『『清瀬 春樹』とは如何様な人物か?』と問われ、一部を除いた学園生徒の大半は彼へのマイナスイメージしか抱かないだろう。
彼は言わずと知れた世界で二番目にISへ適応した男性IS適正者であり、ドイツの秘術である『
しかし、世界初の男性IS適正者である織斑 一夏の次に存在が確認された為、彼は関係者周囲から一夏の付属品か若しくはオマケという評価をされていた。
これで彼が一夏の様な甘いマスクをしていれば幾分かはマシだったろうが、残念な事に彼の顔面偏差値は一夏とは雲泥の差。
此の為、厳しい審査眼を持つIS学園女生徒達からは神聖なISを汚す存在として嫌悪と軽蔑の視線を突き付けられていた。
IS適正に合格した事で強制的に学園へ入学させられ、慣れない環境に晒されながら周囲からは疎まれ、頼れる者もおらず日々を孤独に過ごす・・・・・元々彼はアルコール依存症を患っていた為に本人の与り知らぬ所で精神に変調をきたすのも時間の問題であり、これにより隠れ飲酒量が増えた。
一時は所属不明の無人IS機による襲撃事件、通称『ゴーレム事件』においてパニックに陥った生徒達を鎮め、尚且つ避難経路を作ったとして生徒達からの評価は若干上がったのだが・・・逆恨み(自覚アリ)の対象である一夏への確執がフランスのデュノア社から送り込まれたシャルロットの男装の件で余計に深まった事で、一夏を良く思っている連中から最低評価を受ける事となる。
更に加えて、シャルロットの男装発覚後に開催された学年別トーナメントの試合で春樹が行った無慈悲極まりないラフプレーによって彼の評判は地に落ちて穴まで掘る始末となる。
この試合中に起こったラフプレーによって出た被害者たちは彼を恐れ、試合を見ていた観客者達も春樹へ畏怖を抱いた。
春樹へ対するの畏怖の念はVTS事件後も誇張と付け加えが成されて語り継がれる事となり、『銀の福音事件』を経て夏休みが終了しての二学期が始まった時には、彼は人を傷付ける事に悦楽を感じるサディストとして恐怖の対象になってしまっていた。
・・・・・・・・そして、ここにも清瀬 春樹という人物に恐れを抱く者が居た。
「フッ、フッ、フン!」
ある休日の武道館にて、ブンブンと蜂が飛ぶような音を響かせるのは言わずと知れた世界初の男性IS適正者である織斑 一夏その人である。
彼は白の道着に紺の袴を身に纏い、ただひたすらに竹刀を振って汗を流す。水も滴る・・・いや、汗も滴るいい男とは正に彼の事だ。
しかし・・・そんな彼なのだが、いつもとは違う状況下にあった。其れはいつも一夏に金魚のフンの様に付いて回る二人の姿がなかった点だ。
何故二人の姿がないのか。其れは二人の内の一人である鈴は近日に迫る一夏の誕生日の為のプレゼントを求めて外出し、箒の方は修行の邪魔だと彼自らが遠ざけたのである。
想い人から邪魔だと遠ざけられた事に箒はショックを隠せなかったが、一夏はそんな事お構いなしに一人で修行へ打ち込んだ。
”修行”と言っても其れはいつかやっていた剣道の練習其の物で、自身のISである白式を纏っての修行は監督役である楯無が来てからとなっている。
何故に今までのらりくらりと学園ラブコメを送って来た彼が強さを求めるようになったのか。やはり其れは無意識下で自分の同類とも言える春樹を恐れての事だろう。
一夏は顔面偏差値と学園内での人気で彼に勝ってはいるものの、其れ以外の事では戦況芳しくなかった。
春樹との軋轢を決定的なものとしたシャルロットの男装の件では、彼女を守ると本人の前で啖呵を切って置きながら何も事を為さず。
銀の福音事件では戦況有利にも関わらず、巻き込まれた密漁船を勝手に庇って撃墜された。
以下の二つはその後に春樹が尻拭いする様な形で事を納めたのだが、一夏は其の事に対して彼に礼を述べるどころか、あまり良い印象を抱いてはいなかった。
この時の一夏の心情を例えるならば、追っていた獲物を別の猟犬に獲られた犬のような気持に似ていた事だろう。
ISを用いての戦闘でも彼は春樹に不利を強いられていた。
二人が初めて対面しての戦闘を行った学年トーナメント準決勝第一試合の終盤。春樹はVTSによって暴走状態に陥ってはいたが、一夏からの攻撃を一発も喰らうことなく彼をまるでサンドバックのようにタコ殴りでノシてしまった。
連ねて二学期が始まったばかりの頃、IS学園生徒会長である楯無の監督下で行われた模擬戦闘試合では、銀の福音事件で
彼は今まで其の甘いマスクで幾人もの女性達を無意識無自覚で篭絡させ、これまた無自覚に同性の野郎共からの嫉妬を安く買い叩いて来た。だが彼自身の御人好しな性格とカリスマとも言える持って生まれた魅力からか、実力行使に打って出る男共からの手は今までなかった為、殺意を持って行う荒事と言える争い事に無縁であった。
しかし、其れも二人目の男性IS適正者である春樹と相見えるまでの話だ。
春樹はある一定の殺意を持ってして彼を亡き者にせんと拳を振っていた節があったのである。
其の殺意とは理不尽に慣れない環境へ放り込まれた鬱憤でもあったろうし、一夏に対する妬みや嫉みと言った歪んだ気も込められていた事だろう。
・・・だが、一夏の心へ彼に対する恐怖心を植え付けるには十分すぎる程の事だった事に間違いはない。
「・・・ッ・・・クソ・・・!」
竹刀を振う彼の頭に時たま浮かぶのは、無機質な鉄仮面の表情と薄気味の悪い「阿破破ッ」という特徴的な笑い声。
学園祭襲撃事件の折り、春樹に不本意で不覚にも自分を襲撃者オータムの魔の手から救い出されたあの時。彼は自分が苦戦必至を強いられていたオータムの顔を右へ左へと拳で弾ませた。
其の様な状況を見せられた一夏は無意識で咄嗟に待ったをかけてしまった。この待ったのせいでオータムの自機を自爆させて逃走する事を許してしまう事となる。
この一夏の行動によって更に春樹との関係に軋轢を刻むのだが・・・まぁ、今は置いておこう。
兎にも角にも、一夏は清瀬 春樹と言う男を危険視した。
そして疑問を抱いた。其の疑問とは、彼を取り巻く女生徒達の事であろう。
周囲より朴念仁と名高い一夏であるが、彼の目から見ても危険人物であろう春樹へ親しき想いを抱く者は明らかであった。
判り易いと言えば、ここ最近人目もはばからず彼とキスを交わすラウラだ。
彼女は学園への転校当初から一夏に並々ならぬ憎悪を抱いており、其の憎悪に共感した春樹と親密な関係となった。
ラウラとはVTS事件後に一応の和解は得たものの、銀の福音事件の一件により彼女は一夏との距離を置いたのであった。
次にそんな二人の情愛を蔭から羨ましそうに見つめるシャルロットだ。
一夏は一度自分の決心を持って彼女を救おうとしたのだが、自分の与り知らぬところで春樹が代わりにシャルロットを救ったのだ。
彼が其れを知ったのは事柄の事情が全て終わった大分後の頃だった。
此れに一夏は複雑な感情を抱いたが、もう終わってしまった事柄なのだから仕方がないとモヤモヤした気持ちのまま現在に至る。
次にそんな三人のやり取りを楽しそうに観察するセシリアだ。
彼女は特に春樹に対して恋慕を抱いている様には見えなかったが、彼とはISの知識の交換や模擬戦闘についてアドバイスを交わす仲であった。
二人は親しい友人の様に見えた。
そして、次の吾人が一夏の心中に形容し難いモヤモヤを抱かせる人物である。其の人とは、彼がセカンド幼馴染と称する鈴だ。
彼女は同じ幼馴染枠である箒と違って春樹を毛嫌いする事なく、まるで親しい友人の様に彼へ接していた。多分無自覚で無意識であろうが、其の事が一夏には気に入らなかったのだろう。
自身の親しい人間があのような男と関わりを持つ事が、彼は実に不愉快であったのだ。
先の『自身と親しい人間』と言う点では、尊敬し敬愛する自分の姉君である千冬もここ最近春樹に目をやる事が多いような気がしてならない。
・・・・・気に入らない。
何故にあのような底意地の悪い男に皆が惹かれているのか。其れが一夏にとっては甚だ疑問で、不愉快極まりない事柄であった。
「・・・あれ?」
「ん?」
そんなモヤモヤとした疑問を薙ぎ払うかのように竹刀を振っていると不意に武道館の引き戸が開けられた。
一夏は修行相手である楯無が来たのだろうと出入口の方を覗くと、其処に居たのは春樹に雌猫のガキと揶揄される彼女ではなく、楯無と同じ髪色を持った小柄で眼鏡をかけた女生徒が佇んでいたのである。
「アンタは確か、会長の妹の・・・えーと・・・・・」
一夏は其の女生徒に見覚えがあった。
面識は余りないが、彼女は楯無の妹で一年一組のマスコット的存在である布仏 本音、通称『のほほんさん』の友人だと言う更識 簪である。
彼が其れ以外に知っている事は、簪が箒と同じ日本代表候補生な事と彼女も又、あの男を慕っている女生徒の一人だという事だけだった。
「お姉ちゃん・・・もとい、更識会長はいないの?」
「え? あぁ、もうすぐ来ると思うけど・・・」
一夏の返答に簪は「・・・そう」と短く呟いて武道館の扉を閉めて出て行こうとした。
「あッ、待ってくれ!」
「・・・?」
其の場を離れようとする彼女を不意に一夏は呼び止める。
何故呼び止められたのか簪は解らなかったし、呼び止めた方の一夏も何故彼女を呼び止めたのか解らなかった。
しかし、簪に何かを聞かなければならないと思っての事だった事に間違いはない。
「・・・なんかよう?」
「いや、用ってものじゃねぇけど・・・どうしてアンタはあんなヤツと仲が良いんだ?」
「あんなヤツ?・・・もしかして・・・春樹のこと?」
「あぁ、そうだ」と一夏は肯定すると簪は再度彼に疑問符を投げ掛けた。「どうして・・・そんな事を聞くの?」と。
「だってそうだろ。生徒会に入ってもろくに仕事もしないあんな乱暴で身勝手なヤツと仲良さそうにしてたら誰だって不思議に思うぜ? アンタも含めて、皆は何かヤツに変な弱みでも握られてるのか?」
最後の「弱み~」云々の話は余計だけれど、彼の疑問は真っ当であった。
何故なら簪を含め上記で述べたラウラ、シャルロット、セシリア、鈴と他数人の女生徒以外は春樹をゴキブリかそれ以上のマイナスイメージしか抱いていないからで、他の生徒達は彼の事で口を開けば、やれオマケだのロクデナシだのと散々な口ぶりであるからだ。
「・・・・・・・・はぁッ・・・」
短い沈黙の後、簪は一夏の疑問に答えるかのように呆れた風な溜息を漏らした後、随分と低く冷たい声色で声帯を震わせた。
「あなた・・・バカなの?」
「・・・はッ?」
彼女からの唐突な侮蔑の言葉に一夏は呆然と疑問符を浮かべるが、其の様な事などお構いなしに簪は更に続ける。
「皆が彼を・・・春樹を慕うのは・・・皆が彼を良い人だと知っているから。他の皆は其れを知らないから・・・アテもない悪い噂を信じて春樹を悪く言うの」
「良い人だって? アイツのどこが良い人間なんだよッ? 卑怯で卑劣で・・・俺がアイツに何度殴られたか!」
「それはあなたの自業自得。彼はどれ程陰口を叩かれても・・・癇に障らなければ春樹の方から手を出しては来ない。それ程・・・あなたは春樹に迷惑をかけてるって事」
「何だと?!」
簪の物言いが気に入らなかった一夏はギロリと彼女を睨みつける。が、簪は彼の視線に対して全く臆する事なく更にこう続けた。
「春樹はあなたと違って自力で頑張って来た。最初から専用機を与えられて・・・皆からチヤホヤされていい気になっているあなたとは違う」
「俺は別にいい気になんてッ―――――」
「いいえ・・・あなたはいい気になってる。だから・・・自分の弱さも認められず、あなたは彼を目の敵にしている」
「そんな事はッ・・・・・!」
一夏は簪の言葉に言い淀んでしまう。彼女の言い述べた事が十中八九当たらずも遠からずな内容であった為だ。
そう、一夏もまた春樹に対してある意味で嫉妬していたのである。
彼は無意識無自覚に関わらず、これまで春樹を心のどこかで軽んじて下に見ていた。しかし、今では立場は大きく逆転している。
事情を知らぬ者達からは理由もない称賛はあれど、事情を知る者達からは落胆されているのではないかと言う恐れが彼にはあったのだ。
無論、其れは一夏の被害妄想なのだが、如何にもそう感じてしまう本人がいた。
「・・・ッ・・・ッ・・・」
ギリギリ歯噛みする彼を余所に簪は「・・・話は終わり」と短く言葉を連ねて武道館より立ち去る。
此のすぐ後、悔しさを含んだ「クソッ!!」と言う短い怒鳴り声と共に武道場の床へ鈍く竹刀が叩きつけられた。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆