第34話
「興味本位で申し訳ないが、清瀬君。君はどこから気づいていたのかね?」
『老紳士』改めIS学園学園長『轡木 十蔵』は、舌なめずりをしながらマグカップへ黒い瓶の中身を注ぎ込む春樹に問いかける。
「・・・『気づいていた』とは?」
「私の正体にですよ。まさか、最初から・・・と言う訳でもないでしょう?」
「ん~・・・そうですね、確かに。俺が正体に気づいた要因は主に二つ。一つ目はこの状況です。一生徒をこんな部屋に押し込めて、面会謝絶をさせる事が出来るん言うんは学園の上層部クラスだろうという事。二つ目は山田先生と職員さん達の反応。・・・じゃけど、俺が確信を持ったのは、学園長先生が『やはり、気づいていましたか』と言う台詞を使った所からなので」
「ほう・・・私はまんまと君にカマをかけられたという訳か」
「はい。でも、学園長先生も気づいていたのでは? 俺がイカれたフリをしているのを」
興味深そうに頷く轡木に春樹は液体を注いだマグカップを差し出した。
その彼の行動に轡木は少し眉をひそめる。
「・・・私は未だ業務の最中なのですが?」
「話をしに来たんでしょう? 俺だけ飲む言うんは癪ですし、これは学園長先生が持って来た品です。俺ぁは一緒に飲んだ方が美味い。それとも生徒のからの気遣いは無用じゃと?」
「・・・少しだけですよ」
仕方なくマグカップを受け取る轡木にニッコリと口角を上げる春樹。
そんな彼は、自身の分のグラスに表面張力ギリギリまで並々と液体を注ぐ。自分の瞳と同じ色をした”琥珀色の液体”を。
「それじゃあ何に乾杯します? 俺は『実は真の学園長が男だった』と言う事を見破った事にしますが」
「ならば、私は二人の出会いに」
「「乾杯ッ」」
チンッと軽く杯を重ねる二人。
轡木は大人の嗜み程度に舐めるように味わうが・・・
「ゴッキュ・・・ゴッキュ・・・ゴッキュ・・・ッ!!」
・・・春樹は一気にそれを呷るように飲み干す。
まるで三日間、砂漠を彷徨った後に飲む水のように呷った。
「ゴクッ、ゴク・・・ぷヒュ~! なんじゃぁな、こりゃ~!? でぇりゃー美味ぇのぉッ!」
その余りの美味しさに目を見張る春樹に対し、轡木は少し引き気味に笑顔を取り繕った。
「そ、それは良かった」
「久々にマトモなモン飲んだんじゃけど、こんな美味いんは初めてじゃ~!! ホントに『良い酒は水に似る』言う中国の故事まんまじゃ。ありがとうございます、学園長先生! こねーな上物の”スコッチ”を差し入れてくれて。阿破破破破破ッ!!」
「・・・あまり、飲み過ぎないように。君は急性アルコール中毒で倒れているんですからね?」
心配そうに語る轡木に対し、「解っています!」と元気よく返事をする春樹。しかし、彼は再び自分のグラスに並々とスコッチウィスキーを注ぎ込むのだった。
「そんでもって、話し言うんは何ですかね? 学園を裏で取り仕切っとるような人が”今更”態々出て来るんじゃけん・・・世間話しに来た訳じゃないでしょう?」
春樹の物言いには所々棘のようなものがあった。
しかし、これまで一夏を贔屓目にしていた学園からの対応上、彼から言わせれば上記のように『今更』と言う言葉が性にあった。
「・・・そうですね。君には色々と嫌な役柄ばかりを押し付けてしまっていた。学園側を代表し、謝罪します」
そんな深々と頭を下げる轡木に対し、春樹は「構いませんよ」と手を見せた後にこう続けた。「それに、俺は今こうして”守られている”ので」と。
「・・・君は自分の立場と状況を?」
「大方は。まぁ・・・両目ともこねーな事になっちゃってますからね。嫌でも、薄々気づきます」
自分の目を指差しながら、ガッカリした様に肩を落とす春樹。
しかし、少し前まで一夏の付属品扱いされていた自分が、今やとんでもない関心を寄せられている事に若干の『喜び』を含ませながら。
「ええ・・・君の言う通りです。大半の生徒は避難指示の為、君の”活躍”を見てはいない。だが、安全圏で君達を観察していた各国政府関係者やIS企業関係者は違います」
「・・・やっぱり」
あの準決勝第一試合の後、各国の政府関係者達は今まで歯牙にもかけていなかった春樹の存在に目の色を変えた。
第二世代型、それも訓練機で日英中の三ヵ国が総力を挙げて作った三機の専用機を屠ってしまった事。
ドイツの専用機にのみに搭載されていたAICを使えるばかりではなく、複数のISに対して使用できた事。
ドイツの虎の子技術であった『越界の瞳』に完全適応している事。
・・・数を上げればキリが無くなるが、主にこの三つが軽視されていた春樹の存在を大いに覆した。
「特に君が倒した専用機が所属しているイギリスと中国は君の情報開示を請求してきていますし、ドイツは不正にヴォーダン・オージェを取得したとして君の身柄引き渡しを要求。フランスは君が試合に使っていたラファール・リヴァイヴの返還を申請。アメリカに至っては、ISの破棄と占有権を主張しています」
「わーお・・・俺って、一気に人気もんじゃのぉ」
「何を呑気な・・・」と轡木は口から零れ落ちそうになった言葉を拾い上げると、足元に置いてあった鞄から幾つかの資料を春樹に手渡す。
「これは?」
「君をスカウトしたいと言ってきている企業の資料です。大なり小なり合わせて二十以上。・・・これからもっと増えるかもしれませんが」
「はぁ~ん。ハヅキにイングリッド、クラウス・・・名立たる面々の数々のご企業様方。モテ期到来ってやつじゃろうか? 阿破破破破破ッ」
呆気らかんと笑う春樹の目に二つの企業が目に留まった。
一つ目は試合に使ったラファール・リヴァイヴの制作元であるデュノア社。そして、もう一つは・・・
「学園長先生、この『倉持技研』言うところは・・・確か・・・」
「はい。織斑 一夏君の専用機である白式を制作した政府公認のIS企業です。今回の件で、織斑君から君に白式を譲渡しようと言う話が持ち上がって来ていますが」
「いや、要らんですよ。武装が刀一本だけの欠陥機なんて、使いづらいでしょうに」
「・・・ズバッと言いますね」
「だってこの会社、日本代表候補生に造ってたISを途中で制作放棄して白式を作ったんでしょう? それも欠陥機を」
その言葉に「う~む」と唸る轡木。
唸る轡木に「阿破破破ッ」と隠し事無く笑う春樹。
「それで、我らが日本政府からは? 大方、学園長先生は俺と日本政府の橋渡しに来たんでしょうからね」
「・・・君はどこまで気づいているんですか?」
「俺は何も知りません。知っているのは貴方ですよ、轡木学園長」
そう言って「阿破破破!」と快活に笑う春樹。
轡木はその笑顔が少し奇妙に感じた。底のない思案があるかのような笑い声を不気味に感じた。
「・・・日本政府からは、今まで冷遇していた君に対する謝罪の要望を聞きたいそうです」
「えッ、要望? 政府が一個人に対して、そこまでやる言うんは・・・結構、切羽詰まってます?」
「そうですね。冷淡に接せられていた君が政府の度肝を抜くほどの活躍をしましたからね。ここで他国に移られると大きな影響を持つ外交カードが無くなってしまうのを恐れているんでしょう」
「はぁ~ん・・・」
諸外国との国交において、一夏や春樹の存在は大きな意味を持っている。
アラスカ条約による協定があっても、日本は技術力においては他国の先をいっていた。
ISの登場まで隣国や彼の国に辛酸をなめさせられた日本にとって、一夏の代わりから虎の子にグレードアップした春樹を失うのは国益に反すると判断したのである。
「(”左”か”右”のどっちか言うたら、俺は”右”よりじゃけんな。俺的には、徹底した俺の身元不公表と学園長先生からの謝罪と見舞いのスコッチ、ラムレーズンチョコで十分なんじゃけど・・・貰えるもんは貰っとこうっと)」
「そうじゃのぉ・・・」と頭をフル回転させる春樹。
まさかこんな美味しい事になるとは思ってもみなかった彼は必死に知恵を絞った。
「ん~、それじゃあ・・・『織斑 千冬の初夜権』なんてどうです?」
「・・・はい?」
「俺の心労の原因になっとるデュノアの男装の件に関しても、少佐殿・・・今回のボーデヴィッヒさんの件に対しても彼女に責任があるのは学園長先生もご存じの筈。それに対する罰としてもええんじゃないでしょうかな。それでもしも子供が出来たら、政府としても万々歳では?」
「そ・・・それは織斑先生の意志を尊重した方が―――「阿破破破破破ッ!」・・・なにが可笑しい?」
轡木は耳を疑ったが、余りにも突拍子もない言葉に脳が一旦フリーズしてしまう。
だが、そんな彼を嘲笑うかのように春樹の笑い声が病室に響いた。
「そねーに怖い顔をせんでくださいよ、学園長先生。単なる冗句、冗談です」
「・・・私はあまり、そのような戯言は好きではない」
「おおッ、それは奇遇ですね。俺もこの手の下ネタは苦手なんですよ。もしかしたら、俺達って気が合うかもしれませんね」
「阿破破破ッ!」と再び笑う春樹に眉をさらにひそめる轡木。
春樹自身は「イカれたフリをしている」と言っていたが、先程の冗談には”真実味”があった。目が完全に笑っていなかった。
『正気のまま狂っている』のだろうと轡木は確認し、彼をここまで追い詰めてしまった事を改めて反省した。
「まぁ、こんな下劣な冗談はさておき。俺からは三つ要望があります」
「三つ?」
「はい。そう警戒しないでください、ちゃんとマトモですので」
「・・・本当に?」と顔に書いてある轡木に「さっきのはやり過ぎたな」と反省しながら、春樹は言葉を述べ始めた。
「一つ目の要望は、今回の暴走の件のラウラ・ボーデヴィッヒに対する責任を零にして頂きたいです。これは、要望云々関係なく学園側にもお願いしたい事項です」
「・・・ほう」
轡木は少し驚いた。先程の悪趣味な冗談と同じように自身の欲でも言うのかと思っていたからだ。
「理由を聞いても?」
「はい。今回の暴走は彼女が搭乗していた機体に原因あったとはいえ、決して故意によるものでないです。彼女には、なんら責任がないという事をお願いしたいと思っております。それでももし、彼女に何らかの罰が下されるようならば・・・俺としても”考え”があるので」
「・・・なんらかの証拠を君は持っていると?」
「そう考えて頂いて構いません」
おちゃらけた雰囲気から一転、いつになく真剣な眼差しで春樹は轡木にそう言った。
確かに今回の暴走事件は、ラウラの専用機に搭載されていたVTSが原因である。しかし、事件後に回収された機体を検査した所、ある筈のVTSがなかった。・・・というよりは”消滅”していたという言葉が正しいだろう。
加えて、VTSが秘密裏に搭載されていた可能性も示唆される事やラウラの所属する部隊からも軍に対する抗議や政府への恩赦の署名が集まっている事が解っている。
その為、彼が関わらなくても良いのだが・・・証拠を持っているという人間が味方でいるという事は、日本政府にとってドイツ政府を黙らせるのに好都合な要望である。
「それで、二つ目の要望なんですが・・・学園長先生?」
「なんでしょう、清瀬君?」
「この目って・・・治りますか?」
春樹の二つ目の要望は、琥珀色のヴォ—ダン・オージェに変質化した両目の治療である。
この要望に轡木は渋い顔をした。
「・・・難しいでしょうね。そもそもなぜ君の目が、それも両目がヴォ—ダン・オージェに変化したのかは原因不明なので」
「そんなッ!? 帰った時に父ちゃんと母ちゃん・・・父と母になんて言えばいいんですか?!!」
「・・・え?」
春樹の言葉に轡木はポカンと呆気に取られた。
「ただでさえ俺がISを動かしちゃったからって心配してんのに、家に帰ってきた息子の目の色が物理的に変色してたら卒倒しますよ! 不良になっただのなんだの言われて困るんは俺なんですよ!!」
「そ、それは・・・カラーコンタクトでも付けて誤魔化せば―――「目ん中に異物なんて、入れとうないですッ!!」―――・・・は、はぁ・・・」
轡木は増々、この清瀬 春樹という人物を不思議に思った。
世界からとんでもない興味関心を抱かれているのに、当の本人は目の色が変色した事で親からなんて言われるかを心配しているのだ。
・・・『面白い』と彼は不覚にもそう思ってしまった。
「ホントどーしょー・・・あぁ、胃がキリキリして来た。酒飲まんとやっとられんわ」
「ヤケ酒は止しなさい。身体に障りますよ」
「止めんでくだせぇ、学園長! 酒ッ、飲まずにはいられない!!」
いつの間にか空になっていたグラスにドボドボとまたもやウィスキーを注ぎ込む春樹。
これで瓶の中身は、三分の一まで減ってしまった。
「・・・それで清瀬君。急かすようで悪いのですが・・・君の三つ目の要望は?」
「あぁ、三つ目・・・三つ目ですか。・・・・・あッ」
この時、春樹の頭の中にある人物の顔が浮かんだ。
その人物の顔が頭に浮かんだ瞬間・・・・・
「・・・阿”破ッ」
「ッ・・・!」
春樹は三日月へと口角を歪めた。
その表情は明らかに禄でもない事を考えている下衆ともとれるものであった。
「・・・学園長先生。俺の三つ目の要望なんですが、ちぃっとばっかし人手のいる事でも構わんでしょうか?」
「人手?」
「ええ。上手くいきゃあ、これは政府のモンにも学園のモンにとっても利益のある事ですけん」
そう言って春樹はその三つ目の要望を轡木に話した。
結果だけ言うと、瓶の中身が完全に空っぽになる程の長話であったと言う。
・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆