トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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話が違うんですけど

「んぎぎぎ!……んっぎぃー!……こん、のっ!」

 

 地下扉を見つけてから約十分ほど、アイシャは錆び付いた扉を開けるべく四苦八苦していた。

 折角見つけた遺跡への入口だったが、肝心の扉の取っ手には土が詰まっており、指をかけるどころかそれを掘り出す事も出来ない程に固まっていた。

 その為にまずは扉の縁の土砂をどかし、そこにバールを入れ込んで体重をかけ、梃子の原理で力づくでこじ開けようとしている……のだが、努力の甲斐も無く扉は一向に開かず、疲れと汗だけが体に積み重なり続けていた。

 

「もーっ!ちゃんと開くように作っといてください、よッ!……い゛だぁーッ!?」

 

 苛立ちから扉の縁にかけられ斜めに立っているバールを、アイシャは思い切り足で蹴飛ばす。が、バールは支点から勢いで跳ね返り、持ち手がアイシャの足の方向へそのまま戻ってきた。

 跳ね返ったバールが蹴り足の脛に直撃し、アイシャは片脚でその場をぴょんぴょんと飛び跳ねる。少しの間そうして足の痛みが薄れた所で、その場でしゃがみ込んで喉から低い呻き声を漏らした。

 

「……く、うぅ~っ……!いッ……だい……」

 

 涙を浮かべつつ軽率な衝動のしっぺ返しに手痛い思い――痛いのは足だが――をしながらも、少しずつ苛立ちは引いていく。これまで森の中の探索で疲れが溜まっていたとはいえ、少々短絡的な行動だったのは否めなかった。

 仕事において冷静さを失えば碌な事にならない。そんな当たり前の教訓を思い出し、アイシャは今し方の自らの行動を強く自省した。

 

「……いやでも、これは扉がちゃんと開くように設計しなかったヒトが悪いですよ。あたしわるくない」

 

 感情が反省から後悔にシフトしかかった所で、アイシャは今の責任を過去の人間へ(なす)り付けた。

 アイシャ自身もこれが強引な正当化だとはわかってはいたが、そんな事でも口にしなければ足の痛みと、この扉を見つけるまでの探索による疲労で気分が落ち込んでしまいそうだった。

 

「……ん?ちょっと開いて、る……?」

 

 そうして反省を切り上げてアイシャが横目で扉を見ると、バールがねじ込まれた扉は僅かに傾き、地面から突き出ていた。

 どうやら蹴飛ばされた事が最後の一押しとなったらしい。再度開きかけている隙間にバールをねじ込み力を加えると、扉が僅かに動く重々しい手応えが返ってきた。

 

「お、おおっ!……ん、ぎいっ……!おもっ……いぃ……!」

 

 アイシャはねじ込んだバールを両手で握り、レバーを引くように体重をかけてバールを引っ張り始める。

 両足で地を踏み締めて逆方向へ引っ張るも力が足りず、最終的に踵だけを地につけ全体重を後ろに向ける事によってバールに力を込め、扉を引き起こしていった。

 息を止めながら顔を真赤に染め、全力で扉をこじ開けていく。肺に取り込んだ呼吸を全て力へと変え終えると、ようやく扉は人一人分が潜り込めるだけのスペースをアイシャの目の前に表した。

 

「っぜぇー!っはぁー!な、なんちゅー重い扉ですか……ふ、ふふ、だけどこれでやっと中を拝めるってもんですよ……!」

 

 息を切らしながら、アイシャは扉の前で腰を落として達成感と疲労感の入り混じった苦笑いを浮かべる。ただ入口を見つけて開けるというだけの作業に想像以上に時間を食ってしまった事が、気分を変な方向へ昂揚させていた。

 何せ前人未踏の遺跡の発見というのはそれだけで冒険者としては一つの実績だ。リスクの低い仕事を選んで取るスタンスのアイシャにとっては、保証のある冒険者ギルドを介した仕事以外はほとんど手を付けない。

 この扉の先に待っているだろうお宝は全て自分のものとなる。そんな一攫千金のチャンスに対する期待が募り、息切れとは違う高鳴りが胸に湧いてくる。

 勿論危険や魔物が潜んでいる可能性や、さしたる遺物が残っていない可能性も頭の端には留まっている。が、まだ見えない先に待つモノが怖くて”冒険者”などとは名乗れないのだ。

 「可能な限りリスクを避けて仕事をする」という普段の自分の冒険者としての在り方をこの一時だけ全力で棚の上へと放り投げながら、アイシャはそんないかにも勇ましい考えで自らを鼓舞した。

 

「……ふー。さて、一応点検し直しときましょか」

 

 昂ぶらせた熱意を荒れた呼吸と共に落ち着かせ、アイシャは一旦開け放った扉から離れた木陰で自らの手持ちの道具の確認を始める。

 フォローの無い単独の冒険に於いて、何よりも大事なのは冷静さと所持する道具(てふだ)の把握だ。元々屈強とは言えない――というか一般人よりマシといった程度の腕っ節しかない――アイシャにとって、頼れるものは体に覚え込んだ隠密技術と、所持する様々な道具だけだ。

 遺跡の中の危険を潜り抜ける為には、自らの五感と持っている道具が頼みとなる。元々遺跡を捜索するつもりで来た為に、今の手持ちは戦闘用ではなく探索用のものが殆どだ。

 この森へ出立する前にも確認こそしたが、遺跡の中で悠長に道具を整備する時間があるとも限らない。道具に不備不調が無いか、うっかり袋に穴が開いて落とし物とかしていないか。侵入する前に最低限の確認は必要だ。

 

「剣の刃毀れなし。水、食料……まぁ十分。冒険者セット、シーブスツールよーし。あとはランタン、油、予備のロープに……」

 

 腰に差したグラディウスの刀身を確認して鞘に戻すと、背負ってきた革袋の中身を全て地面に並べていき、それらを順番にチェックしていく。

 どういった遺跡があるかもわからなかった為、今回はいつもより道具を多めに持ち込んできていた。いつも以上にかかる点検時間に少々辟易しながらも、手抜きは一切しない。

 さすがに衣服を手直しする為の裁縫セットまでは過剰だっただろうかと考えながらも、アイシャは持ち込んだ一通りの道具の点検を終え、一つ一つを革袋の中へと戻していく。

 っていうか森で必要以上に散策で疲れる羽目になったのって、道具を多めに背負って来たせいじゃないんだろうか。そんな今更すぎる思いも湧き上がるも、反省するには少々遅かった。

 

「――忘れ物、無し。さ、行きますよ……!」

 

 点検し終えた道具を全て革袋の中に戻したのを確認し、アイシャは用途によって分けられた各々の袋を腰に付け直し、その場を立ち上がる。

 その後、辺りに転がっている適当な小石や折れた枝木を探して、開け放った地下扉が閉じないように縁の辺りに噛ませた。殆どが錆び付いているこの扉が自然に再び閉じる事はまず無いだろうが、万一閉じた場合はまた先程の苦労をする羽目になる。

 同業者にこの扉を発見される事のリスクよりも、自身が脱出出来なくなるリスクの方が大きい。リスク管理の優先順位は何よりもまず自分を優先するべきであり、他の事を気にする程の余裕はこちらには無い。

 でも他の人に見つけられちゃったらやだなー、と思いながらアイシャは開いた扉に体を滑り込ませるように足を入れた。

 

「……んっ?ちょっ、えっ?……ぬ、おぉぉん……っ!キ、キッツ……!」

 

 が、その途中で体の特定の部分を縁に引っ掛け、通り抜ける為に体を何度も捩る事になった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――ぬわーっ!?……いたひ」

 

 体をねじ込む様に入れ、詰まっていた部分が扉の下に抜けると共にアイシャの体は落下し、その拍子に着地をし損ねて尻餅をつくことになった。

 地面に転がっていた石が軽く刺さり、顔を顰める。スタートからとんだ災難だと思いながらも、アイシャは気を取り直して足や衣服についた汚れを手で払い、その場にしゃがみ込む。

 

「まぁ、やっぱ暗いですね……火、火ーっと」

 

 闇に覆われて見通す事の出来ない遺跡の内側を見て、まずは明かりの確保をすべきと判断する。

 開いた扉の上から差し込む光を頼りに、アイシャは手持ちの袋からランタンを取り出して床に置いて、火口(ほくち)箱から着火一式――火打石、火打金、炭布、附木(つけぎ)――を取り出す。

 火打石の上に火口となる炭布を乗せ、手早く火打金で石を擦らせる様に小さく叩く。飛び散った火花が炭布へ移り煙が上がったのを確認すると、すかさず附木を炭布へ寄せ、種火を移した。

 種火を移した所で炭布を地面へ捨て、附木の先に点った火をそのままランタンの中へと入れて着火する。問題無く灯りが安定したのを確認すると、アイシャは未だ種火が燻ったままの炭布を踏み潰して消火してから周囲を確認した。

 

「……通路ですね」

 

 アイシャの降りた場所は人二人が並んで通れる程度の幅しか持たない狭い道になっており、入ってきた扉は常人の背丈の倍より高い程度の高さより、外の光を通路に落としてきている。

 真上にある扉の傍の土壁には整った形の石が埋め込まれており、どうやらこの石を梯子代わりに扉まで上がる事を想定している事が伺えた。

 

「ふぅむ……非常用の出口、って感じですかねぇ」

 

 ランタンを左手で持って周囲を見渡し、決まった幅を保ったまま一本道となっているこの場を見てアイシャはそう結論付ける。

 この周辺の土や岩を掘って作ったと思われるこの通路は、あちこちの上下左右に木材の柱が打ち込まれて支えられていた。明らかに人の手によって造られたこの空間は、廃坑の通路と見てまず間違いなかった。

 が、通常の出入口としては、外と行き来する為の手段が壁の簡素な石梯子だけというのは少々不自然だ。単なる通行用の通路としても、出入りするならば最低でも縄梯子などは欲しい。

 その上、扉はかなり頑丈な鋼鉄製のものだった。扉の造りに反し、その周囲は少しおざなりな印象を受ける。それならば、ここは主要な出入口として使われていなかったと考えられる。

 

「……考えるより歩いてみますか。知りたい事は足で稼げ、って言いますしね」

 

 その真偽はともかく、この場がただの通路である事は明白な以上、留まる意味も無い。

 ひとまずこの通路の先に何があるかを確かめるべく、アイシャは歩き出した。

 

「案外形を保ってますね、ここ。正直もっと古いものだと思ってたんですけど」

 

 アイシャは手に持つランタンを横の壁にかざしながら、緩やかな勾配の通路を下っていく。

 支保用の木材は年月の経過による腐食こそ見られ、壁もたまに崩れて土砂が端に積もっている所も見られるものの、通路自体は当時そのままの形を殆ど保っているようだった。

 古エルスタン語の地図にあった遺跡としては、この様な事は有り得ない。そもそも何百年前かもわからない時代の遺跡ならば、この程度の造りの通路などとっくに全壊し、潰れているのが自然だ。

 自分の持つ地図と今いる場所は全く無関係のものであると言われた方が納得出来るかもしれないが、それにしては地図とこの周辺の地形の一致が気にかかる。

 

「……まぁ、残っててラッキーと思っときましょっか。通路が潰れてたら探索のしようもありませんでしたしね、うん」

 

 そう言ってアイシャは通路の壁面に埋め込まれた木材に、自分の為に道を支えてくれた事への感謝の気持ちを込めて撫でる。それと同時に、そこから小さく木が割れるような高い音が響いた。

 

「ヒェッ」

 

 洒落にならない音に反応し、アイシャは慌ててその場から飛び退く。

 両手を引いていつでも逃げられる様に通路の木材の様子を見るも、今し方の音以外の異変は起こらず、通路は静けさを取り戻した。

 

「……ギ、ギリギリセーフ、ですよね?シャレになってないです……」

 

 一瞬で血の気が引くような体験から、思った以上にこの場が危険である事を思い知る。

 いかに形を保っているといっても、経年劣化により木材の内部がどれだけ脆くなっているかは伺い知れない。

 それでも探索する以上”危うきに近寄らず”という訳にはいかないが、壊れやすそうな物にはなるべく触らないように心がけることにした。こんな所で生き埋めは流石に御免被る。

 そうして今度はなるべく通路の中央を通りながら前へ進んでいると、前からほんの僅かに風が流れ込み、その先に明かりが見えた。

 

「……えっ、明かり……?」

 

 嫌な予感を覚えながらアイシャは明かりが見えた方向へ、念の為に足音を殺しながら向かう。

 通路を抜けた先は大きく開けた空間となっており、岩肌にはロープやワイヤーが走っている。そこに沿うように等間隔で取り付けられた松明は黄白色の灯火を揺らめかせ、暗い洞窟内を光で繋ぎ内側の光景を明らかにしていた。

 (なら)された地面には錆び付いた数多くのレールが五本敷かれてあり、その上には多くの岩と土埃を乗せた大きなトロッコがあちこちに置かれてある。かつては運搬用に使われていただろうそれらは、牽引する持ち手を失いそこに佇むだけのオブジェと化していた。

 

「こ、これ、は……?」

 

 照らされた洞窟内の様子を見て、アイシャは顔を引き攣らせる。

 洞窟自体は先程の通路を見てから感じていた通り、人の手から長らく離れた廃坑といった様子であり、目の前の光景そのものに驚く所は無い。

 が、”松明に火が灯っている”というのが問題だ。閉ざされていたこの廃坑内で以前使われていた明かりが、今も生きて残っていた……という都合の良い話があったならば、この仕事は楽だっただろう。

 古代遺跡にたまに確認される、その場の魔力に依存する光源であればまだ可能性は無くもないが、目の前の松明は暖かな光を放ちながら間違いなく燃焼している。ならば答えは一つしか残っていない。

 

「――あ゛ぁ、づっがれ……だぁ……」

「おい、こんな所で止まんなっつの。後がつっかえんだから、せめて上で休めって」

(!)

 

 考えを巡らせていると、洞窟の奥の方から男のぼやく声と共に足音が近付いてくる。

 咄嗟にアイシャはその声の反対側の方の、レールから外れて壁際に倒れ込んでいるトロッコの影に隠れ、自らのランタンのシャッターを下ろすと、呼吸をゆっくりと抑えて自身の存在感と気配をその場から消した。

 トロッコの裏側で目を瞑り、近付いてくる足音と声から情報を得ようと耳を澄ます。

 足音は二人分、声はどちらも男性のもの、足音と共にこつこつと石が弾かれる音が響いて聞こえてくる。

 

「……だーっ、しんっど……。こんなんいつまでやるんだって話だよ、俺ら盗賊団じゃなかったのか?村襲った方が手軽に稼げるだろぜってー」

「クリーンに稼げるならそれに越した事ねーんだよ、恨み買えば敵も手配も増えるし良い事ねーしな」

「何お利口そうな事言ってんだよ……くそ、空気悪ぃ。体壊すってココ、マスクとか支給してくんねーのかよぉ……」

「甘えんな、お前街に降りた時に娼館(おんな)に使い込んでたろ。それで買や良かったのに」

 

 アイシャは手元の袋から手鏡を取り出し、体から離してトロッコの影から僅かに出す。男達のいるだろう方向へ傾けた手鏡は目の代わりとなって後ろの光景を映し出す。

 茶褐色の衣装を着た男達が地面に敷かれたレールの向こう側より、膨らんだ革袋を背負って歩いて来ている。足取りは重く、口振りからは疲労と苦痛が色濃く表れていた。

 足音と同時に聞こえてくる石音はどうやら革袋の中から聞こえてきているらしい。体の揺れに合わせて中にある物が掻き混ざっているのか、石同士が打ち合わさる軽い音が絶え間無くこの場に響き渡る。

 

「はーあ、ここ見つけてから今日で何日目だよ。この道もいい加減飽きたぜ……」

「……まぁ、愚痴る気持ちはわかるがよ……休憩がきっちり決まってる分、まだマシだって。ほら、出口までもうちょいだ。ちょいと外で深呼吸して気持ち切り替えてこうぜ」

「……ったく。あぁクソ、暗いと気分まで落ちるってマジだわ。こんな陽の光が恋しくなるとは思わんかったぜ俺」

「言えてら」

 

 愚痴を零す男を隣で歩く男が嗜めながら、二人はレールに沿ってアイシャがやってきた通路とは真逆の方向へと歩いていった。

 男達の姿が十分に離れたのを手鏡越しで確認し、他の人間の足音や気配が近付いて来ないのを悟ると、アイシャは息を吸い直してランタンのシャッターを上げる。

 手鏡を革袋の中に戻し、吸った呼吸を静かにゆっくりと溜息へと変えて頭を前に落とす。こつんと握った右手を額に当てて、アイシャは思った。

 

(……話がぜんぜん違うんですけどぉ!?なーんで先客が居るんですかぁ!)

 

 この廃坑が全く未開の地じゃなかったという事実に、アイシャは頭を抱え込んだ。

 




ファンタジーだろうが現実は非情である
君は速やかにこの場から立ち去ってもいいし、奥に進む事を選んでもいい。

所持品は概ね「オーレクタ」Easy準拠ですが、より細かくは作者様の「?アイシャちゃんの装備図解のような何か」を参考にしています。
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