トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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いいモンあるじゃないですか

(鉢合わせはゴメンです)

 

 三人が過ぎた後にアイシャは再び土砂の向こう側へ渡り、足早に南採鉱道を駆けていく。

 ”奥”というものがあるとして、今し方の三人は南採鉱道でそこへ通じる道を探している。このままこの場をうろついていれば、再び遭遇する危険性もある。

 というか、警戒心の強い魔術師が厄介だった。今回はたまたま近場で探知の魔術を使ってくれたから良かったものの、姿の見えない位置であの魔術を使われた場合対策のしようが無い。

 足音も気配も完全に消していながら、知らない場所から一方的に位置を察知されるあの魔術は天敵中の天敵だ。その為、今最も優先すべき事は探知される危険性の高いこの場から離れる事だった。

 

(アイツらは”奥”を(ここ)で探してる。西(あっち)に行けばそう見つからんでしょ)

 

 耳を各所より聞こえてくる採掘音のみに集中させ、気配の察知を最低限に抑えてただ西に至る道へ急ぐ。

 あの三人は今南採鉱道を探索している。奥の階層に繋がる道がこの場所にあるという確信は無いようだったが、別の場所を探そうという雰囲気は無かった。

 恐らくはまだ南採鉱道の探索は終わっていない。それなら、西側にいれば探索中にばったり遭遇する事も、探知の範囲に入る事も無いだろう。

 もっとも深い場所である南側を探索出来ないのは手痛いが、元々人の少ない西側へ行く予定ではあったし、前向きに考えれば西側に奥へ通じる道があるかもしれない。

 

 

(ここですね)

 

 徹底的に遠回りを繰り返し続け、ようやく一つの幅広の道の前に辿り着く。その大きさは南採鉱道へ来る時に使った連絡通路と殆ど同じものであり、これこそが地図にもあった南と西側を繋ぐ道だと確信する。

 通路の壁に手と耳を当て、様子を簡易的に確かめる。アイシャの後方より僅かに伝わってくる採掘音以外は聞こえてこない。前方には誰も居ないと確信し、体を壁から離す。

 それさえわかればこちらのものだ。登り勾配となった通路の地面付近を照らしながら、速やかに通路を進む。半ばほどまで進み、一度顔を後ろへ向けて誰も来ない事を確かめて肩の力を抜く。

 

「……はひぃ。とりあえず一安心、ですかね」

 

 思わぬ天敵の登場には肝を冷やしたが、なんとか目的の場所に辿り着くことは出来た。

 東側には人は居ないが金目の物も目に付かなかった。大ホールと南側は盗賊が(たむろ)し、その上探索中の幹部に警戒心の強い魔術師がセットで徘徊している。

 今、この階層で最も探索しやすい場所はこの西側だ。連絡通路を抜け、周囲に警戒を払いつつもアイシャは地図を取り出し、改めて西側を注視する。

 アイシャは何も消去法というだけでこの場に来た訳でなく、自分の目で確かめたい場所が一つここにあった。

 

(さて、この四角はなんなのか)

 

 この地図の西採鉱道の中央辺りの場所には、通路続きのこの場所から強調される様に四角で囲まれた空間が書かれてあった。

 その場所を示す文字は掠れて消えてしまっているが、地図の限りあるスペースにわざわざ記載された所に何も無い、という事はあるまい。まずは今自身のいる位置を確認すべく、燭光石の袋を大きく開いて通路を照らし出す。

 

「――あれ?なんか……気のせい、ですかね」

 

 想像していたよりも通路を奥まで見渡せた事に、違和感を感じる。心なしか先程よりも僅かに光量が増したような、そんな僅かなイメージと実際の差。

 異常、と言える程の差では無い。先程よりもちょっとだけ眩しく感じられたり、数十センチ分だけ奥まで見渡せていたり、気のせいと言われればそれで済ませられそうな程にささやかなズレ。

 訝しんで燭光石を見るも、燦々と白い輝きで周囲を照らし続けるその様子に、最初に感じたその僅かな差以外の何かを感じ取る事は出来ない。

 

「目が慣れてきただけ、かな」

 

 暗闇に目を慣らした状態では光を過敏に捉えてしまう。明かりを絞り、ずっと真っ暗な先ばかりに目を凝らしながら動き続けてきた結果。それを違和感の答えとして、再び袋の口を締め直す。

 通路自体は代わり映えも無く、東採鉱道と似たような広さの道が左右に続いている。磁針を取り出し、行くべき方向を確認して左側の道を歩き出した。

 

「……しっかし、どこもシケてますね。東も西も採り終わってて残るは南のみ、とかそんなんですか」

 

 気配の無い道を歩きながら採掘用に掘られただろう横穴に明かりを向けるも、どこを見ても値が付けられる程の大きさの結晶は埋没していない。

 そもそも表面に見える位置の鉱石は、この通路を造った者の手によって根こそぎ採り尽くされているのかもしれない。となると、鉱石を採るにはこの無数に掘り出された横穴の中から鉱脈に近い物を見つけ、突き当たるまで地道に掘るしか無いのかもしれない。

 そこまで来ると、もはや天に祈りながら手当たり次第にツルハシを振るうしか当てが無い。考えただけでもウンザリする様な手法から、ここに駐留する盗賊団の苦労を少し知った気分になる。

 

(まぁ他人(ひと)のことだしどーでもいいですけど)

 

 とはいえ、商売敵に同情など欠片も湧き上がることは無く、自分のものでもない苦労を抱える必要も無い。脳裏に浮かんだ面倒臭さは即時に切り捨て、前へと進んでいく。

 そういった事を考えていると、前方に開けた空間が見えてくる。十分に注意を払いながら足を踏み入れ、周囲に気配が無い事を確認した後に周囲に明かりを向ける。

 

「む、広い」

 

 身の丈二つより少し高い程度の天井と、先程の大ホールを二回りぐらいは狭くした空間が広がっている。

 大ホール同様に壁際のあちこちには廃石や土砂の山が除けられており、運搬用のレールは中央からアイシャが歩いて来た通路と、少し離れた右傍の通路、左(はす)向かいの通路の三方向へと伸びている。

 西側における集石場の役割を果たしていたのだろうか、とはいえ目新しい訳でもない風景に少々肩透かしな気持ちを抱いていると、右側の壁面に簡素な木扉が取り付けられているのを見つける。

 

「……”備品室”」

 

 その傍の壁面に取り付けられた木のプレートの表面にこびり着いた塵を指でなぞって払い、坑内地図と同じ文字で書かれたその内容を読み上げる。部屋と坑道の備品というフレーズから、先程大ホールでも耳にした”休憩室”が連想される。

 まさか、それがココって事ないでしょうね。念の為ゆっくりと体を扉に寄せ、耳を当てて内部の物音と気配を探る。そのままの状態で十秒ほど静かにその場で留まるも、警戒に反して扉の向こうからは砂利を踏む音一つ聞こえてこない。

 

「っていうか、この辺りも明かり無いじゃないですか」

 

 その時点で、この付近に松明が一切取り付けられていない事に気付く。休憩の為に使われる場所であれば、人の通りも多い筈だ。それなら、通行用にその場を照らす明かりが取り付けられていないのはおかしい。

 焦りの余りそんな事実も失念する自分を恥じるも、そもそも明かりも無い場所に潜んでいる人間と既に何度も遭遇している以上、気を付けるに越した事は無い。

 自身のミスの上にそれらしい理由を貼り付ける事で、アイシャは素早く気持ちを切り替えた。

 

「じゃ、お邪魔しまーす」

 

 十分に室内の物音を伺った以上、流石に誰かが潜んでいるという事も無いだろう。鍵も取り付けられていない、間仕切り同然の木扉を静かに押し開けて中に入る。

 なんら気配を感じない以上、明かりを絞る必要も無い。燭光石の顔を袋より出し、持つ手を伸ばして全方位を照らす。

 部屋全体を照らした事により、扉によって部屋の内へ閉じ込められた石粉と埃が入り混じった薄い塵の動きまでもがはっきりと見える様になり、部屋の中央には大型の机の四方を長い木製のベンチが囲んでいる。

 特に目を引くのは壁際に立てかけられているツルハシやスコップの集まっている場所だ。その付近には柄より取り外された予備のピックのみが乱雑に突っ込まれた木箱や、柄のみを持ち運ぶ為の大型のベルト付き収納袋を引っ掛けたハンガー、ピックが入った木箱の二分の一ほどの大きさを持つ蓋付きの中型収納箱(チェスト)がいくつか安置されていた。

 

「あるかなー、っと」

 

 明らかに自分が持ち運んで使うには不適格な重量や大きさのツルハシやスコップ類には目もくれず、アイシャは蓋で閉じられた収納箱の方へ向かう。

 ツルハシが何本置かれているという事は、この備品室は掘削用具などを集める場所という事だろう。それなら、丁度持っていなかった(たがね)などがあっても不思議ではあるまい。

 期待半分で持ち手だけが付いた簡素な蓋を開き、覗き込みながら中を照らす。

 

「ん、石頭(せっとう)と……点検用かな、これ」

 

 箱の中では角柱状の槌頭を持つハンマーと、片方がピック状に尖った槌頭が箱の中でごちゃごちゃに混ざりあっていた。

 尖った槌頭の物はツルハシにも使う柄に替えて取り付け、地盤を確かめる点検用(テスト)ハンマーとして使う為のものだろう。とはいえ、そんな十フィートの棒の様な長物を持ち運ぶ余裕も必要も今のアイシャには無い。

 箱に手を差し入れ、槌頭を掻き分けながら石頭ハンマーの中で最も軽く柄の短いものを探す。見た目に小さい物を取り出して地面に置き、五本並べた所でそれらを両手に持って重さを比べていく。

 

「よし、次」

 

 その内の一本を選んで残りを収納箱へと戻し、蓋を閉じる。石頭自体は探していたものとは違ったが、本来このハンマーは鏨を岩肌へ打ち込む為に用いられる物だ。

 という事は、鏨そのものも他の収納箱に分けて入れられている可能性は高い。中腰で横に歩き、横の収納箱の前に移動して蓋を開け、また中身を伺う。

 

「小袋――釘、それとバール。次。刃広(ハビロ)と灰掻き――次。……あった!」

 

 次の箱を開けば、支保に用いる木材加工用の用具が詰まっている。一目見て素早く次の箱を開けていき、三つ目を開いた所でアイシャが必要としていた物が目に入った。

 大きな鋼で釘を造った様な特徴的な見た目をした物と、ヘラ状に刃が広がった物がサイズを問わず入り混じっているが、間違いなく石材加工に用いる鏨だった。手に持ってみればずしりとした重みが伝わり、良く鍛造された物である事がすぐにわかる。

 中を漁るのに邪魔になる大きな物を取り出し退かしてから、錆の薄く使いやすい物を探す。指二本分程の幅狭の刃を持つ平鏨と、岩盤に穴を穿つ為の尖った友鏨を予備込で二本取り、立坑で使った杭が入っていた空の革袋に石頭ごと入れた。

 

「まぁ表面削り取るだけならこれで上等でしょ。……さて、他には何かあるかな」

 

 最低限必要な物をしまった所で、改めて部屋を見渡す。そうして真っ先に目についたのは、中央の大机の隅にちょこんと乗った一冊の小冊子だった。

 近付いて見てみるも、表紙は風化によってボロボロになっており、タイトルを読む事は出来ない。崩さない様に慎重に表紙を開き、中を確認する。

 

「”――の手順”。……”中央――で穿孔”、”硝安――を――順に装填し、孔を――で塞ぐ”、”周囲に、副孔を――”……ろ、ろくに読めるトコがない……」

 

 中身も表紙程ではないが風化し掠れている中身を、読める場所だけゆっくりと読み上げていく。しかし、完全に文字が薄れて消えている部分が多すぎて全く的を射ない。

 無事な部分が無いか、次々にページをめくっては目を通していくも、程度の僅かな差こそあれどどこもかしこもまともに読める部分は無かった。が、半ばほどに差し掛かり内容に変化が訪れた。

 

「図……?」

 

 同様に表面が薄れてこそいるものの、文字の羅列だったそれまでとは違い文字の跡が全く無い、簡素な図のみが描かれたページが目に入ってくる。

 長方形の図にはその左横から細長い凹型の線が伸びており、その内側には塗り潰された跡の筆跡が残されている。また、その図の下には正方形の中央に小さく黒い丸が穿たれ、その周囲にさらに小さい白い丸が円状に囲っている図が補足する様に書いてあった。

 

「なるほど。わかりません」

 

 内容を把握出来るだけの文章が書いてない事だけを確認し、アイシャは笑顔で冊子を閉じた。

 この廃坑で使われていた何かの説明書というのはわかった。当時働いていた人間の日誌などであれば、書かれた年代によってはそれだけで価値になったり、それでなくともこの廃坑にあるという奥の層の手がかりになる可能性もあったが、そのどちらでも無ければアイシャには無用な物だ。

 貴重な時間を無駄にした事に思わず落胆し、溜息が漏れる。まだ他にはめぼしい物は無いだろうかと、部屋を歩きながら顔をあちこちに向けていく。

 

「……んっ?」

 

 見回している最中、部屋の角に転がっている石に目が止まる。それ自体は特に何の変哲もない石だったが、掌大程の大きさのそれはただの景観と言うには不自然かつ、石の上に乗った埃も妙に少ない。

 違和感が命じるままに近寄ると、石の手前に爪先がかかった所で砂利の感触が薄い事に気がつく。

 

「……ああ、もしやまた?」

 

 砂利を蹴れば、足先から踏み固められた地面や岩と異なる軽い感触と音が小さく鳴る。覚えのある地面の平坦さと、埃が薄い不自然な石から直観的にこの場の()()を理解する。

 一歩足を引いてから、その場にしゃがみ込んで石を手で鷲掴む。そのまま掴んだ石を上へと持ち上げようとすると、錆びた()()の音と共に地面が手前へと開いた。

 

「木製の蓋を土色に塗っただけ、か。さて、お手製のへそくりボックスはどんなものやら」

 

 造りとしては日曜大工程度の構造の小さな隠し扉は、備え付けの造りというにはあまりにも粗末な物だ。とすれば、個人が何かを隠す為に造った物と考えるべきだろう。

 蓋から手を離して頭だけを前に出して見下ろすと、岩を削って掘り起こした様な穴があった。てっきり木箱を丸ごと入れてるのかと思いきや、穴の上に蓋だけを取り付けただけの物だったらしい。

 そんなどこまでも手作り感に満ちた穴の真ん中には、平べったい靴底の側面より三本のベルトが伸びて靴状を取っているだけの、出来損ないのサンダルの様な履物が一対転がっていた。

 

「なんじゃこれ……ぬおぉっ、くさっ!?酸っぱ――いたい!つーんとくる!」

 

 取り出してみれば箱の中に閉じ込められた事で熟成されていた、汗と垢が混じったとてつもない刺激臭がアイシャの両目と鼻に突き刺さる。

 痛みを伴う臭いを受け、思わずその大元のサンダルを壁へ向かって放り投げてしまう。壁に叩きつけられたサンダルは跳ね返り、地面に落ちてひっくり返り靴裏を晒す。

 その平らな靴底には、接地の際に合わせて形を変える為の凹凸の代わりに六本足の虫の文様が刻まれていた。

 

「あれ……これ、ちょっと古いけど”水ハネ”じゃないですか」

 

 ”水切踵(リコシェイルソール)”。ベルトによって自らのブーツの上から足の甲と足首に固定して使う、移動補助用のアイテム。それがこのサンダルもどきの正体だった。

 その名の通り、これを着用したブーツは水に対して反発し、履いた者が水面を走れる様になる代物だ。とはいえ、足裏という狭い部分でしか反発力を得られない為、水の上でずっと立てる様になるという訳では無い。

 反発力を活かして水を蹴り飛ばし、足が沈むよりも速く水の上を上手く跳んでいく事でしか水面の上に居られない。その必死で沈まないように足を動かし水を跳ね飛ばす使用者の姿から、”水ハネ”という俗称がつけられている。

 一応は魔法のアイテムであるにも関わらず持ち主の体力や身体能力に依存し、そのくせ耐荷重まで設定されているという、便利感の薄い代物がこの”水切踵”だった。

 

「ほほーう、なんですかいいモンもあるじゃないですか。これもまぁまぁの値段で売れますね……臭いさえ無ければ」

 

 とはいえ、構造が特殊な為に造れる人間が限られており、市場ではそれなりの値が付けられているアイテムなのは間違いない。あまりにも強烈な臭いなので持ち歩くのに抵抗感こそあるが、そうも言ってられない。

 鼻の呼吸を止めながら、一対のソールがバラけない様に紐で縛りつけ、空きの革袋の中に入れようとする。が、さすがに大きさが足りない。臭いが移る為にやりたくは無かったが、苦渋の思いで荷物が多く入った背負い袋の中へと仕舞い込む。

 戻ったら売り飛ばした金で消臭用の匂い袋を買わなければいけないなぁ。そう考えた所で、一つの疑問に思い当たる。

 

「……なんで廃坑(こんなとこ)に、こんな冒険グッズがあるんです?」

 

 水切踵の臭いの残り滓を手で追いやりながら、この場に似合わぬ道具の理由を考えた。

 




臭さは刺さるもの

常時体調がデバフってつらい つらい
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