魔法少女みおみ☆マギカ 第二部 つなぐ魔法   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第11話 自分の為の戦いを

 浮絵 桂華が契約で望んだことは、「誰にも負けない強い力が欲しい。最強のヒーローになりたい」という願いだった。

 もちろん腕ずくで何もかも木っ端微塵にできるだなんて、さすがに本気で信じてはいなかった。当時、幼いながらにもその程度には社会のことを理解していた。

 小学生の頃から喧嘩に明け暮れ、理不尽に抵抗し、気の向くままバカみたいに暴れていた。

 そんなある日、結界に取り込まれて魔女に遭遇してしまった。

 その時桂華を助けてくれたのがヨミ姉だった。

 そして知ったこの世界の真実の姿。警察や自衛隊など大人の力でもどうにもできない脅威の存在。

 小難しいことは分からなかった。他にも何か良い手があるのだとしても、桂華の頭は考えることに不向きだ。そして腕ずくで何もかも木っ端微塵にできるだなんてさすがに信じてはいなかった。

 それでも、これしかないと思った。

 魔女は人間を見境なく襲うと言う。ダチや子分、仲良しの幼い子供たちを大人の誰も守ることができない。

 だが、自分なら守ることができるのだ。

 だから魔法少女になった。

 魔法少女になる事そのものが願いだったから、キュゥべえの言う契約内容なんてどうでも良かった。

 その日から桂華の戦いは始まった。

 

 そしてある日、突然に示された残酷な真実。

「……ヨミ……姉……?」

 聞くに耐えない断末魔の向こう、やっとの思いで魔女を倒した後に、苦悶の表情で倒れたヨミ姉のソウルジェムから現れたのもまた魔女の気配であった。

「……なん、で……?」

 再び閉ざされた結界の異様な空間の中で桂華は新たな魔女を前に呆然と立ち尽くしていた。

 

 ソウルジェムが穢れきったその時、魔法少女は魔女になる──

 

(クソったれ! アタシらは、ハメられたんだ!)

 その日を境にキュゥべえが姿を見せなくなったことが、その非道な事実を裏付けていた。

 それから桂華は自棄になった。

 桂華の魔法はその契約時の願いの内容の性質上、全てを攻撃力に特化させた一撃必殺のものだった。

 だからたったの一撃であらゆる魔女を葬ることができるのだが、その度に胸に激痛を覚える程ソウルジェムの穢れが一気に進行する。うっかり全力を出そうものなら、魔女を倒した次の瞬間に桂華が魔女になってしまうだろう。

 だから、魔女退治をやめた。

 戦わなければ誰かが魔女に襲われるが、戦っても桂華が魔女になってしまうのだ。

 もうどうしようもなかった。

 そんな緩慢な死に至る無気力な日々を送っていたある日、桂華の前にかつての友達が現れた。

「……お願い……助けて!? 」

(……!? )

 突如虚空から現れた少女は見慣れない変形セーラー服を纏い、メガネも外し髪型も言動も様変わりしていたが、必死の形相で懇願してくる彼女が何者なのか桂華にはすぐに分かった。

(……ほむほむ!? )

 同時に蘇るかつて一緒にいた頃の記憶。

 その中には、自分が交わした約束のこともしっかりと刻まれていた。

(……なんだかなあ……)

 今の自分は世界に迷惑をかけることしかできない存在だ。ほかにできることと言えば、こうして何もしない日々を送り、せめて自分の魔女化を遅らせることだけ。

 だから、何もしないようにと、そう思っていたのに。

 こんなふうに助けを求められたら。

 

 ああ、なんでだろう。

 

(応えない訳には、いかねえだろうが!)

 一瞬で瞳の炎を再点火させた桂華は、決然と、力強くうなずいた。

 

 

◆◆

 

(おかげで、アタシはまた誰かを守ることができた)

 巨大な手指に胴を貫かれたまま、口元から血を垂らしながら桂華は思い返していた。

(すずっち。ゆーりん。かおるん。みおみお。きりりん。そして、ほむほむ。お前らのおかげだ)

 激しく渦巻く混沌とした異空間の中を、桂華の身体はその巨大な手に握られたままどこかへと引き寄せられてゆく。

(ありがとな、みんな。 アタシはちゃんと戦えた)

 桂華は己の胸を貫いて胴を締め付けている、人の腕ほどもあろうかという巨大な指を掴むと、引きはがす方向に力を込めた。

 間違いない。この節くれ立った指には見覚えがある。白魔女の手だ。

 どうにか首を巡らせて見るも、なぜか白魔女の身体が見えない。どうやら、なぜか白魔女の手だけが、あの白い空間に干渉してきて桂華を襲ったらしい。

 それ以上の考察は、白み始めた今の桂華の意識では無理だった。

(もう一押し。最後まで手伝いたかったなあ……)

 白魔女の指一本だけ動かせても、残りの指が身体を締め付けていて拘束は解けそうにない。それを確認し、桂華は力無い笑みを口の端に浮かべた。

(しゃあない。 せめて最期に、)

 

 自分の為の戦いを!

 

 桂華は大きく開いたジャケットの胸元に手を遣ると、豊かな胸の谷間に埋もれるようにして肌に張り付いているソウルジェムに集中し、その力を解放した。

 たちまち激しい黄金色のオーラを吹き出した桂華は、瞳を見開いて際限無く魔力を増幅させてゆく。

「さあ!白魔法少女の使命!まずはアタシの分だ! 存分に受け取れえええええっ!」

 激しく逆立つライオンヘアーの頭頂にのみ括り付けられた白いリボンまでもが発光し、吹き出した白い粒子が桂華のオーラに触れて共鳴し、輝きを増してゆく。

「おらああああああああ!」

 複雑に入り乱れる混沌とした空間の彼方で。

 暴走した膨大な魔力が甚大な爆発を起こし、白魔女の片手が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

◆◆

 

 まるで万華鏡の中に放り込まれたかのようだった。

 あの白色の空間が砕かれ、どこへともなく放逐された魔法少女たちが落ち着いたのは、そんな異様な場所だった。

 足場は確かな感触を感じるのに地面は水平ではなく、周囲の光景は数歩もいかぬうちにまるで別の写真でも切り取ってあてがったかのように異なる角度で全然違う風景が展開されるのだ。それが、前後左右全方位に渡って起こっている。

 そんな切り刻まれた写真の坩堝のような世界の中を、魔法少女たちが各々駆け回っていた。

 気が付いた時には隣に誰もいない、全員がバラバラの状態で。

『なのにテレパシーは通じるのよね』

『今はわたしが捕捉して中継しているからね』

 すずのテレパシーに、キュゥりえの声が応えた。

『薫ちゃん!? どこ!? 』

『落ち着いて、ゆり。 多分、見えるものを目印にしても、全然アテにならなさそう』

 部分的に見覚えのあるランドマークも見かけたことから、恐らく久那織市内であろうとは思う。

 だが一歩と同じ光景は保たない。県道の交差点を夕焼けをバックに歩道橋が斜めに貫いており、その先は星空が見えるどこかのビルの屋上と、ほんの僅か動いただけで足場と周囲の光景が目紛るしく変化するのだ。

 その上、次第に風景の色調が反転し始めた。白が黒に、黒が白に。日常を撹拌した光景が、サイケデリックな色に塗り変えられて より異常性を増してゆく。

『これは、魔女の結界!? 』

 ほむらが油断なく辺りに目を配って呟いた。

『そうだね。白魔女の干渉は思ったより速かった』

『これ、白魔女の仕業なの?』

 ほむらに応えたキュゥりえの声に、すずが訊ねた。

『厳密には白魔女の固有の能力ではないけど、そうだね』

『どういうことよ』

『白魔女が取り込んだ魔女の仕業だよ』

 聞き返した薫に、キュゥりえは全員に伝えるように応えた。

『みんな聞いて。この仮想領域を最適化するにあたって、統合されようとしている平行世界を徘徊していた白魔女とは遠からず接触する予定だった。 それが、思ったよりもずっと早く来たみたいなの』

『それが、浮絵さんをさらったんですか!? 』

『そう』

 泣きそうな声のゆりに応え、キュゥりえは続けた。

『簡単に言えば、ここは統合途中の世界であると同時に白魔女の腹の中みたいな所。 これまで白魔女が取り込んだ魔女の坩堝だよ』

『そう。それでこんなに入り組んだ世界になっているのね』

 ほむらが冷静に看破する。

『そう。 だからみんな。すぐに魔女や使い魔と出くわすと思うけど、手当たり次第に倒して』

『簡単に言って!』

 すずが唇を噛んだ。

『白魔法少女だからできることだよ。 だけど、ひとつだけ注意して。この中のどこかに「ワルプルギスの夜」がいる』

『いっ!? 』

『えっ!? 』

 ほむらを除く三人の喫驚の声が重なった。

『「ワルプルギスの夜」だけは、白魔法少女の力を以てしても完全討伐は不可能。だからもし鉢合わせてしまったら、すぐに逃げて。「ワルプルギスの夜」も、この空間では簡単に追いかけてこれない』

 目まぐるしく変化する結界の異様な地形の中を駆け抜けながらキュゥりえは続けた。

『「ワルプルギスの夜」を倒す必要もない。それは既に確定した他の人の役目。わたしの本当の目的は、白魔女が取り込み封印してしまった「ワルプルギスの夜」をここから解放することだから!』

『えっ!? 』

 すずが聞き捨てならず問い返すが、異形の魔女の使い魔と鉢合わせしてしまい追求どころではなくなってしまった。

『みんなは、とにかく戦って!暴れ回って! それだけで白魔女は疲弊してゆく!』

 薫もゆりも、ほむらもそれぞれ魔女に、使い魔に出くわしてしまった。

 皆、返答どころではなくなってもキュゥりえは叫び続けた。

『お願い!戦って! みんなの、自分の未来の為に!』

 

 

 人ほどの大きさもある、球体関節で繋がれた無貌のデッサン人形がくるくると器用にバク転を繰り返しながらすずに迫る。

 だがそれはすずが展開していた無数の白黒の鍵盤による障壁に弾き返されていずこかへと吹き飛んでいった。

 ところが、狂ったデッサン人形の使い魔は他にも大量に周囲を飛び回っている。

 アクロバティックな跳躍を繰り返す人形に囲まれてすずは改めて身構えた。

「私は、魔女退治なんかまともにやったことないのに……!? 」

 取り囲む無為の狂気と破滅の世界。

 経験の少ない魔女の結界の異常性にすずはこれまでの自らの行いを後悔していた。

「……せめて、あなたがいた時に魔女退治の練習をしておけば良かったかな」

 ねえ、桂華。

 再びあらぬ方から飛来してきたデッサン人形の、まるでバレリーナのような凄まじいスピンを利かせた蹴りを鍵盤の壁で阻む。

 回る速度が凄まじ過ぎてさながら回転ノコギリのような円盤状の残像を描く人形の連続蹴りを受け止めて、鍵盤の障壁が耳障りな異音を立てて火花を散らせた。

「くっ!? 」

 ハリネズミのように全方位を向いて展開されている鍵盤の障壁全体を回転させて人形を押し遣ると、数個の鍵盤を飛ばして体勢を崩した人形を撃破した。

「ひゃ!? 」

 ところが別方面から複数の人形の激突を受けて、その衝撃に思わず身を竦める。

 人形は、鍵盤の障壁が弾き返している。すずにダメージはない。

「……ったく、情けない!」

 すずの魔法の防御は完璧だ。

 それを良く知っているのは、他ならぬ自分ではないか。

「これじゃ笑われちゃうわね」

 深刻なダメージを受けて拐われた桂華の身が心配だ。

 一刻も早くこの異様な空間から探し出さねばならない。

「あなたの為の曲ができたの! 聴いてもらえるまでは、倒れるわけにはいかないのよ!」

 障壁を強固に維持したまま、すずは別にいくつもの鍵盤を召還して手前に横一直線に配置した。

「さあ! 絶望を打ち破る希望の即興曲よ! ぶっつけ本番だけど、文句は言わせないから!」

 すずのしなやかな指が踊るように鍵盤を跳ね回る。

 ポップでアップテンポなメロディが迸る。

 その途端、すずを中心に全方位に噴き出した輝く嵐のような衝撃が、取り囲む人形たちを根こそぎ吹き飛ばした。

 

 

「今さら、こんなのなんて相手にならないけどね」

 軍配扇をかざした薫の前で、巨大なバルーンで構成された下膨れのピエロのような魔女が片足を失ってゆっくりと転倒した。

 周囲は大小の瓦礫が浮遊しており、薫が立っているのもそのうちのひとつだ。

 そんな不安定な足場の群に囲まれるようにして底の見えぬ結界の中心に鎮座していたピエロ型の魔女が、ゆったりとした勢いで体勢を崩し転がってゆく。

 その途上で魔女の体表に小さな無数の半球が、まるで吹き出物のように現れた。

 それらは長い尾を引いて魔女の身体から飛び出した。さながら細長いロケットバルーンがでたらめな軌道を描いて飛翔して、あるものは偶然当たった瓦礫で爆発して木っ端微塵に吹き飛び、あるいはどこへともなく消えていった。

「ふん。みっともない」

 強気な嘲りを口にした薫の顔は、だが裏腹に痛ましげにしかめられていた。

 それが魔法少女の魂の成れの果てであることを知ったから。

 キュゥべえに唆されて、挙げ句こんな姿に変えられて。

「……せめて、すぐに終わらせてあげる」

 言って薫は軍配扇をひと振りした。

 同時に赤い光を纏った巨大な魔女の身体が、たちまちめきめきと異音を立ててあちこちがへこんでゆく。

 ぱんぱんに膨らんだバルーンのような見た目とは裏腹な硬い破壊音が響き、ピエロ型の魔女の身体がべこりべこりと多角形にへこんで中心に引き寄せられるように壊れていった。

 薫の固有魔法は『支配』の魔法。

 文字通り対象を支配下に置き、問答無用で薫の意のままにする。

 それは人の意志を操作して薫への服従すら強制し、それは有機無機問わずあらゆるものを物質単位で支配して自在に変形・変質させることができる。

 そしてそれは、あまねく魔女にも作用する。

 つまりいま薫は、目の前の巨大魔女を支配下に捕らえ、自壊を強制しているのだ。

 翻って薫本人自体は攻撃手段を持たないが、一対一では逆らえるものが存在しない、あらゆる魔女・魔法少女を凌駕する最強の魔法である。

「…………」

 かつては(異なる歴史を歩んだ別の自分のしたことではあるが)そんな魔法に驕り、クラスメイトたちの意志を操作し、高慢に振る舞っていたが、結局それは何の意味もない行為だった事を思い知った。

 肝心の目的は自分が臆病だったせいで自力では遂げられず、挙げ句ゆりを傷つけてばかりいた。

 でも、薫の想いは桂華が後押しして叶えてくれて、ゆりはひどいことばかりしてきたはずの自分を許してくれた。

 最強の支配の魔法と言ったところで、何の役にも立たなかったのだ。

「だから、せめて魔女になってしまったあなたたちの魂には、すぐにこんなことやめさせてあげるから!」

 絶望に陥ったあの底冷えのする恐怖は忘れられない。

 これらの魔女が、元はどんな魔法少女だったのかを知る術はない。

 でもきっと、彼女らは皆あの恐怖を味わいながら魔女へと変質していったのだ。

 そして変質してからも、こんな無惨な姿に変えられて、絶望を振り撒かされて。

 これを魂の陵辱と言わずして何と言おう。

「……もう、何もしなくて、いいんだよ……」

 魔法の発振器である軍配扇をぴたりとかざしたまま、涙をひとすじ頬に伝え、薫はなおも魔力を送り込んだ。

『ーーーーーーッ!』

「えっ!? 」

 ところが、そこに突如別の異形が侵入してきた。

 槍のように長大な黒い脚を「地面」に突き刺して、まるで鉄塔とクモを掛け合わせたような姿の魔女が現れたのだ。

 非常に長い脚を交互に動かし、ゆったりとした挙動でピエロ型の魔女に迫る。

「そんな……なんで……!? 」

 魔女の結界に、異なる別の魔女が現れるなど見たこともない現象だ。

 だが薫はすぐに自分の思い違いを悟った。

 キュゥりえが語った通りなら、ここは無数に切り刻まれた空間が無差別に無軌道にに交差する異様な世界。

 全く異なる場所が切り貼りした写真のように交錯し、万華鏡のように複雑に絡まり合うこの世界では、魔女の結界も同様なのだろう。

 実際、足場が存在しないはずのピエロ型の魔女の結界に、鉄塔型の魔女の足下にだけ足場が浸食しているのだ。

 そして、今この異常を目撃するまで見落としていた薫の『支配』の魔法の弱点が露呈した。

 魔女に自壊を強制する事は、他のどんな操作よりも強い集中力を要する。魔女が壊れきるまで集中し続けなければ、たちまち魔女が支配の魔法を振り切って暴れ出すのだ。

 つまり。

「……っ!? 」

 薫は、二体以上の魔女を同時に相手にすることができない──

 

 

 狐の面を被った、デッサンの狂った落書きじみた浴衣姿の少女たちを、無骨な拳銃・ベレッタM92Fから吐き出された弾頭が撃ち抜いてゆく。

 まるで雷鳴のごとき爆音が轟くたびに、浴衣姿の使い魔が粉々に吹き飛んでゆくのだ。

 そしてその無骨な鉄塊を握る細腕の持ち主は、グレーの変形セーラー服のような出で立ちの魔法少女、暁美 ほむら。

「……くっ!? 」

 きゃらきゃらと嬌声をあげながら周囲を跳ね回る使い魔の数は多い。

 魔法で時を止め、その隙に弾倉の弾丸の数だけ使い魔を一掃したのだが、とても足りやしない。

 撃破した使い魔の残骸が、停止した時間に置き去りにされているうちに包囲を抜ける方へ駆ける。

 ところがそのほむらの目の前を、深海魚めいた細長い帯状の使い魔が泳ぐように横切っていった。

 魔法で時を止めているのに。

 その上、明らかに浴衣姿の使い魔とは種類が異なる。

 はっとして振り向けば、浴衣姿の使い魔がいた景色はかすんで消え、ほむらの足は先ほどとは異なる色の地を踏んでいた。

 今いるここは、別の魔女の結界。

「…………!? 」

 この空間が複雑に絡まり合う異様な世界は、ほむらにとって非常に戦いにくい場所だった。

 ほむらの固有魔法である「時間停止」は、自分がいる世界の時の流れを操作する。当たり前だが。

 ところがここは、いくつもの歴史が入り乱れて複雑に交錯しているのだ。

 例え時を止めようと、一歩踏み出せばそこは別の世界。時の流れが異なる別の世界には「時間停止」の魔法は及ばない。

 そして、かつて持ち歩いていた銃火器は、そのほとんどを現実世界での「ワルプルギスの夜」との最終決戦で使い果たしてしまった。

 いま手元にあるのは、この過去の仮想領域に来てから掻き集めたものだ。

 正直、この世界で魔女たちを倒しきるには心許ない。

(……まどかの手助けに来たのに……ここではまともな戦力になれない……!? )

 悔しさに臍を噛む。

「あっ!? 」

 迂闊だった。結界内で後悔に囚われるなど。

 至近距離に迫る深海魚めいた使い魔の鋭いヒレに気付いた時には、ほむらが突き出したベレッタのスライドが下がりきっていたのだ。

(弾切れ……!? )

 咄嗟に魔法を意識するが、すでに使い魔のヒレはほむらの喉元に──

「えいっ!」

 ジャベリンに貫かれた深海魚型の使い魔が、地面に縫い止められたと同時に飛沫となって飛び散った。

「大丈夫ですかっ!? 」

「あなた……!? 」

 そこに現れたのは、ヘリオトロープのメイド服を纏った魔法少女、藍緒 ゆりだった。

 見れば、この空間には他に五人のゆりがおり、それぞれが、異なる形の使い魔を討ち倒していた。

「……ありがとう。 よくここにたどり着けたわね」

 礼を告げつつも、この入り組んだ複雑な空間構造でわずか数人に過ぎない仲間と巡り会えるのは至難だというのに現れたゆりに、ほむらは喫驚していた。

「ううん。私、頭悪いから、力押しでどんどん行くしかなくて」

 五人のゆりが周辺の使い魔を槍で追い回している間に、ほむらの側に立つゆりは恥ずかしそうに後頭部を掻きながら応えた。

「魔力が無限って言うから、いつもよりいっぱい分身してみたの」

 藍緒 ゆりの固有魔法は「分身」。

 なるほど。それで大勢で盲滅法に駆け回って、偶然自分を見つけたのか。

 ゆりはしきりに恐縮しているが、それは立派な魔法の運用法だ。

「いいえ。たいした魔法よ。 それで、他の人には会えたの? 何人に分身したの?」

「ええと、あんまりよく数えていないの」

 それでも頬を掻きながらゆりは苦笑いした。

「でも、全校集会の時に集まったのよりは多いと思う」

(およそ一般的な学校の生徒数だと鑑みて……五百人以上!? )

 ざっと暗算したほむらは驚愕に目を見張った。

 それだけの主観がありながら ゆりに混乱した様子がないのは、もはや「魔法だから」と割り切るしかないのだろうか。

 やがて現れた機械仕掛けのサメのような魔女をゆりの分身たちがジャベリンで滅多刺しにしたところで、ほむらはゆりを促して駆け出した。

「一緒に、行きましょう。いくら白魔法少女でも、一人より複数で協力したほうが戦いやすい」

「はいっ!」

 元気良くうなずいたゆりが、さらに分身を増やして四方に走り出した。

 

 

「くっ!? 」

 薫は軍配扇を振ってピエロ型の魔女を操り、自壊を中止させて立ち上がらせた。

 後から現れた鉄塔型の魔女は長い足を動かし、クモというよりはキリンのようにゆったりとした動作で迫る。

 だがそれは隔絶した巨大さによる鈍重さであり、その長い一歩はビル破砕ハンマーのような勢いで踏み出されてきた。

「っ!? 」

 ピエロ型の魔女を手前に出させてそれを受け止めるが、ピエロ型の魔女の頭がその膝ほどにまでしか届かないほど鉄塔型の魔女は、大きい。

 相討ちを誘うには難しい組み合わせだ。

 鉄塔型の魔女がピエロ型の魔女を簡単に倒してくれれば、残ったほうを支配してやればカタがつくのに。

 ピエロ型の魔女を操って組み付く長い足を殴らせるが、的が細くて上手くいかない。

「薫ちゃん!」

 そこに、非常に馴染みのある声と共にゆりが大群で現れた。

 その数、ざっと数十。

「ゆり……!? 」

 怒濤の勢いで駆け込んできたゆりたちは、ピエロ型の魔女に群がると次々と飛びついてジャベリンを突き立てていった。

「薫ちゃん!? 無事で良かった! さあ、いつもみたいに、私を使って! 一緒に魔女をやっつけよう!」

「…………!? 」

 ゆりの言葉に、薫は思わず絶句した。

 「使う」という言葉に、これまで自分がしてきた行いを思い起こして。

 けれど、もう違うのだ。

 泣いて謝った。許してもらった。

 でも、それで自分のした事が消えてなくなったわけではない。

 これからは、同じ過ちを繰り返さないこと。繰り返さないよう努め続けることが肝要なのだ。

 ゆりの友達であり続ける為に。

「わかった。 ゆり!」

 そして、偽らず、自分が自分である為に。

「行くよ! いつもと同じフォーメーションで!」

 だから、薫は敢えて強気の「委員長」の顔で呼びかけた。

「……うんっ!」

 薫の意図を察してくれたのか、ゆりが満面の笑顔でうなずいてくれた。

 それが、薫にはたまらなく嬉しかった。

 

 どこからか、ピアノの演奏が聴こえてきた。

「これは……あの背の高い人の……」

「あ……」

 今も大勢のゆりが二体の魔女を滅多刺しにしている中、薫の言葉にゆりは胸に痛みを覚えて顔を曇らせた。

 千歳 すずと面識があった「薫」は、魔女になって死んでしまった。

 今ここにいる薫は、ついさっきすずと会ったばかりなのだ。

「ねえゆり。わたしは、あの人と会ったことがあるの?」

「あ、えと……」

 問われ、しばし煩悶したゆりは、結局小さくうなずいた。

「……そう。 まるでわたしのこと良く知ってるみたいに、とても素敵な曲を奏でてくれたから、結構長い付き合いだったのかしら」

「……ううん。あんまり……」

 会ったと言っても、本当にほんのわずかの邂逅だった。

 けれど、それなのに薫のことを的確に理解したメロディを作り上げたことにはゆりも非常に驚いたし、とても感動していた。

「だとしたら、とてつもない才能ね。 ねえ、ゆり。これが済んだら、改めてあの人のこと紹介してくれる?」

「え?」

「浮絵 桂華さんのこともだけど、できれば、お友達になりたいの。 だめかな?」

 控え目に問う薫に、ゆりはわずかに呆然としてから、猛然とうなずいた。

「うん! うん、もちろんだよ!」

 それにしても、このピアノのメロディは何だろう。

 すずのやる事だから、これも魔法なのだろう。

 ポップでアップテンポなメロディが、幾重もの空間を越えて鳴り響く。

 聴いていると、気分が高揚してくる。力が溢れてくるようだ。

 身体が軽い。意識が冴える。たまらなく嬉しくなる。

「なるほど。音楽の力の魔法なんて、珍しいわね」

 どこか澄んだ笑顔で手のひらを見下ろしていた薫が呟いた。

 これがこの魔法の効果なのか、同様に沸き上がる力を実感しているのだろう。

「行こう、ゆり。魔女をやっつけて、全員で集まるの。 あの人のこと、探せる?」

「うん。今も、音のする方を探してる」

 すずの音楽の魔法は、同時にすず自身の位置を知らせる為でもあるだろう。

 それなら、すずの居場所を突き止める事はまさに大量の手勢を行使できるゆりの役目だろう。

 大量に分身したゆり達は、幾重にも交差した空間中を縦横無尽に駆け回った。

 

 

『……ねえ、本当にいいの?みおみ。このままで』

『はい。仕方ありません』

『あれは、あんたの魂なんだよ? あれを倒しちゃったら、みおみは、もう……』

『元に戻れる可能性を追求するための時間はもう、ないんです。 わたしが意地を張っていると、「救済」の魔法の邪魔になって、この宇宙がまるごと壊れてしまいます』

『でも、それじゃ、みおみだけが……』

『わたしは、大丈夫です。 きりえちゃんがいますから』

『それはそうかもしんないけど!? でも「救済」の魔法が救うのは、魔女と魔法少女だけでしょ!? 「白魔女」は、その対象に入ってない……』

『まどかさんは、ご自分にできることをしたのでしょう? わたしも、わたしのできることをあきらめません』

『だから、そのみおみの魂が……!? 』

『ですから、大丈夫です』

『……っ!? 』

『人の為に頑張ることも、そうすると自分が決めたからこそです。みなさんも今、ご自分のために戦っています。 わたしも、最後まで戦いますよ?』

『……具体的には、どうするのさ』

『きりえちゃん。お手伝いが欲しいです。 お手伝い、してくれますか?』

『今さらなに言ってんの水くさい! で、なにをするの?』

『はい。 これは、わたしときりえちゃんの、二人の最後の魔法です』

 

 




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

最終話 もう一度、友達に 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 
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