうじゃ! 俺が殺したんじゃ!! そうでも、そうでもせんと俺は生き残れんかったんじゃ!! そんな俺にどうせぇ云うんじゃ?!!」
〈・・・さてね?〉
「ッ、「さてね」って!!?」
〈己が殺して来た感情に喰い殺される。自業自得だ、自業自得。実に・・・
怪物は、フンッと少年を嘲笑う。
まるで不様だと、「ざまぁみろ」と云わんばかりに口端を吊り上げる。
「ッ・・・なしてッ、なして・・・! なして、俺がこねーな目に遭わなぁならんのじゃ?! どうして、俺がこねーな目に・・・!! 俺は平和に暮らしたかっただけなんに! 退屈でもエエけん、母ちゃんと父ちゃんと一緒に平穏に暮らしたかった、ただの其れだけなのに!!」
少年は嘆く。少年は悲しむ。少年は苦しむ。
どうして自分が、こんな酷い目に遭わなければならぬのかと。何故にこんな悲痛な状況に陥らなければならぬのかと。
・・・そんな少年へ、怪物は畳み掛ける様に言葉を放つ。
「君が、『
「う・・・ッ、わぁア・・・!!」
怪物の言葉に対し、少年は腐肉の塊の中へと埋没する。
最早、此れ迄か?
――――――――――「・・・・・・・・けんな・・・ざけんじゃ、ねぇ・・・!」
〈・・・おや?〉
「ふざけんじゃねぇえ!! 俺ぁ、まだ死ぬ訳にゃあいかんのじゃ!!」
腐肉を力強く突き破る腕と共に激昂した少年は何を思ったのか。自分を貪る亡者を掴めば、ガブリッ!と其の爛れた肉に喰らい付いたのである。
「まっずい!! じゃが・・・もっと寄越せ! もっと食ってやる!! 食って、喰ろうて強うなってやる! デカうなってやる!! 何が悪じゃ! 何がイレギュラーじゃ!!」
「うぎぃい”やァア”あ”あ”あ”ッ!!?」
「い”やだッ、やめてぇえ”え”え”えええ!!」
「たじげてぇえ”エえ”ええ!!」
「喧しい!! お前らは・・・貴様らは、俺の・・・俺の
少年の反撃に亡者達は驚き、逃げようとする。だが、其れを許す少年ではない。
頭に齧り付き、腕に噛み付き、足を食い千切り、腹を食い破った。
やがて断末魔は少なく小さくなり、最後には「・・・げッフ!」と一つのゲップが赤い異界へ木魂する。
〈・・・・・食べた。食べてしまったか。そうだ・・・・・それで,それで良いのだ・・・!〉
怪物は驚嘆の声を上げ、ニヤリ口端を上げた。
「あぁ、血生臭い。あぁ、胸が悪い。何か、何か飲みもんはねぇんか?」
〈まぁ、待ちたまえ。もうすぐ・・・もうすぐ、
「阿?」
少年が疑問符を浮かべた途端、ザ―――――ッ!!と空を覆う赤雲から大滝の如き豪雨が降り出す。
其の
そして、雨はいつしか血みどろの少年を呑み込んでいった。。
〈肉を喰らえば、酒を呷げ。今こそ君は、
◆◆◆
「な、なんだぁ!?」
浅沼 みどりは、ギョッとした。
外から聞こえる銃声にビクビクしているのも忘れて、彼女はじっと視線の先にあるものを凝視する。
「どうかしたのですか、浅沼氏?」
「見たまえ、金城くん!」
「あぁん?」
浅沼が指示す先にあったもの。其れは、
ビールにワイン、スコッチにウォッカ、日本酒に焼酎、エトセトラと、各国の酒に満たされた大浴場の浴槽。
其の調度中央位置に突然出現した謎の渦。其の渦の登場によって浴槽内の水位も下がっていっている。
何かの拍子で、水栓が抜けたのか?
いや・・・違う。あの位置に栓はない。
では、何故か?
「・・・全員、さがって下さい」
「え?」
「あれは・・・あれは、
何かを感じ取った金城は、浴槽から離れる様に職員達へ警告する。
彼女は勘付いたのである。あの渦が出来ている位置には、自分達が沈めた
『『『!!』』』
もうドドメ色とも云える酒の池から起き上がった白髪の人物。
其の肉体は、無駄な贅肉のないガッシリとしたもので、其の身体を覆うまるで限界まで捻じ切ったゴムの様に今にも皮膚を引き千切って出て来そうな全身筋繊維は、鎧とも見て取れた。
何よりも・・・そして、何よりも目立つのは、其の身体に刻まれている
「阿”・・・阿ぁ”ッ・・・阿”ァア”・・・!」
そんな傷を纏った戦士は、長く伸びた牙をカチカチ鳴らし、瞳が
其の異様な状態の彼に対し、職員達は唖然とした。
『人間』と云うには、あまりにも
『怪物』と呼ぶには、あまりにも
息を呑む者も居た。
涙を流す者も居た。
笑みを溢す者も居た。
嗚咽を漏らす者も居た。
唇を噛み締める者も居た。
「ごっきゅ・・・ごっきゅ・・・ごっきゅ・・・!」
整然とする職員達を余所には、這い蹲ると浴槽に残った酒を凄まじい勢いで吸引する。
常人ならば、優に急性アルコール中毒で卒倒する酒量を飲み干す。
其の口から入ったアルコールは、胃を通って全身へ駆け巡る。
外傷と毒によって疲弊した細胞へ此れ以上ない栄養が行き届く。
そして、細胞達は誓う。
今後もし同じ最悪な事態に陥った時、必ず
「ゲェエッフ・・・!」
ゲップの後、シュゥウウー!と身体から熱波と共に蒸気が立ち昇る。
そして――――――
「ヴぇろろろぉああ・・・ッ!」
『『『!!』』』
口元を拭って唸り声を上げるのは、先程まで瀕死状態であった筈の二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹。
彼がゆっくりと用無しとなったカラの浴槽から歩み出せば、職員達は海を割った様に彼へ道を譲る・・・丁度、其の時だった。
「わ・・・わわ、わ・・・わ、若!!」
『『『なッ・・・!?』』』
重苦しい現場に響き渡る怯えた声。
「あ、浅沼氏・・・!」
全員の視線が行きつく先には、狸を擬人化した様な小心者が、青ざめた顔で御守り代わりの兎のキーホルダーを握り緊めて震えているではないか。
「・・・・・阿”?」
「ひぇ・・・ッ!?」
琥珀色の重瞳に対し、浅沼は泣きそうになる。あまりの恐怖にお腹が痛くなる。
其れでも・・・其れでも彼女は叫んだ。半ばヤケクソで叫んだ。
「ぎ、ぎ・・・ぎ、銀の君は・・・・・ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ氏は向こうにいますですじゃ!!」
静かな現場にエコーする「ですじゃ」の語尾。
引き攣る職員達の口端と眉間。
そんな一聞に対し、春樹は―――――
「・・・ありがとう。恩にきります」
『『『!!?』』』
朗らかに笑ったかと思えば、彼の姿は一瞬にして
まるで、煙の様に掻き消えたのである。
「僕達は・・・・・僕達は、一体何を
ある職員の呟きに誰も答える者はいない。
◆◆◆
ラウラ・ボーデヴィッヒは、怯える。
ラウラ・ボーデヴィッヒは、恐れる。
ラウラ・ボーデヴィッヒは、苦しむ。
自分が弱いばっかりに。
自分が未熟なばっかりに。
自分が情けないばっかりに。
其れも人生で初めて出来た愛する恋人。自分を一人の人間として認め、求め、愛してくれた大切な恋人。
そんな存在を守れなかったと、護ってやれなかったと後悔が募る。罪悪感が心を蝕む。
「・・・お前のせいだ!」
「お前のせいで、おれは・・・!!」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前のせいだッ!!」
苦渋に表情を歪ませるラウラを囲むのは、愛する恋人と同じ顔、同じ声の幻影達。
連中は、息も吐かせぬテンポと共に怒号を上げて責め立てる。
そして、連中は口を揃えて捲し立てた。「
「責任ッ・・・せきにん・・・セキニ、ン・・・・・ッ」
ラウラは考える。
大切な愛する人を守れなかった自分に出来る精一杯の責任の取り方。
そんな精神的に追い込まれた彼女が考え付いた最も
「すまない・・・春樹・・・・・!!」
プラズマを展開させた手刀を自分の首元へ向けるラウラ。
そして、一気に其れを喉へと突き刺――――――
―――――「おえんで、ラウラちゃん」
「え・・・?」
プラズマが光る手を包み込む一回りも大きな手。
「は・・・は、るき?」
「応さ。俺じゃ、俺。清瀬の春樹じゃ」
疑問符と共にラウラが目を開けると、目の前に居たのは、薄く笑みを浮かべる愛おしい愛しい想い人。清瀬 春樹が其処に居た。
そんな彼は口端を緩ませた後、ムッと口をへの字に結ぶ。
「ラウラちゃん。君、何しょーるんなん? 危なかろーがな!」
「わ、私は・・・・・私は、お前を守る事が出来なかった! その責任をとるため―――――
「阿呆め!」
―――――むぎゅ・・・!?」
突然、春樹は目を伏せるラウラの頬を手で中央へ寄せて眉をひそめた。
「そんなんで責任がとれると思うておるんか? まったく・・・ラウラちゃんは頭が良いってのに、阿呆じゃのぉ」
「ッ、阿呆とはなんだ! 私は本気で―――――」
言葉を連ねる途中、ラウラは「ッ!?」と口籠る。目をカッと見開いて口籠る。
・・・其れもそうだろう。ちゅっ・・・と、キスで黙らされたのだから。
「愚かで、愛しい俺の銀色の黒兎」
柔らかな笑み。
いつもの捻くれてて、意地悪で、変に素直な・・・怪物のふりをする優しい表情の春樹が其処には居た。
「俺がそんな責任の取り方で喜ぶ訳なかろうがな」
「で、でも・・・でも、だったら・・・だったら私は、私はどうすれば良いのだ?! どうすれば、私は・・・!」
悩むラウラに対し、春樹は口端を吊り上げる不敵な笑みを浮かべる。
いつもの
「なれば、ならばじゃ、ラウラちゃんヨ? 俺に一生、其の身を
随分と勝手な文言である。
だが、そんな
「あぁッ・・・あぁ、あぁ、もちろんだ! 私はこの身を一生、お前に捧げよう。私は生涯、心からお前に尽くそう。私の終生をお前の側で過ごそう。春樹、私は・・・未来永劫、お前に愛されよう・・・!」
ラウラは、其の右の灼眼と左の金眼から涙を流して頷く。そして、彼女は春樹と口付けを交わす。随分と満ち足りた表情でキスをする。
『『『うヲぉおおォォおオオオ・・・!!』』』
さすれば、其の眩しさに当てられた偽りの幻影共は身を焼かれて灰となった。
影は闇の中へと還って行ったのである。
「ラウラちゃん・・・少し、お休み。俺ぁ此れから、ちぃとばっかし
◆◆◆
クロエ・クロニクルは、息を呑む。
クロエ・クロニクルは、目を見開く。
クロエ・クロニクルは、嫌な脂汗をべっとりと噴く。
「な・・・なんですかッ・・・・・何者なのですか、あなたは!!」
畏怖の表情の彼女が見つめる視線の先に居た者・・・其れは、人の形をした
其の腕の中には、先程までクロエと刃を交えていたラウラが、随分と安らいだ顔で寝息を点てていた。
まるで母親に抱かれて眠る赤子の様に。
「(まったく・・・まったく、これっぽっちも気が付きませんでした! 一体・・・一体どこから?!)」
彼の気配に気が付き、振り返った時には既に男は其処に・・・・・清瀬 春樹は其処に居たのだ。
「カロロロロロ・・・!!」
春樹は到底人間が出すとは思えぬ唸りを上げ、長く伸びたナイフの様な牙を見せる。
其の表情は鬼気迫っており、目の中にある二つの瞳からは金の焔が零れ燃ゆっていた。
憤りに満ちた眼。怒りで浮き上がる青筋。そして、
圧倒的な捕食者の姿が、其処に居たのだ。
―――――〈クロエ、君にも
「!」
刹那の瞬きの後、いつの間にか春樹の横に佇んでいたのは、精神世界でクロエを文字通り料理した人物・・・ハンニバル・レクター。
彼は、残念そうな表情でクロエへ語り掛ける。
〈確かな資格があった筈なんだ君にも・・・だが、もう駄目だろう。君は、間違えてしまった。よりにもよって、彼の逆鱗に触れてしまった。もう、既に君は
「資格? 供物? あなたは何を言っ―――――」
クロエの疑問文は最後まで語られる事はなかった。
何故ならば、大きく口を開けた春樹が飛び掛かって来たのだから。
「ガぁアアッ!!」
「ッ―――――!!?」
牙を剥き出しにし、怪力無双を振るう春樹。
反応が一瞬遅れた事でクロエは押し倒されてしまうが、彼の齧り付きを防ぐ事には成功する。
だが、ギリギリと春樹の毒牙は彼女に着実に近づく。
「うッ、う・・・うわぁああ!!」
「ガ・・・ッ!?」
ズドンッ!!と響く銃声。
音の発生源は、クロエの手元に顕現した大型口径ハンドガン。銃口の向く先は、春樹の口元。
当たれば、確実に文字通り頭が吹き飛ぶ超至近距離と威力。
しかし―――――
「ふかまえた・・・!」
「ひッ!?」
放たれた銃弾を春樹は何と己の歯で噛み受け止めたのである。そして、「ぺっ!」と鉛玉を吐き出せば、春樹は再び大きく大きく口を開けた。
「ッ、い、いや・・・! 待ってッ・・・いやぁ・・・・・!!」
其の時になってクロエは漸くハンニバルが語っていた事が少しばかり理解する事が出来た。
けれども最早、既に遅い。
春樹の背中から生えて来た幾本もの触手がクロエの纏う黒鍵の各所にグサリと突き刺さってズキュン! ズキュン!!と何かを吸い出せば、ガッチガチに固まる彼女の体。
そんなクロエの頸動脈目掛け、春樹が大きく口を開ければ―――――
「いやぁああああああ―――――ッ!!」
◆◆◆◆◆
再び戦場となったIS学園。
しかし、度重なる戦いにより培って来た新型氷結弾頭に新兵器である誘導氷結ミサイルで、襲来者である無人ISゴーレムを追い詰めた。
・・・けれども、弾には限りがある。
半信半疑で、ラウラの直感を信じて形成された包囲網にまんまとハマったゴーレム達。そんな彼女達へ向け、ワルキューレ部隊並びに教師部隊は思う存分、特殊弾頭を撃ち込んだ。
だが、ゴーレム達とて何の対策も講じていない訳がなかったのである。
「剣付けぇ―――――ッ、剣!!」
「抜刀!!」
『『『おう!!』』』
凍結防止のコーティングがされた装甲を身に纏い、高熱を要する熱兵器を使用し、思わぬ反撃に抗うゴーレム達。
戦況は一時、壮絶な弾幕合戦となったが、IS学園勢が弾切れを起こしてしまい、近接格闘に腕に覚えのある者達が刃を構えた。
『『『≪―――――!!≫』』』
一方のゴーレム達も耐久許容量を超えてしまったのか。飛び道具と飛行能力が凍り付いて使用不可となってしまい、彼女達も近接格闘戦形態に移行。
片腕や両腕にブレードを展開する。
「と・・・突撃ィイイ!!」
『『『オォォ―――――ッ!!』』』
近接武装装備のIS学園勢は、四十院の号令と共に銃剣や刀の鋭い切先を前方へ突き出し、雄叫びと共に突撃攻撃を慣行せんとブースターへ火を入れた――――――――――其の時だった。
両陣営の間に突如として投げ突き付けられたのは、
其の太刀の持ち主を知るIS学園関係者は、「まさか・・・!」と驚きの表情と共に振り返った。
―――――「・・・悪いが、通らせてもらうでよ」
『『『は、はい!』』』
さすれば其処に居たのは、瞳が二つある両眼から金の焔を零し、
其のあまりに異常な風体と只ならぬ雰囲気に対し、皆は一斉にザッと道を開けた。
≪!?≫
対するゴーレム達も無機物の無人機でありながら動揺を奔らせる。
もし、彼女等が
・・・しかし、其れよりもゴーレム達の電子回路を混乱させたのは、其の抹殺対象が抱えていた存在だ。
春樹は、左右の腕で違うものを抱えていたのである。
「は・・・春樹? すごく注目されているぞ?」
片方の腕へ大事そうに抱えられているのは、彼と恋仲であり、今作戦で重要な働きを務めたラウラ・ボーデヴィッヒ。
そして、もう片方には―――――
「ほれ、返すぞ」
そう言って春樹は、もう片方の掌で掴んでいたものをゴーレム達の目の前へ乱雑に放り投げる。
・・・もし、ゴーレム達に表情筋があれば、彼女達の顔はかなり歪に変化していた事だろう。
「あ”・・・ァあー・・・・・ッ、ア・・・」
生ゴミの如く放り投げられたのは、異様な呻き声を上げる一人の少女。
其の白く剥いた眼・鼻・口からは、じゅるじゅる汁がこぼれ落ち、首元は血で赤く汚れている。
「ッ、う・・・!」
「うーわ・・・ッ!?」
学園襲撃犯リーダーであるクロエ・クロニクルの余りにも変わり果てた姿に対し、血の通った人間達は歪な表情と共に口元を抑えた。
「貴様らの頭は、再起不能になってもろうたでよ。今なら見逃しちゃる。帰りんさい」
「ッ、総隊長!?」
「きよせん?!」
瀕死状態だと言われていたにも関わらず、突然現れ出でて突拍子もない発言をかまして来た春樹に皆はギョッと目を見張る。
『『『≪―――!!≫』』』
だが、そんな彼等を余所にゴーレム達は刃を構えた。
ゴーレム達からすれば、奥に潜んでいた標的がノコノコと自分達の前に出て来てくれた千載一遇のチャンス。逃す手はない。
彼女達はブースターに火をつけて一斉に春樹へ襲い掛かった。
―――――「・・・破ッ。そう来なくっちゃなぁ、琥珀ちゃんヨ」
―――――≪今度は、私の番よ。もう私、
『『『!?』』』
幼い子供の声が聞こえた瞬間。ズるりッと春樹の背中から生物的とも、機械的とも云える触手が現れたかと思えば、其の先端ががパァと口を開け――――――――――
ガギュゥウウーン!
『『『≪ッ!!?!??≫』』』
そして、機体から食い千切ったコアを飴玉の様に転がした後、ゴクリと其れを飲み込んだ。
≪味覚? これが・・・甘い? 苦い? 辛い? しょっぱい? 酸っぱい? 美味い? 不味い? よく、わかんない。でも・・・・・
「・・・ええ気分かい、琥珀ちゃん?」
≪いいきぶんよ、春樹≫
「・・・お腹いっぱいになったか、琥珀?」
≪なったわ、ラウラ。これで、これからも、
ビカッ!!と眩い光が春樹を中心に形成されたかと思えば、其の光の中から現れたのは、黒漆の当世具足を身に纏う烏帽子形兜を被った金眼四ツ目の『黒竜』。
闇夜に浮かぶ其の禍々しい事。月明かりに照らされる其の美しい事。
そんな圧倒的な其の姿を皆は声を上げる事なく、息を呑んで魅入っている中、其の後ろから声を張り上げる者が一人居た。
「復活ッ! 清瀬 春樹、復活ッ!!」
声のする方を見れば、其処にはブラックコート姿の男、芹沢 大助が大きく口端を吊り上げて叫んでいるではないか。
「清瀬! これ、持って行け!!」
其の狂喜乱舞気する兄の隣に居た弟の芹沢 早太は、黒鎧を身に纏う余りにも様変わりしてしまった春樹へ膨らんだリュックサックを放り投げる。
弧を描いて落下する其れを春樹は掴み取り、「何じゃこりゃあ?」と疑問符を投げ掛けた。
「どうせこんな事になるだろうと思ったから、着替えと長谷川副本部長からの軍資金・・・あと、
芹沢弟は、短い付き合いながらも春樹が次にどんな行動を起こすか読んでいた。其れ故に予めの準備をしていたのである。
「ありがとうございます! 後、其処で再起不能になってるラウラちゃんのそっくりさんの治療もよろしくお願いしまさぁ!」
「大丈夫だ! それは兄貴がめっちゃ張り切ってるから!」
「そいじゃあ・・・また後で
礼の言葉を述べると共に春樹は、背中から赤紫色の六枚羽を
「寒うない、ラウラちゃん?」
「大丈夫だぞ、春樹。むしろ暑いくらいだ」
「じゃあ、飛ばすでよ。アイツらぁに早う追い付かにゃあおえんけんな」
そう言って春樹が赤紫の二対羽を羽ばたかせれば、一瞬にして其の速度は音を置き去りにして流線を描く。
地上から見た其れは、まるで『
―――――赤き羽根を持つ黒竜は飛ぶ。愛しい銀の黒兎を抱えて西方へ向かう。
きっと、彼の者は慈悲深く・・・そして、残忍無比であろう。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
極東は田舎生まれの蟒蛇くんの進化ルート
-
ジークフリート
-
ファフニール
-
俵 藤太