魔法少女みおみ☆マギカ 第二部 つなぐ魔法   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第4話 友達が辛いのは、アタシも辛い

『んじゃ! 明日から教室でもよろしくなっ!』

 

 とか言いつつ桂華はすずとは別のクラスに編入されていた。

 最初に教室を見回した時はあれあれすずっちったら風邪でもひいて休んじまったかと訝しんだが、そもそも魔法少女は風邪などひかない。ウイルスに侵されても、不調を感じた時点で自己治癒ができるからだ。

 じゃあ休み時間にでもすずっちの教室に遊びに行こうかと考えたが、最初の休み時間から新しいクラスメート達の歓迎の質問責めに遭っているうちにタイミングを逸し、その後休み時間になる度にクラスの新しい友人たちと派手に遊び回り、放課後に友達と手を振り合って校門をくぐり出るまですっかりすずに会いに行く用事を忘れ去っていたことに気が付いた自分に愕然として足を止めたところだった。

「あっちゃー! またやったー!」

 ガニ股で頭を抱えて仰け反るという女子にあるまじきアクションで叫ぶと桂華は再び校舎にどたばたと駆け込んでいった。

 

 黄昏に包まれた無人の廊下を駆け抜ける。

 今はこの特別教室棟には教師も立ち寄らない時間帯なので、誰に見咎められることもなく音楽室にたどり着いた。

 楽しいことがあるとついつい脈絡を忘れてしまう悪癖がどうにもならないなと悩む度にすぐ忘れることを考えていたせいだろう。

 茜色を照り返す音楽室のドアを開けるその瞬間まで、桂華はピアノの音がしないことに気付いていなかった。

『よぉっがッッ!? 」

 ドアを開けた途端にあごを強打され、仰け反ったところを固い何かがいくつも身体に激突して桂華を吹き飛ばした。

「ッッ!? 」

 衝撃に逆らわず床を蹴って後退し、一回転してから瞬時に魔法少女に変身して武器を構えた両腕を交差させながら音楽室の中を睨み返す。自分を脅かすことができるものは魔女だけだから、変身することに躊躇はなかった。

 ところが、開け放たれた入り口から見える音楽室の中央に、ひとり立ち尽くすすずの姿を見つけて桂華は目を丸くして立ち上がった。

『……おい、どした? アタシだアタシ。 魔女かなんかいたのか?』

 音楽室の中にいるすずは、鮮やかなシアンのマーチングバンドのユニフォームめいた衣装の魔法少女の姿に変身していた。

 周囲に己の武器である無数の白と黒の直方体を展開し、それらの間から細長い目を見開いて桂華を睨み付けていたのだ。

 すずは、桂華の問いかけに応えぬまま。

 桂華の周りに散らばっていた数個の白と黒の直方体が浮かび上がり、宙を滑るように飛翔してすずを囲む群の中へと戻ってゆく。

 先ほど桂華を殴り付けたのは、この直方体らしい。

『なんだよ。文句があんならはっきり言えよ』

 だから桂華は直感した。すずは桂華に対して攻撃態勢を取っている。何か怒っているようだというのは察しがついた。

 だが、何を怒っているのかはさっぱり分からない。

『言わなきゃなんも分かんねえだろ!? 』

『……自分の胸に聞いてみればいいでしょう……!? 』

 今日初めて口を開いてテレパシーを放ったすずが、同時に無数の白と黒の直方体を桂華めがけて発射した。

 

 

 薄い林に囲まれた、一戸の個人宅としては大きい家の一階の角部屋。

 そこそこ豪華だが見た目よりも機能に重きを置いた作りの大きな窓の向こうは広い部屋となっており、中央に置かれたグランドピアノを壮年の男性が弾いていた。

 窓は二重の防音構造になっており、それだけで完全に遮断しきれるものでもないが、さらに家を囲んで木々を植え込むことで隣家へ音が漏れるのを完全に防いでいる。

 そんな配慮をされた部屋の中で男性は一曲を弾き終えると、僅かの余韻の後、鍵盤に布をかけ蓋を閉じた。

「…………」

 男は丸眼鏡の向こうの、まるで起きてるのか開いているのか分かりにくいほど細い目でピアノをじっと見下ろして黙考している様子だった。

「……」

 やがて男はポケットから鍵を取り出すと、蓋を閉じられた鍵盤手前の中央の鍵穴にそれを差し込み、かちゃりと施錠して部屋を出ていった。

 壁際のスイッチの操作と共に、部屋の灯りが落ちた。

 

 その様子を、庭の大木に生い茂る無数の葉の奥、高所の太い枝に腰掛けた桂華とキュゥりえが無表情にじっと見つめていた。

 

 

『だから会いに行くのが遅くなったのは悪かったって言ってんじゃん!? 』

『私も今朝はある意味びっくりしたわ。 でもそんなことじゃないのよ!? あなた、自分が言ったことも覚えてられないの!? 』

『そんなんいちいち覚えてるわきゃねえだろ!? 自慢じゃねえけどアタシの記憶力はザルだぞ!? 』

 次々と鋭く飛来する白と黒の直方体を、拳銃と融合した形状のメリケンサックで殴り返しながら桂華は叫んだ。

 今、すずと桂華は場所を特別教室棟の屋上に移して駆け回っていた。

『そりゃこんな性格だから自分でもなにやらかすかたまに分かんねえけどよ、教えてくんなきゃ通じるモンも通じねえだろ!? 』

『うるさい!』

 すずは細かいステップを繰り返して桂華との間合いを調整すると、白と黒の直方体の群の中で片手を横に振った。

『私のピアノを指してヘタクソだなんて、素人のクセに何が分かるって言うのよ!? 』

「断絶の第一原義!」

 テレパシーで、続いて口で叫ぶと同時、群の中から移動したいくつかの白と黒の直方体がすずの前で一定の配列で並んだ。

 白が手前で、黒がやや離れてその上に。

 それはまさしく、宙に浮いたピアノの鍵盤だった。

「……!」

 すずは流れるような動作でそれらの鍵盤を端から指先で叩いていった。

 それにつれ、聴く者に痛みを伴う激しく暗い想念を思わせる旋律が流れ出し、指先が端まで全ての鍵盤を弾き終えるや否や、配置された鍵盤がシアンの巨大な稲妻の嵐となって桂華に襲いかかったのだ。

「……!? 」

 桂華は驚愕に思わず息を飲んだ。

 それは、桂華がフルパワーで放つトドメのビームに匹敵するほどの危険な威力を備えているように見受けられた。

 直撃。

 落雷のような轟音が響き、屋上の片隅を爆煙が満たした。

「っはあっ。っはあっ」

 魔力の消耗ではなく、興奮状態による荒い息をつきながら片手を突き出した姿勢ですずは爆煙を睨み付けていた。

 やがて風に流されて煙が晴れたそこには、僅かに顔をうつむかせた無傷の桂華の姿が現れた。

『…………そっか』

 どこか静謐な苦笑顔で桂華はすずを見遣った。

『そういやそんなこと言ったな。 でもさ、すずっち。昨日言えよそういうことは』

「あのおしゃべりのどこにそんな隙間があったって言うのよッ!? 」

 かっ、と勢いよく降ろされたブーツが床を踏み叩く。

『あ。あと今のアタシには魔法は効かないから、殴るんなら武器使った方がいいぞ』

「今度からそーさせてもらうわっ!」

 頭頂で括ったリボンを指さして言う桂華に癇癪を刺激されたすずがなおも猛って手を振り無数の鍵盤を操るが、桂華は掌を突き出して付け加えた。

『それとな。 悪いけど、昨日のすずっちのピアノ。やっぱヘタだぞ?』

「うるさいっ!」

『いやいや聞けよ』

 怒りのままに振り回される嵐のような鍵盤の乱舞をひょいひょいと躱しながら桂華は続ける。

『ココロ揺さぶる音楽ってのがどんなモンかはすずっちのが詳しいだろ? アタシのココロがすずっちの音楽を「旨い」って感じなかった。この意味、すずっちなら分かるだろ? それとも、「耳を聴こえなくした」のと何か関係あんのか?』

「っ!? 」

 ぎくりと図星を突かれた様子のすずは冷や水を浴びせられたように身動きを止めた。

『放課後になってまでピアノ弾いてんだから、すずっちはピアノが好きなんだろ? 違うのか?』

「……う……!? 」

 桂華の口調は決して強いものではない、むしろ普段の調子でしゃべっているのだが、すずはまるで強い衝撃を受けたように見開いた瞳を揺らしている。

 その様子を見て桂華は変身を解除した。

 すたすたとすずの元へ歩いてゆく。

『なあ。やっぱなんか問題抱えてんだろ。 ……聞かせてくんないかな。 友達が辛いのは、アタシも辛い』

「……!?……」

 いつの間にか、すずの頬に一筋の涙が伝い落ちていた。

 

 

「あの。藍緒さん」

「え?」

 背後から呼び止められて、ゆりは振り向いた。

 委員会の会合が終わり、教室へ戻る途中の廊下でのこと。

 書類を抱えて振り返ったゆりは、声の主である男子を見た。

「あ」

「これ、落としたよ」

 野暮ったい眼鏡の奥でにこにこと柔和な笑みを浮かべて小さな手帳を差し出していたのは、同じクラスの貴籐 佑樹(たかとう・ゆうき)であった。

 背丈はゆりよりほんの少し高いくらい。男子の中では小柄な部類であるが、物腰が穏やかで、やんちゃな顔触れの男子の中では目立たない存在である。

 それなのにゆりと違って侮られることもなく、さりとて何か目立った活躍というものにも無縁な、クラスの中でも不思議なポジションに収まっている少年だ。

 屈託のないしゃべり方は相手がゆりだろうと変わることがない、クラスの中では希有な性格の男子でもある。

「はい。どうぞ」

「ぁ、あぅ……」

 差し出された手帳に、だがゆりは脂汗を浮かべながら書類の束を抱えた手でどうやって受け取ろうかとまごついていた。

 ……これは非常に良くない事態だ。一刻も早く受け取って、何もなかったみたいにしなくてはいけない……!

 危機に瀕し慌てるゆりは、だが手を滑らせて抱えていた書類を一部、また一部と落とし、それを無理矢理抱え直そうとして片手で宙を掻いた挙げ句結局全ての書類を床にぶち撒けてしまった。

「あっ!? あわわわわ!? 」

「あああ」

 その様子を見ていた貴籐 佑樹はやおらしゃがみ込むと、至極平静な調子で床に散らばった書類を掻き集め始めた。

「あああ……」

 ゆりは自分の失策とこの後予想される恐怖に震えて青い顔で立ち竦んでいた。

 そうこうして手をこまねいているうちに手際良く書類を集めて束ねてそろえた貴籐 佑樹は、紙束の上にゆりの手帳を添えてゆりの前に差し出した。

「ごめんね。手がいっぱいなのは見れば分かるのにね。僕が余計なことしちゃって」

「……!? 」

 貴籐 佑樹はあくまでも穏やかだが、ゆりの顔色は青く、受け取ろうと伸ばした手は唇と同様にがたがたと震え、ありがとうの言葉すらまともに紡げない有様だった。

 

「ふうん。ああやってきっかけを作ればいいんだあ」

「っ!? 」

 教室でひとり、自分の机の後片付けをしていたところにとびきり冷たい声をかけられ、ゆりはぎくりと立ち竦んだ。

「……ぅぁ……か、薫ちゃ、ん……」

 上擦った声で振り向いたそこには、腕をゆるく組み片手の指先でこめかみに触れながら教室に入ってくる薫の姿があった。

 ところが薫のいつもは涼やかな双眸は、今はまるで獲物をいたぶる猫のように冷酷に細められてゆりを射抜いている。

「ゆりってさぁ、時々大胆なことするよね。 わたしのゆりの分際で男の子を誑かすだなんていったいどういう了見?」

「ぁ……ち、ちが、」

 あごを震わせてまともに言葉を紡げないゆりの前で、ガラス玉のように冷たい双眸を投げかけながら薫は掌に取り出した深紅のソウルジェムを突き出した。

 赤の輝きがゆりを照らすと同時、ゆりの纏う制服が同じ紅の輝きを放つと、制服の袖がゆりの意図に寄らず捩れて動き、ばんざいの体勢にゆりの両手を持ち上げてその材質を固着させてしまった。

「……っっ!? 」

 同時に制服が胴回りを締め付ける方向に動き、圧迫と激痛にゆりは息を詰まらせた。

「っかっ、かおる、ちゃ……ち、ちが」

 頬に鋭い痛みが迸り、やっと絞り出した言葉は吹き飛ばされてしまう。

 平手打ちを喰らわせた手がさらに胸倉を掴んで引き寄せ、冷酷な怒りをたぎらせる薫の顔が瞳を覗き込んできた。

「……選りにもよって貴籐くんの前で醜態を晒すなんてね。破廉恥にも程があるんじゃない? 男に媚び売れる分際?ねえ」

「ぁ……ご、め……なさぅっ!? 」

 腹部に衝撃を受け、残り僅かな呼気を吐き出した。

 薫の拳が腹を殴り付けたのだ。遅れてじわりと広がる鈍痛に、ゆりは歪んだ顔に涙を滲ませた。

「生意気なのよ。最近特に。ねえ、ゆり」

「……ぅ……」

 乱暴にゆりの頬を掴み上げた薫の顔が、吐息がかかるほどに迫る。

「……どうしてよ……どうして、あなたは……!? 」

 冷酷な顔に別種の感情を浮かべた薫は突如声音の均衡を危うく震わせると、やおらゆりの背に片腕を回してきつく抱きしめた。

「……か、おる、んっ」

 名を呼ぶゆりの声は、泣きそうな薫の唇で塞がれた。

 

 

「よう! ご両人っ!」

「ッ!? 」

 唐突に投げかけられた声に薫は即座に振り返った。同時に魔法を解除してゆりを背後にかばう。

 邪魔をされた怒りに染まった鋭い双眸は、教室出入り口に立っている人物を捉えるや否や冷徹な仮面を被った上に涼やかな笑みさえ浮かべて見返した。

「あら。その格好はなんの冗談かしら?」

 追求を逸らし誤魔化す為に逆に質問をぶつける。

 出入り口の角度からは、今のゆりとしていた事は薫の背に阻まれて見えていないはずだ。

 薫は万が一の際の羞恥を押し殺して「白魔法少女」であるその少女を睨み据えていた。

 彼女は、あろうことかこの久那織南中学校の制服を纏っていたのだ。

「いやあ。あたし最近ここに転校してきたモンでさあ」

 少女はにこにこと屈託のない明るい笑顔で上着の裾を引っ張りながら教室に入ってきた。

「あんたらに挨拶しとこうと思ってたんだけど、探しても探してもどっこにもいねえからおっかしいなーって思っててさ、いや見つかって良かったよかった」

 大げさな身振り手振りを交えてしゃべる少女の襟元には、彼女が所属する学年を示すバッジが光っている。

「……ひょっとして、ずっと三年生の教室を探し回っていたんじゃないの?」

「そーなんだよ! 灯台下暗しってやつ? はっは!」

 薫とゆりは二年生である。

「灯台もとって言うか、ただあなたが迂闊なだけじゃないの……!? 」

「はははそうとも言うな。しかも、あん時あんだけしゃべっといてあたし名前聞くのも忘れてたかんな! あ、あたしは浮絵 桂華ってんだ。前は東京のミッション系の学校にいてさ。意外だろ?こんなナリでさ。ああそん時はケイっても呼ばれてたな。んでさ」

「はいストップストップ」

 少女・浮絵 桂華のおしゃべりがヒートアップの兆しを見せたところで薫が半眼で両手を打ちながら遮った。

「あなた、そんな調子だから名前ひとつ聞くのも忘れちゃうのよ。わたしたちの名前を聞かなくてもいいの?」

「おーそーだったそーだった!? 」

 言われ、桂華はまるで下町の親父かなにかのように自らの頭をぺし、と叩いた。

 そんな桂華の様子に薫は深く嘆息し、薫の背に隠れたゆりは怯えた眼差しで覗き見ていた。

 

 

「で? わざわざ契約の催促にでも来たの?」

「いんや? 挨拶に来ただけだって言ったじゃん。 つか、契約したいのはあたしじゃないし」

 夕闇に沈む街を歩きながら、薫の問いに桂華はあっけらかんと応えた。

 ゆりは薫を挟んで桂華とは反対側を歩いている。

 自己紹介を済ませたあのあと、ふたりの魔女探索になぜか桂華が同行すると言ってきたのだ。

「いーだろ?今のあたしはグリーフシードはいらないし、あんたらの邪魔はしないからさ」

 だったらどこへでも行ってひとりで好きなだけ魔女でも倒してこいと薫は突っ撥ねたが、なぜか気が付いたらこんなことになっていたのだ。

(……忌々しい)

 掌の上の魔女探知の為のソウルジェムを握り込みながら薫は胸中で舌打ちした。

 ここまで薫の意に添わない奴は初めてだ。

 桂華にいったいどれほど正論をぶつけただろう。そのたびに「えーいいじゃん」のひとことでいなされるのだ。

 しかも魔法で追い払うこともできないときている。

 例え相手が教師だろうとあらゆる者を口車に乗せてきた薫としてはプライドが少々へこみそうな心地である。

 

「ここに間違いないみたいね」

 三人は県道の交差点から離れた高速道路の下にやって来た。

 地上の道路に沿って被さるように真上を高架橋が走っており、県道の両側は何らかの倉庫や工場、リース用建築重機が置かれた敷地などが並び、あとはまばらに空き地となっていた。

 既に夕陽は没しており、車道を照らす橙色の外灯の他に光源はなく、路地は薄闇に包まれている。

 時折通過する自動車のライトの明かりが路地に投げ込まれ、地面に伸びた三人の影をボートの櫂のようにぐるりとひと捻りして消えていった。

 魔女確定の輝きを示す真紅のソウルジェムを握り込み、薫は閃光に身を包んでファンタジーめいた軽甲冑を纏った魔法少女の姿に変身した。

「さあて。それじゃあこの子にお手伝いしてもらおうかな」

 言っていたずらめいた笑みを浮かべた薫は巨大な羽根のような軍配扇を振りかざすと、横のフェンスの向こうに駐機している大型クレーン車にそれを差し向けた。

 するとクレーン車がぼんやりと紅い輝きを纏うと無人のまま動き出し、出入り口の鉄柵を薙ぎ倒して敷地の外へ這い出てきた。

 駆動音がないままタイヤを回して曲がり角を旋回し、路地に入り込んで薫の隣に停車してまるで忠犬のように控えた。

「おいおい。これ魔法で動かしてんのか? 勝手に使っちまっていいのかよ」

「別に。ただの人間になんか追求できっこないわ」

 桂華の素っ頓狂な声に素っ気なく告げ、薫はクレーン車の荷台に飛び乗った。

「……で? あなた、本当に付いてくるつもりなの?」

「おう。 ああ、あたしにゃ構わなくていいぜ。勝手についてくから」

「じゃ、そうさせてもらうわ」

 同じく薄紫のメイド姿の魔法少女に変身したゆりをもたもたと荷台に引っ張り上げた薫はそれっきり桂華を一顧だにせずに軍配扇を振るってクレーン車を発進させ、正面に現れた禍々しい漆黒の円形の紋、魔女の結界のゲートにクレーン車ごと突入していった。

 

 まるでパソコンの裏側に散らばった配線のように、いくつもの高架橋の高速道路が身をくねらせながら絡み合っている。

 大規模なジャンクションよりも複雑に入り組んだ空中の道路を薫とゆりが乗ったクレーン車がうなりを上げて疾走してゆく。

 道路でできた渦の中心には、一際不気味な車が空中をでたらめな軌道で駆け回っていた。

 車と判別できたのは、ただ車輪のようなものが四つ付いていたからというだけで、宙を浮遊できるそいつにとってのその車輪の実態はなんなのか定かではないし、興味もない。

 赤錆だらけの鉄骨で組み上げられたゴンドラの上には、憤怒に歯をくいしばった無貌の肉の塊が鎮座してなにもない空中を蛇行運転していた。

 

 

 これなるは「行楽」の魔女。その性質は「頓挫」。

 

 

 空をのたうつ高速道路には、下半身が車輪になった機械の馬とも犬ともつかない異形がまばらに走り回っていた。そいつらは薫たちを一顧だにせずにもの凄いスピードで追い越し、あるいは対向車線を駆け抜けてゆく。

 渦の中心で駆け回る魔女を遠巻きに走るうち、ようやく結界内の異物に気付いた「行楽」の魔女がその軌道を変えて薫が操るクレーン車が走る道路へとまっしぐらに飛翔してきた。

 クレーン車の遙か後方の路上に着地した魔女は路面に火花を散らせて蛇行するとすぐに体勢を立て直し、薫らを猛追し始めた。

『ーーーーーーッッ!』

 憤怒に歪んだ口が大きく開かれて罵声のような咆哮を上げた。

 「行楽」の魔女は車軸を伸ばしてまるで四足獣のようにタイヤを振り回すと、前を走っていた「暴走」の使い魔を横から殴りつけて跳ね飛ばし、中央分離帯を乗り越えては対向車の使い魔をも蹴散らし踏み潰して薫たちのクレーン車に迫ってきた。

「ふん!おあつらえ向きにやる気が旺盛で手間が省けるじゃない! ゆり!用意して!」

「うん!」

 肩越しに魔女の猛追を見つめていた薫の指示に、クレーン車の荷台の上でゆりが次々と分身を増やしてゆく。

 薫も軍配扇をひと振りすると、紅い輝きに包まれたクレーン車が走りながらその身体をめきめきと歪め変形させ始めた。

 全ての車輪が車軸とシャーシのフレームを引きずり伸ばして獣のように立ち上がり、旋回して後ろを向いたクレーンアームが湾曲を繰り返しながら伸長し先端が大きく二つに割れ広がって凶悪な牙を剥き出した。まるで舌なめずりするかのように振り回されたワイヤーがフックを引きずって牙の中に飲み込まれる。

 この間も接地したタイヤは走行を続け、わずかも速度を落とすことなく魔女との間隔を維持していた。

 やがて薫は速度を調整して魔女との距離を詰めると、クレーンアームの首を振ってワイヤーを吐き出させた。

 吹き出したフックは「行楽」の魔女のゴンドラのフロントに突き刺さり、ワイヤーがぴんと張って互いを繋ぎ止めた。

「ゆり! 行って!」

「うん!」

 薫の指示に応え、何人ものゆりが次々とクレーンアームを駆け上っては魔女のゴンドラに乗り移ってゆく。

 その間もクレーン車の荷台にはゆりの分身がぞくぞくと増殖し、増える端からぞろぞろとクレーンアームを伝っては魔女のゴンドラには大量のゆりが押し込み、山のように積み上がってゆく。

 憤怒に歯を食いしばった無貌の肉塊を取り囲んだゆり達が、一斉にジャベリンを引き抜いて身構えた。

 そこで薫が軍配扇を振るい、ゆり達が紅い輝きに包まれた。

「やるよ、ゆり! 言う通りにね!」

『ーーーーーッ!』

 突如魔女が怒号のような咆哮をあげるや否や、赤錆だらけのゴンドラが激しく蛇行しだした。

「わあっ!? 」

「ひゃっ!? 」

 突然足場を振り回され、ワゴンの端から、クレーンアームの上から数人のゆりがぽろぽろと転落してしまった。

 高速走行中の車上から落下した数人のゆりは、頭からアスファルトに激突して首をへし折り、あるいは後続の「暴走」の使い魔のタイヤに巻き込まれて引き裂かれ、あるいは別の使い魔に撥ねられてバラバラに吹き飛ばされた。

 そんな凄惨な暴虐を見せられても残る大勢のゆりは表情を変えず、揺さぶりを受けたクレーン車の体勢を制御するも一顧だにしない。

「さあっ! ゆり! やっちゃって!」

「「うんっ!」」

 魔女のゴンドラに群がった大勢のゆりが一斉に応え、各々振り上げたジャベリンを憤怒に歪む肉塊に次々と突き立てた。

 深々と半ばほどまでジャベリンを突き刺したゆりから次々と身を翻しては離脱して消えてゆく。

 そうして空いたスペースに後から後からゆりが押し寄せ幾度も幾度も魔女の身体にジャベリンを突き立てては身を翻していった。

『ーーーーーーッ!? 』

 一際悲壮な絶叫を、あるいは怨嗟の怒声をあげ、「行楽」の魔女がとうとう大爆発した。

 間近にいた、解除が間に合わなかったゆりの分身が大量に爆発に巻き込まれたが、もうもうと立ち上がる赤黒いきのこ雲を見送って走り去るクレーン車の荷台にいる薫もゆりも表情ひとつ変えなかった。

 

「……おいおい、ムチャクチャじゃねえかよ……」

 広大な結界の、離れた高架橋の欄干の上であぐらをかいてその戦いを見ていた桂華が、顔をしかめてぼやきを吐き捨てた。

 

 揺らめいて消えた魔女の結界の景色に変わって現れた県道脇の路地に、めきめきと異音を立てて元の形状に戻ったクレーン車がタイヤを軋ませて停車した。

 荷台から飛び降りた薫は、すたすたと歩み寄ると屈み込んで地面に突き立っていた黒い玉櫛──グリーフシードを引き抜いて取り上げた。

「じゃあ今日は私の番ね?」

「うん」

 ゆりがうなずいたのを見て薫はグリーフシードを懐にしまい込もうとした。

「待てまてまておまえら!」

 そこへ、どかどかと踏み抜く勢いで桂華が手を振りかざしながらやって来た。

「なにかしら? あなたの出る幕なんてなかったから、これはあげられないよ?」

「いらねえっつってんだろ!」

 指先に摘み上げたグリーフシードをひょこひょこと振る薫に、桂華が激発した。

「それよりもなんなんだよあの戦い方! ムチャクチャじゃねえか!」

「……あなたにだけは言われたくない気がするけど」

「違ぇよ! ぜんっぜん違う!」

 眇に揚げ足を取った薫に桂華は腕を振って言い返した。

「ゆーりんの魔法は凄えけどよ、あんなに殺されてゆーりんは平気なのかよ!? 平気なワケないだろ!? 」

 いつの間に付けられたあだ名で呼ばれても、ゆりは桂華の剣幕に怯えて薫の背に隠れるばかりだ。

「あなたの知ったことじゃないでしょ!? ゆりはね、戦闘中は痛覚を完全に遮断してるの! それに分身をどれだけ殺されても最後のひとりが残れば、ゆりは死なないの!」

「そういう問題じゃねえよ!? かおるんもかおるんだろ!? あんなにほいほいバカみてえにゆーりん特攻させるなんて、あんまりじゃねえかよ!? ゆーりんは、それでいいのかよ!? 」

 薫の発言も一蹴して桂華はなおも言い募った。

「おまえら、友達じゃねえのかよ!? 」

 

 




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

くそったれ!魔法少女だもんな、やっぱヘヴィなモン抱えてるよなあ!

第5話 おまえらの力が必要なんだよ

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 
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