第85話
『キャノンボール・ファスト』とはISを使って行われるバトルレースの名称で、国際大会として開催される程に白熱している競技の一つだ。
IS学園があるこの地域では市の特別イベントとして催され、本来は二年生からの参加する事が出来るイベントなのだが、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多い事から、一年生までを対象とした参加が決まった。
部門は一般生徒が駆る訓練機部門と専用機持ち生徒が纏う専用機部門の二つに分かれており、開催場所は臨海地区に建造された超大型アリーナで行われる。
其の為、このイベントは一種のお祭りの様な事になっていた。
そんなイベントが日に日に近づいている頃。IS学園内にあるアリーナでは、今日も上昇志向の強い生徒達が切磋琢磨している。
「はぁあああああッ!!」
其の中でも一際輝くサファイアブルーのような逸材が一人、大きく息を切らして訓練に勤しんでいた。
「ハァ・・・ハァ・・・ッ! ッ、もう一度!!」
彼女の名はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補性であり、専用IS機ブルー・ティアーズの纏い手だ。
そして、今日も彼女はビット連動の高速ロール射撃を行っては、動く的と化したドローン目掛けてレーザービームを発射する。・・・『曲がれ』と念じながら。
ズキューン!
「っく・・・・・もう一度ですわ!」
しかし、発射されたビーム攻撃は僅かばかり角度をつけてフワフワ浮かぶドローンの横を掠めた。
この攻撃に納得のいかないセシリアは其の後、何度も何度もドローンに対するビーム攻撃を行うが、彼女の納得のいくものには仕上がらない。
それどころか、回数を重ねれば重ねる毎にレーザービームは角度を本来の直線的なモノへと変えていった。
「く、ぅう・・・ッ。どうして、どうしてなんですの・・・?!」
的となったドローンを破壊するには至ったが、セシリアは下唇をギリリと噛み締める。
・・・そして、思い出す。自分よりもBT適性の高い能力を持った学園祭襲撃者の一人を。
一週間と少し前、IS学園はある組織の襲撃を受けた。
組織の名は『
組織自体は五十年以上前から存在している事は解ってはいるものの、国家も思想も不明であり、其の目的も不明。其れ故に存在理由も規模も不透明だ。
そんな組織から送り込まれて来たテロリストの一人が、セシリアと同じBT兵器を有したISを所持していたのである。
其の機体の名は『サイレント・ゼフィルス』。ブルー・ティアーズの姉妹機として開発され、今から数か月前に何者かによって強奪された代物だ。
其のISを奪ったテロリストが襲撃事件時、机上の空論とまで言われた
”ある男”の突拍子もない考えにより、何とか漸くビーム攻撃へ僅かばかりの角度をつけて来たセシリアには癪に障った。実に実に癇に障った。
「・・・認めません・・・認めてたまるものですか・・・!」
彼女はギリリと唇を噛み締めながら再びドローンを飛ばし、スターライトmkⅢの狙いを絞る。
セシリアは悔しかった。
自分よりも高い適性を持つ嫉妬に加え、燕の様に空を舞うサイレント・ゼフィルスのレーザービームを美しいと考えてしまった自分自身に対する苛立ちもあった。
「(・・・曲がれ、曲がれ・・・曲がりなさい!)」
ズキュゥーン!
彼女はすがる様な気持ちで念じながら引き金を絞る。
・・・だが、銃口から放たれた光の粒子は直線的なルートでドローンの横を通り過ぎて行った。
「ッ・・・ッ~~~~~!!」
遂にセシリアは儘ならない自身の不甲斐なさに対し、癇癪を起してライフルを地面へと叩き付ける。
対IS用の為に滅多に壊れる事はないが、ガシャァアーン!と高い金属音が響いた事で皆の視線は彼女へ注がれ―――――
「阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」
『『『!!?』』』
「え・・・?」
―――る事はなかった。
何故ならセシリアが振り返れば、其処にいたのは白髪が多く混じったやつれた男が一人、琥珀色のオッドアイを輝かせながら口角を吊り上げらせて居たからだ。
彼女は其の男の事を良く知っていた。
先の学園祭襲撃事件の一件でテロリスト二人を撃退し、自身の専用機を
「・・・春樹さん・・・」
「阿破破!」
初めて会った時とは大きく容姿を変貌させた春樹は、ケラケラと奇妙な笑い声を上げながらセシリアへと近寄った。
「荒れとるねぇ、荒れとるねぇ。教室じゃああねーに気丈に振る舞っとたが・・・・・ふうむ」
「・・・・・なんですの?」
「やっぱり追い詰められとるな・・・サイレントちゃんに」
ニヤニヤと下卑た表情を晒す春樹に「・・・嫌な人ッ」とセシリアは渋い顔をし、地面へ叩き付けたライフルを拾い上げる為に降下する。
「どしたんな、セシリアさん? いつもの余裕綽々なお貴族様態度はどけぇ行ったん?」
「・・・春樹さん。私、今とても気分が優れませんの。お話なら後にして下さいませんこと?」
「まぁ、そう言いなんな」
「ッ!!?」
彼女はなんとか冷静さを保つが、そんな事などお構いなしに春樹はセシリアを”左手”で抱き寄せる。
するとどうだろうか。彼女が纏っていたブルー・ティアーズは強制的に待機状態へと戻された。
「阿ぁ、コイツは良え。君の”青い雫”のように、綺麗な綺麗なサファイア色の瞳じゃ」
「は、春樹さんッ! 一体なにを・・・!!」
キスでもしてしまうかのような至近距離で、春樹はセシリアの青い瞳を覗きながら彼女の柔らかい金髪を残った片方の右手ですく。
そして、長い金髪をすいた後に人差し指で輪郭を上から下へと優しくなぞった。
「どした? 抵抗するんなら抵抗せぇや。このまんまじゃと・・・キスしてしまうかもしれんで?」
「ッ・・・この!」
ゲヘリと笑う春樹の頬目掛けてセシリアは手をバチンッ!!と振り下ろす。
「いい加減にして下さい! 春樹さん、一体何を考えて!!」
「・・・阿破破ノ破!」
顔真っ赤に涙目で怒る彼女に臆することなく、春樹はニヤリと笑みを溢す。
「そうじゃそうじゃ、そん顔じゃ」
「・・・え?」
「暗~い顔するより、そっちの顔ん方が似合うとるでよ」
「だ、だからと言って! あ、あのようなッ!!」
喚くセシリアに構う事なく、相変わらず春樹は「阿破破破ッ!」と笑うばかり。
「そーいやぁ覚えとるか、セシリアさん。俺らぁが初めて戦うた時の事を覚えとるか? そん時、君がどう俺に啖呵をきったかをよ~」
「え? そ・・・それは・・・」
「俺ぁよー覚えとるで。あん時、君はコー言うたんじゃ、「私、セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる
「よ、よくそんな事を覚えてらっしゃいますわね。忘れてください、あの時の私は・・・その・・・・・」
二人が初めて手合わせしたクラス代表決定戦の事を思い出し、バツの悪い顔をするセシリア。
対して相変わらず春樹はケラケラ笑うと「あん時みたいに踊ってみんさいや」と言った。
「お・・・踊る?」
「じゃーじゃー、踊るんじゃ。気分を上げて、レッツダンシング!」
「気分を上げる・・・・・」
ヘンテコなダンスを踊る春樹を余所にセシリアは何かを思い詰める。
「(確かに・・・私はあまりにも思い詰めていたのかもしれません。それを気付かせる為に、この人は・・・・・!)」
「イロハオエ~」
・・・深読みする彼女には悪いが、春樹は多分なにも考えていないと思われる。
学園祭襲撃事件の一件により、彼は脳と精神に重大な支障をきたしており、正常な心身状態ではなかった。
「あッ! 此処に居たのか!!」
「阿?」
「あ、ラウラさん」
そんな珍妙な事をやっていると、アリーナのゲートから聞き覚えのある声が聞こえて来た。振り返ってみれば、見覚えのある銀髪が威風堂々とした面持ちで立っているではないか。
彼女を視認した春樹は「おー、ラウラちゃん」と部分展開した琥珀の脚力で瞬時加速で近寄っていった。
「「おー」ではないぞ、春樹! お前はまだ身体が万全ではないのだッ、早く部屋へ―――「破破破ッ、ちょっと黙ってろ」―――んグッ!!?」
『『『・・・・・ッ!!?』』』
キャンキャン子犬の様に喚くラウラの薄紅色の唇を春樹は、さも当たり前の様に自分の唇で塞いだ。
「「かチュ・・・ちゅパ・・・んンッ・・・くチュ・・・ッ!」」
「は・・・は、春樹さん・・・い、いい一体なにを!!?」
顔を真っ赤にする皆に向け「静かに」と掌を見せ、尚もラウラの口内を自らの舌で蹂躙する。
其の内、二人の混じった唾液が地面へ落ちる頃になって漸く春樹は彼女の口から離れた。
「は・・・はるきぃ・・・!!」
「阿破破破破破。愛いやつじゃのぉ、ラウラちゃん。・・・じゃあ行くか」
「行くって、どこへですの?」
「茶道教室じゃ。俺の身体を思うて、ラウラちゃんが進めてくれたんじゃ。あの一件で生徒会に半ば無理矢理入らされてしもうたけんなぁ、疲労が溜まってしもうて適わん。それに・・・あぁ、またか・・・!」
痙攣する腕を忌々しそうに抑える春樹。
その彼の腕を隣にいたラウラが「大丈夫か、春樹」と手を添える。
「阿ぁ、大丈夫じゃ。その内良ーなるみたいじゃしなぁ」
「あ、あぁ・・・ッ」
「・・・・・?」
トロ~り蕩け切ったラウラを撫でながら目を細めてシットリと笑う春樹にセシリアは疑問符を浮かべる。
いつものように奇妙にケラケラ笑う彼が、いつもの春樹のように感じられなかったのだ。
「阿破破ノ破。じゃあの、セシリアさん」
「え、えぇ・・・」
笑みの下にある何やらおかしな気配を感じつつ、セシリアは二人を見送る。
・・・・・この時、彼女が彼を呼び止めなかった事が後々の面倒事に繋がる事を誰も知る由もなかった。
日常回?を何話か続けます。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆