「ええ、ええ、よーく分かります。心配しなくても大丈夫ですからあまり気を落とさないで下さいね。確かに過ごした時間は無駄になってしまったかもしれませんが、ちゃんと正直に報告に来て下さったじゃないですか!契約金は子供のお小遣いほどですし、あなたの評価が下がる事も有りませんから」
「違います!そうじゃ無くて僕の話を――」
「緊急の依頼で有れば話は別ですが、ハンターさん達同士で目的が被る事は珍しくありません。偶々遭遇したモンスターが別の方のターゲットだったり、今回の様に早い者勝ちでキノコを奪い合ったりとかは良く有る事です。ギルドではそう言ったケースも想定して金額などを定めているんですよ。では次の方、どうぞ!」
押し寄せる人波に、僕の体は成す術無く弾き出されてしまう。少しの間逡巡したものの、結局僕に出来たのはそこから立ち去る事だけだった。
屈強な人達を押しのけて受付に割り込むなんて出来る筈も無いし、かといって後ろに並び直したんじゃどれ程の時間が掛かるか分かった物じゃ無い。何よりあの様子では同業者に襲われたなどと言っても言い訳としか取られないだろう。……せめて顔や名前、それに証拠でも有れば話は別なのだろうが。
この程度の依頼も達成出来なかった事、卑怯者への怒り、その他様々な感情を心の内に秘め失意の中ギルドを後にする。
「これからどうしよう……」
思わず零れ落ちた呟きの、その意味を考え出すと気分は更に落ち込んでいく。受付嬢の人は子供のお小遣いほどと言っていたが、ロクに収入の無い僕にとっては軽くない出費なのだ。そもそもあのような依頼を受ける人間の懐が暖かい筈が無いのに、彼女は少し無神経過ぎやしないだろうか?
当ても無く暗闇の街をさ迷い歩く。いつの間にか内心は反省や後悔から他者への怒りや愚痴へとすり替わっていた。
どうしてこんな目に合わなければいけないんだ?そもそも悪いのはあのハンターなのに受付の人はそれを聞こうともしないし、元々なりたくも無いハンターをやらされているって言うのに誘った人間はとっくに居なくなってしまった。一体僕が何をしたって言うんだ!あんな依頼受けるんじゃなった、あのおじさんが無理矢理――
「あ、ここは……」
気が付くと、僕は見覚えのある店の前に立っていた。何となく人目を避けて歩いていただけなのに辿り着くなんて、このお店はよほど立地が悪いのだろう。
思い返せば怒りが更に湧き上がってくる。元はと言えばあのおじさん、バドさんが隠していた依頼が原因なのだ。だから今僕がこうしているのも全てあの人の所為、文句を言わずには居られない!初めて見た時の印象などすっかり忘れ、かつてモンスターと対峙した時は全く無かった筈の度胸を発揮しこの寂れた建物へと足を向ける。
「ん……?おお!ボウズじゃねえか!まさか自分からこの店に来るなんて思いも――」
荒々しくドアを開け店内を見回すとすぐにその姿が見つかった。というより、向こうの方から僕に声を掛けて来たのだ。最初誰だか分かっていなかった事も能天気なその表情も、呑気に酒なんか飲んでいる事でさえ腹立たしい。僕がこんな目に遭ったのは一体誰のせいだと……!怒りを込め彼の目の前に有るカウンターに手を叩きつける。バン!という乾いた音と共に痛みと衝撃が腕を突き抜けたが、今の僕にそんな事を気にする余裕は無い。
「お。おいおい。穏やかじゃねえなぁ、周りの迷惑になっちまうぜ?ほれほれ、まずは一杯どう――」
「そんな気分じゃないんですよ、僕は!あなたの、あなたの所為で……!」
「何が有ったか知らねえけどよ、そんなおっかない顔すんなって。折角無事キノコの依頼が終わったんだからスマイルだよ、ス・マ・イ・ル。ついでに折角だから奢ってくれよ、な?」
「何が奢りだ、冗談じゃない!僕はあの依頼の所為で散々な目に遭ったんだ、そんなお金なんて有る訳無いだろ!」
それを聞くと彼は表情を変え手に持った酒を一気に喉に流し込む。カウンターの上に空になったグラスを置くと、僕たちの間にはしばしの間沈黙が訪れる。その顔から僅かに赤みが抜ける程の時間が経った頃、ようやく彼は重々しい声で静寂を打ち破った。
「……何が起きたのか、話してみな」
それを切っ掛けに僕の口から抱え込んでいた想いが一気に溢れ出す。初めて一人でクエストを受ける事への期待、目標を発見した喜び、奪い取られた事への怒り、失敗した事への悲しみ、更にはこれまで兄の付属品の様に見られていた事への劣等感まで……本当に、僕7今までの人生全てが今この瞬間に吐き出されたと言っても良いだろう。
肩で息をする僕の前で、バドさんは最後まで眼を閉じたまま話を聞き終えた。
「そうかそうかそりゃあ大変だ……ま、運命だと思って諦めるんだな」
「運命!?何を言っているんですか、僕が失敗したのは――」
「お前さんに力が無かったからだろう?弱いから他の奴に舐められ、弱いからギルドにも相手して貰えなくて……弱いから泣き寝入りするしかねえ。俺だってこの世の中力が全てだなんて言うつもりは無いぜ?だけどボウズ、お前さんが飛び込んだのはそーいう世界なんだ。向こうだって雑魚を一匹一匹相手してたら日が暮れちまうし強い奴はそれを分かっている……弱い奴は、弱い奴なりに生きていくしかねえんだよ」
何も言い返せなかった。彼の言い分はどこまでも勝手で、理不尽で、不公平で――そして正しい。兄さんが死んだのもそう、周りの人に馬鹿にされるのもそう、奪われた事も助けて貰えなかった事も……。弱者は、弱者としてのやり方を探さなくては――
「ねえバドさん、あなたはどうして僕がキノコを採りに行ったと知っているんですか?」
「あ?そりゃおめえ、俺が紹介したんだから知っていて当然だろうよ」
「そうですね、それは当たり前のことだと思います。でもそれじゃあ――」
強いハンターと弱いハンター、全てをその二つに分けるとしたらこの人は間違い無く弱いハンターだ。だけどそれでも、
「どうしてあの男は僕の依頼の内容を知っていたんですか?」
それでもバドさんがこうして生きているという事は、自分なりのやり方を見つけているという事に他ならない。
「そ、そんなのは……偶々同じのに目を付けていたんだろうよ。それでお前さんに先を越されたから恨みに思って――」
「難易度の高い物の奥底に隠してあった依頼を、ですか?あなた自身が隠したんだ、有り得ない事は良く分かって居る筈ですよ」
「…………」
「バドさん、僕はずっと不思議だったんです。どうして僕みたいな人に良くしてくれるんだろう、って。でもそれは考えないようにしていた……僕自身を見てくれて、しかも優しくしてくれる人なんて居なかったから。でももう騙されません、あなたはあの男とグルになって僕を嵌めていたんだ!」
僕からキノコを奪ったハンターにはどんなメリットが有るのか良く分からないが、きっとバドさんは幾らかお金を貰っていたのだろう。それがこの人の生き方なのだ。
「……くくっ、思ったより頭は働くじゃねえか!でもそれだけじゃ八十点って所だな、ボウズ!」
「何がおかしいんですか!こうなった以上――」
「まあ落ち着けって。折角だからちゃんとした正解が知りてえだろ?ついでに一儲けさせてやるから明日朝早くにギルドの前に来るんだな」
「……逃げようったってそうは行きませんからね。それじゃ」
次の日、まだ朝日が昇るか昇らないかくらいの時間にギルドに行くとそこには既にバドさんの姿が有った。こんなに早起きするなんて、と少し驚いたが良く見ると顔はかなり赤い。恐らくあの後も飲み続けそのままやって来たのだろう、案の定近くによるときつい臭いが漂ってきた。
「よう、遅いじゃねえか。あんまり年上を待たせんなよ?」
「これ以上早く来たって意味無いですよ。ギルドだって今開いたばかりじゃないですか」
「ガハハ、そりゃそうだ。お蔭で今日の客第一号だったぜ。んじゃ行くとするか、許可は二人分取って来て有るからよ」
踵を返しフラフラしながらも走り出すバドさんの後を慌てて追い掛ける。そのスピードは思いの外速く油断するとすぐに見失ってしまいそうな程だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!目的地も聞いていないのに行くって言われても……それに僕達二人だけで行ける依頼なんて無いでしょう!?」
「だーいじょうぶだって、原生林だからクーラードリンクなんかもいらねえよ。それに依頼が無くても狩場には行けるんだぜ?ちゃんと許可を取ればな」
成程、言われてみれば確かにそうだ。何かを採取するぐらいならともかくモンスターと戦うともなれば地形を把握しているかどうかで生死が分かれるかもしれない、となれば絶対に下見をしておかなくてはいけないだろう。それに良く考えればこの人が危険な場所に飛び込む姿などとても想像が出来ない、原生林がどんな所か分からないが安全な場所には違いない筈だ。
「で、でも!肝心な事を聞いていませんよ!一体僕たちは何をしに行くんですか!?」
「お前さんを襲ったあのハンターはよ、一体何であんな事をしたと思う?わざわざ俺に金を払っておまけに誰かに見られたらかなりヤバイのに、だ」
「それは、その……急にキノコが必要になった、とか?」
「それだったら俺じゃ無くて直接店にでも行って買った方が良いだろうさ。アイツはな、依頼を達成したかったんだ。もっと分かり易く言えば、ランクを手っ取り早く上げたかったんだよ」
「そっか、簡単な依頼でも数を増やせば……」
なり立てのハンターでも受けられる依頼は驚くほど少ない。虫の退治だとか薬草を集めたりだとか時間が掛かる割に実入りの少ない物ばかりだ。当然、そう言った依頼だけで上に行くにはかなり時間が掛かってしまう。ギルドとしては着実に経験を積む為の措置なのだろうが、そう簡単に納得出来ない人も居るらしい。
つまりそんな状況から抜け出す為にあの男は一度に複数の依頼を受けて同時に達成して見せた、という事なのだろう。採取とはいえどちらも期間内にこなしたとあればギルドも便宜を図ったりするかもしれない。
「でもどうしてそんな事を?ゆっくりやればいずれは確実に上に行けるのに……」
「さあな。金なのかモンスターと戦いたいのか立派な志なんて物をもっているのか……とにかくすぐに上に行きたい理由が有るんだろうよ、興味もねえし知る事も出来ねえだろうが。俺はそんな奴にお前の事を教えて上げた、って訳だ」
「やっぱりあなたは僕を――!」
「そうとも言えるし、そうじゃ無いとも言えるな……っと、到着だ。こっちに来い、隠れて待つぞ」
ベースキャンプに辿り着いた途端、バドさんは自分の姿を外から隠す様に木々の間に入り込んでいく。少し迷ったが僕もそれに倣う事にした。
「一体どれ位此処に居るんですか?もう結構な時間が経ちましたよ?」
「落ち着け、もうすぐ――お!来たぞ来たぞ……!」
アイルーに運ばれてやって来たのは、一人のハンターだった。僕よりもずっと大柄な男……間違い無い!僕を襲ったあの男だ!思わず飛び出そうとしたが、バドさんに思いっきり背中を引っ張られたせいで後ろに倒れ込んでしまう。
「痛たた……何するんですか!早くしないとどこかに行かれて――」
「分かってる分かってる、追い掛けるぞ。だけど気付かれない様に慎重に、だ。絶対に物音を立てんなよ」
不満は有ったが我慢して言う事に従う。何をするつもりか知らないが、それが終わったら絶対にあの時の事を問い詰めてやる!そう密かに心に誓う。
この時はまだ、それが叶わぬ願いだとは知らずに居た。
「!?あれは……」
それを見た瞬間はドスランポスが現れたかと思ったが、明らかに体色が違うし良く見れば頭の形なども異なっている。間違い無く始めて見るモンスターだ。
「あの黄色い色……間違いねえな。お前は見た事無いか?あれがドスゲネポス、ってんだ。ドスランポスに似てはいるが今の俺達のランクじゃ戦う事が出来ない奴なんだぜ?」
それはつまりあのモンスターがかなりの強敵であり、かつ不測の事態が起こっても助けに行くのは難しいという事である。もしも制度という物をハンターが軽く考え無視してしまう様な事が有れば、それは只の殺戮者と何も変わらない。最も、例えそんな決まりが無くとも僕はあの男を助けようなどと思わないが。
「ウオオオオォォッ!」
「ハハッ、すげえ大声だな。こんな所にまで届いて来やがるぜ」
凄まじい声量に思わず身を震わせてしまったが、この場に居る生き物でそんな弱々しい反応を見せたのは僕一人だけだった。バドさんもあの男も、そしその声を向けられたドスゲネポスでさえも平然としているのだ。きっとモンスターの中には今のを遥かに超える様な大声を出す者も居るのだろう、だというのにこの程度で動揺してしまう自分が情けない。
「クッ……この程度!」
そんな僕の気分など一切無視して戦いは進む。爪や牙が体を掠めているのか体中に紅いラインがどんどん増えて行くが、それと同じ数だけハンマーの一撃を返している様だ。決して軽い傷では無いがこのままなら先に相手の命が尽きるだろう。
「ありゃ駄目だな。あいつもここでお終いだ」
「何を言っているんですか、かなり追い込んでいますよ。あ、ホラ!モンスターが頭を打って気絶した!このまま一気に畳み掛ければ――え?」
ドスゲネポスはあらぬ方向に視線を漂わせその動きを止めている。絶好のチャンスだ、関節を砕くなり頭を砕くなり勝利を決定づける方法は幾らでも有るだろう。だが――ハンターは一切動こうとしない。いや違う、動けないのだ!
「アイツの牙には体を痺れさせる毒が有るんだ。それがあるから経験の無い奴には任せられねえんだよ」
「何を呑気に見ているんですか、早く助けに行かないと!」
僕は思わず飛び出そうとしたが、バドさんに袖を掴まれそれを制されてしまう。
「止めとけって、ギルドに文句言われてえのか?」
「そんな事言っている場合じゃないでしょう!命が掛かっているんですよ!?」
「お前あいつにそんな事してやる義理は無いだろうよ。その所為でこっちに来られたら敵わんし、それに……もう遅い」
視線を戦いの場に戻すと、既に立ち直ったモンスターと動きの鈍ったハンターが居た。絶体絶命のピンチだが、それでもまだ諦めていないらしい。脚はまともに動かず腕にも力が入らない様だが、それでも確かにハンマーを構えている。恐らく飛び込んできた時に逆転の一撃を決めるつもりなのだろう。
「あれなら上手く行けば――」
「野生のモンスターにとっての勝利はな、相手を殺す事じゃねえ」
空を見上げ、いななき始めるドスゲネポス。それが終わるとほぼ同時に多数の生き物の気配がこの場に近付いて来る。
「奴らが思う勝ちは――生き延びる事だ。少しでも危険な気配を感じたら絶対に手を出さねえ、確実な方法を選ぶのさ」
背後から襲われ、思わずハンマーを取り落とすハンター。それを見て危険が無いと悟ったのか、一斉に襲い掛かるモンスター達。もはや戦いは終わった、これから行われるのは……ただのなぶり殺し、だ。
「う、うげっ……」
「吐くのは良いけど、俺に飛沫を飛ばしたりすんなよー?そんなことしたらお前もあそこに放り出すからなー?」
バドさんが何か言っている様だが殆ど耳に入らない。僕はひたすらに吐き続けた。胃の中が空になっても、胃液すら出なくなっても、それでも吐く事を止められない。脳に焼き付いた惨たらしい映像が、どんな形であれ知り合った人間が目の前で死んでいく恐怖が、そしてそれをただ黙って見届ける事しか出来ない自分の無力さがその間だけは忘れられる様な気がしたのだ。
「……良し、もう行ったみたいだな。大丈夫か?」
「え、ええ……何とか……」
「見ろよ、綺麗なモンだろ?丁寧にしゃぶり尽くして残っているのは骨と衣服だけだ、食える部分は皆奴らの胃の中に入っちまったらしい」
紅く染まった地面を見ると再び吐き気が込み上げてくる。だが既に出る物も無いし体力の消耗も激しい、こんな状況でもしモンスターに襲われたらと思うととてもそんな事はしていられない。何とか我慢しなくては……。
「ま、予想通りの結末だな。あのランクで戦える中では一番弱いとはいえ駆け出しが勝てる相手じゃない、って事だ。身の丈に合わねえ事をするからこうなるんだよ」
「……この光景を見せる為に、僕を連れて来たんですか?」
自分の力を過信して限界を見極め損なえば、待っているのは容赦無い死だ。焦らず一歩一歩前に進んで行かなければならない、という事か。流石にやり方はどうかと思うがメッセージは強烈に伝わった、わざわざ僕にそれを教える為にこんな――
「ハァ?何で俺様がお前の為にそんな事しなきゃならねえんだ?」
「え?で、でも実際に――」
「俺の用事はここからだよ。ほれ、着いて来い」
そう言うとバドさんは亡骸へ近付いて行く。僕も後を追うが血生臭い濃厚な死の匂いに頭がやられそうだ。一体こんな所で何をするのだろう、死者を弔うのか?でもこの人が殺した様な物なのに……不思議に思う僕を尻目に血溜まりの傍にしゃがみ込むと、なんと彼は散らばった衣服を掻き集めその中を漁り始めたのだ。
「お、結構貯め込んでいるな。こいつが泊まる様な宿に金なんか置いていけない、かといってのんびり散財するような奴がすぐに上に上がりたがる訳もねえ。全財産を抱え込んで狩りに出ると思っていたぜ!」
「な、何を……何をしているんですか!?そんな事をして許されると――」
「誰に許可を貰う必要が有るんだ?ギルドか?お前さんか?それとも……この死んじまった奴か?どうせ誰も何も言いやしねえよ。死人は喋らねえしギルドの監視も無い、そしてお前さんは共犯なんだからな」
「僕が共犯!?一体どうして!ただあなたに連れて来られただけなのに――」
「誰がそれを信じてくれるんだ?傍から見りゃ俺とお前がグルになってハンターを嵌めたようにしか見えないぜ?」
やられた。僕が幾ら弁明しようとギルドには僕がキノコを採るクエストを失敗した事も、こうしてバドさんと二人で出発した事も記録に残っている。もしこの事をギルドに訴えても一緒に僕も裁かれてしまう事は間違い無い。どこまで卑怯なんだこの男は……!
「そう怖い顔すんな。言ったろ?儲けさせてやるって。今まで長い事やって来たがここまで頭が回った奴は初めてだ、二人で分け合おうじゃねえか!ほれ、遠慮すんな」
そう言うと、バドさんは鷲掴みにしたコインを僕に差し出してきた。正確では無いが確かに半分程有るだろう。だがこれを受け取って良いのか?今の僕には喉から手が出る程欲しい大金だが、どうにも迷いが拭えない。
「安心しろ、今までずっと捕まった事は無いんだ。まあ……気持ちは分かる。狩りっていうよりはゴミ漁り、ハンターっていうよりスキャベンジャーだからな。でも形振り構ってなんか居られない筈だ、どんな形であれまずはちゃんとした装備を整えないと戦えないのは知っているだろう?さあ!受け取れ!」
そうだ、ここに居るのは二人だけだ。僕がこのお金を受け取っても咎める人は誰も居ないし、このまま放置してしまうのはあまりにも勿体無い。それに僕はハンターとして生きると決めたんじゃないか、これを使えば装備も揃うし馬鹿にした奴らを見返せる。……なんだ、結局受け取るしかないじゃないか。僕はそれを受け取ろうと手を伸ばし――
「…………」
「……どうした?早く取れって。いい加減腕が付かれて来たんだよ」
――もう少しで触れる、という所でその動きを止める。何故だ?早く取らないと気が変わってしまうかもしれないのに、一体僕は何をしているんだ?
「まだ踏ん切りが付かないのか!?分かって居る筈だ、どんな理屈で考えても受け取った方が良いに決まっているだろう!」
ああ、そうか。そういう事だったのか。
「ありがとうございます、やっと決心が付きましたよ」
「そーかいそーかい、だったらさっさと――」
「僕にそのお金は必要無い。あなたが全て持っていって下さい」
「また怖気付きやがったか!心配は無いって何度も――」
「そんな理由じゃないッ!」
何故僕が手にするのを躊躇っていたのか、その答えにやっと辿り着いたのだ。それは決して自分の保身や不安の為では無い。
「確かにあなたの言う通り、受け取らない理屈は何一つ僕には用意出来なかった。でも……それでも僕は、迷っていたんだ。説明出来ない迷いがどうしても消えなかったんだ!」
「それはな、罪悪感って奴だ。過程はどうあれ人が死んじまったからな、騙されたんだとしても残ってしまうだろうよ。でもそれとこの金を使わない事には一切関係ねえ、むしろ無駄にしないでやる方が供養になると思うぜ?」
「それも違う!確かにそう言う気持ちが無い訳じゃ無いけれど、それだけでは説明出来ないんです。きっとこの気持ちは言葉に出来ない……いや、しちゃいけないんだ。押し付けられたやり方だとか価値観なんかとは違う説明出来ないこの想い、多分これこそが僕自身だ――ずっと追い求めてきたものなんだ!」
未練は有る、そしてまだ迷いも有る。あの金を手にするのに僕は一体どれ程の時間を費やさなければいけないのだろう?だが僕はずっと前に決心したのだ、僕は僕らしく生きていく。その僕自身が嫌だと言っているのだからそれに従うしか無いのだ。
「ハッ、良ーい目する様になったじゃねえか。ムカつくな――あの時の、俺の誘いを無視して笛一本で出かけていったあのガキと同じ眼をしてやがる」
「……え?一体誰の事ですか?」
「何でもねえよ。今じゃ立派なG級ハンター様になっちまった奴の事だ、俺達には関係ねえ事さ。まあ良い、そんなに言うなら……ホレ」
沢山有るコインの中から一枚を選び出したバドさんは、その手を再び僕に差し出してきた。
「だから僕は――」
「悪いがこいつだけは受け取って貰うぜ。お前を信用しきれねえからな、たった一枚でも受け取って貰わなきゃ安心出来ないんだよ。俺が無理矢理やった事だ……お前の気持ちには関係無く、な」
彼の言わんとする所は理解出来る。要するにこれは今日起こった事を口外しない、という約束なのだ。拒否した所でどうせ荷物に紛れ込まされてしまうだろうしここまで気を使って貰ったのだ、諦めて受け取る事にする。
冷たく、ぬるりとした感触。見るとそのコインは全体が赤黒い血でコーティングされていた。
「使おうと思ったら、どうしたって血を拭わなきゃならねえ。分かり易い目印だろ?そいつを綺麗にした時、それこそがお前がこっち側に来る瞬間だ。俺はずっと待っているぜ、ルーイ――お前が俺の仲間になってくれる事を」
「……期待に応えない様頑張りますよ、バドさん」
ハンターになってから僅かな間で僕に関わった人間が二人も死んだ。そしてそれは今後もっと増えて行くのかもしれない。それでも構わない、僕は自分の人生を生きると決めた。このコインの血を洗い流すのはその重圧に耐えられなくなった時――自分を殺す時だ。
汚れたままのコインを胸のポケットにしまう。絶対に、綺麗になどしてやるものか。
モン……ハン……?何だこれ。