トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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てんやわんやでしょうね

「”注ぐ、捧ぐ”?……うー、読み辛い、次。”遊ぶ”……違う、”飛翔”――えーと、”飛翔、せよ、先へ”。それと”向こうから”――ちがうっ、合わせて”向こう側へ、向こう側に”ですね」

 

 石扉に罠が無い事を確認し終えたアイシャは、次にその文様とそこに沿った文字を追っていく。

 その形式と刻まれた文字はすぐに判明した。古エルスタン語、及びその世代の様式。精査の必要もなく、その(まじな)い染みた特徴的な文字をそのまま模様の一部として取り込む彫刻は他に無い特徴だ。

 そこから真っ先に考えるべきは、「これ自体が魔法の仕掛け」である可能性だ。といっても、罠ならばアイシャが近寄った時点で反応している筈だし、魔力を込めた首飾りや左手首の細腕輪など、感知にかかりそうな品を近付けても何も動きは無かった。

 何を切欠に動くかわからない、そういった物は、”解読”してやるに限る。幸いにもアイシャはエルスタン語を始めとする魔術・魔法に関わる言語を独学混じりではあるがいくつも修めている。

 石扉の彫刻が真に魔法的に動くものであれば、それは文様と共に刻まれた文字を読み取れば概ねの条件と効果は推測できる。それ故に、降り積もった塵を取り払ってからアイシャは扉に刻まれた意味を持つだろう文字の一つ一つを頭の中で列にまとめ、”文章”へ変える。

 一つの意味を繋げれば一連の意図となる。その意図を全て繋げれば、その果てには隠された真実が必ず視えて来る――……と、いう訳にもいかなかった。

 

「……んがぁーっ!めっ、ちゃ削れてるじゃないですかぁーっ!もー、もぉーっ!」

 

 あちこちが風化によって薄れた刻印は、所々で途切れていた。

 魔法陣などの高度な仕掛けであれば、文字が消える事はそのまま効力の無力化にすら繋がる。それ故、劣化によって消えて困る中核に近い文言に関しては必ず、保護の術や特殊な触媒を併用し刻む事で、簡単に消えぬように加工される。

 しかしこの石扉に刻まれた文字は、その半数近くが薄れて読み辛くなっている。半ばが数字抜けている程度であれば、文章の組み立てやその前後から推測はつく。が、文頭や文末が消えるのは解読側にとっては致命的な問題と言える。

 そしてその問題は一つで済んでいない。アイシャの頭を何度も悩ませ、そして悩みは苛立ちを経て今、ついに張り上げた嘆きにまで至ってしまった。

 

「だぁー……うーん……こんだけ薄れてるなら、重要なモノでも無い、のかなぁ……」

 

 天を仰げば声に応え、遅れて天井から粉が降ってくる。目蓋がそれを無意識に弾くも、僅かに瞳へ侵入したそれを、アイシャの身体は薄ら涙を浮かべて迎撃した。

 目がかゆい。しかし、それに従って粉まみれの手で拭えば、より酷い痛みになりかねない。荷物袋から小さい布を取り出し、目に添える。

 眼のケアを済ませ、読み取れた文字列の順序をそれぞれ整理して頭の中でまとめるも、その中できっちりと刻印されて残された文字列は二節だけだった。

 『――、捧げる。即ち、双つ、開く・或いは閉じる』、『二の掌。――。必要、ヒト』。

 この二節を除けば、残りは装飾文や石扉に無関係、或いは間接的に関わるもの――恐らくは他の人間へ用途を伝える為の説明文を刻んだもの――でしか無い程に薄れ、風化していた。

 

「なんかしたら開くか閉じる。人じゃないとダメ。そして、”飛翔”と”向こう側”……」

 

 中核を成す二節と、それを補足する為の薄れ欠けた文字列の中にあった重要そうな言葉の断片を拾い集める。

 飛翔、先、向こう側、内側、発生――そして、()()()()()。ハッキリと関係のありそうな文言は、この辺りだ。

 ”警告”という単語を見つけた事で、この石扉が何かの罠である可能性はほぼ消えた。何者かを捕える為の装置に、わざわざ見える場所へそんな言葉を刻むのは余りに杜撰(ずさん)だ。故に、この扉が直接危険なのでは無く、この扉の仕掛けが動く時に起こる何か、それに対しての忠告と考えるべきだ。

 だが、その肝心の忠告の詳細部分にあたる前後半部分は、殆ど削れ落ちていた。

 

「……はー。さすがに、無いもんは読み取れません」

 

 時間をかけたものの、結局わかった事は少ない。

 この石扉が何者か――恐らくは人間側の何かによってこの場に造られた事、エルスタン語を用いた時代の仕掛けである事、罠では無いが何かの形で危険を呼ぶ事、そして今のアイシャに動かす術が無い事。それぐらいだ。

 掌とヒトが触れればそれだけで起動する、というのであれば悩む必要も無かったが、意を決して石扉のあちこちに触ってみてもうんともすんとも言わなかった。二つの掌で中央の溝に指をかけても何もない。飾りのあちこちに手を乗せて魔力を流すように意識を向けても反応は無い。いっそ石扉の周囲に仕掛けが隠されてるのではと探しても、自然の岩肌のみ。

 石扉と地面の境目へ鏨を打ち込んで掘り返すも、掘った分だけの厚みがある白石がそこから覗いた。この扉が何らかのギミックで開閉するモノとしても、外から掘って下に隠されているものを見るにはどれだけ時間がかかるかわからない。

 最終手段で石扉に直接鏨を打ってみれば、刃が完全に弾き返される有様だ。ハンマーで殴っても傷一つつかない辺り、これ自体が生半(なまなか)な物理的衝撃では破壊出来ないように造られているらしい。

 

「しゃーない、一旦放置です。”警告”なら、従っときましょう」

 

 明らかに何かがある、勘に頼るまでも無い程に確実な事実を前にしながら背を向けるのは癪だったが、アイシャはその場から去ることを決めた。

 石扉がこの場特有の人工物である事は確かだ。それならば、同じモノが一つだけとは限らない。

 この層の今アイシャの居る空間――大空洞まで来て、不自然に地面に遺された古来の彫刻。その枠組である白石の材質も此処の地層とは異なっている。鏨を弾いた強度を見ても、燭光石を含んだ地盤由来のものでない事は確かだ。

 歩き回ってようやく一つ見つけた物である事から、この層に同様の物が多く存在するといった事は無いだろう。だが、他にも無いと決まった訳では無い。

 全く同じ仕掛けがある、とまでは期待しない。しかし、同じ層に造られた同時代の仕掛けを見れば、この石扉の薄れて消えた文字や、未だに見当のつかない役割・開閉方法についても想像をつけられる――かもしれない。

 できるかもしれない、できないかもしれない。しかし、ゼロではない。無理(ゼロ)と解るまで希望(イチ)を求めるのは、自分の様な冒険者の仕事の一つでもある。

 

「ま、焦る必要もないです。手始めに逆側を確認しますかね」

 

 この層では既にそれなりの時間を石工、移動、解読によって費やした。しかし、たまに天井より降ってきて鬱陶しい石粉を除けば、今のアイシャを害そうと潜む魔物の気配も、上で騒いでいるだろう盗賊団の男達の影も無い。

 そろそろ盗賊団側も、自分がここに至るまでに已むを得ず消したサボリと魔術師の二人の不在にも気付いている頃合だろう。これまではそれを恐れ、焦りで足を早めなければならなかったが、この場へ辿り着いた事で事情は変わった。

 地下水流を逆に登るという離れ業無しでは、この層は見つけることは出来ない。浮遊などの移動術を持つ魔術師が他にいたとしても、盗賊団の下っ端全てをこの場に運ぶには精神を削り過ぎる。

 有り得る可能性は、アイシャが見た他の幹部と、未だ見ぬ同格の盗賊――そんなのがいたら最悪なので、いないで欲しい――が数人だけ、この場に辿り着いてしまう事。しかし、それも今は薄い可能性でしかない。

 

(上はてんやわんやでしょうねえ)

 

 ”アイシャがこの場に辿り着いた”という事実が、今アイシャを取り巻く事情の全てを変えていた。

 上層での盗賊団達の動きはこの場へと届かない。しかし、それも幾つも積み重なれば、天井の結晶の端を粒としてアイシャに落とす程度の振動にはなっているのだろう。

 盗賊団は今頃、居なくなった盗賊の捜索、点在する見張り達を中心とした聞き込み、幹部を失った事の通達から体制の見直しなど、小さいながらも組織特有の問題と向き合わずにはいられない。

 下っ端達の性格や態度を鑑みて、アイシャが望む最高の展開は”誰かが一人で儲けを取る為に、仲間を裏切った”という疑念が一騒動にまで膨らむ事だ。それでなくとも拭えぬ疑念は盗賊達の作業の手を重くさせ、そんな幻を払拭する為の犯人捜しに幹部達は必死となる。

 だが、その犯人が見つかる事はない。たとえどんな痕跡が見つかろうと、犯人(アイシャ)は道なき道を辿ってこの場に居るのだ。故に、盗賊達が捜索に力を入れれば入れるほど、アイシャは余裕を持ってこの層の探索に集中出来る。

 ふはは、せいぜい足掻くがいいわオトコども。その場所はあたしがかつて昔に通過した所に過ぎんのだ。

 崖際から逆へと進みながら、アイシャは心中悪ぶって声も無く虚空を嘲笑し続けた。

 

「――ぬっ。うへー、なんじゃあこりゃあ……」

 

 その歩みの果てに、アイシャの目の前に立ち塞がったのは巨大な岩盤の壁だった。

 目に見える範囲よりもさらに先までずっと横へ拡がる岩壁は、高さも備えていた。明かりを向けてもその頂上を見る事も出来ない。闇のみしか見えぬ天にまでそのまま繋がっているのではないか、そう考える程だ。

 傍にまで寄って、剣先で叩く。崩れない。ハンマーを取り出し、軽くぶつける。崩れない。もう一度、同じ場所を今度は少し強めに打ち付ける。崩れない。

 鏨で一点を掘るように打てばなんとか削れそうか。そんな堅固さでアイシャを拒む岩壁の表面には、崖などで見かける結晶は一つも見当たらない。どうやらこの場所が上との境目らしい。

 

「登る気にゃ、ならんですね……他んとこ行きましょ」

 

 崖際と異なる地層の此処なら、鈎付きロープを引っ掛けられるかもしれない。上手く投げて行けば登る事も不可能じゃないだろう。が、見た感じロープ一本の長さで登り切れる高さでは到底無い。

 アイシャが求めている結晶も無いのに、こんな断崖絶壁に挑む気など起こる訳もない。時間のムダだ。

 壁際を左手側に、アイシャは大空洞の逆側へと歩幅を狭くして進んでいく。首飾りの光を壁と地面に交互に向けては変わった場所――先程見掛けた、白石の石扉に近い人工物の類を探す為だ。

 しかし期待も虚しく、そういったモノが見つからないままにアイシャは足場の果てへと辿り着いた。

 

「んげっ――いや、ちょい空いてるだけ、かな」

 

 明かりの先が暗闇の谷になっているのを見て一瞬こちらの方面もまた崖となっているかと思えば、もう少し近付けばその向こう側には、谷から数メートルの闇を挟んでいくつか点々と隆起した足場が散り散りに見えた。

 地盤の脆さ故に崩れ落ちただろう、前に見た崩落しかかった飛び石地帯に近いが、谷は落ちれば崖に等しいのでは無いかという深さと、それぞれの足場の大きさは不均一ながらもそれぞれ数歩から十歩程度まで、大小ながらも確かに足裏を下ろせるスペースが確認出来る。

 壁際からその小さな谷へと視点を向けてざっと見た所、脆さ故に崩れたと言うよりは元々洞穴が持つ形状に近い様な、そういった印象を受けた。

 

「そりゃそりゃ。あ、こっちはいけそう」

 

 大きめの足場の上や縁、谷から伸びている隆起部分の半ばへと向けて小さい原石を投げつける。少し強めに投げたが、足場の崩れや脆さ特有の罅割れは無く、投げた原石は全て弾かれて谷底へと消えていった。

 落ちる音は奥底から長く聴こえ続けた。少なくともロープの届かない所、一度降りて確かめてみようという気持ちすら起きない程度には深い底で、転石の音はそれぞれ薄れ途切れた。

 

「降りるのはナシですね……うーん、他の道は……」

 

 今いる地盤が途切れる際まで歩いて明かりを向ければ、幾つか点在する足場は左右へ疎らに散りながらも奥へと続いているのが見える。

 他にまともな道がないかと左から右へと視線を流していきながら歩いていっても、視界には谷の闇が広がるばかりでしかない。そのまま歩き続けても、アイシャの前には何も無い闇の縁しか見えなかった。

 

「ナシ。ま、いっか」

 

 歩き離れるごとに消え行く地形の輪郭、その中で足場と呼べるものはアイシャが最初に見つけた壁際の隆起地帯だけだ。

 先程見た崖際に至るまでの間に道を求めるというのは、この暗闇に人が乗れる一つの浮雲を探すような物だ。わざわざ低い可能性に縋って歩き回らずとも、素直に最初に見つけた足場を使えばいいだろう。

 

「先に繋がってるといいんですけど……」

 

 足場が見える縁まで戻りながら、明かりを先へ向けて見えぬ先を睨む。

 ただの地形の一つでしか無いこの足場の先がちゃんとした道になっている保証などは無い。が、それでも目に見えて崩れ落ちそうな崖際よりは遥かに通行に易しい。

 最も手近な大股一歩より少し離れた程度の足場を見る。見た目は問題ない。見えぬ所にヒビが入っていても、この距離であれば落下よりも早く鈎付きロープを投げて今居る場所へと引っ掛ければ戻ってこれる。

 うっかり足を滑らせるか、ロープフックをしくじらなければ、死ぬことは無い。

 

「……うへえ、こわい。ちゃっちゃといきましょ」

 

 ゼロでは無い可能性が頭の中で像を結び、アイシャに恐怖を抱かせる。が、何も見えぬ先が不安なのは、極論を言えば街中で夜道の暗がりを恐れる事となんら変わりなど無い。

 それらの恐怖は感じた上で取捨選択をする必要がある。直接死に繋がらない恐怖は不安で終わるが、その不安の中にも死への片道切符は含まれる。死と隣り合わせの道も、其処より外れなければ常道だ。

 ブーツの爪先を立てて軸とし、足首ごとぐるぐると回す。同様に逆の足・両手・肩・首・胴と、全身の関節をゆっくりと確実に回し、体の凝りと共に心中の恐怖と緊張を緩めていく。

 ここまで歩き走り回ってきた身体は、わざわざ運動前の暖気を求めてなどいない。だが、踏み出す先が死であるという状況もまた”運動のひとつ”として教え込む。そうする事で、恐れは抱えたまま身体全体に染み込み薄れて、意思と共に体を律してくれる様になる。

 ”日常の一つ”。本能に竦む体を理性と思考でなだめる。その為の準備運動(ルーティーン)なのだ。

 

「――よっしゃ!こんなん、パパッと渡ったりますよ」

 

 最後に肩を大きく一回しして、長くもないシャツの袖をまくる。こういうのは気持ちの問題だ。

 ちゃっちゃといって、何も無ければぱっぱと戻る。それだけだ。それだけでいい。

 二、三歩下がり、距離を取る。そんな事をせずとも、その場から軽く跳んでも届くだろう。しかし、最初の一歩を強く踏み出す事はそれからの勢いに繋がる。

 一呼吸を多めに取って、ゆっくりと吐く。体の緊張はもう感じない。

 ――よし。

 

「やっ!……っと!」

 

 右手にまとめた鈎付きロープを持ったまま、数歩の猶予を助走とし、高めに跳んで次の足場へと跳ぶ。

 緩い放物線を描いて谷を超え、その先の足場に両脚を付ける。崩れない。崩れ落ちる感じは、しない。

 いける。全く問題は無い。……いや、ちょっとあった。

 宙で動いた首飾りの明かりが揺れて少し面倒だ。跳ぶ最中に自らの明かりで目を焼かれるのは困る、そう思って首飾りを左手で首元から抜いてランタンの様に手持ちする。

 今度こそ、よし。

 

「ふっ、よっ、はっ――」

 

 さらに次の足場へと跳ぶ。その勢いを殺さぬまま、さらに奥へ、次へ。

 四度も跳ぶ頃には、もはや抱くべき心配は無かった。体と心の求めるままに、アイシャは奥へと跳んでいく。

 こうして足を付けてみれば、思ったよりしっかりした足場だ。これなら、片足飛びで良い。

 途中からアイシャは、小走りとほぼ変わらぬ速さのままに、谷の上を駆け抜けていった。

 




わくわく てくてく どこへいくの

謎解きフェイズに見えますが深く考えるべき所は多分ないので大丈夫です
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