「腹が減ったぞなもし」
衝撃的な四組への転属報告を終えた数刻後。
正午を告げるチャイムが鳴った途端、未だ自分の存在に眉をひそめる生徒達の目などお構いなしに教室を出た春樹は、一直線に食堂へと向かう。
・・・結局、小休憩の時に簪から言われた言葉の真意は解らずじまい。
格納庫での一件で自分が彼女に対して何を言ったのか。午前中は其ればかりを悶々と考えていた春樹だったのだが・・・・・
「・・・まぁ、ええか」
・・・と、考えるのをやめた。放棄した。
もしあの時、何かマズい事を口から溢しても彼女は滅多に言いふらさないだろうと春樹は”勝手”に思う事にした。
噂好きで、口が軽い他の生徒達とは違った簪の人柄をとりあえず信じてみる事にしたのである。
「おッ、ありゃあ・・・?」
そんな食欲に現実逃避した春樹がふと中庭の方へ目をやる。
すると其処には一組の生徒達と共に談笑しながら、朗らかな笑みを浮かべている見知った顔がいた。
自らの因縁と立会い、『シャルル』という偽りの仮面を脱ぎ去った『シャルロット・デュノア』だ。
「・・・良かったのぉ」
春樹は隠していた正体をさらけ出したシャルロットという人間を一組の生徒達は受け入れたのだろうと感じ取った。
元々、男装していた時から他の生徒達に受けが良かったのだ。妬む者も少なからずいるだろうが、大半の生徒達に受け入れられた事へ彼は安堵にも似た笑みを溢す。
・・・ただ、マス”ゴミ”と揶揄する黛上級生から取材を困惑した表情で受けている光景には「阿破破・・・」と苦笑いを浮かべたが。
「―――――清瀬 春樹!」
「阿?」
苦笑いを浮かべていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえて来る。
振り返って見れば、其処には少し息を切らした”彼女”が仁王立ちで立っていた。
「少佐殿・・・」
一組での朝の一件で彼女、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は他の騒動に関わった生徒達に巻き込まれ、あのブリュンヒルデからキツイ説教を喰らう事に。
「ハァ、ハァ・・・やっと見つけたぞ!」
その説教がようやく終わり、春樹が移動した事を山田教諭から聞いたラウラは此処まで彼を追って来たのだ。
「き、清瀬 春樹!」
「は、はい?」
「そ、その・・・元気そうで、なによりだな」
しかし、いざ春樹を目の前にすると先程まで考えていた事が綺麗さっぱり頭から掻き消えてしまった。
そして、何故かは解らないが走った事による動悸が更に早くなり、心臓が熱を帯びたように脈打った。
「・・・えぇ。少佐殿も元気そうで何よりです」
「そ・・・そうか・・・ッ」
「「・・・・・」」
そんな彼女に対し、春樹はニコリと口角を引き上げる。
サングラスをしている為に目元は解らないが、彼の反応にラウラはホッと胸を撫でおろす。
だが、途端に無言が二人の間を行き来した。
「えと・・・その・・・」
いつもの強きな尋問口調は何処へやら。なんとか言葉を振り絞ろうと頭を捻るが、口から声が出てこない。
その内、プルプルと仁王立ちが震えて来た。
「・・・ふむ。どうですか少佐殿、似合っとりますか?」
「え・・・?」
先に春樹がこの無言のやり取りを終わらせんと、目にかけたサングラスのフレームを指で弾きながら口を開いた。
「このサングラス、学園長先生からの貰いもんでして。俺としちゃあ、『アルバート・ウェスカー』みたいでカッコええち思うとりますが・・・どねーじゃろうか?」
「あぁ、そうだな・・・似合っているぞ。その・・・あるばーとうぇすかーという人間よりも似あっていると思うぞ、私は」
「阿ッ破ッ破ッ破ッ! そうですか、そりゃあ嬉しいのぉッ!」
そうやっていつもの調子でケラケラ声を弾ませて一頻り笑うと、春樹は仁王立ちをしているラウラに近づいて行く。
その途中でかけていたサングラスを外し、ラウラに手の届く距離まで近づいた春樹は琥珀色の瞳を覗かせながら、こう言った。
「・・・無事で良かった。ホント、無事で良かった」
「ッ・・・”春樹”!」
そう言った途端、抑えられなくなった感情と共にラウラは春樹に飛び付く。
突然、抱き着かれた当人としては驚きを隠せなかったが、春樹は彼女を優しく受け止める事にした。
「おいおいおい。一体どうしたと言うんじゃ、少佐殿? いつもの様に『清瀬二等兵』って呼ばんのんですかい?」
「・・・五月蠅い。少しばかり静かにしろッ」
「えぇッ??」
実は、『抱き着いた』のではなく『抱き着いて”しまった”』ラウラも驚いていたのである。
どうして、彼に抱き着いてしまったのか。どうして、彼を見ているとこんなにも動悸が早くなるのか。どうして、彼の傍にいると顔が熱くなるのか。
生まれて初めて体験するこの感情の名前を、彼女はまだ知らない。ただ、なんとも心地良い事だけは理解する事が出来た。
そうしている内、彼の身体に顔をうずめていたラウラがふと春樹の顔を見る。
目線の先には、琥珀色に輝く瞳が二つあった。
「・・・春樹、その目は・・・」
「あぁ。あのよーわからん佃煮に飲み込まれてから、目の色が変わっちまったんでさぁ」
「そう、なのか・・・」
「私のせいで・・・すまない」と、今にも言いそうなラウラへ春樹は朗らかな笑顔を浮かべ、そっと彼女の片方の目を覆っている眼帯をずらす。
その無骨な黒い眼帯の下に隠されていたのは、春樹の両目と同じ色をした琥珀色に輝く眼だった。
「綺麗なもんじゃあのぉ。こねーに綺麗な目をしとる少佐殿と同じ瞳の色じゃったら、悪い気はせんな」
「は、春樹・・・?」
「どうした、少佐殿? いや・・・”ラウラちゃん”?」
密着しているラウラのか細い腰をなぞるように左手を添え、眼帯を外した右手で彼女の頬を優しく撫でた。
何とも言えない感覚がゾワリッとラウラの身体を奔る。
身体を動かそうにも、その琥珀色の眼に見抜かれて抵抗する気もなくなってしまう。
「・・・春樹・・・!」
「ラウラちゃん・・・ッ」
ゆっくりと灼眼と金眼を閉じたラウラへ顔を近づけて行く春樹。
そんな彼の両目は、今まで以上に黄金色に光っていた。
「あれ~、ラウラウ~?」
「「―――ッ!?」」
背後から聞いた事のある間の抜けた声に春樹は思わずラウラを身体から引きはがして振り返る。
すると、キョロキョロ辺りを見回す一人の人物が目に入った。
一年一組に在籍しているマスコットキャラクター的な生徒にして、春樹へ対して侮蔑的な見方をしない数少ない同級生の『布仏 本音』。
どうやら彼女は、たまたま見かけたラウラを探している様だ。
「布仏さんッ?!」
「あ~、きよせんだ~。それにラウラウもいた~!」
二人に気がついた本音はトコトコ近づいて来る。
そんな彼女から醸し出される相変わらずのホンワカ雰囲気に、何故だか春樹は我に返って行った。
「二人とも、こんな所でなにやってるの~?」
「えッ・・・そ、そのッ・・・私、私達は―――「別になんもやっとらんでよ」―――・・・春樹?」
薄紅色の頬で慌てふためくラウラに代わり、いつの間にかサングラスをかけ直した春樹が答える。
「布仏さんも、こねーな所でなにやりょーるんな? 食堂には行かんのか?」
「私はね~ラウラウを見つけたから、一緒にご飯食べようって誘いに来たの~」
「そうか~。で、どねーするんな”少佐殿”?」
「わ、私かッ?」
話を振られ、先程との雰囲気のギャップにどう反応していいのか解らず動揺するラウラ。
そんな彼女の反応を楽しむかのように春樹と本音はニヨニヨと表情を崩した。
「わ・・・私は、その・・・春樹も一緒なら・・・」
「いいよ~。なら、きよせんも一緒にご飯食べよ~!」
「えッ・・・でも、俺は・・・」
春樹はなんとなく自分が他の生徒達から良く思われていない事を知っている。
知っているからこそ、そんな自分と仲良く食事なんてしたりしたら、折角クラスに馴染みだしたラウラに迷惑がかかるのではないかと考えた。
しかし・・・
「だ・・・ダメか?」
「別にええでよ」
シュンとし、若干ウルウルと目を潤ませた美少女の頼みを断る事が出来ようか。
否。勿論、春樹には出来なかった。
見えないウサ耳が力なくペタりんこしていたのだ。断る事が出来る訳がない。
「・・・あ~ッ、そうだ。俺、教室に忘れ物したわ。先に行っといてくれんか?」
「わかった~。なら行こう、ラウラウ」
「了解した。そ、それではな春樹」
「あぁ、それじゃあ」
そうして食堂に向かう本音とラウラの背を見送りながら、春樹は通路の角を曲がる。
そして、壁にドゴンッ!と力一杯のヘッドバッドを叩き込むのだった。
◆◆◆◆◆
「・・・・・痛いでよ」
俺は自分を落ち着かせようと壁に打ち込んだデコッぱちを抑えながら、食堂に向っとった。
いや・・・なんじゃったんじゃッ。なんじゃったんじゃ、さっきのは!?
布仏さんの声が聞こえんかったら、俺は少佐殿に何をしようとしたんじゃ!!?
てか、なんじゃあ「ラウラちゃん」って。気安い野郎じゃのぉ、俺ぁはイタリア男かッ?
・・・いや、これは生粋のイタリア男に失礼じゃわ。
・・・・・いや、問題はそこじゃねんじゃ!
あと一瞬、布仏さんの声が聞こえんかったら俺は少佐殿にキ・・・キ、キ・・・『キス』するところじゃったわッ!!
なに、なんなん?
あの時、なんか少佐殿を見とったら、こう・・・なんじゃろうか、ちゅーをしとーなったと言うんか・・・なんというか。
・・・いやいやいやいやいやッ、おかしいじゃろうがな!
なんじゃーな「キスをしたくなったから」って。
そねーな台詞と思考回路は、『ハーヴィー・スペクター』とか『パトリック・ジェーン』とか『モンテクリスト・真海』とかのイケメンにしか許されんじゃろうがな! 阿呆か、俺は!!
いくら俺の身体の肉体年齢が十代半ばじゃ言うたって、前の世界から数えたら俺と少佐殿って十以上も年が離れとるんぞ。
俺はロリコンじゃない。
じゃけん、こりゃあ『恋』なんて清らかなもんと違う。『気の迷い』じゃ。
ほうじゃ、気の迷いなんじゃ。じゃけん、あれは違う!!
ハァッ・・・ホント、あの事件に巻き込まれてから身体も心も調子がおかしいでよ。
・・・つーか、デコ痛い。強う打ち過ぎたでよ。今朝よりも悶々とするでよ。
「ハァ~・・・すんません、焼きジャケ定食一つ」
そんなこんなで食堂に辿り着いた俺は、とりあえず毎日食っている日替わり定食を頼む。
今日は俺ん好きな塩鮭じゃけん、あとで飯をお替りして茶漬けで喰らおう。
「お~い、きよせーん。こっちだよ~」
「はーい」
そんでもって、俺を見つけた布仏さんが此方に手を振ってくれよーる。
隣には、可愛らしゅうちょこんと座った少佐殿もおった。
「・・・かわええのぉ」
確かに可愛い。
客観的に見ても、少佐殿は可愛い。
「・・・喰いた―――――ゴッふ、ごホ!」
・・・ええ加減にしんさいよ、俺。
なんか、とんでもねー事を無意識に口走ろうとしやがったな、俺よ。
阿呆か、阿呆なのか俺よ。おわんごが過ぎるでよ。
別にあの薄紅色の唇に吸い付いてやりたいなんて事はない。断じてない。
「どうかしたのか、春樹?」
「いんやぁ、なんでもねーですよ」
――――――って、阿”ッ?
「やぁ、春樹ッ」
「どうも・・・春樹さん」
ちょっと待て・・・ちょっと待ちんさいや、布仏さん。
百歩譲って、デュノアがここに居るんは解る。セシリアさんもここに居るんは解る。
じゃけど・・・・・
「オメェ・・・」
「き・・・清瀬・・・ッ!」
なんで劣化版バナージの織斑がここに居るんじゃ?
しかも・・・
「清瀬、アンタ・・・」
「清瀬・・・貴様ァ・・・ッ!」
幼馴染一号と二号も居るって・・・なんでじゃ?!
「(どういう事じゃ、セシリアさん!?)」
「・・・はぁ・・・ッ」
取り敢えず、セシリアさんに疑問の答えを求める目線を送ったら、ため息で返された。
・・・ゴメン、セシリアさん。あの事件で君に酷い事した事はちゃんとあとで謝るけん、今はこの状況を教えてくださいッ!
「・・・それにしても偶然ですわね、本音さん」
「ん~? あぁ、そだね~。食堂に入ったら、シャルルンとおりむー達と一緒になるとはね~」
・・・なるほど。
大方、布仏さんと少佐殿が食堂に入ったらデュノアと遭遇。そのデュノアと事前に食事をとる約束をしていた織斑連中と一緒になった言う訳じゃね、セシリアさん?!
「・・・ハァ・・・お茶が美味しい事」
・・・セシリアさん。別に溜息で有無の返事をせんでも、ええがん。
あとで大福でも奢っちゃるけん、勘弁してくださいセシリア嬢。
「・・・ッチ」
「・・・ッ・・・」
俺は仕方のぉ、少佐殿の隣に座った。
織斑の野郎はスンゲー渋い顔しょーるし、隣の幼馴染共は凄い顔しとる。特に篠ノ之さんの方、般若の面のモデルみたいな顔をしとる。
そねーな顔するんじゃったら、どっか行けや。飯がマズーなろうがな。
・・・あッ、そうじゃ。忘れんうちに言うとこぉ。
「セシリアさんに凰さん。ちょっとええか?」
「・・・なんでしょうか?」
「な・・・なによ?」
なんかまたセシリアさんは溜息でも吐きそうじゃし、なんか凰さんはビクビクしとるのぉ。
まぁ、ええわ。ちゃっちゃと言うとこ。
「なんか、こないだのVTS事件ではスマンかったのぉ。俺、全然覚えとらんのじゃけど」
「え・・・えぇッ!? ちょっと、覚えてないってどういう事よ?!」
凰さんがスゲー剣幕で立ち上がる。
いや、仕方なかろーがな。
「なにぶんと頭がプッツンしとったけんな。全然覚えとらん」
「確かに・・・あの時の春樹さんは、目が完全に・・・その・・・ッ、何て言いましょうか」
「『イッちまってた』かい、セシリアさん?」
「・・・もっと良い表現はなくて、春樹さん?」
多分ないと思う。というか、こっちのが早い。
「あー・・・なら、しょうがないわね。・・・で?」
「・・・阿?」
「・・・もう一人には、謝らないの?」
もう・・・一人?
・・・って、誰?
「・・・あーッ。布仏さん、君に謝っておくことが―――「違う!!」―――って、どうしたのよ凰さん?」
「アンタが亥の一番に謝るのは私でもセシリアでもなく、一夏でしょうが!」
「そうだぞッ、清瀬! 貴様が暴走なんてしなければ、一夏はあのような怪我などしなかったのだ!!」
・・・・・・・・は?
「いや・・・いやいや、待ってくれよ。聞くところによると、其処に居る織斑何某は、織斑先生の警告も聞かんと俺に近づいたんじゃろう? なら、俺にぶん殴られようが蹴られようが知らんがな」
「なんだと、貴様ッ!!」
「それにじゃッ。俺だって、そこの織斑の野郎に右腕を木端微塵に折られとるんじゃ。それを入れたら、プラマイゼロじゃろうがな」
何か間違うた事を言うとるか、俺?
触らぬナントカに祟りなしじゃ。それを承知で近づいたんなら・・・自業自得じゃ。
「オメェだって其れぐらい解っとろうがな、織斑サンや? 手負いの獣に手を出す事がどれ程、きょーてぇー事なんか・・・勉強になったじゃろうが」
「貴様ッ―――「やめてくれ、箒ッ!!」―――ッ!?」
やっとこさ、その重い口ば開いたか。
早い所、今にも物理的に噛み付いて来そうなオメェの武士娘をちゃっちゃと黙らせてくれんかのぉ?
「だがな、一夏ッ―――「もういいって言ってるだろ、箒!」―――・・・む、むぅ・・・」
「確かにお前の言う通りだよ、清瀬。千冬姉の警告を無視して、お前に近づいたのは俺の責任だ。だから、謝る必要なんてない」
「・・・ほう?」
なんじゃあな。随分と今回は物分かりがええのぉ。
コイツの事じゃけん、何かにつけてイチャモンでも付けようって算段かと思っとたわ。
「なら、織斑。今後は―――「・・・だけどッ」―――ッ阿”?」
「だけど・・・次は負けない・・・!」
・・・ッケ。
ホントに・・・ホントに織斑、オメェって野郎は―――――
「もし次があったら・・・今度こそ、オメェの顔面を現代アートに作り変えてやったろうかのぉッ?」
「望むところだ・・・ッ!」
―――忌々しい輩じゃのォ・・・ッ!!
・・・と、そんなこんなで俺の昼飯タイムは、何とも言えない雰囲気の悪さで終息していった。
・・・因みに。
セシリアさんと凰さんには、食堂名物の苺クリーム大福を奢ってやった。
あと・・・
「春樹。今後、私の事は階級名で呼ばなくていいぞ」
「えッ? じゃあ、『少佐』以外で何て呼びゃあええんじゃ?」
「そ、それはだな・・・・・あ、あれが良い・・・」
「あれとは?」
「その・・・ファーストネームの・・・そのアレだッ!」
「・・・・・ッえ!?」
結局、少佐殿の今後の呼び方は本人経っての希望で『ラウラちゃん』になった。
なんでも、『呼び捨てされるよりも、特別な感じがする』だそうだ。
こっちとしては、何か変な気分で口走ったもんだから・・・でぇーれぇー恥ずかしいんじゃけどのぉ。
「えーと・・・じゃあ、ラウラちゃん?」
「なんだ、春樹ッ?」
・・・めちゃんこ可愛え顔で答えてくれるけん、アリにした。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆