「おい見ろよあの格好、アレが例の――」
「ああ、ハンター名乗ってるくせに武器も持ってねえクズ野郎だ。自分じゃモンスターを倒せないからって仲間でも探しに来たのかもな」
「今更そんな手に引っ掛かる奴は居ねえって!何せアイツは仲間を見殺しにしたんだろ?それも赤の他人とかじゃねえ自分の兄貴をよ!誰が好き好んで一緒に行きたがるか、ってんだ」
あの日――ドスジャギィと戦い兄さんが命を落とし、僕は盾を持って震えている事しか出来なかった時から早三日。何とか生きて帰りハンターになった僕を待っていたのは無事を喜ぶ声などでは無く罵詈雑言の嵐であった。
何故一人なんだ?出来が良かった兄の方はどうした?武器も持たないで逃げ出したのか?――どうしてお前の方が生き残ったんだ?僕の事を良く知っている教官達は労いの言葉を掛けてくれたが、事情を知らない大抵の人達はここぞとばかりに攻め立ててくる。本当は兄さんが勝手に武器を持って行ったのだと弁解しても誰も信じてくれず、噂は悪い方へ悪い方へと転がって行くばかりだ。
だがいつまでもこうしている訳にはいかない。トラウマも有り中々依頼を受ける事も出来ずに居たが、そろそろ乗り越えてなくてはならないのだ。何故なら……今の僕には金が無い。新しい武器を買うどころか生活も危ういレベルなのだ。あまり長居はしたくないので瞬時に依頼を持ち出し、ダッシュで受付に向かう。
「おいおい、そいつぁお前には早いんじゃねえの?」
「それを言ったら何選んでも同じだろ!盾しか持ってねえんだからさ!」
ゲラゲラと下品な笑い声が耳に届くが、それを無視してカウンターに依頼書を置く。後少しの辛抱だ、受けてしまいさえすれば――
「ええっと――申し訳有りませんが、あなたにこの依頼はちょっと……」
「え……」
突き返された依頼書を見ると、そこに書かれていたのはジャギィの討伐であった。リベンジの意味も含め間違い無く自分の意志で選んだ物だし特に必要な条件なども示されていない。一体何故受ける事が出来ないのだ?
「確かにランクによる制限などは有りませんが、流石に武器を持たずに行くのは認められませんよ。私達としても失敗するのが分かっていてやらせる事は出来ませんから。次の方、どうぞ!」
「ギャハハハハ!ホラ、さっさと退けよ!ココはハンターが使う場所だぜ!」
後ろからやって来た男性に突き飛ばされ列から外れてしまう。抗議しようにも僕の事を気にする人間など誰もおらず、何事も無かったかの様に列は順調に流れていた。本当なら僕が受ける筈だった依頼も既に誰かの手に渡ってしまったらしい。悔しさと恥ずかしさで俯いていると急に後ろから肩に手をポン、と置かれる。驚いて振り返るとそこには居たのは何と言うか……酔っ払いのおじさん?であった。
「よぉ、災難だったなぁ~ボウズ。ま、良く有る事だから気にすんな」
ニタニタと笑みを浮かべながら話し掛けてくるその顔には、当然の事ながら見覚えが無い。おまけに吐息だけでなく体中から酒の臭いが感じられる事から考えてもまともな人間で有るとは到底思えなかった。
「あ、あの。此処はハンターが使う施設ですよ?どうして迷い込んだか知りませんけど早く出て行った方が――」
「カーッ!人が折角心配してやってるってえのに、コレだから最近の若い奴は……。ホレ、見ろよコレ!ナリはこんなんだが俺っちだって立派なハンターなんだぜぇ~?」
そう言うとおじさんは背中を指差し自分の装備をアピールしてくる。するとそこには確かに剣と盾――と呼んでいいのか?まあ形だけは一応片手剣っぽい物が有った。しかしこれは幾ら何でも……
「錆だらけというかボロボロというか……これ本当に使えるんですか?」
「おうおう、人様の持ち物にケチ付けようってのかい!大体ボウズだって人の事言えねえだろぉ、ン?」
「うわ!ち、近付かないで下さいよ……」
気温や興奮などとはまた違った理由で赤くなった顔を近付けられ、思わず突き放してしまう。乱暴だとは思うが嗅いでいるだけで僕まで酔っぱらってしまいそうな程の酒臭いだから仕方無い。
そもそも、僕はこの人とは全然違うのだ。盾を二つ持っているのは変わり者と思われるのは当然だし、卑怯者扱いも仕方無いと諦める事は出来る。だけどこのおじさんにだけは言われたくは無い。触るだけでボロボロと削れてしまいそうな茶色の円盤に、少し硬い物を叩くだけで簡単に折れるだろう金属の棒。攻撃を受け止める位は出来る分僕の方が何倍もマシだ。
「……1よりずーっと小さい数字はな、何倍したって殆ど0と変わらねえんだよ」
「え、な、何ですか突然?」
内心を見透かした様な一言に思わず呼吸が止まる程の衝撃を受ける。考えを見抜かれた事も勿論だが、一瞬だけ見せた鋭い目の方が僕には恐ろしく感じられた。只の酔っ払いだと思っていたのは間違いだったのか?
「どーして思っている事が分かったのか不思議、って顔だな?まあ大した事じゃねえ、人間は考える事なんて一緒だ。自分より下の奴を見たら必ず自分はそれよりマシだって安心するのさ。そしてそう思えるからこそ……ソイツの周りには人が集まる。お前さんもここ何日かで分かっただろう、散々馬鹿にされて文句を言われまくるのにずっと近くには誰かが居たんじゃないか?ホラ、さっきから遠巻きにこっちを眺めている奴らみたいによ」
そう言っておじさんが指差した方向にはさっき僕を貶していた人達が居た。顔を向けたのと同時に皆視線を逸らし関係無い振りをしているが、ずっとこちらを注目していたのは丸分かりだ。
「……ま、取り敢えず場所を変えようや。ボウズの言う通り此処はハンターが使う施設だ、立ち話をするのはあまり良くねえ。良く行く店が有るから着いて来いよ」
千鳥足で建物を出て行くおじさん、迷いはしたが結局その後を付いて行く事にした。この混みようでは依頼を受けるまで時間が掛かってしまうだろうし、居心地も悪い。何より僕はこの人が何者なのか、そして何を考えて話し掛けて来たのかがどうしても気になってしまったのだ。
「さて、まずは乾杯だ。奢りだから気にしなくて良いぜ?その一杯だけだけどな、ガハハハハ!」
歩き出してからほんの数分もすると、一人では入るのに少し勇気が要りそうな寂れた店に辿り着く。生まれる何年も前からこの場所に有る事を容易に想像させる外観、お世辞にも流行っているとは言えない店内。促されるままに中に入りカウンターに隣同士で座らされるが、僕はそこで出された飲み物を口に入れようとはどうしても思えなかった。
「あの、おじさん。すみませんがお酒はちょっと……」
「おじさん、おじさんか……俺も年取ったなあ~。まあいい、自己紹介がまだだったな。俺の名前はバド、確かお前さんは――そう、ルーイだったな。宜しく頼むぜ。それよりボウズはイケない口か?勿体ねえな~こんな良い物飲めないなんてよ。人生の半分は損しているぜ」
「半分、ですか?」
「コイツは良いぜぇ~忘れたい事をみーんな洗い流してくれるからな。ま、そんな事したら残るのは半分位になっちまうけどよ……俺達みたいのは特にな」
成程、生きるという事は辛い事の連続だ。誰しも嫌な思い出と言うのは数え切れない程抱えている、それを忘れさせてくれると言うのなら確かに得と言えば得なのだろう。だが僕の人生は辛い事ばかりでは無いし、その経験も僕にとっては大事な思い出だ。その全部を勝手に忘れたい事扱いされてしまっては流石に少しカチンとくる。
「勝手に同じにしないで下さい、僕はあなたとは違います」
「一緒だよ、一緒。そう思ったから話し掛けたし此処まで招待したんだ。こんな事は滅多に無いんだから喜んでくれよ、な?」
馴れ馴れしく肩に回された手を払いのける。もう我慢の限界だ、どうして僕がこんな人に仲間扱いされなければいけない?
「そんな事を言う為にこんな所まで連れて来たんですか?だったら帰ります、僕はあなたみたいになるつもりは有りませんから」
「ま、まあ落ち着けよ。焦ると良い事は無いぜ?別の飲み物を頼んでやるからそれでも飲めよ、ボウズ。そしたら――」
「ボウズ呼ばわりするなッ!僕にはちゃんと名前が有るんだ!」
初めての狩りで失った物は数知れず、どれを取っても取り返しが付かない。だからこそ引き換えに手にしたほんの僅かな成果、それらを大事にする義務が僕には有るのだ。ルーイという人間の始まりと、試験を乗り越えた証。あの時から僕は――
「いっぱしのハンター気取りかよ……舐めんじゃねえぞこの野郎」
乱暴に席を立ち店を出ようとした僕を引き止めたのは、まるで地獄の底から響いてくるような低くそして冷たい声だった。恐る恐る振り向くとその眼は先程より更に鋭くなっており、怒りと怨讐がその中に渦巻いている。僕はその眼を見た直後から金縛りに遭ったかの様にその場を動けなくなってしまった。
「ハンターって言葉、その意味を知っているのか?モンスターと向き合い、戦い、そして殺す者。それがハンターって奴だ」
「……し、知っていますよ。その位の事は」
「いいや分かってねえ、理解出来ているなら自分がハンターだなんて勘違いをする訳無いからな。お前は何を持っている?盾だけでモンスターを殺せると思っているのか?」
「こ、これは偶然だ!兄さんが武器を持って行ってしまったから仕方無く――」
ダンッ!
グラスがカウンターに叩きつける様に置かれ言葉が遮られる。ギョロリと充血した目を大きく見開き僕を睨みつけるその姿は、まるで蛇の様だった。
「初めはそうだったかもしれねえよ。だけどどうして今もそのままなんだ?さっさと売り飛ばして新しいのでも手に入れれば済む話だろう」
「それは――だって、兄さんの遺品だから……」
「関係ねえよそんな物!その盾が何であれお前の戦う気持ちはそれを超えない程度の物でしか無い、って事だ。……牙を失ったモンスターは獲物に成り下がる。同じ様に武器を、牙を失ったハンターは――只のクズに成り下がるんだ。受け入れろ、お前はとっくにこっち側だよ」
涙を堪え、その場に立ち尽くす。全ての言葉を否定して走り去ってしまいたいが、それは出来ない。この人の言った事は全部事実で、しかも僕が目を背けていた物だ。だが挫ける訳にはいかない。生きるという事は困難を乗り越えるという事、この程度で諦められる物を欲しがっていた訳では無いのだ。
やがて一つの結論に辿り着くと、やっとの思いで口を開いた。
「あの、バドさん。正しいのはあなたの方で、本当は僕なんて大した事無い人間なのかもしれません。で、でも一つだけ言わせて下さい。モンスターに、脅威に立ち向かって前に進む者……それが僕の考えるハンターです。この二つの盾だけでは確かに殺す事は出来ない、でも目の前に立ちはだかる事位なら出来る筈。そうする事で誰かを守れるならそんな人間にも価値は有る、いずれは立派なハンターとして認められる――そう思います。……それじゃ」
「――掲示板の左下だ」
今度こそ立ち去ろうとした僕の背中にまたしても声が掛けられる。だが先程とは違い、その声色は穏やかで優しささえ含まれている様に感じられた。
「モンスターを殺すのがハンターだとは言ったが、ハンターの仕事はそれだけじゃねえ。今のお前さんにも出来る依頼が残っているだろうよ」
「……何か、隠しているんですか?」
「人聞きが悪い事言わんでくれや、依頼を隠して独り占めなんかしたら怒られちまうよ。でも人間誰だって間違いをするんだ、ついつい依頼を取り違える事は有るわな。それで元の場所が分からなくなっていい加減に戻してしまうのも仕方ねえ事さ」
只の屁理屈だ。適当に貼り直したと言うならその場所を覚えている筈が無い、間違い無く良い依頼を取っておく為の慣れたやり口なのだろう。
「でも、どうしてそれを僕に譲ってくれるんですか?」
「さあな。勝手にこっち側だと勘違いしたお詫びとでも思っておけば良いんじゃねえの?」
「……お礼は言いませんよ。それじゃ」
「要らん要らん、ンなモンより終わった後に酒でも奢ってくれた方が何倍もマシだ。マスター!もう一杯!」
そう言うとバドさんは再び酒の世界に浸り始めた。その姿に多大な呆れとほんの少しの感謝の気持ちを抱きながら黙って店を出る。向かう先は集会所、今度こそハンターとして初めての依頼を受けるのだ。大丈夫、僕にだって出来る事はきっと有る筈。
程無くして辿り着き、恐る恐るドアを開けると先程よりは人が少なくなっていた。それなりに賑わってはいるがカウンターだって空いているし絡まれることも無い。依頼の掲示板に近付くとこちらを見てニヤニヤしているハンターが居るのに気付いたが、声を掛けて来るでも無し気にする必要は無いだろう。
「左下、左下……な、なんか凄いのしかないな……」
教えられた辺りを見てみると、そこには上位やG級でなければ受けられない様な凄い依頼ばかりが立ち並んでいた。中には誰も受けていない所為ですっかり変色してしまっている物も有る。
何となく気になって内容を確かめたが所々しか読む事が出来ず、アカなんとかやウカなんとかと書いて有る位しか分からなかった。それでも取り下げられないという事は討伐では無く調査の依頼なのかもしれない。面白いのでそのまま次へ次へと読み進めて行くと、途中で一つの依頼が剥がれ落ちてしまった。
「しまった、戻さなきゃ――あ!これが……」
落下した依頼書を見てみると、何故か一際新しく内容も妙に簡単でハンターで無くてもどうにかなりそうだと思える様な物であった。きっとこれが隠していた依頼なのだろう。それにしても上手く考えた物だ――この辺を漁るハンターなどまず居ないし、居たとしてもこの程度依頼を受ける筈が無い。疑問には思うだろうがきっと同じ位置に戻してくれる筈だ。もう少しその知恵を別の所に回せば良いのにとは思うがこういう事にしか頭が働かない人も少なくないし、何より自分が助けられているのだから文句は言わないでおこう。
「すみません、この依頼をお願いします」
「はい、畏まりました――特産キノコ三個の納品ですね。失敗しても特にペナルティは有りませんので怪我の無いように安全には十分注意して下さい、それでは行ってらっしゃいませ」
相も変わらず絡み付く様な視線を向けてくるハンターを無視して外へ出る。徒歩でも十分に辿り着ける距離だ、節約やトレーニングも兼ねて自分の足で行くとしよう。そうして歩き始める事約二時間、アイルー達に送って貰わなかった事をやや後悔し始めた頃にようやく目的地へ到着した。
「うわあ――凄い、こんな世界が有るんだ……!」
目の前に広がっていたのは風が穏やかに流れる草原、そして草を食みのんびりと生活している動物達。その先に有る丘や森林には更に様々な生き物が居る事だろう。これまでの人生の中であまり外に出る事が無かった僕にとって、この自然が満ち溢れた光景は凄く感動的に眼に写ったのだ。
「初めての時は周りを見渡す余裕なんて無かったもんな……と、いけないいけない」
心に暗い影が差し落ち込んでしまいそうになるが、無理矢理その考えを頭から押し出し自分がやるべき事を思い出す。終わった事はもう仕方無いのだ、今は兄さんよりもキノコの事を考えなくては。気合を入れて勢い良く走り出し――ほんの十秒程で息が切れその場に立ち尽くしてしまう。
「ハア……ハア……も、もうちょっと鍛えたりしないと……盾持ったままじゃ走れないな……」
ここまで重い物を持って走り回るのは初めての経験だ。訓練所ではスタミナを消して切らさぬ様言われていたから気付かなかったが、長く走り続ける為には要所要所でペースを落とさなければいけないらしい。モンスターと対峙した時にこうなっていたら間違い無く死んでいる。こんな単純な動作一つとっても技術が要るとは……ハンターは予想以上に大変だ。一旦体力を回復させる為にふら付いた足取りで岩陰に向かい日陰になっている場所に座り込む。
「フゥ――良し、そろそろ……うわっ!」
十分に休憩が取れ立ち上がろうと地面に手を着いた瞬間、ぬるっとした物に手が触れ思わず悲鳴を上げてしまう。恐る恐るそちらを見ると、そこにはびっしりとキノコが生えていた。
「ああ何だ、キノコか。こんな所に生えているなんて知らなかったな」
様々な色をしたこの生き物達がこうして実際に生息しているのを見るのは初めてだ。好物で兄さんと取り合いになる事も有ったがそれでも調理された物しか殆ど見る機会は無く、精々数回母さんが店で買って来たのを見た位である。それ故に、今僕は少々困った事態に直面しているのだ。
「一杯有るけど……どれを持って行ったら良いんだ?」
紫や黄色のキノコは流石に違うだろうと思うが、ではどれが大丈夫なのかと言われるとちょっと自信が無い。記憶を頼りにするなら青かった気もするが、食欲が湧くのは赤い奴だ。訓練所では武器の使い方位しか教えて貰っていない、一体どうすれば……
「しょうがない、全部持って帰るか」
此処に有る物を皆渡してしまえばどうにかなるだろう。問題はどれだけ持てるかだけど……まずは集めてみてからかな。四つん這いになり、キノコの採取を始める。
お尻の辺りに物凄い衝撃を受け、数メートルもの距離を弾き飛ばされたのはその直後だった。
「な、何だ!?一体何が!?」
臀部に走る痛みを気にするよりも先にその一撃の正体が気になり、慌てて起き上がり振り返る。するとそこには先程までは無かった筈の岩が、いや、岩の様な物が在った。僕が幾ら世間知らずとはいえそう勘違いしたのも無理は無い、何故ならその皮膚は灰色で非常に硬くそれだけを見るとほぼ違いが分からず今こうして動く姿を見ているからこそ生き物と分かった程そっくりなのだ。
そこまで考えてようやく思い出す事が出来た。教官達が教えてくれたのは武器の使い方だけでは無い、すぐに出会う事になるモンスターの事も一緒に知識として伝えてくれている。簡単な絵と口頭での説明しか無かったからピンと来なかったが、今ならハッキリと分かる。
「リノプロス……?」
確かそんな名前だった筈だ。縄張り意識が非常に強く、草食だと言うのにハンターに襲い掛かって来る事も有る。直接殺される事は流石に殆ど無いが、大型の飛竜と戦いに突進されるなどで間接的な死亡理由になるのは珍しくないらしい。ある意味で最も人を殺しているモンスター、それがこのリノプロスだった筈だ。まあそんな理屈を考えなくとも地面に座って居られない程のお尻の痛みのお蔭で十分にコイツの脅威は理解出来た訳だが。
「う、うわっ!?」
僕が起き上がったのに気付いたのか、キノコを食べていた口を止めこちらへ走り寄ってくる。咄嗟の事とその勢いの所為で避けるのは難しい、どうしようなどと考えるより先に手は勝手に動いていた。
ゴツッ!と言う鈍い音と共に両雷が落ちたかの様な強烈な痺れが両腕に広がる。怪我らしい怪我はしていないと思うが、感覚が戻るまではしばらく掛かるだろう。向こうも只では済まなかったらしく気絶しているのが幸いだ。しかし問題は――
「キノコ、キノコはどうなって……あーあ」
あれ程群生していたキノコは滅茶苦茶に踏み荒らされ、無事な物を見つける方が難しい位になっていた。だがお蔭で一つ気付いた事が有る。こんなに大量に有るのに食べられているのはほんの一部、それも同じキノコだけなのだ。つまり――
「やっぱりあの青いのだったんだ!はあ……」
やはり記憶は間違っていなかった。青い物の中でも一際明るい色をした物、それだけが狙った様に無くなっている。反対に赤いキノコには近付く事さえしていない。もし間違っていたら怒られるだけでなく最悪死者が出ていたかも――そう考えると自分の考えの浅さに今更ながらゾッとする。
「しょうがない、起きる前に別の場所に行くか」
折角眠りに付いたリノプロスを起こしてしまわない様、足音を立てない様にそっとその場を立ち去る。岩陰を中心に探しているがさっきの場所みたいに沢山有る場所は見つからず、必要最低限の量を採取するのがやっとであった。本当なら少し余分に取っておきたい所だがあまり時間を掛け過ぎる訳にもいかないしもう一度襲われると今度こそ怪我をしてしまうかもしれない。
例えキノコを取って来るだけとはいえ、正しくこれはハンターがするべき依頼なのだ。出発前には油断していたが一般の人間が手を出して良い物では無い。たかが採取と舐めていた自分に反省を促しつつ、痛む両腕とお尻を押さえながら来た道を戻って行く。
「よう、根性無し。成果は十分か?」
キャンプに程近い場所まで来た辺りで、目の前に突如として影が差し足を止めさせられる。何事かと見上げるとそこには僕よりもずっと大柄なハンター立ち塞がっていた。知り合いでは無いがしかしどこかで見た様な……
「ど、どなたですか?僕は先を急いでいるので――」
「俺はちゃーんと見ていたんだぜ?お前がキノコ採取の依頼を受けるのを」
思い出した、この男は僕がバドさんに教えられた依頼を探している時にずっとニヤニヤ眺めていた男だ。だが一体何の用なのだろう?わざわざ嫌味を言いにここまで来るとは思えないが……
「しかし偶然だな、実はなぁ――俺もキノコを取りに来たんだ。丁度良いからお前の取って来た奴俺に譲ってくれよ」
「な、何でそんな事!」
「何で?何でと来たか!決まってんだろ、俺みたいな将来有望なハンター様が一々こんな面倒臭え依頼チマチマやる必要はねえからだ!どうだ、金なら少し払ってやるぜ?オラさっさと寄越せよこの野郎!」
あんまりな物言いに怯えるより先に呆れの気持ちが出て来てしまった。こんなのを相手するのは時間の無駄だ、さっさと行こう。僕を威嚇してくる男を無視して脇を通り過ぎようとしたのだが、首根っこを掴まれ無理矢理引っ張られる。文句を言おうと振り返った僕の目に飛び込んできたのは間近に迫る大きな握り拳だった。
「ウグッ!?」
ぐち、と言う鈍い音と共に顔面に痛みが走る。思わず殴られた個所を押さえるとドロリとした生暖かい液体が流れている事に気が付いた。恐らく唇が切れてしまったのだろう。怒りを覚え睨みつけようとしたその先には、更に信じがたい光景が待っていた。
「そうかいそうかい、反抗するんじゃ仕方ねえな!大人しく済ませてやろうと思ったのによ!」
「ちょ、ちょっと待って……正気ですか……!?」
リノプロスに襲われた時よりもさらに素早く盾を取り出し目の前に構える。目の前の歪んだ笑みを浮かべる男が力を溜めたハンマーを振り下ろしたのはその直後だ。
「くっ……でもこの位ならどうにでも――」
「何処見てやがる、俺はこっちに居るぜ!」
力が一点に集中している所為かリノプロスよりずっと力強く感じられたが、それでもどうにか耐える事が出来た。だが相手は四足で歩くモンスターでは無く人間だ、盾の無い場所を見つける知恵も方法も持っている。
「しまっ――」
「わざわざ向いてくれてアリガトよ!しばらく眠っとけ!」
横を見た僕に今度は素早い回し蹴りが襲い掛かる。ハンマーでの一撃を受けたばかりで動かせない両腕では防ぐ事が出来ず、拳よりもずっと強力な一撃を首に受けてしまった。
僕の意志を無視して前のめりに倒れ込む体。混濁する意識の中、持ち物を荒らしている男に向かって何とか声を振り絞。
「待て……それは……僕が……」
「何、心配するな。俺が欲しいのは特産キノコ三つだけだ。テメエの盾だとかには興味ねーから残しといてやるよ、優しいだろ?」
「ふざ……け……るな……!」
「おー、怖い怖い。目付きだけは立派だぜ。でもな、攻撃する事の出来無いハンターなんか一個も怖くねえんだよ!文句が有ったら口だけじゃ無くちゃんと根性付けてから言え。じゃあな!」
遠ざかる姿を地面に這いつくばったまま見つめ、段々と意識が遠のいて行く。どうして僕がこんな目に……?やっぱり武器が無い僕では駄目なのか?いや、それより――
痛みと悔しさと混乱で頭が満たされたまま、限界まで引っ張った糸が切れる様に突如として視界が闇に沈む。次に光を取り戻したのはすっかり日も暮れ依頼の期限を過ぎた後だった。
ネタが出ない時って本当に何にも出ない。活動報告のネタ募集の所に何でもいいから書いて貰えれば凄く助かるなー!どんなに些細な事でも切っ掛けさえあればどうにでも出来るんだけどなー!