トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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ジャマですよ

「だーいぶ、奥きましたね――ほっ、と!」

 

 滝を抜け、高低差のある足場や段差を跳んで降りてさらに先を目指す。道程はそれまでと大きく変わらないものの、アイシャはこの道の果てが近い事を半ば確信していた。

 左手側にある壁の変化がその証左だ。足を下ろすに足る硬い地盤が続く事は変わっていない、しかしその方向――壁の角度の傾斜と、それに伴う方角の変化は確かだった。

 滝のあった場所を過ぎて暫くしてから後ろを振り返って見れば、壁と足場の地帯一帯が大きく弧を描く様にズレを見せているのが解った。

 このまま壁に沿ってぐるりと階層を回る様に足場を降りていけば、いずれはきっとに燭光石の鉱床にまで辿り着けるだろう。

 

「いい加減深いトコまで来てるハズ……です、よね?」

 

 ひょこりと頭と首飾りの光だけを足場の横から出して下へ向け、闇の淵へと視線を向ける。

 見えるのは依然として変わらぬ、塗り潰された暗黒だけ。もはや時間感覚すら麻痺しかけている程に同じ光景ばかりがアイシャの傍らに在り続けている。が、その底はこの地層へ来た時に比べ、確実に近付いてきている――筈だ。

 幸いにも、降りて進む為の足場はアイシャの視界から絶える事は無かった。一歩一歩は腰までの丈にも足りぬ程の進歩であっても、百歩・千歩と重ねれば必ず果てへと辿り着く。

 これ以上降りられなくなれば――地の底にまで辿り着ければ、あとは地続きの場所から鉱石地帯まで歩くだけ。其処に行くまでにたとえ何時間かかろうと、ここまで来たからには見ずには帰れない。

 この遺跡では既に様々な危険を味わってきた。もはや鬼が出ようが蛇が出ようが、今更恐れるものは無い。

 ……嘘だ。滝はもうゴメンだった。

 

(さすがに、またやりたくはないなぁ)

 

 滝を抜けた勢いのまま落下しそうになった先程の記憶を想起し、苦い表情が思わず浮かぶ。

 水流が落下して道を塞いでいる場所が他にもあるならば、水量次第では両腕に水切踵を取り付け、水を傘の様に弾き飛ばしながら押し進む事は可能だろう。

 現に滝で試みた大ジャンプの前は、それだけで次の足場へ突っ切ろうとした。とはいえ勢いや水量が多すぎると、さすがのマジックアイテムといえど限界があったのか、弾き飛ばし切れずにアイシャの腕が勢いに負けて押され、抑え込まれた。

 そういった事情で、滝のあった所では高所の水流が薄い事を見ての幅跳び・水面跳びを組み合わせるという強硬手段に出たのだが……正直、再び使う気になる手では無かった。

 

「……はぁーっ。帰りの時にもやんないとダメなんですか、アレ……」

 

 同様の事が帰り道に出来るかどうか、滝を抜けてからの調査もした。

 結論から言えば、ここに来た時よりかは容易そうだった。跳躍の為に絶対的に必要な高所の足場は見つかり、かつアイシャが一度行きの時に用いた足場よりも助走距離があった。最初の跳躍がより遠くへ届くのなら、滝の中で水を足場に跳ぶ必要も無いかもしれない。

 とはいえ、落下時の衝撃を抑える為にも一度は滝の中で跳躍――いや、()()をして落ちる速度は殺したい。あのタイミングはかなりシビアだった為に、正直帰りを思うと気が気では無かった。

 

(ま、後の事は後の事、です。今気にしたってどーにもなりません)

 

 先にある問題なら、先の時に力を費やせばいい。今は今に集中しよう。

 半分は現実からの逃避だったが、半分は対峙だ。事実、移動中に一度でも足を踏み外せば即死という、そういった危険性に関しては滝を前にした時とは変わっていない。危険を承知の上で冒す事こそ、冒険だ。

 足場が途切れる。ひとつ跳び、降り、踏ん張る。両脚から伝わる衝撃を膝でいなし、負担を最小限にする。何度となくこなしていると、もはや意識などせずとも体は勝手に最適化された動きを取っている。

 幾度もこなしてきたこの移動への心持ちは、もはやちょっとした幅跳び程度でしかないという位には慣れてきている。が、流石にそろそろ一度休憩を挟みたくなってきた。

 感覚的には()()いける。しかし、そう思う時こそ止まるべきだと相場が決まっている。

 もう少し進んで、腰だけでも下ろせる足場があれば壁を背に座ろう。そう思いながら、またひとつ跳んだ。

 

「ほ、っと――おっ?」

 

 人の背丈程の小さな崖を降りると、これまでの足場よりも四方に広がった、比較的平坦となっている空間がさらに一つ降りた場所に見えてきた。

 丁度良い。あそこまで降りて、一旦小休止としよう。ようやく腰を下ろせそうな安定した地面を見つけたアイシャは、安堵と共にもう一段段差を飛び降りた。

 

「ふぅーっ。あー、シンドいです」

 

 降りてから辺りを見渡せば、上から見えた以上に広い地面――壁際から崖までは十フィート以上はあり、また奥行きは緩やかな下りの坂路となっており、明かりで見える限りは地続きだった――であり、安定した場所である事がすぐにわかった。

 地面に転がる砂利を軽く足で蹴飛ばして腰を下ろすと、ようやく休みを得た脹脛(ふくらはぎ)は痺れて震え始める。数々の足場や崖を跳んできた事による負担が、緊張が解けた事で形になったのだろう。

 爪先を立てて膝を曲げ、脹脛の膨らみの下辺りを親指で強く抑えて呼吸する。加えた力以上に痛む脚に眉が歪むも、続けて脹脛全体を掴むように足首から膝裏までを指圧していく。

 久方振りの休息に重くなる体と両脚へ、空気を行き渡す様に深呼吸を繰り返し、凝りを解していく。気休め程度の按摩ではあるが、それでもやらないよりはマシだ。

 

「んくっ……はあ。……んじゃ、探索再開といきますか」

 

 水袋から口に含む程度に飲み水を吸い、喉を潤して腰を上げる。正直もう少し休んでいたいのは山々だったが、これ以上腰を降ろしていれば倦怠感に甘えて、いつまでも足を進ませられなくなる不安があった。

 行動と休息は天秤の様に、傾きすぎない様に常に一定のバランスを保っているのが望ましい。休息自体は大事だが、長く浸っていればそれだけ神経と筋肉が弛んでしまう。

 競争相手や魔物の影が無い以上、今は進むべき時だ。腰に付いた砂利を手で払い、両手の指を絡めて手首を回す。同時に足首も地面に立てた爪先を軸に回し、手足へ運動する準備を済ませる。

 

「さて、と」

 

 最後に首を左右に一回しずつしてから、壁に沿った行く先を見据える。

 ここまでこの階層を降りてくるのに使ってきた足場は、どれも偶発的に出来た地形として、主に一歩から三歩分ほどの広さしかない狭い物ばかりだった。が、今アイシャの目の前に伸びている足場は違う。

 崖際を見れば欠け落ちた場所がいくらか狭くなっているものの、概ね歩き回るには十分な幅があり、奥行きに関しては傾斜の先へ改めて首飾りの光を向けても途切れる事無く続いている。

 どちらかと言えば、道だ。自然の風化で出来たというには長過ぎる連続した足場へ、アイシャはわずかに疑念を抱きながらも前へと進み始めた。

 

(しっかりしてる、けど……)

 

 壁際に右手を付いて寄りつつ、足裏で地面を確かめる様に踏み締めながら、腰から左手でグラディウスを抜き杖代わりに道の先を軽く小突いていく。そうして十歩ほど警戒しながら進んだが、どこも重みによって崩れる事はなく無事に進めた。

 見た目だけでなく、地盤も確かに固まっているらしい。道は壁沿いに緩やかな下りを描きながら、途切れる事もなく先の暗闇へと伸びている。

 

(……逆に不安ですね)

 

 ここまで不連続的な足場がずっと続いていた事を考えると、こうまでまともに続いている道がある事は不自然だった。遺跡というのは概ね奥に行けば行くほど、侵入者を拒む様に過酷な道のりとなっている事が多い。

 人の手が入っていない分崩落が少なく元の形のまま残っているというケースも多いが、今歩いている道が”元の形”と仮定するなら、こうも人が歩きやすい様に足場が続いている事があるのか、という疑問が湧いてくる。

 そういった違和感を感じながらも、道は進むごとに狭くなるどころか、却って少しずつ広がりを見せていった。

 

「――いや、これ、広がってるっていうか……」

 

 道の幅を注視して落としていた視線を少し上げると、その様相の変化に気付く。

 奥に行くごとに壁面は道の傍の部分のみが削れ、その分が道の幅に変えられている。歩を進めて明かりをもっと奥へと向ければ、道の壁際だけが()り貫かれて広げられていた。

 思わず足を早め、壁の様子が大きく変わっている場所まで着く。壁の変化は概ねアイシャが手を真上に伸ばした辺りから始まり、そこから上はこれまで通り自然の壁が続いている。

 手を下ろして広げられた部分を掌で撫でれば、そこに自然的な隆起は無く、砂利越しに滑らかな感触が伝わってきた。

 

(大空洞ほどじゃないけど、ここも手が入ってる)

 

 自然による変化で無ければ、結論は一つ。人の手によって拓かれた、ただそれだけしか有り得ない。

 ただ、見渡す限り平坦かつ大きく拓かれていた石扉のある大空洞とは違い、この場の道は人が歩けるスペースだけを最小限用意した様に造られている。

 思えば、この遺跡に入ってからあちこちでこういった様相の差異――人の手で掘り進んで拓かれた道と、魔術などの関与を匂わせる造り――が見られてきた。

 何故同じ遺跡で造りが異なる部分があるのか。わざわざ手法を変える理由はなんなのか。そういった疑問が再びアイシャの脳裏に蘇るも、答えは結局浮かばないままだった。

 

「む」

 

 そうした思考に頭を費やしながら下っていけば、道は少しずつ崖から壁側へと寄り、その先で壁の中へと道が進む様に空洞が口を開けていた。

 壁に開いた空洞は大の男一人分ほどの高さで、アイシャが歩く分にはなんら問題は無い大きさだった。入り口に立って中を覗けば、道は下り勾配のまま続いている。

 狭い一本道というのは少々気にかかるが、一寸先は闇の崖際を歩くよりは安全だし、跳んで進める様な別の足場も見当たらない。引き続き罠を警戒し、剣を前に出して空洞へと足を踏み入れた。

 

(自動で動いてくれる罠探知(フィート)棒とか無いんですかね)

 

 罠を確認する為とはいえ、歩きながら剣で地面を叩くのは少々億劫だ。そもそも、取り回しを優先した剣は長さも足りず、罠を探すには少々適した長さを持っていない。

 とはいえ、一般的に用いられる罠探知用の棒は十フィートと長槍並の長さを持ち、洞窟などに持ち込むには嵩張りすぎる為に、身軽さを重視するアイシャは滅多に用いなかった。

 短すぎては使いにくく、長すぎては用いにくい。丁度いい長さで、ついでに腕が疲れない様な工夫がされた一品とか無いだろうか。そんな愚痴にも似た考えで疲れを誤魔化しながら、少しずつ進んでいく。

 

「……げっ」

 

 そうして一・二分、ただ剣が地面を叩く音だけが響く道を歩いた所で、その歩みが止まる。

 アイシャの視線の先には、ここに入って何度となく見てきた、土砂崩れによって空洞の殆どが塞がった行き止まりがあった。

 

「うぇぇ……ここに来てまーた行き止まりですか……」

 

 道の先は壁が崩れ落ちたのか、荒い土や石で埋め尽くされている。近寄って手で表面を払ってみても、その奥までもがぎっちりと土で詰まっている。

 試しに剣で軽く突いてみれば、土の中に含まれる石に弾かれる感触だけが帰り、剣が刺さる事すら無かった。剣をそのまま押し込むようにしても同じで、深さ数センチにも満たぬ傷が残るのみ。

 それはつまり、この土砂が壁と呼んでも良い程に多く積もって道を阻んでいるという事の証左だった。

 

「ぐぬおぉぉ……!ジャ、ジャマですよ……!」

 

 この場で唯一と言える道が、塞がれている。掘り出す為の道具は無く、ここは崖の中腹でろくな迂回路は無い。

 こんな事なら前の階層の備品室から掘削用具をいくらか持ってこれば良かっただろうか。とはいえ、備品室で見かけたツルハシやスコップは背負わなければ持っていけないサイズの物ばかりで、ここまで持ってくるには手間も重さもありすぎる。

 つくづく携帯用のスコップを持ってこなかった事が悔やまれるものの、持っていたとしてもアイシャの背丈よりも上まで積もっている土砂を一人で掘り尽くすというのは、どう考えても非現実的だった。

 

「隙間も……殆ど無いも同然ですね」

 

 崩れた壁から反対側の方の僅かな隙間も、風と鼠が通り抜けられる程度の僅かなものでしかなく、アイシャが通り抜けるどころか手一つ差し入れるのがやっとという物だった。

 しかし空気は滞る事無く向こうへと抜けている。つまりこの道は完全な行き止まりでは無く、この土砂によって部分的に塞がれているだけに過ぎないという想像はつく。

 しかし上下左右とこの場を見渡すも、都合の良い抜け穴は見当たらない。先に進むには、この土砂をどうにかしなければならなかった。

 

(手持ちの道具で穴掘り――さすがに無理です)

 

 僅かな隙間を自分が通れるまで拡張するにも、土砂を掘り出す道具が無い以上はどうにもならない。手持ちの道具で使えそうな物はせいぜい石を削り出す鏨とハンマーぐらいで、それ自体も土砂にある程度の穴を開けるか表面を削り出すぐらいにしか使えない。

 硬い岩盤ではないだけまだマシだが、こうまで土砂の量が多いとやはりスコップで掘り出すぐらいしか手が思いつかない。それにしたって無理があるとなれば、いよいよ思考は行き詰まる。

 

「うーん、あの魔術師の魔法ぐらいの力でドーン!……ってやっちゃえればなぁ……」

 

 積もった土砂と向き合っている内に、脱線を始めた思考は先の階層で遭遇した魔術師を思い出す。

 鋼鉄製のトロッコすら弾き飛ばす走る炎、人一人を吹き飛ばして余りある爆炎。道具も力も足りない、そんな状況で真っ先に思い出した明確な”力”。

 とはいえ、これがただの現実逃避に過ぎない事はアイシャもわかっていた。そもそもそんな魔術が使えていればコソコソと隠れる斥候業もせず、もう少し楽な冒険者ライフを過ごせていた事だろう。

 左手を持ち上げ、魔術師から奪った腕輪を見つめて溜息を零す。あんな風に自分も魔術を使って、この土砂を吹き飛ばせたなら――そんな”もし”ばかりが頭に浮かんでは、やるせない気持ちだけが残る。

 どうにもならないとわかっていても、無力感がそのイメージを反復させる。目を瞑れば散々に驚異として目に焼き付けられた魔術の炎が瞼の裏に浮かび上がり、轟々と燃えると共に僅かな温もりがやってくる。

 

「――ん?ぬく、もり?」

 

 イメージにズレが出る。自分にとってあの魔術師の炎は身を焼き尽くさん程の驚異であり、恐怖だった。そこに温かさなどある筈も無い。

 違和感に目を開くと、明かりが近く感じられた。首元の燭光石の明かりはそのままだが、何故か自身の左側のみが一層明るくなっている。

 その明かりに引かれる様に目を動かせば、左手の上には僅かな火があった。

 

「えっ?」

 

 思わずまばたきをして、もう一度左手を見る。掌の上には、確かに火が灯っていた。

 正確には、その火は浮いていた。親指大ほどの小さく黄色い火が、空気だけを燃料に輝いている。何の間違いかとまばたきを繰り返すも、掌の中央で火は浮かんだまま其処にある。

 まさかと思い、左手首の腕輪を見る。交差する鎖の中央に取り付けられた赤い宝石は、火と同様に小さく、しかし確かな光を宿していた。

 




マッチ野郎……力を貸してくれ……!

超絶久々に歩くような速さで更新です。だらしない更新頻度で済まない……
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