「御二方、今回は私達夫婦をお招き頂き感謝します」
IS産業関係者や各国政府関係者の専用観客席ブースで、隣に美しい淑女を連れた世界的IS関連会社の社長であるアルベール・デュノアは二人の人物へ手を差し出す。
一人はこのIS学園の長で、威厳ある老紳士『轡木 十蔵』。もう一人は日本政府直属の機関であるIS統合対策部副本部長『長谷川 博文』。
「いえいえ、デュノア社との提携の御蔭でプロジェクトが成功しました。なので、此れ位はさせて頂きたい。其れに此れは”彼”の要望でもあります」
「えッ・・・彼と言うと!」
浮かない顔をいつもの作り笑いで覆った長谷川の口から出た二人称にアルベールの表情がパッと明るくなる。
普段は見る事はないであろう爛々とした夫の表情に妻のロゼンダは「あ・・・あなた?」と不思議そうな視線を送る。
「えぇ、噂の彼です。彼は学園への襲撃者を撃退した報酬として、デュノア夫妻を学園へ招待したいと願いまして」
「何故、そんな事を彼が・・・・・?」
「さて、彼の真意は解りかねますが・・・・・デュノア社長が学園へ赴かれる事に意味があるのだと私は思いますが」
「それは一体どういう・・・?」
疑問符を浮かべるロゼンダを横目にアルベールは『ジーンッ』という効果音を背後に浮かび上がらせているではないか。
「ロゼンダ・・・彼は仕事で忙しい私達を気遣い、長谷川代議士を通じて私達を学園へ招待してくれたのだよ。私達とシャルロットの時間・・・家族の時間を作ってくれようと彼はしてくれているのだ!」
『おー・・・ッ!』とロゼンダや長谷川を始めとしたデュノア家の事情を知る関係者は感動を露わにしている・・・・・が、果たしてあのアル中PTSD薬物乱用者にその様な「や、優しい」思惑があるかどうかは彼のみゾ知る。
「あッ。デュノア社長、来ましたよ」
「おぉッ!」
噂をすれば何とやらとばかりに秘書官の高良に連れられて話題の人物が一行へ近づいて来た。
アルベールは長谷川を通じて自分を学園へ招いてくれた彼へ熱烈な感謝のハグしようと振り返り、ロゼンダも自分の愛する夫やわだかまりが解けた義娘が気に入っている男がどんな人物かと興味の視線を送る。
「・・・やぁ、どうも社長・・・・・ご無沙汰しております・・・」
「なッ!?」
・・・ところが、彼等の振り返った先を見てアルベールは驚いた。
何故ならば、彼の視線の先に居たのはベルギーで快活に「阿破破ノ破!」と笑った人物とは到底思えない姿をしていたのである。
頬は大きく痩せこけ、目の下には炭でも塗ったかのような黒々とした隈が刻まれ、全体的に覇気のない右眼を眼帯で覆った男が其処には居た。
「ア・・・アルベール・・・彼がその・・・あなたやシャルロットの言っていた清瀬 春樹・・・なの?」
ビシリと新品のスーツを着ているにも拘らず、滲み出るまるで廃人のような雰囲気にロゼンダは声を震わせて夫の腕を思わず掴んでしまう。
そんな不安がる彼女の手を自らの手で優しく覆いながら「あッ、あぁ・・・そ、そうだ」と耳打ちで肯定するアルベール。
しかし、あまりの彼の変貌ぶりにやはりアルベールも動揺で声を震わせた。
「M、Mr.清瀬! 君はどうしたと言うのだねッ?! 一体君に何が!!?」
「ありゃ、ご存じないんで? 学園祭での一件の時、不覚にもテロリストの野郎から喰らってしまいまして・・・お恥ずかしい限り。じゃけど、もう大丈夫なんです。此処に来たんは、長谷川さんの招待を受けてくれた社長にご挨拶に来ただけ・・・お目汚しご勘弁願います。どうかシャルロットの・・・娘さんのご活躍を特等席でご覧ください」
「・・・ッ・・・」
「それじゃあ、俺ぁここで」と頭を下げて立ち去ろうとする春樹にアルベールは「・・・ま、待ってくれ!」と声を張り上げる。
「阿? 何でしょうか、社長?」
「長谷川代議士から君が今回のキャノンボール・ファストを棄権する事は前もって聞いていた。しかし、そこまでの傷を受けているとは知らなかったんだ」
「構ヤァしませんよ。俺が好きでやった事ですし・・・」
「いや、それでは私の気は収まらない。そこで提案なのだが・・・私達と一緒に大会を観戦しないか? 君の為にフランスから最高級のボトルを持参して来た。共に酌み交わそうではないか!」
「デュノア社長ッ?」
「あなた・・・ッ」
「・・・宜しいんで?」
訝し気な眼で見据えて来る春樹に「あぁ、勿論だとも!!」とアルベールは大きく頷く。
アルベールとしてはデュノア社の危機みならず、デュノア家のわだかまりも解決してくれた春樹に対して大恩を感じている。
そんな大恩人が自分の身を削ってまで自分達家族の事を思って(?〉くれた健気さ(?〉にアルベールは胸を撃たれてしまった。
「構わないか、ロゼンダ?!!」と何処か必死さを覚える面持ちで詰め寄る夫の姿に「・・・えぇ。勿論構わないわ、あなた」とロゼンダも快く了承した。
彼女としても、愛する夫がここまで気に入る人物に興味があっての事だったろうが。
「私としてはテロリスト撃退の功労者にゆっくりと休んでいただきたいのだが・・・・・こればかりは清瀬君に判断を任せるよ。だが、解ってはいると思うが」
「解っとりますよ、長谷川さん・・・・・大体今の俺ぁ、身体が酒を受け付けないですし」
「えッ!? そうなのか、Mr.清瀬!!」
外見の雰囲気だけでなく、酒を飲むことが出来ないという事へ驚嘆するアルベール。
其の反応が意外だったのか、「俺って、そねーに飲兵衛じゃろうかなぁ?」と疑問符を浮かべる春樹に彼のこれまでの飲酒遍歴を知る者は思わず吹き出して笑うのだった。
◆◆◆◆◆
今日はキャノンボール・ファスト開催当日。
幸いな事に空は雲一つもねぇ晴れやかな晴天じゃ。
会場になっとるアリーナの一般観客席やマスコミ専用席にゃあ、ISを纏った生徒をカメラに納めようとしょーるオッサン共やらマスコミ共やらが鬼気迫る目をギラつかせよーる。
・・・改めて傍から見るとかなりきょーといけん、ご同伴に誘うてくれたデュノア社長様様じゃでよ。
しかもVIP席で美味い酒と料理が出るけん、万々歳じゃ。・・・酒が飲めれんのがアレじゃけどな。
「なんとも巧い事に懐へ入り込んだわね。お姉さん吃驚!」
「・・・阿?」
そねーな結構気分のエエ思いをしょーる時に限って、邪魔が入るんが世の常なんかのぉ?
酒の代わりに飲みょーた珈琲のせいで催し、トイレで事を済ませた帰りの事。あの年上ぶった水色髪が『吃驚仰天』と書かれた扇子を拡げて俺に声をかけんでもエエのに声をかけて来やがった。
「・・・・・」
「ちょっ、ちょっと無視しないでよ!!」
当然の如く知らん顔で素通りしたら、後を追って来やがった。
「ハァ・・・なしてオメェが此処に居るんならな? 此処の通路は関係者以外立入禁止じゃなかったかぁ?」
「あら忘れたの? 私はこの学園の―――「知っとる、生徒会長じゃろう」―――ちょっとッ、私のセリフ取らないでよ!」
相変わらず口喧しいやっちゃのぉ、とてもあの簪さんの姉貴とは思えんでよ。
「んで、俺に何の様じゃ?」
「何の用って、君ねぇ! 君は一応護衛対象なの。それに今回、君はキャノンボール・ファストに棄権してるのよ」
「じゃけぇ、俺はオメェの傍で縮こまって居れと? 勿論そのつもりじゃったけど・・・残念じゃなぁ、デュノア社長が俺とどうしても一緒に大会を見たいって言うてな。じゃけん諦めぇや」
「こ、この・・・ッ!!」
ありゃりゃ、真っ赤な顔してプルプル震えりょーらぁ。
じゃけどそねーな顔してもおえんで、一応社長や長谷川さんらぁと居った轡木学園長には許可を貰っとるけんな。
「だ・・・だったら私も!」
「阿呆か。オメェさんは一応まがいなりのシスコンでも生徒会長じゃろうがな。また仕事をサボりょーたら布仏先輩にドヤされよーがな。それとの何か? また俺からチクって、あの人に怒られて~んか?」
ニヤリと俺が笑ってやると水色髪は「ッう・・・!」と口と眉間をへの字に曲げやがった。
この間も男のケツばっか追いかけよーるけん、布仏先輩にドヤされたって布仏さんに聞いたけんな。
ん~、人の弱みを掴むんもたまにゃあ乙なもんじゃのぉ。
「で、でも解ってるの?! 今回のイベントでもファントムタスクの連中が襲撃をかけて来るかもしれないの! そうなったら関係のないデュノア社長を撒き込む事になるのよ、解ってる?!!」
「解っとるよ」
「はッ、はぁ!!?」
「俺が何の為に大会を棄権したか、解っとるんか?」
・・・と言ってやると水色髪は「えッ・・・どういう事?」と?マークを浮かべやがった。
俺が今回、キャノンボール・ファストを棄権したんは理由があった。
無論、そりゃあ第一に体調不良が大きく占めとるが、他にもある。
前回の学園祭襲撃時、ファントムのヤツらぁはツーマンセルで仕掛けて来やがった。
なら今回も二人以上のチームで来る筈じゃ。
「其れに野郎共はまた阿呆の方の織斑を狙って来る筈じゃ」
「・・・その理由は?」
「勘じゃ」
「ッ、なによそれ!?」
いがるないがるな、喧しい。じゃけど、ヤツらは絶対に織斑を・・・白式を絶対に狙って来るじゃろうな。
其れ程までにダメバナ野郎のISは貴重じゃ言う事じゃろうか。しっかし、なして白式は貴重なんじゃ?
・・・まぁ、今はそねーな事はどーでもエエか。
「まぁ兎も角じゃ。野郎共がチームで襲うて来たら、棄権した筈の俺とオメェがヤツらを背後から襲う寸法じゃ。其れに俺が大会を棄権する事を知っとるんはオメェとラウラちゃんにシャルロット、其れに簪さんやセシリアさん。先生じゃと学園長にブリュンヒルデだけじゃ」
「でも・・・そう巧くいくと思ってる?」
「思っとりゃせんよ」
「はぁ!?」とまた顔を歪める水色髪じゃけど、事実じゃ。
大体、ファントムの輩が今日の良き日に襲撃をかけて来ると言う保証はない。もしかしたら、何事もなく大会が終わるかもしれん。
そしたらデュノア社長達は気兼ねなくシャルロットと家族の時間を過ごしゃあエエし、シャルロットの居らん内に俺は気兼ねなく存分にラウラちゃんとイチャイチャできる。
・・・・・ま、有り得ん事じゃが。
「兎に角じゃ、事が起こったら臨機応変に対処すればエエ」
「・・・要するにリスクだけ増やして、何も考えてないって事じゃない! 一体何を考えているのよ、清瀬君!!?」
「・・・・・・・・知りたいか?」
「え・・・ッ?」
「本当の本当に・・・俺が何考えてるか、知りたいんか?」
「・・・ッ・・・!!?」
ニヤリと巷で話題の俺の凶悪顔を覗かせてやると水色髪は後ろへ一歩後ずさる。
其の内に俺はさっさと皆が待ってるVIPルームへ逃げ込む。
「あッ、ちょっと!!」
とっとと逃げ込めりゃあコッチのモノ。
しっかし、痛い所を突かれた。確かに挟み撃ち作戦以外の事は何も考えとりゃせんわ。ハッタリで如何にか誤魔化したけんど、ホントどねーしょー?
ここ最近、碌に酒も飯も食っとりゃせんけんな。おかしゅうなっとるな俺。
「またか・・・糞ッ」
あぁッまた手が震えて来やがったッ。あぁ、酒が飲みたい・・・酒さえ飲めれば、落ち着くのにッ! 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒・・・酒飲みてぇ!
薬を、薬を飲めねぇと・・・・・薬薬薬薬薬薬薬くすり薬クスリ薬くすり薬薬薬くすり・・・・・
「どうかしたのかね、Mr.清瀬?」
「・・・阿? えッ、あぁッ。な、何でもないですよ社長! そんな事より・・・もうすぐシャルロットが、お嬢さんが出場しますよ!!」
やべぇやべぇ、意識が一瞬ぶっ飛んでたでよ。
気付かれん内に早い所・・・薬を・・・飲んでおこう・・・・・
◆◆◆◆◆
春樹は皆に気づかれない様にまるでドリトスの様にアヘン系鎮静剤と抗うつ剤を”いっぺん”貪り食い、一気にそれを珈琲で流し込む。
この時、この”いっぺん”に食べた事がミソだ。
薬というモノは、適切な量と飲み合わせで飲めば薬となるが、逆に其れを誤ると一気に毒となってしまう諸刃的な面がある。
「あ・・・阿”ァッ・・・あ”阿ぁ”・・・・・ッ?!!」
彼は焦って薬の飲み方を大きく誤ってしまった。
その影響はまず彼の右眼から溢れ出す琥珀色の光だったのだが、なにぶんと眼帯で隠されている為に周りに気づかれる事はなかったのである。
〈・・・・・さぁ、後は導火線に火が付くのを待つだけだ〉
唯一人、春樹の中に巣食う怪物だけが口角を引き攣らせるだけであった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆