臨海学校初日。時計の針が午後七時を回る頃。
旅館『花月荘』に宿泊するIS学園一年生達は、大広間を三つ繋げた大宴会場にて夕食を堪能していた。
勿論、旅館の正装である浴衣を身に纏ってだ。
「阿破破破ッ! 流石は海辺じゃ、魚がでぇーれぇー美味いのぉッ」
そんな中、春樹も皆と同じように目の前へ出された太平洋の幸が盛られた船盛に舌鼓をうつ。
昼間の思いもよらぬプレゼントに加え、旅館から提供される食事に彼は満足げな表情を見せる。
「(・・・じゃけど・・・やっぱし)」
「・・・ん?」
「おおッと、危ない危ない」と、春樹は生徒と共に夕食を楽しんでいる千冬から気付かれまいと目を逸らす。
春樹とて男。外見は素晴らしく整っている彼女の浴衣の艶姿に目が移ったのもあるが・・・やはり―――
「・・・ええなぁ・・・」
―――・・・千冬の膳の端に鎮座する黄金の液体に心を奪われていた。
その液体の名は『ビール』。
刺身には日本酒が合うと頭で解ってはいても、春樹の心はアルコールという甘美な飲み物に興味津々であったのである。
「なに・・・見てるの?」
「阿~?」
そんな春樹の凝視に対し、左隣に座っていた簪が些か怪訝な目で見る。
一組と四組の席は離れている為、膳に置かれたビールを遠目から確認しようと春樹は少々前のめりに身を出し過ぎていたのだ。
「もしかして・・・織斑先生を見てたの?」
「阿ぁ~・・・ええよなぁ・・・(俺も酒飲みてぇ)」
「・・・むぅ・・・」
視線の先にいる千冬・・・正確には千冬の前に置かれたビールに心を奪われ、生返事を返す春樹へ簪は面白くなさそうに頬をプクリと膨らませた。
そして、何を思いついたのか。春樹が口へ運ぼうとしているであろう刺身の裏にこれでもかと言う程の本わさびをベットリと塗りたくったのである。
「あぐッ・・・ぐギぇッ!!?」
そんな罰ゲームのような刺身を口へと放り込んだものだから、さぁ大変。
頭の中が酒でいっぱいになっている思考を裁かんと、わさび特有の鋭利な辛さが春樹を襲う。
「なッ、なにがッ・・・どうなって、ぬぉおおおおお・・・ッ!!?」
「・・・」
刺激的な本わさびに周りに迷惑をかけまいと静かに悶える春樹の隣で、簪は何事もなかったかのようにお吸い物へ口をつける。
何とも言えない達成感とまろやかな出汁の風味が優しく彼女を包んだ。
「・・・ふふッ」
「ん? なに笑ってるの、ラウラ?」
そんな簪の可愛い悪戯に気づき、ほくそ笑むラウラへシャルロットが疑問符を投げかける。
「いや、ああ言うトラップもあるのだとな」
「何言って・・・って、春樹が凄い顔してる?!」
「大丈夫だ、シャルロット。あれは春樹の自業自得だ」
「へ?」
短期間であるが、春樹と寝食を共にしていたラウラは春樹の酒好きにある程度の理解はしていた。
こんな豪勢なご馳走を目の前にして、彼が酒を求めない筈が無かろうと彼女は容易く推測できたのである。
「ふふふ・・・面白いな春樹は」
「・・・ッ・・・」
そんな様子で微笑むラウラにシャルロットは少しばかりの焦燥感を覚えたのだった。
◆◆◆◆◆
「あ~・・・酷ぇ目にあったでよ」
大人しく刺身を食っとった筈なのに、鼻腔内へ突然槍を突っ込まれたような激痛に襲われた夕食後。俺ぁ、楽しみの一つである温泉へ続く廊下をブラブラ歩いとる。
途中に見えて来た中庭が月明かりに照らされて綺麗じゃった。
「しっかし・・・ホントに貸し切りなんじゃのぉ、俺らぁの他に客が居らんでよ。高良さんや壬生さんも此方に泊まりゃあ良かったのにのぉ」
誕生日でもねぇのに、とんでもねぇプレゼントを贈って来てくれた二人は、この旅館とは別のホテルへ泊まるらしい。
そんで、明日の実習授業で今日できなかった分の設定をするそうじゃ。
「まぁ、ホントに・・・阿破破ッ、嬉しいのぉ」
俺は浴衣の右裾でつり上がる口を隠しながら、左手薬指にはめてあるウィスキーみたいな色をしたクリスタルが装飾されている紅白カラーのリングを眺める。
この指輪こそ、昼間にプレゼントして貰うた俺の・・・”俺だけ”の専用機『琥珀』ちゃんの待機状態じゃ。
夕食ん時は目立たんようにチェーンで通して首からかけとったけんど、やはり指輪じゃったら指へはめんとな。
因みに・・・なんで左手の薬指にはめとるかってのは、ノリじゃ。
俺ぁ、結婚指輪言うモンにちぃっとばっかしロマンを持っとるけんのぉ。
「それにそれに・・・阿破破ノ破!」
俺は懐に内緒で忍ばせたモンへ笑みを溢し、涎をすする。
徳利と杯でやれんのは残念じゃけど・・・まぁ、良しとしよう。阿破破破破破ッ!!
◆◆◆◆◆
「るらるらるー♪ るらるらるー♪」
旅館自慢の名物である天然かけ流し温泉へ辿り着いた春樹は、隠し持って来た日本酒の酒瓶と共に、さながら『ババ―――ァンッ!』と登場する漫画の主人公のように浴場へ入場する。
「・・・ん?」
「―――阿”ッ?」
しかし、そんな彼よりも先にこの温泉へ辿り着いていた人物がいた。
春樹が学園の中でほぼ一方的に毛嫌いしている人物。織斑 一夏、その人である。
「なんでオメェがこねーな時間に温泉へ浸かっとるんじゃ、織斑のボケェッ」
「えッ!? だってそりゃあ、今は男子の入浴時間だろ?」
「ッケ、解っとらんのぉ。オメェみたいな野郎は、時間を間違えて女湯に入るのがセオリーじゃろうがな!」
「な、なんだよ其れ・・・?」
春樹の意味不明な一方的な言葉に疑問符を沢山浮かべる一夏。
そんな彼に春樹はあからさまな舌打ちをこれでもかと鳴らした後、念入りに身体を洗ってザブンと温泉へ浸かる。
「「・・・・・」」
・・・温泉独特の臭いと共に、気不味い空気が二人の間に漂う。
まさか一夏が自分よりも先に温泉へ入っているとは思ってもみなかった春樹は、温泉へ浸かりながらの一杯が出来ない事へ大変な憤りを感じつつも、彼が早く此処から出て行く事を願った。
「・・・なぁ、清瀬。お前がシャルの問題を解決したって言うのは、本当なのか?」
奇しくも彼の願いとは裏腹に、一夏は遠慮がちに春樹へ話しかけて来る。
その言葉に対して春樹は、大きな溜息と渾身の舌打ちで答えるのだった。
「・・・阿ぁ・・・『誰から、聞いた?』なんてのは野暮じゃな。デュノアから大方は聞いたんじゃろう?」
「・・・あぁ・・・」
「・・・んな訳なかろうがな」
「え・・・ッ?」
春樹からの意外な言葉に一夏は表情を崩す。
「あのぶきっちょな親子のすれ違いは、俺が介入しようがオメェが手を出そうが、遅かれ早かれ解決してたんだよ」
「・・・でも、解決した事に変わりはないだろ」
「は?」
「シャルは清瀬の御蔭だっていつも言っているだよ。自分がここに居られるのは、清瀬の御蔭だって・・・」
「・・・プッ、阿破破破破破ッ!」
暗い表情の一夏に春樹は吹きだして笑い声をあげた。
いつか自分を嘲笑ったかのような弾んだ笑い声が男湯へ響き渡る。
「な、なにが可笑しいんだよ!?」
「いやぁ、悪い悪い。そうか、そうだよなぁ~。オメェぐらいの年の男だったら、それくらいの”ヤキモチ”ぐらい妬くわなぁ」
「や、ヤキモチッ? 何言って・・・ッ!」
動揺を隠せない一夏に春樹は「阿破破ッ」と嘲笑う。
其の春樹の笑みが、一夏は酷く酷く不気味に感じられた。
「ヤキモチじゃろうがな。自分が救う筈じゃった人間を横から掠め取られて、憤っとるんじゃ。なんじゃぁオメェ、デュノアの事が好きなんか? いや、”好きになってしもうた”んかッ?」
「な、なに言ってんだよ! だいたいなんで俺がシャルの事を、その・・・好きとか、その・・・ッ!」
思いもよらぬ文言に慌てふためく一夏に春樹は大きな大きな溜息を漏らす。
「コイツ・・・他人どころか、自分の気持ちにも鈍感じゃったんか」と、それは大きな溜息を漏らした。
「あ~ぁ、可哀そうじゃのォ。長年思っておったのに、突然出て来た訳アリヒロインに恋を持ってかれるとは・・・篠ノ之さんと凰さんは不憫じゃなぁ」
「・・・? なんでそこで箒と鈴が出て来るんだよ?」
「・・・あぁ、やっぱし。俺ぁ、オメェのそういう所ホントに嫌いじゃ大嫌いじゃ。これじゃけん、鈍感系主人公は嫌なんじゃ。『あっちこっち』の『音無 伊御』を見習えッ! あの人はにぶちーじゃけど、ちゃんと解っとるぞ!!」
「おとなし・・・って、誰だよ? 清瀬、お前さっきから何言ってるんだッ?」
「もぉ~・・・ホントに嫌だ、この主人公ぉ・・・ッ」
他人にも自分にも鈍い一夏に結局は調子を崩された春樹は、早々に温泉から出て行く。
なんでそんな反応をされたのか、一夏は解らないままにただ時間だけが過ぎて行くのであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
ぐだぐだはもう少し続くでよ。