「ハァ~・・・」
宿泊しているベルギーにあるホテルのベランダで、陽だまりのような美しいブロンド髪の少女が一人。昇る朝陽を見ながら溜息を一つ吐いていた。
彼女の名は、『シャルロット・デュノア』。
IS関連企業内において、世界シェア第三位を誇る大企業デュノア社の社長令嬢だ。
だが、彼女がこうして公の場に出て来たのはつい最近の事。
・・・と言うのも、彼女が父親の存在を知ったのは二年前の事。シャルロットの実母がステルス性の悪性腫瘍でお隠れになった直後であった。
その後、実父であるアルベールに引き取られたシャルロットであったが・・・気まずい雰囲気の為に互いにコミュニケーションが上手くとれず、加えて引き取られた直後にアルベールの現在の伴侶である継母のロゼンダから「泥棒猫の子供!」と叩かれてしまった為、「自分は愛人の子供」「望まれぬ子供」だったとあらぬ誤解をシャルロットはしてしまう。
しかし、そんな彼女に転機が訪れる。
今年の初め、『男性IS適正者発見』というニュースが世界を駆け巡った。
その人物とは、世界最強と名高いブリュンヒルデ『織斑 千冬』の弟である『織斑 一夏』だ。
その為、世界各国が彼の遺伝子情報と専用機情報を入手しようと躍起になった。無論、彼女の父親の会社であるデュノア社もだ。
当時、デュノア社はIS関連商品市場で世界シェア第三位の地位を持ってはいたものの、第三世代型機体の開発に難航し、会社存続の危機に陥っていた。
そこで会社の危機を救う為、シャルロットをハニートラップとして一夏が在籍しているIS学園へ送り込むことが計画される。
アルベールは会社内の重役員達が後に会社の醜聞となるであろうシャルロットの暗殺計画を企んでいた事を内々に知っていたので、自分の娘の命を守る為に彼は之を利用する事にした。
だが、そんな自分の身を案じている父親の意図など知らぬまま、シャルロットは学園へ男子生徒として潜入。
あとは持ち前の美しい容姿と抜群のスタイルで一夏を篭絡する・・・・・筈だった。
・・・と言うのも、彼女はハニートラップとしての素質が皆無であった。加えて、スパイとしての教育も受けていなかった為に見る者が見れば、ズブの素人だとバレバレ。
しかも、彼女が同室の相手となったのは世界各国が入れ込んでいる一夏ではなかった。
彼女のルームメイトとなったのは、一夏の発見後、日本全国で行われた適性試験でギリギリの適正レベルE-判定を受けた世界で二番目の男性適正者である『清瀬 春樹』だったのである。
加えて、彼は別にISに関わっている身内もいなければ、政府に知り合いがいる訳でもない真の一般人。
一応、日本政府からは彼自身と家族の身元不公表の保護を受けていたが、一夏のオマケか付属品としか扱われない人物だった。
それでも、一応は世界に二人しかいない男性適正者の片割れ。どうしたらいいモノかと思っていると―――――「はい、ダウトッ!!」・・・と目の前で指を差され、自身が女である事を見破られてしまったのである。
此れに多感な年頃であったシャルロットは、この三白眼であまり人相が良いとは言えないこの男に自分が本当は女であるという事をネタに脅され、自分の純潔を散らされるのではないかと気が気ではなくなった。
けれども、短気で粗暴なのは同じく男性IS適正者の嫌っている一夏の前だけなのようで、本当の彼は口は悪いが紳士的な人物だったのである。
会社から道具として送り込まれた自分に対し、理由を聞く事もなく不器用ながらも優しく接してくれる春樹にシャルロットは徐々にのめり込んで行った。
しかし、そんな関係は長くは続かなかった。
何故ならばある日、彼女がISの実践訓練を終えた後にシャワーを利用していると固有スキル『ラッキースケベ:A+』を常時発動している一夏と遭遇してしまったのだ。
そして、自分が何故にデュノア社のスパイをしている事を一夏から話す様に促され、其れを聞いた彼から「お前は此処に居ていいんだ!」「お前を守ってやる」等と言われたのである。
危機的状況に置かれ、渋々自分の正体を偽ったか弱い娘がイケメンからこんな事言われたら、普通はそのイケメンを好意的に思ってしまう。
・・・だが、シャルロットはそんな事よりも、一夏に自分のあられもない姿を見られた事に対して凹んだ。
「この前、春樹に見られた時はドキドキしたのに・・・何故だろう?」かと、彼女は彼の事が気になり出したのだが・・・この事柄がキッカケで、彼はシャルロットから離れる事となる。
「何故ッ? どうして?」と問う彼女に春樹は「別に君が悪い訳じゃない」と遠回しにシャルロットを拒絶し、彼と同じように一夏を嫌悪するラウラと行動を共にするようになった。
・・・モヤモヤとした気持ちが彼女の心を覆っていき、其れが『春樹の事が好きだ』という事を悟ったのは、学年別トーナメント準決勝で彼と相対した時であった。
・・・因みに。
公式記録から抹消されたその試合で、春樹は世界各国と自身を舐めていた日本政府の認識評価を百八十度改めさせる程の活躍をする事となる。
その後、そんな逸材となりあがった春樹の
そんな恩人とも言える春樹にシャルロットが増々のめり込むのも時間の問題だった。
だが、彼と彼女の関係はそれ以上の発展は遂げる事はなかった。
代わりに自身の気持ちに素直になったラウラが春樹との仲を深めていき、今まで交流が無かった四組の簪とも彼は交友するようになった。
意外にもライバルが多い事に焦燥感を募らせていくシャルロット。
春樹との距離を詰めようと食事やデートに彼を誘うが、外部からの邪魔が入る等し、一向に巧くいかない。
そうしている間にも春樹はラウラと情を深めていき、遂に臨海学校の最中に起こった『銀の福音事件』後の搬送された病院で、ラウラは彼に逆プロポーズとキスを交わしたと言うではないか。
しかも、其れを新しくルームメイトになったラウラ本人の口から聞かされたのだから溜まったものではない。
其れが真実かどうなのか。確認しようにもあの事件から春樹の様子はおかしくなり、そんな彼を気遣うようにラウラや簪が殆ど常時傍にいた。
帰室時間で春樹が自室へ戻ったとしても、彼はその部屋のドアを完全に締め切り、訪ねても応答がなかった。
その為、容易に二人っきりになれないままシャルロットは夏休みを迎え、本国へ帰還する事となった。
「お、おはよう・・・シャルロット」
「!」
後ろから自分の名前と挨拶をされたので彼女が振り返ってみると、其処にはある女性が佇んでいた。
その女性にシャルロットは未だぎこちなさが残るが、「お、おはよう・・・”おかあさん”」と挨拶を返した。
この女性の名前は『ロゼンダ・デュノア』。シャルロットの父親であるアルベールの現在の伴侶であり、シャルロットが引き取られた直後に彼女へ暴言と手を挙げた継母である。
だが、シャルロットに罵声と暴力を振るったのは、自分がアルベールとの間に子供をもうけられない身体である事に対する八つ当たりであった。
その事を反省したロゼンダはシャルロットの帰国後に彼女と改めて対面し、謝罪とお互いの間にある膿を出し切った。
これで家族間にあった禍根を全て消すことが出来たのだが・・・シャルロットの最大の悩みの種である春樹への恋情は未だ彼女の心に住み着いていた。
「そう言えば、シャルロット。用意は出来ているの?」
「え?」
ぎこちなさはあるものの、普通の家族のように会話を弾ませながら二人でホテルの朝食をとっているとロゼンダはシャルロットにそう聞く。
何の事か解らずに疑問符を浮かべる彼女にロゼンダが今日の昼に行われる昼食会の事を話した。
「疲れているのなら、私からアルベールに・・・お父さんに話しておくけど?」
家族間の膿と会社経営の問題と暗殺計画を企んでいた重役員共の一掃がなされた事で、アルベールは堂々とシャルロットを自分の子供だと公にした。
その事で本当に社長令嬢となった彼女は、本当は娘思いだった父親の為に積極的に彼の仕事を手伝いだした。
しかし、帰国してからここの所、取引先などへの顔出しをアルベールと行っていた
その為か、彼女の顔には疲労の色が見え隠れしていた。
「大丈夫だよ、おかあさん。それに今日はうちの会社の危機を救ってくれた日本政府の人との昼食会でしょ? しっかり私の顔を覚えてもらわないと!」
「そう・・・あまり無理しないでね」
そう心配そうに手を握って来たロゼンダの手をシャルロットは掴み返し、「うん。ありがとう、おかあさん」と微笑み返した。
それから時は加速し、時刻は正午を回る頃。
フォーマルドレスに着替えたシャルロットは、ビシリとビジネスマンの戦闘服を着こなしたアルベールと共に昼食会が行われる会場へと急ぐ。
昼食会と言っても、その日の夜に行われるIS新機体発表会の前祝のようなものだ。
「これはこれは、デュノア社長。お久しぶりです」
「Mr.長谷川、息災で何より」
到着した会場の扉前で、今日の昼食会に招かれた日本政府の関係者と出会う。
アルベールと親しそうに握手を交わす日本IS統合対策部副本部長の長谷川に「どうも、”初めまして”」と挨拶をするシャルロット。
彼とは銀の福音事件で面識はあったものの、あの事件自体が機密案件だったために初めて会うような素振りを彼女は心がけた。
之に対し、長谷川も「初めまして」と挨拶を交わす。
「ふむ。こんな綺麗で可愛らしい娘さんがいるとは・・・将来は気が気でありませんな、デュノア社長?」
「ハハハッ。上手い事を言ってくれるな、長谷川さん。ところで長谷川・・・”彼”は来ているのかい?」
「彼?」
アルベールから長谷川に投げ掛けられた言葉にシャルロットは疑問符を浮かべる。
「はい。しかし、初めての飛行機と時差ボケに壁々しています。・・・ですので社長、なにぶんと彼に酒類は厳禁です。一応、未成年者なので」
「そうか、それは残念だ。彼の飲みっぷりは好ましいものがあるのだがな」
「お父さん。二人の話している彼って・・・?」
「あぁ、シャルロット。我がデュノア社・・・いや、私達家族の大恩人だ」
「大恩人?・・・・・まさか!」と思い当たる人物がいたのか、ハッとするシャルロットの耳に「すいやせんッ、遅れました!」と聞き馴染んだ声が聞こえて来た。
声のする方を見れば・・・・・
「遅かったな。大丈夫か、”清瀬”君」
「はい! エラかったけんど・・・胃の中全部空っぽにして来たんで、もう大丈夫です!」
「まったく・・・飲み過ぎですよ、清瀬君」
「阿破破破ッ」と奇天烈な笑い声をあげる世界で二人目の男性IS適正者がいるではないか。
「は、はる―――「Mr.清瀬!!」―――って、お父さん!?」
「おぉッ。久しぶりっすね、アルベール・デュノア社長」
シャルロットが春樹へ声をかける前に何故かアルベールが彼に勢い良く迫り、両手をとった。
「よく来てくれた! 長谷川からは聞いているが、昼食には君の好物を用意しているよッ!」
「デュノア社長ッ?」
「ホントっすか? やったでよ!!」
「ダメですからね、清瀬君ッ!!」
そうたしなめる高良に「え~ッ!」と不満げな声を出す春樹だったが、アルベールの後ろにいるシャルロットへ手を振った。
「おおッ。終業式ぶりじゃのぉ、デュノア・・・いや、社長も”デュノア”じゃしなぁ・・・紛らわしいのぉ」
「どうしたの、春樹?」
「いんや。なぁ、デュノア? ”シャルロット”って、呼んでもエエか?」
「へ!?」
春樹の発言に「シャルロットって、呼んでもエエか」のセリフが彼女の頭の中でエコーで木霊する。
学園ではファーストネームで呼ばれるラウラや簪を羨ましく思っていたので、かなり嬉しい事であった。
「阿? なんじゃあ、気に入らんのんじゃったら別に―――「ううんッ、そんな事ない! そう呼んでよッ!!」―――お、おう。じゃあ・・・シャルロット」
「フフフッ・・・行こう、春樹!」
ガチガチの緊張感が一気にほぐれたシャルロットはニコやかな表情で春樹に笑いかける。
そして、彼の手を取りながら一行は会場内に入って行った。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆