トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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それじゃあ諦めて

「――周囲にあるものはこれだけ、ですか」

 

 柱と扉の周囲――六本の柱を中心に拓かれた、真四角に切り取られた様な石の大部屋周辺を軽く見終える。

 扉から距離を取った光球が浮かぶ六本の柱と大扉の両方を見渡せる位置で、解読した古語の文章を記した紙を地面に置き、その前にアイシャは腰を下ろしてしゃがみ込んだ。

 顎に手を当て、指で輪郭をなぞりながら頭をフル回転させる。思考はいつでも止めることが出来る、しかしその先は逃避という名の一本道だけが用意されている。

 

(こっちゃ、えっちらおっちらココ辿り着いたんです……今更、逃げてたまるもんですか)

 

 宝の欠片も転がっていない坂道などまっぴら御免だ。あたしは逃げない、終われない。

 あたしは絶対にこの先に眠るお宝を手に入れ――同僚に成功を見せつける為に贅沢三昧キメて、我が家に金貨の城をいっぱい築いて眺めるんだ!

 発想のスケールという天井がどうにも低い決意を固め、アイシャは強く拳を握り締めた。

 

「じゃ、まずは状況を整理しますか」

 

 そんな思いの熱を心の中にすぐ帰らせ、意志だけ残して冷静に考え始める。冷静でなければいけない、どこにも行けない、真実(おたから)には辿り着けない。

 まず、この空間についてだ。ざっと見回しただけでもわかる、これまで同様魔術の手によって用意された、整然な立方体状に拓けた石壁の大部屋。

 何か仕掛ける余地も無いほどに整えられた部屋内にあるのは、その中央に聳え立つ三メートル前後の柱が六本と、その上で浮いて真っ白に輝き続けるそれぞれの光の珠。

 柱達の前にある石の大扉は、柱より少し高く、幅はさらに広い。扉の中心にある碑文の半球の他の場所、扉全体を装飾する環状紋様にはそれらしい魔術刻印も文字も見当たらなかった。

 

「そして、問題の文章」

 

 最後に、大扉・石柱群の秘密の中核であろう五行の文字列。何度目を通しても意味はわからない、しかし意図は推測する事が出来る。

 まず、これは”謎”だ。アイシャにとってではなく、これを造り上げた者から他人に向けられた、解けるものならやってみせろという”謎解き”だ。

 ただ宝を隠すだけならいくらでも手段がある。これだけ土石を広範囲に加工出来る魔術師なら、崖下からさらに遥か地中に埋めて押し固め、その上で隠蔽すればいい。

 仮によりセキュリティの高い方法として頑丈で破りにくい魔法扉を造ったと考えても、魔法の仕掛けの手順を術者が忘れる事はまず有り得ない、つまり文字に遺す必要も無い。

 それに、単に機能だけを刻んだ――飛翔の石版などに見られた特徴の――ものは、こんな婉曲な言い回しはせず、必要・開く・閉じる・動くなど、条件付けの為に単純な文章になる。

 

『雲夜に浮かびし、六の矮星』

『星を望みしもの、唯一つの柱』

『柱は星を率いて交え、地の陽火と成る』

『落陽、持ちしを滅し、持たざるを焦がす』

『真の夜来たりて、我が星天は開かれる』

 

 即ちこの文字列は此処にまで辿り着いた人間へ与える、魔術師からの最後の挑戦なのだ。

 

「……それに勝ちゃー、その”星天”とやらが開く。流れはシンプルですね」

 

 冷や汗は既に引ききった。上等だ、腕力ならともかく知恵比べと工夫はこちらの専門だ。

 幸い、誰に追われてもいない今は余裕にどっぷり肩まで浸かっている。食料も水も、節約すればまぁ丸一日ぐらいは行ける。いや出来ればやめたい、まともなごはんが恋しい。

 頭を回す為に荷物袋からパサパサの干し肉とドライフルーツをゆっくりと齧り、喉を乾かさない様にちびちび一口ずつ水袋の水を口に含んでいく。おいしくない。っていうかまずい。

 絶対に帰る。香草と香辛料をたっぷり乗せた焼き肉食べて、それを酒で流し込んでやる。本日何度目かもわからない未来の食事に想いを馳せつつ、一先ずの食事を終えて改めて紙に向き合う。

 

(一つずつ……一個ずつ、考えよう)

 

 この場所そのものが一つの謎解きと考えれば、全部が全部不明という訳は無い。

 まず、”六の矮星”。これはまず間違いなく、石柱の上の光球だ。

 此処において六つある星らしいものなど、あの光の球以外無い。”雲夜”はよくわからないが、柱の上で”浮かぶ”以上は、一行目は六本の石柱と合致していると断じていい。

 次、『星を望みしもの、唯一つの柱』。これは、全くわからない。

 

「なんですかね”唯一つ”って……」

 

 ”望む”のもよくわからないが、恐らくはこの行で大事な単語は”唯一つの柱”だ。

 シンプルに考えれば、六本の柱の中に一つだけ正解がある。”望む”のがその柱を示すヒントだとして、その正解の一本が鍵だ。

 しかし、それ以上は今の段階では不明だ。”星”、つまり光球を”望む”柱とは何か。そもそも望むとはどういう事を指しているのかも、どうにもしっくりとした回答が出せない。それなら一旦、この行は後回しにしよう。

 次、『柱は星を率いて交え、地の陽火と成る』。

 

「……正解の柱が――いや、地の陽火ってなんです?」

 

 これも難しい。”星を率いて交える”のがその正解の柱としても、どれも意味が通らない。

 選ばれた一本に、光が全て集まる?それともそれ以外の五つが集中して、一本に集中させる?”率いて交える”そのものがなんらかの比喩だとしたら、他の解釈もありえる。

 そして、”地の陽火”。浮かんだ星が火に成る、変化する、変更する。この一単語が、前後の繋がりをより一層ぼやけさせていた。

 浮かんだ光を何らかの形で柱に集めたとして、”地”とは何か。空に浮かぶ光をなんとかして地面に下ろして操作しなければいけないのか、それとも正解の柱が地面から燃え始めるという事か。

 ――ダメだ、仮説だけが増えてまとまらない。これもまた、後回しだ。

 次、『落陽、持ちしを滅し、持たざるを焦がす』。

 

「うごおををを……っ」

 

 わからなくなっている”陽火”に被せて、”落陽”という表現が次いで来る。共通項が順番通りに並んでいる以上、これら五行は全て繋がりのある一つの長文である事はわかる。

 それがわかった所で、わからない事がわかるようにはならない。”地の陽火”そのものが”落陽”の事なのか、あるいは光が沈んで消えていくという事への暗喩か。

 加えて、その次が物騒だ。”滅する”だの”焦がす”だの、剣呑な言葉がいきなり飛び出してくる。

 失敗した人間への罰を記しているにしては、警告文に幅があるのは妙だ。”落陽”が何かを焼くとして、持ちし・持たざるで内容が異なるのは何故だ?いやそもそも、何を”持つ”のか。

 ダメだ、ダメだ。全く意味が通らない、考えがまとまらない、わからない。

 最後、『真の夜来たりて、我が星天は開かれる』。

 

「真の夜……ふうむ」

 

 こちらは恐らく、六つの石柱の次ぐらいには簡単な文言だ。

 ”夜”は既に一行目に出ている。”雲夜”と”真の夜”の違い――雲の有無・暗さ・子夜(まよなか)・時間。色々とは考えられるが、断定するのはおそらく無理だ。

 とはいえ、今思い浮かべたものが謎解きに関係しているとはあまり考えたくはない。こんな塞がれた場所で雲など見えないし、一つでもこの場に光がある以上は真っ暗になる事も無い。時間が関係あったとしても、雲と同様に確かめる術など無い。

 決まった時間に謎解きをする事でようやく開く厳重な仕掛けもあるが、出来れば勘弁して欲しいし、何より地の底の奥まで時間をかけて辿り着いた人間に出来る事とは思えない。

 夕方に潜って夜までずっと正しい解法をし続けろとでも言うのか、と考えた所で、偏屈な魔術師ならそれもありえるかもしれないという悪い考えが浮かんだ。

 

「まぁ、とにもかくにも、そうやって”開く”んですね、うん」

 

 改めて考え直してもやっぱり殆どわからないまま終わった文章の〆を読み上げ、成程完全にわかったと言わんばかりに頭を上下に揺らす。

 しかしどれだけポーズを取った所で、理解出来ていないという真実は常につきまとい、誤魔化した所でそれを見せる相手などここにはいない。そんな無駄な行為も要る程に、参っていた。

 

(頭を止めるな、足を止めるな、動き続けろ)

 

 地面に置いた地図を拾いながら、アイシャが立ち上がる。足りない情報は足で稼ぐしか無い。

 大扉の紋様の中に何か隠し文字などが秘められている可能性もあるが、一番気にかかるのは六本の柱だ。これ以外に仕掛けらしいものが見当たらない以上、謎を解くなら六本の柱で何かをするしかない。

 柱の場所まで来たアイシャは、あえて後回しにしていた柱達の中心の地面に設けられた、円盾の隆起――扉のものより膨らみが緩やかな、半球型の上面だけを切り取った様なもの――を調べ始めた。

 

「まぁ、さすがにスイッチポチー、なんて事もなく」

 

 剣で叩く、手で触る、足で踏む。何をしても、完全に地面に固定された隆起はびくともしない。

 隆起から柱へと伸びていく六本の溝にも剣先を入れて軽く擦ってみたが、これも何も起こらない。一本たりとて反応など示すわけも無い。これは想定内、むしろ当然の事だ。

 

「よし、じゃあド本命」

 

 改めて隆起にまで戻り、膝をついて両手を下ろす。その掌を隆起につけ、魔力を流し込む。

 飛翔の石版しかり、魔術師の仕掛けは大半が魔力に絡んでいる。仕掛けそのものに魔力が込められているか、魔力を捧げる事で起動するか、大まかに考えるならその二つだ。

 特にこの場所を造ったのが石版の作者とするなら、魔力を流して起動するタイプと考えるのが一番自然だ。この際文章など無視し、まずは一番ありそうな選択肢を取る。

 

「……む、う……あっ、コレ忘れてた。……ぬ、ぬうう……っ!?」

 

 掌を直接置いて流し込むのは失敗。元々ここ近辺の仕掛けは魔力が単に少なすぎると起動すらしない、その事を失念していたアイシャは、いそいそと小袋から燭光石の欠片を取り出す。

 こいつなら魔力はいくらでも、それこそ爆発する程の魔力が絞り出せる。そう思って石を押し付けながら魔力をゆっくりと流し込み始めたが、予想は大きく外れた。

 全く、欠片ほども魔力が流れない。増幅された魔力は石の光に変えられ、行き場のない力がそのまま強い輝きとなり、真昼の太陽の如き輝きを放ち始める。

 

「ダ、ダメだ、ダメですこれ。これで爆発したらあたし死ぬ」

 

 首飾りの数倍の魔力を注いだ結晶の欠片から手を離し、眩く光る欠片を小袋に戻す。

 小袋そのものが淡い光を放っている様な見た目になってしまったが、燭光石自体相当長い時間光が持続する魔石な以上しばらくはこのままだ。まぁ、隠密が必要でない場面ならこれでも問題無いだろう。

 しかし、困った。一切の魔力が流れないとなると、やはり仕掛けそのものが魔力を持っている、合言葉(コマンドワード)解決手順(メソッド)を満たして開くタイプと考えるべきだ。

 

(合言葉……は、多分無い。そうじゃなきゃ、こんな文章も仕掛けも要らない)

 

 なんらかの書物本文の引用を用いて、題名・あるいはその本文の歯抜け部分を合言葉に設定するものもある。だが、解読文は明らかにこの場所の風景を指定している。

 合言葉方式なら、わざわざ怪しげな六つの柱を立てる必要も無い。可能性があるなら、昔存在した古本の中に記された解法をそっくりそのまま実際に再現する、というパターン。

 だが、そんな事になったら確実に詰みだ。いくら古語を読めるアイシャであっても、近代ならともかく当時存在した本など、なんの資料も無くわかる訳がない。そんな手がかりがひょっこり落ちている、なんて事もセキュリティ的にあってはならない。

 

「……わからない事を、わかる」

 

 始めから詰む選択肢は除外し、謎が文章と場所で完結していると仮定する。

 今自分が”わからない”所は大体わかった。次は”わかっていない”事をわかる必要がある。

 まず、足元の隆起の意味。溝の意味。柱の意味、光の意味。答えが秘められていそうな柱群の周辺に絞り、一つ一つを考え直していく。

 一番大きな疑問は、何の意味があるのか全くわからない隆起と溝ではなく、少しだけわかっているもの、わかった()()()になっているもの。それは――

 

「――……こいつですね」

 

 体を翻し、柱の一本へ――正確にはその上にある光の珠へ視線をやる。

 六の矮星、望みし星、率いる星。”星”が文章内にいくつも出ている以上、この柱の上にある”星”と見られるモノの解明は避けて通れない。

 ”夜”が関わるなら、あれを消すのか。それとも”陽”が必要なら、大きくしたり落としたりするのか。それとも、何か特別な手順でそれぞれを操るのか。全体を見直した事で、”星”そのものへの仮定はブラッシュアップされている。

 究明への第一歩、その取っ掛かりがあるとすれば、ここからだ。

 

「てい」 

 

 ストックしていた比較的純度の低い燭光石の小石を取り出し、柱の上の光へ向かって投げつける。あれが魔力そのものの光源であれば、何かしらの反応を見せる筈だ。

 投げられた小石は光の珠へと飛んでいき――するりと、そのまま奥へ抜けた。

 

「……え、あれえ?」

 

 緩やかに投げられた小石がこつーんと高い音を立てて、地面に落ちる。その様子は投げた時と一切変わらず、魔力の輝きを持たない結晶の原石のままだ。

 おかしい。炎と光、その魔法の触媒である燭光石は、光の魔術に対しても反応を見せる筈だ。それこそ交戦した魔術師の炎の鞭の時の様に、爆発してもおかしくはない。

 しかし、投げつけた小石は光一つ放っていない。それは一切の魔力を吸い取っていない、という事だ。明らかに魔法の光源に投げつけて、一切無反応など妙だ。

 これだ。これが、取っ掛かりだ。

 

「あの光の中に核とかあったりしませんかね」

 

 燭光石が魔力を何一つ吸い込まない、というのは正直想定外だったが、それならそれで次の疑問に移ればいい。

 あの光の源は、果たして魔力の塊か。もしかしたらあの浮かんでいる中心には宝石(ジェム)の様な核があって、仕掛けと連動する副次的な光なのではないか。

 それを確かめるべく、アイシャは自身の健脚を温めるべくその場で十回ほど小さく跳躍し、腕と手首を回す。上にあるものを確かめるだけなら、シンプルな手段でいい。

 

「とああぁぁーっ!」

 

 シンプルな手段、即ちそれは全力の跳躍からの登攀だ。助走をつけて石柱に向かって跳び上がり、加えてその高さから柱を蹴って柱の上に腕を伸ばす。

 助走と足を付ける場所があれば、身長など無くとも、倍近い高さにまで跳べる――!

 

「――ぁぁああッど!!……はっ、はっ……」

 

 と、いう訳にもいかなかった。普通に届かず、地面に落っこちた。

 いくら助走をつけようが柱を蹴ろうが、大元であるアイシャの身長の差を埋める事は出来ない。足裏から伝わる痛みが、これは無理だ、もうやめろと強く訴えかけてくる。

 なんてことだ。これでは柱の上に行けない。指先も届かないのではもうどうしようも無い。こんな所で、こんな所で諦めなきゃいけないのか……!たかが、身長のせいでっ……!

 ――終わり、だ……っ!

 

「……それじゃあ、諦めてロープ使いましょっか」

 

 まぁダメなもんは仕方ないです。すっぱり諦めて、愛用の鉤付きロープを取り出す。

 今日は翔べると思ったんだけどなあ。根拠の無い自分自身の隠れた潜在能力だとか火事場の底力などの期待は完全に切り捨て、アイシャは現実的でラクな解法で代用する事にした。

 




アイシャちゃんのなく頃に ~考え編~

知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり。
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