魔法少女みおみ☆マギカ 第二部 つなぐ魔法   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第2話 なんてデタラメな

 ぽーん、と教室の中で紙くずが宙を舞う。

「おりゃー!」

「はいっストライクー!」

「ばかやろてめえ俺まで届いてねえじゃねえかよ!? 」

 バット宜しく箒をフルスイングした男子生徒が手前に力なく落ちた紙くずを拾い上げて投げ返した。

「わりーわりー」

「……あ、あの……」

 机を端に寄せられた教室内で、掃除道具で野球の真似事をして遊び呆けている男子生徒たちに、藍緒(あいお) ゆりが箒を握りしめておずおずと呼びかけた。

「……その……掃除、して、ください……」

「はあ? うるせーよオバケ女!」

 懸命に訴えるも、男子生徒に乱暴な悪罵をぶつけられてゆりは立ち竦んだ。

 恐怖に震えるゆりの体躯は非常に小さい。侮られる要因としてはそれが最たるものだが、心無い中傷の的にされる要因は別にあった。

 ゆりの髪は非常に癖が強く、どんなに櫛で梳いても整髪料を塗りたくっても、すぐにあちこちがバラバラに跳ねてしまうのだ。

 だから普段から大量のヘアピンが欠かせない。

 加えて、やや白目がちな瞳のせいで見る者にゆりの意図とは関係なしに悪印象を与えてしまう。

 それは、自分への自信のなさも加わって卑屈に歪むことで悪化し、乱れた髪と相まって「まるで和製ホラーの怨霊みたいだ」などと揶揄されて以来、一部の者はゆりのことを「オバケ」だの「怨霊」だの、あるいはホラー定番キャラクターの通称だので呼んでからかうようになってしまったのだ。

 しかも、ゆりにはそれらの悪罵を跳ね退けられるだけの胆力も受け流せるだけの余裕もない。

 弱気なゆりは、言われるがままだった。

「ちょっとあんたたち!? 」

 言われたきり無視されたゆりが所在無げに棒立ちしていたそこへ、同様に掃除をしていた別の女子生徒が怒鳴りつけた。

「ちゃんと掃除しなさいよ!? 」

「へいへーい」

「今やってんよ。コイツがこれからゴミ箱に打ち込んでホームランにすっから」

「お前こそ掃除しろよ。そこにおっきいゴミが突っ立ってんじゃんか」

「ぎゃははおまえマジそれひでえ!」

 指をさされてゴミ呼ばわりされたゆりは、とうとう目の端に涙を浮かび上がらせた。

「あんたねえ!? 遊んでるやつが言えた義理じゃないでしょお!? ちゃんと掃除してって言ってんの!」

 男子の戯けた態度に女子生徒はさらに頭に血を昇らせた。

 ところが、どれだけ怒鳴れども彼らは言うことを聞かず、掃除は一向に進行しない。

「あーもー!? これじゃ終わんないじゃない! 部活に遅れたらあんたらのせいだかんね!? 」

「知るかよー」

「いーじゃんこのまま部活行っちゃえば」

「お疲れさま」

 ゆりがおろおろと見回す前で女子生徒がもうじき破裂するのではないかと思われたそこに、涼やなか女子の声が流れ込んできた。

「……!」

 その声を聞くなり、ゆりは表情を満面の笑顔に変えて入り口を振り向いた。

 教室に入ってきたのは、このクラスの学級委員長である御鐘 薫(みかね・かおる)であった。

 光加減によっては真紅にも見える綺麗にまとめられた赤毛を微かに揺らしながら、声と同様涼やかな表情で教室を見回した。

「あらあら。あまり進んでないみたいだね」

「御鐘さん!? 」

 男子に注意していた女子生徒が、薫に詰め寄った。

「御鐘さんからもひとこと言ってやってよ!? あのアホどもぜんぜん掃除しないんだから!」

 委員長が来たにも関わらず、男子生徒は遊びを続けており、今もバカ笑いしている。

「うん。じゃあ任せて。ご苦労様。声が廊下まで聞こえてきてたから」

 言われ、顔を赤くした女子生徒の肩に軽く触れ、薫は歩き出した。

 途中で満面の笑みを浮かべて見つめるゆりと目配せしてウインクし、その前を通り過ぎる。

「ねえ佐藤くん。桐山くん。吉川くん」

「あ?」

「なに?いいんちょ」

 呼びかけられた男子三人は、紙くずを念入りに丸めながら横目で応えてきた。

「掃除って、やっぱり退屈かしら」

「……退屈ってか、面倒」

「だいたい、ちっとくらい埃が散ってたってオレ気になんねーし」

「なんで掃除すんのか、って感じだよ。なあ?」

「ふうん?」

 顔を見合わせる三人の言い分を聞いた薫は神妙な顔でうなずいた。

「わたしとしては、みんなと一緒に使う教室を、一緒に綺麗にしたいなって思うけど、気にならない人もいるのね」

「だっから、ワケわかんねえんだよ」

「なーいいんちょ。もうこんくらいでいいだろ?」

「……そうだね」

 言われ、薫は穏やかな微笑で男子を見上げた。

「じゃあ、ここはもういいんだけど、ほかに是非とも佐藤くんと桐山くんと吉川くんに手伝ってもらいたいことがあるの。あなたたちになら適任だと思うから」

「……なに?」

 不承不承ながらも男子生徒が態度をやや軟化させた。

「あれ。あのゴミ袋と箱を、裏の焼却炉のところに置いてきて欲しいの。男の子の腕だったら、軽いでしょ?」

「……えー? そら、まあ……」

「置いたら、そのまま解散しちゃっていいから。ね?」

「……まあ、それくらいなら」

 言って顔を見合わせた三人の男子は、箒を放り出して各々かばんとゴミを持ち上げると、「んじゃー」だの「ばいばいいいんちょ」だのとめいめい適当な挨拶を残して教室から出て行ってしまった。

「さ。後片付けしちゃいましょ!」

「……いいの? あれ」

 教室出入口を指さして女子生徒が言うが、薫は穏やかな顔のまま微笑んだ。

「適材適所。 まあ三人の言い分も分からないでもないし、向き不向きって、あるもの」

 袖をまくり、薫は放り出されたほうきを拾い上げた。

「でも、みんなのおかげでだいたいは済んでるみたいだし、机を戻しちゃいましょう? まあ少しは癪かもしんないけど、あの三人は一番重いものを引き受けてくれたし」

「あ」

 置き去りにされていた女子生徒たちが、薫の下した采配の意味に気付きそれぞれ顔を見合わせた。

「それに、まあ役割の配置を間違えたわたしの判断ミスでもあるしね」

「そんなことないよ!」

「いや、あんまり軽々と持ってくから、あのゴミ軽いのかと思ってた」

 申し訳なさそうにした薫に、女子は事の次第に理解を示した。

 ゴミ袋はともかく、箱の中には決して軽くない廃棄物がまとめられていたのだ。

 

 御鐘 薫と言えばこの久那織南中学校、略して「くななん」においては有名人であり、クラスをまとめるリーダーシップの手腕はもとより、その高い指揮・運営能力は生徒会のご意見番として会議に呼ばれるほどである。

 なぜ生徒会役員にならないのかと問われれば、「だってわたしはクラスの委員長だから」と答え、分を弁えた謙虚な姿勢とクラスメートを大切にする教室規模の帰属心のこだわりには多くの生徒が憧憬と共に感嘆する。

 その性格と公平な采配を下す判断力、及び誰もが一目置いて慕うカリスマから学校内外で「くななんの超委員長」との二つ名で知られる人物である。

 

「ありがと。ごめんねみんな。明日からは配置をもう少し考え直してみるから」

 その言葉で気を取り直した女子一同は、勢い良く後片付けを再開した。

 それを手伝いながら、ゆりは机を運ぶ薫の横顔を羨望に溢れた眼差しで見つめていた。

 

 

「……でもね。ゆりの事を泣かせたツケは、きっちり払ってもらうから」

 

 

 華やかな灯りに彩られた夜のショッピングモールに、女性の悲鳴が響き渡った。

 ブティックやアクセサリの店が並ぶおしゃれな通りを、三人の男子中学生が下着一丁の姿で駆け抜けていったのだ。

 そしてストリートの端にたどり着いたところで足を止めた三人は、無表情のまましばし並んで棒立ちすると突如目を瞬かせて辺りを見回して怪訝な顔になり、己が半裸であることにそこで初めて気付いたように仰天の声を上げて慌てふためいた。

 まるで女子のように両腕で身体を隠して背を丸め、ここに至った脈絡が分からず混乱した様子で喚き続けていたが、脱ぎ捨てた自分たちの衣服とかばんがこのショッピングモールの通りの反対端に散らばっているのを見つけると、しばし煩悶して躊躇った彼らはやがて意を決して来た道をこそこそと戻っていった。

 女性客らの嬌声を浴びながら。

 

 

 その男子三人の様子を遙か高所から見下ろして笑い転げている少女がいた。

「あーおかしい! ねえゆり、見た?あいつらの間抜けな顔!」

 ビルの屋上の縁に腰掛け、下方を指さして両足を振り回しながらけらけら笑っている少女の衣装は実に奇抜なものだった。

 丈の短い赤のワンピースの上に豪奢な真紅の装飾が施された軽甲冑を纏った、まるでファンタジーロールプレイングゲームでしか見ない格好をしているのだ。

 そんな姿で、残忍さを孕んだ無邪気な笑顔で狂喜しているのは、御鐘 薫。

 彼女は教室で見せる「委員長」としての顔からは想像も付かないほどかけ離れた冷酷な笑みを浮かべていた。

「……うん。おもしろかった」

 応えたゆりも、普通の格好ではなかった。

 純白のエプロンを掛けた薄紫のエプロンドレスを纏った、清楚なメイドの姿で隣に腰掛けていたのだ。

 その頭髪は、昼間とは見違えるほど綺麗にまとまっており、その頭頂にはホワイトブリムを装着していた。

 夜空と月を背景に高所で並んで腰掛けたふたりの異装は、魔法少女の姿に変身したものだった。

 慌てふためく男子どもを見下ろして、薫がゆりの頭を胸に抱きながらけらけら笑い続けている。

「うーわ、あんなへっぴり腰で街ン中よたよた走っちゃってバカじゃないのあいつら!? あははだっさい」

「……うん」

 見た目ほど堅い感触ではない薫の鎧の胸郭にべったりとくっついて頬を埋めながら、ゆりは満足の笑みを浮かべた。

 薫はゆりの頭を撫でながら、変身の効果によって感触を変えたその頭髪に頬を載せる。

「ふふふ。 ねえゆり。どうかな。気は済んだ?」

「……うん。もう充分だよ」

「そう」

 ゆりの応えに満足げに呟いた薫は、やや考えてから思い直してうなずいた。

「……そうだね。あんまりやり過ぎてクラスの誰かに見つかったら、クラスの雰囲気がおかしくなるしね」

 それで教室がぎくしゃくするのは、薫としても望むところではない。

 ゆりがいいと言ったなら、薫もそれでいい。

「さあ。じゃあ少し見回りしてから帰ろう?」

「……うん」

 はにかんでうなずいたゆりの手を取って立ち上がらせ、薫とゆりは夜の街の闇へと飛び込んで消えていった。

 

 

 さらにその二人の魔法少女を見送る影があったことには、誰も気付かなかった。

 彼女らよりもなお高い位置にあった貯水槽の上で、月をバックに座り込むしなやかな体躯の小動物がいた。

 そいつは自然界には有り得ないミントグリーンの体毛に覆われており、ピンクに輝くガラス玉のような瞳で、暗闇に飛び降りていった二人の魔法少女を見つめていた。

 

 

 広大な円筒の世界だった。

 内壁に沿って螺旋階段がまるでネジ孔のピッチのように幾重にも延びており、上も下も果てが見えない世界。

 その中空に、奇妙な物体が浮遊していた。

 幾重もの円環型の歯車に囲まれた、まるで時計の内部機構を箱型に組み上げたような物体。

 ぎちぎちと各部の歯車が回り、無秩序に出鱈目に機構を動かしている。

 

 

 これなるは「秀才」の魔女。その性質は「曲解」。

 

 

「ふうん。ちょっと厄介そうだね」

 魔女の結界に侵入した二人の人影が、結界内周の螺旋階段に着地した。

 片やバーミリオンに彩られたファンタジーめいた軽甲冑姿の薫と。

 片やヘリオトロープのドレスの上からエプロンを掛けたメイド姿のゆりと。

 さらに薫の隣には無人のバイクが二台、手も触れられていないのに自立してまるで忠犬のように薫の傍らに控えている。

「まずは小手調べといきましょうか」

 言って薫は翻した右手に鳥の羽根のような──それも孔雀の尾羽のような丸い紋様が浮かんだ羽根だ──のような巨大な扇を取り出して、空中に浮かぶ魔女へ突きつけた。

「行って!」

 薫の号令と共に、傍らの無人のバイク二台が紅い輝きを纏って階段の手摺りを乗り越えて飛び出した。

 空中に躍り出たバイクは、あろうことかめきめきと異音を立てて歪み、ひしゃげて変形し、左右にカウルを含めたフレームを伸ばすと翼のようにしてそれを広げ、宙を飛翔した。

 自らの手駒を送り出した薫の姿はまるで戦場における指揮官のよう。

 その手にふりかざした巨大な羽根は、言うなれば「軍配扇」だ。

 飛び出したバイクが変形した二体の機械の怪鳥は、鋭く空を切り裂いて、螺旋に囲まれた中空に佇む魔女へと殺到していった。

 それを見上げる二人の前で、魔女にも変化が現れた。

 まるで木の実が生るように、歯車の箱の各所に黒い粒が浮き出たかと思うと見る見る膨らんで肥大化し、ビーチボールほどに大きくなると魔女の身体から切り離されて飛び出したのだ。

 その黒い球体には、しっぽのように紐が付いており、その先端には小さな炎が灯っていた。

 炎は火花を散らせながら紐をじわじわと喰らい長さを減じて球体に迫る。

 それはまさに、導火線に点火されたダイナマイトだ。

 もっとも、黒くて丸いダイナマイトなどマンガかゲームくらいでしか見たことがないが。

 だがその効果と威力は見た目に違わぬものだった。

 それは「陥穽」の使い魔。意志あるもののごとく浮遊して薫が放った機械の怪鳥の進路を阻むと、二人の腹に響くほどの轟音を炸裂させて大爆発し、変形したバイクを木っ端微塵にしてしまった。

「っ!?  やってくれんじゃん! ゆり!やるよ!」

「うん!」

 爆風を遮る為にかざしていた腕を解いて薫が叫ぶと、ゆりがうなずいて螺旋階段を駆け出した。

 上と、下へ。

 そこには二人のゆりが、いや、四人、八人、あっと言う間に四~五十人にも増えた大勢のゆり達が螺旋階段を上下に駆け抜け結界の内壁をぐるりと幾重にも立ち並んで取り囲んだ。

 これが魔法少女・藍緒 ゆりの固有魔法。大量の自らを生み出す「分身」の魔法である。

 五十人近い人数のこれら全てがゆり本人である。故に意志は同一。全員が、己のすべきことを心得ている。

「準備できたよ!薫ちゃん!」

「オーケイ! まずは露払いからっ!」

 叫び、軍配扇をひと振りすると、爆破されて四散したバイクの部品が全て紅い輝きを纏って再び浮かび上がり、未だにいくつも生み出されていた黒い球の爆弾の使い魔どもへと殺到してゆく。

 鋭利なつぶてとなった無数の金属片が突き刺さり、「陥穽」の使い魔が次々と導火線の引火を待たずに爆発して消えていった。

「次っ! ゆり!行くよ!」

「うん!」

 魔女を守る使い魔が消滅するや否や、薫の軍配扇のひと振りに従い、今度は全てのゆりの瞳が紅い輝きを放ち、五十人のゆり達が一斉に手摺りを乗り越えて虚空に飛び出した。

 だが、いかな魔法少女といえど「空を飛びたい」などと契約せねば自由に飛翔できるものではない。

 変身がもたらす強靱な脚力による跳躍力でゆり達は魔女めがけて跳んでいったが、やがて弧を描いて落下していってしまう。

「AチームはBチームを足場にして跳躍!」

 そこで薫が扇を振って叫ぶなり、ゆり達の半数が空中で別のゆりを足蹴にしてさらに高く跳躍した。

 踏み台にされたゆりたちは結界の下方へと落下してゆく。

 ところが、落ちていったゆりたちの姿は掻き消え、飛び上がったゆりがまたさらに倍の数に分身したのだ。

「さあフォーメーションだよ!二人一組になって、一方は壁へ!」

 続く薫の指揮に、空中に舞い上がるゆりたちは二人ずつ手を握り合うと一方を振り子のように振り回し、それぞれ内壁の螺旋階段めがけて投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた半数のゆりたちは宙返りして手摺りに着地するとすぐさま手摺りを蹴って跳躍し、宙に舞うゆりたちをさらに高みへと押し上げたのだ。

 それを幾度か繰り返すと、数十人のゆり達がようやく魔女と同じ高みへと至った。

 そこでゆり達は一斉に武器を抜き放った。

 両手で握った長い棒杖を斜めに構えたゆりの姿はさながら清掃中のメイドだが、その先端には箒でもモップでもなく刺突用の鋭い穂先がついている。

 そのジャベリンをひと振りして魔女に突きつけたゆり達は、跳躍してきたゆり達のさらなる後押しを受けて魔女めがけて穂先を突き出して殺到した。

 ところが、機械の箱型の魔女の身体からはまた黒い球形の使い魔が生み出され、あろうことか間近で爆発し、数十人のゆり達を巻き込んだ。

 だが薫は眉ひとつ動かさない。

 爆煙の中から爆発に巻き込まれたゆりの半数が、若干煤にまみれながらも飛び出してきたのだ。

 爆発の瞬間、二人のゆりが組み付き、一方を盾にして残る一方をかばったのだ。

 十数人のゆりを喪ってしまったが、残存するゆりの数はまだ充分ある。

「ふん!至近距離で爆弾使うだなんて度胸だけは誉めてあげてもいいよ! でもね!」

 結界の中空に浮遊する魔女よりも高い場所の螺旋階段の縁から、二人のゆりが飛び降りてきた。

「あんたの結界ってば、足場が多過ぎなんだよ!」

『ーーーーーーーッ!? 』

 頂点に着地したゆりにジャベリンを突き立てられ魔女が狂ったように体中の歯車を回転させて身悶えした。

「行って!」

 薫の軍配扇の指揮に、残る数十人のゆり達が三度跳躍し、空中で身悶えする魔女めがけて殺到し次々とジャベリンをその機械の身体に突き立てた。

『ーーーーーーーーッ!? 』

 絶叫する魔女だが、未だ崩壊には至らない。並の魔女ならば充分倒せるほど槍を突き刺しているというのに。

「しぶといわね!それなりに強力だってこと? ゆり!とどめだよ!」

「「うん!」」

 大勢のゆり達が声をそろえて応えたその時、結界の壁を突き破って飛び込んだ一陣の風が魔女に直撃し、群がっていたゆり達を弾き飛ばしてしまった。

「ああっ!? 」

 薫の見ている前で弾き飛ばされたゆり達は次々と姿を消し、一人だけになったゆりが辛うじて反対側の螺旋階段に転がり込んで着地した。

「ったっ!?  ごっ、ごめんなさい薫ちゃん!? 」

「……あれ……」

 悲壮なゆりの謝罪も聞き流した薫の目は、飛び込んできたそいつの姿に釘付けになっていた。

 空中にある「秀才」の魔女の箱型の身体に組み付いていたのは、まるで白い布をお化けの真似のように真ん中で釣り上げたかのような真っ白の異形だったのだ。

 それには薫もゆりも見覚えがあった。

 ついこの間のことだ。「ワルプルギスの夜」が現れたあの時、巨大な魔女の気配に引き寄せられて現れた大きな藁人形のような魔女を狩っていたところに乱入してきて、魔女を喰い、謎の力で薫とゆりを昏倒させた「白魔女」だ。

 「白魔女」の名とその厄介な特性は既にキュゥべえから警告を受けている。

 ゆりの分身が消滅させられたのはまさにその異常な力によるものだった。

『ーーーーーーーーッ!? 』

 「秀才」の魔女の断末魔が響く。

 白魔女は爬虫類のように節くれ立った手足で魔女を抱え込むと、たちまち「秀才」の魔女の歯車に囲まれた四角い身体を体内に飲み込み消し去ってしまった。

『ゆり! 逃げるよ!』

『……う、うん!』

 獲物を取られたのは癪だが、またあの白魔女に襲われて今度も無事で済む保証もない。

 薫は下に、ゆりは上に、結界に侵入した地点めざして螺旋階段を駆け出した。

 ところが、階段沿いに移動せねばならない魔法少女二人とは違い、宙を自在に飛翔できる白魔女は魔法少女を捕捉すると階段を駆け降りる薫めがけて一直線に飛びかかってきた。

「っ!? 」

「薫ちゃん!? 」

 白魔女相手では魔法も効かず、防ぐこともできない。

 最悪の事態の予感に苦渋に顔を歪ませた薫の目の前で、突如爆発的な光が閃いた。

「……え……?」

 立ち竦んだ薫の目の前。

 螺旋階段の手摺りの向こう側に、膨大な黄金色のオーラを全身から噴き出して浮遊する少女の後ろ姿があった。

 白魔女は、そいつに弾かれたかのように離れた虚空にいる。

「……な、なに……!? 」

 有り得ない。

 白魔女の前では、魔女も魔法少女も無力のはず。

 まるでバイクに乗るような黒のツナギを纏ったその少女は、なぜか頭頂のみ一房を白いリボンで括ったライオンヘアを逆立たせ、メリケンサックを握った両の拳を腰溜めに構えて白魔女に対峙していた。

「よう。わりいな、邪魔して」

 肩越しに振り向いたその魔法少女はまるで男のように快活な笑みを浮かべると、再び前を向き跳ねるように浮上した。

「とりあえずこいつは任せろ! あと、できればそこで見てろ!」

 叫ぶと、その魔法少女はまるで少年マンガのヒーローのようにオーラの光芒を引いて鋭く飛翔し、あろうことかあの白魔女に激突して殴り始めた。

「……は……?」

「…………」

 薫としても、開いた口が塞がらない。

 ゆりもその様子を呆然と見上げていた。

「おぉーりゃあッ!」

 その魔法少女は幾度も幾度も白魔女を殴りつけ、そのカーテンのような頼りない身体を衝撃に弾けさせながら後退させてゆく。

 本来ならば魔力はおろか、運動エネルギーすら掻き消されるはずなのに。

「……な、なんなのよあれ? ……なんて、デタラメな……?」

『彼女は「白魔法少女」だよ』

「!? 」

 脳裏に聴こえてきた新たな声に、瞬時に方角を捕捉した薫は弾かれたように振り向いた。

『こんばんわ。御鐘 薫。 それと、そっちは藍緒 ゆり、だよね』

 初対面のその存在に名前を言い当てられたことには今さら驚かない。

 だが、驚かない根拠となるその姿には驚愕を禁じ得なかった。

 そいつは、階段の上段に行儀良く座る小動物はキュゥべえに非常に良く似た姿をしていた。

 しなやかな体躯はむしろプレーリードッグに近く顔は細長く、体毛はミントグリーンというおよそ自然には生まれてきそうにない色をしているが、ビー玉のようなくりくりした瞳はピンクに輝き、長く後ろに伸びた耳らしき部位と細長いしっぽにはそれぞれひとつずつ、計三つのエンジェルハイロウを提げているのが共通点と言えるか。

 そんな存在が、テレパシーを介して話しかけてきたのだ。

『……あ、あなた、なに?』

 薫の疑問を、遠くにいるゆりが中継されたテレパシーで問いかけた。

「……キュゥべえの、仲間、なの?」

『あんなのと一緒にしないで。気分悪い』

 続く薫の疑問には、そいつは非常に不機嫌な声で応えた。

 驚くべきことに、キュゥべえよりもある意味感情の起伏が人間らしく判然としているように見受けられた。

『まあそんなことよりも、私はあなたたちにお願いがあって来たんだ』

 居住まいを正すように身体を振るったそいつは、座りなおすと小首を傾げて続けた。

『私の名前は「キュゥりえ」。 あなたたち。私と契約して、「白魔法少女」になってくれない?』

「……………………は?」

 ネタ元を嫌っておきながら何から何までパクったかのような言い種に、薫は顔を斜めにしかめて問い返すより他になかった。

 

 

「……「白魔法少女」……」

 自宅の自室で。

 蒼い暗闇のなか月明かりにのみ照らされたベッドの上に身体を投げ出したすずは、真っ直ぐ伸ばした左手の薬指に設置した指輪状態のソウルジェムを見つめながら、今日の夕方、桂華から聞かされた話を思い返していた。

 

 




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「その気になるまで持ってていいなら、これはとりあえずもらっておくわ」

第3話 悪いけど、お断りよ

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 
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