※アンチ・ヘイト強め。
※暴力描写あり。
※サクサク進行。
更識
其れこそ、黎明期から現代最新作までの王道モノにちょぴり刺激的なTL系や昨今流行りの悪役令嬢系までと様々だ。
ヒロインとヒーローの運命的出会い、恋の駆け引き、ライバルとのバトル、二人の絆を引き裂こうとするヒロインのピンチ、其れに颯爽と駆け付けるヒーロー、そして二人のハッピーエンド。
そんな作品達を彼女は時にドキドキ胸を高鳴らせ、時に目へ涙を浮かべ、時に鼻息を荒くして読んでいた。
・・・しかし。
更識
自分が、いつも読んでいる少女漫画の様な展開など存在しない事に。
現実は、漫画の様に甘い事はない。現実は、理不尽に不平等な事実を押し付けて来るのだ。
彼女は其れを知っていた。そんな事など理解していた。
自分が国家暗部の家系に生まれ、
だが、不意に彼女は思ってしまう。自分もこんな少女漫画の様に恋をし、愛する人と共に手を取り合えたらと思ってしまう。
そして、其れは、辛い事がある度にそんな
十二月のクリスマス間近にかかったIS委員会からIS学園専用機体所有者達への召集令状。
楯無を含めた一行は、イギリスで起こった問題解決の為に専用航空機でイギリスへと向かっていた。
だが、其の航路途中のロシア領上空において、ロシア軍戦闘機に追撃を受けてしまう。
楯無は此れを納めようと殿を買って出て、彼等の前へと躍り出たのだが、露軍戦闘機部隊をIS学園勢へけし掛けた元ロシア国家代表であるログナー・カリニーチェの襲撃を受けたのだ。
当初は、戦況を優勢に進めていた楯無だったが、狂気とも云えるカリニーチェの執念によって形勢逆転を許してしまう。
馬乗りに組み敷かれた後、歪んだ笑顔を浮かべるカリニーチェに激しい暴行を受ける楯無。
其れでも彼女は諦める事なく、カリニーチェへ血の混じった唾を吐きつけて、自爆特攻を仕掛けんとしたのである。
・・・・・其の時、楯無は不意に思ってしまった。
後で再会する事を約束した大切な妹への謝罪。そして、ひょんな事から惚れてしまった想い人にキスの一つでもしとけば良かったと云う後悔を。
こんな時、彼女の愛読する作品ならば、ヒロインのピンチに颯爽とヒーローが駆けつけて来てくれるのだ。
・・・けれども、現実はそうもいかない。
現実は非常である。白馬に乗った王子様など、現れてはくれないのだ。
―――――だが、『真実は小説よりも奇なり』と云ふ。
まるで其れは、ヒロインのピンチに駆け付けたヒーローの如く。
漆黒と紅蓮の稲妻を放って寒空へ君臨したのは、黒漆の当世具足を身に纏い、トリカブトの華の様に毒々しい赤紫色の六枚羽を二対広げ、金の焔が零れる四つの眼をギラつかせて尋常ならざる憤怒の咆哮を轟かせるある一体の『黒竜』であった。
そんな突如として現れた上位概念的存在に対し、楯無は驚きの表情よりも何故か安堵の笑みを浮かべてしまう。
「颯爽登場!」と現れるヒーローではなく、「暴虐推参!」とばかりに現れたどう見てもヴィランに彼女は頬を緩ませたのである。
―――――「・・・おい」
「ッ、きゃ!?」
そんな安堵の笑みを浮かべる楯無だったが、突然、彼女は背後からの声と共に後ろへと萬力の力で引っ張られる。
無論、手傷を負いながらも抵抗しようと楯無は拳を握った。
「大丈夫、私だ。更識 楯無」
けれども、一瞬にして雪の中へ引きずり込まれる楯無が見たのは、息もかかる距離で自分の顔を見つめる銀髪オッドアイ・・・日本に残っていた筈のドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ其の人であったのである。
「ら、ラウラちゃん?! ど・・・どうして、あなたがここに!?」
「野暮天な事を。お前達を追って来たに決まっているだろう。しかし・・・私もこんなに早く合流できるとは思っていなかったぞ。流石は、
ニッコリ笑みを溢すラウラの口から零れた名前に対し、楯無はハッと目を見開き、再び思わず口端を緩ませる。
「春樹くんッ・・・やっぱり、やっぱりあれは春樹くんなのね! 私は信じてたわよ! まったく心配させてくれちゃってッ・・・・・もうバカ!!」
楯無はキュッと唇を噛みながらポロポロと涙が流れる眼元を腕袖で拭うと、彼を手助けする為に傷付いた身体を起こそうとしたのだが―――――
「まぁ待て、更識 楯無」
「ちょ、ちょっとラウラちゃん!?」
立ち上がらんとする楯無をラウラは何故か抱き着く形で羽交い締めしたのである。
またしてもあまりの突然の事に困惑する楯無だったが、そんな彼女の耳元でラウラはそっと耳打ちした。
「今は春樹に任せておけ」
「任せるって・・・ダメよ! 相手は、元とは言ってもロシア代表だった人間なの! ラウラちゃんだって聞いた事あるでしょ? 相手は、あのログナー・カリニーチェなのよ!! いくら春樹くんが強いって言ったって!」
「そうか。相手は、あのロシアの雌熊か。なら・・・ちょうどいいかもしれんな」
「はッ!? ちょうどいいってどういう事?!」
「フフッ・・・随分と癪だが、更識 楯無よ。お前が傷付けられた事で、今の春樹は随分とご立腹だ。
「・・・・・え?」
「とりあえずは・・・応急手当だな。それにISスーツを着ていても体温の低下は否めん。雪を沸かして湯を作るぞ。そう言えば・・・・・芹沢技師が持たせてくれたリュックの中に
そう言って呑気に雪でお湯を作り出すラウラがリュックから取り出したのは、鈍く光る金属製で長方形の平べったい水筒だった。
◆
「テメェッ、このクソ野郎!! お姉様を
一方、想い人との逢瀬を邪魔されたログナー・カリニーチェは、下卑ただらしない笑みから打って変わって燃え滾る憤怒へと形相を変貌させると、空から襲来した邪魔者へ向けて怒声を浴びせる。
此の襲来者の登場によって注意が逸れた為に楯無を見失ったので、尚余計に彼女の頭には血が昇っていた。
「ぶっ殺すッ・・・・・ぶっ殺してやる! それもただでは殺してやるつもりはねぇ! 私とお姉様との逢瀬を邪魔しやがったんだ! じわじわとなぶり殺しにしてやる!!」
「そして、その後でお姉様とゆっくり・・・・・うへへへッ」と、あらぬ妄想を抱きながらカリニーチェは、麗しきクリースナヤによって赤く染まった蒼流旋を襲来者へ射し向ける。
・・・・・しかし、別に憤っているのは彼女だけではない。
其れ処か、カリニーチェ以上に額へ青筋を浮かべている者がいた。
「・・・歯ぁ喰いしばれ」
瞬間、呟きと共に突如としてカリニーチェの視界からシュッ・・・と消える当世具足を纏った襲来者。
其の彼が次にカリニーチェの前へ現れたのは、手が優に届く距離。
相手からしてみれば先程まであんなにも遠くの距離に居た重々しい存在が一瞬にして目の前へ現れたのだから、まるで瞬間移動したかの様に見えた事だろう。
―――――「・・・は?」
思わず呆けた声が出てしまう。
其の丸くした目の瞳に映し出されたのは、大きく右腕を振り抜いた長烏帽子形兜を被った一人の鎧武者。
其の顔を覆った金色の四ツ目が、ギョロリとカリニーチェを睨み通す。
「清瀬流対決術、模倣の型・
前へと突き出し振るわれる拳が纏うのは、黒が混じった紅蓮の焔。
其の焔を纏った拳は、上から下の一直線に呆け顔のカリニーチェの綺麗な頬骨を捉えた。
めぎィしゃぁアアッ!
「ぶぎぃいええ!!?」
生々しい音を発しながら後方彼方へデコピンで弾いた紙屑の様にぶっ飛んだカリニーチェは、其のまま地面へと激突。
雪飛沫を巻き上げて倒れ伏す姿は、まさにヤムチャ。
「ッ・・・て、テメェ!」
余りにも突然の出来事に思考が追い付かないカリニーチェだったが、持ち前のタフさですぐさま起き上がる。
歯を喰いしばって反撃せんと顔を上げる。
・・・・・だが。
「へ・・・?」
顔を上げた彼女が最初に見たもの。
其れは自分を見下ろす眼。金色の焔が零れ落ちる四つの瞳。
そして―――――
「・・・オラ!」
「ぐッギャ!?」
ガン!とカリニーチェの頭部へめり込む装甲で覆われた拳骨。
踏ん付けられた蛙の短い断末魔と共に再び地面へ叩き付けられるモデル顔。
「ふ、ふざけんじゃねぇえ!!」
突然とは云え、油断していたとは云え、二発もの、其れも顔面への攻撃を許すと云う屈辱に打ち震えたカリニーチェは、今度は起き上がらずに蒼流旋を操作して敵を牽制せんとす。
ワインレッドのランスビット先頭へ装備されたガトリングの銃口が、鎧武者の顔面目掛けてズガガガン!と火を噴き、白煙が立ち昇る。
「ッ、ゲぼらぁアア!!?」
ところが、悲痛な絶叫を上げたのは、またしてもカリニーチェの方だった。
バッギャぁアッ!と生々しい音と共にグルんグルん丸太の様に雪を巻き上げて転がるカリニーチェ。
鼻から噴き出た血が、ポタポタ真っ新な大地に色を付ける。
「(な・・・なにがッ、なにが起こってやがる?! こ、この私・・・ログナー・カリニーチェが、まるで虫けらみてぇに・・・・・!)」
カリニーチェの頭の中は疑問符で一杯になった。
其れも其の筈。元とは云え、国家代表を担っていた実力を有する彼女が、手も足も出せない。其れも奥の手とも云える強化形態、麗しきクリースナヤを纏った状態でだ。
いくら楯無との戦闘があった後だとしても、余りにも一方的な攻撃にカリニーチェの表情は、様々な感情によって歪んでしまう。
「・・・・・おい、其処のソビエト女郎」
「ッ・・・!」
一面の銀世界に木魂する男の声に対し、鼻と口から血を垂らすつつカリニーチェは其の声のする方へ三角にした眼を向ける。
すると其処には、先端が三つ又になった
先程、装甲の厚い戦車さえも一瞬で粉微塵に出来る蒼流旋に装備されたガトリング砲弾を喰らった筈にも関わらず、彼・・・清瀬 春樹は静かに其処に立って居るではないか。
そして・・・彼は、カリニーチェへ己の人指し指を差し向けて
「今からテメェをボッコボコをする。ボロ雑巾みてぇにズッタズタにする。"私”達の、
宣告と共に春樹は自らの腕を重ねる。縦に構えた右腕へ左腕を重ねて十字の形へ構えたのである。
さすれば、其の十字に組んだ腕より放たれるは一撃必殺の―――――
―――――「ッは・・・このバカ!!」
しかし、先に行動を起こしたのはカリニーチェの方だった。
彼女は、殴打と蹴撃の際に辺りへアクア・ナノマシンをばら撒いていたのである。
抜かりのないカリニーチェの次の行動は単純明快。ばら撒いた其のナノマシンを一斉に加熱させる事だ。
「べらべらと喋り過ぎなんだよ、テメェはよ―――ッ!!」
ドッボォオン!と、清き熱情による爆発が春樹を中心に巻き起こった。
地面へ積もった雪が爆風によって舞い上がって散らばり、局所的な雪が降る現象が発生する。
「じわじわなぶり殺しにするつもりだったが・・・やめだ、やめ! 一気に、確実に、ぶっ殺してやるよ!!」
そんな降雪の中、カリニーチェは弓を引く構えをとった。
其れは、彼女が敬愛して狂愛する楯無が、アクア・ナノマシンを一点集中攻性成形する事で強力な攻撃力とする一撃必殺の大技『ミストルテインの槍』を発動する態勢と同じであったのである。
「死ねぇえええええ―――――ッ!!」
ドグォオオ―――――オオオッン!!
清き熱情などとは比べ物にならぬ大爆発が起こった。
しかも強化形態である麗しきクリースナヤ状態であった為、其の威力は気化爆弾十個分を優に超える。
御蔭で、発動者当人は巻き起こった爆風によって後ろ吹っ飛んでしまう。
「・・・く、くく・・・クククッ・・・・・クハハハハハ! ア―――ッハッハッハッハッハ!!」
転がり吹っ飛んで雪塗れになりながらも体を起こしたカリニーチェは、呵呵大笑とばかりに腹を抱えた。
油断して三発攻撃を喰らった程度でフィニッシュパターンを行う事は、傍から見ればあまりにもやり過ぎに見えるだろう。
だが、其の
其れ故に彼女は出し惜しみなしで一気に脅威を片付ける事にしたのだ。
「私とお姉様の逢瀬を邪魔するからいけないんだ! それに・・・ちょっと私の不意を突いたぐらいで、何を偉そうにしやがって!! 調子に乗ってんじゃねぇよ、クソッタレ! ギャハハハ!!」
カリニーチェは跪いた状態で随分と上機嫌に笑う。
其れもそうだろう。折角出会えた想い人との逢瀬を邪魔され、其の想い人を隠されたのだから。
だが、其れも終わり。
邪魔者は消えた。後はゆっくりと隠れた想い人を探し出してからのお楽しみタイムだ。
そして・・・カリニーチェは焦らされると更に燃えるタイプの様で、楯無との逢瀬を妄想するだけで鼻息荒く鼻血まで出しそうな程に「ふゥーッ、フぅーッ!」と興奮していた。
―――――だが、そうは問屋が卸さない。
「・・・随分とご機嫌じゃねぇ? 何かエエ事でもあったんかい?」
「ハハハハハッ・・・・・・・・・・・・は?」
横を向けば、其処に居たのはヤンキー座りでカリニーチェのあられもない少々下品とも云える笑顔を興味深そうに頬杖をついて見物する金眼四ツ目の仮面を被った鎧武者。
そんな異形の戦士に気付いたカリニーチェの呆気に取られた表情を見て、彼は口端をニッコリ吊り上げると共に彼女の顎へジャブを繰り出す。
「たらヴァ!?」
めぐしゃ!・・・と生々しい音が響いた後、素っ頓狂な短い悲鳴が銀世界へ木魂する。
そんな間の抜けた断末魔の後には、ザバァーッと雪原が人型に抉れて崩れる音がした。
「ありゃ? 軽めにやったつもりじゃったんじゃけどなぁ・・・・・悪ぃ、力加減間違えたわ。大丈夫かぁ?」
まさかの出来事に驚いていたのは、カリニーチェへジャブを放った春樹の方。
当人としては、小突く程度の軽めのつもりだったのだろうが、其の威力はヘビー級ボクサーのストレートパンチ並である。
「ぐッ・・・あガ・・・がァ・・・!!」
一方、殴られた方のカリニーチェは血と唾液が垂れる顎を抑えて漸う立ち上がるのだが、瞳孔が不規則に揺れてフラフラとまるで生まれたての小鹿の様だ。
其れでも春樹へ焦点を合わせる様に視線を向けると、ブレードを杖代わりにして姿勢を安定させた後、外れた顎を無理矢理力尽くではめ直す。
「あらー、流石はソビエト人。ソ連名物の
「がッフ・・・! な・・・なんなんだッ・・・なんなんだッ、テメェはよぉー?!!」
カリニーチェの表情は困惑と動揺を隠せずにいた。
其処に先程まで、余裕の笑みで勝ち誇り、傷付いた人間を愛の名の下に甚振る事を楽しみにしていた彼女は居ない。
今まで味わった事のない屈辱と痛み・・・そして、困惑と恐怖に動揺し、寝物語の怪物を怖がる幼女の様に身体を震わせる人間が其処には居た。
カリニーチェの頭の中は疑問符で一杯になっていた事だろう。
並のISなら大ダメージを喰らう清き熱情を喰らい、更に麗しきクリースナヤなる強化状態で放った小型気化爆弾十個分以上の一撃必殺技『ミストルテインの槍』を真正面から真面に直撃しても尚、ピンピンしている目の前の
「ん? あぁ、"私”か? そうじゃのー・・・・・こういう時、『宇宙海賊コブラ』なら、こう言うじゃろうな。「あててみろ、ハワイへご招待するぜ」・・・ってな」
そんな彼女に対し、春樹は軽口を叩く。
其の下手な煽り文句と揶揄う仕草が、恐怖に歪むカリニーチェの琴線へ触れたのか。彼女は「き―――――!」と顔を引き攣らせ、春樹へガトリング砲内蔵のランスビット、蒼流旋を差し向けた。
「・・・ええ加減、邪魔じゃわぁ」
「は?」
ところが、ガトリング砲の砲口から火が噴くよりも早くに春樹の腕から伸びた触手が、蒼流旋へ突き刺さる。
すると蒼流旋は其のまま力なく雪原の中へ沈み込んだではないか。
「ッ、な・・・なに、なにしやがった? 一体なにしやがったんだッ、テメェ!!」
次から次へと舞い込む予想外の斜め上を突き抜ける状態にカリニーチェは更にパニックを引き起こす。
其処へ春樹の随分と癪に障る一言。
「一々啼くなや・・・この、マ・ヌ・ケ」
「ッ、く・・・クきくゥうウ!!」
カリニーチェ自身、此処まで
彼女は、今まで相手を自分の意のままにし、従わなければ
カリニーチェの場合は、其れが何回も
そんな中で出会ったのが、楯無である。
自分よりも若く、才能もあった彼女を当初のカリニーチェは良く思わなかった事だろう。
しかし、楯無はカリニーチェより強かった。外面的にも、内面的にもだ。
此の人生で初めて出会う自分よりも優れた人間にカリニーチェがのめり込むのに時間はそう掛からなかった。
しかし、尊敬や敬愛だけで済むのならば良かったのだが、カリニーチェの場合は其処に偏愛と依存、固執が加わった事で異質なものに変貌してしまったのである。
御蔭で、楯無は災難な目に遭ってしまったと云う訳。
・・・話を戻そう。
そんなプライドの高いなまじ強いカリニーチェが本懐を遂げようとした矢先に突如として現れた正体不明の敵IS。
其の敵の正体が、世界で二人目の男性IS適正者である事を女尊男卑癖のある彼女は無意識に感じ取っていた。
そんな自分よりも格下である筈の男にカリニーチェは手も足も出せない。其れも楯無を追い込んだ強化形態を纏った状態でだ。
・・・許せない。
自分よりも下等で愚かな男などと云う劣勢生物に苦戦を強いられている事が、絶対強者である自分が下劣な劣等種によって血を流している事が許せなかった。
「きぇえエエエエエッ!!」
カリニーチェは、残ったアクア・ヴェールを全て攻撃行動へ回し、有らん限りの出力で以って春樹へ爆発的攻撃を行う。
ボグォオ―――ッン!!と凄まじい爆発音と衝撃波が巻き起こり、雪原を抉って大きなクレーターを形成する。
・・・・・・・・・・・・・・・しかし。
「へ・・・・・ッ?」
ブリザードの様に吹き荒れる雪の合間を縫ってユラ~リと現れたのは、黒鎧の大武者。
傷の一つも付いていない鎧を纏う長烏帽子の兜を被った金眼四ツ目の人型に押し込められた一体の竜。
余りに衝撃的で予想外の出来事に目が点となってしまうカリニーチェ。
そんな呆然と立ち尽くす彼女を余所に黒竜は瞬間移動かと見紛う速度で、一瞬にしてカリニーチェの距離を詰めてしまう。
「・・・・・阿破破ノ破ッ」
そして、黒竜・・・いや、春樹は笑う。
鬼の様に笑う。怪物の様に笑う。化け物の様に笑う。愉快そうに、楽しそうに、哀れそうに。
其の刺し貫く様な金眼四ツ目で相手を見据えながら静かに激昂する春樹は、口端を吊り上げて牙をカリニーチェへ見せた後、いつの間にか振り上げていた固い硬い堅い拳骨拳を一気に振り下ろした。
「ぶゲぇえええええ!!?」
グシャッ!と腐って地面へ落ちた果実の様な音と共に響き渡る断末魔。
鼻孔と口から、またしても血が噴き出す。
だが、先程と違うのは、其の断末魔と血が何度も何度も連続で響き渡って雪原を赤く染め上げた点だ。
「オラ! オラ!! オラ!!!」
「ぐヴぇッ! ゲひゃ!! ウギィあッ!!」
春樹の長い尻尾の先にある三つ又がガッチリとカリニーチェの首元を捉え、腰部分から伸びた幾本もの触手が彼女の手足を絡めとって離さない。
さて、そんな囚われの身となったカリニーチェの頭部へ春樹は左右に拳骨と手刀を振るい、腹部へ膝蹴りを何度も喰らわせた。
まるで・・・リンチだ。
「破・・・阿破破・・・・・阿破破破ッ!」
そんな私刑を楽しむ様に春樹は奇天烈な声で嘲笑う。
噴き出した血が黒い籠手に付く度に彼の口端は大きく吊り上がる。
「やッ・・・やめ・・・・・!」
「阿?」
「やめ、て・・・や・・・めて・・・・・や、めて・・・やめて、くだ・・・さい・・・!」
真っ赤に汚れて腫れ上がったカリニーチェの眼元から零れる赤く濁った雫。
「おね、がいです・・・も、もう・・・やめて・・・・・おねがい、だから・・・もう、ひどいことしないで・・・!!」
最早、其処にあの強く美しい彼女は居なかった。
カリニーチェは懇願する。もう殴らないでくれと、蹴らないでくれと。
もし手足が自由に動いたのなら彼女は跪き、両手を握って許しを請うたろう。
そんなカリニーチェへ対し、「ふむう・・・」と春樹は首を傾げると思い付いた様にある言葉を呟く。
「I promise honey, I can feel your pain♪ And maybe I enjoy it just a little bit♬」
「は・・・?」
とても流暢に、そしてリズミカルに発した英語の一節。
そんな突然歌い出した自分に呆気にとられるカリニーチェへ、春樹はニコリと笑顔を見せた後、再び英語で一節歌う。
「Does that make me insane?」
さて、春樹が突然歌い出した曲の名は『INSANE』。
アメリカのインディーズアニメ作品『ハズビン・ホテル』に登場する主要キャラクター『アラスター』をモチーフとした曲である。
彼が歌ったのは、そんな曲のサビ部分の一節。
其の一節を和訳するとこうだ。
「うん。君の痛みはよく分かるよ」
「でも、其れが楽しいんだよね」
「私って・・・狂ってるかな?」
因みに・・・
ハズビン・ホテルに登場する此のアラスターなるキャラクターは、表面上は折り目正しい紳士。だが、其の正体は地獄に堕ちてから地獄の支配者達を次々と殺戮し、其の虐殺の様子をラジオで地獄中に放送したというシリアルキラー。
地獄最強クラスの悪魔として恐れられており、其の所業から「ラジオの悪魔」の二つ名で呼ばれているキャラクターである。
「なぁ・・・楯無を痛め付けてる時、テメェは酷く上機嫌じゃったよな? 楽しかったか? 気持ち良かったか? "私”もな・・・テメェを痛め付けてる此の瞬間が、とても心地がエエんじゃ。解るじゃろう?」
「ちッ・・・ちがう! 私とお姉様は、愛し合ってたんだ! 愛を確かめ合う為に・・・私は―――――」
バッキィ!と生々しい音が聞こえた後、どしゃりと雪原に沈むのは、手足を圧し折られた事で断末魔を上げるカリニーチェだった。
「ギャぁアアアアア!!?」
カリニーチェは悶え苦しむ。バタバタ暴れて身を捩らせる虫けらの様に悶え苦しむ。
そして、其の惨めな様を晒す彼女の胸倉を掴んで引き上げた春樹は、言い聞かせる様に言葉を紡いだ。
「大丈夫。テメェを殺すなんて
春樹は拳を握ると其の拳骨に赤黒い退魔の炎を、摩滅の焔を纏わせる。
「ひッ・・・ひぃいいいいいいい!!?」
きっと・・・きっとカリニーチェは此の光景を生涯忘れる事はないだろう。
其の金色に燃ゆる四つの眼を、其の生え揃った牙の間から白い吐息が漏れる事を。
そして―――――
「―――――もう二度と悪い事すんじゃねぇぞ」
其の拳によって砕かれる自分の顎骨の音を、きっとログナー・カリニーチェは忘れる事はないだろう。
ぐめきゃぁアアッ!!
◆
「よっしゃ、終わったでよ! おーい、もう出て来てエエよー!」
「ふぅー!」と良い仕事した様に額を拭った春樹は、自分の後方へ向けて声をかけた。
「・・・・・ありゃ?」
しかし、返事が来る事はない。
どうしたのだろうかと、何かあったのだろうかと、春樹はレーダー反応を頼りに雪原を掘り、雪に埋もれた簡易シェルターを自前の鍵鉈で引き裂いて開ける。
すると其の中には―――――
「はるきくんってねー、とってもかっこいいのよー! わかってんのー? わたちのぴんちにさっそうとあらわれる・・・ひーろーみたいにねー!! ひっくッ」
「あたりみゃえだろう! はるきは、とってもかっこえいのだ!!」
白い肌を紅色に染めたカットバン塗れの水色髪と、真っ赤な顔で目が座った黒眼帯の銀髪が呂律の回らない口調で騒いでいるではないか。
「えッ・・・え? なして二人とも酔ったみてぇに・・・・・って、阿!!?」
見れば、水色髪には変に平べったい水筒が握られていたのである。
「た、楯無! お前ッ、其れ俺の
其れは春樹自前の蒸留酒入れの水筒、スキットルだった。
芹沢が日本出発前に彼等へ渡したリュックの中に入っていたのをラウラが発見し、「身体を温めるにはやっぱりコレじゃな!」と春樹が日頃から言っていた為、真に受けたラウラが良かれと思って傷付いた楯無の身体を温めるのに飲ませたのである。
だが、上記の様にスキットルは蒸留酒を入れる為の水筒だ。
なれば無論、中に入っているのは度数が高いアルコール。其れも春樹の大好きな命の水、ウィスキーだった。
「ッ、おんどりゃオメェ!! ほとんど空っぽじゃねぇか!!」
酔いどれから愛用スキットルを奪い返してみれば、中は水滴が幾つか残るばかりであったのである。
実は当初、勧められたウィスキーの味に戸惑った楯無だったのだが、徐々に飲む度にアルコール効果で楽しい気分なり、酔った勢いでラウラに絡み酒をしてしまったのである。
まだ其れだけでも良かったのだが、前々から春樹の飲む酒に興味があったラウラが好奇心に負けて飲んだ事が切欠で収拾が利かなくなってしまっていた。
更に言えば、芹沢がいらぬお節介(?)で、スキットルの中を満タンにしていたのだ。
「あーッ、はりゅきくんだー!」
「おー、はるきー・・・ちゃんとやっつけてきたか~?」
「なして楯無だけじゃのうて、ラウラちゃんまで・・・・・あぁ、俺の楽しみがッ・・・」
ガックシ肩を落とす春樹だったが、落ち込んでいる場合ではない。
きっと、先程のカリニーチェとの戦闘は、ロシアやら他国やらの監視衛星にばっちり撮られている事だろう。
そうなれば、ロシア軍の大部隊がぞっと此処へ集結して来る筈だ。
一応、監視衛星対策に春樹やラウラへ特定ジャミングをかけて隠蔽しているが、とっとと此処を離れた方が良いに決まっている。
其れでも―――――
「琥珀ちゃん・・・とりま、一番近くの酒屋を検索してくれんかな?」
〈はぁ~・・・まったく、やれやれね〉
そうこうしている内にシェルターの外はブリザードが吹雪始めて来る。
そんな雪原の上には、雪だるまにされたカリニーチェが白目を剥いて意識を失っているのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
極東は田舎生まれの蟒蛇くんの進化ルート
-
ジークフリート
-
ファフニール
-
俵 藤太