「……び、びっくりしたぁ……」
一切の明かりが消えた備品室の前で、ランタンを灯しながらアイシャが独りごちる。
燭光石は魔力に反応――いや、吸収する事で光を放つ性質を持つ。それも近くで使われた魔術に対し、その魔力すらも吸って光に変えていっていた。
それなら、魔術師の火の魔術本体に投げ込めばもっと強い光を放つんじゃないか。一瞬目を閉じさせれば、あとは間合いに飛び込んでいけるだろう。
アイシャの策はそれだけだった。が、燭光石が予想以上に光を放った上に、
(正直死んだと思いました)
炎の鞭が燭光石に対して横にでは無く縦に振られた時、その軌道はアイシャの走ろうとする方向にモロに被っていた。
あっ、これ死んだ。想定外の鞭の軌道を見た時は、純粋に末路を受け入れていた。
が、炎の魔術そのものが燭光石に全て吸い込まれ、急いで閉じた瞼の裏にすら届く光と爆発による圧力を見せた時には、想定外すぎて僅かに進む足が緩んでしまった。
それでも剣が届く位置にまで接近出来たのは、発光を想定出来ていた事と、飛来した石片により魔術師が怯んで体勢を崩し、動ける時間が僅かに与えられた事が大きい。
「まぁ、勝ちは勝ちです。片付けましょ」
広がり続ける血溜まりの元で、左手を伸ばしたまま硬直して動かなくなった魔術師を見下ろし、次にすべき事へ移る。
備品室の中には物陰は多いが、人一人をそのまま隠せる様なスペースは無い。ツルハシなどが入った大型収納箱の影なら可能だが、箱自体が壁に接しており、中に入っていた物の重量を考えると意図的にズラして空間を作る事が出来ない。
もうココでいっか。散々隠れ回れただけあって、この場には物陰が多い。
そうして自分も一度は隠れた廃石の山の裏側へと魔術師の体を引き摺り込んだ。
「――っぜぇ、へぇー。ああもう、男ってのはどうしてこんなムダに重いんですかっ」
血がこちらに付かないよう、魔術師の両腕を持って物陰へと運搬し、手を離して地面に安置する。
最初に葬った盗賊よりは軽装かつ体格の劣る魔術師は、比較的体が軽かった。が、アイシャの細腕にとって感じる重みは誤差の範囲内であり、どっちにしろ重いと感じる事に変わりはない。
息を切らせ、光のない瞳さえ無ければ寝ている様にしか見えない魔術師の体のあちこちへ視線を向けていく。”駄賃”をもらう為だ。
「はいちょっとお体に触りますよー」
ローブの上から首元、腹部、腰へと手で触れていき、内側を確かめる。
魔術師は魔術の補助具として、しばしば魔法の装飾品や触媒など貴重なアイテムを持ち歩く。
先程の怒りは死によって精算してもらった訳だが、こんな格好の獲物を逃す手は無い。こんな場所で時間を長くかける訳にもいかないが、せめて一つはマジックアイテムを頂戴したい所だ。
「こいつローブの下ガッチガチじゃないですか、喉狙って正解でしたね……うーん、思ったより高位の魔術師だったのかな……」
胴体に感じる硬い感触を妙に思いダークでローブを裂けば、その下には着込まれた
続けて腰のベルトに吊るした所持品を確認するが、一目見る限りでは殆どがアイシャの目にも慣れた冒険用具ばかりだった。
低級の魔術師ほど自身の力を道具で補い、大きく見せる。詠唱を省く刻印石、力を集中させる為の魔杖、魔力を蓄積させた晶石などがいい例だ。
しかし道具に頼りすぎれば肝心の魔術の制御する腕や、大元の威力が上がらない。高位の魔術師は、自前の
いやそんな事どうでもいいから、大人しくあたしのお金になってくださいよ。
「ぐぬぬ……腕とか指は……」
使わされた投剣の代わりに魔術師の腰のダガーは回収したものの、金目のものは見当たらない。
あれだけの魔術を一切の補助無しで行使するのは術士の負担が大きすぎる。何か、何かある筈だ。あってくれ。出来れば高い値段で売れるヤツ。
アームレット、ブレスレット、リング。そういったいかにもな魔法の力が込められた装飾品を求め、上腕から袖を割いて見ていく。
「……おっ!?おおっ!」
右腕に何も見つけることが出来ず、左腕を見ていく最中、手首に目が止まる。
そこには二本の細い銀装飾の鎖が手首に巻き付き、交差された頂点には大きめの赤い宝石が取り付けられた、一目で値打ちとわかる
「やったやった!こりゃ絶対売れますよー!」
アイシャは鼻歌混じりでバングルの留め具を外し、手首から引き抜く。
軽鎧と冒険用具ぐらいしか見に持たない魔術師が唯一身につけている、やけに装飾が込んだ装飾具。こんなビックリする程食べる所が無い偏屈者が、何の意味も無いアクセサリーを持ち歩いているという事は有り得ない。
恐らくは先程見せた火の魔術のどれかに関わる腕輪だろう。詳しくは調べてみないとわからないが、いい手土産が出来た。
受けた脅威を考えれば安いものだが、駄賃としては悪くない。アイシャは笑顔を浮かべて、荷物袋に腕輪を入れ――る直前で、先程拾った物を思い出す。
(さすがにコレにまで臭いが付くのはヤです)
”水切踵”の臭いはかなり強く、まず間違いなく同じ場所に入れた荷物全てにその悪臭は移ってしまう。小さめの腕輪と言えど例外では無いだろう。
折角手に入れた戦利品を汚染させる訳にはいかない。それならと、アイシャは自分の左手首に銀の腕輪を巻き、ぴったりになるように留め具を締めた。
小袋に入れてうっかり知らぬ内に落としてしまうよりは、こちらの方がまだ安心感がある。それに、アイシャも年頃の少女なのだ。こういった飾り物を身につければ、気分も少し浮く所がある。
(すぐ売っちゃいますし、しばらくはオシャレ気分を味わわせて下さいね)
奪える物を奪ったアイシャは、廃石の山を崩して魔術師に小石を布団としてかけていく。
男の体全てを覆い隠せる訳では無いが、明かりを当てて意図的に見つけようとしなければ暗闇に紛れ、そう簡単に見つけられはしないだろう。
地面にこびり付いた血の後処理を軽く終え、手早くグラディウスの回収や後処理を終えたアイシャは、すぐさま歩いてきた道程へ全力で駆け出した。
(散々暴れちゃいましたし、そろそろヤバいでしょ)
魔術師との交戦、特に最後の燭光石の爆発はかなり大きな物音を立ててしまった。
地図から見ても中央の大ホールからは相当離れているが、それでも誰にも聞かれていないと断言するほど楽観的に構えてはいられない。
そもそもこの魔術師が組んでいた他の二人の行方がわからない。あれだけの戦闘があって今なお姿を見せていないという事は、近くには居ないのは確かだ。
が、どこにいるのかわからない相手はそれだけで警戒対象であり、時間が経って遅れてやってくる可能性も高い。単独行動中の仲間が戻ってこないとわかれば、すぐに探しに西へとやってくるだろう。
(こんな危険な連中のいる場所にいられますか、さっさとトンズラしちゃいましょ)
残りの幹部二人がこの魔術師と肩を並べる存在だとすれば、アイシャの勝ち目は万に一つ以下だ。今回はたまたまイレギュラーが重なって生き残れたが、こんな幸運はもう二度と無い。
一度は潜った死線だが、本来アイシャは分の悪い博打を打つ様な人間ではないし、ましてや戦闘など以ての外だ。そんなのは高尚な騎士サマや血の気たっぷりの戦士サマの領分である。
危うく命を落としかけたという焦りが、今更になって悪態を絶えず湧き上がらせる。なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないんですか。そんな命あるからこその文句が、落としかけた生の大事さを噛み締めさせる様に沸々と浮かび、心に沁みていく。
今、自分は生きているのだ。危機に怯えていた体に、無意識がそれを教え説いていっていた。
(……南側は相変わらず、ですね)
そうしている内に西から南へ繋がる連絡通路を渡り終え、南採鉱道の最端へと戻ってくる。
耳を澄ませば先程と変わらぬ採掘音が振動となって壁を伝わり、小さく感じ取る事が出来る。魔術師が西側に居た事から、こちらから引き上げて西側へ移ろうとしたのではないか。そんな仮定は打ち消される。
(どうしますか……)
離れた場所から探知する魔術師がいなくなった事で、南の採鉱道の安全度は高まった。
だが、幹部連中の行方がまだわかっていない。西側で影も見なかった事を考えれば、残りの二人が南側で未だ奥の層を探している可能性は否定出来ない、というよりはかなり有り得る。
次にやるべき事を考える。西側に戻るのは有り得ない。南側も危険だ。そうなると東側が最も安全に見えるが、こちらにも一つの危険な影が想定された。
(あいつらが、三人分かれた可能性)
南側で出くわした時、魔術師以外の二人の幹部は緊張が解けていた。未知の遺跡においては、そこを
だが、それが無かった。それはこの場で魔物と遭遇する事が無かった、あるいは低級の雑魚程度としか出会わず、緊張を必要としていなかったと予想出来る。
”それならばそれぞれの採鉱道に分かれて捜索した方が効率的じゃないか”。いかにもな思考だ。
そう仮定すれば魔術師が一人で西へやって来た理由にもなる。この仮定を確かめるには南・東でもそれぞれ幹部がいる事をこの目で確かめなければならないが、格上相手に要らないリスクを負いたくは無い。
”南の探索が終わって東側に二人、西側に魔術師が来た”というもう一つの仮定よりは、ずっと有り得る話であり、こちらにとっても都合が悪い。
自分にとって都合の悪い想定をする事こそが、慎重さに繋がる。アイシャはひとまず、幹部達が三人、今三方向に分かれていると考える事にした。
(う、うーん……)
遺跡の探索を続けるのならば、選択肢は二つ。南に留まるか、東に行くか。
しかしどちらにも相応の危険性があり、探索するには不向きだ。アイシャはここまでの事で、どれだけ慎重に動いていても見つかってしまうという事態を十分に思い知った。
しかし早い内に動かなければ、アイシャが葬った二人がいつかは露見し、動き回り辛くなる。
……いっそ、このまま帰ってしまおうか。死から遠のいた事で保守的な考えが戻ってくる。
(それも、アリかなぁ)
水切踵、魔術師の腕輪。これに加えて、帰る前に二階層目のロープに吊られた燭光石を持ち帰れば、それなりの値段にはなるだろう。
費用対効果を考えれば、一度の冒険として十分に黒字だ。何もこれ以上命を賭ける必要もあるまい。あたしは十分にがんばった。めっちゃがんばった。褒められて良いぐらいだ。
”残った宝を奪い尽くす”?”奥の層を先に見つけてやる”?そんな意地張って一体何になるというのだ。今思えば、ちゃんと隠れて動けば安全だと変な思い上がりがあったんじゃないだろうか。
もう完全に撤退ムードになっているアイシャの思考に引かれ、既に体は戻る為に立坑へ通じる順路へと向かっていっていた。
(――立坑?)
また立坑登るのやだなぁ、落ちたら怖いなぁ。完全に戻る際の心配をし始めた思考に、僅かにノイズが走る。
何か、引っかかった。家の戸締まりを忘れて出かけた直後の様な、心の片隅が抜け落ちた感覚。後ろ髪に引っかかってもう少しで思い出せそうな、そういう類のもの。
忘れている。何か、ある。採鉱道の盗賊達の気配や、移動の際の足音に意識を割きながらも、アイシャは残った意識をその引っかかりへと当て、意識の海に手を浸ける。
(……なんだろう……なーんか、引っかかるんだよなぁ……)
帰路は怖いぐらいに順調だが、思考の中で求めている何かは一向に思い浮かばない。
自分が何に引っかかっているのかがわからない。思いが形に出来ないもどかしさだけが残り続ける。
これでうっかり死体処理でするべき何かを忘れていた、とかであれば冗談にもならないのだが、思い返してみても出来る事は全部やったと思うし、見るべき所も見終わっている。
鏨を取ったにも関わらず、このまま帰る事への徒労感だろうか。そういう訳でも無い。冒険とは高度の柔軟性を維持しながら臨機応変に立ち回るものだ。未知の場所に対しては、ぶっちゃけどうしても行き当たりばったりになる。
故にこのまま帰ることも致し方ない事なのだ。その筈、なのだ。
気付けばアイシャは一切足を止める事無く、東採鉱道に戻ってきていた。立坑まで、もう少し。
「――あ」
その道を見た時、立坑を通じてこの場へ降りて来た時の事を思い出し、気付いた。
東採鉱道に流れる地下水流。激しさを持つ訳でも無いあの小沢は、立坑へと緩やかに流れ落ちていっていた。
近くには崖があり、太い蔦が茂っている。それこそ、人が軽々と登り下り出来るぐらいには。
(……有り得る。理由にもなる)
そんな場所の近くに、誰かがこっそり隠した”水切踵”。それもあの凄まじい悪臭は、ただのコレクションにしてはあまりにもこびり付いていた。
水流は立坑の下へと流れ込んで行き、落ちた水が叩き付けられる音は少なくとも聞いていない。誰だってあんな場所を降りたくは無いだろう。
もしかしたら、持ち主はこのアイテムを使って川を登っていたのではないだろうか。何の為?
(もしかすると、もしやするかもですよ)
そうして考えていると、立坑の手前である崖のある空間へ足を踏み込む。
崖際に寄り、蔦の下を見る。川には蔦が根を張っているだろう岸辺があり、それは自然として在りながらもアイシャの仮定をより色濃くする為の証拠にも見えた。
――上流の先に、奥へと通じる道がある。
「本物の”水ハネ”かどうか、試すぐらいの時間は残ってるでしょ」
思えばあの瓶詰めの漬物を発酵させた様な臭気を放つサンダルモドキが、本物であるかをまだしっかりと検証していない。
水辺であればそれを確かめられる。これでもしもただの
そう考えながらアイシャは荷物袋を担ぎ直し、中からでも僅かに自己主張してくる汚臭に顔を顰ませる。……なんかもう、確かめなくてもいいから今もうここから投げ捨てたくなってきた。
装備も武器も報酬も現地調達
君はお宝を手に帰ってもいいし、さらに奥へと進んでもいい。