土砂で塞がれた通路を抜けてからは、特段歩を止める様な事も無く、アイシャは順調に通路を下っていった。
先程の爆発による振動のせいか、壁の側面が小さく崩れている箇所も散見されたものの、幸い道を塞ぐ程の崩落は無く、素直に進む事が出来た。
実際、再び土砂による行き止まりがあったとしたら手詰まりだった。どの位の量であれば土砂を吹き飛ばすに足りる爆発が起こせるかどうか、それがわからなかった為にアイシャは手持ちの燭光石の結晶をほぼ全て使い切った。
――しかし。
「――フ、ふっふっふ……っ」
アイシャは腕を組んで瞼を閉じたまま、こみ上げる笑いを吊り上がった口角から漏らしながらも押し殺す。
しかし笑いが漏れるごとに口端は僅かに開き、殺した声は少しずつ大きくなって洞窟に響いていった。
「ふっ、ははっ、はーっはっは!辿り着きましたよーっ!!」
遂に唇で笑いを抑え切れなくなり、アイシャは高笑いを始める。
その目の前には大小様々な岩が転がる、広がった空間。その横には透明な結晶が点在する崖面が切り立っていた。
そう。迂回と降下を繰り返した結果、アイシャはついに大空洞などで見かけた結晶の生い茂る崖、その麓にまで辿り着いたのだ。
アイシャの笑い声はその場から崖を登って響き渡り、山彦の様にその場で反響を繰り返す。そうして耳に戻ってきた自身の笑い声を聴いて、ようやく正気に戻ったアイシャは一呼吸を置いて口を噤んだ。
「……っはー。いやぁ、ようやっとココの本当の
背負い袋を前に持ってきながら、獲物を狙う様な笑顔でアイシャは眼前の広間を見据える。
念の為に軽く周辺で何度か足踏みを行い、地面が崩れないかを確かめるも、崖上であった様に罅が入る事はなかった。となれば、少なくとも激しい動きさえしなければ安全であるという事だ。
鏨と石頭を右手にまとめ、収集用の小袋を腰のベルトから外して左手に持つ。苦労して採取した燭光石を全部費やしてまでここに辿り着いたのだ、もはや躊躇う事はありえない。
取れるだけ取る。むしれるだけむしる。手持ちの袋の全てに詰め込んでやろうという覚悟で、アイシャは歩を進めた。
(地面にもある程度転がってるけど、やはり崖面ですね)
首飾りの明かりを左右に振り、地面から崖面までをざっと見渡したが、上から滑落してきたらしい原石もいくらか地面には転がっていた。が、その多くは小石に混ざって見分けがつけ難い程の大きさであり、売るには適さない。
やはり崖に点在している結晶から採っていくのが良いだろう。そう思い、アイシャは崖へと向かっていった。
「んー……とりあえず目につくヤツ、全部いきますか」
削り出すまでもなく崖に張り付いた結晶に対し、最初は透明度の高い、高純度な石を選んで削り取ろうと考えたものの、一介の盗賊に過ぎないアイシャの鑑定眼では完全な判別は出来ない。
その上、自らの持つ燭光石の明かりのみという周囲の暗さ、
という訳で、アイシャは手当たり次第に結晶を削り取る方針で行く事に決めた。
「ふーんふーん、ふーんっふーふふーん」
特に決まった旋律も無い今考えた鼻歌を漏らしながら、それでいてアイシャはリズムを軽く刻むように手首の力だけで鏨にハンマーを打ち込んでいく。
既に石を削り出す経験は大量に積み重ねている。極めて脆い燭光石を削り出す時は、衝撃が伝わりにくい様に結晶から遠ざかる斜めの角度に打ち込む事を意識し、ハンマーを叩く瞬間にのみムラ無く力を入れる事が重要だ。
時間がかかる方法ではあるが、中々採れないと焦れて力んでしまえば、直接打ち込まれている訳でも無いのに結晶はあっさりと罅割れてしまう。どうも純度が高い程に燭光石は脆いのか、そのミスによって何度となく値打ち物の石を割ってしまった。
故に石を削り出す際に肝要な点は、焦らず力まず、気楽に気長に時間をかけて少しずつ結晶の周囲の岩を削って割っていく事なのだ。組み立てた自身の経験則に従い、手を動かしていく。
(ふっ、我ながらカンペキな手際ですね……!)
一つ目の原石を狙い通りに掘り出し、再び笑みが零れる。
この調子で行けば、アガリは相当な物となるだろう。自分の輝く未来がまさに今手の内にある、仄かに光る結晶を持ち上げながらアイシャはその事を確信した。
◆ ◆ ◆
「――えふっ、けふっ!あー、もうっ!……けふっ!」
石を掘り出す音だけが聞こえていた崖下だったが、今ではその音よりも咳き込む声の方が多く響いていた。
採掘を始めて暫くの間は問題にもならなかったが、ここに来て原石を掘り出す度に舞い散る炭塵を吸い込む事が増え、作業をするどころでは無くなっていた。
地道な反復作業には、何よりも集中力を平坦に継続する事が大事だ。だが、この一帯に立ち込めている炭塵のせいでそれも立ち行かなくなっている。
最初は無視して作業を敢行していたが、今では軽く息をするだけで咳が止まらなくなり、流石に我慢の限界だ。正直、咳をしているだけで疲れを感じ始めている。
「ん゛ぬぬぬぅ……ダメですね、ちょっと休憩です」
周囲に漂う炭塵から顔を背け、手で空宙を払う。塵が多く留まっている崖際より離れる。
反対側の地面に散乱している石を乱暴に蹴飛ばし、座るスペースを確保してから腰を下ろす。苛立ちを紛らす様に少々強めに飛ばされた石が離れた場所の壁に当たり、あらぬ方向に跳ねていった。
既に収納用の小袋の六、七割ほどは燭光石を詰めて膨らんだ状態だ。あと一息で一杯になる、そういった所で訪れた思いもよらぬ妨害に対し、蓄積した疲労も相俟って必要以上に気分がささくれ立っている。
ぶっちゃけ、早く帰りたい。早くおうちに帰って、この満杯の金貨袋に等しい石を売り飛ばし、葡萄酒付きの豪華なおゆはんをガッツリ食べてから、ぐっすりと惰眠を貪りたい。目的の達成を前にして、アイシャは既に帰還後の予定に夢を描き始めていた。
(……帰り、めんどくさいなぁ)
しかし夢を見るにあたり、頭の冷静な部分がその過程を自動的に導き出してしまう。まず差し当たって、これまでの道程を戻る必要がある。
一歩踏み間違えれば死ぬ、崖際で飛び飛びになっている足場。ロープをかけて登らざるを得ない高低差。助走を付けて強引に突き抜けなければならない滝。ここまでの足取りが連鎖的に頭に浮かび、加速度的に気分は落ち込んでいく。
いっそこの遺跡に
(相当参ってますね、こりゃ)
反対の手で口と鼻を抑えながら、大きく深呼吸する。ここに来て、随分と甘えた思考を抱くものだ。そう心中で自分を戒める。
現実は都合の良いようにはなっておらず、自分が現実に適応していかなければならない。冒険者稼業で食っていくのが厳しいのは当たり前の事で、少しの逃避は出来ても逆らう事は出来ない。
そんなのは初めからわかりきった事だ。”もし”に頼って良い事など何も無い。改めて心身の疲弊を実感し、気晴らし代わりに地面の小石を拾い投げる。
かつ、かつ、こん。暗闇に向けて投げられた石が跳ねる音がその場に響いた。
「……ん?」
地面に弾かれて跳んでいった小石の音の最後に、不自然に軽い物が混じる。その直後、自身の視界内に今奥へと投げた筈の小石が戻ってきた。
壁まで届く程の力で投げた訳でも無ければ、跳ね返った時に聞こえたと思われる音もそこより手前だ。岩にぶつかったにしては音が軽く、イレギュラーな跳ね方もせずに小石はこちらに戻ってきた。
何かある。違和感の命じるままに、アイシャは腰を上げて小石が跳ね返った場所へ向かった。
「石、版?」
十歩ほど歩いた場所に、それはあった。
一メートルに届くかという大きさの、真四角の白い石版。周囲を取り囲む様に浮き彫り細工で文字が刻まれ、中央には同様の細工で絵画の様な図形が刻まれている。
そんな石版が、何故か地面に突き刺さる様に垂直に立っていた。
「……明らかに、あの石扉と関係してますよね」
白石、彫刻、絵画。多くの点が大空洞で確認した、地面に取り付けられた石扉と類似していた。
周囲に刻まれた文字も、よく見るまでもなく古エルスタン語である事は一目でわかった。何故なら、刻まれた文章もまた石扉で一部読み解いた単語と、その並びであったからだ。
石扉と違う点は、時の風化により僅かに薄れてこそいるものの、その文字刻印の多くが当時の姿のまま文章の体を残しているという事だ。
(でも、これは
パッと見ただけでも多くの類似点はあったが、あの石扉とは違う点も当然ある。
まず、この石版の方が石扉よりも一回りは小さい。石扉の大きさについては実際に歩測して確かめただけに、これは確信を持って言える。
さらに、彫刻による絵画の意匠が異なる。石扉にあった模様は、シンプルに広い長方形の中に正方形や円形をベースとした、比較的一般的な扉の文様をしていた。が、この石版に浮き上がっている文様は、鳥の頭を持つ人間を中心に四枚の翼が広がっている、といったものだった。
最後に、そもそもこの石版は扉と違って中央で二分割にされていない。
「気分転換にゃ丁度いいかもですね」
そう言ってアイシャは、多くの土埃が付着した文字が刻まれた外縁部を手で順に払っていく。
既に燭光石の結晶を手に入れるという当初の目的は果たした。が、放置した大空洞の石扉について未知のまま帰る、というのも幾らか気分に判然としない凝りを残す。
体も腕も疲れているのなら、今度は頭を使おう。そういう程度の気持ちで、アイシャは石版の解読を始めた。
「えーと……”先へと飛翔せよ”――ここは起点じゃないですね、こっちか」
石版の上から文字を読もうとしたものの、そこは文章の頭を欠いていた。いくらか前に文の頭――章の核があるだろうと睨み、アイシャは左辺へと手を伸ばす。
突き刺さった石版の左辺はそれに合わせ、当然ながら文字も垂直に傾いている。読み解くべく首を限界まで横に傾け――片方の首の筋が伸びて少々痛いがガマンする――、指を文字の頭へと向けた。
「……”力、を、捧げよ”。”即ち、此、起動・駆動、せよ”……ほぉー?」
”力”、”起動”。石扉では読み解く事の出来なかった、いかにも魔法の仕掛けらしい単語の並びが現れた事に対し、アイシャは首を傾けたまま薄く笑った。
アイシャ「もう全身塵まみれや」
絶賛人生の辛さと貧弱な体調に逆らいながら書いております。
(8/19)追記:コピペミスって重複してた部分を削り落としました、申し訳ありません。