「――おぉぉ……ッ!」
左手に意識を向け、力を込める。上に掲げた掌のさらに上へ、全神経を注ぎ込む様なイメージ。
精神力とは、意思の
集め、注ぎ、通し、固める。意識という曖昧なイメージが、腕輪を通じて炎へと変わり、掌の上に集っていく。
繰り返し、繰り返す。額に汗が浮かび、イメージを実現へと繋げている頭の一点が疼き始める。
目一杯だ。これ以上は出来ない。そんな確信が、五感を外れたもう一つの感性から届く。それに従い、左の掌へと集めた”力”そのものを留めて、支配する。
生み出し、高めた、魔法の炎。それを掌に浮かばせながら、肩を引く。
「いけーっ!!」
それをそのまま全力で、投げつける様に、叩きつける様に。塞がれた目の前へ、佇む土砂へと、打ち出す。
振るった左手から固めた意思が、気合と共に前方へと投射される。その炎の弾はアイシャが思うがままに真っ直ぐ飛んでいき――
――じゅう、と土砂の一点だけを小さく焦がして、消え失せた。
「……よ、よっわっ……!!」
焦げた臭いと黒い跡だけが残った土砂の行き止まりの前で、アイシャは両膝をついた。
可能な限り集中し、精神を注いだ魔法の炎。それは結局、手ひとつほどの大きさにしか膨らまず、勢いは土砂を吹き飛ばすどころか削る事も出来ないという結果に終わった。
「くぅっ……!あの魔術師め、よくもこんな期待をさせましたね……!」
疲労感のまま、後ろに腰を下ろして地面に座り込む。下ろした先にあった砂利を潰した僅かな痛みもあいまって、一度は期待を持たせた魔術師――実際に期待を持たせたのは奪った腕輪だが――への悪態が強まる。
魔術師から奪った細腕輪はその当時に見込んだ通り、やはり魔法のアイテムだった。それに気付いたつい先程は大きく喜んだものだが、しかしその力は今こうしてアイシャを失望させる程のものでしか無かった。
魔法の火を生み出し、生み出した炎を思った通りに動かすことが出来る。ただ、それだけ。
「くっそぉ……あのドカーンってやるヤツ、腕輪の術だと思ってたのにぃ……」
アイシャが脳裏に浮かべているのは、二度こちらへ向けられた魔術師の爆炎の魔術。
優れたマジックアイテムは、魔術を模倣して封じられた物もある。概ねは低級の術が宿っているだけに過ぎないが、そういったモノであれば素養の無い者でも精神力を費やすだけで魔術を擬似的に行使する事が出来る。
この腕輪の力に気付いた時は魔術師の爆炎がそれに該当するとアイシャも考えたものだが、どうやってもあの魔術を再現する事は出来ず、小さく弱い炎が生まれるだけに過ぎなかった。
「精神力の量の問題……?いやでも、機能として設定されてるなら、規模がどうあれ爆発は起こる筈だし……やっぱり、この腕輪そのものは火を作るだけのモノ……?」
左手首の腕輪に視線を向けながら、右手を口元に当てて思考を呟いていく。
使う際の合言葉、動作、精神力の込め方、量。魔術師と相対した際のやり取りを何度も反芻し、アイシャに考えつく限りの手法を試し、腕輪の使用法を探った。
それでも、アイシャに出来たのは灯した火の大きさを指先ほどから掌ほどにまで変える事と、周囲約十メートルの範囲で生み出した火を動かす事の二つだけだった。
「ぐぬぬ……結局振り出しですか……」
最大出力で火をぶん投げても、結局土砂の表面を焦がすだけで終わった。これでは剣を突き立てた方がまだマシだし、そんな事をしても剣が欠けてしまう。
この腕輪――
まず、行き止まりとなっている土砂をどうにも出来ない。それに加えて、腕輪自体の価値が想像よりも低いものだったと判明した。
いくらマジックアイテムと言っても、ただ火を点けるだけなら手間を考えても火口箱で十分事足りる。火を自在に動かせるといっても、勢いも無い火ではせいぜい獣を火傷させるぐらいにしか使えず、そういった攻撃目的ならば他に優れた魔術の力を宿したアイテムはいくらでもある。
これでは売り払った所で二束三文――とまでは言わずとも、懐を潤すには至らないだろう。知りたくなかった思わぬ事実に少々頭が痛むが、今憂慮すべきはそちらではない。
先へ進めない。進む手段が無い。それだけが今アイシャが直面し、頭を使うべき問題だった。
(ロープの残量はもう無い、あまり深くは降りれない)
真っ先に思いつくのは、引き返して別に降りる場所を探すという選択肢。
だが、持ち込んだロープは二層から三層へ降りる際の立坑に殆どを費やし、置いてきてしまっている。鈎付きロープ一本では下りきれない深さに別の道があった場合、その時点でまた別の道を探す事になる。
慎重に降りてきた分、ここに至るまでの道程は最善・最適なルートであったと思う。そこから逸して別の道を探すというのは厳しく感じる。
それに何より、今いるこの空洞はまず人工的に造られた道だ。であるなら、ここを突破するのが最も安全かつ確実な最奥への道程であるだろう。
――しかし、どうやって?
「な゛ーっ、もう。結局はパワーの問題なんだもんなぁ……」
座ってもなお手が届きそうな程に低く見える空洞の天井を見上げ、無力を嘆く。
大の男の様な純粋な体力と道具があれば、手間でも土砂を掘り進むという選択も取れた。魔術師であれば、休憩を繰り返して精神力の限り魔術で土砂を削り取っていくという手もあった。しかし今のアイシャには、そのどちらも無い。
技術や工夫、知識だけではどうしても限界がある。力の不足をそういったもので補うスタイルとして認めたくは無いが、冒険の中で身体能力の差を思い知る時は幾度として訪れる。今の状況もまた、その一つだ。
力があれば、魔術が使えれば。自分に足りないものを実感する度に、持たない物を
(帰るしか無い、かなぁ……)
前に進む事の出来ない思考がいよいよもって後ろ向きとなり、”撤退”の二文字が浮かび始める。
時間をかけて降りて来て一切の収穫も無し、というのは最悪の成果だが、実際の冒険などそんなものだ。どうにもならない罠や行き止まりがあれば、その時点で探索は切り上げなければならない。
現時点における収穫も、換金すれば十分な稼ぎにはなるだろう。一応はマジックアイテムである水切踵と熾火の腕輪、そして革袋一杯の燭光石。苦労に見合うかどうかと言われれば微妙ではあるが、このまま帰っても悪いという事は無いだろう。
「――いや。待て、よ……?」
この遺跡に来て得た収穫を頭で羅列し直し、突如思考が留まる。
種類としては少ない、少ないが確かに収穫としては悪くない。しかし、何かが引っかかった。
「……掘削……爆炎……爆、発……」
目の前の土砂をもう一度見つめながら、自身のこれまでの考えを呟き直す。
同時に、思考は全く別の所へ動かしていく。これまで経験した事、覚えてきた事。今この場に来て凝り固まった観念を捨て、知恵を総動員して巡らせていく。
土砂を掘る、削る。その為に今までは道具を使って掘り進む事や、魔術で吹き飛ばす事だけを考えてきた。それらが間違っている訳ではない、しかし何か決定的なズレがある様に思える。
何かが違う、何かがある。何が、出来る――?
「――あっ。いや、でも……」
そこで一つ、アイデアが浮かんでくる。が、実際に行動を移すには躊躇する手段だった。
確かに今思い付いたアイデアであれば、アイシャ自身の力不足は関係が無い。しかし、出来るのは一度きりだ。
これが失敗すれば、今度こそ手詰まりとなる。そうなるよりは、ここで引き下がって素直に戦果を持ち帰る方が良いのではないか。後ろ向きのままの思考が、アイシャの理性に干渉してくる。
(でも、出来るかもしれない)
確証は無い、しかし試すことは出来る。アイシャの中で帰還すべきという自制心と、思い付いたアイデアを試してみたいという冒険心がせめぎ合う。
積まれた土砂の量は表面だけではわからないが、奥行きは相当にあるだろう。それならば、一度だけでは足りない可能性もある。そうなった場合はもはや詰みだ。
あと一押し、あと一つ何かアイデアが欲しい。今考えた手段の成功率を上げる、何か――
「……あっ、あーっ!!」
その時、アイシャの記憶の中からもう一つ、ある図が思い浮かんだ。
この遺跡で見たある一つの図、そしてその内容。それが、アイシャの思考を経て確かな案と変わった。
◆ ◆ ◆
「中央に空けた周囲に……円みたいに孔を作る、だっけ……?」
考えた案を実行する為、アイシャは今記憶を頼りに土砂へと友鏨を打ち込んでいた。
ただ点を穿つ為の友鏨では、土砂を削ったとしても小さな穴を開けるに過ぎない。だが、今必要としているのは全体から見ればちっぽけに過ぎない、そんな穴を開ける事だった。
かつかつ、かつかつと音を立てて少しずつ土砂を穿っていく。土砂の中央に開けた穴を中心に、少し離した場所へ円を描くように、六ヶ所に小さな横穴を鏨を突き立てて作っていく。
「……よし。これで、中央の孔に埋め込んで……塞ぐ?……適当な砂でもいいかなぁ」
鏨が埋まり切るほどに深く、しかし土砂を貫通するまでには至らないほどに浅い穴を計七ヶ所掘り、続けてその中央に開けた穴へ、アイシャは手持ちの燭光石の原石を埋め込んでいく。
その後、周囲から削り出した砂で穴を塞ぐ。これにより、燭光石を埋め込んで塞いだ穴と、その周囲を囲む六つの空洞が土砂に穿たれた。
「これで……うーん、大丈夫なのかな」
自身の記憶に作った穴を前に僅かに不安を抱き、記憶の中の図と説明を改めて頭で考え直す。
大丈夫だ、間違いは無い。図で描かれた通りに穴は穿ったし、
「あ、導火線どうしましょう。……これも燭光石でいいですかね」
考えている事が確かなら、これも燭光石でいい筈だ。”奥の層”に降りてきた直後に掻き集めた燭光石の砂の革袋を開き、塞いだ中央の穴付近に振りかけ
そこから地面に至るまで、そして土砂の手前から遠くへ向けて、土砂から離していく様に砂を少量地面に振り撒いていく。これにより、地面から土砂の中央にまで燭光石の砂が線を引く様に置かれた。
「……おっしゃ、準備オーケー。それじゃ、やったりますか」
土砂に穿った穴、そこから地面に引いた燭光石の砂。両方を確認し終え、アイシャは一旦土砂から距離を取った。
あとは、やるだけだ。土砂から十メートル以上離れ、左手を肩の高さまで上げる。
「むんっ」
再び左手首の腕輪に精神を集中させ、魔力を通して機能を励起させる。
魔力が与えられた腕輪の宝石が輝き出し、掌に意のままに動く小さな灯火が熾る。軽い集中だけで生み出された火は、やはり指先ほどの大きさに留まって、穏やかな黄色の光のまま浮かび上がっている。
そのままアイシャは、火を持つ掌を土砂の方へと向けた。
(行け!)
開いた掌の人差し指と中指を揃え立て、他の指を折り曲げる。立てた指先を指揮棒の様に前へ振るうと同時に、頭の中で灯火を土砂へと飛ばす事を念じた。
狙い通りに灯火は土砂の方へ、正確にはその手前の地面へと斜めに真っ直ぐ落ちながら飛んでいく。ゆっくりと、人が歩くよりも遅く飛んでいく火は、か細い光の軌跡を残しながらアイシャから離れていく。
その先には先程土砂の手前に引いた燭光石の砂、アイシャの作った
地面へと火が届いた瞬間、地面から土砂までが線状に強く輝き――
「――ぬおああぁーッ!!?」
目を焼く閃光と耳を突く轟音を伴った、強烈な圧力がアイシャを押し飛ばした。
突如として襲いかかってきた形の無い力に反射的に目は閉じ、腕は顔を守るべく前へと固められる。それに一瞬遅れて、小さな砂利と地を揺らす振動がアイシャの体を打ち付けていった。
光と音、圧と砂利により仰け反らされた体がバランスを失い、後ろへ倒れ込む。あまりに唐突な事だったので、後頭部を打ち付けぬ様に頭を横に曲げるので精一杯で、ろくな受身も取れなかった全身は地面の硬さをそのまま受け止めてしまった。
「……おごおぉっ……いだぁっ……いだひぃっ……」
アイシャを吹き飛ばした力は一瞬で過ぎ去り、すぐにその場には静寂が訪れた。
後ろへ転んだ事による痛みが肩、背中、腕へとじわじわと浮かび上がってくる。痛い。少し、いやかなり痛い。すっごく痛い。痛みを紛らわすべく、その場で何度も左右に転がる。
離れていてもこれだけ
「いっ、たたぁ……ど、どうなりましたか……」
少しの間そうしてひたすら地面にのたうち回った後、ようやく耐えれる程に痛みが引いてからアイシャは立ち上がり直した。
飛来した砂利や背中に擦り付けた地面の土や砂を、手の届く場所だけ払い落として前に明かりを向ける。
「お、おおっ!やった、やりましたよっ!」
十メートルほど先、先程火を飛ばした場所にあった土砂は、中央から上にかけて大きく風穴を開けられ、土砂が崩れた向こう側には道が見える様になっていた。
アイシャが試したのは、燭光石が魔法の炎で爆発する性質を利用した発破作業だった。流石にアイシャ自身は発破についての専門知識までは無かったが、備品室で見つけた本に書かれてあった記述を元にした。
燭光石が魔力に反応して爆発するのは魔術師との戦いで確認済であったし、また備品室の本の記述は欠落こそ多かったが、こういった鉱山や坑道で取り扱う何らかの手順である事や、”硝安”、即ち爆薬の原料を用いた何かを使う記述であった事から、ほぼ間違いなく坑道を作る為の発破の為の手順だろうと思い当たった。
「……ちょっと、量多すぎましたかね。純度高いヤツ使ったとはいえ、えげつないなぁ……」
離れてなお人一人吹き飛ばす程の爆風、そして目の前を塞いでいた土砂の大半が綺麗に吹き飛ばされている目の前の光景を見て、アイシャは自らの持つ鉱石の危険性に冷や汗を流した。
「中央を鏨で穿孔後、硝安爆薬と起爆用の薬包を順に装填し、孔を粘土などで塞ぐ。
中央孔の周囲に、副孔を円状となるよう垂直に複数穿孔した後、導火線に点火・発破する」