トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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クワバラです

「――あたしのさっきまでの苦労はなんだったんでしょう……」

 

 目の前に広がる光景に対し、口を開けた状態で目を擦ったり、足元の燭光石の砂の純度を確かめたり、そして再び今いる場所の異様さに呆然としたり――無意味な事を数分繰り返した後、アイシャの口から出た第一声がそれだった。

 口や意識は未だ非現実的なこの場所に浮かされていたが、身体はちゃっかりと動いている。地面に膝を付いて、掻き集めた足元の砂を小さな革袋に入れていく。出来れば満杯にまで入れたい所だったが、手探りではさすがに限界がある。

 天井から地面、谷底や崖面まで、あらゆる場所が燭光石の結晶でひしめいた洞窟。恐らくはこの空間こそが、幹部達の地図に描かれただろう”奥の層”であり、そしてアイシャの古地図にあった”星の眠る(いわや)”そのものだ。

 僅かな振動を拾っているのか、天井からは頻繁に細かな石粉が落ちて来ており、アイシャの顔や首、胸元などの肌に落ちて触れては砂よりも小さな燐光を発していた。

 

「なんかこの手袋、光るマジックアイテムって言えば売れそうですね……」

 

 その粉によって肌が僅かに照らされては、アイシャはその部分を指貫きの手袋、その掌部分で払い落としていきながら、この場に在るモノからすればさしたる価値にもならない皮算用を思い浮かばせる。

 上から振る粉末も、加工した触媒に匹敵する程に純度の高い代物だ。だが、地面を掻けば小山を成して集まるほどのモノに、いちいち頓着はしていられない。

 一体どれだけの金になるだろうか、そんな気持ちすら過ぎ去り麻痺した。それよりも、この幻想的な光景の中に居続ける事に対し、アイシャは少々の不安を抱いていた。

 

「……今の所、妙な虚脱感は無い、ですね。ちょっと不安ですけど……」

 

 燭光石には魔力を吸う性質がある。それは魔術師との戦闘でハッキリした。

 ――この世のあらゆる生物は生命の内に魔力を宿し、それは言うなれば”魂の発する力”であると言える。身体が呼吸する様に、生きる魂は魔力を生み出しては体内を巡り、滞る事が無いように外へと漏れ出す。

 例えば「霊視」という魔術は身体を巡る魔力を把握・可視化するモノで、たとえ物陰で気配一つ無く隠れていようと、生物・非生物を区別した上で隠れた者を「魂の光」として目で捉える。

 ここで重要なのは、魔力とは生物の魂とセットであり、それが奪われ続けるのは身体から酸素が抜ける事に等しい、という事だ。

 

「うん、大丈夫。肌にさえ触れなきゃ光りませんし」

 

 高純度の燭光石は、アイシャの意思で魔力の(みち)を繋げるまでも無く、単純接触だけで光を帯びる――つまり、アイシャからいくらかの魔力を吸う事で光を放つ。

 主に対魔術師の罠の話だが、魔力を奪い対象を拘束するモノが存在する。魔術師が魔力を無くせば術の行使も出来ずに危機に至るが、魔術に縁のない一般人であってもそれを受け続ければ衰弱・命に関わる罠だ。むしろ、身体の魔力容量が少ない者にほど生命的には危険と言える。

 周囲の景色は誰かの手が入った様子も無い、天然の結晶洞窟だ。しかし、人為的な罠でなくとも、燭光石の性質があればそれに近しい自然の罠になり得る。

 が、少なくともアイシャはまだ呼吸の苦しさや魔力の減退による気怠さなどを感じていない。狭い空間で高純度の結晶と触れ続ければ危惧した事態にもなり得ただろうが、この場で居続ける程度であれば平常の魂の代謝程度で十分賄えるらしい。

 

「……さて、と……あれは採れますかねぇ」

 

 小袋の半分より少し足りない程度の量まで結晶の砂を集めて容れ終えた所で、次にアイシャは首飾りの光を崖下へ向け、崖の半ば程からを埋め尽くしている結晶の密集地を見る。

 天井に見えたものよりも大きく、そして透明度が高いように見える。あれらを所持する革袋一杯にまで持って帰れれば、それからの夜道を警戒する程の資産を得られる。

 金貨何百――いや、何千枚になるのか。これだけの高純度のものなど、そもそも市場に出回らず、王侯貴族への貢物に等しい代物だ。故に、アイシャは価値を考えるのをやめた。

 この景色を理解した初めは卒倒しかけたが、正気を取り戻した時に胸にやってきたのは悟りに近い冷静さだった。あまりにもスケールの大きなモノを見てしまうと、もはや狼狽や焦燥など抱く余地が無い。

 故に、仕事の一つとして考える。即ち、この景色(なか)からどの宝を、どのようにして持って帰るか。トレジャーハンターの、無限の択一。

 

(崖面はほぼ直角、足をかけるのはまずい。……鈎付きロープを手前に引っ掛けて、一番近場(てまえ)の結晶を鏨で取っていく、か)

 

 自前の明かりでもその谷底の闇は晴らし切れていない。落ちてしまえばもはや宝の価値どころではない、というか普通にここを降りていくのはこわい。

 ロープもその大半は二層から三層までの立坑で使用した。今アイシャが所持しているロープ類は、せいぜい十メートルの物一本と、愛用の鈎付きロープだけだ。

 胴を鈎付きロープの縄部分に結び、その長さで届く位置で石工の要領により、崖から結晶を削り出す。ひとまずの方針を固め、早速アイシャは鈎を崖の手前へ打ち込み始めた。

 

「ふっ、ぬっ、ふっ――あ゛っ!?」

 

 手持ちの小型ハンマーを振り、軽く鈎先を打ち込んでいく。地面にヒビが入る程の力で打ってはいけないが、正真正銘の命綱となるその根を”ただ突起にひっかけただけ”で済ませる訳にもいかない。

 が、数度ハンマーで先端を打ち込むと、鈎先の地面にヒビ割れが走り、そこから止める間もなくその場所だけが音を立てて地より崩れて離れた。真っ当な地面や岩にしては、余りにもその感触は脆く感じられた。

 

「……あー……これ、地面の中も結晶化してるんですね……そりゃ脆いわけです」

 

 あまりの感触の軽さに妙に思い、崖から一歩離れた所に鈎を打ち込んでみれば、そこも同様に割れ砕ける。その地面の破片に光を当てれば、僅かな反射光が見えた。

 この地層には到るところに燭光石が埋没している。それも、どこに触れても表面の時点で発光を放つほどの場所だ。地面までもが土と岩と結晶片で構成されており、それがこの地盤の脆さと繋がっている。

 たとえるならば、燭光石を介して岩の間に常に見えないヒビがあるようなものだ。これでは、縁にロープをかけて降りるにはあまりにも危険だ。

 

「ココはダメですね。次行きましょう」

 

 自分でもびっくりする程に崖に生える結晶に早い諦めを付け、アイシャはロープ類と道具をしまって立ち上がった。

 どこを見ても値千金の景色だ。それ故、一箇所に拘る必要も無い。首飾りを左右に向ければ、そのどちらへも崖際の地面は続いており、その先にも暗闇が広がっている。

 歩いている内に結晶が採りやすい場所も見つかるだろう。これはそれまでの都合の良い願望では無く、ほぼ確実な事実だ。

 

「……はぁ。なんか……もう……あの……」

 

 崖際続きの足場を右に歩きながら、アイシャの心情は冷静になりすぎて虚無に至ろうとしていた。

 本来なら諸手を挙げて大喜びするべき所だ。この景色の中にある結晶群は、仮に全てを採れれば奥地に住まう竜の寝床に転がる財宝の山に匹敵するだけのモノだ。この場所について情報を提供するだけで、ギルドを通じて莫大な資産が国より贈られる。そのぐらいに、希少性の高い場所だ。

 が、先程まで鏨片手に向き合っていた空間に降りて来た時()()()大喜びしたので、既に歓喜に体が飽きている。さらに言えば、自分がそんなとてつもない大発見をしたという実感がまるで沸かない。

 リスクを負わずに仕事をこなそうという自分の冒険スタイル上、こういった事は経験が無い。自分は竜殺しの英雄でも無い、故に大量の財宝が眠る迷宮・生活圏より大きく離れた未開の土地など、いかにも著名な冒険者が初めて見つける秘境など、縁が無い物と思っていた。

 ハッキリ言うと、アイシャの根性はこの場においてもどこまでも小市民でしかなかった。

 

「こういう場所、ホントあるんですね……」

 

 歩きながら崖下や天井、上から降り落ちる石粉を見ては、それら全てが宝石に等しい価値を持つという事実を受け止めきれず、どうにも脱力感から肩が落ちてしまう。

 富籤の一等を当てるよりもとんでもない発見をした。そんな実感が、湧いてこない。

 無心、或いは無我に等しい状態のまま、アイシャはこの未踏の地にゆっくりと足跡を刻んでいく。こんな場所、好きに歩き回っていいんでしょうか。誰に許可を取る必要も無いのに、そんな思考が生まれる。

 

「――むっ」

 

 冷静な錯乱を保ったままアイシャが歩き続ければ、明かりを向けた先に地面が崩れている場所を見つける。

 足を止め、周囲に光を向ける。アイシャが鈎を打ち込んだ地面の様に、その先の道はあちこちが割れた面を見せ、足を乗せるだけでも崩れ落ちそうな飛び石の様に、無数の隆起と崩落によって構成されている。

 と言っても、足一つ乗せる余地が無い、という訳では無い。その間隔の空いた足場も、アイシャにとっては「道」と言えるだけのスペースがあり、それぞれへ跳び乗っていけば先へも進めるだろう。

 ――普通の地層であったなら、だが。

 

「どっこいせ、っと」

 

 その場より離れた地面に腰を下ろし、鏨と石頭を取り出す。壁面相手に何度もやってきた様に、今度は地面に埋没する岩の石目を見て鏨を打ち込み、その部分だけを切り離した。

 石工に勤しんでいた壁よりも遥かに簡単に掘り出せた掌一つ分の岩を、アイシャは目の前の崩落した道、その足場部分へ向けて手首のスナップを使い軽く放り投げつける。

 足場部分へ当たった瞬間、岩がぶつけられた場所からはその音だけでなく、石目を狙って鏨を打ち込んだ時に近い鋭い高音が混じって聞こえてくる。その音だけで、足場の状態がハッキリとわかった。

 

「あー、やっぱモロいですね。ひゃー、クワバラクワバラ、です」

 

 その一投が予想を確信へ変え、アイシャは石を当てただけで罅割れた足場を細い目で見る。

 この調子では、あと二・三回も岩を投げて当てれば足場も崩れ落ちるだろう。

 足場の先へ光を向けても、崩落の大小こそあるが先について完全に把握は出来ない。つまり、この先が行き止まりのただの崖だった場合、崩れ落ちる寸前の足場を跳んで戻るしか無い。

 さすがに戻る保証も無い場所を「道」として見ることは出来ない。アイシャは踵を返し、今度は先程の場所から左側へと進むことにした。

 

「こりゃ、目に見えないトコ相当やられてますねー。崖際は全部アウト、かな」

 

 綺麗な薔薇には、といった風に景色の中に確実な危険が混じっているこの層に対し、十分な注意を持ってなるべく道の中央を歩く事を意識するよう、自身に厳命する。

 鈎を刺しても固定出来ず崩れる崖、小石の投擲で崩れかねない道、いとも容易く石目を割れる地層。幻想的な光景の中に潜む危険と現実が、少しずつアイシャの意識を平常へと引き戻していった。

 ここはそれまでよりもずっと危険な遺跡――いや、誰の手も付いていない事を考えると洞穴か――だ。元来自然というのは魔術師や魔物、人的な罠よりもなお広大かつに危機を保持している。いかに現象の一部を意のままに従える魔術師と云えど、大気の空気が不足すれば死ぬし、谷底へ落ちても死ぬ。

 自然とは法則であり、人は法則の内でしか生を許可されていない。欲張りそこから逸脱しようとすれば、待つのは目の前の宝を何一つ得られぬまま果てるという人生の最低のゴールただ一つ。

 警戒すべし。盗賊より、この景色は死を運ぶ。心に言霊の楔が打ち込まれ、アイシャは胸元でそれを握った。

 

「はてさて……こっち側にゃ何が、ありますかねー?」

 

 崖の端は僅かに崩落が見える時もあるが、先程のように道が途切れている事は無い。一歩ずつ、誰一人足を踏み入れたことのないこの場所を確実な足取りで踏み締めていく。

 死への覚悟が戻ってくれば、もはやアイシャの中の”冒険者”にブレは無くなる。死と隣り合わせ、しかしそれは冒険者にとっては元より日常の一つに等しい事なのだ。

 手の届かぬ宝の山に目が眩んで一歩先の死が見えない者は、いずれ果てる。百も承知だ。だからこそ、笑う。目の前の”未知”に対して、不敵に振る舞うべく笑顔が浮かんでくる。

 人と相対するよりは、危険な場所を探し回る方が自分に合っている。良いじゃないか。秘境、危機、踏破、確認。魔物や人間と相手取って剣を振るうより、余程納得の行く冒険だ。

 安全だが危険。そんな相克を孕むこの場所の先にある物へ、アイシャは期待で胸を躍らせた。

 

「――おっ、なんか広くなってる」

 

 全てが平坦という訳でも無かったが、歩くには困らない崖際の道を経て、ようやく明かりの先の道幅が開ける。

 その場所は壁からも離れ、見渡せる位置に壁面や終わりが見えない程広々とした場所だった。靴裏からの感触が硬い所から、この場所は崖際と異なり坑道に近いしっかりした地盤を持っているらしい。

 しかし、その代わりにこの場所には何も無い。壁も崖も天井も見えず、凹凸の少ないしっかりとした地面以外は、ただただ広い空間だけがそこにぽっかりと在る。

 まるでこの結晶の多い空間に一つお膳立てされて造られた空白だ。自然の中に、不自然がある。しかし、魔法によって固め創られた道や空間としては、地面にムラがあり天井が遠すぎる。

 

「罠――を仕掛けるにも何も無さすぎですね。一応足元には注意しましょうか」

 

 完全な自然の洞穴と言うには不自然な広間には、まず人為的な罠を疑うべきだ。が、その場で光をあらゆる角度に回しても、アイシャなどの盗賊が仕掛けるワイヤー仕込みの罠や、目立つ誘導物(ミミクリー)も見当たらない。

 しかし魔法による機構には、一見普通の床板に見せかけて生物を感知・攻撃する物も多い。この空間は自然に生み出された風体を見せているも、それにしては拓き過ぎだ。警戒に越した事は無い。

 掘り出して革袋に収めていた燭光石の原石を取り出し、怪しげな岩の凹凸や真反対の綺麗な地面にいくつか放り、反応を確かめて見る。だが、アイシャの考えていた様な「刺激を受けた途端にドカン」系統の罠は見つけられなかった。

 

「……むう。ちょっと掘ってみますか」

 

 投げた原石を慎重に回収し終え、今度は確かめた部分に鏨を打ち込んで掘り返してみる。

 この調子では、度々投石で足場の強度や罠の有無を確認する事は多くなるだろう。まだまだ果ての見えないこの層に対し、自分の代わりに先んじて罠を確かめてくれる投石の残弾は重要だ。

 掘り返した部分も普通の岩――内側にはアイシャの回収した原石並の燭光石が含まれているのだろうが、もはやそれこそがこの場の普通なので気にしない事にした――であり、何箇所か掘り返してみるも危惧した罠の痕跡は無い。ただの、自然の地面だ。

 罠は無い。ここは自然の空間の一つだ。たまたま、広々と空いてるだけだ。どうにも真っ直ぐに捉えられないその事実に釈然としない気持ちを抱えながらも、アイシャは掘り返した部分も革袋へ目一杯詰め出す。

 ”残弾”は多いほうがいい。全ての革袋をベルトへ吊り直せば、重みで少々腰からずり落ちる。ベルトの締め付けを少し強くして、腰へ多くの原石を固定する。

 売り物になるレベルの原石に対し、体幹を僅かに阻害する重みから邪魔という気持ちが湧き上がるも、贅沢は言えない。というより、お宝を掃いて捨てるほどの石ころとしか捉えていない現状が一番贅沢だ。

 

「端は崖になってんですかねえ、やっぱ」

 

 今し方拾った原石を早速進行方向へぽいぽいと投げつけ、剣を左手に持ったままアイシャは歩いていく。

 壁側と崖側、両方確かめたかったがまずは崖だ。崖沿いに歩いてきたが、この空間の端も崖になっているのか、もしくは閉塞した壁があるのか。壁があるなら、登れるかどうかを確かめたい。

 地層にムラがある事はこの広間の地面でわかった。鈎を打ち込んだ先程の場所より硬い地盤の壁・崖があるなら、そこから大結晶が密集している天井か崖面へと手が届く。

 そうなれば今の手持ちの原石の価値など及びもつかない、それだけの戦果を手に帰還出来る。帰り道で盗掘しに陣取っている盗賊団は厄介だが、水ハネを使い地下水流を行き来して偵察を続ければ、生活サイクルもわかる。

 見張りの少ない、或いは燭光石を得て一時撤退した時期を見てこちらも脱出する。手持ちの食料残量的に長期の篭城という訳にもいかないが、流石に一度か二度ぐらいは隙が見れる筈だ。

 ――いける。これはいける。完全に地の利を得ている。あたしは既に勝利している。

 今歩く空間への警戒は切らさぬままに、アイシャは帰還までの手筈もついでに考え続けた。

 

「んげ、ここもですか」

 

 その足が止まる。歩いた先は、代わり映えのしない崖面だった。

 先程の場所同様――いや、それより悪い。崖の近くの地面には亀裂が走っており、投げた原石が落ちればそこからは土煙と僅かな破片が起こって崖下へと落ちていく。

 此処の崖面にも結晶が生い茂っているのかは気になるが、近寄れないのではどちらにせよ無意味だ。崖際から十メートルほど離れた場所より数歩下がり、その場で近場を見渡す。

 同じだ。崖際は何処にも目に見えるレベルの大小の亀裂があり、足を乗せれば確実にそれは拡がる。近寄って歩き回れば、どこかしらで歩みと命が終わりを迎える。そんな場所へは冒険出来ない。

 

「んーむ……この調子じゃ、こっちの崖も全部ダメ、かな」

 

 ”そこに宝が転がっている”という欲目を抑え、冷静に危険に対する分析と推察を重ねていく。

 地盤がしっかりした場所から鈎を打ち込み、もう一本残ったロープと合わせて遠くから崖を降りるのもナシだ。残る長さ的に深い崖面にまでは届かないし、下手に足とロープの振動を伝えれば亀裂が崖際の崩落を呼ぶ。

 大規模な崩落の衝撃で鈎が外れるか、あるいは鈎を打った場所ごと底へと真っ逆さま――なんてのはゴメンだ。リスクリターンが重すぎて手に負えない。やるぐらいなら、原石だけを手に帰還する方が良い。

 続いてアイシャは崖から離れた場所を平行に歩きながら、何かしら変化が無いかを確かめ始めた。此処で採掘が出来ないのは確かだが、それでも妙に平坦なこの地盤に目につく変化が無いかは確かめたい。

 期待はしていなかった。が、そんなニュートラルな思考は、幸か不幸か裏切られた。

 

「――なんじゃ、この……とび、ら?」

 

 左側にあった地面の一点が、アイシャの視線を留めた。そこだけが研磨された石材の様に均された地面の表面には明らかに文化的な彫刻が施され、数歩分程の幅の正方形を象っている。

 地盤とは明らかに異なる、白石の彫り込まれた地面。掘り返されたのでは無く、角形の中央で対称に交わる図形が絵画の様に刻まれている。その中央からは角形を二分にする、彫刻よりもさらに深い一本の溝と小丘が真っ直ぐに白石を割っていた。

 アイシャの中で一番それに合致するのは、古式の石扉(いしど)だ。しかし、これは地面に広げて敷かれている。さらに言えば持ち手も、鍵穴も、ましてや開ける為の仕掛けらしいスペースすらも無い。

 地の扉。地盤に不自然に刻まれたそれは、疑うまでもなく過去人の手によって造られた物であり、そして上に積もる石埃の薄いながらも確かな厚みは、その彫刻が数年、数十年という人の一生程度での尺度では届かない程の昔、この場で産まれた事を無言ながらも力強く語っていた。

 

「ばくんっ――とは来ない。魔物でも……ないですよねえ」

 

 原石を石扉の真ん中へ落としても、沈黙は破られることが無い。アイシャがその場から数歩近寄り、大きく足音を立てても反応は何も返って来ない。

 そもそも擬態型の魔物ならば、もっと自然なモノに化ける。貴族の邸宅にある天使や悪魔の彫像、遺跡にある無数の石柱のひとつ、神殿の水壺など。しかしこの彫り物は、あまりにも不自然に地面に在り続けている。

 

「……中々、手強そうじゃないですか」

 

 誰へ向ける訳でもない。この場、この洞穴、この遺跡。自分以外誰も居ない、しかし確かに自分を阻む自然そのものへ挑む為に、アイシャが薄い笑みを浮かべる。

 まずはこの扉からだ。これだけの秘境が、ただの自然洞穴で終わっては逆に拍子抜けだとも思っていた所だ。面白い。腕っぷしはともかく、知恵比べであれば同僚の中でも頭一つ抜けている自負がある。

 どんな場所なのか。何故こんなモノが遺されているのか。そして、この先にあるお宝は何か。

 ”思ったより深い”。二層に足を踏み入れた時の言葉を、今再び反芻した。

 




ここからが本当の冒険だ……

崖の登り下りは本当に足場が崩れまくるので……やめようね!(昔散々やって散々おちた)
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