「うわぁ~・・・・・なぁに、これ・・・ッ」
日本政府直属のIS対策機関、IS統合対策部。
其の開発室室長である壬生 柾木は、自宅に設置してあるテレビの前で立ったまま顔を両手で覆って項垂れていた。
今日、彼は休日だった。
此処の所、誰かさんのせいで禄にプライベートを充実させていなかった壬生は寝床で優雅な二度寝を楽しんでいた。
そして、昼頃を回る頃になって漸く身体を起こして何の気なしにテレビを点けてみれば・・・アラ不思議。
なんとテレビの中でまるで御伽話に出てくるドラゴンの様な暴れっぷりを見せる噂のテストパイロット生がいるではありませんか。
「アレ? 清瀬少年って体調不良で大会を棄権した筈だよな?」
「そもそも論、アレは彼なのか?」
「いや、あんな声で叫ぶのは我らが刃しかいない」
「じゃあ何だ、あの機体は?」
「機体の形態が変わった・・・? 変わったって事は、二次形態移行・・・?」
「えッ・・・二次形態移行!!?」
「それに何だあの翼と破壊力は?! あんな風に設計してたっけ?!!」
「え・・・ッ・・・えぇ・・・えぇえええええ!!?」
顔を覆っていた手を上へ持っていき、脂汗を掻きながら情報量過多でオーバーヒート寸前になる頭を必死に抑える壬生。
そんな彼を助ける様に充電器を突き刺したままの携帯電話がピリリッと鳴る。
「お・・・俺だッ」
《あぁッ、壬生室長! 俺です、芹沢ですッ!》
すかさず通話モードへ変換すれば、電話の向こうから酷く狼狽え慌てた様子が手に取る様に解る部下の芹沢 早太の声が轟いた。
《室長ッ、今テレビ見てますか?!!》
「あぁ、見てる・・・! せ、芹沢、これって何かのドッキリか何かか? 何なんだアレは?! どうなってんだよ、一体全体?!!」
《んな事、俺が解る訳ないでしょうが!!》
半ばパニックになる壬生を電話口で叱る様に諭す芹沢。
其の怒声に「あ~~~ッ、もう!!」と頭を掻き毟りながら唸った後、キリリと目付きを鋭くする。
「緊急事態だッ・・・今すぐ全員に連絡付けろ!! 特にフロートユニット担当の井出には絶対にだ!! あと、芹沢?! なんだあのスペシウム光線の威力は?!!」
《室長ッ、アレは正確にはスペシウム光線じゃありませんから!》
「どっちでもいいよ、この際!!」・・・と芹沢の言葉にツッコミを入れながら、壬生は大急ぎで出掛ける準備を行うのであった。
◆◆◆
「全員、清瀬生徒から離れなさい!!」
「・・・・・阿?」
一方、キャノンボール・ファストを襲撃したテロリストを排除する事に成功した一行であったが・・・外部からのハッキングで開かなかった扉を破壊して現れたIS教師部隊の面々は何故か自分達の得物を春樹に向ける。
「えッ!?」
「ちょッ、ちょっと何をしているんですの先生方?!!」
此れに対し、共にテロリストへ悠然と立ち向かっていた専用機持ち達は表情を驚愕の色へと染めた。
「こ・・・これは、何かの冗談だよね?」と呟くシャルロットであったが、彼に銃口を差し向ける彼女達の目は真剣そのものであったのである。
「春樹に銃を向けるなど・・・貴様らフザけるなッ!!」
テロリスト撃退の功労者である彼に何と無礼な真似をするのかと、激昂したラウラが負傷しているにも関わらず、ワイヤーブレードを構えた。
「やめんか、ボーデヴィッヒ!!」
「ッ、きょ・・・教官・・・!!?」
しかし、そんな彼女の愚行を止めんと教師部隊を率いる千冬が間に割って入る。
いつになく眉間へ皺が寄り、恐ろし気な雰囲気が醸し出されている。
「し・・・しかし、織斑教官! 春樹は襲撃者であるサイレント・ゼフィルス撃退に大きく貢献したと私は思っておりますッ! それが何故にこのような事をされなければならないのですか?! 教官も彼の活躍を見ていたでしょう!!」
「あぁ、見ていたとも・・・あの惨状もじっくりとな」
「ッ・・・!」
千冬が指差した方向を見てラウラは押し黙ってしまう。
何故ならば、其処には春樹の単一能力『晴天極夜』によって溶けたチョコレートの様な惨状となっているアリーナスタジアム観客席の残骸が広がっていたからである。
加えて、彼女はある事を危惧していた。其れは今の春樹が暴走状態か否かと言う点である。
彼には一応の前科がある。其れは学年別トーナメント時、VTSによって一時ではあるものの暴走状態へ陥っていたからだ。
其の時の彼は一夏をK.O.するには飽き足らず、鎮圧に出動した教師部隊を蹴散らし、アリーナバックヤードまでも破壊したのである。
そんな男がアリーナスタジアムへ大きな穴を二つも開ける程の強力な武器を以て暴れれでもしたら一溜まりもない。
千冬が警戒するのも当然であった。
「織斑先生、あまり近づくと危険です!」
「構わん。おい、清瀬!」
対装甲用ISライフルを構える教師部隊を分け入り、彼女は異様な雰囲気を醸し出す春樹に声を掛ける。
「一度しか聞かんぞ・・・お前は正気かッ?」
「・・・・・ッ・・・」
千冬の呼び掛けに春樹はギョロリと云った具合に自らの金眼四ツ目を彼女へ突き刺す。
其の余りに恐ろしい形相に教師部隊の面々は思わずライフルの引き金を絞り、立っているのもやっとな一夏でさえ「千冬姉ッ!!」と彼女を守る様に雪片を構えた。
「・・・阿破破ッ・・・阿破破破、阿―――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」
『『『ッ!!?』』』
「は・・・春樹?」
「春樹さん・・・!」
ゲラゲラゲラ、とあの笑い声を響かせる春樹。其の笑いは獣の様なガラガラ声と相まって実に恐ろしい。
そんな寝物語に出てくる怪物の様な笑い声を一遍に響かせた後、彼は口端を吊り上げてこう言った。
「正気じゃと? そりゃあ俺ん事か? 其れとも無抵抗の生徒に銃を向けるアンタらの事か・・・織斑先生?」
「・・・相変わらずの減らず口だな、清瀬。全員、武器を下げろ」
彼の正気を確認し、教師部隊へ武器を下げるよう指示する千冬。
其の指示に舞台の面々は本当に大丈夫なのかと疑心暗鬼を生じさせながら銃口を下へと向けた。
「織斑、お前もいつまで雪片を構えて居るつもりだ?」
「えッ・・・で、でも千冬姉!」
「フッ・・・織斑先生だ、馬鹿者。さっさと医務室で手当てを受けて来い」
「お・・・おう。解ったよ、千冬姉」
「馬鹿者、先生を付けんか」と千冬は一夏の額を小突くが、其の顔は何処かホッとした面持ちである。
「おい、お前らもだ。手が要るものは遠慮せずに言え」
『『『は、はい!』』』
元気良く返事はしたものの、ISを解除した途端に其の場へへたり込んでしまう面々がチラホラ。
そんな彼女等へ未だ教師達から警戒心を抱かれている春樹が「おっと
、大丈夫か?」と手を差し伸べる。
「・・・お気遣い痛み入りますわ、春樹さん。ですが私、これぐらいでへこたれる英国淑女ではなくてよ」
「ぼ・・・ボクも大丈夫だよ、春樹。一人で平気だから」
「私も・・・大丈夫・・・」
だが、其の手を彼女達は遠慮した。
何故なら、改めて思い返して周囲を見ると自分達の目の前にいる彼が何処か手の届かない場所へ到達してしまったかのように感じられたのである。
自分達が苦戦したゴーレムⅡをまるで硝子細工を叩き壊すかの様に破壊した力と他を寄せ付けない荘厳な姿。
こんなにも近くにいるのにも関わらず、彼と彼女達の間を一瞬にして深い溝が隔ててしまったかのようだ。
そんな彼女達の気持ちを汲み取ってか、「・・・そうかッ・・・なら、エエわ」と手を引っ込めようとした・・・その時である。
「春樹・・・抱っこだ」
「・・・・・阿ッ?」
寂しそうな口元を晒す彼にラウラが両手を伸ばし、そう言葉を連ねた。
「ら、ラウラ?」
「恥ずかしい事に先の戦闘によるダメージで身体が痛んで足に力が入らん。これではとてもじゃないが立てん。だから・・・・・その・・・頼めるか、春樹?」
若干恥ずかしそうに顔を紅潮させて其の場へへたり込んだ彼女に対し、春樹は「あぁ・・・勿論じゃとも、ラウラちゃん」と優しく口角を緩ませて抱き抱える。所謂、御姫様抱っこという具合で。
「ふふッ・・・!」
春樹に抱えられて嬉しそうにほくそ笑むラウラの表情に対し、春樹は心が軽くなった気がした。
彼自身、先の戦闘で琥珀が二次形態移行した事よりも其の振るった力の方が印象深く刻まれていた。
確かに其の力は、自分が生み出してしまった”怪物”を受け入れた事で得たものである。
だが、其の余りに強大な力を目の当たりにし、正直に言えばビビってしまっていた。
自分でもビビってしまう力を他の人間が見れば如何なるか・・・解ってはいても心苦しいものがあった。
しかし、そんな自分を受け入れてくれたかのようなラウラの態度と表情に春樹は少しばかり救われたのである。
「ッ・・・は、春樹・・・!」
そんな仲睦まじい春樹とラウラの姿にシャルロットは先程の事を後悔し、彼へ声を掛けようとする。けれど、其の彼女に向かってアリーナ出入口から声を張り上げて来る二人の人影がいた。
「「シャルロット!!」」
「ッ、お父さんにおかあさん!?」
其の人影とは、避難そっちのけで娘の安否を確かめに駆けて来たデュノア夫妻であった。
二人は教員達の制止を振り切り、脇腹を痛めつつも煤と土煙に塗れた愛娘を思いっ切り抱きしめる。
「良かった・・・シャルロット、私の娘よ!」
「本当に・・・ッ・・・本当に無事で良かった・・・!!」
「お父さん・・・おかあさん・・・」
両親に抱き留められ、シャルロットは何だか胸が一杯になる。自分の身を案じてくれている二人に自然と瞳が潤んだ。
・・・・・ただ、彼女の視線は自分から離れていく春樹の背中を追っていたのだった。
◆◆◆
「えッ、今からですか? でも、今日は皆さん働き方改革で御休み・・・はぁ、『それどころじゃない』? 確かにそうですが・・・・・あ、はい・・・はい・・・解りました、それではお待ちしております。失礼します・・・・・ふへぇ~~~ッ」
高良は壬生からかかってきた電話応対を済ませると、大きく息を吐き切る。
先程の電話がとんでもなく喧しかったのもあるが、彼自身は先程の春樹の活躍による興奮を抑えるので漸うであった。
しかし、こうしては居られない。間もなく此処へ自分よりも興奮して殺気立ったIS統合部の技術者連中が押し寄せて来るのだ。
「長谷川先生、もうすぐ壬生室長以下十一名のスタッフが此方へ着くそうです」
「くくッ・・・そうか、やはり彼等も見ていたか。それは居ても立っても居られない筈だ」
「はい。私も、凄く興奮しています」
そう言う高良に「あぁ、私もだ」と笑みを溢す長谷川。だが、内心では彼は苦悩していた。
キャノンボール・ファストは唯の学校行事ではない。
次代を担うダイアモンドの原石達を発掘する為の品評会という名目が含まれているのだ。
無論、皆の関心は世界初の男性IS適正者である一夏や各国の代表候補生達へ向けられていた事だろう。・・・しかし、其れも専用機部門レースの口火が切られるまでの話だ。
世界各国のIS企業関係者や各国政府は、もうレースの結果等どうでも良いのだろう。
何故ならば、皆の関心はもう春樹へ釘付けなのだから。
確かにVTS事件の時、春樹はドイツの秘術である
けれど、IS統合部がIS学園長である轡木との連携で情報秘匿介入を行った。幸いにも事件当時の試合映像がなかった為、彼の情報は眉唾物へ出来た。
だが・・・今回はそうはいかない。
キャノンボール・ファスト中の映像は常時リアルタイムで全世界へ中継され、観客の中には事件当時の出来事をカメラや携帯でネット配信している者もいるだろう。
もう今更介入など出来る訳がない。
「(清瀬君の事は、もう少し時機を見てからにしようと思ったのだが・・・ハハハッ、もう台無しだ。)まったく・・・清瀬 春樹と言う少年は我々の予想の遥か上を行くな。ハハハハハ!」
「まったくですね、長谷川先生。アハハハハハッ」
もう笑うしか・・・もう笑うしかなかった。
唯、其の笑いは不快なものでは決してない。まるで目の前で自分の弟や息子が成長した事を見届けれた事を喜ぶような・・・そんな笑い声であった。
・・・此の後、彼の元へ首相官邸からの電話が掛かって来た時は流石に笑い事ではなかったが。
◆◆◆
「ぜェ・・・ハァッ・・・ゼェ・・・ッ!!」
キャノンボール・ファストが行われたアリーナスタジアムから少し離れた砂浜で、今回の襲撃事件を引き起こしたファントム・タスク構成員であるMは肩を喘がせていた。
何故に彼女が琥珀の単一能力『晴天極夜』を真正面から受けたのにも関わらず、こうして命を保ちつつ逃走する事が出来たのか。其れは一重に春樹の力加減の問題であった。
晴天極夜の発射時、突如として乱入して来た一夏に動揺した彼は無意識に能力出力を抑えてしまったのである。
其の為に放たれたビームはサイレント・ゼフィルスを蒸発させる事なく、彼女を海まで吹き飛ばすだけとなったのだった。
「ぜぇッ、はぁ・・・! おのれ・・・おのれ、ギデオン!! こんな辱めをよくも私に・・・おのれぇえッ!!」
しかし、攻撃を受けた方の本人はそんな事など露知らず、彼女は春樹の情けで生かされたのだと勝手に解釈したのである。
《Mッ、M?! 聞こえてるの、M?! 聞こえているなら返事をなさい!!》
「ギデオンッ・・・ギデオン・・・ギデオン・・・清瀬 春樹ィイイ・・・ッ!!」
彼の眼、彼の声、彼の言葉、彼との闘い、彼への胸の高鳴り、彼からの侮辱で頭と心が一杯なってしまっていたMが同じくキャノンボール・ファストからの脱出に成功したスコールからの通信に気づくのは其れから大分後の事であった。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆