トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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無理です無茶です無謀です

「ま、単なるコレクションって事もありますかね」

 

 アイシャは特に深く考えずに隠し扉を閉じ、その上から周囲の砂と土をかけ、開く前の先程の状態に可能な限り近付けて痕跡を隠す。

 流石に開いた事で散ってしまった埃を戻す事は出来ないので、砂を多めにかけてなるべく目立たない様に周囲の景色に溶け込ませる。木扉自体も土色に塗られている以上、注視しなければそうは見つかるまい。

 念の為部屋に転がっていた小石をいくつか近くへと蹴り飛ばし、不自然にならない程度に持ち手代わりの石の近くへ寄せておく。木を隠すなら森の中、アイシャが感じた違和感は「妙な大きさの石が部屋の隅に転がっていた」というだけなので、紛れる様にしておけば他の人間の目に付くことは無い筈だ。

 

「……さすがにもう漁るトコ無いでしょ。使える(モン)手に入っただけで万々歳、か」

 

 最後にもう一度だけ部屋を見渡すも、今度こそ何ら気になる所は見当たらない。

 出来れば奥の層について何か情報が欲しかった所だったが、それは望みすぎという物だった。売りに出せる道具がおまけでついてきただけで十分にプラスだ。

 鉱石の採掘に必要な道具は手に入った。ここからは、奥の層を探す為に行ける場所を探索しながら、余裕があれば目に付いた鉱石を採る事に時間を当てたい。

 まずは人目の少ない西側を探索するべきか。そう考えながら、アイシャは備品室の扉を開けて部屋の外へ出た。

 その瞬間。

 

「――ッ!!」

 

 視界の左端、閃きと共に迫る光芒。

 異常を察知した体が総毛立ちながら、情報の精査を脳に委ねること無く反射的に足に力を込めさせ、その場から飛び退いて光より逃れようとする。

 跳びながら遅れて顔をそちらへと向ければ、先程まで自分が足を付けていた地面の手前へ橙色の熱線が打ち込まれ、地面の砂を焼き焦がしていた。

 ぞっとしながらも素早く爪先で地面を刻み、素早く岩場の陰に身を隠す。

 

「……うちの部下(ヤツ)の動きじゃ無いな。誰だ」

 

 気付けば薄黄混じりの光がその場を照らし、声のする側より無数の影を生み出している。

 アイシャは隠れた岩の反対側から慎重に片側の目だけを出し、明かりの先の声の主を覗く。

 そこには、先程南坑道を移動する最中に遭遇しかけたローブ姿の男が、右手の上に魔術の灯火を浮かべながらこちらの隠れる岩場を睨み据える姿があった。

 

(なッ、なぁーんでこっちに居るんですかアンタァーッ!?)

 

 素早く岩場の陰に戻りつつ思わず大声で問い返しそうになる衝動を抑えて、アイシャは顎を大きく下へ開き押し殺した声を僅かな吐息に変えながら戦慄した。

 出来ればもう二度と見たくなかった者とのあまりにも早い再会に、嫌な汗が吹き出る。

 さっきまで南採鉱道に居たのに、なんで西(こっち)にいるんだ。っていうか一人だけなのか。他の仲間は。まさか、既に侵入がバレてしまったのか。

 危機に瀕して回転数を上げるあまり、答えの無い疑問が空回りを始める。

 

「だんまりか。……同業者、か?入口に先客の痕跡は無かった筈だが」

 

 魔術師は右手で浮かべた火を不規則に燃焼させ、サイズを大小交互に変えながら音を鳴らして岩陰へ向かって言葉をかける。獣が威嚇をする如く、その炎は魔術師の心情を身と音で表現していた。

 少しの時間がアイシャの早まった思考と拍動を抑え、冷静さを取り戻させる。無駄な思考は停まっている事と同義だ。何をするにも、まずは落ち着く必要がある。

 男がかけた言葉に混じった疑念からは、既に侵入していたアイシャに気付いていた素振りは感じられない。つまり、自分の覚えの無いヘマによる何かの痕跡や、前の階層で葬ったサボリの盗賊が見つかったという事は無い。

 

「……こちらも無駄な時間を取りたくは無い。炙られたく無ければ、姿を見せろ。五秒やる」

 

 重要なのは姿を見られたという事だ。既に相手はこちらの姿を確認しており、今にも襲いかかる寸前の敵と化している。行動の猶予は残り五秒。

 一。逃げるか?どこへ?相手の位置はアイシャが来た通路側にある。

 二。姿を隠す?どうやって?探知用の魔術がある。息をずっと止めることは出来ない。

 三。不意を打つ?姿は見られている。背後も取れず、罠を仕掛ける時間も無い。

 四。どうする?残りの選択肢は()()()()。出来るか?するべきか?

 五。

 

「『駆けろ』」

 

 きっかり五秒を回った瞬間、岩の向こうの影が揺らめき、右側の壁が強く照らされる。

 息を吸い、左側から岩陰を出て全力で地を蹴り、可能な限り素早く別の岩陰へと向かう。その瞬間、さっきまで自分が隠れていた場所を炎が右側から回り込んで焼いていった。

 生きた大蛇の様に地と岩陰を焼いていく魔術の火に恐怖しつつ、息を止めながらもさらに反対側の影の濃い場所へ一足飛びに向かっていく。そうしてアイシャは、先程居た場所より大きく離れた廃石の山に伏せて身を隠した。

 

「……速いな。が、素直に姿を見せんという事は、そのつもりだろう。覚悟はいいな、女」

 

 自分に出来る限りの速さで動いたとは思うが、さすがに姿が見えない程という訳では無かったらしい。顔を見られたかはわからないが、”女の侵入者が居る”とは間違いなく認識された。

 逃げ場を求めて相手の居る方向とは逆側の、まだ確認していない通路に目を向ける。だが、そこが確かな逃げ場であるという保証は無い。

 

(崩落があったら終わり……運良くそれが無かったとしても……)

 

 未確認の通路の暗闇に包まれた口の先に、ここに来るまでに何度も目にした、崩落して行き止まりになった通路がダブって見える。

 仮に上手く撒けたとしても、魔術師が大ホールへ戻って侵入者の有無を他の盗賊達に知らせてしまえばそれで終わりだ。上手く立坑に残したロープを辿って前の階層に戻れた時点で、警戒態勢が万全の状態で待ち構えられるのが目に見えている。

 そうなると、自然と消去法で残った最後の選択肢が脳裏に固定される。絶対にやりたくない、やりたくはなかった最後の一つ。

 

(ここで()る)

 

 完全に熱が引いた思考は、冷め切った一つの答えだけを残してそれ以外の道筋を消す。

 正面戦闘。逃げる事も出来ず、隠れる事も出来ない自分に残った、最後の一つの答え。

 行動から思考まで、これまでの全てに於いて避けていたその行動を前にし、固唾を飲み込む。

 

「そこか」

 

 その瞬間、アイシャの潜む廃石の山の近くにあるトロッコに炎が叩きつけられ、火花が散ると同時に自身よりも重量のある鋼鉄製の箱がぐらりと傾く。

 そのままトロッコは壁へと向かって倒れ込み、その重量で大音を立てながら地面の砂利を磨り潰す。洗練された暴力そのものである魔術の威力を見て、傍より伝わって来た地の震えが心の根までを揺さぶる。

 

「……外したか。小賢しく隠れる」

 

 トロッコに潰された地面に獲物の姿が無い事に、魔術師は不機嫌さを隠さず一人呟く。

 どうやら一瞬自分でも無意識の内に小さく呼吸した所を探知されたらしい。うそでしょちょっとツバ呑んだだけじゃないですか。そんなんアリなの。

 気配は殺しているにも関わらず、寸刻の息遣いから場所を一方的に探られる恐怖に、括った筈の腹の中身が締め付けられる。

 

(無理です無茶です無謀です!!なんですかコレ……!こんなん当たったらヤケドどころじゃないでしょ、こんなん当たったらぁ……!)

 

 魔術とは理不尽の象徴だ。己の精神や集中力という曖昧なものを残弾とする代わりに、盾を穿ち抜く弩弓になる。呪詛となって体から意思そのものを奪う。こちらの唯一絶対の取り柄である隠密を見抜く眼にもなる。

 そのくせ才能にのみ従い、どれだけ努力してもアイシャがそれを振るう事は出来ない。だからこそアイシャは知識と俊敏さと研いだ感覚によって、危険を徹底的に避け、足りないものを道具によって代用してきたのだ。

 息が苦しい。汗が止まらない。思考の間も心拍は絶え間なく全身へ血を巡らせ、その血が肺腑の空気を次々に奪っていく。

 苦しさに耐え切れず、次に息を吸えばどうなるか。今度は間違いなくあの探知の火によって位置が割れ、あの火が弧を描いて岩陰全てを焼き払う。空気も。影も。岩山も。自分も。

 死だ。明瞭にして間近に迫った死のイメージが、脳に焼き付いた。

 

(……いやです!!)

 

 腰のベルトに差し込んである投げナイフを引き抜き、掌よりも短い刃を顔の前に掲げる。

 続けてランタン用に持ってきた油を取り出す。それを投げナイフの刀身に垂らせば、岩陰の僅かな明かりの色を吸って不規則な光沢を持つようになった。

 冒険者の命は路上の小石。昨日まで生きてた誰かは、今日には見知らぬ場所で死んでいる。

 だが、それを受け容れるかどうかは別問題だ。それは冒険で出会う脅威への抵抗、知恵比べ、裏の掻き合いの結果、訪れるものでしかない。

 絶望してどこに居るとも知れない神へ手を合わせる時は疾うに過ぎ去っている。

 この両手は、生きる努力の為に使うものなのだ。

 

「……ふぅっ!」

「む」

 

 呼吸をし直すと同時に、物陰の真横より放たれた様に飛び出る。

 炎が揺れると同時に物陰から横へ抜けるアイシャを見て、その姿を見定める為に魔術師が反応を一時遅らせる。

 その口が炎に術として命じるよりも速く、魔術師の頭へ目掛けてナイフを投げた。

 

「『薙げ』」

 

 一回転した投剣がその先の頭蓋を捉える直前、炎が形を変えて細長く伸びる。

 魔術師が指を軽く振ると、それに従い火炎が鞭と化して前方に瞬間的に振るわれた。

 飛来したナイフは炎の勢いに弾かれて地面に叩き付けられ、表面の油を燃やしながら地面を弾み転がっていく。

 

「……チ、またか」

 

 火炎が投剣を弾く為に振るわれた僅かな時間で、アイシャは魔術師の視界から再び影へ潜んだ。

 魔術師は炎を一度灯し直し、改めて場所を探知しようと注視する。だが、位置を知らせる為に揺れ動く筈の灯火の先は真っ直ぐ突き立ったまま、どこへも動こうとしていない。

 女はこの魔術について正しく知っている。さほど珍しくもない低級の魔術とはいえ、こういった知識は全くの素人が知ろうと思う様なものでもない。

 加えてこんな場所にまで唯一人潜っているとなれば、魔術師か冒険者のどちらかだろう。

 

「浅知恵だな。いつまでもそうしていられるとでも思っているのか」

 

 ホール内の影全てへ届くように、魔術師は息を止めて隠れ続けるアイシャを嘲った。

 その言葉はそっくりそのままアイシャの思考と重なっていた。いつまでも息を止めたまま、限られた空間の中の物陰を行ったり来たりするだけでは何も解決などしない。

 渾身の一投のつもりで投げたナイフも、炎を貫く事も出来ずあっさりと跳ね()けられた。クロスボウならば反応されるよりも速く物陰から狙撃出来たのかもしれないが、無い物は無い。

 今稼げた一瞬でこの場の物陰と、魔術師の位置は確認出来た。呼吸を繋ぐだけなら、残り二本の投げナイフを使って同じようにすればいいい。

 

(ダメです、同じじゃダメです)

 

 投げナイフが尽きればどうなる。息が続かなくなればどうなる。位置が割れればどうなる。

 今必要なのは一寸先に死を先送りする事でなく、その元を断つ為の一手だ。

 だが、今の手持ちの武器は余りに少ない。唯一まともな殺傷力を持つのはグラディウス、投げナイフ、ダークのみ。あとは強いて言えば鈎付ロープが縄鏢(じょうひょう)代わりに使えるぐらいだ。

 汗が額から滲み出るのを感じる。取れる手段のあまりの少なさ、呼吸を止めざるを得ない事の苦しさ、完全に相手に有利な状況を取られた事への焦り。その全てが、アイシャを見えない鎖で縛り付けている様に思える。

 

(距離を取られたままじゃ手がありません)

 

 魔術師は先程から一向にその場を動こうとしない。それは探知と同時にどの物陰に居ようと攻撃出来るという表れであり、即ちこのホール全てが射程で、アイシャの死地である事を示している。

 なんとか投剣で時間を稼ぎ通路に逃げたとしても、すぐに追われて背中を焼かれるだろう。

 距離を空けた状態が望ましくないなら、詰め寄るしかない。最初の一撃を躱し、一気に距離を詰める。

 速さには自信がある。投剣して炎を振らせた所で、次に魔術を撃たれる前に斬る。

 

(……出来る。いける……やれる、やるッ……!)

 

 投げナイフを左手で持ち、グラディウスを右手で抜いて強く握る。

 走る。投げる。躱す。斬る。起こる攻防を想定し、行動を頭に刷り込み、強くイメージする。

 出来る事を疑ってはいけない。少しでも疑えば迷いとなり、遅れとなり、その刃は届かない。

 それはもはや自己暗示でしか無いが、それ故に最も強い命令となって体を動かしてくれる筈だ。

 

(――行く)

 

 やる事は決まった。思考から雑念を消し、瞼は視界を鋭く変える。

 隠れている物陰の左側に寄り、片膝を立てていつでも動ける様に前傾する。

 そして、強く息を吸った。

 

「『駆けろ』」

 

 魔術師は灯火の先が大きく傾いたのを見て、正確にアイシャのいる場所を理解して炎に命じる。

 魔術の炎は地面を瞬く間に走り、物陰へ向かって回り込む様に地を焼き払っていく。

 それが到達するより先に、アイシャは物陰の()()から飛び出た。

 

「なッ!」

 

 炎の蛇が物陰の左側から這い回り影を焼き払うより速く、最初から飛び出る方向を定めていたアイシャは右側より抜け出て、魔術師の姿を見据える。

 背と総髪に火の粉を浴びながら、炎に照らされた小さき影は魔術師へと一直線に近寄る。

 

(いけっ!)

「チ、『薙げ』ッ!」

 

 走り出すと同時にその力も上乗せした投剣を、魔術師の頭へと投げつける。

 再び正確に魔術師の頭を狙う投剣の軌道へ向け、先程の炎の鞭を叩き付けられる。先程よりも広範囲に、斜めに振るわれた炎の帯は投剣ごと迫るアイシャを焼き払おうと向かってきた。

 

「く、ぅッ!」

 

 予定通り、だが想定以上に大きい炎の軌道を左斜めに潜り込みながらアイシャはギリギリの所で躱す。

 振り払われた炎が虚空を割き、余波が近くを通った右肩から右腕にかけて熱を届けた。

 痛みで一瞬右目が閉じる。だが、魔術師はもう四・五歩先だ。足は止まること無く地を蹴り上げ、瞳に見開く事を命じさせる。

 剣が届くまであと三歩。右手に握ったグラディウスを両手で握り、肩の高さで真横に構える。

 二歩。潜り込んだ態勢から戻る勢いを得て、逆袈裟に叩き斬る。首を飛ばせずとも、胴を大きく斬れば十分な致命傷に繋がるだろう。

 一歩。

 

「『()()()』」

 

 最後の一歩に届く前に、魔術師がアイシャへ向けた左手の内から炎が膨らみ、破裂した。

 




「獣は恐れ、森は焼かれ、しかし人だけは利とすべく扱う。
 その穂先を意の侭に操る事こそが、原初の魔術だった」
――エルフの火術師
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