「・・・ただいま」
ガチャリと扉を開け、そう単調な言葉を並べた春樹は部屋の中へと入る。
室内は真っ暗でシーンと静か。
一見人気が無いようにも見受けられるが、奥の部屋から何らかの気配がある。
春樹が部屋の灯りを点けると案の定、ベッドの上でうずくまるシャルロットの姿があった。
「・・・あ、おかえりなさい清瀬―――って、どうしたのその頬っぺた!?」
「あ? あぁ、これな。ちぃとばっかし、荒事に巻き込まれてな」
「一体誰にッ?」と手を伸ばしながら問うシャルロットに春樹は「えーんじゃ、別に」と、冷淡な口調と共にその手を振り払った。
「それに君の方こそどーした? 部屋を暗-して、ベッドの上で体育座りって・・・最近のヨーロッパで流行りよーる新手の瞑想かなにか?」
「こ・・・これは・・・その・・・」
モジモジ口籠もる彼女に「ま、なんでもえーがな」と春樹はそっぽを向き、なにやらガサゴソと荷物を纏めだした。
「・・・なにやってるの、清瀬?」
「あ? あぁ、当分の間はこの部屋から出て行こうと思ってな」
「え・・・ッ!?」
突然の言葉に一瞬思考回路がフリーズするシャルロット。
そうしている間に春樹は必要最低限の荷物をリュックサックへ纏めて背負う。
「ま、待ってよ清瀬ッ。突然、どうしたのさ? ボク、なにか清瀬の気に障るような事でもしたかなッ?!」
立ち去ろうとする彼の腕を掴み、早口で語り掛けるシャルロット。
その口調は弁解でもするかの如く、春樹を引き留めるかのような言葉であった。
「いんや、別に。君はなんもしとらんよ」
「だったら、どうしてそんな事いうのさ? やっぱり、なにか怒ってるんでしょッ? 解らないけどボク、謝るからさッ! だから・・・そんな事、言わな―――――」
「・・・やめーや」
シャルロットが言い切る前に春樹がそう言って言葉を断ち切った。酷く単調で冷淡にそう言い切った。
「前々から、やっぱり年頃の恋人でもねぇ男女が一つ屋根の下ってのはオカシイと思っとったんじゃ」
「でも・・・それでも良いって清瀬は言ってくれたじゃ―――「それにだッ。俺みたいな『道化』よりも、『王子様』の方が良えじゃろうがな?」―――・・・え・・・ッ?」
遮られた彼の言葉にシャルロットは酷く戸惑った。
そして、春樹が何を言いたいのかが少し解ってしまった。
「織斑の野郎にもバレたんじゃろうが。大方、シャワー中にアイツとでも鉢合わせたのがキッカケじゃろう」
「清瀬・・・もしかして、その頬っぺたの痣は・・・ッ!」
「あぁッ、アイツにやられたよ。ちぃと冗談交じりにデュノアさんを貶す様な事を言うたら・・・野郎、ものすんごい剣幕で殴りかかって来よったでよ。デュノアさんは余程、あの野郎に思われとる様じゃのォ。阿破破破ッ」
ヘラヘラと笑う春樹にシャルロットは申し訳なさそうな表情を見せ、「ごめんなさい・・・ボクのせいで」と謝った。
しかし・・・。
「なして謝るんじゃ? 良かったじゃないか」
「・・・え?」
春樹は薄ら笑みを浮かべているばかり。
酷く濁った泥のような眼で口角を歪ませるばかり。
「君の境遇を聞こうともせん、知ろうともせん役立たずの道化よりも・・・デュノアさんの境遇に憤慨し、助けようとする王子様の方がええじゃろうが。アイツ、なんて言うたと思う?「シャルルの事は俺が何とかする」だとさ。カッコええのぉッ!」
「清瀬、ボクは―――ッ!?」
何かを言いかけるシャルロットを待つ前に、春樹は掴まれた腕を乱暴に振り払う。
そして・・・なんとも物憂げで、寂しそうな笑顔をうかべた。
「これで君は『謎の転校生』から『訳アリヒロイン』へ仮面ライダーみたいに変身じゃ。他のヒロイン共を大きく引き離す絶好のチャンスじゃで。そんでもって・・・ここいらで憐れな道化はご退場。代わりに颯爽登場とばかりに王子様のご登場じゃ。・・・良かったのぉ」
「清瀬ッ!!」
呼び止める彼女の声も虚しく・・・バタンと扉の閉まる音がやけに大きく響いた。
「清瀬・・・ボクは・・・ボクは・・・ッ!」
部屋に一人残されたシャルロットは、そう哀しそうにそう呟いた。
「・・・これで・・・これで良えんじゃ・・・」
部屋を出た春樹はそう寂しそうに呟き、サイダー割りの味醂が入っているペットボトルの口を開けた。
◆◆◆◆◆
『『清瀬 春樹』は”異物”である』。
しみったれたド三流作品の中に出て来そうな言葉じゃが・・・これが正しい言葉じゃろう。
「月がぁあ~出た出た~、月がぁあー出た~あ~ぁッっと」
お得意の酷いもげ節を肴に俺はジュース割の味醂をガブリと呷る。
本物の飲む専用の酒とは違うて、味気ないが・・・ないよりはマシな味じゃ。
「ング・・・ング・・・ぷはぁ~! あぁッ、味気なーい! それに混ぜた味で変な味する~!」
しかも、割ってあるからアルコール度数は五%以下ッ。
誰か四十度の蒸留酒を持って来い!!
「・・・はぁッ・・・全然、酔えない」
部屋から出て行った俺は、とりあえず寝床探しに奔走した。
射撃場に忍び込む事も考えたんじゃが・・・やっぱりまだ出禁状態が続きょうたし、図書室でも無断で寝泊まりしたら出禁になりそうじゃったけん、やめた。
そんな俺が今日の寝床と決めたんは、俺のお気入りの場所である木陰じゃ。
ここなら滅多に人も来んし、静かに出来る。
・・・じゃけども。
「えっくしッ! おおッ、ひんやり」
夏に向かって季節が進みょうると言うても、陽が落ちるにつれて体が冷えた。
・・・毛布でも持って来るんじゃった。
「なんとか今夜の所は耐えて・・・明日、デュノアさんが部屋に居らんうちに毛布でも取って来るか」
とりあえず身体を温める為にアルコールを摂取せねば!!
原液の味醂を飲むのも辞さないゾ、俺は!
「・・・なにをやっている、清瀬 春樹」
「・・・あ?」
そんな丸まって眠ろうとする俺を見下ろす灼眼が一つ。
・・・って―――
「―――こんな夜更けになにやりょうるんな、ボーデヴィッヒさん?」
「質問をしているのは私だ。質問を質問で返すな」
「は・・・はぁッ、すんません」
・・・相変わらずの尋問口調じゃのぉ。
夜空の下じゃけんか、赤い眼が冷たく見えるでよ。
「いんや、ちょっと同居人とトラブっちもうての。今夜の寝る場所にと、ここにな」
「野外でか?」
「あぁ、うん。空き教室で寝泊まりしょうたら、人が来た時に面倒じゃし」
「・・・・・」
あの・・・ボーデヴィッヒさん? そんな変な人を見る目で見んでよ。
・・・いや、俺が変なんか。
酔っとるんか、思考がおかしいな俺。
「・・・そんで、ボーデヴィッヒさんは何をしょーるんな? 夜更かしに外出てるんがバレたら、あの怖ーい寮監さまに叱られるでよ」
「・・・別に貴様には関係ないだろう」
「・・・あっそ」
・・・・・会話が続かない!
昼間の授業でも他のクラスの連中と一緒に関わろうともせんし、なんか近寄りがたい雰囲気を出しょーるし・・・とっつきにくいのぉ。
「なんだ、清瀬 春樹? 人の顔をジロジロと」
「いんや・・・そねぇに可愛らしいのに、勿体ねぇって思っただけじゃ」
「・・・・・」
ありゃ? 俺・・・なんか変な事言うたじゃろうか。すげー眼力でボーデヴィッヒさんが睨んで来るんじゃけど!?
話を、話を変えなければ!
「・・・って、おおッ!!」
そんな焦る俺じゃったが、ふと夜空を見上げるとそこには満点の星空が煌めいていた。
ナーバスな気分で気づかんかったが、えろー綺麗なもんじゃのぉ。昼間の風の心地良さとは打って変わって幻想的じゃ。
ここがこんなに良え星見スポットじゃとは知らんかったのぉ。
「あぁッ。もしかして、ボーデヴィッヒさんはこの星を見る為にここに来たんか?」
「・・・・・」
ボーデヴィッヒさんは俺の言葉に何の反応も示してくれんかったが・・・星空を見上げる彼女の眼が代わりに答えてくれたような気がした。
こうしてみると・・・やっぱり、十代の女の子なんじゃのぉ。
「・・・おい、清瀬 春樹」
「は、はい!?(ヤベッ、またジロジロ見過ぎたかッ?)」
「貴様に話がある。ついて来い」
「・・・へ?」
◆◆◆
真夜中が近づこうと言う時間にボーデヴィッヒさんが俺を連行したのは、寮のある一室じゃった。
「あの~・・・この部屋は?」
「私が使っている部屋だ。鍵を開けるから、さっさと入れ」
「えッ、あ、ちょっと!!?」
有無も言わさんと俺を部屋の中へと押し込めるボーデヴィッヒさん。
中は整然とした雰囲気が漂い、如何にも軍人が使っとるような部屋じゃ。
「(じゃが、この匂い・・・酔って、嗅覚がおかしゅうなっとんか? えろう甘い匂いがするでよ)」
「なにを棒立ちになっている?」
「いや、なんでもないでよ。・・・そう言えば、同居人の人はおらんのか? こねーな時間に人を、ましてや野郎を部屋に通すんわおえんじゃろう」
「気にするな。名前は忘れたが、貴様の言う同居人は荷物を纏めて友人の部屋に行っている」
「・・・はぁッ?」
彼女の話だと、部屋割りが決まった日にその同居人の子は、俺みたいに最低限の荷物を纏めて他の部屋に移ったそうだ。・・・何故?
「えッ・・・つーかボーデヴィッヒさん、もしかしなくても・・・ここに実質一人で?」
「そうだが・・・それに何の問題がある?」
「あぁ・・・その・・・」
いや、大有りじゃろうがな!
軍属の人間じゃろうと、女の子の一人部屋に恋人でも友達でもない男を招いちゃあおえまーがな。
下心のある野郎じゃったら、勘違いしてしまうでよ。
「それで、俺にようってなんなんじゃ?」
「うむ。昨日、教官の方から貴様と行動を共にしろと言われたのだ」
「・・・・・あ”ッ?」
ちょっと・・・ちょっと待ちんさい、お嬢さん。
どゆこと? つーかあの先公、何を言ってくれとるんじゃ!?
「詳細に言えば、今度の学年別トーナメントを貴様と共に出ろとの事だ」
「あ、そゆことね・・・」
なんだよ・・・そーゆう事かよ。
なんかホッとしたような、ガッカリしたような・・・変な気分。
「伴っては、これよりは貴様と私は寝食を共にしてもらう」
「・・・ちょっと待てぇええッッ!!?」
「なんだ?」
「「なんだ?」とはなんだ! なんでそう言う話になるんじゃッ?! おかしかろうがな!!」
「ん? 言っただろう、『教官から貴様と行動を共にしろ』とな。貴様は当分、自室に戻るつもりはないのだろう? ならば好都合だ。ここで寝泊りする事を許可しよう」
「おいおいおい・・・ッ!」
あんの先公・・・ちゃんとボーデヴィッヒさんに説明してないな。
言葉が足らんけんからか。この娘、勝手な解釈しとるぞ。
「・・・ボーデヴィッヒさん、悪いけど俺は―――「断るのならば、そのペットボトルの内容物を教官に報告せんとな」―――・・・あ”?」
・・・ちょっと待てや。今、この娘なんて言いやがった?
「先日の事だ。射撃場の不要投棄物入れから故意に砕かれた色ガラス片が発見された。内側に付着していた僅かな内容物の検査結果は低濃度のエタノール・・・つまりは飲用アルコールを導き出した」
「・・・それとこのペットボトルの中身にどんな関係があると?」
「もうバレているのだ、清瀬 春樹。そのガラス片には貴様の指紋がベットリと付いていたのだからな!」
・・・待て・・・待て待て、待て待て待てッ!
俺はこうならないように、酒の空き瓶はちゃんと砂みたいに細かく砕いて来た。これはブラフだッ、落ち着け俺。
・・・ちょっとまて、”射撃場”?
「・・・・・あッ!!?」
”あの時”かッ!
あの小っ恥ずかしい夢とゲロで起こされた時の、あの最後の”スコッチウィスキー”か!!
しもうたッ、俺とした事が迂闊じゃった!!
「その様子だと・・・当たりと言う訳か、清瀬 春樹?」
「・・・ハァ~あ・・・あぁ、負けたよ。俺だよ、俺が飲んでる。でも、この中身は酒とは違う。”酒もどき”の味醂じゃ。まぁ・・・そねーな事どうでもええか。・・・それで?」
「それで・・・とはなんだ?」
とぼけちゃって・・・キョトンと首を傾げる仕草も可愛いが、もう騙されんぞ。
「俺になにを要求しようってんじゃ?」
「清瀬 春樹、織斑 一夏を潰す手伝いをしろ」
「それだけじゃないじゃろうが」
「・・・それだけだが」
「っは・・・とぼけるなよ」
「・・・?」
・・・・・・・・ん?
なんか話が続かんな。
映画とかなら、こう・・・本題が出て来るような場面なんじゃけど・・・。
「えっと・・・ホントに、其れだけ?」
「そうだと言っている」
「ホントにホント?」
「しつこいぞ、それだけだ。私に織斑 一夏を潰す為の手を貸せ」
「え・・・えぇ~・・・」
マジかよ、ホントに其れだけかよ・・・
なんかこう『黙って欲しかったら、貴様のISデータを見せろ』的な・・・って、俺は専用機持ってなかったわ。
「あのさ、ボーデヴィッヒさん。普通に『一緒に織斑をズタボロにしようぜッ!』って言ってくれればいいのに。そんな脅すようなマネしなくても、俺は喜んで手を貸しますぜ」
「む、そうなのか?」
「そうですだよ」
もしかして・・・ボーデヴィッヒさん、友達の作り方を知らんな。
だから、こんな脅す様なマネして・・・・・ハァ、不器用じゃのォ。
「・・・阿破破破ッ。なんじゃあ、そーゆう事なら喜んで手でも足でも貸してやらァ。あの野郎の顔面をズタズタにしてやろう。・・・じゃけん、そのボーデヴィッヒさん?」
「なんだ?」
「酒の事は・・・どうかご内密に」
「ふんッ。貴様の協力しだいだな」
こうして、俺とボーデヴィッヒさんの『鈍感屑系主人公をスクラップにしよう同盟』が正式に締結されたのだった。
・・・だが、俺はすぐにこの同盟を後悔する事になるんじゃが・・・それはまた別の話じゃ。
・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆