「”惜しかった”・・・今回”も”彼は実に惜しい所までいった。だが、残念な事に今回も”至る”事はなかったな」
様々な言語で編集された本が建ち並ぶまるで大図書館の様な空間の一室で、上質なカウチに坐した男が一人、悩まし気な表情と口調で溜息を漏らす。
「当たり前よ。春樹があなたみたいな男の思い通りになってたまるもんですか」
そんな哀愁漂う男の声にガラスを隔てた真向かいの空間から、真っ赤なバラの様なワンピースを着た白髪の幼い少女が答える。実に得意げにだ。
「まさか、あそこで彼が自分の頭へ氷結弾を撃ち込むとは思わなかった。あのまま自らの本能に抗うことなく、自らの”獣性”に身を委ねれば良かったものを」
「黙りなさい、”怪物”。彼を解ったような口を利かないでちょうだい」
此方を睨む少女に男はクスッと口角を引き上げる。
「フッ・・・ついこの間まで”プログラムされた感情”しか持ち合わせていなかった幼子が随分と無礼な口を利くな? 其れに「彼を解ったような口を利くな」とは可笑しい。私と彼はコインの表と裏の様なもの。後からやって来た君にとやかく言われる筋合いはない。未だ己の存在を彼に認識されていないのなら猶更」
「ッ・・・やなヤツ。本当に本当にやなヤツよ、あなたみたいな”獣”は。自分でもそう思わないの、”人食いハンニバル”?」
くすくすと笑う男に少女は苦虫でも噛み潰したような表情と忌々しそうな視線を突き刺す。
「何とでも言えば良い。未だ彼は私の掌の上、なにも焦る必要はない。私はこのままじっくりと彼が”染まる”のを見守る事にする。高温で一気に焼くよりも、低温でゆっくりと焼いた方が肉は美味いのと一緒だ」
「・・・もう一度・・・あえてもう一度同じセリフを吐かせてもらうわ、ハンニバル・レクター。『春樹があなたみたいな男の思い通りになってたまるもんですか』」
「フフッ・・・そうなる事を”私も望んでいるよ”」
「・・・ッチ」
綺麗な顔に見合わない舌打ちを吐き捨てた少女は席を立ち、元居た自分の居場所へと戻って行った。
其れを視認しつつ、男は・・・ハンニバル・レクターは自らの記憶の宮殿へと思考を沈ませる。
「あと少し・・・あと少し”キッカケ”さえあれば、彼は・・・・・」
◆◆◆◆◆
『後日談と言うのが、今回のオチ』みたいな感じで今回の一件の顛末を語らせてもらうこうじゃ。
学園祭に乗り込んで来たテロリスト共は、何でか知らんが撃つ事が出来たスペシウム光線(芹沢さんに言わせるとゼットシウム光線らしいが、この際どーでもええ)に飲み込まれた”らしい”。
『らしい』ってのは、俺は其の事を断片的にしか覚えとらん故にじゃ。
正確に言えば、オータム言う絡新婦が自爆しやがった辺りから覚えとらん。
・・・あッ、そうそう。ついでに言うと其のオータム言うボケにボコボコにされとった”阿呆の方”の織斑は、廊下で気絶しとる所を学園内を索敵しょーたシスコン会長と簪さんに拾われたそうじゃ。
んで、其の必殺光線に飲み込まれた賊共は未だ行方不明。まだ土左衛門が打ち上がっとらん言う事は、多分生きとるじゃろう。
サイレントちゃんの方は兎も角・・・ゴキブリみたいなヤツじゃなぁ、オータム言う輩は。
しかもまた”逃して”しもうた。あぁ~イラつくのぉッ・・・!
・・・話を元に戻す。
今回の一件は勿論、一般生徒や招待客には秘匿じゃ。表向きはオータムの自爆を生徒の火の不始末による火災として公表された。・・・・・されたんじゃけども・・・
≪春樹ッ! あんたぁ、ホントに大丈夫なんかぁ?!≫
御蔭で俺ぁ今までの敵を優に超える人間と交戦・・・いや、”口”戦する事になってしもうたでよ。
「じゃけんさっきから言ーろーがなッ。俺ぁ大丈夫じゃって、”母ちゃん”!」
≪よー言うわな! そねーな事言うて去年、醤油樽中へ身投げしたんは誰じゃったかなぁッ?≫
「うぐッ・・・痛い所突くのぉ・・・」
どっかのおわんごな招待客が「IS学園出火ナウ」みたいな阿呆な事をネットに投稿してくれたせいで、俺は我が家の『ゴットマザー』からの電話対応に追われる始末じゃ。
此の所『ダイ・ハード』みたいな映画が何本も撮れるような糞ッタレなイベントごとに晒されようたけん、心配かけまぁと電話するのを怠ったツケが回った来た感じじゃ。
≪夏休みでもちょこっとしか家に帰って来んかったし・・・あんたぁホントに大丈夫なんか? そん時にバイト代じゃ言うて、”五百万円”の入った封筒持って帰ったけど・・・なんか危ない事をしょーるんじゃねぇじゃろうなぁ?≫
五百万円言うんは、俺が『銀の福音事件』の活躍で長谷川さんから貰うた報酬額の事じゃ。
まさかそねーに貰えるとは思わんかったけん、実家の家電一式を最新型に買い替えて、夏休みの帰省中はいつもなら行かんような豪華な店で外食三昧してやったでよ。
・・・そのせいかは知らんが、父ちゃんの痛風がぶり返してしもうたけんど。
「大丈夫じゃっちゃ。あの現ナマは安心安全な金じゃけん、心配せんでもエーって何度も言うよーるがな」
≪そねーな事言うても春樹・・・お母ちゃんは心配で心配でッ≫
「相変わらず心配性じゃのぉ。俺は(テロリストのせいで左の肋骨三本と右足首を粉砕骨折したけど)元気にやりょーるけん心配せんでもエエでよ」
≪ほうかぁ? ならエエんじゃけど・・・・・ところで春樹、あんたぁ次はいつ帰って来るんなら?≫
「阿ぁ? そうじゃな、今度は冬休みじゃ。土産でも買うて帰るけんな」
≪土産はエエけん、無事に帰って来るんよ? それだけで十分じゃけんな≫
「あ~、はいはい。解った解った」と、なんとか母ちゃんを丸め込む事に成功した俺はこのまま話を切り上げて電話を切った。
口から出任せ言うんは、織斑先生からの事情聴取と言う名の尋問を受けよーる時の何千倍も緊張してしもうたでよ。
流石は母ちゃんッ、子供を心配する母親の凄味があったでよ!!
「・・・ご家族への電話終わりましたか、清瀬君?」
そねーな安堵する俺に疑問符を投げかけるんは、我らが学園の長である轡木学園長先生じゃ。
「すんません、学園長先生。話の途中じゃ言うんに電話に出てしもうて」
「構いません。流石にあのような呟きが全国区のニュースになるとは私も思いもよらなかったですから。清瀬君の御母上が心配するのも当然の事です」
「阿破破ッ、いやはやお恥ずかしい。・・・そんで、どこまで話してましたっけ?」
「はい・・・清瀬君の指摘した『学園内に”モグラ”が紛れ込んでいる』と言う辺りからです」
なんだか照れ臭うなって頭を掻く俺に学園長先生の柔い表情が一気に鋭うなった。
◆◆◆◆◆
学園祭襲撃事件から数日後。
襲撃者であるオータムによって全治三か月以上の重傷を負った筈の春樹の姿は、何故か病室ではなく学園長室にあった。
事件後、すぐさま彼は学園内にある緊急医療棟に搬送されたのだが、日を跨ぐ前に持ち前の異常治癒能力で負傷箇所を回復させて起き上がった。
そして千冬からの事情聴取後、率先して轡木の召喚へ応じたのである。
「まさか、私が所用で学園を空けている時に襲撃をかけて来るとは・・・やはり君の言うように内部へ”モグラ”、つまりは亡国企業のスパイが潜伏していると見て良いでしょうね」
「はい。阿呆の方の織斑・・・もとい織斑の話だと最初はIS関連企業関係者としてコンタクトして来たって言うんですからね。大きなリスクをしょって無理矢理入り込んで来たんじゃのうて、生徒間のみに発行された招待チケットを使っての侵入でしょうな。其れに当日の警備情報や監視カメラ位置も把握しとった節がありますけんね。間違いないと思いますよ」
春樹の意見に轡木は「・・・そうですか」と相槌を打って瞼を閉じた後、彼に対してつかぬかぬ事を聞いた。「スパイとして怪しい人物は誰か」と。
「取りあえずは、今回の生徒会の出し物を予め把握していた人間全員です。その中でも特に怪しい人間が少なくとも二人います」
「参考に聞いておきますが・・・誰でしょうか?」
轡木の言葉に対し、春樹は「一介の個人的な意見なので、お気を悪くされないでくださいね」と前置きした上で話し始める。
「先ず一人目は、男子生徒争奪戦なんて催し物を企画した生徒会長の更識 楯無。あの企画のせいで警備が手薄になった箇所が幾つかありました。二人目はそんな時に学園を出払っていた人間・・・学園長先生、貴方だ」
「・・・ほう」
彼の突拍子もない発言に轡木は一瞬眉をひそめて頷いた。
「理由としては・・・学園長先生は表に殆ど姿を現さないし、今までの騒動でも蚊帳の外が多かった。素人考えでも、学園長先生が黒幕なんじゃないかと思いまして」
「・・・ふむ、確かに。今まで私が席を外している時や私の手から離れた場所で騒動が起こっていた。清瀬君がそう考えるのも無理はないでしょう。ですが、本当に君はそう思っているので?」
怪訝な表情で語り掛ける轡木に春樹は「阿破破破ッ」といつもの様に不気味で奇妙な笑い声を上げた後で「まさか!」と声を張り上げる。
「ご気分を害されたのなら謝罪します。ですが・・・可能性としてはなくはないでしょう?」
「・・・いつかのように私にカマをかけようとしても無駄ですよ、清瀬君。そして、あまり賢いとは言えないやり方だ。本当にそうだったとしたら、先程の親御さんとの電話が君にとって”最期”になるかもしれなかったんですよ?」
「お気遣い痛み入ります。ですが・・・そん時はそん時ですよ、学園長先生。阿破破ノ破ッ!」
ニヤニヤと笑みを溢す彼に轡木は溜息を漏らす。
相変わらず春樹の行動パターンは裏で長年に渡って暗躍していた轡木でも計り知れない部分が未だある。
何も考えていないようで多くを考え、正気なようで狂気に陥っている印象が強く彼から感じ取れた。
「じゃけどモグラが居る言う事は、これからもアヤツ等は襲撃をかけて来るでしょうな」
「次に襲撃をかけて来るとすれば・・・・・」
「「『キャノンボール・ファスト』の時」」
二人の意見が同じである事に春樹は口角を吊り上げ、轡木は口角をへの字に曲げる。
前途は多難だ。
「ふぅ・・・今年は本当に騒動事が多い」
「心中お察ししますよ、学園長先生」
「ありがとうございます。どうですか、これから君も一杯?」
そう言いながら轡木は二人の間にあるガラステーブルへクリスタルボトルへ注がれたデカタンを置く。
「・・・いえ、今日の所は止しておきます」
「? そうですか」
だが、春樹はその誘いを断り、早々に自室へと帰室するのであった。
「・・・・・何かがおかしい」
春樹が退室した後、彼の対応に轡木は違和感を抱いた。何故ならば、あの春樹が”酒を断った”からだ。
「(いつもならばボトルごと呷るように飲む彼が酒を断るとは・・・・・いや、未成年なのだから其れが普通なのだが・・・何かがオカシイ。あの清瀬君が何の理由もなく酒を断るなどとは到底思えない)もしもし、私だ」
古来日本では大地震が起こる前には鯰が暴れるといった言い伝えがある。
其の前触れではないかと勘繰った轡木は自身の部下へと指示を入れた。『清瀬 春樹への監視強化』の指示を。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆