六月の最終週、その月曜日の午前。
生徒達が楽しみにしていた学年別トーナメントの開会式が行われた。
舞台となるアリーナ場内には学園の生徒並びに各国のIS関連関係者が集まり、今か今かと活気だつ。
「な・・・なに、アレ?」
「あそこだけ空気が・・・いや、空間が歪んでないッ?」
だが、そんな雰囲気など知るものかと異彩を放つ人物が一人、アリーナバックのベンチに腰かけていた。
その人物はギョロリと澱みなく淀んだ目の下に黒々と深いくまを彫り、頬は少しこけ、ブツブツと何かを呟く。
まさにその姿は異常者と言った風貌で、周りにいた生徒達はドン引きして具合を崩す者まで出る始末だった。
「・・・おい」
そんな見るからに危険人物な生徒に声をかける者が一人。
今回の大会において、優勝最有力候補と名高いドイツが誇る銀髪の戦乙女『ラウラ・ボーデヴィッヒ』である。
そんな彼女が声をかける人物はたった一人しかいない。
「阿? なんじゃろうか・・・少佐殿?」
声をかけて来たラウラに対し、気でも狂ったような瞳と笑顔を見せるのは、世界で”二番目”に発見されたIS男性適正者にして、学園一の問題児と名高い『清瀬 春樹』その人である。
「もうすぐ時間だ。用意をしろ、清瀬二等兵」
「あぁ・・・もうそねぇな時間か。なら、行きましょうか」
そう言って立ち上がる春樹。
だが・・・。
「ッ、おい!?」
彼が立ち上がろうと前のめりになった途端、そのまま春樹は冷たい床にドシャリと顔を突っ込ませた。
「あたた・・・大丈夫ですだよ、少佐殿。ちょっと足が痺れただけですけん」
「そ、そうか?」
「阿破破破ッ。俺みたいなオマケ野郎を心配してくれるなんて・・・お優しい少佐殿です事。阿破破破ッ!」
「うッ・・・うむ」
・・・結論から申し上げると春樹の情緒は限界に来ていた。
度重なる厳しい訓練と襲い掛かる心労の種に元々あったアル中に加えて睡眠障害と摂食障害を併発し、春樹は頭のネジが何本か飛んでいる状態になっていたのだ。
これには鬼教官となっていた流石のラウラも心配したが、もう遅い。
「さぁ、行きましょうか。俺達のお披露目ってやつでさぁ」
「阿破破破破破ッ!!」と奇怪な笑い声を上げながら立ち上がった春樹は、そのままトボトボと出撃ピットへ歩む。
「・・・・・訓練をやり過ぎたか?」
ラウラの呟きに答える者は誰もいない。
◆◆◆
≪ラウラ・ボーデヴィッヒ:清瀬 春樹ペア。発進どうぞ≫
アナウンスに導かれ、颯爽と出撃したラウラと春樹。
暗い通路を抜ければ、そこには満員御礼の観客席が二人を迎えた。
二人目とは言え、希少な男性適正者である春樹に関心を抱く者は少なからずいると言う証明にもとれる状況だ。
「あー・・・」
「・・・」
しかし、当の本人は目を見開き、口をポカンと開けたまま地面を見つめるばかり。
一方、隣にいるラウラは腕を組んで対戦相手が出て来るであろう方向に睨みを利かせていた。
周囲から見れば、それは余りにも異様な光景にうつったことだろう。
「だ・・・大丈夫でしょうか?」
二人の様子を別の選手控室のモニターで見ていたセシリアはそう吐露した。
「そうね。見るからにあんなボロボロで・・・試合ができるのかしら?」
隣にいた彼女のペアである鈴も怪訝な顔つきでそう言った。
だが、セシリアが言った「大丈夫でしょうか?」とは、別に春樹の様子に関していった訳ではない事を鈴は後々知る事となる。
そうしている内、この異様なコンビの前に一回戦目の対戦相手が現れた。
「これはこれは、1組の問題児コンビじゃない」
「今日はよろしくね。勿論、手加減なんかしてあげないけどね」
対戦相手の二人は穏やかに、されど高圧的に接する。
「あー・・・あ、はい」
「・・・ふん」
だが、対する春樹は零れかけていた涎をすすり、ラウラはプイッと顔を背けた。
「・・・アンタ、私たちを馬鹿にしてるッ?」
「いい度胸! そっちのオマケは兎も角、機体の性能差が絶対的な戦力差ってわけじゃないのよ?! 見てなさい!!」
二人の対応に怒った対戦相手達はそう言葉を吐き捨てて、指定の位置にスタンバイする。
そして、試合開始の合図が鳴るのを待った。
「・・・少佐殿」
「なんだ、清瀬二等兵?」
「別に・・・”死なんかった”ら、ええんでしょう?」
「・・・あぁ」
ビィイ―――ッ!と遂に試合開始にブザーが鳴り響く。
観客席にいた全員の目がアリーナ場内に向けられる。
『『『・・・・・ん?』』』
その時、観客の誰もが疑問符を浮かべた。
良く目立つ銀髪の隣にいた筈の黒髪の二人目がいない事に。
「「―――――えッ?」」
対戦相手達は呆気に取られた。
イケすかないドイツの代表候補生のすぐ隣にいたISを動かせるだけのオマケ野郎が、自分達のすぐ目の前まで迫っていた事を。
「おんどッ―――――「えッ、ちょ待っ」―――りゃぁ阿あアアアッッ!!」
ドゴォオオオッン!!
「きゃぁぁあああッ!?」
その昔・・・といっても戦国時代。まだ銃器類が発達途上だった頃の事。
一発しか撃てなかった銃の発砲後の利用として、銃本体で殴ると言ったシンプルな戦法があった。
まさに春樹はそれを対戦相手に対して行った。発砲前の状態で。
「えッ・・・こ、この!」
自分のペアが思わぬ攻撃を受けた為、咄嗟に春樹へ武器を構える。
しかし・・・。
「・・・どこを見ている?」
「えッ・・・!?」
ズガァアアッン!!と無情にも背後から、ラウラの構えたレールガンが発砲された。
背後から、しかも手の届くような至近距離で発射された弾は身体を貫きはしなかったものの、絶叫と共に対戦者をアリーナの壁際まで吹き飛ばすには十二分だった。
「い、一体・・・なにが・・・ッ」
春樹に銃で殴打された対戦者は頭を抑えながら漸う身体を起こす。
それに対して春樹は・・・。
「・・・ッチ。まだ生きとった」
・・・とても物騒な事を吐き捨てた。
「こ、この! 男の分際でッ、しかも躊躇いもなく頭を狙いに来るなんて―――「ヴぅううるァアアアッッ!!」―――ッヒッ!!?」
「んな事知るか、ボケぇえッ!!」とばかりに瞬時加速で再び突撃する春樹。
先程の打撃攻撃もあってか、対戦者は防御姿勢をとる。
「ッ・・・え、あれ・・・?」
しかし、いつまで経っても攻撃の衝撃が襲ってこない。
対戦者は様子を伺おうと恐る恐る隙間から視線を覗かせた。
「阿破破破ッ」
「ひッ!?」
するとその視線の先にいたのは、何とも不気味な笑顔を浮かべた春樹の姿があった。
これはたまらんと距離を取ろうとするが・・・もう遅い。
「くたばりんせぇに」
「あ・・・あぁッ!!」
ズダダダッ!!・・・と鉛玉の雨霰が無慈悲にも降り注がれた。
主に顔面に。
「り、里奈ッ!!? アンタ達よく―――「五月蠅い」―――ッ!!?」
ラウラの方はラウラの方で、無慈悲なブレードとレールガンのクリティカルコンボを繋げて行く。
「う、うわぁ・・・」
「一方的だぁ・・・ッ」
「も・・・もう、やめてあげて!」
観客席からも若干引き気味な声が漏れる。
しかし、そんな事などお構いなしに二人の蹂躙劇は続いていく。
「なぁ~、実況の人~?」
≪え・・・あッ、私?!≫
そんな時だった。
なんとも間の抜けた声が二人の蹂躙劇によって呆然としていた解説席に投げかけられた。
勿論、声をかけたのは、とぼけた顔からは想像もできない程の鬼神の如き強さを見せつけた清瀬 春樹である。
「この人、どうすりゃあええかのぉ~?」
そう言うと彼は首根っこを掴んだ対戦相手である生徒を前に出した。
実況者がその生徒を見ると、生徒は涙を流しながら白目を剥いていたのである。
「気絶しとるけんど・・・まだこの人、シールドゲージが残っとるんよー。このままSEがなくなるまでボコった方がええかのぉ?」
≪え、え~と・・・ッ≫
そうして実況者が口角をヒクつかせていると、ラウラにボコボコにされていた対戦者が春樹に向かって突っ込んで来た。
「このぉお~!! 里奈の仇ィイイッ!!」
「・・・阿”?」
近接戦闘のナイフを突き立てようと迫る対戦者。
「・・・はぁ、程々にな」
そんな彼女の背を見ながら、先程まで戦っていたラウラは大きくため息を吐く。
「うわぁあああああ―――「・・・ほれ」―――へッ?」
ズザクゥウウ!!
「あズべるッ!!?」
渾身の刺突攻撃を春樹は容赦なく持っていたボロボロの生徒で防いだ。
それにより、気絶していた生徒のSEを完全にゼロにしてしまったのだった。
「・・・さてと」
「ひ、ヒィッ・・・!?」
最終的に同士討ちとなってしまったこの展開に春樹はギョロリと軽くイってしまっている眼を覗かせる。
「アンタには二つ選択肢があるでよ。ここで俺と少佐殿に磨り潰されてミンチになるか、俺と少佐殿に潰されてスープになるか・・・選んでくだせぇよ」
≪こ、降参と言う選択肢はないのかー清瀬選手ー!≫
「ない」
『『『えー!!?』』』
会場全体が一糸乱れぬツッコミをしたかのようにうねりを上げる。
そして、再び春樹は宣告する。ミンチとスープ・・・どっちに料理されたいかを。
「いや、やめてやれ二等兵。そいつは既に・・・」
「・・・え?」
ラウラの言葉に春樹が質問を投げ掛けた対戦者の生徒をよくよく見ると、アラ不思議。
泡を喰って気絶していたのだった。
「あ。やった、勝った」
《た・・・田中・豊田ペア、再起不能により。しょ・・・勝者ッ、ボーデヴィッヒ・清瀬ペア!》
そう試合終了のアナウンスが流れる頃。会場は試合前とはうって変わり、非常に大人しくなっていた。
むしろ少し恐怖で震え上がっていたようにも見えたのだった。
・・・因みに。
この試合が学園始まって以来の最短&パーフェクトゲームになったのだった。
・・・・・はい。という訳で新年一発目のリハビリ投稿でした◆◆◆◆◆