トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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全然違うじゃないですか

「む、っと、ほっ……よっ」

 

 アイシャは崖に蜘蛛の巣の様に茂っている蔦を、崖の手前で引っ張ったりダガーで切ったりして、その強度が十分に自分の重さに耐え切れる物であると判断した後、早速蔦を使って降り始めた。

 いくら頑丈と言っても、一本の蔦だけでは目に見えぬ傷などから千切れる可能性はある。その為、右手には崖手前に打ち込んだ鈎付ロープを持ち、左手で蔦を数本まとめて手繰りながらアイシャはゆっくりと降りていた。

 複数の蔦を使えばその分負担は分散するし、たとえ体重によって蔦が切れようとも、同時に手に持つ蔦全てが切れなければ落ちる事は無い。最悪、鈎付ロープに体を委ねれば落下は防げる。

 最初から鈎付ロープだけで降りれば良かったが、蔦の強度次第では蔦のみを伝って降りる方が早い。なのでアイシャは降り始めの間だけ、両手でその二つを比べていた。

 

「……問題ないですね、さっさと降りましょ」

 

 どう降りても安定感が失われない蔦の頑強さを見て、鈎付きロープから手を離して縄部分を全て崖下へと垂らす。

 ロープ一本で下降するのは、体の揺れを抑えにくい事や、必然的に両手のみに降りる際の負担が集中する事から、どうしても時間がかかる。その分、掴む部分の多さに加え足場にもなるこの場の蔦は最良の”足場”だった。

 

「しゃっしゃっしゃーい」

 

 謎の掛け声を口にしながら、アイシャは梯子を降りる様に軽々と蔦を下っていく。

 これだけ頑丈な蔦ならば、気を使う必要も無い。右手右足、左手左足と交互に素早く四肢を動かし、垂直に近い崖を苦にもせず降りていく。

 降りる先が見えている安心感もあって、立坑を下るよりも何十倍も気楽だ。落下イコール死の深淵にロープと楔だけで立ち向かった時と比べれば、こんな崖などもはや道も同然である。

 そうしてアイシャは三分もかけずに、その崖の下まで辿り着いた。

 

「おいしょーっ。……よい、せ。じゃ、試してみますかね」

 

 崖の下からロープを角度を付けて引っ張り、鈎付きロープを強引に崖上から引き抜く。

 地面より外れたロープはその反動で崖から飛び出し、勢いのまま水流へと落ちる。それを岸から手繰り寄せ、回収したそれを鈎に付いた水分を布巾で拭い取り、ロープの水気を軽く切る。

 そうした鈎付きロープを縛り直し、再び仕舞う。それと交換する様に、左手で鼻を押さえながら荷物袋の中身を汚染し続ける元凶を人差し指と親指だけで持ち出した。

 

「コレ、使った事無いんですけど……魔力込めればいいんですかね」

 

 取り出した水切踵を見つめ、その使用法を考える。

 実の所アイシャも知識の中でこそ知ってはいるが、現物を見たことは無く、当然使ったことも無い。”これを足に付ければ水の上を走れる”、ただそれ以上の情報を持っていない。

 まぁとりあえず普通のマジックアイテムと同じ様に、魔力を込めてみよう。燭光石の時と同様に、アイシャは手に握る水切踵へ自らの魔力を分け与えた。

 

「お、おおっ?」

 

 そうすると、靴底に刻まれた虫の文様に光が点り、その光はゆっくりと外へ広がっていく。

 やがて文様に刻まれた虫の六本の足の部分だけが、靴裏の端より周囲を覆う様に虚空へ滲み出て、六つに分かれた淡い魔力光となってぼんやりと浮かび上がった。

 

「……この足――羽?で浮く、んですかね……」

 

 足裏から広がる燐光を見て、足というよりは薄羽だな、という感想を抱く。

 この羽で水上を浮かんでいくのだろうか。あるいは、水の上を僅かに飛翔するのかもしれない。こういった未知の現象を見るのもまた、冒険の醍醐味だ。

 アイシャは片足分だけを手に持って水流前にてしゃがみ込み、依然緩やかに流れ続ける水面に並行になるように、六枚羽の靴底を少しずつ近付けていく。

 後少しで水に触れようかというその時、大きな水音が立った。

 

「ぶわぁーっ!?」

 

 それと同時に、アイシャの顔から体までにかけて凄まじい水飛沫が襲いかかる。

 唐突な襲撃を無警戒で受けたアイシャはずぶ濡れになりながら、尻餅をついて気を動転させる。何だ。敵か。水の魔法か何かか。

 そんな事を考えていると、右手の方から異音が聞こえている事に気付いた。

 

「……こいつ、動いてますよ……」

 

 右手に持っている最中の水切踵は、広げた六枚羽を凄まじい勢いで動かしていた。

 それに伴い、水気を霧状にして飛ばしている。空気を叩き続ける羽は少しずつ勢いを緩めていき、やがてぴたりと止まった。

 まさか。ふと一つの仮定を立て、アイシャは再び水面に水切踵を近付ける。

 ある一定の距離に達した瞬間、水切踵は水面を拒絶する様にその羽を目で追えない程の速度で上下させ始めた。

 

「うわぎゃーっ!やめっ、やめっ!……お、おまっ、お前ーっ!」

 

 羽が水面を叩いた事によって、波打った水面は大量の水飛沫を上げ、アイシャに降りかかる。

 慌てて水切踵を上へと逃せば、水流は元の緩やかな流れを取り戻し、上からは六枚羽が纏った水分が弾かれて空気中で拡散し、薄い霧となって落ちてくる。

 そしてアイシャは、このアイテムの別称を今更ながら思い出した。

 

「”水ハネ”ってこういう事ですかい……!」

 

 水上を跳ねるから、あるいは使用者が水を跳ね飛ばして走るから”水ハネ”。そんなアイシャの思い違いは、目の前で起こった現実によって訂正される。

 単純に、このアイテム自体が凄まじく水を跳ね飛ばすのだ。浮遊の魔法具の一種かと予想していたにも関わらず、実際はとんでもなく物理的な仕組みの魔法具だった。

 

(思ってたのと全然違うじゃないですか)

 

 弾くべき対象から離れ、羽の動きが収まるのを見ながらアイシャはなんとも言えない顔で水切踵を見つめた。

 仮にもマジックアイテムなのに、神秘をまるで感じさせないのはちょっとどうなんだ。

 二度弾かれた水を受けてしまい、長い髪は水気を吸って頭や首に張り付いてまとまり、上半身の白いシャツは透けて下に着ている物が露わにされている。

 

「……まぁ、誰も見てないからいいですけど……」

 

 色気の無い簡素な下着が肌と共にシャツ越しに浮かんでいるのは落ち着かないが、どうせ誰も居ない場所だ。多少の羞恥こそあれど、いちいち気にしてもいられない。

 想定外の効果ではあったが、一応マジックアイテムは本物だった。それなら、予定通りだ。

 水切踵のベルトをブーツの上から足に固定していき、靴裏に取り付ける。足を軽く動かし、ズレない様に少々窮屈な程にベルトを締め直す。

 どうやら魔力の羽は水以外は弾かないようで、付けている最中に地面やアイシャの手、ブーツなどをすり抜けていた。水に近付けて初めて動き始める所を見ると、水気を識別する機能があるのかもしれない。

 

「よーし、いざ!……いざっ……!」

 

 準備を終え、意気揚々と水辺へ足を出そうとする。が、あと一歩の所で止まる。

 これで水面に浮かばなかったらどうしよう。っていうかこんなんで本当に水面を走れるのか。自前の慎重さと臆病さが再び顔を出し、迷いとなる。

 水流は勢いが無く、落水したとしてもどこかに捕まる事は出来るだろう。そうとわかっていても、「水の上を走る」という常識外の行為に対しての抵抗が体をその場へ留めたがった。

 それでも”冒険者”か?勇気によって未知を拓く、そういう精神が冒険者の誰にだってある筈だ。そんな自問自答を経て、なんとか覚悟を決める。

 

(――やる)

 

 覚悟を決め、余分な雑念は心の外へと追いやる。

 そうだ。あたしはついさっき死線を潜ってきた。あの時の恐怖に比べれば、なんて事は無い。

 行くぞ。お宝が、待っているんです。

 そうしてアイシャは、足先に力を込めて岸辺から跳び出し――

 

「ぬわぁあーっ!!?」

 

 ――水面を弾く羽の反発力にバランスを崩し、水中へダイブした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……ひどい目に遭いました」

 

 すっかり濡れ鼠になったアイシャは、落水する前に咄嗟に岸へと投げ捨てた荷物袋とランタンが塗れていない事を確認し、落ちた時に消えたランタンの火を灯し直す。

 水流に土や泥が多く混じっておらず、比較的綺麗なものだったのは不幸中の幸いだった。これで泥まみれになっていたら気分を立て直すのに時間がかかっていたことだろう。

 実際問題、時間をかけている余裕は無い。この一連の間に周囲に誰も寄ってこなかったのは、運が良いのか、そもそも東側に誰も来ていないのか。しかし猶予は見えないまでも確実に減っている。

 水遊びはここまでだ。今度はキッチリ、落水する事なく水面を走っていく。

 

(水面より少し上で羽が動き出すから、早めに足を動かす必要があります)

 

 先程冒したミスについて見直し、何故そうなったか、どうすればいいのかを考える。

 水に着水する瞬間に蹴り出そうと、通常走る際と同様に足裏の感触を待った為、その意識のズレが体勢の崩れになった。要は、タイミングを盛大に外してしまっていた。

 水面に足が付くより少し前、空中にいる時点で足を蹴り出す必要がある。それさえわかってしまえば、もうミスはしない。見た目より少し高い位置に透明な地面があると思えばいいのだ。

 反省を終え、成功するイメージを立てる。空を蹴る。それを理解してさえいればいい。

 深呼吸を一つして、アイシャは水流の先の暗闇を見据える。そして小さな岸の端から助走をつけ、前方へ高く跳んだ。

 

「っわ、た!!っと、はっ!ぬ、あっ、ほっ!」

 

 空中で動き出す六枚羽が水面を拒むのに合わせ、足を上げる。体重によって水中へ沈むよりも先に、多くの反発力を得た足裏で水面を蹴り飛ばし、前への推進力に変える。

 さすがに慣れない感覚に足と体は戸惑い、少し体は前後左右へ傾きブレるも、イメージした甲斐あって足がもつれたり体がバランスを崩す事は無い。

 十歩ほど水流を逆走していけば、要領は掴めた。

 

「ふっ、はっ!お、おおっ!なんかっ、ニンジャっぽい、ですね!」

 

 極東の国に存在するとされる異国の暗殺者は、魔法とは異なるジツを使い、四角の翼を広げて空を飛び、水上を滑る様に走り、森と一つとなって隠形し、口からはドラゴン顔負けの火炎を吹くとされる。

 表舞台には現れない存在の為、未だにはっきりとした情報は無いが、本当に水面を走るというのならこういう物なのだろうなと、足が水に沈まない様に必死に動かしながらも思った。

 足を動かすのを止めれば、いかに光の羽の補助があろうとも、体重に負けて水中へ沈む。しかも足が水面に近付く度に、魔力がばしゃばしゃと水を叩く音が鳴り、脚は水中に沈まずとも水飛沫だけで太腿まで水浸しだ。

 

(……こりゃ人気出ない訳です)

 

 水面を走るという感覚は面白いのだが、使うのにコツがいる上にメチャクチャ疲れる。

 その上水音は鳴り続けるので、隠密時には全く使えない。アイシャは今なお脚にシャワーを浴びせ続けるこの代物に対し、既に二度と使わないだろうという思いを強く抱いていた。

 

「――ふっ、うっ。ひー、あそこで一旦休憩しますか」

 

 そんな事を考えながら水上を必死で疾走していると、水流の端で突き出た足場が先に見えてくる。

 水面を蹴り飛ばし、足場へ跳んで両脚で着地する。走った距離自体はそれほどでも無いが、勝手に動く光羽に合わせながら走るという初めての経験に、疲れは早く溜まっていた。

 辿り着いた足場で深呼吸を何回か繰り返していると、足元の光が消えていく。どうやら水切踵に込めた魔力が切れ、光の羽が消えてしまったらしい。

 

「あたしのヘボ魔力でもここまで持つなら、十分ですね」

 

 実際の所、込めた魔力量を考えれば効果が長持ちした方だ。

 アイシャが使って約三分といった所か、魔力の扱いに長けた者が使えばもっと持つだろうし、あるいは上手く魔力の流れを操れば走りながらでも足から魔力を込めて長続き出来るかもしれない。

 さすがにそんな曲芸の様な事に挑戦する気も無いので、素直に靴に手を触れて魔力を込め直す。再び力を込められた靴底は、文様を輝かせその足羽を大きく広げ直した。

 

「動かなきゃカッコいいのに……」

 

 足から光の羽が生えるという、見た目だけならいかにも幻想的な見た目も、肝心の使用時の様子を思い出せば有り難みの欠片も感じられなくなる。っていうか、それ以前に単純に臭い。

 ままならないものだ。どうにも吟遊詩人の語る様な冒険譚とは縁が薄いらしい自分の道程に、顔を顰める。

 とはいえ、アイシャの求める物はやり甲斐や浪漫といったあやふやな物ではなく、明日の命と物種、そして生活を楽にする為のお宝である。

 そう思えば、むしろ不格好でも前に進む事の出来るこのアイテムはアイシャにピッタリの物だと――言えない。言いたくない。うるさいし臭いし最悪です。単に使ってやってるだけです。

 

「……ほっ!はっ、っと、りゃっ」

 

 二度目の水上疾走を始め、最初よりは慣れた足取りで水面を弾いていく。

 ばたばたと小刻みに震え続ける羽の動きに誤解していたが、必ず水面に近付いたある一定のタイミングで決まった反発力が得られ、その瞬間を見極めて膝を動かせば体力の消費は抑えられる。

 慣れてしまえば、飛び石の上を跳んでいくようなものだ。コツを掴んだアイシャはより長い距離を目指す為にも、走る速度を少し落として体力を温存し始めた。

 

「っふ、と、はっ――おぉ?」

 

 次第にどれだけ長く走れるかを試してみようか、などと考えるほど余裕が出てきた頃、水流の先に再び足場が見えてくる。

 それも先程の様に、水流の端に出っ張った岸の形では無く、開けた空間の真ん中にある突き当りの壁の手前に半円の小島が浮かぶ様な形でそれはあった。

 その左右からはそれぞれ半分程の幅の水流が中央足場の手前で合流し、今アイシャが走っている水流となって流れ込んできている。

 分かれ道――道では無く瀬だが――が目に入り、次に行くべきは左か、右か。しかしその選択肢は、その足場の全てがランタンの明かりで見えた時に一目で消え去った。

 

「――見つけた」

 

 小島に足を付け、壁の真ん中にある空洞と、その奥の闇を見据える。

 人一人分ほどの幅と高さが偶然にも空けられたその狭い穴は、ランタンの明かりだけでは奥まで照らせない。グラディウスを抜き、剣先で道の傍の壁を叩き音を響かせてみる。

 反響音は奥へ奥へと続き、音の元へと返る事無く奥に消え去った。その事実は、この穴が”道”である事を如実に示していた。

 

「っしゃあー!今度こそ一番乗り、です!」

 

 グラディウスを鞘に納め、アイシャは小さくガッツポーズを作り勝利宣言する。

 いくらなんでもこんな場所に道があるとは盗賊団の誰も想像しまい。魔術師が既に命を落とした以上、水上を走る、あるいは飛んでくる事などそうは出来まい。

 そう考えれば、あそこで魔術師を仕留める事が出来たのは追い風かもしれない。神は言っている、あたしに進めと。都合良く神の有無を決めながら、そう勝手に解釈する。

 

「……っくし!……んむっ」

 

 さぁ進もう、といった所で軽いくしゃみが体と意思を留める。

 冷静になって自分の体を見てみれば、体を濡らす水分は冷え切り、塗れた服が体温がずっと奪い続けていた。走っている時は気にならなかったが、さすがにこのまま体を冷やしながら進むのは、毒を受けている事にも等しい行為だ。

 どうせ、こんな場所には誰も来ないだろう。周囲は水流に囲まれ、近くにあるのは未踏の道のみ。今いる小島はそれなりにスペースがあり、小休憩には丁度いい。

 

「気ぃ張りっぱなしだったし、ちょっと休みましょっか」

 

 ちょっと休もう。アイシャはその場でランタンと荷物袋を置き、そこから布巾と薄毛布を取り出す。

 一応左右に目を向けて、本当に誰もいないか、野性の動物などがいないかを確認した後、レザーコルセットを緩めて胴より外し、思い切ってその場で着ている物を脱ぎ捨てた。

 




クイックメニュー→早着替え→シーツ(毛布)

じゃあ俺、オーレクタ起動してグラフィック確認してくるから……
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