トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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ウハウハですよ

「ふんっ!……さ、さむいぃ……」

 

 自らの肢体を布巾で全体的に拭き終え、胸から毛布一枚を纏っただけの状態で、アイシャは自分の服を水辺で絞り、水気を落としていく。

 が、アイシャの腕力では完全に水流に浸ったシャツや下着の水気を取ろうとしても、中途な所で終わってしまう。声を上げて気合を入れた所で、元々の力不足はカバー出来ない。

 下着は撥水性の良い物を選んでいるので、少し地面に広げて置いて後は着干しで十分だとは思う。だが、目一杯水分を吸ってしまっていたシャツはそうもいかない状態だった。

 

「ぬうう……仕方無い」

 

 どうあっても水気の落ちないシャツを睨み、アイシャは地面に布巾を広げ、その上に自身のシャツを広げる。

 その後、自らの素足で上から踏みつけ始めた。

 

「酒屋の娘はブドウを踏んでるのに、あたしはベタベタしたシャツです……」

 

 体重をかけて水分を布巾に押し付ける自分の姿が、ワイン作りの際に果物を搾汁する足踏みを一瞬連想とさせるも、足裏から感じる水気と布地の感触が自虐的な感想を抱かせる。

 本来は綿の織物に押し付ける様にする乾燥法だが、やらないよりは遥かにマシだろう。下に敷いた布巾の大きさ分だけシャツを踏んでは、少しズラしてまた踏み付けていく。

 森の中であったならその辺の石と生木を使って焚き火でも作る所なのだが、こんな場所に薪がある訳でも無い。どれだけ踏んでも水気が取り切れる訳でも無いので、また着る時が憂鬱になる。

 

「臭いもヒドい事になりそうだなぁ……帰ったら精油でも買わないと……」

 

 生乾きの臭いは根強く残る。そうなれば匂い袋で上から良い香りを付けた所で、元の臭いと混じって逆に汚臭となり得る。

 となると、元の臭いを消す為に消臭用の精油が必要になるが、いかんせんあれは高い。ボッてるんじゃないかと思う程、小瓶一個の値段は文字通り桁が違うのだ。

 もう絶対許さないからな水ハネ。帰ったらお前は即売っ払って、金貨から精油となって生まれ変わり、あたしの良い香りの一部となって生き続けるのだ。

 八つ当たり染みた力でシャツを踏み付け、アイシャは帰った後の予定を決定した。

 

「――よし。まぁ……うん。とりあえずこんなもんでしょ」

 

 踏む過程で付着した地面の砂を手で落とし、半乾きのシャツを体の前に広げる。

 正直まだ着たくは無いが、風の通りも悪いこの場所で自然乾燥を求めるのは難しい以上、自分の体温で乾燥させるしか手がない。

 暖かな毛布に別れを告げ、冷えた下着とシャツを着て上からレザーコルセットで固定する。そしてブーツに足を通して紐を締め直し、格好がいつもの軽装に戻る。

 ……やっぱ寒い。一度は別れた毛布を上から被って暖を取り、関係をやり直す。

 

(なんて茶番をし続ける訳にもいかないんですよねぇ)

 

 だがそれも束の間、毛布に残った熱だけが目当てだったとばかりに、すぐに毛布から体を離して小さく畳み、荷物袋の中に戻す。

 実際問題、早く先を確認しておきたいのは確かだ。拙速は巧遅に勝り、冒険は早い者が勝つ。

 よくよく考えたら、これでこの先の道が崩落してた場合、事態は最悪に近い。戻る際には再び水ハネを使う事になる。そんな状態で近くに盗賊か幹部がいれば、あの自己主張の激しすぎる水切り音で位置を知らせてしまうだろう。

 所持する食糧の数を考えれば、こんな狭い場所で籠城してほとぼりが冷めるのを待つという手も使えない。っていうかこんな何もない場所に居続けるとか、普通に嫌だ。

 

(あれ、もう進むしか無くない?引き際失ってないです?)

 

 今更な感想を抱く。間違いなく安全に戻る事が出来る、最後のチャンスは失われていた。

 これ奥行った後、戻る時どうしよう。体と共に頭の中が段々と冷えていき、その片隅に常にあった慎重さが、失われた身の保険を嘆きわめいている。が、もうどうしようも無い。

 せめて奥にちゃんと繋がっていて下さい。そんな願いをかけて、ランタンを片手に目の前の洞穴へと踏み込んだ。

 

「”奥の層”、かぁ。何があるのやら」

 

 背中を気にする必要が無くなった為に、前方にのみ警戒のアンテナを張りながらアイシャはただ行くか戻るかしか出来ない、横に腕を伸ばす幅すら無い一本道を歩き続ける。

 剣すら振れないので、代わりに魔術師から奪ったダガーを前に構えていく。こんな狭い場所で魔物と遭遇するなどそうは無いだろうが、万一の事があれど構えてさえいればそう不意は打たれない。

 次第に狭い洞穴は道全体がうねり始め、左に右に、上に下にと蛇行させられる。分かたれる様子も無い狭き一本道は、次第に方向感覚も狂わせ、今自分がどの位置にいるのかもわからなくさせる。

 蹴った小石が概ね奥へと転がっていく事から、少しずつだが確かに下へと向かっているというのは確かだ。その先に一体何があるのか、改めて思案する。

 

「わかんない事、結構あるんですよね……」

 

 ただ歩くだけという状況になり、余裕が出てきた事でアイシャの頭がこれまでの情報を整理し始める。

 まずアイシャがここに来る切っ掛けとなった地図。古エルスタン語で”星の眠る窟”という名が付けられたこの遺跡だが、まずここがおかしい。

 古エルスタン語が使われていた時代の遺跡ともなれば、様式は限られる。一口に言い表す事も出来ないが、その当時最も発達していたのは魔法迷宮形式――ぶっちゃけ魔術のゴリ押しによって拓かれ、魔術によって強引に維持され、魔術により複雑化させた、そんな工夫の欠片も無いマジカルゴリラ建築なのだ。

 第二層の、まるで箱の中身の様に平坦に造られた通路や空間などはまさにそれに近い。だが、第一層や第三層は明らかに人の腕力によって拓かれ、しっかりと考えられて支保された空間だった。

 

「この二枚の地図にしてもヘンですし」

 

 この二つの差異は、宝の地図と坑内地図にも言える。

 場所を示す地図では古エルスタン語が使われているのに、坑内地図にはほぼ現代に近い最近の言語が使われている。

 幹部三人と出くわした時に耳にした、奴らが持つ”相当古い地図”についても気になる。あの時は思考中に探知の術を使われ、見つからないようにする事とそこから離れる事で頭が一杯だった。

 実際の所は見てみなければなんとも言えないが、しかしその内容を想像する事は難しくない。

 

(アイツらもあたしの宝の地図(アレ)と近いものを根拠に、ここに来た)

 

 これまで未発見の遺跡を、別の入口からとはいえ見つけた事。古い時代の地図を当てにしていた事。ここのロッカーにあった坑内地図と違い、第三層の描写は不十分だが奥の層について記載されている事。

 全てを踏まえて考えれば、一番有り得る可能性はそれだ。ここが”星の眠る窟”と呼ばれていた時代に書かれた地図が複数あり、それを手に入れた盗賊団がここへ先んじてやってきていた。

 ただ、地図が書かれた当時からこの場所は大きく様変わりした。いつ頃かはわからないが、この場所は鉱山となった。その時の状態を書き記したのが、アイシャの坑内地図なのだろう。

 

「……まぁ、それがわかったからって何になるって話ですよね」

 

 今考えた仮定が正しいとしても、状況ややる事に変化は無い。

 盗賊がこの場所までやってくる事は有り得ないし、自分が奥へ行く事も変わらない。せいぜい見つからぬ奥の層への入り口を探し続けるだろう間抜けな幹部達を、思い切り心の中で笑ってやれるぐらいだ。

 ふはは、悔しかろう。お前たちの探し求めるものはずっと見つかりはしない。あたしの命とお宝を奪おうとした天罰です。ざまあみやがれです。

 思わず底意地の悪い顔になろうとするのを押し留めるも、アイシャはすっかり根に持ってしまっていた。

 

「――ッぬうぉあーっ!?」

 

 ここにいない者の事を馬鹿にする事に意識を割いていたせいか、アイシャは道が急激に勾配が下がっていた事に気付かず、何もない空間に足を付けようとしてその場から落下した。

 落とし穴の様に下へと抜ける道――いや縦穴を、真っ直ぐ体が落ちていく。地面が近い。ランタンの明かりの内にすぐ見えた落下先を見て、ノータイムでアイシャは衝撃に備える。

 ランタンを持つ左腕を上げながら、両脚で地面を受ける。瞬間、足の関節を曲げながら体全体を前屈させ、自身の重みを上から下へと伝達する事で、着地時の衝撃を最低限に留めた。

 

「……ふ、ふふっ。そんな何度も着地ミスる程、間抜けじゃあないんですよ」

 

 じんじんと足裏から膝までに跳ね返ってきた自身の重みに対する痛みを誤魔化すように、アイシャは不敵に笑う。

 この遺跡に入った直後の様に、尻餅は付かなかっただけ最低限の面子は保ったと言えよう。誰に対する何の面子だかわからない、という理性からの訴えには聞こえないフリをする。

 

(ここが終点か)

 

 空気が顔を撫でていき、ランタンの明かりが全て横へと広がっていたのを見て、開けた場所に出た事を理解する。

 足の痺れも抜けてきた。その場で立ち上がり、まずは上を見上げて先程の縦穴を確認する。

 壁際に沿った天井にある穴の先はランタンでは角度的に照らせないものの、一秒かそこらで地面に着地した先程の事を考えればそれほどの深さでは無い。

 側面を見れば、十分な凹凸を持つ岩肌が縦穴の上まで続いている。これなら鈎付きロープを投げる必要も無く、手足をかけるだけで上の道まで戻る事が出来るだろう。

 

「水ハネ持ってた人もここ登り下りしてたんですか――ね?」

 

 自分が登り下りしても耐えうるかどうかを確かめるべく、アイシャが岩肌に手を触れる。

 が、そうして掌を広げて壁の突起を掴んでいると、触れた指の間の岩肌の色が変わるのが見えた。

 

「……え?……まさか」

 

 気のせいかと思ってもう一度見直すも、周囲に比べてアイシャが手にかけた壁だけが僅かに変色している。

 どこか見覚えのある色の変化を見て、左手のランタンを一旦地面に置き、遠ざけてみる。

 明かりが遠ざかった事で、変化は顕著に浮き上がる。岩壁の触れた部分だけが、僅かだが()()()()()()()()()

 

「……ま、まさ、か」

 

 触れた部分の発光はそれほど強い訳でも無く、点々と小さな砂粒の様な輝きが散らばっている状態だった。

 意図的に魔力を込めた訳では無いが、これは間違いなく燭光石の輝きだろう。触れた場所に高純度の燭光石の粒子が埋没しており、アイシャの手を通じて魔力を吸収して反応・発光した。

 だが、そんな事実は脳裏に走った想像に上書きされる。なんでもない場所に見えた岩壁に、燭光石が埋没している。

 まさか。いや有り得る。アイシャは腕を伸ばし、そこから一歩分離れた岩壁に触れてみる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ここら一帯、ぜん、ぶ?」

 

 手を離せば、壁面の発光は消え失せて明かりは足元のランタンの物のみに戻る。

 その状態で、アイシャは暫く立ち尽くした。魔力を意図的に込めずとも、触れるだけで輝きを放つ程の高純度の燭光石の鉱脈が、目に見える範囲全て――いや、目に見えない所にまで続いているのだろう。

 それだけ純度の高い結晶など、見たことも聞いたことも無い。それはつまり、流通の多い燭光石といえど希少性の高いものと言える訳で。そこまでいけば、価値は宝石となんら変わりない訳で――

 

「ふ、ふふっ、ふふふ……っ」

 

 アイシャが口元に手を当てるも、頬が吊り上げた唇の端から抑えきれぬ笑いが漏れてくる。

 これ程の純度の物が埋没しているのなら、いかに砂粒の様に細かく埋没していようと鉱山としては見逃す手が無い。だがここは手付かずの、自然の形そのままの岩肌が残っている。

 つまり、ここは第三層まで坑道として拓いた者達の目からは逃れた場所だ。壁の続く限り、この高純度の燭光石の層は続いており、そしてこの場に立つのは自分ひとり。

 

「はーっはっはっは!!ウッハウハですよーっ!」

 

 ついに溢れた思いをもはや隠そうともせず、アイシャが声を出して笑いを上げる。

 もはやここは目の届く限り、どこまでも金貨が埋まっている状況と変わらない。魔石の掴み取りショーですこんなもん。しかも上限も制限時間も誰かに設定されている事は無く、止め得るのは自分の裁量のみ。

 アイシャの高笑いだけが、暗闇の続く洞窟内にどこまでも広がっていった。

 




アイシャ「はい勝ちー(あたし以外の競争相手はいない為)」

感情表現が豊かなアイシャちゃんすき
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