第69話
世界最強のIS搭乗者である称号『ブリュンヒルデ』。
その称号を未だ欲しいままにする織斑 千冬から見て、人類史上二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は当初、偏屈な少々変わった人物であった。
人類史上初の男性IS適正者にして自分の弟である一夏を嫌悪し、度々衝突こそはするものの、彼と関わらなければ普段の学校生活に問題は見られない。
授業も真面目に受講し、授業内容に解らない点が有れば率先して質問を投げかける模範的な者であり、山田教諭を含めた教師陣からも受けの良い生徒であった。
・・・にも関わらず、筆記成績は中の下だったが。
そんなテストを受ければ赤点スレスレの超低空飛行を見せる彼だが、ある抜きん出た”才能”を持ち合わせていた。
其れはISに対する実技能力が一夏を含めた他の生徒よりも高い事だ。
春樹のIS適正はギリギリのレベルEではあったが、実践訓練では自分よりも格上の相手を翻弄し、IS展開速度は一年生の中で三本の指に入る程に速い。
しかし、彼は其れを見せびらかす訳でも誇る訳でもなく、日々をのんべんだらりと過ごす事だけに意識を集中している節があった。
加えて、人気者である一夏を一方的に嫌悪していた為、彼を擁護する女生徒間では嫌われている男だった。
そんな春樹を最初は千冬もある程度の問題児として認識していたのだが、今まで一夏のオマケ扱いを受けていた彼の評価を一変させる事件が起きた。
其れは学年別トーナメントの準決勝第一試合で起こってしまったVTシステムによる暴走事件、通称『VTS事件』。
この事件で春樹は暴走したラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンに一時は取り込まれてしまったのだが、奇跡的に生還するだけでなく、今まで誰も完全適応する事がなかったドイツ軍の秘術である『ヴォーダン・オージェ』の完全適正者になってしまったのである。
更に学校行事である臨海学校の最中に起こった米軍所属軍用ISによる暴走事件、通称『銀の福音事件』では瀕死の重傷を負ったにも拘らず、僅か半日の内に全快してしまった。
以下の事柄により「・・・これはオカシイ」と、千冬は彼の異常なまでの自然治癒回復力とIS技能を不審に思った。
そして、こうも思った。「若しかしたら・・・ヤツは私達と”同じ存在”なのではないか?」と。
そんな疑問を解決すべく、春樹がヨーロッパへ赴いている間に彼女は彼の故郷へと電撃家庭訪問を決行する事にしたのだった。
彼女が降り立ったのは、敵の根城へカチコミを決めた日本一有名な御伽話の主人公生誕の地。
その山間部にある春樹の実家に訪問したのだが・・・其処で解った事と言えば幼少期の彼は今とは考えられない程に病弱で偏屈な性格だった事。
その性格が災いし、中学の時に受けたイジメを苦に何を考えたか醤油樽へ身投げを敢行して死にかけたという事。
自分達とは違って彼には血の繋がった両親や祖父母も健在であり、彼等が過去に海外へ住んでいた記録も無ければ渡航歴もないと言う事だけだった。
普遍的で普通の家庭と弱々しい過去。
もし・・・ISという余りにも逸脱した存在が現れなければ、彼はなんの変哲もない”モブ”という役割しか与えられなかったであろう。
「・・・清瀬 春樹・・・お前は一体・・・?」
現在の姿とは似ても似つかない、そのあまりパッとしない彼の生い立ちに千冬は逆に増々興味が湧いた・・・湧いてしまった。
何故、彼が女性にしか動かせない筈のISを扱えるのか。
何故、瀕死の重傷を負ってもすぐに回復してしまうのか。
謎を解明しようとして、更に謎が深まってしまった彼は現在―――――
「ぬおぉおおおおお・・・あんまりだぁア・・・・・ッ!!」
―――千冬が担当している”一組”のクラスで怨嗟の呻き声を上げながら、机に向かって俯いていた。
◆◆◆◆◆
あ・・・ありのまま、今起こった事を話すでよ!
何とも色々あり過ぎたヨーロッパ旅行を終えて実家に帰省したと思うたら、IS学園の始業式を迎えていた。
しかも、俺の在籍していたクラスが四組から一組にまた”移動”しとった。
最初は、まるで『キング・クリムゾン』と『ザ・ワールド』のスタンド攻撃を受けたように頭がどうにかなりそうじゃった。
時間に関係するラスボス二人と戦った事のあるポルナレフの気持ちが、ちぃとばっかし理解できたような気がするでよ。
何故にこんな糞ッタレな事が起こったのか。其れは俺が、銀の福音事件と夏休みのベルギー旅行で自重しなかった事に関係するらしい。
自分の身に降りかかる火の粉を振り払うために行った俺の行動が、VTS事件で俺の評価を改めた学園側の興味を更に煽ったそうじゃ。
『色んな意味で問題の多すぎるこの生徒を如何にしようか』と、頭を捻る学園上層部。
そんな連中にあの”女郎”が余計な事を吹き込みやがった。
「・・・ならば、監視し易いように問題のある専用機持ち達を一緒のクラスにしてしまえば宜しいのでは?」
『『『それだ!』』』
「それだ!」じゃねぇよ、おわんごが!!
こっちは織斑の野郎と同じ教室の空気を吸うのも嫌だってのに、隣の席にしやがって・・・・・。
何考えてんだ、あのシスコン生徒会長めッ!?
麻縄でグルグル巻きにして出汁醤油で煮込んでやろうか?!!
〈ふむ・・・其れは実に食欲がそそられるな〉
出たな、ハンニバルカニバル!
宿主である俺が苦しみ身悶えてるって言うに涼しそうな顔しやがって!!
実体がありゃあ、ぶち回しとるでッ!
〈そう言うな、ハルキ。これは愚かな君に対する”罰”だと思えば、”此れだけで済んだ”ことを感謝するべきだと私は思うがね〉
・・・・・そりゃあ、どーいう意味じゃ?
〈福音の暴走事件とベルギーでの事柄で、二人の乙女が自分の思いを想い人である君へ吐露した。其の答えを君はあろう事か先延ばしにした。・・・実に無礼な行為だと、私は思うがね〉
・・・五月蠅ぇよ。
こっちだって、色々思う節があるんじゃ。
〈”色々”とはなんだ? ”前の世界”ではなかった『モテ期』とやらの良い気分をもう少し味わいたいからか? もしそうならば・・・ハルキ、君は君自身が嫌う”無礼な豚”と同じ醜悪な存在だ〉
黙れって言ってんだろうが、この食人鬼ッ!!
〈・・・まぁいい。だが、ハルキ・・・君はいずれ選ばなければならない。自らと相手に誠実でありたいのならば、一人を。欲望に吹っ切れてしまえば、皆を。人である事を続けるか、獣に成って果てるか・・・楽な方を選べば良い〉
・・・知っとるか、ハンニバル・レクター?
”奈落”の道へは善意のアスファルトで舗装されとるんじゃで?
〈フフフ・・・私としては、君が此方側へ”堕ちる”事を望んでいるのだがね。・・・ところで、ハルキ?〉
・・・なんじゃーな?
〈ビームが来るが・・・避けなくて良いのか?〉
・・・・・阿”ッ?
「当たっておしまいなさい!!」
ズギャァアア――――ッン!
◆◆◆◆◆
ドォオーン!
「やった! ついに当たりましたわ!!」
二学期が始まって最初の土曜日。
模擬戦闘の為に貸し切りとなった第三アリーナでは、セシリアから放たれたビームライフルが地面の土を大きく巻き上げていた。
何故、この様な状況になっているのか。其れは始業式後、セシリアが春樹に対して模擬戦を申し込んだからだ。
ベルギーでの襲撃事件に使われた機体が、自国から強奪されたブルー・ティアーズの姉妹機である事を事件現場で知る事が出来た彼女は、その機体に搭乗していたテロリストを撃退した春樹と戦う事で自らのスキルアップと”いつかの借り”を清算する為に彼へ挑んだ。
試合開始当初、制空権をとったセシリアからのビームライフルとBT兵器による砲撃で優位な試合展開が繰り広げられている・・・ように見えた。
だが・・・本当の所は、セシリアの攻撃は全て回避されていたのである。
彼女から繰り出されるビーム攻撃を春樹はまるで氷上のアイススケートのようにランドスピナーで地面を滑らかに舞う。
そして、セシリアに僅かな隙が出来ると追加武装の一つであるリボルバーカノンを発砲したのである。
「なッ!?」
しかし、彼の撃った弾丸はカラーペイント弾。
セシリアの纏うブルー・ティアーズのSEを削る事はなく、代わりに青い機体表面を鮮やかなショッキングピンクで塗装した。
そのペイント弾がブルー・ティアーズへ着弾する度、春樹の「阿破破ノ破!」といった奇妙な笑い声がアリーナへ響き渡る。
明らかに煽られている事を感じ取ったセシリアはどんどんムキになっていき、其処等彼処へビームの雨を降らし始めた。
そんな攻撃が功を奏したのか。春樹の動きが一瞬だけ鈍くなる。
最初は何かの罠かと勘繰ったが、呆けた阿保面を晒す彼に問答無用と正確無比で無慈悲な一撃を放つセシリア。
今まで散々煽られていた為に通常の倍の威力で発射されたビームは春樹に直撃したのか、大きな爆発音と土煙を上げた。
漸く当たったこの攻撃に彼女は「どんなもんだい!」とばかりに胸を反らせ、「フンスッ」と鼻息を荒らげる。
「―――――其れは、どうじゃろうかのぉ?」
「え・・・!?」
だが、気の緩んだセシリアの横眼から、銀と赤の装飾が施された全身装甲の機体が土煙を掃いのけて現れた。
特徴的なのは、その胸部装甲中心部にある琥珀色のY字型クリスタルと何処かの光の巨人をベースにしたデザインであろう。
「遊びは終わりじゃ、喰らいんせぇッ!!」
「ッ、きゃぁああ!!?」
春樹は腰に備え付けられているスラッシュハーケンをセシリア目掛けて射出。
先端部のアンカーがブルーティアーズの足に巻き付くや否や、高速でワイヤーを巻き取り、制空権を陣取っていた彼女を地面へ引きずり落とし―――――
「どうする? まだ、続けるか?」
―――・・・セシリアの首筋へ鉈型MVSの刃先を添わせた。
鉄仮面の下から見える艶めかしくも脂ぎった琥珀色の眼に彼女は「い、いえ・・・参りましたわ」と下唇を噛みながら言葉を紡ぐのだった。
「クラス代表戦から半年も経っていませんのに・・・もう此処まで差をつけられてしまうなんてッ、悔しいですわ!」
「阿破破破ッ、ええストレス発散になったわ。ありがとうな、セシリアさん」
模擬戦闘後、ISを待機状態にしたセシリアが口をへの字に曲げる。
その隣で、琥珀の頭部装甲であるフルフェイスマスクを小脇に抱えた春樹がケラケラ笑みを溢して彼女に礼をした。
其の姿が気に入らないのか。「キーッ! 小バカにして!!」とセシリアは歯噛みしていたのだが・・・急に真剣な顔つきに表情を変え、こう言った。
「先の戦い、私の何がいけなかったでしょうか?」
・・・と。
之に春樹は「阿ぁ? イギリス代表候補生ともあろうお方が、同じ代表候補生とは言え、この間なったばっかしのペーペーに評価を乞うんか? 随分と謙虚になったのぉ。初対面の高飛車な一面からえろう様変わりしたもんじゃ」・・・と、茶化しながら言葉を紡いだのだが、「その事は忘れて下さい。・・・それで、どうなのですか?」とセシリアは食い下がった。
いつもの彼女なら煽られた事に腹を立てて怒るのだが、今日のセシリアは何だか違った。
ベルギーのあの一夜から、何か思う節があったのか。いつになく真剣な眼差しで彼を見つめる。
「ふむ、そうじゃのぉ・・・実に見事なまでの正確無比な射撃じゃ。じゃけど、あんまりにも正確無比”過ぎる”んが傷じゃのぉ」
「正確・・・『すぎる』?」
「応。セシリアさんの射撃は、「私、今から此の場所に撃ちますよ」って感じの射撃なんじゃ。じゃけぇ、実に避けやすかった。遠距離で、相手が気づいとらん狙撃とか。止まっとる的を撃ち抜くには十分じゃが、中・近距離での動きょーる敵には相性が悪いでよ。あと・・・」
「あと?」
「接近戦が弱すぎる」
直球的なこの言葉にセシリアは「ぅッ!」と表情を歪める。
一応ブルー・ティアーズには接近戦用のショートブレード『インターセプター』が装備されているのだが、彼女自身が射撃戦を主にするので滅多に使用されておらず、入学当初は候補生でありながら呼び出すのに装備名を口頭で挙げるという初心者用の手段を使うほど時間が掛かっていた。
「セシリアさんの戦い方じゃと自分に敵が近づく前に足止めか撃破するんが一番エエんじゃろうけども、今まで通りじゃと無理じゃろうな」
「うぅ・・・確かに一理ありますわ。ですが、一体どうすれば宜しいんでしょうか?」
「んなモン知らんがな・・・って、前の俺なら言うとったかも知れんけど。そうじゃなぁ・・・つかぬ事を聞くが、セシリアさんや。フェンシングとかの経験は?」
「えッ? いえ、ありませんが・・・どうしてその様な事を?」
「ほら、映画とかで貴族って役柄は剣術とか馬上試合とかやっとるじゃんか。それでじゃ」
この春樹の発言にセシリアは「映画と現実は違いますわよ。それに古臭いですわ」と溜息混じりに言葉を返す。
「そうかぁ、古臭いかァ。・・・あッ。そう言やぁ、セシリアさんはテニス部じゃったよな?」
「えぇ、そうですわ。幼い頃より打ち込んでいるモノの一つですわ」
「じゃったらアレじゃのォ・・・ショーブレードよりも、両手で使えるロングソードや片手でサーベルの方がエエかもしれんな。つーかそもそもライフルを使よーるんじゃけん、銃口付近に銃剣付けて・・・いや、ここは射撃タイプであるセシリアさんの長所を伸ばす方が・・・・・」
「は、春樹さん?」
顎に手をやり、ブツブツと物思いに耽る春樹。
其の姿を目にしたセシリアは最初は戸惑ったのだが、次には「・・・ふふッ」と口角を引き上げた。
「阿ぁ? なんじゃあ、そん顔は?」
「ふふふ。ごめんなさい、春樹さん。私の為にそこまで考察してくれるなんて・・・ラウラさんやシャルロットさんが、あなたに想いを寄せる気持ちがほんの少しですが解りましてよ」
彼女の言った言葉の意味が解らないのか、春樹は「・・・阿ぁ?」と首を傾げるばかり。
「聞きましてよ、シャルロットさんにもキスしたんでしょう?」
「・・・ッチ。ヤレヤレ、情報が早いのぉ。しかも、さっきの戦いよりも目がイキイキしとるんは、どういうこっちゃ? それにキス”した”んじゃのぉうて、キス”された”んじゃ。それも無理矢理にのぉッ」
「あら、そうでしたの。今まで心の内はラウラさんでしたが、シャルロットさんにキスされた事で揺れ動いている・・・と言った具合でしょうか? それで、どちらの方になされますの?」
「・・・ええ趣味しとるのぉ、セシリアさん。心配してくれて、俺ぁ涙が出らぁ」
「ありがとうございます。それに後ろの”御二方”も春樹さんの御答が早く知りたいのではなくて?」
セシリアが視線を向ける方を振り向けば、アリーナの物陰からおずおずと手に持ったバスケット共に姿を現す簪の隣で、ラウラとシャルロットがひょっこり顔を覗かせていた。
・・・瞳からハイライトを消して。
「・・・あぁッ・・・もう・・・!」
「オホホホッ。モテる殿方はお辛いですわね」
「他人事だと思ってッ・・・この女郎・・・!!」
先程までの落ち込んだ表情とは打って変わり、顔を片手で覆う春樹を嘲笑うセシリア。
「・・・この女郎、ちぃとばっかし痛めつけりゃあ良かったかのぉ」と春樹は琥珀色に輝く右眼で睨む。
この心労も合わせてか、彼の頭髪の二割が白く変色してしまった。
御蔭で夏休みの実家帰省前、琥珀色に変色した右眼は物貰いで誤魔化し、白髪は年若いと言うに白髪染めを使う羽目になった。
「あら怖い。その様な恐ろしいお顔をしていると、皺が刻まれてしまいますわよ」
「はぁ・・・セシリアさん、君って人は・・・・・ッ」
「さ、行きますわよ」と三人が待つ方向に進む彼女の隣で春樹はとても大きな溜息を吐くのであった。
・・・・・これから巻き起こるであろう『混沌』を憂うように。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆